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2011年05月の記事一覧

2011年4月30日 吉備国の城を巡る旅13 高梁の城下町・その3  

石火矢町(いしびやちょう)ふるさと村に2軒ある武家屋敷。
先の旧埴原家住宅に引き続き旧折井家住宅へ来訪。

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入館料は一般券が400円で旧埴原家住宅との武家屋敷共通利用、これとは別に郷土資料館と商家資料館との3館共通券が700円(いずれの大人料金の場合)

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先の旧埴原家住宅と違い人形が置かれていて、油断していると玄関で出迎えられる人形にビックリさせられます(実物大の人形があるのは知らなかったので・・・汗)

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次の間。

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奥座敷。

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居間。

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台所と土間。

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物置。

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広敷。

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風呂。

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井戸。

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資料館。

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これで城下町の方を一旦終了し備中松山城に向けて登ります。

→次に続く。
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category: 中国地方遠征

tag: 日本100名城    備中松山城  石火矢町ふるさと村 
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2011年4月30日 吉備国の城を巡る旅12 高梁の城下町・その2  

備中高梁の城下町。
次は武家屋敷の方へ向かいます。

写真は伯備線ですが、実は旧城下町を南北に突き抜けるように敷設されているわけです。

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踏切を渡って北東に県立高梁高等学校がありますが、ここはかつて備中松山藩の藩庁や御殿などがあった御根小屋の跡地なのですが、それは下山後見て回ります。

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武家屋敷通り。

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石火矢町(いしびやちょう)ふるさと村として整備されているこの通りには2軒の武家屋敷があり、まずは旧埴原家住宅。

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屋敷の内部はこんな感じ。

広敷。

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玄関。

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奥座敷。

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次の間。

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居間。

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土間と台所。

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井戸。

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この土倉は非公開らしく閉ざされていました。

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裏側。

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→次に続く。

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週末日記 2011年5月28日  

2011年5月28日(

夜勤明けの28日はYouTubeにアップする動画の編集を午前中に済ませてから、梅雨入りした空模様の中を外出。
上り線の高架切替えとダイヤ改正が行われた京阪本線へ。

淀屋橋駅は今回のダイヤ改正で切り欠き側ホームがラッシュ時のみに限定されたことからデータイムである来訪時間帯は閉鎖されていました。

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そして中之島線開業以来、同線直通の快速急行として主に使用されてきた2代目3000系が、今改正から本線系統の特急に多数入るようになりました。

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淀へ移動。

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先に下り線の切り替えを終えた淀では今度の切り替えで上下線とも高架への切り替えが終わりましたが、上り副本線側の高架橋が一部を除いて構築されていないことから、暫定的に2面3線の状態となっています。

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上り線の高架切り替えで臨時改札口の競馬場口が拡張され随分広い構内になりました。

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動画も撮影しましたのでYouTubeにアップしたHD動画(720p)を提示します。



三条経由で太秦天神川へ移動して嵐電に乗車。

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四条大宮から梅田へ移動。
JR大阪駅の改良工事は路線バスのりばの引っ越しが開始。

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今週末までに大阪市営バスの一部と阪急バスが北側ののりばへ移転しています。
高速バスの方は2回目となる6月1日にこの場所へ移転してきますが、各種案内表示装置が試験的に稼働していました。

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この日はここで切り上げて帰宅しました。

category: 日記

tag: 京阪電気鉄道  連続立体交差事業  京阪本線  淀駅  京福電気鉄道  JR西日本  駅改良工事  大阪駅 
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2011年4月30日 吉備国の城を巡る旅11 高梁の城下町・その1  

2日目は備中松山城を目指します。
小松山の山頂に位置する備中松山城へは備中高梁が最寄りとなります。

そこで岡山から伯備線新見行きの乗車。

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こちらは単色化されていない編成で、その配色から趣味者の間ではカフェオレとも呼ばれています。

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備中高梁に到着。

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吉備高原の山間部にある盆地の中心部に位置する備中高梁駅ですが、城趾の名が松山城なのに地名が高梁なのは、江戸時代は伊予松山藩と備中松山藩となっていたが、戊辰戦争において伊予が新政府軍に備中が旧幕府軍に付いたため、後の明治維新での廃藩置県で前者が松山藩に後者が高梁藩に改められた経緯によるもので、近くを流れる高梁川からとったのが藩の名称となり、それが現在の高梁市の前身となったからです。

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ここからは備中松山城の旧城下町を巡ります。

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まずは歴史資料館。
高梁市に関わる歴史を紹介する資料館ですが、元は高梁市尋常高等小学校の本館だったのを保存整備した建物を活用しています(展示室は撮影禁止です)

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紺屋川美観地区にある桜の名所。
来訪時は時季外れでしたが・・・。

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高梁市観光物産館「紺屋川」

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紺屋川美観地区を北へ歩いて・・・。

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商家史料館へ。

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建物は高梁では指折りの豪商であった池上家の邸宅を整備保存したもので、敷地の奥は醤油製造に関わるものが転じされていました。

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→次に続く。

category: 中国地方遠征

tag: 日本100名城  備中松山城  紺屋川美観地区 
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2011年4月29日 吉備国の城を巡る旅10 備中高松城・その2  

備中高松城本丸跡の次は羽柴秀吉の水攻めにより築かれた築堤跡がある高松城水攻め史跡公園こと蛙ヶ鼻へ向かいます。

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その前に高松城の役について。

豊臣秀吉が織田信長を主君・羽柴秀吉として活躍していた当時、信長の命により中国攻めの一環として備中の小城を攻め落としたあと備中高松城を攻めていたが、城周辺は沼地で攻めにくい上に城主の清水宗治が籠城したため膠着状態になった。

毛利の援軍が迫る中、軍師である黒田孝高の策により沼地である当地を利用して堰堤を築き城の周辺を水没させることになるが、戦ならぬ土木工事の様相であった。
堰堤完成と同じ頃に梅雨入りし足守川から取水した水で溢れることになり思惑通り城ごと水没させることに成功した。

秀吉が信長に報告する段になり、明智光秀による本能寺の変で信長が落命したことを知り、一刻も早く光秀を討つことを決意した秀吉は毛利方と和睦、その条件として城主である清水宗治は切腹した。


さて、蛙ヶ鼻へは宮西川に沿って東へ歩いて行くと。

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左手に公園が見えてきます。
ここは高松城水攻め史跡公園で築堤の一部が残された蛙ヶ鼻を史跡公園として整備したものです。

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築堤と備中高松城の高さを示すモニュメント。

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このモニュメントには現存する築堤の高さ、本丸最上段、二の丸の高さが記されています。

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手前にある側溝は発掘調査時に検出した土俵などの痕跡。

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片手間に軽く撮影。

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そろそろ岡山市内へ戻ります。

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吉備線の車内から見えるこの大鳥居は最上稲荷(最上稲荷山妙教寺)の大鳥居。

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同じような車両乗ったような気もしますが、日も暮れた頃に岡山に到着。

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ホテルに入る前に夕食タイム。

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夕食後、荷物を回収してホテルにチェックインし遠征初日が終了。
二日目を迎えます。

→次に続く。

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tag: 日本の城郭  備中高松城  日本の古戦場  備中高松城の戦い 
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2011年4月29日 吉備国の城を巡る旅9 備中高松城・その1  

服部から吉備線に乗って備中高松へ移動。

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備中高松駅は2面2線。
東総社・吉備津・大安寺と共に吉備線内では4つある列車交換可能な駅の一つです。

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服部から備中高松まではキハ40形2000番台。
こちらはまだ単色塗装化されていません。

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備中高松駅の駅舎。
吉備線内の中間点に位置するこの駅は業務委託駅で数年前からみどりの窓口も開設されています。

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駅名の由来でもある備中高松城はこの駅の近くにあると言うことなので、短時間勝負ながら行ってみることにします。

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総社方にある踏切を渡りますが、踏切の名称は文字通り「城趾道」と称されています。

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踏切を渡ってしばらく北へ進むと小さな橋があります。
史蹟舟橋と呼ばれ、羽柴秀吉に水攻めにあった備中高松城の役に際して大きな濠が掘られ、長さ64mの舟橋が設けられていました。
実際に攻め込まれた際、舟橋を撤去して主郭部を守る重要なものだったようです。

現在は廃城後の耕作地化されたため細い用水路がその跡を示している程度でしかありません。

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この北西側の宅地を挟んで場所に備中高松城跡があります。

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史蹟舟橋から北へ少し歩いた先に高松城址公園として整備された備中高松城跡の入口があります。

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先に触れた通り、廃城後の備中高松城は耕作地化されたのですが、その過程で殆どが消滅して、現在残されているいるのは本丸が城址公園として整備されている程度で、あとは三の丸の極一部が公園前の駐車場に掛かるぐらいです。

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園内にある資料館。
来訪時にはすでに閉館していました。

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しかしこれだと何処に何があったのか分からなくなります。
元々、沼地に建てられたことから周囲は土塁で固められただけで石垣は構築されなかったこともあって、城らしき痕跡が乏しいのが難点です・・・。

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このあとは水攻めの痕跡が残された蛙ヶ鼻(水攻め史跡公園)へ向かいます。

→次に続く。

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tag: 日本の城郭  備中高松城 
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2011年4月29日 吉備国の城を巡る旅8 古代山城・鬼ノ城~その6  

南門から土塁上をさらに東に向けて歩いて行きます。

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第3水門跡。

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屏風折れの石垣以外にあるもう一つの突出部。
こちらは屏風折れの石垣とは違い、やや狭い印象を受けます。

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内側列石。
城壁内側に並ぶ石と言うことですが・・・。

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この場所から東門跡と屏風折れの石垣が見ることが出来ます。
写真の左側に山肌が剥き出しに見えるのが東門跡、その少し左上にあるのが屏風折れの石垣です。

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折り返し西門の方へ戻っていきます。

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整備された場所を今度は城壁の外を歩いて行きます。
やや危ない場所がありますが・・・。

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神籠石状列石。

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順次復元作業中の土塁。

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城外と城内を結ぶ階段。
先の記事で西門と土塁の写真はこの階段の踊り場に立って撮影したもので、土塁整備時に設けられたものです。

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最後の西門をもう一度。

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鬼城山ビジターセンターに戻って一旦休憩した後、下山。
下山して岡山道付近から鬼城山を撮影。
西門から南面に伸びる土塁が見えていますが、思っている以上に遠かったです・・・。

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鬼ノ城跡巡りはここまで。

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服部駅に戻って、夕暮れの備中高松城跡を目指します。

→次に続く。

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2011年4月29日 吉備国の城を巡る旅7 古代山城・鬼ノ城~その5  

西門まで戻って、今度は土塁に沿って南面を歩いて行きます。

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この辺りは復元整備作業の真っ直中なので、大半は整備が済んでいるものの一部はその途上と言うところが見受けられます。

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途中にある階段の踊り場から見た西門と土塁。
傾斜がきついのが分かります。

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西門周辺で整備されているのはこの辺りまで。
ここからは古くに整備されたところを歩いて行きます。

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所々、敷石が残されています。

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第1・第2水門跡。

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2つの水門が10m程度で近接する形となっています。

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下に降りられるようなので、下りてみました。
写真左の排水口が設けられている城壁が水門と称されているものです。

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第2水門跡の西隣が第1水門跡。
鬼ノ城の城内には6ヶ所設けられたそうです。

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第1・第2水門跡から東へ少し進んだ先にある高石垣の上。

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さらに進んで南門に到着。

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東門と同じく
発掘後は整備されるまでの暫定措置として両側に土嚢を積み上げているようです。

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目の前は急な斜面であることから、当時どうやって登って来たのか気になりますが・・・。

このあとは第3水門跡ともう一つの突出部を見てきます。

→次に続く。

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週末日記 2011年5月21日~5月22日  

2011年5月21日(

21日は溜めていたブログの更新、そのあとはサイトの更新準備を進めました。
この日は6月並みの気温だったこともあって30℃近くで湿度も高かったので部屋中蒸し暑いかった・・・。

で、たまらずソフトクリームを頂いてしまいました。

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2011年5月22日(

22日は今月中旬のダイヤ改正で平日以外に土休日のデータイムにも設定された堺筋準急に試乗。

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阪急から市営地下鉄堺筋線への優等列車の直通は大阪万博の時に堺筋線~千里線直通の臨時列車「エキスポ準急」が設定されましたが、閉幕して数年後に堺筋急行が設定されて以来基本的に平日ラッシュ時のみでした。
今回、土・休日に設定されるのは定期列車としては初めてだと思われます。

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高槻市で天下茶屋行き堺筋準急を撮影。
平日に出向くことが出来ないので・・・。

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岸辺へ移動。
吹田貨物ターミナルの建設に合わせて橋上駅舎の工事が行われていることから、現状は大阪方に仮設のホームが設けられて京都方が閉鎖されています。

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戻ってきた大阪駅ではホーム上屋の一部が撤去されていましたが、上屋自体が建替えられた構内両端部を除いて全て撤去されるのはいつになることやら・・・。

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日本橋で買い物を済ませて近鉄奈良線へ。
八戸ノ里の撮影はお試し程度・・・。

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撮影後は石切へ移動し、石切から折り返して瓢箪山からの八戸ノ里までの高架工事の様子をHD動画で撮影。



終了後はそのまま帰宅しこの週末は終わりました。

category: 日記

tag: 阪急電鉄  堺筋準急  JR西日本  駅改良工事  近畿日本鉄道  連続立体交差事業  近鉄奈良線 
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2011年4月29日 吉備国の城を巡る旅6 古代山城・鬼ノ城~その4  

屏風折れの石垣から北面に沿って進みます。

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北門までの途中にある温羅(ウラ)の碑。
崇神天皇の名により吉備津彦命(きびつひこのみこと)が鬼ノ城を拠点に吉備国を荒らしていた温羅を倒すと言う温羅伝説にちなんだもので、吉備地方に伝わる桃太郎伝説のルーツともされています。

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石碑の先にある土塁(合成パノラマ写真)

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北門。
鬼ノ城の北門は近年発掘および再整備されたものです。

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様々な角度から見る鬼ノ城北門跡。

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足下の排水路も復元されている北門跡の敷石。
現状は石垣などが整備される程度の留められていますが、今後は上物の門本体の復元も検討されているようです。

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ここからは岩屋方面にも抜けることが出来ますが、時間の都合上で今回はパスします。

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城外から見る北門周辺。
整備の状況で言うと完全では内容です。

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北門からは角廊・西門を再び経て南門へ歩いて行きます。

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→次に続く。

category: 中国地方遠征

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2011年4月29日 吉備国の城を巡る旅5 古代山城・鬼ノ城~その3  

鬼ノ城址巡り。

東門から南門の方に向けて歩いて行きます。

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第4水門跡。
ここでは城壁にある排水設備のことを指し、湿地帯を抱える鬼ノ城では排水のための設備が必要とされたことから城内の複数箇所に設けられていました。

この第4水門は原形を留めていないためよく分かりませんが、第1・第2水門跡はもう少し原形を保っています。
それはあとで見てきましたのでここでは省きます。

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第5水門跡。

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山頂側の窪んでいるのが排水のための水を貯める場所だったと思われます。

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ここから折り返して屏風折れの石垣へ。

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ここは城外に突出する形で張り出した石垣で、現在この場所は第二展望台とされています。

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突出部の様子。
柵も何もありません・・・。

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屏風折れの石垣からみる眺め。
写真中央にあるゴルフ場はは鬼ノ城GC。

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城内側。

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屏風折れの石垣にある石碑。
石碑には「岡山縣十五景地」と記されています。

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ここからは北面の土塁に沿って進みます。

→次に続く。

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2011年4月29日 吉備国の城を巡る旅4 古代山城・鬼ノ城~その2  

それでは西門・角廊以外の遺構群を順次巡ってきます。

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内側の遺構群としては住居跡や鍛冶場と思われる礎石があるぐらいです。

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現地では礎石建物跡となっている場所は城内中央部の集中しています。
一つはここ。

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もう1ヶ所。
ここには建物の大きさの推定が記されています。

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遺構群を離れ土塁の方へ向かいます。

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東門。
4ヶ所ある城門で復元されたのは西門だけなので、それ以外は近年整備された北門も含めて上物がない状態で整備されています。

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正面から。

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東門の正面奥は剥き出しの岩肌。

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東門からの眺め(合成パノラマ写真)
写真中央付近が備中高松城があった辺り。

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ここから土塁をぐるりと回っていきます。

→次に続く。

category: 中国地方遠征

tag: 日本100名城  鬼ノ城 
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2011年4月29日 吉備国の城を巡る旅3 古代山城・鬼ノ城~その1  

鬼ノ城址の入口には鬼城山ビジターセンターがあり、ここには鬼ノ城に関する模型や資料が展示されているほか、休憩所の施設があります。

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ここには駐車場があり、車で鬼城山へ行く場合ここまでは車で上がれます。

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ビジターセンターでパンフレットを頂戴して遺構群巡りをしてきます。

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鬼ノ城は擂鉢を伏せた形の鬼城山の山頂付近を鉢巻きしたような形で土塁を構築した古代山城で、GW後半遠征で来訪した大野城と年代的に近く構築のされ方もにていますが、鬼ノ城に関しては現存する史書には残されておらず、12の古代山城には含まれない謎の多い城址ですが、遺構の状態から古代山城とされています。

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それでは実際の城址へ。
西門付近までは整備された遊歩道を歩いて行きます。

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この途中に展望広場への歩道があり、行ってきました。

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展望広場はウッドデッキで、ここから復元された角廊と西門の他、吉備平野(岡山平野を構成する一つで総社平野)を見渡すことが出来ます。

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遊歩道に戻って西門と角廊への分かれ目。
左手の角廊はあとにして先に西門を見るため右側の通路へ。

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西門。
2001年から総社市教育委員会による史跡整備により復元された門で角廊と共に最も整備された場所にあります。
鬼ノ城では2006年から岡山県教育委員会による史跡確認調査が7カ年計画で行われています。

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西門の内側。

20110429_kinojo_castle-31.jpg

西門から見る城内跡の合成パノラマ写真。
正面が鬼城山山頂。

20110429_kinojo_castle-32.jpg

角廊。
尾根伝いに位置する場所に造られた防衛施設で、死角になりやすい守備力を強化目的で構築されたものです。

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角廊からの眺め。

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鬼城山山頂。

20110429_kinojo_castle-37.jpg

このあとは各遺構群と土塁などを見てきます。

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→次に続く。

category: 中国地方遠征

tag: 日本100名城  鬼ノ城 
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2011年4月29日 吉備国の城を巡る旅2 鬼ノ城へ  

服部駅から鬼ノ城に向けて歩いて行きます。

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服部駅と鬼ノ城との位置関係。
写真左側の山の頂上付近に鬼ノ城がある。

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総社側にある踏切り手前から北へ進みます。

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岡山道の下をくぐって直ぐ西へ進み。

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鬼ノ城・砂川公園への案内が見えると耕作地のど真ん中を北へ進みます。

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しばらくは道なりに進みます。

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左手に耕作地を見つつさらに進むと・・・。

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砂川公園に到着。

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砂川公園は鬼城山の裾を流れる砂川を活用した親水公園とキャンプ場(区画ごとの予約制)がある公園で、当日は多数の家族連れが来園していました。

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バーベキューの臭いに「おなか空いたな~」と思いつつ奥へと進みます。
鬼ノ城がある鬼城山は397mあり、ここ砂川公園からは300m以上の高低差をひたすら登ることになります。

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この分岐点から右に入って3kmほど歩けば鬼城山ビジターセンターにたどり着けます。

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基本的には車道を歩くことになります。

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綺麗に整備されているところもありますが・・・。

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最初に見える砂防ダムから奥へ進むと。

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やや細い道に・・・。

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あと2km。

20110429_kinojo_castle-13.jpg

あと1.5km。

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最も急なところはこういう感じ。
(水平出しはE-P1の電子水準器機能を使用)

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あと1km。

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少し先に経山城への分岐点が見えてきます。
経山城は戦国時代に吉備高原南端の経山に造られた城で軍事戦略上に理由で築城されたそうですが、今回はパス。

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経山城の分岐点からさらに登ると黒尾の集落に入ります。

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集落の北側にある「鬼の釜」

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集落を抜けてさらに登ると道路が広くなり、右手にビジターセンタの建物が見えてきます。

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ようやく到着。

20110429_kinojo_castle-21.jpg

でもここは鬼ノ城の入口にある鬼城山ビジターセンター前。

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ここから鬼ノ城址を巡ってきます。

→次に続く。

category: 中国地方遠征

tag: JR西日本  服部駅(吉備線)  砂川公園  日本100名城  鬼ノ城 
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週末日記 2011年5月15日  

2011年5月15日(

前日は暫定版で放置していたブログの更新とYouTubeにアップする動画の編集で徹夜状態だったため、15日は昼過ぎに起床・・・。

昼食をとってから近鉄奈良線の高架工事を軽く見てきました。
下り線の高架切り替えが終わって上り線の工事が着手されましたが、地上に残されて工事の支障となる旧下り線のホームなどが撤去されて上り線側高架橋の基礎工事が進められているところです。

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河内花園駅は上り線への踏切近くにあった地下通路が工事の支障となるため出入口が変更された他、同駅と河内山本駅を結ぶ路線バス(山本線)がこれまでの駅南側から吉田駅前行き(吉田線)と同じ北口のロータリーに変更されています。

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これ以外には動画も撮っていますが、それらは工事の詳細と共に後日アップします。

この日はこれだけ。
帰宅後は動画の編集などで一日がつぶれてしまいました・・・。

category: 日記

tag: 連続立体交差事業  近畿日本鉄道  近鉄奈良線 
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週末日記 2011年5月14日  

2011年5月14日(

夜勤明けの14日は午後から阪神本線の工事見聞。
3ヶ所行われている工事のうち、西宮市内の連立事業を先に見てきました。

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続いて神戸市内の連立事業を見たあとは三宮駅の改良工事。
梅田側が東改札口設置により地下空間を拡張することから開削工法による大規模な構造物が姿を現してます。

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三宮から先の連立事業の区間の前面展望撮影をしつつ尼崎へ移動。





尼崎では1000系2連を3組つないだ「ブツ6」と呼ばれるものなどを撮っておきました。

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大阪駅へ寄り道。
グランドオープン数日後で混雑した先週末と違い少し落ち着いた様子と言ったのですが、中は混んでました・・・。

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この日はこれで切り上げて帰宅しました。

#2011.5.17 1:25 LastUpdate HD動画追加しました。

category: 日記

tag: 阪神電気鉄道  連続立体交差事業  駅改良工事  阪神三宮駅 
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2011年4月29日 吉備国の城を巡る旅1  

2011年のGWは暦の関係で例年の五連休ではなく中一日の出勤日を三連休が二つ挟まる格好となりました。

連休が五日間だと沖縄遠征で同県内に3つある日本100名城と最西端の地である与那国島へ行くことを考えていたのですが、先の理由で未登城の多数あるところをと言うと九州・岡山・北陸・北海道。

今回はその中で最も残っている九州と比較的近い場所で残っている岡山とし、今遠征に当たる前半線を岡山、後半戦を福岡・佐賀としました。
日本100名城に認定されている岡山県内で残るのは津山城を除いて3つ。
遠征初日はそのうちの一つ鬼ノ城から登城することにしました。

前日が夜勤であるため、出発は夜勤明けで帰宅してから現地に向けて出発。

岡山まではひかり495号。
予定を確定できたのが遅れたため「のぞみ」の指定が取れず「ひかり」で、しかも普通車に空きがなくてグリーン車・・・。

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岡山に到着。

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ここでコインロッカーへ荷物を預けて行動開始。
岡山・広島支社管内では山陽本線を中心にICOCAが導入されていることから、現地内での移動はICOCAを活用します。

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時間の合間を使ってちょっと撮影。

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鬼ノ城の最寄りは吉備線服部ということで岡山からは吉備線に乗換えます。

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やってきたのはキハ40形のロングシート改造車ですが、単色化が進行していることからこの車両はタラコ色。

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岡山市の郊外を行くためそこそこ混んでいる車内に揺られて服部に到着。
吉備線もICOCAの導入エリア内と言うことで、ここ服部駅も簡易形改札機が設置されています。

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ここからは5km北方にある鬼ノ城を目指してひたすら歩いて行きます。

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→次に続く。

category: 中国地方遠征

tag: JR西日本 
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2011年4月2日 リニア鉄道館と桜通線を巡る名古屋遠征記8 名古屋市営地下鉄桜通線  

リニア・鉄道館から名古屋へ戻ってくると今後は名古屋市営地下鉄桜通線のりばへ向かいます。
こちらは野並~徳重がリニア・鉄道館と同じく先月延伸開業したことを受けて再度乗りつぶすことにしました。

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桜通線のりばで待っていると絶妙のタイミングで最新鋭の6050形乗車できましたが、ホームドア設置工事が進み始めているため、設置工事済みだった名古屋ではご覧の通り・・・。

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やむを得ずそのまま乗して、ホームドアが未設置の桜本町でようやくアイコンショット。
車内写真も撮っておきたかったのですが、人気が絶えなかったためまたの機会としました。

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徳重駅は1面2線で末端部が引き上げ線となっています。
名古屋方が直ぐシールドトンネルであることから乗降分離とされていて、1番が降車用、2番が乗車用となっています。

20110402_tokushige-02.jpg
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末端側。
壁の向こう側にも1線引き込みがされているようなのですが、留置スペースなのか?はたまた保守用引き込み線なのか?と思ったら隣接する徳重車庫への入出庫線だった。

20110402_tokushige-04.jpg

2番線側から撮影。
奥が電車留置線。

20110402_tokushige-05.jpg

地上部分。
ここにはロータリーが設けられて路線バスが乗入れています。
また、この直下に徳重車庫があります。

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徳重から名古屋へ戻って編成写真撮影タイム。
ここでは営業運転に入ったキハ25形を狙っていたのですが、やってきた2本ともキハ75形・・・。

20110402_jrcentral_dc_75_400-01.jpg

ついでなので東海道線名古屋口では唯一となった211系0番台を撮影。
先頭電動車クモハ211形でも基本の0番台が存在するのはここ名古屋地区の2両だけ。

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名古屋乗り入れの常連でもある683系2000番台。

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撮影終了後はN700系で帰阪しました。

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#「2011年4月2日 リニア鉄道館と桜通線を巡る名古屋遠征記」おわり

category: 東海地方遠征

tag: 名古屋市交通局  桜通線  JR東海  JR西日本 
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2011年4月2日 リニア鉄道館と桜通線を巡る名古屋遠征記7 リニア・鉄道館へ6  

屋外展示の車両を見る前に・・・。
写真は新幹線車両の車輪と軸箱周りの展示。

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軸箱周りのカットモデル。

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パンタグラフ。
左側が0系~300系(竣工時)まで使用されてきた下枠交差形、右側が700系以降の主流となったシングルアーム形で、竣工時は下枠交差形であった300系もシングルアーム形に順次変更されました。

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体験コーナーにある台車。
来訪者が簡易形のマスコンを使って車輪を回すため、写真のものはスペーサーを介してレール面から離されている。

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国鉄バス1号車。
現存するものでは国内最古の路線バス車両。

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屋外展示車両を見てきます。

写真はケ90形蒸気機関車。
東濃鉄道で使用されていた軽便鉄道用の蒸気機関車。

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117系。
こちらは休憩所として3両が屋外展示されていますが、屋根上の冷房装置は電気設備上の理由で使用できず一般的なエアコンを用いています。

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当日来訪したという証明に。

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これでリニア・鉄道館の見学は終了。

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名古屋へ戻る際、途中降車してあおなみ線の編成写真を撮っておきました。

過去撮影したものは結構タイトな場所で撮影しているため、今回のように納められたのは初めてです。
また、車内写真も撮り直しの必要があったのですが、リニア・鉄道館の来訪者が多い時間帯での撮影は困難だったため、次回来訪時では早朝か深夜を狙うことにします。

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名古屋へ戻って、今度は延伸区間が開業した市営地下鉄桜通線の乗りつぶしをしてきます。

→次に続く。

category: 東海地方遠征

tag: JR東海  リニア・鉄道館  名古屋臨海高速鉄道 
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2011年4月2日 リニア鉄道館と桜通線を巡る名古屋遠征記6 リニア・鉄道館へ5  

続いて奥に展示されている収蔵車両群を見てきます。
ここに展示されている車両はご覧のように横一列に並べて展示されているのと、車内への立ち入りが出来ないため、隅に展示されている新幹線車両はまともなショットは撮れそうになく諦めて在来線車両のみとしました。

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クロ381形
サロ381形に運転台を設置してパノラマグリーン車にしたもの。

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クモハ165形
山岳路線をを行く急行列車向けに導入された車両で、後年は地方のローカル輸送にも用いられました。

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サロ165形
写真は簡易運転台が設けられている側。

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モハ63形
戦時下における通勤形電車。

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キハ82形
キハ80形をベースに貫通形とした車両。

20110402_maglev_rail_park-63.jpg

キハ48000形
後にキハ11形に改番された車両の一つで、写真のキハ48036号車は現役での最後を茨城鉄道で過ごした後、佐久間レールパークで静態保存され、今回のリニア鉄道館の収蔵車両として当地に引っ越しています。

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オロネ10形
欧州の客車を参考にした軽量客車である10系客車グループの1等寝台車。
その大胆の軽量化が災いし車体の痛み著しくなったため、早々に廃車されることになったそうです。

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マイネ40形
戦後初の1等寝台車で個室も設けられた車両でした。

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オハ35形
国鉄の鋼製客車における標準的な車両として確立されたもので、旧型客車ではおなじみのスタイル。

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オヤ31形
建築限界測定車で実運用時における出立から「オイラン車」という愛称が与えられています。

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スニ30形
乗客の手荷物を専門に扱う荷物車で、旧鉄道省では初めて普通鋼製の荷物車として導入された車両です。

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これで収蔵車両はここまで。
あとは屋外展示車両を見てきます。

category: 東海地方遠征

tag: JR東海  リニア・鉄道館 
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2011年4月2日 リニア鉄道館と桜通線を巡る名古屋遠征記5 リニア・鉄道館へ4  

リニア・鉄道館の展示車両の車内。
今度は新幹線車両の車内を見てきます。

まずは0系。
これは竣工当初と思われる車内で転換クロスシートが展開されています。

0系はJR移管後の出てくる300系などと違い長年造られたため、途中でリクライニングシートや回転クロスに変更されていき、末期まで活躍した車両の中には普通車でも2+2列にリニューアルされたものもありました。

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0系の食堂車へ。

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100系。
こちらは300系が登場したため、0系に比べて短期で製造が打ち切られましたが、時代の変化に対応して様々なバリエーションが登場していきました。

現役で活躍する車両はJR西日本管内のみで2+2の座席配置となっていますが、写真の車両は竣工当初の普通車で3+2列の座席配置となっています。

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同じく食堂車へ。
100系は2階建て構造で下階に通路と厨房が配されていました。

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上階。

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平屋から上階への階段。

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300系の車内。
300系になると画一化傾向が強くなり、量産車における製造年次での大きな変更が少ないものの、JR東海とJR西日本とでは配色が異なると言う違いもありました。

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お次は展示室奥にある収蔵車両などを見てきます。

→次に続く。

category: 東海地方遠征

tag: JR東海  リニア・鉄道館  JR西日本 
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週末日記 2011年5月8日  

2011年5月8日(

GW明けなので今週末唯一のお休みとなった8日はグランドオープンとなった大阪駅へ。
人出が多いので時空(とき)の広場は大部分が閉鎖されて通路化されていました・・・。

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14Fの天空の農園まで上がってきました。

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大阪から島本へ移動。
ここでは例によって編成写真の撮影。

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ここではEF510形に遭遇。

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新快速での225系は今回3度目の撮影。

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新大阪へ送込み回送中の381系。

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島本から京都へ。
ここでは225系に当たりました。

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京都からは折り返して大阪へ戻って再び時空の広場へ。
通路状態から解放され本来の状態にほぼ戻ってましたが、落ち着くまではこの措置がとられると思われます。

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この日はここまでとし帰宅しました。

category: 日記

tag: JR西日本  駅改良工事  大阪駅  大阪ステーションシティ  JR貨物  智頭急行 
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黄金週間日記 2011年5月5日  

2011年5月5日(

後半遠征最終日は肥前国入り。
目的は唐津城と肥前名護屋城への登城。

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天神BCから昭和バスの高速バス「からつ号」に乗って唐津城へ。

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ここで乗った7:21発の便が「からつ号」で唯一唐津城入口付近まで乗入れると言うこともあって大手口からひたすら歩くというのは避けられましたが、最後まで乗ってたのは私だけというのは何ともです・・・。

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唐津城は築城400年を経て緩みなどが発生した石垣の解体修復作業が進められていて、二の曲輪の西半分が立入れない状態。

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市街地化された二の丸跡などは各所に石垣が残されているほか、一部の櫓が復元されているなどかつて城下町であったことを示すものが見られます。

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午後からは唐津大手口BCからバスに乗って肥前名護屋城へ。
唐津市呼子のさらに西側に位置する名護屋城跡は廃城後石垣が破壊されているものの、各曲輪は比較的広範囲に渡り残されています。

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唐津へ戻って博多へは筑肥線・市営地下鉄空港線を利用。

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たまたま快速に乗れましたが、103系1500番台となかなか303系に当たりません。

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筑前前原~姪浜で303系とすれ違ったことから、福岡空港まで乗り通して待ち構えると首尾良く捕まえましたが、車内写真は人が多かったため撮れませんでしたので、アイコンショットで我慢・・・。

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ここで現地行動は終了。
夕食を挟んでさくら580号で帰阪しました。

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category: 日記

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黄金週間日記 2011年5月4日  

2011年5月4日(

後半遠征2日目は史実として残されている城郭としては国内最古である大野城と関連する大宰府政庁跡と防衛の要である水城大堤跡を巡ってきました。

大野城址へ行く前に大宰府政庁へ向かうため、西鉄に乗って都府楼前へ。
西鉄はここ何年か遠退いていたため、久しぶりの乗車。

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都府楼前から大野城を有した四王寺山の麓にある大宰府政庁跡へ歩いて移動。

大宰府は西海道9国と隠岐・対馬・大隈諸島(当時は多禰)を所轄するし外交・防衛と担う地方行政機関が置かれていた場所です。

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現在は中心部である政庁の礎石が復元・整備されている状態で、隣接する大宰府展示館に展示されている模型から推定されるのは建造物が宮城の多賀城や奈良の平城京のようなものが建てられていたようです。

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大宰府政庁跡からバスに乗って太宰府天満宮へ。
大野城に登城する前に昼食もかねて寄り道をしてきました。

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午後からは大野城へ登城。
四王寺山の山頂を中心に史跡がある大野城へは九州自然歩道などいくつかルートがあるのですが、往路は太宰府天満宮の近くから林道を延々と登る事にしました。

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四王寺山の中腹には室町時代から戦国時代に掛けて存在した岩屋城へも寄って来ました。

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登山口から上ること1時間以上掛かって福岡県立四王寺山県民の森の中核施設である県民の森センターにようやくたどり着き、配布されているパンフレットを手に巡り始めたのは14時前。

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大城山を主峰に4つの山で構成される四王子山は四王寺地区の集落が山で囲まれるような地形となっていて、大野城はその地形を生かして山頂を中心とする山腹に大規模な土塁を、その内側に主要部を配したものとし、延々と構築した土塁は全長8kmという大規模なもので、結局のところ主要なところのみに絞ってしかなく日没までの数時間ではとても回りきれるものではありませんでした。

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下山後は筑前国分寺跡や水城跡を巡る事に。
水城跡は平野部の防衛として構築されたもので、実際は全長数kmの大規模なもので、現在残されているものでも一部は途切れてしまっていますが、それでも非常に長大な遺構が残されています。

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下大利へ移動して再び西鉄に乗って久留米へ。
ここで夕食タイム。

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JRの久留米駅へ移動して鹿児島本線に乗ってこの日は終了。
ホテルに戻って最終日を迎えます。

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category: 日記

tag: 日本の旧跡  大宰府政庁  水城  日本の城郭  筑前岩屋城  日本100名城  筑前大野城  西日本鉄道  JR九州  太宰府天満宮 
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黄金週間日記 2011年5月3日  

2011年5月3日(

GW後半三連休の遠征は博多を拠点に福岡県・佐賀県の城廻をすることにしました。

往路はのぞみ95号。
立客で満々の自由席を裏腹にグリーン車での移動(と言うよりもこれしか空いてなかっただけ)ですが、先の遠征と同じく「さくら」や「みずほ」が短い8両なので往路だと早朝時間帯の指定が取れなかったということです。

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博多に到着後、ロッカーに荷物を預けて福岡城へ。
市営地下鉄で大濠公園へ移動。

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福岡城築城に際し博多湾の入り江を埋めて外濠にしたのを大正末期から昭和初期に掛けて整備した大濠公園は池自体の外周が2kmという大きなものです。

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周辺には美術館、日本庭園があり、ここでは日本庭園を見てきました。

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大堀公園を出て東側に隣接する舞鶴公園が福岡城の主郭部跡を整備した城址公園で、搦め手側から城址内へ入りました。

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福岡城自体はあまり大きさをイメージしないまま現地入りしたのですが、実際は尾張名古屋城などと並ぶ規模で城址公園内を巡るだけでも3時間以上掛かりました。

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復元された多門櫓はその後の手入れがよろしくないのか、外壁にひび割れが生じていました。
この多門櫓の内部は通常非公開なのですが、イベントなどで内部が一般公開されるときがあるそうです。

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来訪時は下之橋御門の内部が一般公開されていたので、見てきました。
下之橋御門は数年前に不審火で焼け落ちてしまい、現在のものは使用可能な資材を活用して再建したものです。

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水の手や三の丸はスポーツ施設や地方裁判所などがあり、かつては平和台球場も三の丸にありましたが、福岡城や鴻臚館の発掘調査などで移転が進められているそうで、平和台球場もダイエーホークス(現:ソフトバンクホークス)がホームグラウンドを福岡ドームへ移転後に閉鎖・解体されて発掘調査が現在も進められています。

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博多駅へ戻って次の場所へ移動する間にリニューアルされた博多駅をちょっとだけ見て回りました。

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高架駅に橋上駅舎が新設されたのですが、実際は駅ビルがホーム上を覆う形で建てられている事から、大阪駅とは若干ケースが違うようです。

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博多から門司港へ移動。

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門司港では九州鉄道記念館へ初来訪してきました。

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時間の関係で例の路線には乗れずでしたが、なのはなDXの指定席車として使用されてきた車両が記念館の館内に留置され「さよなら!なのはなDX撮影会」が行われていました。
門司港へ行ったのはこれが目的だったから。

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博多へ戻る途中、連立事業が行われる折尾駅へ。

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現在の折尾駅は筑豊本線~鹿児島本線の直通列車のりばが短絡線に位置する関係で離れているのですが、連立事業とセットで線路の付け替えが行われる程の大規模なものなることから、先に見ておく必要があったため来訪しました。

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現在は短絡線の鹿児島本線を並ぶ形にするための工事が進められ、西側に複線のトンネルが造られ、東側は用地買収と整地が行われていました。

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これで初日は終了。
福岡市内へ戻ってホテルにチェックインして2日目を迎えます。

category: 日記

tag: 日本100名城  筑前福岡城  JR九州  九州鉄道記念館  連続立体交差事業  鹿児島本線  折尾駅 
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黄金週間日記 2011年5月1日  

2011年5月1日(

前半戦遠征最終日である1日は岡山城を中心に巡りました。
今遠征で巡った日本100名城選定の城郭の中では唯一平山城で、初日・2日目の山城に比べれば優しい方です。

ホテルをチェックアウトして駅のコインロッカーに荷物を預けて岡電に乗車。

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城下停留所で下車。
「しろちか」と呼ばれる自由通路兼コミュニティスペースを経て岡山城へ。

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総構えはかなりの規模であった岡山城は廃城後に堀を埋め立てて市街地化されたため、烏城公園として整備されているのは本丸(中の壇・本壇)と言った主郭部と大名庭園であった後楽園だけとなっています。

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岡山城を撮影しているとカードの残り撮影可能枚数が30ほどになったものの、予備のカードを携行してなかったことに気づきました。
しかし岡山城主郭部の撮影は何とか持ち堪えたので、岡山城撮影を終えてから慌てて予備のSDHCカードを購入するため岡山駅前のビックカメラに駆け込むという事態に・・・。

改めて岡電に乗って城下へ。
ちょうど良いタイミングで「MOMO」に乗車できました。

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烏城公園に戻ってきて、今度は後楽園へ。
日本三名園の一つである後楽園は大名庭園としてだけではなく的が攻めてきたときの出城としての役割もあったそうです。

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後楽園を見て回ったあとはももくんの像を見て、林原美術館へ入り、現存の建物としては唯一城址公園外にある西の丸西手櫓も見てきました。

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このあとは岡電に乗って中納言停留所へ移動。
ここでは岡電の撮影タイム

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岡山駅へ戻って宇野線に乗車。
宇野線では大元で編成写真の撮影をしましたが、なかなか厳しい・・・。

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これで現地の活動は終了。
さくら572号で帰阪しました。

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category: 日記

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