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2011年09月の記事一覧

2011年8月13日 日本100名城を巡る旅in九州13 豊後岡城・その1  

岡城跡に到着しました。

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写真の駐車場になっている場所は主郭部入口に当たり、元は総役所という藩政を行う場所だったそうです。

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登城口の窓口で観覧券代わりの登城手形を購入して城内へ。

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登城道。

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大手門跡。

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古大手門跡。

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まずは本丸の方へ向かうため主郭部を東へ歩いて行きます。

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中休所跡。

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籾蔵跡。

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籾蔵跡を通り抜けたら、三の丸と二の丸を見てきます。

→次に続く。
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category: 九州・沖縄地方遠征

tag: 日本の城郭  日本100名城  豊後岡城  豊後竹田城 
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2011年8月13日 日本100名城を巡る旅in九州12 瀧廉太郎ゆかりの地・豊後竹田へ  

阿蘇五岳から戻ってきたら阿蘇駅駅舎内にある飲食店で昼食タイムです。

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阿蘇駅は2面2線で、阿蘇五岳に面した南側に駅舎があります。

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ここから九州横断特急に乗って豊後竹田へ移動します。

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阿蘇外輪山を突き抜けて大分県に入り、しばらく東へ進むと豊後竹田に到着。

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豊後竹田は岡城の旧城下町があり、岡城の主郭部はこれより南東側の天神山にあります。
徒歩だと20~30分ぐらいと言うところ。

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駅前を流れる稲葉川に架かる竹田橋を渡り豊後竹田の市街地を東へ歩いて行きます。
駅を出る時点で雨が降ったり止んだりする中を行くような生憎の天候・・・。

駅正面の古町通から2つほど南側の筋にある田町通りを進むと正面にトンネルが現れます。
トンネル脇にある神社は広瀬神社。

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トンネルを通り抜けて細い道を歩いて行くと岡城への分岐点に出てきます。

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写真中央の道を登って行くと。

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奥に岩盤剥き出しのトンネルに出くわします。
ここを通り抜けると。

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岡城の西の丸高石垣と駐車場にたどり着きます。

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ここからは岡城の主郭部を見てきます。

→次に続く。

category: 九州・沖縄地方遠征

tag: JR九州  日本100名城  豊後岡城 
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2011年8月13日 日本100名城を巡る旅in九州11 阿蘇草千里ヶ浜  

草千里ヶ浜へ移動してきました。

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正面に広がる草千里ヶ浜では乗馬体験が出来ます。

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北側には大規模駐車場と各種物販・飲食店が並んでいます。

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阿蘇火山博物館。
ここには阿蘇五岳と外輪山を含めた阿蘇カルデラに関する解説と各種展示物が公開されています。

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博物館上階から見る草千里ヶ浜。

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博物館の背後にある展望台スペースへ。

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ここからはカルデラ内にある阿蘇の市街地と外輪山を見る事が出来ます。

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米塚。

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行幸記念碑。

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行幸記念碑から見る草千里ヶ浜。

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そろそろ駐車場の方へ下りて行き。

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バスが車での時間をソフトクリームを頂きました。

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再び阿蘇駅前行きのバスに乗って阿蘇五岳から下山しました。

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→次に続く。

category: 九州・沖縄地方遠征

tag: 阿蘇山    阿蘇中岳  阿蘇カルデラ  景勝地  活火山  草千里ヶ浜  草千里 
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2011年8月13日 日本100名城を巡る旅in九州10 阿蘇山中岳の火口群  

火口西駅に到着しました。
ここからは阿蘇の内輪山を構成している阿蘇五岳のうち現在の活動中の活火山である中岳の火口周辺を見てきます。

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火口西駅の駅舎とその周辺。

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現在も噴煙を上げている中岳の火口からは火山ガスが発生していることから、駅前では当地の火山ガス濃度を示すものとして4色の回転灯を用いて知らされています。

来訪時は安全レベルの青。

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また、火口周辺はそれぞれ、火口南側の柵から内側のAゾーン、同じく柵より外側の展望スペースのBゾーン(B-1ゾーンとB-2ゾーン)、火口西駅付近のCゾーン、火口西側のDゾーン、の5つに分かれ、原則立ち入り禁止であるAゾーン以外は、風向きにより立ち入りが制限されるようになっています。

火口付近は監視員が各所に配置されて常時監視されています。

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Cゾーンから見るDゾーン。
来訪時は立ち入り禁止でした。

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それでは火口を見てきます。

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これは待避壕と呼ばれる建造物。
万が一、予期せぬ噴火があった場合はここへ待避することになっているそうです。

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B-2ゾーンにある中岳火口と登山記念の看板。

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B-2ゾーンの西端から見る中岳第1火口。
立ち入り禁止と書かれている側がAゾーンになる。

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B-2ゾーンからCゾーンを見る。

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少し東側へ移動して撮影。

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こちらは大阿蘇登山記念の看板と共に。

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B-1ゾーン。

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B-1ゾーンからCゾーンを見る。

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B-1ゾーンから見る第1火口。

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中岳火口に貯まっている湯溜りは雨水と湧水。
雨水だけの量では火口はカラカラになることから湧水によるところが大きいという。

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B-1ゾーンから遊歩道と南側火口群(第4~第8火口)を見る。

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同じ場所から第1火口・第2火口を見る。

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第4火口~第6火口。

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これで火口群見物はおわり。

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下山して草千里ヶ浜の阿蘇火山博物館へ向かいます。

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→次に続く。

category: 九州・沖縄地方遠征

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2011年8月13日 日本100名城を巡る旅in九州9 世界有数のカルデラ・阿蘇へ  

2日目を迎えました。
2日目の予定は午前中を阿蘇山観光、午後からは豊後竹田へ移動して岡城と旧城下町を巡り、大分入りするという行程です。

熊本市内のホテルをチェックアウトして市電で熊本駅へ向かいます。
熊本駅自体は市街地の外縁部に位置しているため市電がある時間帯は楽に移動できます。

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豊肥本線に乗り阿蘇山観光の玄関口である阿蘇駅へ向かったのですが、市電からの乗り換え時間が短かったため熊本と駅で撮っている間がなく、急いで乗り込んだら直ぐ発車・・・。

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阿蘇駅に到着。
ここまで乗った車両をようやく撮影。

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これは阿蘇駅の改札口側ホームにあるくろ駅長室。

これまでキハ58系気動車を使用した「あそ1962」に代わり、九州新幹線全通に合わせて設定された観光列車「あそぼーい!」のマスコットキャラクターで「くろちゃん」こと「あそくろえもん」の駅長室。

生憎不在でしたが・・・。

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阿蘇駅は「あそぼーい!」の運行開始に合わせて黒を基調としたデザインに全面的にリニューアルされました。

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改札外コンコースの様子。
写真左側には売店と飲食店が入居していますが、到着時は営業時間外だったようで、阿蘇山から下山したときには営業していました。

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駅舎の西側には産交バスの待合所と窓口があり、ここには産交バス阿蘇営業所の事務所も入居しています。

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ここは熊本~大分・延岡などを結ぶ特急バスの乗入れています。
写真は大分バスのやまびこ号。

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ここからは阿蘇山の中岳火口に近い阿蘇山ロープウェイの阿蘇山西駅へ向かいます。

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阿蘇駅から出る産交バス阿蘇登山線は阿蘇駅前から熊本県道111号阿蘇吉田線(阿蘇東登山道(坊中線)や阿蘇パノラマライン)をひたすら登り、阿蘇火山博物館がある草千里を経て阿蘇山西駅とを路線バスです。

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沿道は放牧地が点在している事から、写真のように牛が放牧されている様子を見る事が出来ます。

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草千里ヶ浜を経て。

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阿蘇山西駅に到着。
ここには阿蘇山ロープウエイの他、大規模の駐車場が用意されています。

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ここからは阿蘇山ロープウエイに乗ります。

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阿蘇山中岳火口付近は火山ガスが発生している場合があり、気管支喘息や気管支炎に支障のある人は健康上の問題から登山が禁止されています。
このため、窓口でこれらに関する質問や説明を受ける事になります。

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それでは、ロープウエイに乗車。
ちなみのこの車両は2006年に水戸岡鋭治のデザインによりリニューアルされたもの。

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火口西駅までは約4分。

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火口西駅に到着。

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ここから阿蘇山中岳の火口を見てきます。

→次に続く。

category: 九州・沖縄地方遠征

tag: JR九州  九州産交バス  産交バス  カルデラ  阿蘇山  阿蘇山ロープウエイ 
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三連休日記 2011年9月25日  

2011年9月25日(

遠征最終日である25日は午前中を西武鉄道の撮影に充てました。

なかなか撮影する機会が少ない西武は池袋線の中村橋で撮影。

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中村橋での撮影を終えて石神井公園へ。
前回は夜間の来訪だったので、今回は明るいうちから来訪してみました。

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萩山へ移動して101系のラッピング編成を撮影。
101系ワンマン編成を色々とラッピングしているらしいのですが、なかなか撮影に行けるタイミングがないもので・・・。

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国分寺へ移動。
この時点で昼前だったことから、改めてJR東の忘れ物センターへ再度問い合わせ。

前日はあまり時間が経ってなかった事からDBに上がってなかったらしく、日が変わったこの段階で該当のものがDBに登録されているとの事で、鞄が一時預けられている新前橋へ急遽向かう事になりました。

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大宮から高崎までを新幹線で挟んで新前橋に到着。
どうやら入庫した段階で見つかったか?乗務員預かりで新前橋へ送られたらしく、諸手続を済ませて21時間ぶりに手元に戻ってきました。

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鞄を手元に戻したら都内へ戻るだけとなりますが、高崎線で戻るのも面白くないので、両毛線と伊勢崎線の組み合わせで都内へ戻る事にしました。

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太田から乗換えたりょうもう号はほぼ満席。

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北千住で下車して、ここで常磐線の編成写真を2本撮影。

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東京へ戻ると東海道線のE231系1000番台の車内写真撮影。
E231系1000番台でも国府津車両センター在籍車と小山車両センター在籍車とでは仕様がいくつか異なるために撮っておくもの。

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これで今回の遠征は終了。

東京からのぞみ259号に乗って帰阪と言いたいところだったのですが、帰阪途上で急病人が出たため降車手配のために三河安城で臨時の運転停車があり4分遅れというオチになってしまいました・・・。

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category: 日記

tag: 西武鉄道  JR東日本  東武鉄道  JR東海 
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三連休日記 2011年9月24日  

2011年9月24日(

遠征2日目は足尾の鉄道イベントを見るためわたらせ渓谷鐵道に乗車しました。
この日はイベントと行楽客で2両つないだ列車は混雑・・・。

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イベント会場入りする前に通洞駅近くの足尾銅山観光へ来館。

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旧坑道である通洞坑を活用した産業遺産ようなものですが、坑道内は非常にひんやりとして夏場の暑さを避けるにはちょうど良いかもしれません。

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午後に入り足尾へ移動して会場入り。

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会場にはキハ30形や機関車などが保存されている車両が公開され、実際の貨車を動かすデモンストレーションが行われていました。

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会場をあとにして間藤まで乗車。
前回は夜になってからの来訪だったた昼間に来訪したのは初めてで、周辺の様子はこうだったのだと分かった次第。

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折り返して桐生へ戻り鞄を回収。
あとは都内へ戻るはずだったのだが、その道中で鞄を忘れるトラブル発生。

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後刻、遺失物の捜索届けを出してきましたが、紛失して困るものが入ってなかったとは言え、同梱していたデジカメの充電器が失ったのは手痛いです。
(結局は翌日に無事手元へ戻ったのですが、それは25日の日記に)

届け出のドタバタで都内入りが遅れたため日付が変わるころに都内のホテルへチェックインしこの日は終了しました。

category: 日記

tag: わたらせ渓谷鐵道  足尾銅山  JR東日本 
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三連休日記 2011年9月23日  

2011年9月23日(

今週末は松本で青ガエル塗装に復元されたアルピコ交通(旧:松本電鉄)の5000系の撮影会と足尾のわたらせ渓谷鉄道のイベントを見るために遠征することにしました。

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初日である23日はアルピコ交通のイベントへ。

往路はのそみ206号としなの3号で松本入り。
のぞみは自由席で余裕だったのですが、しなのは指定席が当日満席。

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松本から乗り換えたアルピコ交通は車両の方向幕が松本電鉄時代の白地から黒地に変更されていました。
確か最近だったかな?

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イベント会場である新村に到着。

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新村はアルピコ交通上高地線の車両基地である新村車両所があり、上高地線の車両の検修を担う拠点ですが、東急から譲渡されて現在は当地で保存されている5000系が東急時代の青ガエル塗装に復元展示されていました。

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このほか元国鉄ED22形であるED301が展示されていました。

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松本へ戻って昼食を挟んでから長野へ移動し、長野からはしなの鉄道に乗り終点の軽井沢まで乗り通し。
信越本線時代は横軽区間の含めて乗り通しているのですが、しなの鉄道へ移管後は平原以西までしか乗ってなかったため、移管後に軽井沢まで乗り通すのは今回が初めて。

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横軽区間が廃止された軽井沢駅は駅構内外れに車止めがある形に変更されていましたが、降り立つのは信越本線時代も含めて初めて。

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横川へのバスに乗るまでの合間を縫って旧軽井沢駅舎記念館へ。

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軽井沢から横軽区間の廃止代替であるJRバス関東の碓氷線に乗り横川へ。

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碓井バイパス(国道18号)が渋滞しているため、国道18号の旧道経由となったのですが、途中めがね橋こと碓氷第三橋梁を見つつ約180ある急カーブに揺られながらの移動・・・。

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横川から信越本線に高崎へ移動し、ここで夕食タイム。

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食後は折返し待ちをしているE231系の車内写真を撮影。

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翌日の予定の関係から夕食後は両毛線に乗り桐生入りしてこの日は終了。
駅近くのホテルにチェックインして2日目を迎えることにしました。

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category: 日記

tag: JR東海  アルピコ交通  松本電気鉄道  JR東日本  JRバス関東 
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2011年8月12日 日本100名城を巡る旅in九州8 平戸市街地を巡り熊本へ  

平戸城から戻ってくると佐世保行きのバスに逃げられてしまいました。
仕方が無いので次の便まで時間をつぶす事にしました。

長崎県指定の史跡、平戸の六角井戸。

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松浦史料博物館。

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平戸藩藩主であった松浦氏居館を活用したもので、ここには松浦党ゆかりの地である平戸に関する史料などが展示されています。

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松浦史料博物館は平戸市役所から離れているため、ここから近い場所にある平戸桟橋ターミナルでバスを待つ事にしました。

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ターミナル内はバスのりばの他、待合所と平戸桟橋からの渡船などの切符を発券する窓口も入居しています。

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帰りは一般のワンステップバスで佐世保へ。

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日没を迎えてあとは初日の宿である熊本へ向かう事にします。

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佐世保からはみどり30号。

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例によって783系ですが、みどり号単独の4+4両編成。

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人が居ない状態だったため、ここで車内写真を撮っておきました。

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鳥栖で降車。

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鳥栖からは有明5号に乗車。

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ほぼガラガラ状態。

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終点の長洲まで乗車。

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長洲からは815系普通に乗換えて熊本へ。

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日付が変わる前に熊本に到着したのですが、市電はすでに運転終了。
タクシーに乗るのも何なので歩いてホテルへ向かいました。

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熊本駅から30分ほどで市内のホテルへチェックインし2日目を迎えます。

category: 九州・沖縄地方遠征

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2011年8月12日 日本100名城を巡る旅in九州7 肥前平戸城・その3  

模擬天守を出て裏手へ。

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写真左が模擬天守、右が櫓を模した休憩所。
模擬天守が建っていた場所にあった二重櫓は沖見櫓と呼ばれていましたが、その櫓台に模擬天守を建てたので、裏側から見ると歪に見えます。

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見奏櫓

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二の丸の東面へ。

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安寿門跡付近から見る三ノ丸跡。

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亀岡神社の鳥居がある安寿門跡。

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写真右側には東櫓跡がある。

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市営相撲場。

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懐柔櫓。

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北虎口門へ戻って外郭へ。

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外郭跡。

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三の丸跡西面。

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西口門跡。

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西口門跡から下へ下りると幸橋から入った最初の場所にあった平戸市役所付近に出てきます。

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平戸城はここまでです。

→次に続く。

category: 九州・沖縄地方遠征

tag: 日本100名城  肥前平戸城 
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2011年8月12日 日本100名城を巡る旅in九州6 肥前平戸城・その2  

大手二の丸門を通り、二の丸跡へ出ます。

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二の丸跡。

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方啓門跡。

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乾櫓。

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地蔵坂櫓。

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地蔵坂櫓から見た北虎口門周辺を俯瞰する。

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北虎口門。
平戸城の本丸は有料なのですが、入館料はこの北虎口門脇にある窓口で。

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入館券とパンフレット。

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狸櫓。
農耕資料室として使用されています。

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本丸へ。

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本丸門。

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本丸跡。
左は本丸門の櫓と右は櫓風建物、いずれも休憩所として利用されている。

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平戸城天守。
平戸城には本来天守が存在せず、二の丸にあった乾櫓を天守の代用として利用されていました。

写真は天守は本来二重櫓が建っていた場所であり、天守は模擬天守とよばれるもの。

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天守内部は展示室になっていて平戸に関する資料が展示されています。

以下4枚の写真は最上階から見た平戸の市街地。
順番に東西南北で提示。

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→次に続く。

category: 九州・沖縄地方遠征

tag: 日本100名城  肥前平戸城 
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三連休日記 2011年9月19日  

2011年9月19日(

祝日である19日は遠征最終日。
この日は午前中に栃木県入りして足利氏館と史跡足利学校へ来訪し、午後は都内へ戻るだけという淡泊な中身になってしまいました・・・。

足利を目指すため、ホテルをチェックアウトして両毛線に乗り前橋で下車。
単純に行くのも何なので、前橋~桐生に上毛電鉄を挟んで行くという趣旨。

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上毛電鉄は何度か乗っているものの、全線通しで乗るのは久しぶり。

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桐生から再び両毛線に乗って足利へ。

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足利では足利氏館に隣接する史跡足利学校へ先に入館。

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足利学校はこれまで幾度か存続の危機を迎えた事があったのですが、戦国時代は徳川家康が、明治には旧藩士により危機を脱し現在に至ります。

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足利学校の続いて足利氏館へ。

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現在は足利氏の氏寺である鑁阿寺(ばんなじ)となっている足利氏館はその名の通り足利氏の居館があった場所で、13世紀頃に現在の氏寺なったのだそうです。

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足利をあとにして高崎へ戻り、鞄を回収して大宮へ。

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大宮へ来たのは埼京線の撮影ポイントを探るためだったのですが、夕方近くの撮影には向かないと言う結論。
向きから考えると正午前後が良いかも・・・。

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赤羽で降車して京浜東北線に乗換えた際、湘南色の185系に遭遇。
そうそう出会さないので撮っておきました。

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東京到着後はしばしおやつタイム。
と言っても久しぶりのパフェを頂いただけですが・・・。

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おやつタイムを終えた後は、のぞみ391号で帰阪しました。

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category: 日記

tag: 上毛電気鉄道  日本の史跡  史跡足利学校  日本100名城  足利氏館  鑁阿寺  JR東日本  JR東海  東海道新幹線 
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三連休日記 2011年9月18日  

2011年9月18日(

遠征2日目である18日はイベント当日。

イベントが開始される時間までに先んじて上信電鉄を乗りつぶしておくことにしました。
高崎で出迎えたのは日野自動車ラッピング編成。

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単純に下仁田を往復するだけではつまらないので、かつての古戦場でもある終点の下仁田で古戦場関連にものを挟むことにし、下仁田では古戦場の石碑と歴史資料館へ来訪しました。

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下仁田へ戻ってくると今度は元西武の編成。
上信電鉄の自社発注車両も撮っておきましたが、大半は高崎にいるため全形式とれたというわけではありません。

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高崎へ戻ってくるとイベント会場へ。
上信電鉄の車両基地自体は手狭であるため、車両展示というようなことが難しいようで・・・。

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昼食を挟んで午後からは日本100名城に認定されている箕輪城へ登城するため群馬バスに乗って箕郷へ。

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高崎市北西部の箕郷地区にある箕輪城は地区中心部の北端に一段高い丘陵部に位置し、城山へのアクセスは大手と搦手以外に複数の城門跡からになるため上り下りするのに面倒だったりします。
それでも各曲輪の配置などはそれほどやっかいな配置ではないのが幸いで、2時間ほどで巡り終えました。

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箕郷から高崎へ戻って、時間的には余裕があることから信越線に乗って横川まで足を伸ばしてきました。
信越本線高崎口は横軽区間が廃止される最終年度に一度乗りつぶしているのですが、横川で降り立ったのはそれを含めても初めて。

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来訪した時間帯は駅に近接する碓氷峠鉄道文化むらの営業時間外でひっそりとしていましたが、ここへ来たのは関所跡への来訪。

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関所跡は東門が番所跡に復元されている程度ですしたが・・・。

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横川からの折り返しは107系100番台。
改札に近い最後部以外は誰も乗ってなかったことから、心置きなく車内写真を撮っておきました。
じつはこれも目的だったりします。

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高崎へ戻って夕食を挟んでからホテルに戻り、この日は終わりです。

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category: 日記

tag: 上信電鉄  鉄道イベント  群馬バス  日本100名城  上野箕輪城  JR東日本 
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三連休日記 2011年9月17日  

2011年9月17日(

今月は17日から19日と23日から25日の2回の三連休があり、最初の三連休となる17日からは栃木県南西部から群馬県南東部にかけて点在する日本100名城を中心に、18日に高崎で催される鉄道イベントと上信電鉄ののりつぶしを絡めた遠征をするこそにしました。

夜勤明けになることから往路は遅めののぞみ114号で東京入り。

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東京から上野で乗り継いで浅草へ向かい、昼食を挟んでからりょうもう17号で群馬県入りしました。

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現地入りして最初は太田市にある新田金山城へ登城するため、太田で下車。
乗りつぶしの時以来の来訪で、北口には駅前広場が整備され、周辺は再開発計画のため区画整理が着手されているところでした。

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新田金山城へは主郭部に近い場所にある出丸や西城跡付近までに駐車場があるものの、公共交通機関となると手段がない歩いて行くしかありません。
山城入り口に当たる場所に位置する太田市立史跡金山城跡ガイダンス施設まででも50分と岡山の鬼ノ城でないにしろ時間が掛かります。

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太田市立史跡金山城ガイダンス施設は同じく市立の金山地域交流センターとの併設で2009年に建てられたものだそうです。
ガイダンス施設には金山城の歴史や発掘で判明したことに関する史料などが保管展示されています。
また、当時の様子を推定再現した模型も展示されています。

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ガイダンス施設の裏側にある登城道を登って西城や見附出丸へ向かうのですが、ハイキングコースとして使われている登城道は急な道のり・・・。

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尾根の上にある駐車場へ出てくると西城はすぐ近く。
しかし昨夜から一睡もしていないため体力の消耗が激しくベンチでへばってしまいました。

西城から南へ徒歩1分ほどの場所にある見附出丸を見てから主郭部へ。
発掘整備が進められている新田金山城で最も整備された場所で、西矢倉代から三ノ丸・南曲輪までが整備されています。

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本丸に当たる実城(みじょう)と二ノ丸は現在新田神社の境内となっていました。

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主郭部を見た後は来た道をひたすら戻り太田駅に戻ってきたのは17:20頃。
体力的には厳しいところまできていたので、この頃にはほとんど精神力で保っていたに等しかったです・・・。

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太田からは伊勢崎乗り換えで高崎へ。

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伊勢崎駅は両毛線部分が先行した高架化されたのですが、折り返し列車の設定を考慮して中線を島式ホームで挟んだ2面3線の配線になっていました。

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高崎で夕食を挟んだ後、市内のホテルにチェックインして遠征初日を終えました。

category: 日記

tag: 東武鉄道  日本100名城  新田金山城  JR東日本 
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2011年8月12日 日本100名城を巡る旅in九州5 肥前平戸城・その1  

さて、ここからは平戸城跡を巡ります。
写真正面が平戸城なのですが、建物の影になって見えません・・・。

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右手には幸橋があり、橋を渡った先に平戸市役所の本庁舎があります。
写真中央の建物が市役所で、左側にある櫓は公衆トイレ。

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幸橋。
重要文化財に指定されています橋で、外曲輪と城下町を結んでいます。

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橋の北面から平戸港を望む。

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幸橋櫓門。
ここは外曲輪西面の入口に当たります。

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市役所の正面を通って近くの交差点から見る石段は三ノ丸跡へ通じる道なのですが、先に大手側を見るため、ここは最後の方で・・・。

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外曲輪跡を南に向けて歩いていきます。

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歩道に沿って歩いて行くと。

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平戸城への看板と城趾に立つ亀岡神社・亀岡公園の入り口が見えてきます。
ちなみに城趾が亀岡なのは、築城した場所が亀岡山である事に由来しているためで、平戸城の別称も亀岡城と称されています。

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石段を登ると最初の鳥居が出迎えてくれます。

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ここから中へ進むと大手一の門跡が見えてきます。

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大手一の門は枡形虎口形式です。

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奥へ進むと大手二の門と三の丸への分かれ道があります。

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そこを過ぎて右手へ進むと

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大手二の門跡が見えてきます。
ここも枡形虎口形式の城門です。

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このあとは二の丸跡などを見てきます。

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→次に続く。

category: 九州・沖縄地方遠征

tag: 日本100名城  肥前平戸城 
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2011年8月12日 日本100名城を巡る旅in九州4 平戸島へ  

次の目的地である平戸城へ向かうため、まずは佐賀からみどり号に乗って佐世保へ向かいます。

今春のダイヤ改正で長崎本線の特急系統に手が入り、「かもめ」はこれまで単独列車と「みどり」「ハウステンボス」との多層建て列車の2本/h体制から、九州新幹線全線開業により鹿児島本線の特急系統が早朝深夜を除いて新幹線に移行したため、単独列車のみ2本/hに改められて、多層建て列車は「みどり」「ハウステンボス」の2階建て列車1本となりました。

ここで乗車したみどり号もハウステンボス号との2階建て列車。
3階建て列車があった数年前に乗ったときには通路にまで人が溢れるほどの乗車率でしたが、今回はデッキに数人居る程度。

佐世保線は峠越えの区間が勾配と線形が厳しく結構鈍足で、振り子電車でも厳しいという感じです。

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早岐でハウステンボス号と分かれ、スイッチバックして逆向きで佐世保に到着

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ここまで乗ってきた783系。

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佐世保の降り立つのは2006年以来5年ぶり。

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ここ佐世保からは平戸島へは松浦鉄道でたびら平戸口へ向かいバスに乗換えて平戸島へ渡るか、佐世保バスセンターから西肥自動車の路線バスに乗って平戸島を目指すかの2つありますが、ネットの時刻表などで確かめたところ、平戸島へ入るには最終的に同じバスに乗る事から、今回は佐世保BCから西肥自動車の路線バスを使い、乗換無しで平戸島へ入る事にしました。

さて、肝心の佐世保駅前のバスのりばですが、外地から来た者には非常に難解。
駅前広場とその傍らにあるBCに散らばっている状態・・・。

写真右手の建物が西肥自動車の佐世保バスセンターが入居する佐世保交通センタービル。

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佐世保交通センタービルの1階にあるバスセンターの方は手狭のようですが、こちらは足の長い便を中心に使われているようで、平戸島へ向かう平戸桟橋行きはここから出ています。
ちなみに行先表示の左隅に「半急」と記されているのは、全区間が急行運転ではなく途中まで急行運転する「半急行」と言う種別なのだそうです。

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平戸城の最寄りとなる平戸市役所までは1,300円。

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立ち客まで出る混みぶりで佐世保BCを出発。
バスは松浦鉄道と絡むように国道35号→国道204号線を北上します。

佐世保市の郊外から佐々町に掛けてちょろちょろと降車が続き、佐々駅に隣接する佐々バスセンターからは市街地を進みます。
再び佐世保市に入ったところにある吉井で急行運転が終り、ここからは終点まで平戸桟橋まで各停留所経由へ。

佐世保市北部の江迎バスセンターでようやく座席半分空いた状態になり、平戸市に入ります。
半島の三反歩に位置する田平地区に入ると左手に平戸大橋が見えてきますが、そこは一旦スルーされて田平地区の中心部へ入り、地区内の拠点となる平戸口バスターミナルを経由します。

松浦鉄道でたびら平戸口へ出た場合、駅前の停留所を経由するバスはかなり少ないため、徒歩圏内にある平戸口バスターミナルの方が便数が多いため、そちらへ出向く方が便利です。

田平地区の中心部を出ていよいよ平戸大橋を渡ります。

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平戸島に入り島の中心部へ。
中心部へ入り河口近くの市役所の本庁舎が見えてくると目的地の停留所に到着。

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ここからは平戸城へ登城します。

→次に続く。

category: 九州・沖縄地方遠征

tag: JR九州  西肥自動車 
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2011年8月12日 日本100名城を巡る旅in九州3 佐賀城・その2  

それでは佐賀城跡の本丸歴史館以外の遺構を見てきます。

佐賀城の本丸御殿は、全体の3分の1程度しか復元されていません。
実際は写真の空き地になっている場所を含めて場所が御殿があったとされています。

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南東側から見た本丸歴史館。

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南西隅櫓跡。

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本丸西面。
外側は石垣、内側は土塁。

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南西隅櫓跡から見る本丸歴史館。

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同じく中堀南面。

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本丸西側にある石製水路。

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鯱の門。

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鯱の門脇にある番屋。

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外側から見る鯱の門。

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本丸北西側にある天守台。

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佐賀城跡はここまで、このあとは平戸城へ向かうため、佐賀駅へ戻ります。

→次に続く。

category: 九州・沖縄地方遠征

tag: 日本100名城  佐賀城 
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2011年8月12日 日本100名城を巡る旅in九州2 佐賀城・その1  

佐賀駅に到着後、鞄をロッカーに預けて市内中心部にある佐賀城跡を目指します。

佐賀城跡へは佐賀市営バスで行く事にしたのですが、佐賀城本丸歴史館、県庁前、博物館前の3つが最寄りとなり、県庁前停留所だけが外郭にあり、残りは本丸後周辺に位置しています。

市営バスのりばは駅改札口を出て東側に歩いた場所にある佐賀駅バスセンターにあります。

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佐賀駅バスセンターは市営バスの他、西鉄バス、祐徳バス、昭和自動車などが乗入れています。
待合所を中心とした島式1面に降車用・乗車用ブースが並ぶ形式です。

かつては駅側とのアクセスには地下通路が使われていましたが、バリアフリーの一環として施工された改修工により歩道橋に替えられています

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バスに乗って外郭部の県庁前で降車。
ここは城趾の北面に位置するようですが、この辺りから城趾内郭側は佐賀城公園として整備されているところで、現在も復元のために公共施設の移転などが実施されているそうです。

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ここからしばらく南へ歩いて行くと佐賀城の本丸跡が見えてきます。

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城門のある側からではなく西門から。

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本丸跡へ。

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時系列では前後しますが、佐賀城本丸歴史館のパンフレット。

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佐賀県立佐賀城本丸歴史館。

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歴史館は本丸御殿の一部を復元したもので、当初の計画では鉄筋コンクリート造りとしていたのですが、それでは礎石などの遺構が復元建物の基礎工事のために破壊されるため、礎石などの遺構を各種保護した上で木造で復元される事になったと言う経緯があります。

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写真以外には各種展示物があるのですが、こちらは撮影禁止のため支障の無い範囲で撮影してます。

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このあとは歴史館の外にある遺構を見てきます。

→次に続く。

category: 九州・沖縄地方遠征

tag: 日本の城郭  日本100名城  佐賀城 
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2011年8月12日 日本100名城を巡る旅in九州1 2011年2度目の九州入り  

8月12日から8月16日にかけて九州にある日本100名城を巡る旅に出てきました。
今回投稿分からその詳細を報告していきます。

出発は12日の早朝。
前日は日勤でしたが、定時上がり出来ずに前日の最終に乗れなくなるのを避けて当日出発としました。

現地入りして最初に登城するのが佐賀城なので、往路は新鳥栖で乗換えられるさくら543号としました。

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車両はN700系のJR九州編成であるR編成。

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普通車側が混むというのは予想できた事なので、ここではグリーン車を指定。

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新大阪出発後は特に遅れも無かったのですが、新山口で追い抜く名古屋発ののそみ号が乗降で手間取ったのだろうと想定できる遅れ。
これによる遅れを引きずったまま博多駅が満線のため入線できず、遅れたまま九州新幹線へ。

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九州区間でサービスされるおしぼりと飴。

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新鳥栖に到着。
乗換が2分弱しかないため、撮れたのはこのワンショットのみ。

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新幹線側の改札口を出て、出入口を挟んだ正面が長崎本線の改札口なのですが、佐賀方面ホームは跨線橋を渡った向こう側。
荷物を抱えた状態で必死で走って何とか間に合いました・・・。

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呼吸を整えている間に佐賀に到着。

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ここから九州の城巡りが始まります。

→次に続く。

category: 九州・沖縄地方遠征

tag: JR西日本  山陽新幹線  JR九州  九州新幹線 
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週末日記 2011年9月11日  

2011年9月11日(

例によって撮影のお出かけ。

まず、京阪中之島線で2400系に遭遇。
この系列の車内写真を撮ってなかったので、終点の中之島で車内写真撮影。

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さくら夙川駅へ移動。

20110911_sakura_shukugawa-0.jpg

例によって編成写真の撮影。

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神戸へ移動。

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神戸からは阪急で梅田へ。
ちょうど9000系だったので梅田での折返し待ちの間で車内写真撮影。

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20110911_hankyu_9000-in01.jpg

途中の西宮北口で9000系では最新の9004編成に遭遇。
これに気付いたので9000編成の車内写真撮影後に梅田へ入線したところを撮っておきました。

20110911_hankyu_9000-02.jpg

この日はこれで終り。
梅田からは難波経由で帰宅しました。

category: 日記

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週末日記 2011年9月10日  

2011年9月10日(

10日は元々出勤日でしたが、前日に休みが決まったため、ポッカリと空いてしまいました。
この日は午後から外出。

まずは先週撮影した12000系を今一度捉えるため南海本線へ出向きました。
撮影場所までは阪堺のチンチン電車で。

20110910_hankai_700-01.jpg

南海での撮影は住吉大社駅で。

撮影に入ろうと思って難波方へ移動したところ12000系が通過して来たので、慌てて構えて捉えました。
タイミング的におかしいなと思ったら、実は住ノ江への回送で12002編成

20110910_nankai_12000-01.jpg

7100系を挟んで。

20110910_nankai_7100-01.jpg

もう来ないだろうと思って油断していると12000系がもう1本。
こちらは12001編成。

20110910_nankai_12000-02.jpg

12000系を捉えると撤収し阪神甲子園駅へ。
西宮市内の連立事業と連動して行われている大規模改良工事で、梅田方のホーム仮設化→上り線切替えに続いてホームの基礎工事が着手されていました。

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20110910_koshien-02.jpg

三宮へ移動。

20110910_sannomiya-01.jpg

甲子園駅以上の大規模改良工事が続いている阪神三宮駅では、姫路方に拡張部分を支える支柱が設けられ、大凡の配線がつかめるようになりました。

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20110910_sannomiya-03.jpg

梅田へ移動。
ひげ剃りと携帯の機種変更の候補探しのためにヨドバシカメラへ出向いたわけです。

20110910_umeda-01.jpg
-- 続きを読む --

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2011年5月5日 筑肥の城を巡る旅46 九州新幹線800系0番台の車内と帰阪  

11番のりばに800系0番台が折返し待ちをしている発見。

この列車の発車時間までにはまだ時間がある事と人気が少ないこともあり、まだ撮影していない車内を撮っておく事にしました。

20110505_jrkyushu_tec_800_0-01.jpg

では、車内へ。

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800系では座席の表地や腰掛木材の色が異なり、今回撮影した0番台では3パターンある。
事前に調べていないため、今回は2パターンのみ。

6号車。

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5号車。

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これで現地での活動は終了。
さくら580号に乗って帰阪します。

20110505_hakata-01.jpg

Uターンラッシュと重なるためグリーン車を指定。

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車両は新大阪到着後に撮影。

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これで今遠征を終えて現実に引き戻されます。

#「2011年5月3日~5月5日 筑肥の城を巡る旅」おわり。

category: 九州・沖縄地方遠征

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2011年5月5日 筑肥の城を巡る旅45 拡張された博多駅新幹線のりば  

唐津へ戻ってきました。

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後は博多へ戻るのですが、今回は往路を高速バスにしたので復路は筑肥線快速で。

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設定当初は「ふくおかライナー」「からつライナー」と言う愛称が付いてましたが、平日に拡大されてからは愛称がなくなりました。

またしても103系1500番台・・・。

20110505_jrkyushu_ec_103_1500-01.jpg

博多へ移動中303系とすれ違い。
303系は過去に一度も乗った事がなかったので、一旦福岡空港駅まで足を伸ばして、折り返してくるところを待ち構え、ようやく捉えました。
人が多いので流石に車内写真は撮れず、博多駅で慰め程度のショットを・・・。

20110505_jrkyushu_ec_303-01.jpg

博多に到着後、夕食タイムとしました。

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夕食後は九州新幹線開業後の博多駅新幹線のりばを見聞。
九州入り初日は時間がなかったので見て回る余裕がありませんでしたが、帰りは余裕があったことから新設のホームなどを見る事が出来ました。

20110505_hakata-02.jpg

これはJR博多シティへ向かうエスカレーターの上り口。
このエスカレータでは新幹線のりばへは行けません。

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モノトーンが基調の2階コンコース。

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13番・14番のりばのみ設けられているフルカラーLED式の乗車位置案内表示器。

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新設された11番・12番のりばへ。
駅名表は衝立式

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ホームの様子。

20110505_hakata-08.jpg

これは2階コンコースからJR博多シティとを結ぶエスカレータ。
直通エスカレーターなのでご覧の通り。

20110505_hakata-09.jpg
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11番線には800系0番台が停車中。

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その先には車止め。
12番線側は新大阪方へ直通する。

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新幹線ホームの見聞は以上です。

→次に続く。

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2011年5月5日 筑肥の城を巡る旅44 肥前名護屋城・その6  

水手口から城趾北側の山里丸などを巡ってきます。

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鯱鉾池と台所丸。

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上山里丸への虎口跡。

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上山里丸。
秀吉の居館や謁見所・能舞台・茶室があった山里丸でも山里口から西側に位置する曲輪。

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山里丸の石垣。
山里丸の大半は農家と寺の敷地になっている。

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山里口。

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上山里丸へ通じる虎口。

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東側は下山里丸。

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最上段から先は柵で仕切られて立入らないようにしている。

20110505_hizen_nagoya_castle-96.jpg

佐賀県立名護屋城博物館へ。
ここには名護屋城の復元模型がある他、日本列島と朝鮮半島の交流史をテーマにして資料が展示・紹介されています。

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これで名護屋城巡りは終了。

20110505_hizen_nagoya_castle-98.jpg

道の駅「桃山天下市」前にあるバス停へ。

20110505_showa_bus-10.jpg
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ようやくやってきたバスに乗り唐津へ戻りました。

20110505_hizen_nagoya_castle-06.jpg

→次に続く。

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2011年5月5日 筑肥の城を巡る旅43 肥前名護屋城・その5  

二の丸の北隣にある遊撃丸を見てきます。

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遊撃丸は1593年に講和使節として来日した沈維敬の宿舎となった場所で、明の遊撃軍の将軍付きの使節として派遣されていたことに因んで曲輪の名称として呼ばれる事になった。

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東側を天守台と接する。
左手奥が城内の貯水池があった水手曲輪に繋がる。

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続いて名護屋城における搦め手側に当たり、二の丸の南に隣接する弾正丸へ。
弾正丸は名護屋城の総取締を行っていた浅野弾正長政が居住していた場所に因んで名付けられた曲輪。

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弾正丸にある浄水施設は名護屋浄水所。

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浄水所の脇を抜けると。

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弾正丸に出てきます。
南東隅からみる弾正丸。

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浄水場に沿って奥へ行くと二の丸がちらりと見えます。

20110505_hizen_nagoya_castle-80.jpg

搦手口。

20110505_hizen_nagoya_castle-77.jpg

城外側から搦手口を見る。

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眼下に見えるのは茶屋海月。

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搦手口から南西方向を見る。
ちょうど東松浦半島の西側を見る事になる。

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同じ場所から馬場と本丸を見る。

20110505_hizen_nagoya_castle-82.jpg

二の丸へ戻って船手口へ。

20110505_hizen_nagoya_castle-83.jpg

船手口から城外北面へ。

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三の丸と上山里丸に間にあった腰曲輪からの登城道を合流し水手口に到着。

20110505_hizen_nagoya_castle-85.jpg

このあとは城趾北面を見てきます。

20110505_hizen_nagoya_castle-06.jpg

→次に続く。

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2011年5月5日 筑肥の城を巡る旅42 肥前名護屋城・その4  

続いて名護屋城の馬場を見てきます。

本丸からは直接は入れないため三の丸南面から入ります。
写真の石垣は三の丸櫓台で名護屋城の櫓跡では最大規模のものだそうです。

20110505_hizen_nagoya_castle-55.jpg

本丸新石垣櫓台。
所々、人為的に崩されています。

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東側から見る馬場跡。

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北側に隣接する本丸南面石垣。

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馬場跡から見る弾正丸跡と搦手口側。

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馬場櫓台。

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馬場櫓台付近から見る馬場跡。

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馬場北側は正面に二の丸跡、左手に弾正丸跡が隣接している。

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本丸南東隅石垣。

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二の丸跡へ。

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建物礎石。
ここには武器や兵糧が納められていた他、番所があったとされています。

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二の丸石垣。
ここも人為的な破壊が行われていましたが、これらは一揆対策に一環として行われたものらしく、城趾内に籠城させないためという理由といわれているそうです。

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西面石垣上から見る二の丸。

20110505_hizen_nagoya_castle-69.jpg

このあとは遊撃丸と弾正丸を見てきます。

→次に続く。

category: 九州・沖縄地方遠征

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週末日記 2011年9月3日~9月4日  

2011年9月3日(

台風接近のためこの日は夜勤明けで帰ってきてから終日在宅。
在宅中はサイトの更新作業を進めました。

8月末の遠征で撮影した東京メトロ16000系とJR東日本のE231系500番台をアップしましたが、画像のリサイズよりも主要諸元表の作成が面倒で、表だけを作ったひな形は用意しているものの、各項目の中身は一つ一つ確認しながら入力する非常に地道な作業だからです・・・。

あと、これまでサイト更新情報をブログでやっていましたが、ちょっと面倒なので、サイト更新情報アナウンス用にTwitterアカウントを取得しました。
個人アカウントと一緒にウィジェットをサイドバーに入れました。

サイト更新情報用Twitterアカウント「DK-Kawachi WebSite」
http://twitter.com/#!/web_dkkawachi

今後、サイト関連の告知についてはこのアカウントでツイートします。


2011年9月4日(

9月1日から営業運転が開始された12000系「サザン・プレミアム」を撮影するため南海本線へ出向いてきました。

手始めに天下茶屋で撮影。
運用も分からないまま出たとこ勝負と言ういつもの通り無茶なもので、1本目は10000系でしたが、2本目がターゲットの12000系を捉える事が出来ました。

20110904_nankai_10000-01.jpg
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折り返してくるところを狙うため関空行きのラピートβ号に乗ったのですが、鶴原駅で人身事故が発生し泉大津で抑止。
しばらくすると岸和田まで運転されそこで抑止となり、1時間後に運転再開。

20110904_nankai_50000-in01.jpg

そのときライブ配信したツイキャスのアーカイブ。





途中乗換でみさき公園まで移動し、8000系+12000系サザンに乗って和歌山市へ。

20110904_wakayamashi-01.jpg

ここで折返し待ちの間に車内撮影をしようと思ったのですが、ダイヤが乱れたため到着後は回送されてしまいました・・・。

20110904_nankai_12000-02.jpg
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市駅からバスで和歌山駅へ移動し、紀州路快速で帰りました。

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category: 日記

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2011年5月5日 筑肥の城を巡る旅41 肥前名護屋城・その3  

名護屋城本丸へ出てきました。
現状は建物礎石を保護するため一部立ち入りが制限されています。

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本丸中程にある石碑。

20110505_hizen_nagoya_castle-03.jpg

本丸北面にある石碑。

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天守台跡。

20110505_hizen_nagoya_castle-68.jpg

ここには立派な天守台と五層の天守が立っていましたが、廃城後に破却されるなどして現状は写真の通り,
礎石と石垣が僅かに残されているだけという状態です。

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天守台跡からの眺め。
正面の小半島の先が波戸岬、右手の島が加部島と対岸を結ぶ呼子大橋。

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眼下に見えるのは遊撃丸。

20110505_hizen_nagoya_castle-43.jpg

こちらは二の丸跡。
遊撃丸の南隣に位置しています。

20110505_hizen_nagoya_castle-44.jpg

本丸多聞櫓跡。
内側の敷石が旧多聞櫓、外側の敷石が新多聞櫓の跡。

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本丸南西隅櫓跡。
こちらも新旧櫓の礎石が示されています。

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南西隅櫓跡から見る弾正丸跡。

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本丸新石垣櫓台跡。

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本丸旧石垣。
ここにも櫓台らしきものが検出されているそうですが、確定には至ってないそうです。

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本丸南東隅側。
櫓跡かなと思って撮っておいたのですが、後ほど来館した博物館に展示されている模型によると、ここには櫓はなかったようです。

20110505_hizen_nagoya_castle-51.jpg

本丸南東隅側から本丸大手門跡を見る。

20110505_hizen_nagoya_castle-52.jpg

名護屋城の本丸大手門は後に伊達政宗が築城した仙台城の大手門として移築されたそうですが、第二次世界大戦末期の空襲で焼失してしまいました。

20110505_hizen_nagoya_castle-53.jpg

ここを下りるとさっきの三の丸跡へ出てきます。

20110505_hizen_nagoya_castle-33.jpg

三の丸側から本丸大手門を見る。

20110505_hizen_nagoya_castle-54.jpg

このあとは本丸南面に隣接する馬場跡などを見てきます。

→次に続く。

category: 九州・沖縄地方遠征

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2011年5月5日 筑肥の城を巡る旅40 肥前名護屋城・その2  

東出丸から三の丸に入ります。

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三方向から見た三の丸。
まずは東出丸側から見た三の丸。

20110505_hizen_nagoya_castle-25.jpg

本丸大手櫓石垣付近から見た三の丸。

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本丸大手門から見た三の丸。

20110505_hizen_nagoya_castle-33.jpg

三の丸井戸跡。
名護屋城跡にはこうした井戸跡が複数見られます。

20110505_hizen_nagoya_castle-34.jpg

三の丸南東隅櫓跡。

20110505_hizen_nagoya_castle-36.jpg

新旧櫓台の関係。
豊臣秀吉の命により名護屋城は松浦党家臣の居城であった垣添城の跡地に高石が基を築いた城で、城趾内各所にはこうした新旧の遺構が見られます。

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旧櫓台石垣

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東出丸に戻って今度は三の丸と上山里丸の間にある腰曲輪を見てきます。

20110505_hizen_nagoya_castle-26.jpg

三の丸よりも一段高く本丸よりも低い位置にあるものの正確な名称が分からないので、ここでは仮に腰曲輪と称しておきます。

20110505_hizen_nagoya_castle-27.jpg
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腰曲輪を出ると水手口への道に出てきます。

20110505_hizen_nagoya_castle-29.jpg

本丸石垣北面。
右手に身あるのは水手曲輪。

20110505_hizen_nagoya_castle-30.jpg

水手曲輪の東側から下りると水手口へ出られますが、それは後ほど。
20110505_hizen_nagoya_castle-31.jpg

それでは本丸へ出てきます。

20110505_hizen_nagoya_castle-32.jpg

→次に続く。

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