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2010年10月9日 常陸・越後の城と会津の鉄道巡りの旅4 水戸城・その3  

今度は弘道館至善堂へ。
ここは正庁至善堂を結ぶ十間畳廊下。

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至善堂内部へ。

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入側(南面)

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三の間。
藩主の諸公子の勉学所。

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二の間。
三の間と同じく藩主の諸公子の勉学所として使用されていました。

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御座の間。
藩主の御座所(居間・休憩所)で、明治元年に徳川慶喜が謹慎した部屋でもあります。

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弘道館で使用されている畳には徳川家の家紋である葵の紋が入った畳縁が使用されています。

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至善堂西面。
この外側にある復元された板廊下があります。

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至善堂北西側に位置する便所。
こちらも復元されたものです。

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四の間。
二の間・三の間と同じく藩主の諸公子の勉学所として使用されていました。
現在はご覧の通り弘道館に関する展示物が置かれています。

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徳川慶喜ゆかりの長持。

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和歌の拓本。

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雲龍水。
弘道館に常備されていた消防用ポンプ。

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梅花詩。

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至善堂北東側に位置する溜。

正面右手にある木彫りの農人形は1931年に挙行された茨城県農業祭 徳川斉昭の遺徳顕彰のために製作・展示されたもので、これは徳川斉昭が農民への感謝の意を表すため最初の一箸を初穂として小さな農人形に供えたから食事をとったことから、これ以降の水戸藩における尊農精神となったことによるものだそうです。

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桜の歌碑拓本。
これは弘道館玄関前に咲く左近桜の由緒が記されているのだそうです。

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種梅記碑拓本。

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再び十軒畳廊下。

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正庁の畳廊下・番頭詰所と十間畳廊下に囲まれた中庭。

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大番頭詰所。

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大番頭詰所から庭を挟んだ反対側に位置する国老詰所。
復元された建物ですが、資料展示室であるため内部は撮影できません。

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弘道館はここで終了。
この後は水戸城跡の遺構などを見てきます。

→次に続く。
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