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2010年08月の記事一覧

2010年8月12日 日本100系城を巡る中国地方の旅12 松江城・その2  

三の門を通ると松江城二ノ丸上の段です。
ここには二ノ丸御殿の他、4つの櫓がありました。

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現在は3つの櫓が復元されています。
まずは南櫓。

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中櫓。
幕末には御具足櫓と呼ばれていたことから主に武具などが収められていたとされています。

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太鼓櫓。
文字通り城内へ時刻や号令を知らせるための櫓です。

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太鼓櫓内にある太鼓。
見た感じでは当時のものではないようです。

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興雲閣の脇にある御月見櫓跡。

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二ノ丸上の段の北西側にある松江神社。

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興雲閣。

明治天皇を山陰地方へ迎え入れるために1903年に建設されましたが、日露戦争開戦により実現されず、当時の皇太子(後の大正天皇)が山陰地方行啓の際利用されました。

現在は松江郷土館として利用されています。

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内部は松江地方の歴史・文化・民俗の史料が展示されています。

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テラスからの眺め。

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この後は本丸へ向かいます。

→次に続く。
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category: 中国地方遠征

tag: 日本100名城  松江城 
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2010年8月12日 日本100系城を巡る中国地方の旅11 松江城・その1  

遠征2日目に入りました。

心配されていた台風は山陰地方沖を未明に通過しましたが、まだ影響が残っているようで、あいにくの雨模様。
当初の予定は午前中に安来市広瀬地区にある山城の月山富田城に登城し、午後に現存天守のある松江城に登城と言う流れだったのですが、この天候では月山富田城は無理。

当日の天気予報では午後には雨が止むようなので、先に市街地の中にある松江城を午前中に、天候が回復する条件付きで月山富田城を午後に振り替えと言うことで、まずは快速アクアライナーに乗って松江へ向かいます。

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絶好調のように降る雨の中、島根県の県庁所在地である松江に到着。

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松江からは県庁方面を経由するバスに乗り換え。
最寄りの県庁前に到着する頃にはやや小ぶりになっていました。

松江城は目と鼻の先にあり、城郭として残っているのは内堀から中です。

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岸清一銅像。
背後にある島根県庁は三ノ丸跡です。

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では城内へ。
まずは大手木戸門跡。

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大手門枡形内は馬溜跡。

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井戸跡。

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大手門跡。

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大手門を通ると二ノ丸下の段跡があります。

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階段を上がって二ノ丸上の段へ。

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上の段と下の段の中間点。

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さらに登って。

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三の門跡。

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この後は二ノ丸上の段に再建された櫓などを見てきます。

→次に続く。

category: 中国地方遠征

tag: 日本100名城  松江城 
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週末日記 2010年8月29日  

2010年8月29日(

8月最後の週末である29日は午後から和歌山へお出かけ。

和歌山へ出向く途中で平野駅の構内改良工事の見聞。
下りホームの工事がほぼ完了し、上り線の工事が進められているようで、天王寺方の一部がフェンスで仕切られて狭くなっていました。

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奈良方では3線化の工事が進められ、新たに分岐器が挿入されている気配。

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天王寺から紀州路快速に乗って和歌山へ。

ゆとりダイヤ施行以降、年々スジが寝てきている阪和線のダイヤはメリハリがなくなってダラダラ走行。
ここまで来ると行き過ぎです。

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和歌山駅から南海グループの和歌山バスに乗って公園前停留所で下車。

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目的は以前天守へ入れなかった和歌山城。

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二ノ丸北側。

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虎伏山山頂部の本丸内にある天守郭。

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和歌山城天守郭の入場券。

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小天守と大天守。

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大天守から見る和歌山市街地。

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現在は動物園になっている南の丸

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和歌山城で唯一の現存建造物である岡口門。

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岡口門の近くにある百間長屋跡(現在は岡公園が整備されている)にある南海和歌山軌道線の321形。

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追廻門。

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城址西側に位置する砂の丸。

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和歌山城をあとにして和歌山市駅から105系に乗って和歌山駅へ移動。
高架化された紀和駅を見るため乗ったのですが、たまたま単色化された編成に乗れました。

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和歌山から紀州路快速に乗って帰宅し、2010年8月最後の週末を終えました。

category: 日記

tag: JR西日本  JR貨物  駅改良工事  輸送力増強工事  JR平野駅  日本100名城  和歌山城 
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2010年8月11日 日本100系城を巡る中国地方の旅10 米子入り  

鳥取からキハ47形に乗って米子へ移動します。

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時間としては夕方に差し掛かることから部活帰りの学生や旅行者で比較的混んできますが、2両のワンマンなのでたかが知れています。

2時間半掛かって米子に到着。

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初日の予定はこれで終了。
ホテルへ直行します。

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初日の宿泊先は「ホテルハーベストイン米子」
ここではシングルを予約。

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ベット回り。

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デスクトップ回り。

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デスクトップに内蔵されている鏡。

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客室エントランス

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ユニットバス。

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設備的にはまあまあですが、困ったのがネット接続関係。

有線LANが各部屋に用意されているのですが、LAN端子がベット脇にあるテーブルに固定されていて、折角ホテル側から用意されたLANケーブルがぎりぎりの長さしかなく、やむなくPCをデスクトップの隅っこに寄せる有様。

目が点でした・・・。

→次に続く。

category: 中国地方遠征

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2010年8月11日 日本100系城を巡る中国地方の旅9 鳥取城・その3  

それでは鳥取城の山上ノ丸へ向かいます。
山上ノ丸は平城と山城を同居させた鳥取城の山城部分で城址公園の名称の由来でもある久松山(きゅうしょうざん)の山頂部にあります。

登山口は天球丸の北側にあります。
標高差で200mほどですが、地形上の関係でその道のりは険しいものでした・・・。

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登ること約10分で五合目に到着。

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さらに登ること12分ほどで山頂付近に到着。

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石段を登って山上ノ丸に到着。
すぐ南側には山上ノ丸の二ノ丸があり、荒れ果てた休憩所がこの場所にあります。

この奥には山上ノ丸の三ノ丸があり、そこにはかつて存在したロープウエイの施設が残されています。

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北側は本丸があり、二ノ丸とは反対側の石段をさらに登ります。

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山上ノ丸の本丸。

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車井戸。
1600年ごろに掘られた井戸だそうです。

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天守台。

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鳥取城の山上ノ丸側本丸には天守が建てられていましたが、落雷による火災で焼失し再建されないまま廃城となって現在に至ります。

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先の天球丸へ立ち入れないという話と関連しますが、鳥取城では本格的な修復・復元計画工事が進められていて、山麓側・山頂側とも数十年の長きにわたり修復・整備が行われるとのことです。
山麓側の一部は学校などがあるため、これらを城跡の景観に合わせるための工事も施行されるとのことです。

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天守台からの眺め。
写真右手には2008年に来訪した鳥取砂丘が見えてます。

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接近中の台風の影響で強風にさらされる山頂から下山して、扇御殿跡にある仁風閣へ行ってきました。

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フランスルネッサンス様式で建てられた仁風閣は皇太子嘉仁親王(後の大正天皇)が山陰行啓に際し宿泊施設として建てられたものだそうです。

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ここには鳥取藩の歴史や藩主であった池田家に関する史料などが展示されていました。

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これで鳥取城跡めぐりはここまでとし、初日の宿泊先へ移動しました。

→次に続く。

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tag: 日本100名城  鳥取城  仁風閣 
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2010年8月11日 日本100系城を巡る中国地方の旅8 鳥取城・その2  

続いては二ノ丸などを見てきます。

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裏御門跡。

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二ノ丸南側。

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三階櫓跡。

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三階櫓跡から見る扇御殿跡(現:仁風閣)

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整備改修工事中のため資材置き場。
ここには石垣などが積まれていました。

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南側櫓台群。

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表御門跡。

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菱櫓跡。

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菱櫓跡からの眺め。

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表御門側。
背後にあるのは天球丸ですが、整備修復工事における石垣積み直しのため立ち入りはできませんでした。

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現在は鳥取西高等学校の敷地となっている三ノ丸跡。

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表御門側から見る天球丸の石垣

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天球丸側から見た多門櫓跡。

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このあとは天球丸の脇からの登山道を通って山頂部にある山上ノ丸へ上がります。

→次に続く。

category: 中国地方遠征

tag: 日本100名城  鳥取城 
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2010年8月11日 日本100系城を巡る中国地方の旅7 鳥取城・その1  

鳥取に到着しました。

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鳥取では現在久松公園という城址公園として整備されている鳥取城へ登城するため駅前のバスターミナルからバスに乗って移動します。

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ここから出る一般路線バスは中央病院方面か鳥取砂丘方面のバスに乗って西町と言う停留所で降ります。
もう一つは市内循環のコミュニティバス「くる梨」青コースに乗って仁風閣・県立博物館停留所で降りると久松公園の入口の真ん前となります。

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久松公園の入口。
くる梨の青コースの停留所は写真左側にあります。

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入口の橋を渡った場所にある北の御門跡。

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北の御門跡から見る鳥取城址と久松山。

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丸の内跡。

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鳥取県立博物館。

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扇御殿跡にある仁風閣。
こちらは後ほど入館します。

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では城跡へ。
まずは鳥取城跡では唯一の現存建造物である城門。
中仕切り門だそうで、絵図などには残されていないものの明治維新直前に建てられたと言われています。

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城門から二ノ丸へ歩いてきます。

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途中にある曲輪。

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この石段を登ると二ノ丸にたどり着きます。

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→次に続く。

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2010年8月11日 日本100系城を巡る中国地方の旅6 美作津山城・その5  

天守台を下りて本丸の残りと城郭北側を見てきます。
写真は涼櫓跡。

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本丸と天守曲輪に境目にある石碑。

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本丸北側から本丸御殿跡を見る。

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本丸東側にある石垣。
ここには北(写真左側)から順に十一番門、月見櫓、矢切櫓、瓦櫓などがありました。

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長屋櫓跡と大戸櫓跡。
手前側が長屋櫓、やや奥まった場所に大戸櫓。

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粟積櫓の櫓台

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裏切手門跡とその左側にある腰巻櫓と七軒廊下跡。

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裏鉄門跡。

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麦櫓跡。

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裏中門跡。
虎口の形式としては喰違虎口らしい。

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二ノ丸搦手側。

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左(西側)から干飯櫓、道明寺櫓、そして正面の石垣が荒和布櫓の櫓台。

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左から肘櫓、格子門、紙櫓。
正面の石段を下りると裏下門があります。

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裏下門跡。
左側の石垣は紙櫓の櫓台。

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いくつか見落としましたが、時間がないので撤収。
津山駅へ戻って因美線に乗って鳥取へ向かいます。

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智頭から鳥取までは智頭急行のHOT3500形。

因美線は運転系統上は津山~智頭と智頭~鳥取に二分されていますが、前者はキハ120形ばかり、後者は智頭急行の車両に若狭鉄道の車両が入りJR車が少数派という奇妙な運用です。

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鳥取に到着後は鳥取城へ向かいます。

→次に続く。

category: 中国地方遠征

tag: 日本100名城  美作津山城  JR西日本  智頭急行 
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2010年8月11日 日本100系城を巡る中国地方の旅5 美作津山城・その4  

津山城の天守台へ向かいます。
下の写真は五番門跡。

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天守曲輪西面に整備された場所は元々多門櫓があった場所。

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天守閣曲輪正門跡。
パンフレットには八番門と記載され、医師がくの上には長櫓がありました。

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八番門を抜けて本丸御殿側から長櫓跡を見る。

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七番門跡。
こちらは整備工事中で立ち入れませんでした。

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天守台。

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大きな穴蔵。

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天守台上部。

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天守台から見る備中櫓。

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天守台から見る津山市街地。

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この後は本丸の残りと城郭北側を見てきます。

→次に続く。

category: 中国地方遠征

tag: 日本100名城  美作津山城 
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2010年8月22日 東青山駅構内脱線事故に関する近鉄が出した対策とは  

2009年2月27日早朝、近鉄大阪線東青山駅構内で普通電車が脱線、青山町~伊勢中川が終日にわたり不通になった事故。

事故の概要は横取り装置の戻し忘れにより該当箇所を通過した伊勢中川行く初電が脱線し、該当列車の先頭車の車掌台側が架線柱に衝突・倒壊したと言うもので、関係者が処分されています。

今年8月22日に撮影のため石切駅に来訪した際、当駅生駒方に設けられている横取り装置に戻し忘れ防止の対策が施工されているのを見つけたので、本記事に提示しておきます。

石切駅構内の生駒方には保線用の引き込み線があり、下り副本線側に可動式横取り装置が設けられています。
先に書いた通りこれに気づいたのは2010年8月22日ですが、過去撮影した画像に位置関係が分かるものがあり、2009年7月26日撮影した画像を先に提示しておきます。

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石切駅生駒方にある可動式横取り装置
2009.7.26 DK-Kawachi撮影

横取り装置の前後に新たに設置されているものがあります。
枕木自体が比較的新しいことから、後で設置されたのが判別できます。

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戻し忘れ防止対策が施された横取り装置
2010.8.22 DK-Kawachi撮影

ズームアップしたもの。
写真左下に可動式横取り装置用検知器が設置されています。

横取り装置が使用状態になると装置本体に押さえ込まれている検知器のアームが上がり、ATSなどの保安装置を作動させる仕組みになっているようです。

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営業運転時はこの状態で、保線作業で横取り装置本体が使用されると検知器左側にあるアームが上がる仕組み。
2010.8.22 DK-Kawachi撮影

参考

・運輸安全委員会による事故調査報告書
「近畿日本鉄道株式会社 大阪線東青山駅構内 列車脱線事故」
http://jtsb.mlit.go.jp/jtsb/railway/report/RA10-1-2.pdf
「事例」
http://www.mlit.go.jp/jtsb/bunseki-kankoubutu/jtsbnewsletter/jtsbnewsletter_No7/No7_pdf/jtsbnl-07_0204.pdf

・弊ブログ
「2009年2月27日 近鉄大阪線東青山駅構内の配線について」
http://dkkawachi.blog58.fc2.com/blog-entry-1661.html
「2006年9月17日 週末フリーパスで行く近鉄三昧18 青山越え」
http://dkkawachi.blog58.fc2.com/blog-entry-652.html

・外部ブログ関連記事 ~レイルエンヂニアリング~
「横取装置とは」
http://oomatipalk2.blog91.fc2.com/blog-entry-166.html

category: 関西地区の鉄道

tag: 近畿日本鉄道 
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週末日記 2010年8月22日  

2010年8月22日(

今週末唯一のお休みである22日は午後から撮影のお出かけ。

まず、近鉄奈良線の連立事業の状況を確認。
東花園から順にみてきましたが、旧下り線の軌道撤去が工事基点から若江岩田駅付近までと東花園駅構内の一部が施工済みでした。

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東花園駅は旧下り線の仮設の撤去がまだ。

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河内花園駅はホーム上屋の撤去工事中。

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若江岩田駅はホーム上屋の撤去が始まったところ。
同駅から工事起点側は軌道の撤去が進められ、近いうちに踏切関係の工事が行われるようで、踏切道の夜間閉鎖が予告されていました。

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石切りへ移動して編成写真の撮影。
今回は手短に・・・。

写真の30000系は2度目のリニューアルが施工された編成ですが、ご覧の通り行先表示器は幕式のままです。

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祝園へ移動。
ここでは地味に改良工事が進められているようで、上りホーム上部に建てられている建造物は駅舎には繋がらない感じで、保線関係なのか?さっぱりわかりません・・・。

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祝園から木津乗り換えJR奈良線経由で京都へ。
京都駅前にある京都タワーへ初めて行ってきました。

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京都タワーの眺め。
上から順に東・西・南・北。

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この後は梅田経由で帰宅しました。

category: 日記

tag: 連続立体交差事業  近鉄奈良線  近畿日本鉄道  JR西日本  駅改良工事  学研都市線  京都タワー 
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2010年8月11日 日本100系城を巡る中国地方の旅4 美作津山城・その3  

本丸南面に位置する備中櫓の内部に入りました。

備中櫓は鳥取城城主→備中松山城城主である池田備中守長幸(池田長幸)にその名が由来されているそうで、池田長幸は森忠政の娘婿でもありました。

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内部は防衛上の建造物や倉庫である櫓と言うイメージとはかけ離れたもので、御殿などにみられる全面畳張り・天井張りとなっています。
手元のパンフレットなどによると備中櫓自体は身内のごく限れれた者のため用意されたものとされています。
建物自体は本丸御殿と連結されていたことから櫓と言うよりは御殿の一部としてのものだったようです。

西側。

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2階への階段付近。
左手奥にあるのは便所

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東側。

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御座之間。

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御茶席。

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2階へ。

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2階には御上段があります。

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この後は天守台を見てきます。

参考:よみがえる備中櫓(津山市公式サイト内)
http://www.city.tsuyama.okayama.jp/chikujo400/yagura/index.html

→次に続く。

category: 中国地方遠征

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2010年8月11日 日本100系城を巡る中国地方の旅3 美作津山城・その2  

二ノ丸から本丸へ進みます。

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二ノ丸南面から本丸へは東の方へ。

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突き当りに切手門跡があります。

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切手門に隣接していた弓櫓跡。

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弓櫓跡から切手門跡を望む。

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もう一段上段へ。

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ここには辰巳櫓がありました。

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奥にある石垣の上には鼓櫓が、その石垣の脇には十四番門と言う小さな城門がありましたが、来訪時は周辺の石垣修復工事のため立ち入り出来ませんでした。

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表鉄門へ。

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鉄門は北側と南側の2つあり、ここにある表鉄門は南側にある城門跡。

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本丸。
かつては御殿がありましたが、公園整備後の現在はご覧の通り。

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この後は復元された備中櫓に入ります。

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→次に続く。

category: 中国地方遠征

tag: 日本100名城  美作津山城 
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2010年8月11日 日本100系城を巡る中国地方の旅2 美作津山城・その1  

津山に到着しました。

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ここでは鶴山公園として整備されている津山城跡へ登城してきます。
津山市の中心部に位置する津山城へは駅から北へ延びる道路を進みますが、途中にある川の手前から城の石垣が見えます。

観光センターがある鶴山公園の登り口。
ここには森本慶三記念館やつやま自然のふしぎ館が隣接していますが、時間がないため今回パス。

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登り口を登ると東側奥に冠木門と観覧受付の料金所があります。

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森忠政の銅像
津山藩の初代藩主で、現在の津山城を建設した人物。

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改めて料金所と冠木門跡。

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それでは駆け足で巡ります。

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冠木門を通ると正面に石段があります。
写真ではアングルが違いますが、右側にある石段です。

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石段を登ると三ノ丸南東側に出ます。
現在は移設された藩校「修道館」(現在は鶴山館)と三ノ丸動物園があります。

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冠木門の前まで戻ってもう一つある石段を登って三ノ丸南面へ。
こちらには城門があったという記録がないそうです。

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三ノ丸南面。

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三ノ丸南面にある尾上柴舟の歌碑

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二ノ丸表中門跡。

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右手にある階段を上ると・・・。

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慰霊碑があります。

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表中門へ戻ってメインの石段を上り、四脚門跡を通ると。

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二ノ丸。

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四脚門跡の隣に建っていた鉄砲櫓跡。

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この後は備中櫓がある本丸へ向かいます。

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→次に続く。

category: 中国地方遠征

tag: 日本100名城  美作津山城 
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2010年8月10日~8月11日 日本100系城を巡る中国地方の旅1 往路は小さな躓き  

8月11日から8月15日にかけて中国地方の日本100名城を巡る旅に出てきました。
昨年同様に前日入りとし、今遠征では前日の8月10日に岡山入りすることにしました。

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岡山での宿泊先は近年の定宿として利用しているダイワロイネットホテル岡山駅前。

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明けて遠征初日となる8月11日を迎えました。
まずは津山城への登場するため最寄となる津山へ向かいます。

8時台の津山線下り列車には快速が設定されてなく各駅停車で津山を目指します。

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順調に進んでいるなと思っていたところ、乗車した列車が誤通過し数十m程オーバーラン・・・。
明らかに速度超過でホームに差し掛かった時に「あ、これはやばいな」と思ったら案の定そうなっていました。

いわゆるケアミスとよばれるもので、何年か前に京急や横浜市営グリーンラインでも経験していますが、その時は即座に定位置に後退し運行再開されました。

今回の場合、定位置に後退するまでに運転指令などに報告→定位置後退指示が出るまでに数分かかり、定位置後退後の客扱い・再出発にさらに数分かかり計12分の遅延となりました。

このように時間が掛かるのは内部規定や運営面が安全面重視し過ぎで硬直化している点と旧来の公務員的な後ろ向き視点で、JRグループ共通にいえることです。
改善を期待したいところですが、国鉄と言う公務員的組織が民営化されたに過ぎないということを考えると、改善ではなく保身のための改悪になるため期待しない方が良いというのが今の私の考え方です。

津山到着は約10分遅れ。

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ここからは津山城へ登城するのですが、実質滞在時間が1時間になってしまったため、駆け巡るように見ることになったわけです。

→次に続く。

category: 中国地方遠征

tag: JR西日本 
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2010年7月19日 首都圏鉄道を巡る三連休17 締め括りは東武鉄道撮影  

成田空港から京成関屋に戻ってきました。

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京成関屋駅の正面には東武伊勢崎線の牛田駅が向い合せに構えています。

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東武伊勢崎線に乗り換えて編成写真の撮影に挑みますが、今一つと言うことでせんげん台でのワンショットのみで切り上げて再び移動しました。

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春日部から東武野田線に乗り換えて大宮へ。
武蔵野線よりも外延部を半周する形の路線ですが、ダラダラと宅地化されていった日本の典型的な郊外を行く路線であるのは言うまでもありません。

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大宮から埼京線に乗り換え。
東北・上越新幹線建設の見返りとしての路線ですが、大宮側から新宿方面へ利便の高いことから、利用率の高い路線です。

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武蔵浦和に到着。
埼京線では大宮と同じ緩急接続できる配線となっています。

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武蔵浦和から武蔵野線に乗り換え。
北朝霞で降車した際、189・183系に遭遇。

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朝霞台から東武東上線に乗り換えて編成写真撮影へ。
ここへ乗り入れている東京メトロ10000系で比較的最近入った編成の装備が変わっているようで、屋根上に載っている冷房装置の筐体がコンパクトになっているようでしたが、今回は撮りませんでした。

他で撮影したのは東京メトロ7000系更新車、東武50090系・10030系(50番台)・9000系でした。

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川越まで撮影しつつ移動した後、ここで終了。
東京へ戻ってくる途中で夕食タイム。

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上野で鞄を回収し東京からのぞみ263号に乗って大阪へ帰りました。

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#「2010年7月17日~7月19日 首都圏鉄道を巡る三連休」おわり

category: 関東地方遠征

tag: 京成電鉄  東武鉄道 
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2010年7月19日 首都圏鉄道を巡る三連休16 成田空港駅  

成田空港駅に到着しました。
今回で二度目となる成田空港駅は成田スカイアクセスの開業に合わせて改良工事が行われていました。

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成田湯川からここまでの移動は京急新1000形10次車。

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今回は全体では見てきてないため、新設されたホームと運賃体系が異なる本線系統との中間改札口を見てきました。
まずは新設されたホーム。

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改札階。
本線系はブルー、スカイアクセス系はオレンジで案内されている。
右手奥に見えるのが本線への中間改札。

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空港ターミナルビルへも出向いてきました。

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展望デッキにあるこの穴は写真撮影用の穴。
大小異なる大きさのものが用意されています。

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この手は鉄道の世界にはない発想。
メディアによる昨今の撮影者バッシングが目立つ中、安全を確保しつつ撮影できるような環境づくりと発想の転換が必要に段階に来ているにも関わらず、鉄道事業者、鉄道趣味者やその団体・組織などからは出てきません。

この状況が続くと事業者・撮影者の両者とも不幸になるだけなのですが、未だに前時代的発想でしか論じられないのは困ったものです。

この後は東武鉄道での撮影に入るので成田をあとにしました。

→次に続く。

category: 関東地方遠征

tag: 京成電鉄  成田スカイアクセス  成田空港 
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中国地方遠征日記 2010年8月15日  

2010年8月15日(

最終日である15日は呉線の瀬戸内マリンビュー号に乗車する目的で前日を広島泊まりにしたのですが、ご存じのように7月の大雨による法面崩壊で一部区間が運休している影響で当該列車も運休したため、見事に思惑が外れてしまいました。

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このため広島出発を少し繰り上げて福山城登城の後に鞆の浦を急遽組み込むことにしました。

広島から三原までは糸崎行に乗車。
18きっぷ組が多く締めているせいか満席で且つ立客まで出る状態でしたが、海田市を出たあたりから本郷まで爆睡。
115系3000番台の弾力性がある座席とは違い、反発力が少なめでホールド性が良い115系2000番台のリニューアル車のものなのでお尻が痛くなくて済みました。

データイムでは岡山・広島両支社の境界で運用が分離されているため、三原で岡山行きに乗り換えて福山へ。
相変わらず満席状態ですが先ほどとは違って立客が少なめでした。

福山に到着後は昼食を挟んでから駅北側にある福山城へ登城。

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「保存よりも開発を最優先」とした福山市の方針によってかなり手が入ったため物議を呼んでいる福山城跡は遺構の破壊も進んでいるそうで、実際の城門跡が分からなかったり、公園整備で冠木門風の入り口が付いていたりとなかなかの土建屋思考の破壊ぶりで、本丸だけが辛うじて保っているという状態でした。

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現在ある建造物は伏見櫓と筋鉄御門を除いて再建されたもので、天守は戦災復興のもので鉄筋コンクリート造りとなっています。

福山城を出て二ノ丸跡にある広島県歴史博物館と旧内藤家長屋門へも行ってきました。

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福山城関連の後は、その昔海上交通の要衝であり現在は漁港であり景勝地でもある鞆の浦へ。
鞆鉄バスに乗って鞆の浦を目指したのですが、思っている以上にスムーズに進んでしまいました。

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到着後は鞆の浦の市街地めぐり。
海上交通の要衝だった時代を残す建物があるなど景観上は良いのですが、江戸時代からの区画の状態であるため、市街地の道路交通は散々で、バスでのアクセスは市街地外延部の整備されたところまで行けるため大きな問題はないものの、生活道路としては使い物にならないというの現地で感じました。

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鞆の浦には2つの城跡があり、一つは円通寺が建っている場所にあった大可島城と鞆の浦歴史民俗資料館の場所にあった鞆城がありました。
今回の来訪では鞆の浦歴史民俗資料館に入館する関係で鞆城跡へ登城してきました。

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この後は福山へ戻り、福山から山陽本線を乗り継いで帰阪しました。

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category: 日記

tag: 日本100名城  備後福山城  鞆の浦  日本の城址  鞆城 
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中国地方遠征日記 2010年8月14日  

2010年8月14日(

遠征後半を迎えた14日は最終日の予定の絡みで午前中を萩城を中心とした萩市内観光、午後は移動だけという予定としました。

ホテルをチェクアウトして始めは萩城へ向かうのですが、萩城は地図上で言うと市街地の端っこにある突き出た場所に位置し、東萩駅からはやや離れています。
市内循環バスがありますが、一方通行で使いにくそうだったことから、東萩駅近くにあるレンタサイクルを活用しました。

萩を訪れるのは中学時代の修学旅行以来で、実に約20年ぶり。
あの当時もレンタサイクルで萩市内を巡りましたが、似たようなことを35にもなってやってるとは・・・。

萩城は関ヶ原の役で敗れた西軍の総大将だった毛利輝元が整備した城郭で日本海に突き出た指月山の山頂にある詰丸と山麓側にある主郭部が合わさったもので、山城・海城と平山城が合わさった形となっています。

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廃城後は厚狭毛利家萩屋敷長屋以外の建造物が解体されて石垣のみが残され、現在は指月公園として整備されています。
公園として整備されているのは二ノ丸から内側で、武家屋敷が軒を連ねていた三ノ丸は住宅地などになっていますが、武家屋敷長屋跡が保存地域に指定されているなど城下町のの雰囲気が残されているのが特徴です。

指月公園側にある二ノ丸と本丸は有料の公園として整備され天守台などの石垣や堀はある程度手入れがされていますが、山頂にある詰丸は藪だらけ・・・。

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下山して厚狭毛利家萩屋敷長屋へ。
萩市内に残されている武家屋敷としては最大級だそうで東西に長い造りの屋敷です。

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萩城以外では萩史料館と萩博物館にも入館しましたが、博物館には櫓と長屋が復元されていました。

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午後からは自転車を返却し東萩から山陰本線を西へ移動。
目的は快速みすゞ潮彩号に乗ること。

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この列車で長門市から下関まで乗車。
下関到着時に車内写真の撮影を手短に済ませました。

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下関からは山陽本線に乗り換えて東へ移動。

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広島支社管内では馴染みとなった115系3000番台ですが、1990年代までの車両にありがちな弾力性が高い座席は長時間の乗車には厳しいということが判明。
腰部のホールド性が悪く走行中の揺れに敏感に反応するように跳ねて正しい姿勢での着座状態が保てないのです。

移動中の車内だと年齢性別問わず座面の前の方に浅く腰掛けて尻の全面で体を支える人をかなり見かけますが、あれは日本人特有の悪い座り方で将来確実に腰痛になります。

広島に到着後、黄色一色に塗られた115系に遭遇。
編成写真こそ撮れませんでしたが、今後この色に統一される車両を今回初遭遇ということになりました。

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この後は夕食を挟んで広島市内のホテルにチェックインして4日目は終了です。

category: 日記

tag: 日本100名城  萩城 
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中国地方遠征日記 2010年8月13日  

2010年8月13日(金)

遠征中日(3日目)となる13日は津和野のみに絞り込みました。

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前日が浜田泊まりたったため午前中は津和野までの移動に費やし、現地着の午後から山城である津和野城址を巡り、下山後は津和野観光という流れに決まりました。

9:30頃にチェクアウトし浜田からアクアライナーで益田へ移動。
思っているほど混んでなく、あっさりとボックスを確保出来ました。

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益田で到着後の人気が払った一瞬を狙って車内写真の撮影もしました。
数年前に失敗しているので・・・汗。

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益田から山口線に乗り換えて津和野へ。
ここはキハ40形の単行ですが、車体塗装の単色化が始まる中でここはまだ保っている感じでしたが、津和野で留置されている単行が単色化されているようでした。

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津和野に到着後は先に津和野城跡へ。

山城である津和野城には山麓と出丸付近の山上を結ぶリフトがあることから、麓から登ることを考えればここ2日間の城郭よりは楽な方でした。
もちろん麓からの登山道もあるのですが、最近ツキノワグマが出没して被害が出ているそうで、登山道への立ち入りは現在禁止されています。

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津和野城は津和野盆地にある397mの山上に築かれた三本松城を母体とする山城で、現在残されているものは江戸時代に改修された時の石垣のみとなっています。

主郭部は織部丸とも呼ばれる出丸とその南側にある本丸で構成され、本丸側はさらに三ノ丸・二ノ丸と三十間台で構成され、天守台は二ノ丸側に位置していました。

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最高部の三十間台からは津和野盆地を一望できます。
ただし津和野町の中心部は尾根に隠れてしまいますが・・・汗。

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下山後は江戸時代に藩庁が置かれた麓に残されている御物見櫓と馬場先櫓へ。
戦国時代とは異なり平穏な世となった江戸時代では藩庁や藩主の邸宅などは麓に置かれたのですが、2つの櫓はその時に建てられたものだそうです。
(ただし御物見櫓は後年現在の場所に移築されている)

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西周旧居と森鴎外旧宅と同記念館へも来訪。

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市街地の方へ戻り藩校養老館へも来訪しました。

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津和野を離れて益田へ移動。
益田で1時間の乗り換え待ちを利用して夕食タイムとしましたが、益田に来て大阪王将で食べてるというのもあれなのですが・・・汗。

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益田から東萩へ移動し3日目は終了。
萩市内のホテルで一泊し4日目を迎えることにしました。

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category: 日記

tag: JR西日本  日本100名城  石見津和野城 
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中国地方遠征日記 2010年8月12日  

2010年8月12日(木)

遠征2日目である12日は未明に通過した台風の影響で生憎の雨模様。

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この日は午前中に月山富田城、午後に松江城を巡る予定にしていましたが、午後は降水量が少なくなるという予報に賭けて県庁所在地にある松江城を先にし、午後に天候の条件付きで月山富田城という順に入れ替えました。

午前中の松江城は山陰地方で唯一の現存天守がある城郭です。

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昨日の津山城や鳥取城と違い櫓などもあることから、これらは巡ることにしましたが、時折強く降る雨に難儀しながら見て回りました。
松江では松江城以外に小泉八雲記念館と小泉八雲旧邸、武家屋敷にも入ってきました。

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午後は月山富田城の予定で城跡がある広瀬へ向かうバスが発着している安来へ移動。
松江滞在時はまだ雨が降っていましたが、安来に到着する頃にはすっかり止んでいることから、あとは現地での出たとこ勝負ということになりました。

山城である月山富田城の山麓にある安来市広瀬地区へは安来市のイエローバス(広瀬米子線)に乗ります。
位置的には安来市南部の内陸に位置しますが、平野部が広かったのが印象です。

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広瀬地区への途中には足立美術館がありますが、入館料が高く時間もないので今回はパス。
広瀬地区に入る頃には陽が射す状態で大変蒸し暑かったです・・・。

安来市民病院前で下車し新宮橋を渡った対岸に山城の登山口があり、少し手前に道の駅広瀬富田城と安来市歴史資料館が併設され、先に歴史資料館に入館してから山城の方へ登ってきました。

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現地では富田城として案内されている月山富田城は200m弱の月山に主郭を配した典型的な山城ですが、山麓側に千畳敷・奥書院・花の壇・山中御殿が、山頂部に三ノ丸・二ノ丸・本丸があります。

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山麓側と山頂部の曲輪は山中御殿に登山口がありますが、徒歩20分の登山道は昨日の鳥取城山上の丸ほどではありませんまだきつい方です。
雨が降ったあとなのでもっと難儀するかと思ったのですが、整備された城跡であったため泥濘が見られなかったのが幸いでした。

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下山後は米子へ戻って遅めの昼食兼夕食を取り鞄を回収して浜田へ。

途中の出雲市で乗換だったのですが、この日の午後に人身事故が発生したため山陰本線のダイヤが乱れていることから、やくも号で一気にコマを進めたのですが、出雲市で乗り場の変更で隣のホームへ移動する目に遭い、列車自体も前運用の遅れと接続列車の遅れを引きずり30分近く遅れる出発する有様でした。

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せめてのも救いは出雲市~浜田への移動がキハ126系だったということでしょう。

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以上のように雨とダイヤの乱れに振り回されたこの日は浜田で一泊することにし、遠征中日となる3日目を迎えることになりました。

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category: 日記

tag: 日本100名城  松江城  月山富田城  JR西日本 
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中国地方遠征日記 2010年8月11日  

2010年8月11日(水)

この時期恒例の盆休みに入りました。
今年も例によって大阪を離れて中国地方の城巡りの旅に出ています。

遠征初日である11日は午前中を津山城、午後を鳥取城へ登城して来ました。

前日までに岡山入りをしていることから、当日は岡山から津山線に乗車からスタートしました。

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ところが、乗車した列車が誤通過し数十m程オーバーランしてしまい津山到着が10分遅れ。

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ケアミスなのですが運転再開に時間がかかるのは、規定に無駄な事柄が多い(作成段階でスパゲティ状態な複雑なマニュアルや無駄に多い手続き)のが私鉄に比べて遅延が大きくなる要因とも言えるのかもしれません。

この結果、津山駅から15分ほどの場所にある津山城跡内を巡るのが実質1時間になってしまい、その尺に収めるため城址公園である鶴山公園を駆け巡りました。

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実際には津山城の建造物が復元された備中櫓だけだった幸いしたとも言えますが・・・。

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津山から因美線を経て鳥取へ。

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鳥取では久松山にある鳥取城跡を巡りました。

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鳥取城跡は山の名称から久松公園として山麓側は整備されていますが、2006年から鳥取市による史跡鳥取城跡附太閤ヶ原保存整備基本計画が策定されて、30年の歳月と51億円の費用を投じて幕末期の状態に復元するそうで、この影響で天球丸へ立入することが出来ませんでした。

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残りの主要なところは見てきましたが、久松山山頂にある山上の丸と本丸へ行くのは大変でした。
久松山自体は200m級の山ですが、険しい地形の影響で山頂まで延々と続く登山道はとても急で去年の八王子城を超えるきつい道のりでした。

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鳥取城を巡り終わると初日の予定はこれで終了。
鳥取から米子へ移動して2日目を迎えることにしました。

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category: 日記

tag: JR西日本  日本100名城  美作津山城  鳥取城 
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2010年7月19日 首都圏鉄道を巡る三連休15 成田湯川駅  

成田湯川駅に到着しました。

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成田湯川駅は成田スカイアクセス線の新規建設区間である印旛日本医大から空港第2ビルの間に新設された駅で、駅名の由来は地元で馴染まれている湯川に知名度の高い成田を冠したのだそうです。

ここで降車して駅の様子を見てきます。

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ホームは2面4線で、ホームは待避線側に面し通過線にはホーム画面していない構造で、成田空港側は単線であるものの高速運転に対応するため合流地点にある分岐器は番数が大きい38番分岐器が用いられています。
国内で同じものは上越新幹線下り線の高崎駅北方にある北陸新幹線との分岐点にあるだけで、国内では最大級のものだそうです。

まずはホーム階。
成田空港側。

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羽田空港・京成高砂・京成上野側。

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駅自体は、成田線の我孫子支線の交差する位置に有り、ホームからでも確認することが出来ます。

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中間にある2階。

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地上にある改札階。

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駅前はロータリーが整備され、京成電鉄系の千葉交通バスが乗り入れています。
また周辺は成田ニュータウンが造成されていますが、駅入口側とは反対側は開発の手があまり入っていない状態です。

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先程触れた成田線我孫子支線との交差部。
ここに駅を設置する要請が成田線活性化推進協議会などから出されているそうですが、JR東日本千葉支社の反応は鈍いのだそうです。

まあ、あそこは左派系組合の五月蝿いからね。

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ホーム階へ戻って新型スカイライナーの撮影。
撮影隊がいるので次善の策的な位置で撮ってますが・・・。

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撮影後は成田空港駅へ移動します。

→次(2010年8月16日更新分)に続く

category: 関東地方遠征

tag: 京成電鉄  成田スカイアクセス 
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2010年7月19日 首都圏鉄道を巡る三連休14 京成電鉄の撮影  

最終日を迎えました。
最終日の午前中は成田スカイアクセス線が開業した京成電鉄へ。

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今回は京成上野駅から。
切符売り場に掲げられている運賃表は経由地により異なる運賃が掲示されている。

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発車案内板はLCD式が整備されています。

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乗車する前に撮影を・・・。
3700形は長らく造られた車両で製造年次により前面の灯具類や車内の仕様も異なります。
また、近年は行先表示を白色LED・種別表示がフルカラーLEDに変更された編成も存在します。

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車内写真を・・・。

まずは初期車。
座席自体は表地がパープルに変更されています。

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中期車。
肘掛の形状が変更されていますが、バケットシートは後年変更されたもの。

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後期車。
車端部の窓が貫通扉以外閉鎖されていることと、袖仕切りが大型化されています。

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ドア鴨居部にある車内案内表示器。

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続いて2代目AE形。
撮影隊が進出していたためアイコンショットを撮るにも難儀しました。

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2代目AE形の車内写真を。
まずは車内全体。

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荷物置場。
E259系と違いオープンな印象を受けます。

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デッキ部。

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撮影後は京成高砂へ移動します。

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京成高砂から成田スカイアクセスに乗り換えになりますが、上位優等同志の接続は今一つのようで、誤乗対策で意図的に3分程ずらしているらしいです。
おかげで当てが外れて十数分の穴にはまってしまいましたが、この間にシティライナーで継続されているAE100形を捉えました。

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この後は成田スカイアクセス線に乗り成田湯川へ移動しました。

→次に続く。

category: 関東地方遠征

tag: 京成電鉄 
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週末日記 2010年8月8日  

2010年8月8日(

8日は奈良の平城宮跡で催されている平城遷都1300年祭へ行ってきました。

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平城宮跡そのものへ行くのは小学生自分だったころに遠足でいって以来、約30年ぶりの来訪です。
平城宮跡をメイン会場として利用した平城遷都1300年祭へ行くのは今回が初めてです。

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復元された朱雀門。

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平城京歴史館と遣唐使船(復元)

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臨時に設置された朱雀門踏切を渡り平城宮跡北側にある大極殿へ。

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愛知万博にあった「グローバル・トラム」ではなく「ハートフルトラム」と称していますが、「グローバル・トラム」で使用した車両を利用しているのは見てわかるかと・・・。

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奈良時代に整備された平城京は途中都を幾度も移転した時を挟んで前期と後期に分かれていて、写真の大極殿は前期の場所に建っていたものを推定復元されたもので、公式には第1次大極殿と称されます。

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大極殿の内部。

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高御座。

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遺構展示館。

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平城宮跡資料館。

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朱雀門での閉門の儀。

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朱雀門自体は9:00の開門の儀で開き、17:00過ぎの閉門の儀で閉ざされます。
(門が閉じても西側の一部に塀がないの箇所があるためそこから通れます)

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さて、当日モバイルルーターを用いてiPodでのネット接続を実際に行ってきました。
今回はTwitter(クライアントソフトはEchofon)を閲覧する程度でしたが、ある程度は良好でした。

バッテリーの持ちに関しては過度に見なければ外付けバッテリーを加えて一日持つ感じです。
3G回線接続は都市部ではまま使え、地方だと人口希薄地域や山岳部など圏外エリアを気にして使うという感じでしょうか?
エリアに関しては今度の5連休の中国地方遠征で実証してみます。

category: 日記

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週末日記 2010年8月7日  

2010年8月7日(

7日は梅田へモバイルルーターなどを買いに出かけてきました。

梅田へ出向く途中、京阪本線に寄り道。

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目的は例によって8000系の車内写真。

今回は8000系でもほぼ竣工時の状態が保たれている8001編成に遭遇し、淀屋橋の降車で人が引き払った直後に撮影。
車内整備の前の追い出しがあるので、ワンショットだけ撮影して早急に撤収です。

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梅田へ移動してヨドバシカメラで買い物。
今回は先週の週末日記でも触れていたモバイルルーター以外にモバイルバッテリーとOLYMPUS PEN用の外付けフラッシュとEOS50Dにつけている高倍率ズームレンズ用のフィルタを買いました。

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帰宅後は買ってきたものの諸々を設定。
実際に設定・取り付け状態は以下の感じで。

OLYMPUS PEN用の外付けフラッシュはOLYMPUS純正の「FL-14
バッテリーは単4のアルカリ乾電池またはニッケル水素電池ですが、買うのを忘れたので後日・・・汗。

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フィルタは72mm径のPLフィルタですが、ここでは割愛。

モバイルバッテリーはSANYOの「eneloop mobile booster」シリーズの高容量タイプである「KBC-L2AS」ですが、充電時間が7時間の代物なので実際の使用状況は8日か11日からの中国地方城巡りの旅において報告します。

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モバイルルーターはCoviaのCMR-250
アイ・オー・データのDCR-G54/Uもあったのですが、バッテリーが外付けで専用バッテリーであることから、バッテリー内蔵+外付けバッテリー対応のこれにしました。

デフォルトではセキュリティが穴だらけになるので、ルーター側をWPAに設定し直したあとiPod側の設定と言う少々面倒な設定をして、ようやく使用可能な状態に。

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これで移動中や外出先でiPodのネット利用環境が整いました。

category: 日記

tag: 京阪電気鉄道  デジタル家電  モバイルルーター  Covia  OLYMPUS  PEN  モバイルバッテリー  eneloop 
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2010年7月18日 首都圏鉄道を巡る三連休13 成田エクスプレスE259系の車内写真  

江ノ電の撮影後は湘南モノレールで大船へ移動します。
湘南江の島駅は丘陵地を行く湘南モノレールの終点で、大船方の地形の関係からトンネルを抜けてすぐの場所が駅となることから、改札口は4階、のりばは5階に位置しています。

下の写真が駅舎で駅ビルの体裁となっていますが、それにしても駅ビルと言うよりはどこかの雑居ビルの出立です。

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建設された年代が1970年代前半と比較的古いためエレベータ・エスカレータもないバリアフルな駅。
バリアフリー化の計画があるものの、藤沢市の予算関係が原因なのか?遅々と進まないというのが現状らしいです。

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今回乗車したのは500形。
最新鋭は5000系ですが、前回同様悉く外れてしまいます(泣)

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移動中は富士山を望むことができました。

大船に到着後、成田エクスプレスの発車時間を確認。
どうやらホームにとなっているような感じだったことから、ホームに降りてみると案の定出発待ちでした。

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ここは人気が少ないので、早速車内写真の撮影。
まずは普通車。

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続いてグリーン車。
これまでの1+2列から2+2列に変更されています。

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客室の両端と中ほどの天井部に取り付けられているLCD式情報案内表示器。
アスペクト比が16:9の17インチモニタが採用されています。

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大型荷物置場には4ケタのダイヤル式ワイヤー錠がある。

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デッキ部。

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E259系の車内写真撮影を終了。
大船から湘南新宿ラインに乗り都内のホテルに戻り最終日を迎えます。

→次に続く。

category: 関東地方遠征

tag: 湘南モノレール  JR東日本  E259系  成田エクスプレス 
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2010年7月18日 首都圏鉄道を巡る三連休12 夕暮れの江ノ電へ  

夕暮れの鎌倉へ移動しました。
ここから江ノ電に乗り換えて撮影と言う流れにします。

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江ノ電の改札を通り鎌倉コロッケを頂きます。

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乗車前の撮影へ。
江ノ電の鎌倉駅は2面2線ですが、早朝深夜を除いて乗降分離のできる側が使用されます。
(ただし、最混雑期には2線とも使用されます)

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3番線車止め側に親子ガエル

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当日は混雑しているため数本見送りです。

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20形

1500形に嵐電塗装されている「嵐電号」は嵐電こと京福電気鉄道との姉妹提携を記念したもので、提携相手の嵐電側では江ノ電の塗装を施した「江ノ電号」があります。

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1500形「嵐電号」

ひと肌を感じるほど満々と混雑した車内に揺られ江ノ島に到着。

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ここから鎌倉側に撮影場所へ歩いていきます。
江ノ島~腰越には併用軌道がありますが、ここは撮影地としてメジャーな区間です。

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日没を迎える中で撮影。

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1100形「3代目S.K.I.P号」

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1500形「嵐電号」

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10形

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1500形「サンライン・カラー」

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1000形

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2代目500形

江ノ電の撮影はこれで終了。
このあとは江ノ島から湘南モノレールに乗って大船へ移動です。

→次に続く。

category: 関東地方遠征

tag: 江ノ島電鉄 
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2010年7月18日 首都圏鉄道を巡る三連休11 JR東日本E217系の車内写真撮影  

久里浜へ移動しました。

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久里浜は横須賀線の終点でのりばは1面2線ですが、車両の夜間滞泊で使用する側線を有しています。

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ここではE217系の車内写真の撮影とします。
E217系は近年制御装置などの電装品の更新工事が進められていますが、内装の更新はされていません。
初期のグループが1994年に竣工を考えると十数年経過していることを考えると内装の更新はあと数年~10年程度はされないと思われます。

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セミクロスシート車の車内。

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ドア間のロングシートに挟まれる形でボックスシートが配されています。
これは相鉄のセミクロス車両でも同じ配置となっています。

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ロングシート車の車内。
見た感じでは209系や後に登場したE231系と同じですが、基本的に同素材の部材が使われています。
(ストレート車体か裾絞り車体の違いはありますが・・・)

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ロングシート車の窓割りは製造年次のより窓の仕様が異なり、初期はセミクロスシート車と共通。

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後期の車両は209系1000番台・500番台とE231以降のものと共通。

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FRP製の部材が目立つ天井回り。

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ドア鴨居部に設置された情報案内表示器は209系と共通。

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続いてグリーン車。
上階。

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下階。

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車端部。

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デッキ回り。

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久里浜での撮影は終了。
鎌倉へ移動して江ノ電に乗車します。

→次に続く。

category: 関東地方遠征

tag: JR東日本  横須賀線  総武快速線  E217系 
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2010年7月18日 首都圏鉄道を巡る三連休10 横浜市営地下鉄ブルーラインの編成写真撮影  

橋本から横浜線に乗り桜木町へ。
桜木町は東急東横線の終点でもありましたが、みなとみらい線の開業で廃止された現在は高架橋などの構造物は残されているほか駅舎の現存しています(ただしシャッターは閉ざされていますが・・・)

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桜木町から横浜市営地下鉄ブルーラインへ。
目的はこの路線で使用されている車両の編成写真撮影。

今回は数少ない地上区間にある上永谷で撮影。

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近隣に車庫を有する上永谷はホームが2面4線となっています。

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駅前はこのような感じ。

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撮影は湘南台方で。

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現在は3000形ばかりですが、製造年次ごとに異なります。
まずは3000A形。

3000形グループでは最初に導入されたグループ。

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続いてきたのは3000S形。
3000形グループでは最も新しいグループで20年以上の経年を経た2000形の更新のために導入された車両で、2000形の台車などが流用されている点で他グループとは異なります。

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3000N形。
3000A形に続いて導入されたグループで全面形状が直線的になり、このグループ以降はこのデザインが基本となっています。

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3000R形。
3000N形に続いて導入されたグループで、開業当初から使用されていた1000形を置き換えるために導入されたもので、ステンレスの地肌をむき出しにした前面が特徴です。

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上永谷の撮影はここまで。
上大岡乗り換えで京急本線に乗り換えて久里浜へ移動しました。

→次に続く。

category: 関東地方遠征

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