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2014年01月の記事一覧

2013年8月18日 加賀・能登の史跡を巡る旅13 金沢城・その2  

それでは金沢城址公園にある遺構群を見てきます。

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近年復元された河北門。
内部も見ることが出来ますが、先に新丸跡をみるため後ほど入ります。

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河北門を潜って新丸へ出てきます。

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築城当初の新丸には藩の重臣の屋敷が建てられ有事に際しては早く防衛出来るようにされていたのですが、藩の役所が大きくなるにつれて手狭になってきたことから、城外に転居。
その跡地には細工所と呼ばれる 甲冑、大小刀、弓矢等の修理や製造を行う場所を建設されました。

しかし1759年の大火により全焼、その後再建されることことがなかったそうです。
現在、この場所は新丸広場として整備されています。

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新丸の東側には東照宮跡のお宮広場がありますが、立入禁止なので見られません。
写真の石段の先にあるのですが・・・。

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黒門跡。

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西丁口にあった黒門は尾山御坊(文献により金沢御堂と称される)の時代には御坊の入口がこの場所にあり、尾山御坊を攻め落とした佐久間盛政が金沢城を築城した当初はここを大手門としていましたが、前田利家に城主が変わると大手門を尾坂口へ移して、西丁口門と称されるようになりました。
そして、廃城後の明治以降からいつのまにか黒門と称されるようになったそうです。

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黒門前にある西丁口。

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新丸北側にある大手堀。

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大手堀西側にある尾坂口。

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尾坂口にある大手門跡。

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新丸へ戻ってきました。

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このあとは河北門へ戻ります。

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→次に続く。
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category: 北陸地方遠征

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2013年8月18日 加賀・能登の史跡を巡る旅12 金沢城・その1  

2つの保存地区から金沢城へ移動してきました。

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金沢城は浄土真宗の寺院である尾山御坊だったのを加賀一向一揆でここを攻め落とした佐久間盛政によって寺院跡地に築城されました。

後に前田利家の居城となり大改造を経て現在残されている形が形成されたのですが、廃城後は陸軍の拠点として、さらに戦後は金沢大学の敷地なるなど一部建物の破却や改変の他、火災などによる焼失によって建物の大半が消滅されてしまいました。
現在の形に復元される転機となったのは1995年に金沢大学が郊外に移転した後のことで、石川県によって金沢城址公園として整備されることになり、現在も一部建物の復元などの工事や発掘調査が進められています。

金沢城跡は日本三名園である兼六園に隣接されています。
兼六園の方は後ほど入ることにして先に金沢城跡を見てきます。

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兼六園と金沢城址公園との間に掛かる石川橋を渡って金沢城へ向かいます。

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写真は両者の間にある百間堀跡で現在はお堀通りと称する道路が整備されていますが、かつては蓮が群生地に堀が造られたことから蓮池堀とも呼ばれていました。

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石川橋を渡った先にある石川門。
正面は虎口の外側にある表門。

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石川門の左手にある附属左方太鼓塀の修復工事が進められています。

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石川門虎口の三の丸側にある櫓門。

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同じ櫓門を三の丸側から撮影したもの。

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石川門を潜って三の丸に入ったところにある総合案内所。

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総合案内所にある金沢城址公園の模型。

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このあとは金沢城址公園にある遺構群などを見て回ります。

→次に続く。

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2013年8月18日 加賀・能登の史跡を巡る旅11 主計町重要伝統的建造物群保存地区  

東山ひがしを出て浅野川を挟んだ対岸に位置する主計町の茶屋街へ向かいます。

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主計町は先のひがし茶屋街と同じく重要伝統的建造物群保存地区に指定されている町屋ですが、前者は江戸時代からあるのに対しこちらは明治初期頃からと少し後に栄えた場所で、加賀藩士である戸田主計の名が由来であるこの町は1970年代に町名自体が隣接する尾張町に吸収される形で一旦は消滅したものの、後の旧町名復活運動によって1999年に分離される形で復活した経緯があります。

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浅野川大橋の袂にある主計町の入口。
写真右にある今越清三郎翁出生の地の石碑で、人間国宝で滋賀県の金箔職人であった今越清三郎の出生が当地であることに由来しているそうです。

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では、町屋の方へ。
茶屋であった東山ひがしと違いいわゆる料亭街であったそうです。

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とにかく路地が狭いです・・・。

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主計町の最も奥にある金沢城惣構え跡。

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ここは西内惣構堀と緑水苑があり、当時は堀の幅は広く造られていましたが、明治以降に両岸が埋め立てられました。
後年、発掘調査が行われた時に当時の遺構などは確認されていますが、調査後は遺構保護のため堀自体は狭められた状態で復元されています。

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2つの茶屋街を見た後は金沢城へ向かいます。

→次に続く。

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2013年8月18日 加賀・能登の史跡を巡る旅10 東山ひがし重要伝統的建造物群保存地区  

遠征最終日は金沢城を中心に金沢市内の観光で締めくくることにしました。

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まずは「東山ひがし」の古い町並へ。

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金沢市内の観光地を巡る周遊バスの最寄りは「橋場町」

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金沢城下を流れる浅野川の東岸に位置する東山ひがしは茶屋様式の建物が纏まって残されていることから、現在は国の重要伝統的建造物群保存地区に指定されています。

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茶屋街創立当初の絵図。

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では保存地区へ。

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表木戸跡。

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愛宕二番丁。
東山ひがしではメインの通りで、この通りが古い町並が最も残されている場所です。

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愛宕三番丁。

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人が少なくて寂しい感じですが、実は来訪した時間が9時過ぎと早かったためお店も開いていないということです・・・。
当日は帰阪する時間の都合で15時がリミットであるため駆け足で巡ることになりましたが・・・。

この後は東山ひがしの対岸に位置する主計町の茶屋街へ向かいます。

→次に続く。

category: 北陸地方遠征

tag: 重要伝統的建造物群保存地区 
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三連休日記 2014年1月13日  

2014年1月13日(

遠征最終日である13日は可動式ホーム柵の実証試験が行われている東急田園都市線つきみ野駅と相鉄いずみ野線弥生台駅、そして全面高架切り替えとなったJR南武線稲城長沼駅と南多摩駅の見聞を主軸に撮影を絡める一日となりました。

本題に入る前に東急東横線の中目黒駅へ。
こちらも東横線下り線の可動式ホーム柵が設置、上り線の方もすでに着手されていました。

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では本題の一つ目であるつきみ野へ。

こちらは下り線の渋谷方の1両分のみ先行設置されて実証試験が行われていましたが、来訪段階では残り9両分の設置工事が完了し関係者による講習(たぶん・・・)が行われているところでした。
そのため実際に稼働している場面には遭遇出来ず仕舞いでしたが、近日中には実証試験が再開されるものと思われます。

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中央林間で車内写真の撮影。
ここでは東京メトロ8000系B修繕施工車を中心に撮影。
丸ノ内線でもそうでしたが、東京メトロでは修繕如何に関わらず車内照明のLED化が順次進められているようです。

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続いて弥生台へ。
こちらは動作機構自体はJR桜島駅と似ていますが、弥生台のそれはバーが昇降するタイプで、下りホームの横浜方1両分のみ設置されています。

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ホームドア自体の一連の動作および客扱いは、昇降式の方が車両側とは異なり上下動である分だけ停車時間が10秒ほど余計に掛かるようです。

昼食を挟んで午後からは南武線の高架工事を見てきましたが、移動途中に藤沢で小田急4000形の車内写真撮影。

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午後のメインである南武線へ。
まずは稲城長沼。

今回は上り線の高架切り替えが行われ、先に切替となった下り線と共に全面高架化されましたが、旧線が支障となる上り本線は待避線側の1線を使用している段階で実質2面3線状態ですが、最終的には2面4線となります。

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南多摩へ。
こちらは島式1面のみであるため上り線切替え後は柵を撤去しただけと言う格好ですが、旧上り線への跨線橋が仮設通路のみ撤去された状態で残っています。
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工事見聞を終えると所沢へ移動。
この間に6両編成に短縮された3000系に遭遇。

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所沢では東急5050系4000番台と西武新2000系を撮影。

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所沢での撮影をもって今回の遠征は終了。
東京からのぞみ255号に乗って帰阪しました。

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category: 日記

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三連休日記 2014年1月12日  

2014年1月12日(

遠征2日目は北関東方面へ。

まずは宇都宮へ。

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宇都宮では手始めに宇都宮城跡へ。

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廃城後の宇都宮城は周辺が住宅地や宇都宮市役所などに改変されていますが、本丸の一部が城址公園として整備されています。

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昼食を挟んで午後からは日光線に乗車。
1990年代から使用されていた107系0番台に代わり京葉線から転用されてきた205系600番台に初乗車。

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淡泊な路線に淡泊な車両である日光線を終点まで乗車。

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日光から観光する余裕もなく東武で折返し。

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ちょうど人気が捌けた6050系の車内写真などを撮影できました。

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下今市、新栃木、南栗橋乗換で東武動物公園へ。
ここで東京メトロ03系の車内写真と撮影しましたが、他は撮れず仕舞い。

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東武動物公園からりょうもう38号で北千住へ向かい、西日暮里、池袋乗換で西武池袋線方面へ。
ここであるフォロワーさんを待ち受けることに・・・。

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西武池袋線内でフォロワーさんと初対面を果たした後は新所沢へ。
新所沢は戸袋移動式ホーム柵の実証試験が行われていますが、実際に稼働するところを見るのは今回が初めて。

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夕食タイムを挟んで所沢へ戻り、西武30000系では初めての10両固定編成を狙うことに。
新所沢へ向かう途中で西武池袋線と西武新宿線の1本ずつ見かけたことから、頑張って狙ってみたところ池袋線に在籍する30001編成に乗車することが出来、さらに車内写真まで撮ることが出来ました。

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2013年度導入のグループからは車内照明がLED式変更されたため照明器具周りの形状が変わっています。

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このまま池袋へ戻って、最後の悪あがきで東京メトロ丸ノ内線の02系の車内写真の撮影。
ここでは大規模修繕施工車のものを撮りましたが、新しい時期に施工された編成らしく車内照明が白色LED式となっていました。

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これで遠征2日目は終了となりました。

category: 日記

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三連休日記 2014年1月11日  

2014年1月11日(

1月11日から13日にかけて三連休になることから、これを利用して首都圏遠征をすることにしました。

遠征初日である当日は夜勤明けであったことから新大阪出発は9時台、首都圏入りが昼前になり、やや中途半端な格好で動くことになりました。

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しかし、この日は特に撮影するネタに遭遇できず、今ひとつモチベーションが上がらないまま首都圏近郊をダラダラと移動するだけに終始しかけましたが、夕方以降から撮影活動へ・・・。

池袋で丸ノ内線の02系の車内写真撮影。

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夕食を挟んで上野、羽田空港駅で撮影。

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羽田空港駅では昼間に比べて人が少なくなってきた時間帯と言うこともあり、2000形の車内写真の撮影に成功と言うそこそこの成果を得ましたが、ここで切り上げて遠征初日は終わってしまいました・・・。

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category: 日記

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2013年8月17日 加賀・能登の史跡を巡る旅9 413系  

七尾から金沢へ戻ったのですが、ここでは七尾線用の415系800番台ではなく413系。
七尾駅では列車別改札であるため、改札開始直後に乗り込んだときには人気が無い状態だったことから、滅多に撮られない車内写真を撮ることが出来ました。

ここではその413系の車内写真を紹介していきます。
413系は1980年代にローカル輸送に転用されてきた475系を初めとする急行形交直流電車の車体更新に際して、地方都市近郊輸送に合わない現状の車体をそのまま修繕するよりも走行機器を流用してオープンデッキ構造の2ドア近郊形の新造車体に載せ替えると言う試みの基に仙台・九州地区にも導入された717系と共に造られたもので、1970年代後半に造られていた417系の車体がベースとなっています。

まずは車内全体。
ドア間は固定ボックスが主体で戸袋側のみロングシートとなっています。

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妻面側はロングシートが基本で、トイレの対面のみ視線対策としてクロスシートとなっています。

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和式のトイレは種車のものを流用したため写真右手に位置しています。

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天井周り。
こちらも種車の冷房装置を採用しているため、分散型の先頭車はダクトレスの丸天井と集中型の中間車は単一ダクトの平天井と天井の構造が異なります。

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乗務員室後方。
後方にロングシートを有する構造で運賃収受形ワンマン運転に対応するには苦しい構造だったりする。

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金沢以東は北陸新幹線延伸開業後は第三セクター化されますが、413系の一部は継承される第三セクター会社にラッシュ輸送用として譲渡されることから、車体の修繕などが施工された編成が出場しているそうです。

車内撮影終了後は413系に揺られて金沢に到着。

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ホテルに入る前に夕食を済ませて遠征5日目は終了。

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翌日は遠征最終日となります。

→次に続く。

category: 未分類

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年始日記 2014年1月5日  

2014年1月5日(

遠征最終日は三重県内の史跡巡り。
まずは新宮から紀勢本線を延々と北上して多気乗換で田丸へ。

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田丸では伊勢神宮の後背地に位置する田丸城へ登城。

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現状は城下跡に田丸町役場が、三の丸御殿跡に中学校の敷地となっていますが、石垣などの遺構群が比較的残されています。

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来訪時は天守を電飾で復元というものが今年1月末まで行われているそうで、天守台にはそのための骨組みが組まれていました。

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田丸城跡で思っていた以上に時間が掛かったため田丸駅へ戻ったときには予定の列車に逃げられてしまい、やむを得ず三交バスで伊勢市駅へ向かいました。

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伊勢市から快速みえとローカル列車を乗り継いで亀山へ。

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旧宿場町である亀山には伊勢亀山城が駅北側にある台地上にあり、今回は亀山城へ登城することにしました。
現状は本丸の多聞櫓が現存建造物として残されている他、土塁や石垣の一部が残されています。

ただし本丸多聞櫓以外は中学校・小学校や住宅地に変わっていますが・・・。

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あと、亀山城が現在の場所へ移る前に存在した古城跡も・・・。

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この2つで今回の遠征は終わり。
亀山から加茂・天王寺乗換で帰宅しました。

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年始日記 2014年1月3日~1月4日  

2014年1月3日(金)

正月三箇日最終日は紀伊半島一周のために前日入りすることから、特に動くサイトの更新を少し済ませてから和歌山に向けて出発となりました。

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サイトの方は相変わらずの停滞ぶりですが、某有名なサイトと違って一人でやっていることもあるため、限られた時間のリソースを振り分けつつ進めてきてたらなと思ってたりします。



2014年1月4日(

遠征初日は和歌山県内の観光。
予定では最初に有田川町鉄道公園へ行くことにしていたのですが、調べてみると日帰りコースの方が都合が良いので今回はパスしてその分を残りの予定に充てることにしました。

まずは湯浅へ。

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熊野街道の宿場町であった湯浅は醤油醸造発祥の地であり、現在も当地に本社を置く醤油醸造会社がいくつか残存しています。
当地では醸造町として国の伝統的建造物群保存地区に選定されています。

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選定の範囲は金沢の町屋程度の規模ですが、いわゆる商業的観光地化されていないため閑静な町並みとなっています。

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古い町並を見た後は湯浅城跡へ。
ぱっと見ると立派な天守だなと思ってしまいますが、実は国民宿舎「湯浅城」で本来の湯浅城跡は南側の城山にありました。

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御坊で北条鉄道へ活躍の場を移した紀州鉄道のレールバスを撮影。

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その後はくろしお9号で紀伊田辺へ移動。

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ここでは始めに田辺城跡へ。
と言っても市街地化されているため、残されているのは水門跡ぐらいです・・・。

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田辺城水門跡から日本国内におけるナショナルトラスト運動の最初の一例となった天神崎へ。

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ここは道路より外側が広い岩礁海岸となっており、干潮時には手軽な釣り場など近隣の憩いの場でもあり、小中学校の遠足先としても利用されているそうです。

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と言うことでちょっと撮影・・・。

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日も傾き始めた頃に宿泊場所へ向かうため紀伊田辺を発ち遠征初日は終わりました。

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年始日記 2014年1月2日  

2014年1月2日(木)

1月2日は2014年最初の外出となりました。
昨年末に続いて阪急1000系1001編成を狙いに阪急宝塚線へ。

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ところが肝心の1001編成に出会えず仕舞い・・・。

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成果と言えば、9000系の最終増備グループの9009編成の車内写真が撮れたこと。

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何故かというと9300系や9000系のうち、このグループのみドア周りの手摺りが日立のA-Train標準の一体型から一般的なタイプに戻されいるため。

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撮影後は有岡城跡へ。

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有岡城跡はJR伊丹駅のすぐの場所にあります。
現在は残存した主郭部を有岡公園として整備されています。

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室町時代に建てられたこの城は築城主でもあった伊丹氏が当時管理していたことから地名にもなり、その地名を採って伊丹城と称されていましたが、1574年に織田信長の命を受けた荒木村重によって攻め落とされた後、現在の有岡城に改称されました。
しかし、1578年にその荒木村重が謀反が原因によりおきた有岡城の戦いによって落城。
そのとき活躍した池田元助が城主となったものの、わずか3年で美濃に転封された後に廃城となりました。

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主郭部の周辺は1893年に現在のJR宝塚線(福知山線)の前身となる摂津鉄道による路線の建設によって東側が大幅に改変されたたため、主郭部だけその面影が残されたということになります。

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この日はここで切り上げて帰宅しました。

category: 日記

tag: 阪急電鉄  日本の城郭  摂津有岡城  伊丹城 
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2013年1月1日 新年の挨拶とサイトおよびブログ運営の方針について  

明けましておめでとうございます。
今年も弊ブログ「DK-Kawachiの日記と雑学ノート」と弊サイト「DK-Report」をよろしくお願いします。

このところブログ更新へのモチベーションが落ちてきているため、旅行記の詳細記事の更新が特に停滞しています。
連休の遠征で特に観光がメインになると帰宅後に延々と終わらない作業が続くことが確定であることから、更新中は心が挫けそうになることが多く、ここ半年は週末日記以外は更新しなかった週が続いたことが・・・。

これでは負担が大きくなる一方なので、今後は現在更新中の能登・加賀遠征編を最後に観光メインの旅行記の詳細は内容を絞り込む方向で行くことになります。

それでは改めて2014年もよろしくお願いします。

2014.1.1 DK-Kawachi@管理人

category: サイト更新情報とお知らせ

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