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2011年08月の記事一覧

2011年5月5日 筑肥の城を巡る旅39 肥前名護屋城・その1  

肥前名護屋城へ向かう前に。

来訪時の大手口バスセンターは建て替えにより、のりばが暫定的に道路上に変更されています。

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完成後は元の場所に戻るそうです。
写真はその完成イメージ。

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現状は市役所東側とバスセンター向かいのパチンコ屋跡を一部借用した形で設けられた待合所と案内所の前に分散されています。

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大手口バスセンターから波戸岬方面行きのバスに乗って名護屋城博物館入口停留所まで移動。
停留所前は道の駅「桃山天下市」があり、名護屋城が豊臣秀吉の大陸進出の拠点である由来から、ここには多くの幟が立っています。

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名護屋城跡交差点を渡って歩道の方を県立名護屋城博物館に向けて歩いて行きます。
写真正面の丘が肥前名護屋城跡がある場所です。

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しばらくすると右手に階段が見えてきますので、そこを登っていく名護屋城大手口と博物館に通じます。

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登った先で見かけるのは大手前井戸跡。
駐車場建設時の発掘調査で検出されたもので、写真はその一部です。

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井戸跡付近から唐津方面を見る。

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井戸跡からさらに進むと右手に城趾の入口があります(左手を奥に進むと博物館)

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入口を入ると大手口前があり、右手が大手口があります。

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大手前から搦め手側を撮影。

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大手口。

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名護屋城跡の石垣は写真のように三角に崩されていますが、これは廃城後に崩されたもの。

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大手口櫓台。

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大手口櫓台から大手口前を撮影。

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同じく東出丸側。

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大手口から登って行くと東出丸の門跡があります。

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東出丸。
別名「千人枡」とも呼ばれ三の丸の警備を固めるため侍詰所があったそうです。

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東出丸の櫓門跡から大手口を見る。

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同じく下山里丸跡を見る。

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このあとは三ノ丸跡へ入ります。

→次に続く。
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category: 九州・沖縄地方遠征

tag: 日本100名城  肥前名護屋城 
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2011年5月5日 筑肥の城を巡る旅38 唐津の旧城下町巡り  

唐津から移動する前に目に付いた2つの施設へ入ってきました。

まずは曳山展示場。

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隣には唐津市民会館が併設されています。

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では中へ。

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唐津にある曳山展示場は唐津神社の秋季例大祭である「唐津くんち」において旧城下町を練り歩く曳山が保管・展示されています。
かつては各町内で保管されていましたが、この展示館の建設により保管の面では負担が軽くなったそうです。

展示館には14台の曳山全てが保管・展示されています(ただし修理などで不在の場合もあり)
ここではあえて一部だけ公開。

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曳山の台車。

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続いて旧唐津銀行本店。

辰野金吾とその弟子である田中実により設計された建物で、唐津藩出身であった辰野金吾が唐津銀行創始者の大島小太郎から依頼を受けたのですが、当時は東京駅の設計の真っ直中で直接関わる事が出来なかった事から、自身の弟子である田中実に設計を託し、自らは設計顧問として関わる事になったそうです。

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後に佐賀銀行唐津支店として使用された後、唐津観光協会の事務局が置かれ、館内案内や観光情報を発信・コンサートや展示会の会場として利用されています。

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近年改修工事が施工されたため、建物内外は綺麗に整備されています。

1階。

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2階。

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これで唐津の旧城下町巡りは終り。
大手口バスセンターからバスに乗って名護屋城跡へ向かいます。

→次に続く。

category: 九州・沖縄地方遠征

tag: 唐津くんち  旧唐津銀行本店 
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2011年5月5日 筑肥の城を巡る旅37 肥前唐津城・その4  

唐津城旧城下町の続き。

大手口バスセンター付近の奇妙な形の交差点があります。
これは唐津城の大手門があった場所。

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西側へ歩いて行くと櫓をもしたトイレと堀が見えてきます。

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ここは三ノ丸堀の肥後堀を一部再現したもので、三ノ丸跡側には唐津市役所の庁舎が建っています。

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市役所正面にある交差点をまっすぐ進むとJR唐津駅にたどり着きます。

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肥後堀西側。
一部のみ再現されているため陳腐な印象を受けますが、史実の肥後堀はもっと大規模なものでした。

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肥後堀から大手門を経て東へ進むと復元された櫓が見えてきます。

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これは三の丸辰巳櫓。
三の丸の南東側に建っていた櫓で、廃城後に解体されたものを1992年に復元したものです。

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このあとは曳山展示館などを見てきます。

→次に続く。

category: 九州・沖縄地方遠征

tag: 日本の城郭  肥前唐津城 
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週末日記 2011年8月28日  

2011年8月28日(

遠征2日目。
朝は9時前にチェックアウトして品川のコインロッカーに鞄を預けて、首都圏西側を巡りました。

品川へ移動する前にホームドア導入に先駆けてオール4ドア化が進められている山手線のE231系500番台の車内写真の撮影。
ここでは6ドア車との差し替えで挿入されたサハE231形4600番台とサハE231形600番台を撮影、特に前者は特徴のある変則的な窓配置となっています。

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新宿へ移動して小田急へ。
複々線化工事も見てきましたがメインは編成写真撮影。

ここでは代々木上原で東京メトロ16000系狙いでしたが、運良く1次車と2次車に遭遇。

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これに拘ったのは、前面非常扉の位置が前者が10000系と同じ中央であるのに対し、後者は左寄りにオフセットされているため。

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唐木田まで移動。

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唐木田で昼食を挟み、午後からは折り返して登戸まで戻って南武線快速の初乗車。
そこそこ走りますが、それでも流すように走っている感じです。

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横浜へ移動し、みなとみらい線の改良工事の見聞。
東京メトロ副都心線その相互乗り入れにより優等停車駅のホーム延伸が行われています。

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元町・中華街まで見た後は氷川丸に乗船。
前回はタイムアップで入れなかったため。

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再び横浜へ戻ってきて、今度は東急東横線の改良工事の見聞。
前回見聞時では未着手だった駅も工事が着手されています。

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渋谷まで見た後は副都心線経由で石神井公園へ。
ここでは複々線化と連立事業の末端部に当たる石神井公園駅を見聞。

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上り線は2線化されていましたが、下り線が1線のみで暫定供用されている状態。

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現地での活動はここで終了。
品川へ戻って鞄を回収して東京へ移動し、東京からのぞみ267号に乗って帰阪しました。

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category: 日記

tag: JR東日本  東京メトロ  横浜高速鉄道  東京急行電鉄  輸送力増強工事  駅改良工事  日本郵船  氷川丸  西武鉄道  連続立体交差事業 
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週末日記 2011年8月27日  

2011年8月27日(

大井町にある東京総合車両センターと入曽の西武鉄道南入曽車両基地のイベントを見に行くため、この週末は上京することにしました。

前日までは残業だったことから当時と早朝出発。
往路は上京手段のデフォルトとなったのぞみ204号。

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品川到着後、イベント開始までには時間があったことから京急に乗り換えて編成写真撮影と京急蒲田駅の連立事業の見聞さらりと済ませてきました。

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横浜から横須賀線に乗り換えて武蔵小杉へ。

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連絡通路の工事が進んだ武蔵小杉駅は動く歩道が整備されていました。

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武蔵小杉から武蔵溝ノ口へ移動。
タッチの差で南武線快速に逃げられという醜態をさらしましたが、節電対応で東急大井町線が二子玉川折り返しになっていたのは目が点ものです・・・。

大井町へ戻るといよいよ会場入り。
首都圏の車両をメンテナンスする大工場であるため、見て回るのに手間取った上、時間が掛かってしまったため、南入曽の方は現地着が間に合わないことから断念することにしました。

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結果的にフリーとなったため、このあとは京成押上線へ出向いて編成写真の撮影。
前回同様、八広での撮影は北総の7260形や芝山鉄道3600形を捉えました。

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八広の撮影のあとは金町へ移動し金町から常磐線へ。

ちょうどいいタイミングで東京メトロ16000系に遭遇。
しかも同系同士で続行というものでした。

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10000系に次ぐデザイン性の高い車内を取手で撮影。

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撮影終了後は松戸で夕食タイムを挟んで都内のホテルへ向かい、初日であるこの日は終わりました。

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category: 日記

tag: JR東日本  鉄道イベント  京浜急行電鉄  京成電鉄  北総鉄道  東京メトロ 
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2011年5月5日 筑肥の城を巡る旅36 肥前唐津城・その3  

ここからは旧城下町に残れている唐津城の史跡を見てきます。

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舞鶴橋から見る何かの入口は水ノ門跡らしい。

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溝の門跡の先にあるのが、高島渡船の臨時のりばで、これは城下橋を渡った駐車場の対岸にある宝当桟橋が干潮時に入れなくなるために代替で使用されるもので、それ以外の時は宝刀桟橋が使われます。

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二の丸跡。

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二の門堀。

唐津城は地続きだった真島山を堀で切り離して築城したもので、二の門堀は主郭部になる二の丸と外側になる三ノ丸を区切るために掘られたもの。

この二の門堀は薩摩堀とも呼ばれていますが、それは築城に際しては九州中の大名の助力があり、普請に協力した大名の領地名を堀の名に残したもの。

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二の門跡付近にある時の太鼓。


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北城内児童公園にある時の太鼓は唐津城市整備計画により再現されたもので。ご覧の通り櫓の形となっています。

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埋門ノ館。
観光施設で史跡とはあまり関係ないのですが、この場所に埋門小路と言う道があった事から名付けられたもの。

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西ノ門館。
埋門ノ館と同じく観光施設。

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旧唐津藩藩校中門。

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ここは唐津藩の藩校跡で現在は中門のみ残された南城内児童公園となっています。

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→次に続く。

category: 九州・沖縄地方遠征

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2011年5月5日 筑肥の城を巡る旅35 肥前唐津城・その2  

櫓門を通り本丸へ入ります。

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工事用フェンスに描かれている唐津神祭行列図。

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石垣修復工事のためご覧の通り手狭・・・。

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修復工事の様子。

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本丸内にある石碑。

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本丸の隅にある櫓をもして休憩所・売店。

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唐津城天守。
史実の唐津城には天守が存在してなかった事から写真の天守は模擬天守と言う事になります。

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では天守内へ。

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天守内は唐津城に関する歴史、武具などが紹介・展示されています。

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最上階は展望室になっていて、ここから虹の松原や唐津の市街地、唐津湾に浮かぶ島などが一望できます。

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ヨットの練習?

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唐津城の天守をあとにして、旧城下町を見てきます。

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→次に続く。

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tag: 日本の城趾  肥前唐津城 
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2011年5月5日 筑肥の城を巡る旅34 肥前唐津城・その1  

それでは唐津城本丸へ向かいます。
バス停の付近にある石垣は藩主の御殿があった二の丸跡のもので、現在は早稲田佐賀中学・高等学校の敷地となっています。

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南側にある駐車場は下曲輪跡。
手前の道路は腰曲輪跡で画像左手に進むと水の手門跡があります。

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下曲輪跡から見る唐津城天守。

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では正面登り口から石段を登って。

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総締門跡。

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総締門の枡形を通り石段を登って行くと二の曲輪の藤棚の直下に出ます。

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二の曲輪の南東側。

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藤棚越しに見る唐津城天守。

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二の曲輪は本丸石垣の修復工事のため東側半分だけ立ち入る事が出来ます。

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二の曲輪から見る天守。

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このあとは本丸へ上がります。

→次に続く。

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2011年5月5日 筑肥の城を巡る旅33 高速バス「からつ号」で唐津へ  

WG後半遠征最終日は福岡県を飛び出し、佐賀県の東松浦半島にある唐津城と名護屋城を巡ります。

午前中は唐津城へ登城するのですが、現地への公共交通機関のアクセスは鹿児島本線~長崎本線~唐津線を利用した鳥栖・佐賀経由のルート、福岡市営地下鉄空港線~筑肥線ルート、昭和自動車の高速バス「からつ号」の3つ。

鳥栖・佐賀経由は現実的な選択肢でもないので早々に選択肢から外され、筑肥線ルートは以前乗っている事からありますが、唐津駅から唐津城までは距離があるため、今回は「からつ号」で現地入りする事にしまし、その中でも唐津城入口まで乗入れる便を選択しました。

早朝、チョックアウトしてから一旦博多駅へ向かって鞄をコインロッカーに預けて、天神BCへ。
天神バスセンターは西鉄福岡駅も乗入れるソラリアターミナルビルの3階に位置するのですが、手ざまな建物に無理矢理入れているような感のある構造のため、地上・地下からバスターミナルのフロアまでのアクセスが外地から来るものには非常の不親切で、とにかく使い勝手が悪いと言う印象を受けます。

のりばに到達したタイミングに合わせるかのように「からつ号」が到着。
「からつ号」は唐津側が大手口BCを経由して終点が高島への渡船が発着する宝当桟橋までなのですが、駐車場と挟んだ対岸に位置しています。
しかし天神バスセンターを7:21に発車する便が唯一唐津城入口までダイレクトに乗入れていることから、これに合わせる形で行程を組んだわけです。

7割ほどの乗車率で天神BCを出発。
長いスロープを出て新川橋交差点から渡辺通りを北へ進み、博多港側にある天神出入口から福岡高速1号線に入り西へ進みます。

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しばらく博多湾を望みながら進み。

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やがて福岡高速5号線と重福JCT.で合流し西九州道に入ります。

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西九州道は一部区間が未着手であるため、前原IC.西方にある前原暫定出口(東交差点) で途切れ、ここから国道202号線に入ります。

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深江ランプから西九州道の暫定活用道路である二丈浜玉有料道路に入ります。

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浜玉町浜交差点で唐津バイパスを西へ進み唐津大橋を渡り唐津市街地へ入ります。

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唐津バイパスに突き当たりに当たる瀬田原交差点から国道204号線を北へ進み、和多田本村交差点から市道に入り和多田駅前を通過して東町交差点から国道204号線の旧道に入り唐津市の中心部へ進みます。

建替え中のため、暫定の停留所となっている大手口BCでごそっと降車が見られ、気付くと残っているのは私一人・・・。
三ノ丸跡に建つ唐津市役所の前を通過し、坊主町・北坊主町交差点経由で三ノ丸跡北側へ回り込み、そのまま市道を東進し、二の門跡(二の門交差点)を過ぎると北側に早稲田佐賀中学・高等学校が近づき、学校の前にある唐津城入口到着。

ここで降車。

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ここからは唐津城へ登城してきます。

→次に続く。

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tag: 昭和自動車  高速バス  からつ号 
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2011年5月4日 筑肥の城を巡る旅32 一足伸ばして  

水城の東門跡から近い駅は下大利駅。

その下大利駅は大野城市の連続立体交差事業により四王寺山に面する側が区画整理されて仮線用地と思われる更地が線路脇に用意されていました。
この地域の区画整理事業は一悶着ありそうで、水城跡から駅へ向かう時に区画整理事業と連動すると思われる道路計画に反対する看板が下大利団地で見かけましたが、いわば既得権と感情論的なものなのです。

この手の運動は俗に「プロの市民」と呼ばれる極左系の運動家にたかられて疲弊するだけです。
こう言うのはうんざりさせられます。

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下大利から西鉄久留米まで足を伸ばします。

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ここで夕食タイム。

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西鉄久留米とJR久留米駅とはやや離れているためバスで移動します。
真っ暗なので車両は撮りませんでしたので、西鉄久留米駅の高架下にあるバスターミナルを・・・。

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JR久留米駅へ移動。
新幹線の乗り入れで変貌しています。

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GW後半遠征2日目はここで終了。
ホテルへ戻って最終日を迎えます。

→次に続く。

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週末日記 2011年8月20日~8月21日  

2011年8月20日(

20日は梅田へ出てきました。

大阪ステーションシティにアトリウム広場に金の鉄人28号が出現。

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何の広報活動かなと思ったところNTTdocomoの高速通信サービス「Xi(クロッシィ)」のPR活動だったようです。

・産経新聞の記事
http://bit.ly/nW0T4Y

でも私はdocomoユーザーではないのでスルー。

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ヨドバシカメラでBDソフトの購入やHDカメラのカタログをゲットなど・・・。

現行のKawachiデジカメ6号機のOLYMPUS PEN E-P1をHD動画と兼用で使ってますが、あまり綺麗でないのとAFの性能がよろしくないことから専用のビデオカメラを用意しようと考えているため、めぼしい機種のカタログを取ってきたわけです。

個人的な狙い目はCanonのAVCHDカメラ「iVIS HF G10
コンシューマ向けの最上位機種でプロ向けの機種との兄弟機種と言う事で、色々と使える幅が広く、レンズ自体も広角に寄ったものなので、良いなと思っています。

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帰宅する前に改良工事中の大阪駅の見聞。
剥き出し状態だった橋上駅舎直下のホーム天井部に対する化粧板取り付け工事が順調に進み、中程のLED照明が点灯するとほぼ終りという状態です。

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2011年8月21日(

21日は京都へ。
目的は京都市営地下鉄烏丸線の車両を撮影するため。

今回は車内写真の撮影をするため国際会館駅へ出向くことから、叡山電鉄に乗って八幡前へ。

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八幡前から徒歩で国際会館駅へ。

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ダイヤの関係で2本並びになることから、片方が人気がない車内になるため、車内写真の撮影が容易だったりします。

まずは近鉄3200系。

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GTOインバータ+アルミ車体の世代で車体標準化への基本となる形式で、窓割りや内装は1990年代における近鉄の標準となった。
登場から20年選手になりつつある事からここ数年の間にA更新工事が施工されて、化粧板と座席の表地が変更とバリアフリー化の深度化により車椅子スペースとLED式の車内案内表示器が設置されています。

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10系後期車。
竹田延伸による近鉄京都線との相互乗り入れ開始に合わせて導入されたグループで、側窓がRが付いた他、非常扉にも窓が付いたものになっています。

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車内は基本的に共通ですが、後期車はスリット式冷風吹出し口に変更されています。

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ドア周りは5次車までは大きく変わりません。

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北山延伸時に造備された6次車は最終増備車でドア鴨居部にLED式の車内案内表示器が設けられています。

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このあとはそのまま帰宅しました。

category: 日記

tag: JR西日本  駅改良工事  JR大阪駅  NTTdocomo  鉄人28号  Canon  叡山電鉄  京都市交通局  近畿日本鉄道 
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2011年5月4日 筑肥の城を巡る旅31 大宰府政庁の防衛ライン・水城跡  

四王寺山から下山後は大宰府政庁の防衛ラインとして構築された水城跡へ向かいます。

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筑前国分寺跡。
写真は一部だけですが、史跡に人が居座っていたため撮れなかったためです。

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大宰府政庁の防衛ラインである水城跡。

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大宰府にある水城は湖や河口など水郷上に築城された「水城(みずじろ)」のことではなく、この写真にある水城大築堤と記されている通り、大規模な築堤と堀が構築されたもので「水城(みずき)」と言います。

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水城は全長1.2kmに及ぶ防衛設備で、基本的に土塁と最深部が4mの水堀によって構成されています。
ここから大宰府への出入りは2ヶ所にある切れ目に造られた城門を利用されるようになっていました。

国道が通るこの場所は東門跡で、近くに写真の礎石が残されています。

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東門跡側から見る水城の大築堤。
写真中程に見える九州道や西鉄・JR鹿児島本線を突っ切って奥の丘陵地帯まで伸びています。

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南側から撮影。

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北側にある見学スペース。

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見学スペースから撮影。

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では合成パノラマ写真で・・・。

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これで大宰府政庁関連の史跡巡りは終り。
下大利駅へ向かい西鉄に乗り込みます。

→次に続く。

category: 九州・沖縄地方遠征

tag: 日本の旧跡  大宰府政庁  水城 
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2011年5月4日 筑肥の城を巡る旅30 四王寺山から下山する  

さて、大野城巡りも終わりましたので、次の目的地を目指して下山するだけです。
林道を下っていき、岩屋城跡の本丸と馬攻めの中間点にある自然歩道との交点から脇道の自然歩道に入ります。

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ここから本丸跡までは岩屋城の土塁があった場所とされています。

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本丸跡からの山道との分岐点に出てきます。
本丸跡へ行く際に通ってますが、写真で言うと右側が林道・二の丸跡・大宰府政庁跡への道、奥の方へ登るのが本丸跡への道。

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林道を横断してさらに二の丸跡へ下りていきます。

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岩屋城二の丸跡へ戻ってきました。
手前の分岐は岩屋谷への道、少し奥にあるのが大宰府政庁跡への道、最も奥にあるのが岩屋城の城主・高橋紹運の墓。

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ここから太宰府政庁跡に向けて一気に下りていきます。

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二の丸跡から下りること約10分で整備された道に到達。
傍らにある案内板によると、ここは太宰府市の市民の森だそうです。

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どの道も同じ場所に出てきそうですが、東側の方へ歩いて行きます。

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写真で言うとこちら。
歩いて程なく南側に向きが変わります。

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そのまま歩道を歩いて行くと。

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トイレが設置されている広場に出てきます。

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公衆トイレの方を左手に進むと寺院跡へ出るそうですが、大宰府政庁跡には出られないようなので右側へ進みます。

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しばらく進むと池が見えてきます。

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歩道は池に沿い始めます。

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園内地図によると安之浦池と称されています。

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歩道をそのまま進むと池の南側に出てきます。
ここは一般車の立ち入りが禁じられているようで仕切られています。

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池の南に沿って進むと住宅地の端に出てきます。
どうやらここが市民の森の出入口のようで近くに駐車場もあります。

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ここから住宅地の中を南へ歩いて行きます。

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程なく大宰府政庁跡に出てきました。
ここは政庁跡の北東側に当たります。

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下山終了。
ここからは筑前国分寺跡や大宰府政庁の防衛ラインとして機能した水城跡などを見てきます。

→次に続く。

category: 九州・沖縄地方遠征

tag: 日本の城郭  筑前岩屋城  太宰府市民の森  大宰府政庁 
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2011年5月4日 筑肥の城を巡る旅29 筑前大野城・その6  

百間石垣から大宰府口城門へ移動してきました。

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焼米ヶ原付近の土塁近くまで戻ってくると林道側に駐車場があります。
写真右側は大野城跡の最初の方で見てきた増長天礎石群などへ通じてます。

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左側の駐車場が焼米ヶ原と大宰府口城門跡の駐車場。

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石碑。

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左側が焼米ヶ原へ、右側が大宰府口城門跡。
今度は城門を見るため右側へ。

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土塁に沿って下りていきます。

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土塁先端部にある石碑。

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石碑側から焼米ヶ原側を撮影。

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土塁に沿って窪んだ場所が大宰府口城門跡。

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城内側から。

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城外側から。

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城門礎石。

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城門はここまでとし下山します。
城門跡からさっきとは反対側の林道へ登っていきます。

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西側から見る大宰府口城門跡。

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焼米ヶ原とは反対側は林道の大宰府側に出てきます。

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ここから岩屋城跡を抜けて大宰府政庁跡に向けてへ下山します。

→次に続く。

category: 九州・沖縄地方遠征

tag: 日本100名城  筑前大野城 
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九州遠征日記 2011年8月16日  

2011年8月16日(火)

遠征最終日であるこの日は鶴丸城こと鹿児島城趾を中心に鹿児島市内を巡って来ました。

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まずは鶴丸城(鹿児島城)跡へ。

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現在は堀の一部と石垣のみ残されているのみで、本丸跡には歴史資料館黎明館が、二の丸跡には県立図書館などが建てられていました。

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黎明館へ来館後は、背後にある城山へ。
ここでは徒歩で。

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城山にある展望台からは対岸にある桜島を望むことが出来ます。

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城山展望台から下りて、二の丸跡の市立美術館や西郷隆盛が籠った洞窟や終焉の地、銅像などを巡って来ました。

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昼食を挟んで午後は維新ふるさと館へ入館し、そのあとはバスで歴代藩主島津氏別邸・仙巌園へ。

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園内には御殿があり内部を案内付きでじっくり見てきました。

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時間の都合上、ここでタイムアップ。
鹿児島中央駅へ戻って鞄回収とお土産購入を済ませ、みずほ604号で帰阪しました。

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category: 日記

tag: 日本100名城  鹿児島城  薩摩鶴丸城  仙巌園  JR九州  九州新幹線 
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九州遠征日記 2011年8月15日  

2011年8月15日(月)

遠征4日目であるこの日は雨が降る中、都之城跡への登城からスタート。

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都城市の中心部より西側の丘陵地にある城趾へはバスを利用して最寄りの岳の下まで向かいました。

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城趾にある歴史館は月曜日休館日・・・。
いずれにしても時間が15分と言うタイトな中、城門も含めて撮って来ました。

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都城駅へ戻って、吉都線に乗り吉松へ向かい、吉松からしんぺい2号に乗って人吉へ。

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数年前に乗ったいさぶろう号の時は自由席でしたが、今回は指定席確保しました。
この日のしんぺい号は豪雨の影響で徐行を強いられて停車時間短い・・・。

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人吉到着後、豪雨による影響で八代方面運転見合わせと言うことを知り、嫌な予感。

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そんな不安を抱えつつ目的の人吉城へ。
城趾を囲うように流れる球磨川は支流も含めて増水し流速も早い状態・・・。

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人吉城跡は西外曲輪跡に市役所が建っているものの、殆どは城趾公園として整備されていました。

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人吉城歴史館に入っている間に再び豪雨となり、小降りになるまで足止めをくらう羽目になり、小降りになってでて暫くするとまた豪雨・・・。

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おかげで本丸までの道のりは散々でしたが、一通りの撮影は済ませました。

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人吉駅へ戻ると運行状況はさらに悪化。
入線予定のしんぺい号が吉松から戻ってこないなと思っていると吉松方面へも出られなくなり、人吉から出られなくなりました。

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当日の熊本県南部を中心に大雨・洪水警報が発令し、途中区間でのゲリラ豪雨と球磨川の増水で運転再開が見込めず、代替手段は各自で確保するしてほしいとのことでしたが、改札外コンコースに掲示されている産交人吉発着または人吉ICを通る高速バスもUターンラッシュで最終便に近い便でないと空きがない状態。

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当日中に鹿児島入りする前提でホテルの予約も取っているため、そう長く待てず、結局は人吉駅からタクシーに乗って新八代へ出ることにしましたが、この時の九州新幹線は熊本~鹿児島中央が運転見合わせ。
走行エリアなどの条件から規制値が肥薩線よりも厳しくないのなら、運転再開も早いだろうと踏んでことで、ちょっとした賭けでした。

時間的には80分ほど掛かりましたが、新八代駅が見えてきた時には運転が再開され、N700が新八代から出発してゆくのを目撃し、一安心しました。
後で知ったのですが、肥薩線は八代市坂本で法面が崩れて土砂が軌道内に流れ込み、九州新幹線は雨量計が規制値に達したため30分ほど運転見合わせたとのこと。

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新八代からは予定通りさくら427号に乗車。
運転見合わせで最大で33分の遅れが出たそうですが、乗車した列車は遅れはありません。

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鹿児島中央に到着しこの日は終了。
市内のホテルにチェックインして明日の最終日を迎えます。

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category: 日記

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九州遠征日記 2011年8月14日  

2011年8月14日(

遠征3日目であるこの日は大分府内城跡への登城からスタート。

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ホテルから程近い場所だったため大分駅へ寄らずに城趾へ直行出来ました。

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現在の府内城は西丸と本丸が残されて城門と一部の櫓が復元されている他は、石垣が残っている程度で、西丸は会館が建ち、本丸はその駐車場となっていました。

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府内城跡への登城を済ませた後は、にちりんシーガイアに乗って宮崎へ向かい、宮崎から日南線に乗り換え。

大分から宮崎への移動は普通列車だけ経験してましたが、特急での移動はこれまで経験が無く(逆方向は何度かあります)今回が初めて。

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日南線へ乗ったのは飫肥城跡への登城のため。

城趾と旧城下町は中心部にあるものの、飫肥駅自体は市街地の外れにあるため駅から十数分ほど歩かされました。

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飫肥城跡は大手門が復元されている他、松尾の丸には藩主の御殿が復元されていました。

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旧城下町は武家屋敷などがありましたが、広範囲に渡って点在したためタイムアップ。

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仕方なく飫肥駅へ戻って来たところ、宮崎方面行きがすでに到着。
危うく乗りそびれるところでしたが、実は予定の1本前。

豪雨に見舞われながら宮崎へ。

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予定の1本前に乗れたおかげで宮崎で夕食タイムに充てることが出来ました。

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夕食後、きりしま号に乗るためホームへ上がったところ、817系に遭遇。

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宮崎空港行きの特急が先行するため人気のない車内を撮っておきました。

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このあとはきりしま号で都城入りしこの日は終了。

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ホテルにチェックイン後にこの日のダイジェストをブログに投稿しようとしたところ、PCのバッテリーが切れる寸前。
しかも電源ケーブルを忘れたため、モバイルルーターとiPodTouch(ブログ投稿用のアプリ)を使い、ここから3日間はこれでブログ投稿して凌ぐ事にしました。

間抜けな話です・・・。

category: 日記

tag: 日本100名城  大分府内城  日向飫肥城  JR九州 
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九州遠征日記 2011年8月13日  

2011年8月13日(

遠征2日目であるこの日は早朝出発。

ホテルの最寄りである辛子町から熊本市電で熊本駅へ向かったのですが、駅前がリニューアルされた熊本駅でなかなか変わらない信号機のために乗り継ぎがぎりぎりになってしまうことに・・・。
おかげで乗車前に撮影できず。

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熊本駅から豊肥本線の列車に何とか間に合い東へ移動。
前日は熊本駅の到着が遅くて市電の運転が終了という憂き目に遭い、タクシー代がもったいないのでホテルまで30分ほど歩き、チェックインも遅くなり、ホテルに入ってもブログの更新とかで遅くまで起きていたため寝不足気味ということで、道中は爆睡・・・。

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阿蘇で下車。

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ここでの目的は阿蘇山中岳の火口を見ること。
阿蘇駅前から産交バスとロープウェイを乗り継いで火口西側へ。

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悶々と噴煙が上がるイメージがあるのですが、実際は水蒸気かガスが出ているとのこと。
この日は非常にクリアに火口が見られましたが、火口を監視されている方の話によると視界良好で見られるのは年間通しても少ないのだそうで、実際に現地へ行って出たとこ勝負になるのだそうです。

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火口を見た後は草千里に寄り道。
ここでは阿蘇火山博物館へ入館したり、博物館の背後に位置する展望台へも来訪しました。

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阿蘇山から下山した後は昼食を挟み、昼食後は九州横断特急に乗って豊後竹田へ。

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ここでは日本100名城に認定されている岡城跡へ登城。
切り立った場所に築城されていることから、大手門までの道のりが遠い・・・。

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岡城は山の地形を生かして東西方向に幾重の曲輪が配されています。
建物こそ残っていませんが、険しい場所に積み上げられた石垣群が見物です。

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旧城下町へ下りた後は滝廉太郎記念館などを巡りました。

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この日はここで終了。
豊後竹田からの大分まではキハ200系0番台。

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折角なので車内写真を。

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連立事業が進められている大分に到着。
久大本線と豊肥本線が高架化されているため、真新しいホームに到着しましたが、ヘロヘロでじっくり見る事が出来ず・・・。

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ここで夕食を挟み、一息ついたところで市内のホテルにチェックインして3日目を迎えます。

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category: 日記

tag: JR九州  産交バス  阿蘇山  カルデラ  日本100名城  豊後岡城 
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九州遠征日記 2011年8月12日  

2011年8月12日(金)

今年の夏休みは九州各地の城廻をするため遠征にしました。

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初日である12日は現地入りからスタート。
例年なら前日入りするのですが、今年は比較的業務多忙なところへ移動した初年度ということで予測できなかったことから、最終に間に合わない恐れがあることから当日の早朝出発にしました。

九州入りはN700系さくら号で新鳥栖まで。

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出発は順調でしたが新山口で追い抜く予定だったのぞみ(名古屋発)が遅れたため新鳥栖での乗り換え1分という危ない橋渡しを演じました。

新鳥栖から佐賀へ移動。

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佐賀では本丸御殿の一部が復元された佐賀城跡へ。

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壮大な堀が残されている一方で、城としては本丸などが跡地に残されている程度ですが、先に触れた本丸御殿が歴史観として復元・公開されています。

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次の移動までを考慮して実質30分間というタイトな観覧時間を何とかこなしましたが、結局再訪する必要が・・・。

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午後からはみどり号で佐世保へ移動。

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もう何年も訪れていない佐世保は乗り換えで2度使っただけで駅前に降りるのは初めてでした。

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佐世保からは駅前広場からほど近い西肥バス佐世保駅前バスセンターから平戸行きに乗って平戸島へ。
佐世保から平戸島内へ直接アクセスできる公共交通機関ということもあって満席状態。

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平戸島では外観復元の天守が建っている平戸城へ登城。

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天守以外にも櫓などが外観であるが復元されています。

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城山から下りてくるとタッチの差で佐世保行きのバスに逃げられてしまい、仕方なく次の便まで松浦史料博物館へ来館するなどして時間つぶし。

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博物館から近い平戸桟橋から佐世保行きのバスに乗り込み佐世保BCへ戻ってきた頃には19:00前・・・。

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佐世保からは鳥栖までみどり号に乗り、鳥栖から九州新幹線博多開業ですっかり少なくなった有明5号で長洲まで乗車。

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有明号はガラガラ。

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長洲からは815系の八代行きに乗って熊本へ向かいこの日は終了。
熊本市内のホテルに泊まる2日目を迎えます。

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category: 日記

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2011年5月4日 筑肥の城を巡る旅28 筑前大野城・その5  

四王寺地区集落まで出てくると、今度は百間石垣などを見てきます。

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集落側に広がる耕作地は県民の森センターの裏手に当たります。

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しばらく林道を進んで行くと県民の森センターの出入口前に出てきます。
そのまま狭い道を行くと八ッ葉礎石群や毘沙門天へ行く事ができますが、日没まで時間がないのでパスして百間石垣へ向かいます。

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うぐいす谷。

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林道には各礎石群などへの遊歩道が分岐される形で整備されています。

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百間石垣に到着。
宇美口に隣接する形で構築されたこの石垣は全長150mという壮大な石垣で、二度にわたる災害で崩壊しているものの、修復されて現在に至ります。

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宇美側。

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大宰府側。
この付近に北側の城門である宇美口とよばれています。

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百間石垣はこれで終り。

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元の道を戻って大宰府口城門跡を見てきます。

category: 九州・沖縄地方遠征

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2011年5月4日 筑肥の城を巡る旅27 筑前大野城・その4  

焼米ヶ原から土塁に沿って北へ進みます。

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少しすると九州自然歩道との分岐点に出てきます。
こちらは写真右手へ下りると麓側の四王寺林道との分岐点より北側に出られるそうです。

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遊歩道は全てが土塁上に整備されているのではなく、城趾内側に少し寄って整備されている場合もあります。

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土塁自体は山の稜線に沿って構築されている事が多いため、土塁上ゆく遊歩道だとこのようにアップダウンが激しいものになります。

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鬼の腰掛に出てきます。

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この裏手に遠見場跡があります。
遠見場とはいわゆる遠方の監視施設のような場所。

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遠見場からの眺め。

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ここから土塁上を行くと大原山(持国天)や小石垣は土へ行く事ができますが、先に村上礎石群を見てきます。
写真で言うと左の道を下りていきます。

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殆ど感覚で下りていきましたが、県民の森センターで入手した史跡地図と道中にある案内に従って進んでます。

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村上礎石群跡。

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現地の案内板は説明文が退色して消えかかっているため、辛うじて礎石群跡であると分かりましたが、山城内にある案内表示類は一度整備されるとなかなかお手入れするのが大変なようで、思うように手が回っていないようです。

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礎石跡から下へ下りていきます。

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四王寺集落の耕作地などを抜けてしばらく歩いて行くと主城原礎石群からの道と合流します。

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このまま主城原礎石群へ言っても良いのですが、城趾自体が広大な上に日没までの時間を考えると全て廻るのは無理なので、取捨選択で百間石垣へ向かう事にしました。

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道なりに下りて行くと四王寺集落の居住地を通り抜けて四王寺林道へ出てきます。
場所的には山の尾根を挟んで県民の森センターの裏手にあります。

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ここからは百間石垣を目指します。

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→次に続く。

category: 九州・沖縄地方遠征

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2011年5月4日 筑肥の城を巡る旅26 筑前大野城・その3  

続いては焼米ヶ原へ向かいます。

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子供の国広場から案内に従って登って行くと四王寺林道に出てきます。

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林道から太宰府天満宮方へ少し歩いて行くと礎石群への入口が見えてきます。

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入口から登って行くとやや広い場所に出てきます。
ここは尾花礎石群で食料の倉庫などがあった場所です。

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尾花礎石は複数の段があり、各段に建物が建てられていたようです。

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尾花礎石群を登った先に焼米ヶ原があります。
ここは火災で焼失したとされ、実際に火災で炭化した米が発掘調査で検出されています。

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南側から。

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北側から。

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焼米ヶ原から見る眺め。

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焼米ヶ原から土塁に沿って北にある遺構を見てきます。

→次に続く。

category: 九州・沖縄地方遠征

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週末日記 2011年8月7日  

2011年8月7日(

7日は京都府北部の城巡り。
往路は福知山線をひたすら北上。

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この日は2ヶ所を巡って、まず最初は福知山へ。

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福知山駅からほど近い場所にある福知山城へ登城。

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明智光秀が築城し福知山城は廃城後の市街地化で二の丸があった台地が殆ど削られて本丸のみ残っている状態ですが、1985年に外観復元された天守が建てられています。

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ここ本丸以外に伯耆丸跡が福知山市役所の南側にあるのですが、時間がないためパスしました。

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福知山から山陰線に乗り、綾部乗換で西舞鶴へ。

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西舞鶴では田辺城跡へ。

田辺城は加佐郡田辺に建てられたこと因んだ名称ですが、鶴の舞うがごとき形であったため舞鶴城と言うと称されていました。
しかし、1869年の版籍奉還に際して紀伊田辺藩との同一藩名を解消するため太政官の命を受けて、田辺城の雅号であった舞鶴城にちなんで舞鶴藩と改称し、それが現在の地名で継承されたと言う経緯があります。

城趾は二の丸跡の一部と本丸跡が舞鶴公園として整備されて、復興事業として角櫓と城門が再建されていますが、その場所は本丸堀があった場所で本来の場所ではないそうです。

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角櫓と城門以外の遺構としては二の丸と本丸の石垣の一部と天守台が残されているだけと言う状態。

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復路は京都まで「きのさき号」で。
最新鋭の287系は今回初乗車。

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静かなグリーン車で爆睡・・・。

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京都からは大阪バスの京都特急ニュースター号で布施まで。

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今回3度目の乗車、これまでは昼間の布施から乗車だけでしたが、夕方以降+京都からの乗車は今回が初で、10数名ほど利用で、布施駅到着前にすれ違った京都行きもまま利用が見られたことから、ニッチな所を狙った路線としてはまずまずの認知度と言うところでしょうか。

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布施駅北口到着。

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布施からはいつもの近鉄に乗換えて帰宅しました。

category: 日記

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2011年5月4日 筑肥の城を巡る旅25 筑前大野城・その2  

県民の森センターの脇から遺構群を巡ります。

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土塁へ出てきました。
ここは大石垣や猫坂礎石に近い場所ですが、現在何らかの資材搬入のための通路が整備されています。

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東へ進むと猫坂礎石と大石垣との分岐点に出ます。

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まずは大石垣の方へ。

数年前の豪雨で崩落している箇所があるため通行止めになっていますが、復旧作業の進捗により来訪時は大石垣まで行くことができます。

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急な下り道をひたすら下りて・・・。

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数分で大石垣に到着。

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災害発生時はこの場所も崩落してしまったそうですが、ご覧の通り復旧されています。

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続いて猫坂礎石。
子供の国を挟んで西側にある礎石群。

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次の曲輪を目指して一旦県民の森センターへ下りていきます。

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→次に続く。

category: 九州・沖縄地方遠征

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2011年5月4日 筑肥の城を巡る旅24 筑前大野城・その1  

岩屋城馬攻め跡から九州自然歩道をさらに奥へ進みます。

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程なく礎石群が見えてきます。
ここは大野城の増長天跡で、傾斜地に4棟の倉庫が建っていました。

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小窪池。
増長天跡にある水源で、どんな時でも絶えることがなかったため、大野城の井戸という説があります。

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建物は上下段2棟ずつ建てられていたそうです。

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このまま九州自然歩道を進むと焼米ヶ原跡と大宰府口城門跡へ行けますが、この下に県民の森センターがあるようなので、下りてみます。

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しばらくすると遊具施設を抱えた広場が見えてきます。

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ここは四王寺県民の森内にある子供の国という広場。

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県民の森センターの建物に向けて歩いて行きます。

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県民の森センター。
写真は2棟あるうちに一つで学習研修館。

史跡のパンフレットはここで入手。

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隣が学習展示館。

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展示館内にある大野城跡の模型。

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階下は自販機が置かれた休憩施設があり、ここには大野城の再現イラストが掲示されています。
大宰府政庁の防衛施設として築城された大野城は万が一攻め込まれたときに大宰府政庁の機能を当地へ移すために広大な敷地が確保されたため、土塁の周回が8kmにも及ぶ壮大な史跡であったとされています。

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県民の森センターの前にある駐車場。
写真左手が出入口側、右手が子供の国と増長天・焼米ヶ原への登り口へ通じます。

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駐車場脇に展示されている大野城宇美口城門礎石。

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出入口側の駐車場。

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県民の森センターと駐車場の出入口。

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このあとは残りの遺構群を見てきます。

→次に続く。

category: 九州・沖縄地方遠征

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2011年5月4日 筑肥の城を巡る旅23 筑前岩屋城  

大宰府政庁跡からの登山道との合流地点周辺は岩屋城跡で写真の登り口が本丸跡となります。

岩屋城は宝満城の支城として築城されたのもで、1586年に豊臣秀吉の九州来襲を阻もう筑前一帯を平定し九州制覇を画策しようした島津氏が5万の軍勢を率いて攻め込み、城主である高橋紹運が600で迎え撃った岩屋城の戦いで知られています。

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現在は四王寺林道を挟んで上段に本丸、下段に二の丸が残されています。
まずは本丸跡へ。

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本丸への道は九州自然歩道の一部でご覧の通りの登山道です・・・。

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案内に従って。

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細い道を登っていくと。

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岩屋城本丸跡に到着。

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本丸跡に建てられた石碑。

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本丸跡から大宰府政庁跡を眺める。

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同じく太宰府天満宮側。

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四王寺山の一角を成す岩屋山山頂。

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山頂から本丸跡を見る。

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下に見えるのは二の丸跡。

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と言うことで下りていきます。

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登山道と林道との位置関係。
左手奥が岩屋城本丸跡と大野城跡・県民の森センター、右手が二の丸跡と大宰府政庁跡へ通じる。

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右手の道を下りていきます。

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下りた先で広い場所に出てくる所が岩屋城二の丸跡。
この場所には岩屋城の戦いにおいて最終的に自害した城主・高橋紹運の墓があります。

城自体は落城しましたが、高橋紹運の活躍により島津氏の側も3000人とも言われる死傷者を出したため体勢を立て直しに手間取り、その結果として豊臣秀吉に九州上陸を許すことになったそうです。

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二の丸跡から見る本丸跡。
右上方に見えるのが本丸跡。

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再び林道へ戻って登ります。

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先ほどの九州自然歩道の分岐点はこの場所で合流します。

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この少し先に再び分岐点があり、その先に岩屋城の馬攻めという曲輪があります。

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林道を右手に見ながら分岐点から登り。

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しばらくすると岩屋城馬攻め跡に到着。

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馬攻めとは馬の訓練の場と言う意味で、いわゆる馬場の事を指します。
岩屋城の馬場は土手に囲まれた場所にあるのですが、その土手とは大野城の土塁跡を活用したものだそうです。

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大野城跡を目指すため、岩屋城跡を離れてさらに上へ登ります。

→次に続く。

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2011年5月4日 筑肥の城を巡る旅22 浦ノ城跡と四王寺山へ  

さて、太宰府天満宮を訪れた後は大野城跡がある四王寺山を登っていきます。

現在は福岡県立四王寺県民の森として遊歩道などが整備されていて、同県民の森センターへは大宰府また宇美の双方から自動車で来園することが出来ます。

今回は大宰府側から登ることにしました。

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太宰府駅前から北へ延びる道をまっすぐ進んだ突き当たりに「県民の森」へ通じる登り口があります。
写真だと中腹にあるホテルへの看板が目立っているため分かりにくいですが・・・。

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標識に従い登り口から西へ向かって登ります。
しばらくするとY字の分岐にたどり着きます。

左手は県民の森センターへ、右手は浦ノ城跡へ通じるとされています。

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折角なので行ってみることにしました。

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道なりに進むとしばらくは住宅街の中を歩いて行くことになりますが、突き当たりの角に公園があり、園内に浦ノ城跡の石碑がありました。

浦ノ城は筑前国の守護である少弍氏の居城だったそうですが、城の構えの詳細は不明であるものの、周辺地域の宅地造成による1969年に行われた発掘調査で御笠川と山の斜面を活用した天然の要害であったことが判明しています。

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現在はその場所に浦ノ城公園という小さな公園にその名を残しているだけです。

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再び四王寺山を目指します。
写真は原八坊跡で、原山無量寺というお寺があった場所だそうです。

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このまましばらくは住宅街の中を登っていきます。

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大願寺というお寺を過ぎると周囲は住宅街から山林へを変わっていきます。

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各所にはこのような監視カメラがありますが、この辺りが不法投棄の絶えない場所であることを言ってるようなものです。

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やがて県民の森へ入ります。
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くねくねと曲がる道をひたすら登り・・・。

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登り口から登ること約1時間経過した辺りで、大宰府政庁跡からの登山道との合流点が見えてきましたが、そこから別の登り口が見えてきました。

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それが岩屋城本丸跡へ通じる道らしく、後ほど登ることになります。

→次に続く。

category: 九州・沖縄地方遠征

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2011年5月4日 筑肥の城を巡る旅21 太宰府天満宮  

西鉄太宰府駅へ移動してきました。

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ここからは近くにある太宰府天満宮へ来訪します。
駅前広場から参道を西へと歩いて行きます。

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突き当たりまで来ると案内所と写真の鳥居が出迎えてくれます。

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写真の門は延寿王院への門。

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心字池。

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菖蒲池。

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宝物殿。

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本殿。

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一通り巡った後は菖蒲池の畔にあるお店で昼食タイム。

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昼食後は大野城跡がある四王寺山へ向かいます。

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→次に続く。

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