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2011年4月30日 吉備国の城を巡る旅15 備中松山城・その2  

鞴峠駐車場から備中松山城の主郭部に向けて登城道を登っていきます。

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駐車場を出て直ぐ近くにある合流点。
左がさっき登ってきた道、右が備中松山城と大松山への道。

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合流点から右に入るとしばらくして上り坂になります。

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急な石段を登った先に。

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整備されたらしき石垣。

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と思ったら展望台。

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その直ぐ背後にあるのが中太鼓の丸跡。

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先端に櫓を有し天守のある小松山と下太鼓の丸との中間点に位置する中太鼓の丸は防衛の要と共に通信の中継点として位置づけられていました。

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中太鼓の丸からさらに奥へと進み、再び石段を登ります。

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しばらくすると主郭部のものと思われる石垣が見えてきます。

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ようやく主郭部の入口となる大手門跡に到着。

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大手門跡の後方にそそり立つ巨岩と、その上に載る厩曲輪石垣。

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圧巻ではあるのですが、巨岩の上に乗る厩曲輪石垣が変形していることから詳細な調査が行われた結果、巨岩の割れ目に樹木が貫入しそれが成長したため、割れ目が次第に大きくなっているのと同時に巨岩の上に載る石垣の重みで岩のズレを生じていることが判明。

ここままでは崩落の危険があることからこれらを中心に各種センサーが設けられて継続的な監視が続けてられているそうです。

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大手門の枡形虎口。
虎口内には足軽箱番所が置かれていました。

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手前が大手櫓跡、奥が二の平櫓跡。

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大手門は櫓門を渡す形で建てられていました。

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このあとは備中松山城の主郭部を三の丸跡から順に見てきます。

→次に続く。
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