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2011年8月16日 日本100名城を巡る旅in九州41 鶴丸城(鹿児島城)・その2  

鶴丸城(鹿児島城)巡りの続き。

黎明館の背後にある城山の麓には屋外展示場があります。
写真は復元された御池。

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茶室「楠芳亭(なんぽうてい)」

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樋の間二つ家。

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この建物は姶良郡横川町下ノ赤水(現 霧島市横川町)の海老ヶ迫(えびがさこ)家住宅を移築したもので、天保年間(1830~1840年)に建てられたこの民家は二つの棟が「樋の間(てのま)」で連結されているのが特徴です。

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建物内部はこんな感じ。

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本丸南側。
ここには麒麟の間があった場所とされています。

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本丸東面。

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御角櫓跡。

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南側から見る黎明館管理および展示棟。

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二の丸跡へ移動します。

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本丸南面の石垣。

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二の丸跡。
ここは藩主の世子や隠居の居宅があった場所で、現在は鹿児島県立図書館が建っています。

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二の丸御門跡。

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鶴丸城の敷地としては2つの曲輪と背後にある上山城跡と活用した城山だけで終り。
これは薩摩藩(鹿児島藩)の藩庁である鶴丸城は天守台を持たない居館であったものの、藩内に113箇所の支城(麓と呼ばれている)を置いて、武士などの要員を配する外城制度が採られていたためです。

写真の二の丸御門跡の石柱は廃城後に建設された第七高等学校造士館の時のもの。

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石垣手前には小さな堀がありますが、本来は大きな水堀でした。

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本丸東面側。

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北御門跡。

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このあとは背後にある城山へ登ります。

→次に続く。
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