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2013年05月の記事一覧

2013年5月25日 和泉府中駅改良工事見聞4  

和泉府中駅の工事見聞。
最後は駅南側で行われている踏切を見てきます。

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ここは開かずの踏切化していることから国道408号線の本線を阪和線の下に通すアンダーパスの工事(都市計画道路和泉中央線としての工事)が進められていて、2011年度に竣工・供用が開始されました。
現在は側道となる部分と歩道の整備工事が継続して進められています。

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西口。
地上駅舎時代は踏切を通る必要があったのですが、今回の橋上駅舎化によって駅西側からのアクセスが容易になりました。

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西口側に新設された駐輪場。
東口側にも駐輪場が建設される予定ですが、再開発ビル近くになる予定で駅から少し離れた場所となるようです。

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西口側も小規模ならがロータリーが整備される計画で、現在は整備工事中となっています。

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今回の和泉府中駅のレポはここまでとします。
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category: その他の鉄道工事レポ

tag: JR西日本  駅改良工事 
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2013年5月25日 和泉府中駅改良工事見聞3  

和泉府中駅の工事レポ。
3回目は東口側を中心に見てきます。

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東口を中心に展開されているペデストリアンデッキは旧駅舎の関連施設の撤去が開始されていないため北側が未完成で、階段の一部が暫定状態で供用されています。

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北側のペデストリアンデッキは今後ロードインいずみ側は伸ばす予定となっていますが、先に旧駅舎の撤去が行われないと着手出来ないため、しばらくそのままとなります。
工事自体は撤去工事が進み次第着手されるようです。

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北側の階段。
旧駅舎の関連施設が支障となることから現状は下り口が東側に向いていますが、完成後は北側にまっすぐ取り付けられる予定です。

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東口側から南側を撮影。

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ペデストリアンデッキの東側にある階段とエスカレータ。

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向かい側にはエレベータが設けられています。

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和泉府中駅東第一地区第二種市街地再開発事業による駅前広場整備工事の様子。
今回の橋上駅舎化はこの事業の一環として進められています。

現在、旧駅舎前にある手狭な駅前広場は再開発事業によって整備されるこの場所へ移転する模様です。

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駅前広場の南側にある再開発ビル「フチュール和泉」

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東口側から見る和泉府中駅の駅舎。

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地上へ下りて。

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旧駅舎側。

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ペデストリアンデッキの直下。
場所的には北側の階段を下りた辺り。

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東口脇にあるエレベータはこの場所。

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整備中の駅前広場。
駅舎に接するエスカレータと階段は工事中のこの場所に位置するため閉鎖されています。

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「フチュール和泉」側から整備中の駅前広場を見る。

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4回目に続きます。

→次に続く。

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tag: JR西日本  駅改良工事 
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2013年4月29日 東海地方の史跡と鉄道を巡る旅16 豊橋鉄道1800系  

さて、名古屋遠征の締め括りとして田原城へのアクセスで利用した豊橋鉄道渥美線の1800系について触れておきます。

豊橋鉄道の1800系は元名鉄の7300系から置換えられた車両です。

もとは東横線の地上線専用車として日比谷線直通用の7000系をベースに製作された車両でしたが、東横線の大型化により目蒲線・池上線へ転用され、1000系の導入と東京メトロ南北線の都営三田線との相互乗り入れによる大型化と目蒲線の運用分離により中小私鉄への転用が開始され、ここ豊橋鉄道へは2000年に譲渡されていました。

後年、同型車両が譲渡されていた上田電鉄から元東急1000系への置換えによって発生した2両を譲渡されることにより、3両編成10本が在籍しています。

現在は新塗装となる「渥美線カラフルトレイン」の模様替えが順次進められていますが、各編成によって異なる配色となる予定でそうで、それらは渥美線沿線に関連した花を連想させる者となっています。
参考→豊鉄の公式サイト「カラフルトレイン」

まずは1809編成「桜」

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1806編成「しでこぶし」

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1803編成「つつじ」

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1807編成「菜の花」

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車内の様子。

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座席の表地は東急時代のものが基本となっていますが、編成によって表地が交換されているものも存在します。

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天井周り。
冷房化は東急時代に施工済みですが、配風ダクトを用いらない直接吹出しタイプに補助送風機として扇風機が併用されたものが採用されています。
旧国鉄の分散型冷房方式の車両や1980年代~1990年代の私鉄を中心に施工された冷房改造車によく見られた仕様です。

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乗務員室後方の仕切。

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運転台。

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車掌台。

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こちらは中間車化されたもの。

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中間車化に際して運転機器は撤去されています。

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最後に新豊橋での並び。

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これで2013年4月の名古屋遠征は終了。
名古屋からひかり253号で帰阪しました。

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#「2013年4月27日~4月29日 東海地方の史跡と鉄道を巡る旅」おわり。

category: 東海地方遠征

tag: 豊橋鉄道 
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2013年5月25日 和泉府中駅改良工事見聞2  

和泉府中駅のレポ。
2回目は東西自由通路を見てきます。

まず改札口正面。
ここは待ち合わせの場所の要素として腰掛が設けられていますが、少し奥にセットバックされているのが良い感じです。

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東口側から。

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西口側から。

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高く取られて天井には採光のための窓が設けられています。

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東口。

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東口側にはJR西日本系列のコンビニ「ハートイン」が旧駅舎脇から移転しています。

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東口のエレベータ。

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東口の脇にある階段とエスカレータは駅前広場の整備工事が終わっていないため当面は閉鎖されるようです。

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西口。
こちらは東口と違いペデストリアンデッキが無いため直接地上へ出る形となります。

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西口側のエレベータ。

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同じく階段とエスカレータ。

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次回は橋上駅舎の外を見てきます。

→次に続く。

category: その他の鉄道工事レポ

tag: JR西日本    駅改良工事 
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2013年4月29日 東海地方の史跡と鉄道を巡る旅15 三河田原駅周辺の駅前整備事業  

さて、三河田原駅周辺は再開発事業により区画整理が実施され、来訪当時は駅西側が更地となっていました。

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これに合わせて、都市計画道路の整備も進められている他、ロータリーの整備も進められています。

・愛知県田原市の公式サイトより
http://www.city.tahara.aichi.jp/section/machidukuri/toshikeikaku-ekisyuhenseibi.html

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三河田原駅も構内配線がこれまで2面3線だったのが、島式ホームが撤去されて1面1線のみとなり、車止めも現駅舎側にセットバックさせられています。。
これは暫定的なものらしく今後は現在の駅舎を撤去して車止め側に駅舎を建設するとのことで、地元のメディアによると新駅舎は安藤忠雄建築研究所の設計による鉄筋コンクリート造りの建物になるそうです。

東日新聞の記事
http://www.tonichi.net/news/index.php?id=25744

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→次に続く。

category: 東海地方遠征

tag: 豊橋鉄道  三河田原駅 
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2013年5月25日 和泉府中駅改良工事見聞1  

和泉市による再開発事業に伴い、東西自由通路を設置を兼ねた駅改良工事が実施されていた和泉府中駅が2013年5月25日橋上駅舎へ移転されたのを受けて当日中に現地へ来訪しました。

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まずは和歌山方に設けられている階段。

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橋上駅舎の直下にあるエレベータ。

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天王寺方にあるエスカレータ。
速度可変形で人が居ないときは超低速で、センサーで人が乗り込んだのを感知すると通常の速度に上がるという仕組みで、上下各1基ずつ設けられています。

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エスカレータの向かい側にある階段はこれまで供用されていた地上駅舎への跨線橋で現在は閉鎖されています。
バリアフリー化だけならこのままでもエレベータを設けることによって対応出来るのですが、和泉府中駅の場合利用者数が多いことと、出入口が天王寺寄りあることよる混雑の偏り、同駅西側への利便性を向上させる目的から今回の橋上駅舎の建設に至ったと言う経緯があります。

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天王寺側から見るとかんな感じ。

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改札階へ。
幅もさることながら比較的奥行きを取った造りとなっています。
以前の地上駅舎は利用者の多さに割には手狭だった印象あったのでこのぐらいの広さがあれば余裕なのかと。

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節電や換気のためなのか?高く取られた天井は採光や換気口を兼ねた窓が設けられています。
デザイン的な要素が乏しいのですが、近年建設されたJR西日本の橋上駅舎と部材を共通化させている面が見られます。

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和歌山方面のりばの下り口。

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天王寺方面のりばへの下り口。
各のりばへの案内表示板は電照式を採用しない方向で整備されています。
これは近鉄でも実施されている手法でターミナルクラスの駅以外は電照式を採用しない方針のようです。

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改札階コンコースから見た和歌山方の様子。
このまど窓の前に物があまり置かれていませんが、そのうちパンフレットが入ったスタンドだらけになりそうな気配です。

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改札口。
5通路全てICカード対応型で、双方向が4通路(うち1通路がICカード専用)出口専用が1通路となっています。
和泉府中駅のような構外駅の場合だと入口専用の方が必要で、列車到着時に殺到されると乗れなくなるという事態がになりかねず、むしろ出口専用は必要ないのです。

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改札外へ。
まずはみどりの窓口周辺。

改札要員も兼ねているため改札口側に設けられていますが、窓口自体は簡素な造りになっています。

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券売機。
近距離用が4基(高額紙幣非対応2基、高額紙幣対応タッチパネル式1基、高額紙幣・ICカード対応タッチパネル式1基)とみどりの券売機(指定券券売機)1基が設置されています。

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続いて自由通路の方を見てきます。

→次に続く。

category: その他の鉄道工事レポ

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週末日記 2013年5月25日  

2013年5月25日(

25日は阪和線へ出向いて来ました。
天王寺へ出向く手段として先週末乗ってきた市営バス12号系統をあべの橋へ向けて乗車することにしました。

写真は近鉄布施駅と同駅北口ロータリーへ向かって交差点を行く12号系統のバスを撮ったものですが、既存の86号系統でも東側の長堂3丁目南交差点から柳通(府道24号線の一部)へ入るルートなので、府道172号からこの場所へ出てくるのはこれが初めてかも知れません。

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あべの橋行きが布施駅へ乗入れた証拠として。

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天王寺からは阪和線に乗換えて和泉府中へ。
橋上駅舎化が進められてきた同駅ですが、5月25日から新駅舎へ切替となったことを受けて来訪した次第。

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詳細は稿を改めて後日。

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和泉府中からは205系1000番台を捕まえて列車の終点である和泉砂川へ。
車内写真を撮る狙いがあったのですが、終点の一つ手前で無人となったのが幸いしました。

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205系の体質改善車には座席の両端上部に立ち客との干渉を防ぐ意味合いで仕切が追加されているのですが、初期に施工された編成とそれ以降に施工された編成とでは大きさが異なります。
何度か乗っていて気付いていたのですが、なかなか撮る機会が無かったものでようやく撮れた次第です。

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和泉砂川で折返し待ちで無人となった乗務員室をガラス越しに撮影。

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山中渓まで移動。

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普段は人気の少ない無人駅。

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折返し日根野へ。
ここでようやく205系0番台に車内写真を撮影。

実際には体質改善車なのですが、施工前を通じてJR西日本在籍の0番台を車内写真として撮るのは初めて

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こちらも1000番台と同じく初期とそれ以外とで仕切の大きさが違います。
写真は後期に施工されたもののようです。

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撮影終了後は阪和線快速で天王寺へ。
8両編成の先頭は乗客が一人もいない状態だったのでさくっと撮りました。

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このあとはまっすぐ帰宅しました。

category: 日記

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2013年4月29日 東海地方の史跡と鉄道を巡る旅14 三河田原城  

三河田原に到着しました。

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現在の三河田原駅は再開発事業により区画整理が行われ、一部は道路の整備が進められています。

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ここでは田原城へ来訪しました。
三河田原駅から徒歩で10分ほどの場所にあります。

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現在は主郭部だけ残されており、その場所は神社と博物館の敷地となっています。

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正面の桜門を通って右手に護国神社があります。
ここは三の丸跡です。

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二の丸櫓。
これは再建された模擬櫓。

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二の丸跡には田原市博物館が建っていますが博物館自体は1990年代に建てられてもので、それ以前は町立の保育所が建っていたそうです。
今回は閉館間際だったため断念。

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本丸跡には巴江神社が建っています。

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空堀へ降ります。

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ここは二の丸と本丸とを区切る場所にあります。

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本丸西側にある駐車場。
かつては城時代は蓮池そうです。

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博物館の駐車場入口はこちら。

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帯曲輪があった場所。

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二の丸と出曲輪の間。
トンネルの真上には埋門がありましたが、現在は博物館と崋山会館を結ぶ通路が設けられています。
ちなみにこのトンネルは城時代には存在していないものです。

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写真左手にある池は耕池。
その向こうには最初に入った桜門があります。

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出曲輪跡に建つ崋山会館。
田原藩の家老で文人・画家・蘭学者でもある渡辺崋山を主祭神とする崋山神社が敷地内にあります。

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桜門の向かい側にある田原市民俗資料館。
藩校「成章館」跡に建つ田原中部小学校と共に武家屋敷跡にあり、成章館自体は現在の田原市内にある愛知県立成章高等学校に引き継がれています。

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田原城跡はここまでです。

→次に続く。

category: 東海地方遠征

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2013年4月29日 東海地方の史跡と鉄道を巡る旅13 豊橋駅でのICカード乗車券対応状況を見る  

次の目的地へ向かう途中に立ち寄った豊橋駅でICカード乗車券システムの導入状況を見てきました。

JR東海と名鉄との共同使用駅である豊橋駅では両者が採用するICカード乗車券が異なり、名鉄側が名古屋都市圏の交通事業者を中心採用する「manaca」をJR東海が採用している「TOICA」であるため、これまで一度改札を出るかなどの対応をするしかありませんでした。

ところが、2012年春から両者において相互利用開始されることになったことから、豊橋駅の改札内コンコースに乗換え用ICカード専用改札機が導入されてました。
設置されている場所は名鉄とJR東海の供用区画となる1番のりば~4番のりば。

利用方法については
JR東海→http://toica.jr-central.co.jp/howto/railway/transfer-toyohashi.html
名古屋鉄道→http://manaca.meitetsu.co.jp/transportation/gate.html

ICカード専用の乗換え改札機はJRから名鉄をピンク色、名鉄からJRをブルーの筐体で色分けされています。
JR側の4番~8番のりばから名鉄側3番のりばへ乗換えた場合はこういう感じに。

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逆に名鉄側3番のりばからJR側の4番~8番のりば乗換えてゆくと・・・。

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名鉄(3番のりば)と飯田線(2番のりば)とホームを共有している側にも設けられています。
ちなみに、飯田線への乗換えについてはICカード乗車券が豊橋~豊川に限られているため、非対応となる豊川以北の新城や本長篠方面へ行く場合は券売機や窓口で乗車券を購入する必要があります。

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一方、豊橋鉄道でもICカード乗車券システムが採用されています。
こちらは鉄道線の渥美線と軌道線の東田本線に採用されましたが、路線バスには採用されていません。

鉄道線の方は簡易形カードリーダタイプの改札機が導入されています。
駅舎がない駅の場合、ホームの出入口付近や待合所付近に設けられています。

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新豊橋駅は駅前の再開発事業により現在の場所へ移設。
それと同時にのりばを1面1線から1面2線へ拡張され、ダイヤの作成における制約と乗車待ちの利用者に対する着座性と居住性の改善に寄与しています。

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ここから終点の三河田原へ移動します。

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豊鉄渥美線における現在の主力は元東急7200系。
もとは東横線の地上線専用車として日比谷線直通用の7000系をベースに製作された車両ですが、東横線の大型化により目蒲線・池上線へ転用され、1000系の導入と東京メトロ南北線の都営三田線との相互乗り入れによる大型化と目蒲線の運用分離により中小私鉄への転用が開始され、ここ豊鉄では2000年に譲渡されています。

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出発待ちの間に車内写真も撮っておきましたが、それについては稿を改めて紹介します。

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現在は新塗装となる「渥美線カラフルトレイン」の模様替えが進められていて、先に提示したピンク系の「桜」とここで提示する緑系の「しでこぶし」と編成によって異なる配色となる予定でそうです。
参考→豊鉄の公式サイト「カラフルトレイン」

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三河田原に到着後は目的地まで徒歩で移動します。

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→次に続く。

category: 東海地方遠征

tag: 名古屋鉄道  JR東海  ICカード乗車券システム  豊橋鉄道 
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2013年4月29日 東海地方の史跡と鉄道を巡る旅12 名鉄2200系の車内写真  

次の目的地へ移動する前に名鉄の2200系を撮影します。

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一般車の車内全体。

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逆エンドから撮影。
クロスシートの配置が2+1列であることから撮影している編成は2次車(1次車は2+2列)

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岐阜・犬山方の妻面側。
こちらはクロスシート。

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豊橋・中部国際空港方の妻面側。
こちらはロングシート。

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ドア周り。

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特別車の車内全体。
現行の機材で撮影するのは今回が初めて。

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客室側の仕切。

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荷物置場。

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デッキ周辺。

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洗面所。
奥に見えるのは男子用小便所。

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反対側は車椅子対応の洋式便所。

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レール方向に細長いタイプは大型化された近年では一世代前の仕様とも言える。

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便器の向かい側にはオムツ交換用の台が用意されています。

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これに乗って豊橋まで移動しました。

→次に続く。

category: 東海地方遠征

tag: 名古屋鉄道 
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2013年4月29日 東海地方の史跡と鉄道を巡る旅11 美濃岐阜城・その3  

金華山から麓へ下りてきました。
公園の北側は前回来訪していないので、この際見ておきます。

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発掘調査案内所。
来訪当日はお休みでした。

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西側にある岐阜公園総合案内所。

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案内所から見る金華山。
画像中央から少し左側に小さく見えているのが岐阜城天守。

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案内所前の様子。

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案内所側にある公園入口。
城門を模した構えとなっている。

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岐阜城訪問はここまでです。

→次に続く。

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2013年4月29日 東海地方の史跡と鉄道を巡る旅10 美濃岐阜城・その2  

織田信長居館跡を見たあとはロープウェイに乗って岐阜城の天守がある金華山へ登ります。
当日は混雑しているため、ご覧の通り待ち列をプールさせる体制がとられていました。

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券売機で乗車券を購入後、20分ほど待ってロープウェイに乗り込みました。

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山頂駅に到着後は大手坂を天守まで歩いて行きます。
これは天下一の門跡。

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この付近が上孔子門跡。

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馬走跡。

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二の丸門。

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二の門を入ってすぐの場所にある下台所跡。
ここから大手坂をさらに上へ。

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ようやく岐阜城の天守が見えてきました。
昼間に見たのは今回が初めてです。

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天守内へ。
鉄筋コンクリート造りの復興天守は稲葉山城時代から続いた岐阜城の概略や各種資料展示されていましたが、如何せん狭いです。

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最上階・展望室へ。

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岐阜城復興天守からの眺め。
東側。

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西側。
岐阜の中心市街地はこちら。

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南側。

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北側。
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天守を出ましたが、ご覧の通りの混み具合です。

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岐阜城資料館。

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山頂の方はここまで。
麓へ降ります。

→次に続く。

category: 東海地方遠征

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週末日記 2013年5月19日  

2013年5月19日(

19日は阿倍野へ出向いて来ました。

大阪市道道長柄堺線(大阪府道30号大阪和泉泉南線との重複)と同じく大阪市道尼崎平野線(大阪府道28号大阪高石線との重複)が拡張されるのに伴い近鉄前交差点に架けられていた阿倍野歩道橋の架け替え工事がほぼ終り、先日全面的に供用が開始されたことから来訪した次第です。

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近鉄前交差点に架かる阿倍野歩道橋。

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JR天王寺駅側から。

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近鉄大阪阿部野橋駅側から。

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近鉄側はあべのハルカスが6月にオープンされるまでは閉鎖されているため、それまでの間は東側へ少し進んだ近鉄百貨店阿倍野本店の新館側からアクセスすることになります。

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西側。
正面に見える道路はあびこ筋(大阪市道尼崎平野線と大阪府道28号大阪高石線の重複)で南側へ拡張工事中です。

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東側。

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南側。
こちらはあべの筋(大阪市道道長柄堺線と大阪府道30号大阪和泉泉南線の重複)の拡張工事中で、これに伴い阪堺線も西側へ移設される計画です。

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北側。
こちらは谷町筋(大阪府道30号大阪和泉泉南線)。

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近鉄前交差点。

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天王寺ミオプラザ館は耐震補強工事と共に南側の外観がリニューアルされました。

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折角、阿倍野まで出てきたので今春の改正から布施駅(北口)へ乗入れてきた大阪市営バス12号系統へ乗ってきました。
阿倍野停留所ですが、場所的には天王寺駅北口から玉造筋を東へ歩いた先にあるあべの北操車場の前にのりばがあります。

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市バスの12号系統は阿倍野と生野区を結び2013年春改正前までは東大阪市三ノ瀬(南側が東大阪市岸田堂北町との境界地)にある布施三ノ瀬とを結んでいたのですが、2013年春に東大阪市岸田堂北町にある布施三ノ瀬操車場が廃止されたため86号系統が乗入れている布施駅北口へ乗入れるようになったと言う経緯があります。

この系統は一部区間が狭隘であるため中型車が用いられていますが、実際に狭い道をズンズンと進んでいきます。

利用状況的には生野区内の利用と同区~阿倍野の利用が重なる感じで、全体的には少ないため実際のダイヤも毎時1本~2本程度の留まっています。

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布施駅へ戻って奈良線のりばへ上がってくると乗換え案内用の発車標が更新されていました。
外観はコスト削減による簡易仕様となった大和八木駅の仕様と同じとなっていて、現状は奈良線のりばのみとなっていますが、今後は大阪線のりば側と改札口側も順次更新されるものと思われます。

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category: 日記

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2013年4月29日 東海地方の史跡と鉄道を巡る旅9 美濃岐阜城・その1  

歴史博物館を出すと岐阜城跡を見てきます。
まずは織田信長居館跡からスタートです。

冠木門。

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居館跡は金華山麓に広がる千畳敷と千畳敷下で構成されています。
先に千畳敷下から。

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最下段にある建物跡。

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居館自体は織田氏以前に領地を治めていた斉藤氏の時代にもあり、画像は織田氏・斉藤氏時代の遺構が示されています。

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上段へ。

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こちらは発掘調査の段階です。

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一番奥。

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北側へ。

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ロープウェイのりばの東側に位置するこの場所は発掘調査の結果、池の跡が発見されていることから、庭園であったとされています。

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上に見える三重の塔へ。

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岐阜公園三重塔。
大正天皇の即位を祝う御大典記念事業として大正6年(1917年)に市民の寄付などを募って建設されました。

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このあとはロープウェイに乗って山頂へ向かいます。

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→次に続く。

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2013年4月29日 東海地方の史跡と鉄道を巡る旅8 金華山・岐阜城へ  

遠征最終日は前回来訪時は夜間だった岐阜城へ再訪からスタートします。
ホテルをチェックアウトし名古屋駅で鞄を預けると撮影しつつ岐阜へ移動します。

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岐阜駅から岐阜城がある金華山の麓にある岐阜公園までは地元の岐阜バスを利用します。
ここでコレまで平日のみ運行されていた連接バス「清流ライナー」が「清流ライナー 市内ループ線」として土休日に運行されたことを知り、早速狙い乗車しました。

・清流ライナー(岐阜バス公式)
http://www.gifubus.co.jp/news/liner/

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バス自体は快速運転のため停車する停留所が絞られています。
車内は広電5000形の内装をバスにもってきたような感じで、LRT的な雰囲気であるの印象を受けます。

最寄りの岐阜公園歴史博物館前停留所に到着。

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停留所から先にあるT字路の正面に岐阜公園があります。

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ここはかつての岐阜城の御殿や城下町があった場所です。

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前回来訪時は時間外だったため入館出来なかった岐阜市立歴史博物館へ来訪しました。

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続いて御殿に相当する居館跡を見てきます。

次に続く→

category: 東海地方遠征

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2013年4月28日 東海地方の史跡と鉄道を巡る旅7 名古屋市営地下鉄東山線の車内写真  

斎宮を離れると名古屋市内へ戻ってきました。
ここでは名古屋市営地下鉄東山線の各形式を車内写真で撮ることにしました。

まずは5050形。

主に旧型車両を置換えるために1980年代に投入された5000形に変わって投入された車両で、5000形がアルミ車体+チョッパ制御であったのに対し、1990年代に投入された5500形では同時期に投入された名城線の2000形と同じくステンレス車体+インバータ制御に変更されています。

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車内全体。

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座席周り。

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天井周り。
スリット式の冷風吹出し口(ラインフロー)は製造時期によってフラップの形状が異なり、後期形は造形がシンプルなものになっている。

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微妙に違う天井周り。
上の画像が前期、下の画像が後期。

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妻面側。
貫通扉は設けられていません。

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乗務員室後方。
画像は竣工時のままですが、ホームドアとATO導入に際して改造工事が施工された編成については車掌台側の窓が閉鎖されている他、乗務員室仕切扉と運転士側のガラスをスモークガラスに交換されているそうです。

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運転台。
こちらはCS-ATC導入時に速度計が交換された以外は竣工時のままとなっていますが、ホームドアとATO対応工事施工車は計器類やスイッチ類などの配置が変更されていると思われます。

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続いてN1000形。

東山線では最新の系列で日車式ブロック工法で製作された車体と直線的な前面形状とブラックフェイスが特徴です。
何年か前に藤が丘の工場で一般公開イベントが模様されたときに第1編成が一部公開され、写真はそのとき撮影しておいたのですが、今回は改めて撮影することにします。

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車内全体。

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座席周り。

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ドア鴨居部の設けられた3色LED式車内案内表示器。
5050系では妻面側の設けられていましたが、N1000形では他社でも採用されている標準的な位置に設置されています。
また、2010年に竣工された第5編成から三菱電機製トレインビジョンの第二世代タイプのLCD式車内案内表示器に変更されています。

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天井周り。

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妻面側。
大邱の地下鉄火災事故を受けて、既存の系列までは設けられていなかった貫通扉が設けられるようになりました。

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乗務員室後方。
ホームドアとATO導入対応のため、乗務員室仕切扉にはスモークガラスになっています。

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運転台。

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撮影はここまで。
名古屋駅へ移動して遠征2日目は終了。

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ホテルへ戻って遠征最終日を迎えます。

category: 東海地方遠征

tag: 名古屋市交通局  名古屋市営地下鉄 
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2013年4月28日 東海地方の史跡と鉄道を巡る旅6 斎宮跡・その3  

博物館をあとにして、残りの史跡を見てきます。

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斎王の森。
斎宮が廃絶された後は耕作地に変わり、斎宮は伝承として語られるだけでしたが、この斎王の森とよばれるこの一角だけは現在に至るまで残されてきました。

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斎王宮跡の碑。

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敷地内から見る。
正面の道は古代の道路跡。

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東側。

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こちらは掘立柱建物跡があります。

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さらに東へ。

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寮庫跡。
案内板によると火災による延焼を防ぐため建物の間隔を広くとっていたとされています。

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内因跡。

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斎宮の中央部に位置する場所にあったとされ、斎王の御殿は内側にあったとされています。

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こちらは歴史公園整備に伴う柳原区画の復元事業が行われています。

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ここでは建物の一部も復元されるそうです。

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斎宮跡巡りはここまでとします。

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→次に続く。

category: 東海地方遠征

tag: 斎宮 
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2013年4月28日 東海地方の史跡と鉄道を巡る旅5 斎宮跡・その2  

奈良古道を西へ歩いて行きます。

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突き当たりに出てくると斎宮歴史博物館の敷地が見えてきます。

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敷地内にある古代道路跡。
背後に広がるのはふるさと芝生広場。

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斎宮歴史博物館。

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傍らに掲げられている日章旗と三重県旗。

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博物館の内部は斎宮の縮小模型、群行・帰京の路を示した模型など斎宮および斎王に関する資料の他、発掘調査の状況や各種映像資料などが展示されています。

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館外にある塚山1号墳。

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塚山2号墳。

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博物館の敷地外にある塚山3号墳。

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次回は斎王の森を含む残りの史跡を見てきます。

→次に続く。

category: 東海地方遠征

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週末日記 2013年5月12日  

2013年5月12日(

12日はGW前にオープンしたグランフロント大阪へ来訪してきました。

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先にうめきた広場へ。
この広場の地下には地下街がありテナントが入居しています。

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桜橋側から南館を撮影。

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各所に水が張られています。

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地下から見るとかんな感じに。

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うめきた広場から見る大阪ステーションシティ・ノースゲートビルディング
と言っても西半分しか見えませんが・・・。

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北館のテラスガーデンへ。

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南館のテラスガーデン。

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大阪ステーションシティ・ノースゲートビルディングの地下1階との接続部です。
この場所から地上へ出るにはグランフロント大阪・うめきた広場地下1階側に階段がありますが、ここからはヨドバシ梅田へ直接出ることは出来ず、これまで通り横断歩道を利用することになります。

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折角なのでグランフロント大阪オープンと共に運行が開始された梅田エリア巡回バス「UMEGULE-BUS」に乗ってきました。

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このUMEGLE-BUSはグランフロント大阪から阪急バスに運行委託され、同社の豊中営業所が担当していますが、日野自動車製ポンチョを用いた車両は専用の塗装を施した専用車が充てられています。

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UMEGLE-BUSを試乗した後は所用を済ませて帰宅しました。

category: 日記

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2013年4月28日 東海地方の史跡と鉄道を巡る旅4 斎宮跡・その1  

「しまかぜ」の撮影後は史跡斎宮跡を訪れました。

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斎宮とは古代から南北朝時代にかけて伊勢神宮に奉仕した斎王の御所を差し、斎王とは伊勢神宮または賀茂神社に巫女として奉仕した未婚の内親王または女王を指すそうです。
ちなみに賀茂神社の場合は平安時代から鎌倉時代における斎王の御所を斎院と称し伊勢神宮のそれと区別されているそうです。

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ここ三重県明和町は斎宮があった場所で、史跡自体は近鉄山田線斎宮駅の周辺に東西約2km、南北0.7km、総面積は約137ha(およそ甲子園球場35個分)という広大なものだったそうです。

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斎宮駅近くにある「いつきのみや歴史体験館」

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歴史体験館の背後にある史跡。
手前は古代米水田。

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史跡自体は大規模であるため、10分の1の縮尺再現された史跡全体模型。

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これによると史跡の東西を近鉄山田線が横断しています。
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奥に広がるのは上園芝生広場。

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奈良古道付近から撮影した上園芝生広場。

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ここから奈良古道を西へ歩いて斎宮歴史博物館へ向かいます。

→次に続く。

category: 東海地方遠征

tag: 斎宮 
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2013年4月28日 東海地方の史跡と鉄道を巡る旅3 再び50000系「しまかぜ」を狙う  

遠征2日目は初日夕方に捉えた50000系「しまかぜ」を再び捉えに行きます。
前日とは違い、当日は名古屋発の下り列車を狙います。

撮影場所を探しつつ編成写真などを撮っていきます。

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四日市から1010系に乗換えましたが、たまたま人が居ない車内だったため撮っておきました。
この編成自体はB更新を施工車のようで、化粧板が5800系と同じものになっていました。

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楠に到着。

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移動途中iPhoneで調べていたところこの駅で撮影する方が都合が良さそうだったため降車した次第。
楠は2面4線で待避線の外側にホームを配した新幹線の通過型駅に多いタイプ。

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待つこと15分。
名古屋発の「しまかぜ」がやって来ました。

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「しまかぜ」を難なく撮影した後は松阪へ。
ここでは1200系を撮影なのですが、写真の編成は2430系と併結された4両編成で長距離運用にも入ることから、サ1380形には便所が設けられています。

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竣工当初から設けられている便所。
該当箇所の窓は竣工当時は明かり窓が設けられていましたが、更新工事施工後は埋められています。

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便所が設けられている区画。
1200系でこの使用になっているのは2本だけなので、他社との共通化のためか視線対策は特にとられておらず、ロングシートのままとなっています。

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便所は和式。
シリーズ21の一系列である5820系50番台に設けられている便所は洋式ですが、それまでの一般車における便所は和式だったようです。

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→次に続く。

category: 東海地方遠征

tag: 近畿日本鉄道  近鉄特急  しまかぜ 
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2013年4月27日 東海地方の史跡と鉄道を巡る旅2 50000系「しまかぜ」と渦中のナローを巡って  

津城を出て次なる目的は50000系こと「しまかぜ」を捉えるため移動しますが、その前に着替えの入った大きめの鞄が邪魔になるため一旦、名古屋へ出向いて荷物を預けてから再び伊勢中川方面へ移動しつつ「しまかぜ」を出迎えることにしました。

さて、肝心の撮影場所ですが、まず停車駅である四日市を考えたのですが、既に先客がいたため断念。
そこで伊勢中川方面へ一駅先にある新正にするしかありませんでした。

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ひとまず撮影開始。
先にやって来たのは1230系。

車両制御装置が日立製で主に近鉄奈良線・京都線系統で使用されるのですが、一部編成は近鉄大阪線・名古屋線系統でも使用され、さらにワンマン運転対応に改造された編成も存在します。

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そしてやって来ました50000系「しまかぜ」
ある意味厳しい撮影でした・・・。

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撮影後は平田町へ移動。
ここからは三重交通の路線バスに乗って内部へ移動。

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存廃問題巡って近鉄と四日市市と揉めている内部線へ。

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内部・八王子線の主力260系。

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車内写真も撮っておきました。
まずは先頭車。

路線バスのような1列+1列配置のクロスシート。

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天井周り。
扇風機の代わりに補助送風機が設けられています。

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中間車。
こちらは旧型車両ですが、座席配置はロングシートとなっています。

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扇風機。

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乗務員室後方。
こちらは四日市方。

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同じく内部・西日野方。

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内部・西日野方には両替機がありますが、50円と100円硬貨しか両替出来ません。
変造硬貨・紙幣対策のための機器更新を渋っているようですが、考えられる理由は後述します。

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運転台。

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さて、基本的な流動ですが近鉄四日市を軸とする地方郊外路線の典型です。

近鉄四日市駅に到着。

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歴史的な経緯などからやや離れた場所にある近鉄名古屋線とは離れた場所にあるため、改札口が別々となっています。
また、券売機の無い小古曽から近鉄四日市で後者または同駅跨いで利用する場合は改札口で精算する必要があります。
改札口が分離していることと内部・八王子線の流動が、あの両替機がお古のまま放置されている要因の一つだったりします。

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この路線自体、北勢線と違うのは距離が短いことが取りこぼしの額が比較的小さいと言うことにもつながりそうで、投資しても利益にならないことと車両の足回り自体が特殊すぎて初期投資が高く付くなどがあり、近鉄としては投資意欲が遠のく要因とも見られているのでしょう。

では、北勢線のようにリニューアルと高速化すれば取りこぼしが押さえられて利用も増えて万々歳かというとそうでも無く、北勢線は国や自治体からの補助で100億円ほど投じた結果であり、それも北勢線と並走する形で設定されていた路線バスの利用が相対的に減少した影響でバスの路線網が縮小して空白地帯発生したという本末転倒な結果になっています。
また、リニューアルと高速化の費用負担で言うと表向きは三岐鉄道の自己負担となっているが、実際は沿線市町からの向こう10年間の赤字補填のための運営資金や補助金が大きく含まれていると言う点で、地域輸送を民間企業に丸投げしようとしている四日市市の姿勢に違和感を抱かざるを得ません。

日本の陸上交通で見る限り、思うに任せろ的にネットワークを広げたた結果、撤退するのが困難な状況に陥っているのが現在の姿であることは明白なのですが・・・。

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さて、遠征初日の活動はこれで終了。
名古屋へ向かって夕食とします。

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名古屋での夕食。

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夕食をさらっと頂いた後はホテルへ向かい、遠征2日目を迎えます。

→次に続く。

category: 東海地方遠征

tag: 近畿日本鉄道  近鉄特急  しまかぜ  近鉄内部・八王子線   
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2013年4月27日 東海地方の史跡と鉄道を巡る旅1 伊勢津城(安濃津城)  

2013年のGWは昨年と同様に前後半で分かれてしまいました。

並び的には3連休と4連休というやや微妙なもので、決定されたのも3月末であったことから地方遠征はデフォルトの宿泊先が満室状態であったため断念し、都市圏ベースに絞り込むことに・・・。

福岡都市圏は昨年実施済みなので今回は見送りすることとし、宿泊先を確保しやすかった首都圏と中京圏を軸に据え、振り分け的には首都圏を後半に後半は中京圏を軸に据えることに決定。

そして内容的には今春営業運転を開始した「しかまぜ」こと近鉄50000系の撮影に岐阜城の昼間時間帯での来訪などを絡めて東海地方の史跡と鉄道を巡ることを主軸に動くことにしました。

初日は手始めに津城を訪れることにしたため、往路は近鉄特急。

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伊勢中川で乗換て津新町へ。
津城跡の最寄りがここ津新町なので。

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津新町から歩くこと10分ほどで津城跡に到着。
現状はお城公園として整備されています。

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津の呼称である安濃津は古代から伊勢国安濃群にあった港であることに由来し「津」は港を意味します。
安濃津は京に最も近い港であったことから重要な拠点として位置づけられ、伊勢国の経済の中心でありました。

戦国時代に入り、細野藤敦がこの地に安濃津城を建てたのが現在の津城の始まりで、南北の両側を流れる2つの川を利用した天然の要害でした。
1568年に織田信長の侵攻したあとは織田信包によって濠が掘られ本丸他の各曲輪が形成されていきましたが、関ヶ原の戦いの前哨戦である安濃津城の戦いにおいて毛利秀元、長束正家、安国寺恵瓊、鍋島勝茂ら総勢3万西軍に攻め込まれたため城下町が被災してしまったものの、奮戦の末に木食上人の調停により和平が成立。

この功績により当時の藩主であった富田信高は2万石を加増され被災した城下町の再建に努めた後、1608年に伊予宇和島藩へ移封。
代わって伊予今治藩より藤堂高虎が伊勢・伊賀22万石をもって津城へ入城してからは、城の大改修が行われて廃城されるまでの城下町が形成されました。

廃城後は建物は破却されたため現存の建造物は存在せず、濠も大半が埋められたため実質残されているのは西ノ丸・本丸で、これらはお城公園として整備されている他、1958年に隅櫓が復元されています。

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二の丸跡に建つ津市役所。
ちなみに市役所の北側にはお城西公園が整備されています。

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まずは西ノ丸跡。
ここは武器庫などがありました。

中央に建つ門は二の丸にあった藩校有造館の正門の入徳門が移築されていて、こちらは現存の建造物です。

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ここは西ノ丸と本丸の境目で、本来は数mほどの通路の両側を濠が挟まった形だったのですが、現状は一部が埋められて日本庭園が整備されています。

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天守台。

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津城跡を示す。

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本丸跡。

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丑寅三層櫓へ。
こちらは復元されたものですが、本来は東鉄門があった場所であるため実際の櫓はこの位置にはありませんでした。

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内部は公開されていないようです。

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本来はこの場所に丑寅三層櫓ありました。

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本丸北東側から撮影。
この付近は内堀でしたが、廃城後は埋め立てられて市街地化されました。

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同じく北側を撮影。
こちら側の内堀もかつてはもっと大きかったそうです。

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それでは下へ。

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東鉄門跡および本丸東側。
左側は内堀と東ノ丸がありましたが、廃城後に埋められてしまいました。

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同じく反対側。
写真の櫓は復元された丑寅三層櫓、石垣から道路側と奥の公園はかつての内堀跡。

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奥から順に丑寅三層櫓跡、北多門櫓跡、戍亥三層櫓跡。
この北面は石垣が綺麗に残っています。

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内堀の一角に集まる亀の集団。

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泳いでいるので撮っておきました。

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津城はここまで。
次の目的のために移動します。

→次に続く。

category: 東海地方遠征

tag: 日本の城郭  伊勢津城  安濃津城 
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黄金週間日記 2013年5月6日  

2013年5月6日(

GW後半遠征最終日は西武池袋線の撮影を軸に飯能から元町・中華街への最速パターンとなる快速急行~副都心線急行~東横特急の試乗という流れです。

ホテルをチェックアウトして池袋でロッカーに鞄を預けて西武池袋線へ。
最初の撮影場所は中村橋で。

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メインはやはり西武線内を走る東急車ですが、ここでは10連口の5050系4000番台のみ。

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そのほかの車両。

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ちなみに中村橋では池袋発着する本数が少ない4000系を捉えました。

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続く石神井公園では新2000系リニューアル車、6000系などを捉えました。

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小手指で快速急行表示の6000系を捉えた他、飯能から回送されてきた東急5050系を捉えました。
ここは午前中での撮影には優しい場所かも知れませんが、待避か当駅始発列車に絞られてしまうかも知れません。

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飯能へ移動後、一旦改札を出て再びホームへ戻って車内写真撮影。

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当日は4000系が2本繋いだ8両編成であったため、ボックスシートがずらりと並んだ車内写真を捉えることが出来た他、6000系はアルミ車体の戸袋無しの最終増備グループの車内写真を捉えました。

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飯能からは元町中華街への最速パターンである西武池袋線快速急行~副都心線急行~東横特急を試乗。

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基本的な流動は西武線内では都心へ向かうにつれて混んで行くという感じで典型的な郊外路線、池袋から渋谷・東横線内は途中駅間の利用が目立つため常に混んでいるイメージと言ったところです。

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試乗後は東急東横線内での撮影場所を求めて移動したのですが、駅撮りで良いポジションは撮影隊が占拠しているため断念したところ5050系4000番台の4010編成を使った特別仕様車「ヒカリエ号」とすれ違う有様でタイミングの悪さを恨んでしまいます。

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池袋へ戻って鞄を回収後は東京駅へ移動して夕食タイムとし、そのあとはのぞみ257号に乗って帰阪しました。

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category: 日記

tag: 西武鉄道  東京急行電鉄  東京メトロ 
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黄金週間日記 2013年5月5日  

2013年5月5日(

遠征2日目である5日は午前中を小田急小田原線で地下化された3駅の見聞を、午後からは東急東横線の副都心線乗り入れ関連に関する改良工事見聞をメインに据えて活動しました。

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午前中の小田急は3月の連立事業に関連した地下切替え工事で東北沢・下北沢・世田谷代田の3駅が地下化されたのを受けての見聞。
基本は東北沢から世田谷代田へと順に見てゆくコース。

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今回の地下化は複々線化後の急行線を活用する形となっているため、下北沢駅の深さが半端なく緩行線ホームとなる中間フロアを挟んでも相当深く、延々と上り下りさせられると言うのには閉口させられますが、小田急小田原線は台地や丘陵地を行くためアップダウンがあるのに加えて、地下化に際して一定の空間を共同溝や自動車専用道のためにリザーブされていたりするケースもあるため、その制約も受けてしまう結果として結構厳しかったりするのです。

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見聞後は唐木田まで移動。
ここへは小田急多摩線へ乗り入れている車両の車内写真の撮影のために移動したのですが、狙い通りの結果でした。

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午後からは横浜へ移動。
横浜からは東急東横線の改良工事の見聞。

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優等停車駅を対象に10両編成対応のためのホーム延伸工事で、実際に供用開始後の様子を見てきたのですが、ホーム端部がとても狭いことろを見るととても涙ぐましい努力と思ってしまいます。

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これで遠征2日目は終了。
ホテルへ戻って遠征最終日に備えます。

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category: 日記

tag: 小田急電鉄  連続立体交差事業  東京急行電鉄  輸送力増強工事  東急東横線 
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黄金週間日記 2013年5月4日  

2013年5月4日(

GW後半戦は東急東横線と副都心線の相互乗り入れ開始と小田急小田原線の複々線化と連立事業に伴う地下化と言った大きな話題あった首都圏へ遠征することにしました。

前半戦から中3日が仕事で後半戦は4連休なのですが、今回は一日おいて5月4日から遠征スタート。
初日はのぞみ314号で昼前に現地入りすると言うゆったりとした流れとなりました。

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現地に到着後は宿泊先である目白に立ち寄り、ロッカーにカバンを放り込んで身軽なスタイルで活動開始。
昼食を挟んで東武東上線へ。

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ここでは主に車内写真の撮影に専念します。
まずは小川町へ。

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ここでは50000系の3次車以降の車内写真の撮影。

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50000系グループでほぼ共通化しているため、それほど変わったというわけではありませんが、製造年次で違いが見られるため、下手に抜け落ちが出ると後々面倒です。

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小川町では改正後の本数が少なく、それほど成果が出そうにないため森林公園へ。
ここでは10030系のリニューアル施工前および施工後の車内写真、9000系9101編成の車内写真などを撮影しました。

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川越市では50070系の車内写真を撮りましたが、車内案内表示器が3色LEDからワイドLCD式に変更された編成でした。

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川越市から和光市乗換で元町・中華街へ。

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ここからはみなとみらい線のホーム延伸工事の見聞。
当日は横浜と新高島以外を順に見てきましたが、出来るだけ既存の内装に合わせられているものの、対向壁が化粧板で仕上げとならずコンクリートの地肌を剥きだしでコンプリートとなっていました。

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初日はこれで終了。
目白のホテルへチェックインして2日目を迎えます。

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