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2010年06月の記事一覧

2010年5月5日 日本100名城を巡る四国の旅41 高知城・その4  

高知城の本丸御殿に入ります。

高知城の本丸御殿は築城当初、初代藩主となった山内一豊の住居だったこともありましたが、二ノ丸御殿完成後はそちらに住居を移して、この本丸御殿は特別な時に限り使用されていました。
現在ある本丸御殿は1700年代に火災で焼失・再建されたものが現在に至るまでに残された現存建造物で、高知城は非常い珍しい例だそうです。

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では御殿内へ。

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現在の本丸御殿は天守とともに懐徳館という博物館として一般公開されています。

書院造の本丸御殿。
まずは九畳ノ間

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四ノ間に飾られている衣装は「功名が辻」で千代役を演じた仲間由紀恵さんが着ていた衣装。

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三ノ間。

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南入側。

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東入側。

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本丸壁面にある物見窓。
現在は高知城にだけ残されているのだそうです。

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東入側を仕切る杉の板戸。
上部の竹の節状に欄間が作られています。

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上段の間。

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上段の間に隣接する納戸は武士の待機場所である武者隠しとも言われています。

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九畳ノ間に隣接する四畳ノ間から南側の納戸のほうへ。

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納戸。

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納戸に展示されている欄間。

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駕籠。

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本丸御殿の後は東多門と廊下門の内部を見てきます。

→次に続く。
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category: 四国地方遠征

tag: 日本100名城  高知城 
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2010年5月5日 日本100名城を巡る四国の旅40 高知城・その3  

二ノ丸に到着しました。

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高知城の二ノ丸は二ノ丸表御殿・奥御殿があった場所で、築城当初に藩主の山内一豊が一時的に本丸御殿を住居としていたときを除いて二ノ丸御殿を住居としていました。

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二ノ丸の隅にある庭園。

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乾櫓跡。

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乾櫓跡から見る梅ノ段。

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同じ場所から杉ノ段を見る。

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先ほど見た詰門は二ノ丸と本丸を結ぶ渡廊下となっています。

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詰門は本丸を警備する武士たちの詰所も兼ねていました。

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詰門と連結されている廊下門を抜けると本丸に到着です。

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廊下門。
上部は東多門と連結して多門櫓となっています。

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高知城本丸に到着。

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ここからは本丸御殿(正殿)に入ります。

→次に続く。

category: 四国地方遠征

tag: 日本100名城  高知城 
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2010年5月5日 日本100名城を巡る四国の旅39 高知城・その2  

さて、本丸へ向けて石段を登っていきます。

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石垣に突き出す形で設けられている石樋。
水はけの悪い当地ならではの工夫。

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三ノ丸の一段下にある杉の段に到着。
杉の段から見る三ノ丸石垣。

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高知城マップ。

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山内一豊の妻、千代の石像。

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愛妻之碑。

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楠正興尚徳の碑。

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続いて三ノ丸へ進みます。

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鉄門前から見る天守。

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鉄門跡。

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詰門。
上段にある二ノ丸と本丸を結ぶ渡廊下も兼ねた櫓門です。

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詰門前から見る高知城天守。

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詰門側から見る三ノ丸跡。

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南東側から見る三ノ丸跡。

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水路遺構。
雨の多く水捌けの悪い当地における排水のためのもので、通常は写真のように石蓋がされて、泥による詰まりを除去するための石蓋を開けれるようにして作業を容易にするための工夫がされています。

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長宗我部時代の石垣跡。
三ノ丸石垣の復元に際して行われた発掘調査時に確認されたものです。

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三ノ丸の北東側。

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三ノ丸の北側。

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この後は二ノ丸と本丸へ向かいます。

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→次に続く。

category: 四国地方遠征

tag: 日本100名城  高知城 
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週末日記 2010年6月27日  

2010年6月27日(

26日に引き続き27日は午後からPSE8の画像データ認識(画像整理アイテム追加)作業。
この間にiTunesのダウンロード・バックアップデータ復帰・iPodの同期を並行して行いました。

前日までの画像データ認識が2008年分まで済んでいたため作業自体は15:00過ぎに一区切りを迎えました。
PSE8が膨大な画像のサムネイル作成している間に梅田へ出かけました。

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梅田では旭屋書店とヨドバシカメラへ寄って買い物。

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帰宅後は残り作業とブログ更新をしてこの週末を終えました。

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category: 日記

tag: 日本HP  PavilionDesktop 
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週末日記 2010年6月25日~26日  

2010年6月25日(金)

この週末は土日ともお休みでしたが、先週末に発注していたKawachiPC7号機となるHPのデスクトップPCが25日の金曜にクロネコで配達されてきたことから、帰宅後から26日の明け方まで延々とデータ引っ越しなどに追われました。

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まずはKawachiPC5号機からのデータ移行作業。
基本的なデータは外付けHDDに移していたのですが、iTunesのデータ移行に手間取ってしまいます。

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なんとかデータ移行が終わったのでシャットダウンしようとすると今度は1ヶ月半分溜まっていたOSのアップデートが始まってしまい、電源が落ちるまで大幅な時間ロスになってしまいました。
この間にPC7号機のHP e9380jpの開封作業をしてものの、終わってからもPC5号機がアップデート中という悪あがきをしていたため、3時過ぎにあきらめて寝ました。

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2010年6月26日(

明けて26日は昼食後の作業再開。

PC5号機のアップデート終了が午前中に完了し電源が落ちたため、ようやくOP5号機の撤去とPC7号機の据え付け作業を開始しました。
据え付けが終わったのが15:00過ぎ。

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最初に儀式として初期設定の開始。
初期設定自体はそれほど時間がかかりません。

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続いてネット関連サービスの設定やメールの設定を軽々とこなして、次のPhotoShopElements8のインストール語が大変で、外付けHDDに移行していたデータをPSE8側で管理できるようにするのに夕方から開始して睡眠を挟んで27日の午後まで掛かりました。

単純に認識させるだけでなく外付けHDD内の画像整理を行ったため余計にかかった次第です。
2日目の作業は深夜3時過ぎで切り上げて27日に持ち越しです。


category: 日記

tag: デジタル家電  日本HP  PavilionDesktop 
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2010年5月5日 日本100名城を巡る四国の旅38 高知城・その1  

遠征最終日である5日目の午前中は高知城へ登城します。
当日チェックアウトしてホテルから高知城の天守を見ることができます。

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ホテルをチェックアウトして高知駅のコインロッカーに鞄を預けていざ高知城へ向かいます。
土佐電で高知城へ出向くにははりまや橋の乗り換えが必携となりますが、高知駅からはりまや橋・県庁前経由の枡形雪が何本かあり、今回丁度いいタイミングで乗れました。

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午後の桂浜来訪と帰阪までの間に時間を土佐電の撮影に充てるため一日乗車券を運転士から購入します。
これがあると移動に自由が利きますので・・・。

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高知城前電停で降車し交差点を北へ歩くとほどなく高知城の南東側に到着。
写真の橋は元からあったものではなく、高知公園として整備された時のものらしいです。

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ちなみに橋を渡ったところは武家屋敷または御馬場があった場所とされています。
両説があるのは時代によって武家屋敷であったり御馬場であったためらしいです。

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内堀に沿って北へ進むと追手門が待ち構えています。

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その前に土佐藩の初代藩主だった山内一豊の銅像近くにあるため見てきました。

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それでは追手門へ。

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史実によると高知城は3度築城されていて、南北朝時代に築城された大高坂山城をを起源としているが一度廃城され、戦国時代の長宗我部元親の時に2度目の築城がなされましたが、水はけが悪かったため桂浜の近くに浦戸城を築いて2度目の廃城。

その後、関ヶ原の合戦で武功をあげた山内一豊が掛川から転入したが、長宗我部家の城である浦戸城で城下町を開くいは狭かったため、大高坂山に本丸の造営と周辺の湿地帯を治水などを行い城下町を整備されたのが3度目の築城で、現在ある高知城は山内一豊時代のものということになります。

また、当時は河中山城(こうちやまじょう)と名乗っていましたが、2度に渡る水害で「河中」の個所を変えて高智山城とし、それが略されて高知城となったそうです。

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追手門を入ったところ。
この場所も武家屋敷があったとされています。

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本丸への石段入口付近にある板垣退助像。

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それでは石段を上って本丸までの郭を巡ってきます。

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→次に続く。

category: 四国地方遠征

tag: 日本100名城  高知城 
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2010年5月4日 日本100名城を巡る四国の旅37 4日目の宿泊先と夕食  

4日目の宿泊先はリッチモンドホテル高知です。
高知市の繁華街に位置しているこのホテルは2007年の来訪時にはまだなかったのですが、ここ数年の間にオープンしたそうです。

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いつでもそうですがシングルでの予約です・・・。

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デスクトップ周り。

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ベット周り。

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客室のエントランス。

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広めのユニットバス。

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部屋に荷物をおいて夕食を摂るために繁華街へ出向きます。

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20分ほど彷徨いて入ったのが「黒潮豪商 播磨屋宗徳

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まずはビール。

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メイン。
頂いたのは鯨テキ定食。

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夕食後はホテルへ戻って最終日を迎えます。

→次に続く。

category: 四国地方遠征

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2010年5月4日 日本100名城を巡る四国の旅36 高知へ  

中村からは南風24号に乗って高知へ向かいます。

予定では1本あとに乗る予定でしたが、足摺岬からのバスが予定通りに到着したため、近くのコンビニに寄って昼食を買ってきたも余裕で乗り込むことができました。
これで、高知市内での土佐電撮影タイムが確保出来ます。

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土佐くろしお鉄道の中村線と宿毛線は前回夜間だったため今遠征ではじっくりと車窓を楽しみます。

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ループ線となる第一川奥トンネルを抜けて宇和島からの予土線に合流。

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合流地点の川奥信号所の真下から先程通った線路が顔を覗かせています。

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窪川から土讃線を東へ進みます。
この途中には高速道路の工事が進められています。

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土讃線の高知以西もこれまでは夜間だったためじっくりと車窓を眺めてました。

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高知に到着。

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前回来訪時は地上駅でしたが、その後高架駅となってから初めて降り立った高知駅は2面4線で、窪川側に引き上げ線を有しています。

高松方。

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窪川方。

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出発待ちのキハ54形。

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高架切替後は自動改札機が導入されています。

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高知駅南口から撮影。

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1本早めに列車に乗ったことからホテルにチェックインするまでの時間を利用して土佐電の撮影。

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ここでは偶然にも元名鉄の590形に遭遇出来ました。

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撮影終了後はホテルへ向かいました。

→次に続く。

category: 四国地方遠征

tag: 土佐くろしお鉄道  JR四国  土佐電氣鐵道 
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2010年5月4日 日本100名城を巡る四国の旅35 足摺岬・その3  

足摺岬巡りの最後に白山洞門とアロウド浜を見てきます。
足摺七不思議の石群があった道をさらに西へ進むと県道からの道と合流します。

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ここから海岸へ下りてゆくと正面下に白山神社の鳥居が見えてきます。

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鳥居前から白山洞門とアロウド浜を撮影。
この場所からさらに下へ降りる階段を下りてゆくと・・・。

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白山洞門の正面にたどり着きます。
白山洞門は県の文化財・天然記念物に指定されていて、間近で見ると圧倒させられます。

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白山洞門の前から先程下りてきた場所を撮影。

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続いてアロウド浜へ。

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浜の西側にある階段を登って県道の場所まで上がり、県道近くの歩道から撮影。
写真左側が白山洞門。

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アロウド浜。

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これで4日目の目的は終了。
あとはひたすら高知市内へ向かうだけです。

その前に、当日路線バスの折り返し場所となった足摺岬バスセンターは旅館やホテルに囲まれた駐車場の敷地内にあります。

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足摺岬バスセンター。

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来訪時は休憩時間であるため窓口は不在。

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ここから出るバスは中村駅行きが9本、土佐清水市の中心部にある清水プラザパル前行きが4本となっています(来訪当時)

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足摺岬からの復路は往路とは異なり一世代古いバスで。

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13:15に出発。足摺岬を離れました。

→次に続く。

category: 四国地方遠征

tag: 足摺岬 
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2010年5月4日 日本100名城を巡る四国の旅34 足摺岬・その2  

続いて足摺岬灯台へ向かいます。
灯台へは下の写真の右側の道を下りて行きます。

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足摺岬灯台周辺には足摺七不思議と呼ばれる石群が見られます。
まずは地獄の穴。

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大師の爪書き石。

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この近くに足摺岬灯台があります。
これは北側から撮影したもの。

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同じ位置から灯台の反対側。

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証明の意味も兼ねて。

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海に面する南側からも回りこむことが出来、これは海側から撮影。

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灯台の西側にある亀呼場。

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亀呼場からの眺め。

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不動岩と呼ばれる岩礁。
ここは磯釣りの場所としても知られています。

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不増不滅の手水鉢。

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ゆるぎ石。

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根笹。
この場所に生息する笹はこれ以上大きくならない笹だといわれているそうです。

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汐の満干手水鉢(王朝の満干手水鉢)

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亀石

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次は白山洞門とアロウド浜を巡ります。

→次に続く。

category: 四国地方遠征

tag: 足摺岬 
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週末日記 2010年6月20日  

2010年6月20日(

20日は午後から散髪。
本当なら4月末頃に行っておきたかったのですが、鼻炎の影響で咳が止まらなかったため行けず仕舞いで、感知したこの時期までずれ込んでしまいました。

五分刈り頭にしてすっきりしたところで、河内小阪駅から近鉄バスで徳庵へ移動。

徳庵駅は学研都市線の運行管理システム導入による工事で発車案内板が設置されていました。

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また、近畿車輌の引込線がある側のホーム端部は写真のように柵が延長されていましたが、おそらく撮影者対策と運転保安の兼ね合いからでしょう。

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近畿車輌の敷地内には近日中に出場予定の225系が入出場線に待機しています。
関連のブログを調べると今回出場するのは第3編成らしいです。

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225系自体は今月京都から大阪への移動中に向日町の京都総合運転所に待機しているのを見ただけと言う状態で、なかなかお目にかかれていません。

今のところ、各種試験の試運転が行われている段階で営業運転にはまだ先になる気配ですが、京阪神地区と阪和線に入るということからここ2・3年の動きは激しいと思われます。
ともかく、21日発売の鉄道趣味誌で見てみますが・・・。

徳庵から梅田へ移動。
写真には収めませんでしたが、北新地駅はホームドア(副都心線や今里筋線にあるようなタイプ)が設置されることになる模様で、これが設置されると207系と321系に統一されるため、223系の入線はなくなると思われますが、阪神なんば線~近鉄奈良線快速急行対策として先行的に設定された直通快速もこれと同時に廃止か使用車両を321系・207系に置き換えと言う線が考えられます(321系はおおさか東線に試運転で入線済み)

梅田で買い物を済ませて帰宅。
今週末は撮影枚数少なめで終わりました。

category: 日記

tag: JR西日本  学研都市線  JR東西線 
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週末日記 2010年6月19日  

2010年6月19日(

前日(18日)の話ですが、帰宅後に自室のエアコンをつけたところ冷えません。
どうやら10年ほど前にメーカーのメンテナンスが交換した内部の基盤が寿命に達しいるようで、しばらくは緊急用の強制冷房で凌ぐことにしました(リモコンからのコントロールが使えませんが…)

さて、19日は午前中を寝床でゴロゴロと過ごし、午後からは出かけてきました。
昨日壊れたエアコンのことですが、同時期に購入した両親の部屋のエアコンも冷えにくくなると不調気味で、いずれも15年選手ということから総合的に考えて修理せずに最新機種へ買い替えと言うことになりました。

この日で掛けたのは1ヶ月半放置しているKawachiPC7号機のデスクトップPC購入と共にエアコンのカタログ入手と兼ねてきました。

自宅PCを使うときはブログ更新しながらUstreamを閲覧したり、画像のリサイズやWebサイトの更新をしてることが多く、特にUstreamなどのストリーミング動画はCPU負担が大きくなることから、なるべくスペックの高いものをということにしCORE i7狙いとしました。
また、外付けHDDなどの周辺機器の都合など諸々の条件があるため、マイクロタワー形の方が都合が良いのですが、国内メジャーでデスクトップを出しているNEC・富士通・ソニーの現行機種では存在しないためネット直販メジャーのDELLかHewlett-Packard(HP)あたりしかありませんでした。

今回は設置条件などを考えてHPのPavilion Desktop PC HPE 290jpあたりでもと思ったのですが、店頭の担当者との相談の結果、同一ボディーでネット直販専用のワンランク下の春モデルPavilion Desktop PC e9280jpをベースにフルHD対応23インチモニタのセットでオーダーメイドしましたが、現金払いのためHP Directplus Stationが置かれているビックカメラなんば店で発注・精算しました。

受注されたから5営業日に納品と言うことで、HPの工場営業日の関係からで月曜受注となることから早くて今週中に届くらしいです。
下の写真は同意書と発送承り書が入ったHPロゴの袋。

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なんばを離れて阪神なんば線を西へ向かい、バリアフリー化工事が完工した伝法駅の見聞をしてきました。
エレベータの設置と便所のバリアフリー化がメインでしたが、この関係で上りホームに有った男子便所が改札階へ移動し、出札・改札口が以前より公道側に移設されました。

完工から数ヶ月経過していたのですが、なかなか見に行けずようやく見に行けた感じです。

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帰宅後、PCを買った際、「セックス・アンド・ザ・シティ2」のA6ノートを頂いたのですが、今月から公開されている映画のキャンペーンの一環らしいです。

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実は何かわからずいただいたため、後で封を開けてびっくりしました・・・汗。
このノートにはタイトル文字をあしらったボールペンもついています。

これで、あとは実機が届くのを待つだけですが、あと数週間は諸々の処理で大変になりそうです・・・。

category: 日記

tag: 日本ヒューレットパッカード  パソコン  阪神電気鉄道  駅改良工事 
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2010年5月4日 日本100名城を巡る四国の旅33 足摺岬・その1  

足摺岬に到着しました。

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ここからは足摺岬周辺をめぐることにします。
バス乗り場から東へ歩いた場所にある観光案内所があります、事実上この場所が玄関口になっているようです。

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ジョン万次郎こと中濱万次郎の像。

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まずは展望台の方へ。

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展望台からの眺め。
ここに見えるのは足摺岬灯台。

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こちらは天狗の鼻。

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次は天狗の鼻へ移動。

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木々に囲まれて周辺は見えませんが、強風から守られていると考えてもいいでしょう。

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天狗の鼻の側からの写真。
写真中央はさっき上がった展望台、奥に見えるのが足摺岬灯台。

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天狗の鼻に入りました。

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天狗の鼻の先端部。

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天狗の鼻にある皇太子殿下御歌碑

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ビロー自生地へ行ってみることにしました。

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この場所にビロー自生地があり写真左側にありますが、よくわからなくて後でこの写真を見て気づいたわけです・・・汗。

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この後は足摺岬灯台へ向かいます。

→次に続く。

category: 四国地方遠征

tag: 足摺岬 
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2010年5月4日 日本100名城を巡る四国の旅32 足摺岬へ  

遠征4日目を迎えました。
朝5時半頃に起きたのですが、朝食にありつくことが出来ずにチェックアウトすることになります。

チェックアウトしたのが7時頃なのですが、朝食時間が7時から。
しかし朝食をいただいてしまうと中村から乗車予定の足摺岬行のバスを逃すことになるため、あきらめました。

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前日に宿毛駅近くのコンビニがあることは知っていたので、宿毛を離れる前に朝食を調達しておきました。

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土佐くろしお鉄道のローカル列車の車両に乗るのは今回が初めて。

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霧が立ち込める中を行く列車の車中を進みます。

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中村に到着。

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中村駅の改札口には液晶式の発車案内板が設けられていますが、第三セクター鉄道では珍しいものです。

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中村から高知西南交通の路線バスに乗って足摺岬へ向かいます。

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中村駅を出るとしばらくは市街地を進み、市街地を抜けると四万十川の西岸に沿って南へ進みます。
河口付近から半島の付け根を横断し市街地に入ると土佐清水市の中心部となります。

半島のくびれのような場所にある土佐清水市の中心部を抜けると海を右手に南へと進みますが、しばらくすると海岸沿いにある中浜地区など集落にある隘路を通り始めます。この辺りから足摺岬手前の集落までは高知県道27号線の未改良区間。

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隘路をガンガン飛ばしていくものの、集落を縫うように進むためなかなかすすなない上に、迫り来る自家用車にはかなわず道を譲ることもしばし見られました。

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数十分ほどすると右手にリアス式海岸が見えてきます。

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程なく足摺の集落が見えて来ると、10分ほどで到着となります。

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と思ったら、手前の足摺岬バスセンターで降ろされました。

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実はGWや行楽シーズンになると交通規制が敷かれるそうで、当日も該当日であることから手前の足摺岬バスセンターでシャトルバスに乗り換えることになりました。

シャトルバス自体は短時間乗るだけ。
要はバスセンターなどの駐車場と足摺岬の便を図るためにあるバスで、ここでは日野リエッセを2台活用して5分間隔で運行されていました。

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足摺岬停留所に到着。

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ここから徒歩で足摺岬灯台などを巡ります。

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→次に続く。

category: 四国地方遠征

tag: 土佐くろしお鉄道  高知西南交通  足摺岬 
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2010年5月3日 日本100名城を巡る四国の旅31 宿毛へ。  

徳島から遠征3日目の宿泊先である宿毛へ移動します。
宿毛にしているのは4日目に足摺岬への来訪を設定している関係と土佐くろしお鉄道のローカル列車に乗るためも兼ねています。

徳島地区は1500形の導入が進められていますが、写真のキハ47形などが勢力を縮めています。

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写真のようにリバイバルカラーで登場するあたりはあと数年でなくなりますよ~と言っているようなものです。

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徳島からは徳島線に乗って阿波池田を目指します。

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ここでは進出著しい1500形に乗車。

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この1500形自体は以前にも一度乗っていますが、徳島線を全線乗り通しのようなに長時間乗る自体は今回が初めて。
ボックスシートやロングシートがメインになりがちな中で転換クロスであるのが特徴ですが、いまのところ徳島運転所に在籍している関係で高徳線・徳島線・牟岐線といった徳島を中心に使用されているだけです。

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阿波池田での乗り換えは3分程度の短時間でしたが、ここでも編成写真の撮影。
乗り継ぎが別のホームだったのもあって撮影自体は慌ただしかったです。

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阿波池田から南風17号に乗り換えて宿毛を目指します。

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県境の渓谷を突っ切り高知県入りします。

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2007年以来となる高知に到着。

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この南風17号は後にしまんと7号の2両を繋いだ6両編成でしたが、ここ高知で後ろ2両切り離し。
実は阿波池田で何も考えずに乗り込んでしまったのですが、幸い座ったのが南風17号の最後尾だった難を逃れましたが、危うく尻切れとんぼにされてしまうところでした…汗。

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高知を出ると19:00過ぎ。
真っ暗になり暗闇の中を延々と西へ進んで行きます。
宿毛に到着は21:00過ぎとなりました。

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3日目の宿泊先はホテルアバン宿毛。
宿毛では数少ないビジネスホテルで、今回はシングル。

ビジネスホテルとしては標準的な広さ。

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ベット周り。

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デスクトップ周り。

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エントランス。

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ユニットバス。

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ここで一晩過ごして4日目を迎えます。

→次に続く。

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tag: JR四国  土佐くろしお鉄道 
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2010年5月3日 日本100名城を巡る四国の旅30 徳島城・その3  

城山から麓へ降りてきました。
東二ノ丸側から下りた場所にある蜂須賀家政公の銅像。

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御殿跡には徳島城博物館と旧徳島城表御殿庭園があります。

まずは徳島城博物館。
ここには徳島城の模型が展示されていますが、御殿自体はかなりの規模を持っていたことが窺い知れます。

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続いて旧徳島城表御殿庭園へ。
こちらは表御殿側にあった日本庭園があり、江戸時代初期に作られたものです。

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築山泉水庭。

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築山泉水庭に入るアオサギ。

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徳島城の城山にはアオサギが生息していますが、このアオサギの繁殖により立ち枯れの原因で有る糞害に悩まされている現状があります。

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枯山水

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枯山水から見る徳島城博物館。

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これで徳島城の登城は終了。
近くの飲食店に入って昼食してから3日目の宿泊地へ向かいます。

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→次に続く。

category: 四国地方遠征

tag: 日本100名城  徳島城 
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2010年5月3日 日本100名城を巡る四国の旅29 徳島城・その2  

三ノ丸の奥へ進みます。
写真は三ノ丸の北側に隣接する北馬屋跡・北蔵跡。

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城の縄張りの北側を流れる助任川。

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この辺りにある登山道から山頂にある本丸へ上がっていきます。

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この登山道は敵に攻め込まれた時の逃げ道として整備されたモノらしく、本丸の裏手に通じているそうです。

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石垣が見えてくると虎口らしきものが見えてきます。
これが埋門跡らしく、この門は本丸の御座敷の建物に隠れるように設けられていたそうです。

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本丸跡。
築城当時は御座敷の他、城山の管理人が御城山定番の詰所である御留守番所などがありました。
後年は徳島縣護國神社がおかれていましたが、城山周辺が徳島市の土地であることと文化財ほぞのため移転し現在は更地となっています。

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弓櫓跡。

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本丸西側にある門跡。
こちら側は搦手にあたり、西二ノ丸・西三ノ丸へ通じます。

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西二ノ丸跡。

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張櫓跡。

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現在は徳島市上水道の配水池となっている西三の丸跡。

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本丸へ戻って、今度は東側へ下りて行きます。


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東二ノ丸。
ここに天守も建てられていたそうです。

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三ノ丸へ降りて、徳島城博物館と庭園を見てきます。

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→次に続く。

category: 四国地方遠征

tag: 日本100名城  徳島城 
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週末日記 2010年6月13日  

2010年6月13日(

6月13日は午前中に松坂城へ登城し、午後から2008年6月以来2年ぶりとなる愛・地球博記念公園へ来場することにしました。
この日は早朝から出発。

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松阪に到着後、反対側のホームに到着した名伊乙特急名古屋行の先頭が12600系。
この車両、たった2本しかない上に名古屋線系統の富吉検車区に在籍しているため名伊特急系統にしか就かず、大阪近郊ではまず捉えられないことから、前のほうまで走ってしまいました…汗。

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松阪では日本100名城の一つである松阪城へ登城。

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松坂城は建物自体は残っていませんが、石垣が残されている箇所が多く、松阪公園として整備された後も石垣の修復
復元が進められています。

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松阪城へ登城したあとは名古屋へ移動。
名古屋で昼食をいただいてから高蔵寺・八草経由でモリコロ・パーク入り。

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2年ぶりに来場したモリコロ・パークは企業パビリオン・ソーンBだった園内北東側に新たな建物が整備中、以前から言われていた万博の理念を継承するものになるそうですが、完成にはもう少し時間がかかりそうな気配です。

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これ以外にはミニFM局や飲食店などがあった場所も整備中。

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2年前の来訪時は整備中だった西口休憩所周辺はモニュメントがずらりと並んでいます。

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EXPOドームや外国館があったグローバル・コモン4の跡地には野球場や駐車場などが整備されていました。

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モリコロ・パークをあとにして、今度は2009年に瀬戸会場の天水皿n周辺に整備された瀬戸万博記念公園(愛・パーク)へ足を伸ばしてきました。
愛・パークは海上の森に近接する住宅地の隅にあり、あいち海上の森センター南門の前で左手に進んだ先にあります。

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愛・パークに到着。
当時はこの場所に瀬戸ゲートと瀬戸会場を結ぶ通路がありましたが、閉幕後は元に戻されるなどしてすっかり変わってしまってます。

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肝心の天水皿nは当時の場所に残されていますが、当時仮設の通路から見たものは、公園の管理棟の屋上から見ることが出来ます。

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万博期間中は瀬戸ゲートだった場所は更地になっていて、今後は住宅地として造成される模様です。

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瀬戸会場側の一部は愛・パークの東側にあり、写真中央の円形になっている場所が市民パビリオン跡です。

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住宅地側からの公園入り口。
こちら側には遊具類がおかれています。

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愛・パークへ来訪後は八草駅へ戻って愛環線に。
丁度良いタイミングで青帯に変更された編成に遭遇できました。

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名古屋からこだま665号に乗って帰阪しました。

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category: 日記

tag: 近畿日本鉄道  日本100名城  伊勢松阪城  JR東海  愛知万博  愛・地球博記念公園  モリコロ・パーク  瀬戸万博記念公園  愛・パーク  愛知環状鉄道 
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週末日記 2010年6月12日  

2010年6月12日(

12日は午後からお出かけ。

難波のビックカメラでPCの実機を物色。
そのあと、阪神なんば線に乗り、今津経由で西宮北口へ。

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西宮北口で軽く編成写真を撮影後、阪急神戸線を花隈へ。

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花隈駅は2面2線の地下駅で駅施設の雰囲気から建設年代が想像できるほど古くからある駅です。

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ここでの目的は花隈城跡へ行くことでした。

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花隈城は室町時代後期に摂津伊丹城(摂津有岡城)の支城として築城されたのですが、花隈城の役で落城してしまい、当地を収めた池田恒興は兵庫城を築城したためたった数年で廃城。
現在は花隈公園として整備され石垣内部は市立の駐車場となっています。

ここまで聞くとこの場所に天守跡が残されていたのかと思われるのですが、実は花隈城の縄張り自体はかなり大規模だったそうで、花隈公園にあるのは本丸跡。
公園には模擬の天守台がありますが、実際の天守跡は公園の近くにある福徳寺と言うお寺にあり、そこには花隈城天守閣址碑があります。
また、石垣自体も当時のものを雰囲気を再現した模擬の石垣。

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花隈公園を跡にして今度は元町駅からJR神戸線を梅田へ。
改良工事真っ只中の大阪駅は目玉の大屋根がほぼ完成に近づいてきていました。

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4月下旬に御堂筋北口の通路が変わったりして内部も徐々に姿を表しています。
来春完成予定ということで、もうそこまで来たかという感じです。

category: 日記

tag: 阪急電鉄  神戸高速鉄道  日本の城郭  摂津花隈城  JR西日本  駅改良工事  大阪駅 
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2010年5月3日 日本100名城を巡る四国の旅28 徳島城・その1  

徳島に到着しました。

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徳島での目的は徳島駅の背後にある徳島城へ登城することです。

徳島城は吉野川水系の河口付近にある中州とそこにある標高61mの城山を利用した平山城で、外堀に助任川、福島川、新町川、寺島川の4河川を活用して築城されました。

廃城後は城山周辺が市街地化、寺島川は鉄道建設のために埋め立てられ、現在は廃河川をJR徳島駅と牟岐線の線路となっています。

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現在は徳島中央公園として整備されている徳島城は徳島駅の出入口とは反対側に位置にあるため、公園へ行くには徳島運転所の南端に位置する跨線橋を渡ります。

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跨線橋を渡ると真っ先に見えるのは三ノ丸大手門太鼓櫓と三ノ丸にあった表御殿・裏御殿跡となっています。

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先に復元されている鷲の門へ。
下の写真は鷲の門付近から撮影した内堀。

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鷲の門。

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鷲の門を入ったところにある三木曲輪。

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下乗橋と三ノ丸大手門

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枡形虎口である三ノ丸大手門。

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三ノ丸大手門西側に位置する太鼓櫓跡。

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太鼓櫓跡から見る表御殿・裏御殿跡。

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三ノ丸大手門東側にあった武具櫓跡。

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三ノ丸南東側隅にあった月見櫓跡。

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月見櫓より北側位置する屏風櫓跡。

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裏御殿庭園跡から見る城山(二ノ丸側)

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城山の貝塚。
縄文時代後期から弥生時代前期の遺跡で、徳島城城山周辺には貝塚た数ヶ所発見されています。

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隅櫓跡。

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この後は北馬屋や城山などを見てきます。

→次に続く。

category: 四国地方遠征

tag: 日本100名城  徳島城 
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2010年5月3日 日本100名城を巡る四国の旅27 讃岐高松城・その3  

月見櫓を出て残りの櫓跡などを見てきます。
下の写真は北の丸跡。

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北の丸鹿櫓跡。

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再び桜の馬場を通り、最初に入ってきた方の反対側から出ます。
写真は玉藻公園東口になる旭門側に立つ艮櫓(うしとらやぐら)で、元は東の丸にあったものを太鼓櫓跡に移築したもの。

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旭門跡。
桝形虎口形式のもんですが現在は高麗門があるのみです。

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東の丸から移設復元された艮櫓。

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香川県民ホールの敷地内に復元された旧東の丸艮櫓跡。
上物の建物自体は先程触れたとおり桜の馬場にある太鼓櫓跡へ移築され、この石垣は県民ホール建設時の発掘調査を基に復元されたものです。

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玉藻緑地に建つ報時鐘。
この報時鐘は松平氏が藩主であった時代に外堀南西側の土手に時を告げるために建てられていたもので、2度にわたる移転ののち、現在の玉藻公園の北隣にある玉藻緑地に建てられた櫓を模した建物内に移転され現在に至ります。

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これで高松城巡りは終了。

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高松駅へ戻ると鞄を回収してうずしお7号に乗って徳島へ移動します。

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2007年遠征の時を同じN2000系気動車。

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前回、高徳線を通しで乗ったのは夜間だったため、今回は初めて日中時の走破となります。
高松市街地を延々と進み志度を過ぎてしばらくすると水田が幅をきかせてきますが、北側には播磨灘が時折顔をのぞかせながら東へ進みます。

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讃岐相生を抜けると程なく徳島県に入り、大坂峠を越えます。

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山越えを終えて鳴門市の平野部に入ると池谷までは東へ進みます。

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池谷から鳴門線と合流して南へ向きを変えて進み、しばらくすると吉野川を渡ります。

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吉野川を渡ると徳島線が合流。

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徳島線と合流してすぐの佐古を通過すると右手に眉山(びざん)が見えると地上へ下りて徳島に到着です。

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この後は徳島城へ登城します。

→次に続く。

category: 四国地方遠征

tag: 日本100名城  讃岐高松城  JR四国 
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2010年5月3日 日本100名城を巡る四国の旅26 讃岐高松城・その2  

高松城巡り。
続いては北の丸側にある月見櫓などを見てきます。

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北新曲輪とも呼ばれる北の丸は築城時には存在しなかった曲輪で、江戸時代の松平氏によって大規模な改修が行われた際、東の丸とともに増設されたもので、ここには月見櫓などがあります。

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渡櫓。

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水城特有の水手御門。

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水手御門から当時海があった場所を眺める。

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この場所は当時海であったのですが、廃城後の市街地化と埋立によりご覧の様子となっています。

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左から月見櫓・続櫓・水手御門・渡櫓。

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ようやく月見櫓に入ります。
高松城の北の丸月見櫓は現存の建造物だそうで、もともと船着場の傍らに位置することから「着見櫓」とも呼ばれていました。

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続櫓側から月見櫓へ入ります。
1階。

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2階。

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3階。

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最上階である3階からの眺め。
まずは西側。

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北側。
写真左側にある櫓らしき建物は時を告げる報時鐘と呼ばれるもの。

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東側。

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南側。

20100503_takamatsu_castle-35.jpg

この後は北の丸鹿櫓跡と旭門を見てきます。

→次に続く。

category: 四国地方遠征

tag: 日本100名城  讃岐高松城 
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2010年5月3日 日本100名城を巡る四国の旅25 讃岐高松城・その1  

明けて3日目は高松城からスタートします。
日本三大水城の一つである高松城は別名玉藻城とも呼ばれ、瀬戸内海に面する玉藻の浦に築城した城郭です。

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もとは海城でしたが、廃城後は市街地化されたため堀などが埋められた結果、当時の8分の1が残っているに過ぎません。
現在は城址公園となる玉藻公園として整備されていますが、当時からある海水を引き込んだ堀は現在に至るまで残されています。

写真の西入口は二ノ丸への入り口で、手前側の西ノ丸跡と内堀跡で内堀跡の一部は琴電の高松築港駅となっています。
写真左側に廉櫓跡、右側に弼櫓跡があります。

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二ノ丸北側。

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二ノ丸南側。

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文櫓跡。

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本丸・天守台へ通じる鞘橋が閉鎖されているようですが、現在天守台の修復工事が進められているため立ち入りが出来なくなっています。

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二の丸と三ノ丸との間にある意海水導入門。
現在のこの場所から瀬戸内海からの海水を取り込んでいます。

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内堀。

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三ノ丸跡にある内苑御庭。
披雲閣再建に合わせて整備された庭園です。

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当時の半分ほどの規模であるものの再建された披雲閣

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三ノ丸南側にある陳列館。
高松城に関する資料が展示されています。

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桜御門跡から見る披雲閣。

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桜御門跡

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桜の馬場。
元はL字型の郭だったのですが、市街地化で南東側のみ残されています。

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桜の馬場から見る修復中の本丸・天守台。

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この後は北ノ丸にある月見櫓等を見てきます。

→次に続く。

category: 四国地方遠征

tag: 日本100名城  讃岐高松城 
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2010年5月2日 日本100名城を巡る四国の旅24 2日目終了。  

2日目の宿泊先である高松へ移動しました。
丁度いい具合に折り返し待ちの7000系電車の車内が無人になったため、車内写真の撮影タイムとしました。

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1000形気動車と同じくセミクロスとロングが点対称で配置されている特徴的な座席配置。

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すごく違和感ありますが、これは超広角レンズの最広角で撮影しているためです。

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横軸のマスコンと縦軸回転のブレーキの運転台。

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7000系の撮影はこれで終了、改札を出ます。
高松駅の改札口が自動改札化されたのはここ数年ぐらい。

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改めて夜の高松駅。

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3日目の午前中に登城する予定の高松城。

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高松の市街地を進みホテルに到着。
2日目の宿泊先は2007年遠征で泊まったホテル川六。

予約した部屋はシングル。

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ベット周り。

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デスクトップ周り。

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デスクトップ側壁面にあるインターネット対応LAN端子と4個口のコンセント。

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エントランス。

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ユニットバス。

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ここで一泊し3日目を迎えます。

→次に続く。

category: 未分類

tag: JR四国 
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2010年5月2日 日本100名城を巡る四国の旅23 観音寺の銭形砂絵  

丸亀から予讃線快速サンポート号に乗って、折り返し西へ向かいます。
次の目的地は観音寺ですが、丸亀を先にしたのは順方向で巡ってしまうと丸亀城天守の入城時間に間に合わなくなる恐れがあったためです。

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ここでやってきたのは113系。
と言ってもこちらは老朽化が著しい111系を置き換えるためにJR東日本から譲渡・改造されたもので、座席がロングとボックスシートの組み合わせからJR西日本の体質改善車アーバン仕様と同じく転換クロスシートに変えられています。

流石に丸亀では座れませんでしたが、多度津でまとまった降車があったため、観音寺までは腰を落ち着けることができました。

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観音寺に到着。
変則の3面4線である観音寺は旧国鉄末期に予讃線が部分電化されたときの西端でしたが、JRへ移行してからさらに西へ電化されて現在は高松~伊予市が予讃線の電化区間となっています。

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観音寺へ来たのは寛永通寶と言う古銭を型どった大きな砂絵がこの地にあることを以前から知っていて、一度行ってみようと思っていたところ、今回の城巡りに組み込んだ次第です。

観音寺にある寛永通寶の砂絵は琴弾公園にある銭形砂絵だそうで、歴史的にも古くからある砂絵だそうです。

琴弾公園は観音寺駅からやや遠くにあるため、まずは駅前広場から川を挟んだ場所にある観光案内所で地図を頂いてから砂絵のある琴弾公園を目指します。

市街地を北へ歩くこと約20分ほどで到着。
琴弾公園は財田川を挟んで北側に位置する公園で西側は有明浜に面しています。

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公園名に由来でもある琴弾山には琴弾八幡宮があり、三架橋を渡ってすぐの場所には鳥居があります。

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砂絵が見られる展望台は有明浜側と琴弾八幡宮の参道の2通りですが、公園入りした場所の関係から後者の方から登って、前者の方へ下りる形にしました、

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琴弾八幡宮への参道

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琴弾八幡宮の横を通って石段を降りると琴弾山の展望台に到着。
素で撮ると迫力ありませんね。

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では最望遠で…。

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銭形砂絵に関する由来を記したもの。
実はこれについての異論もあるそうです。

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山から降りて有明浜に面した砂絵を間近に見てきます。
と言ってもこれではわかりませんが…。

まずは「永」が記されている東側。

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「通」が記されている北側。

20100502_kotohiki_park-11.jpg

「寶」が記されている西側がこちら側が有明浜に面しています。

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「寛」が記されている南側。

写真にチラチラと警告札が見えますが、この銭形砂絵は観音寺市の文化財であるため、砂絵内への立ち入りが禁止されています。
ちなみに、台風などで崩れた時や定期的に行われる化粧直しの時には地元総出で補修するそうですが、間近で見るとかなりの大きさであることが実感出来ます。

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有明浜。

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これで2日目の予定はこれで終了。
この後は観音寺駅へ戻って高松へ向かいました。

→次に続く。

category: 四国地方遠征

tag: JR四国  観音寺  琴弾公園  銭形砂絵 
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2010年5月2日 日本100名城を巡る四国の旅22 丸亀城・その5  

二ノ丸から本丸へ上がります。
ここも虎口があります。

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虎口を通り亀山の頂を利用して作られた丸亀城本丸に到着。

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まずは本丸の四隅にある櫓跡を。
本丸南東側。

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本丸南西側。

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本丸南西側から見る市街地。
ここから金比羅山などを見渡すことが出来ます。

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本丸北西側から見る市街地。

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同じく本丸北西側から見る丸亀城天守。

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本丸北東側。

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本丸北東側から見る丸亀市街地と瀬戸内海。

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本丸北東側から見る丸亀城天守。

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続いて丸亀城天守へ入ります。
丸亀城の天守は現存12天守の一つで、今遠征で巡る現存天守では伊予松山城に続いて2つ目となります。

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天守内に展示されている丸亀城復元図。

室町時代に奈良元安によって築城された丸亀城は、豊臣政権時代に生駒氏により高松城の支城として現在の城郭が整備されたものの、江戸時代に入ると一国一城令により一旦は廃城となったものの、再び丸亀藩の城として山崎氏の手により整備され、後に山崎氏から代わって藩主となった京極氏の時代で天守となる御三階櫓がが建てられました。

このため丸亀城自体はその時代により建物の配置が異なっているようで、写真の図は幕末まで藩主だった京極氏の時代のものです。

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では内部へ。

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小さな天守であることと三階ということであっという間に到達です。

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これで丸亀城の登城はこれで終了。
この後は寛永通寶の大きな砂絵を見るため丸亀から観音寺へ移動しましました。

→次に続く。

category: 四国地方遠征

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2010年5月2日 日本100名城を巡る四国の旅21 丸亀城・その4  

丸亀城。
今度は二の丸跡へ。

三ノ丸側にある虎口を通り登っていきます。

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二の丸跡。
下の写真は虎口から上がってきたところから撮影したもので、正面から右手にある階段は敵が攻めにくくするための工夫だそうです。

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南東側にある隅櫓跡。

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かなりの深さがある二ノ丸井戸。

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北東側にある隅櫓跡。

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この近くに掲示されている本四連絡橋のルートと断面図。

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北東側の隅櫓跡付近から北西側を撮影。

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名称がわかりませんが虎口跡のようです。

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虎口から観る丸亀市街地。

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お次は本丸へ上がって現存天守に入ります。

→次に続く。

category: 四国地方遠征

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2010年5月30日 近鉄奈良線連続立体交差事業見聞 13-4 東花園駅  

近鉄奈良線高架工事レポ。
最後は東花園駅の様子。

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高架化対象駅の中で唯一待避設備を入出庫線を抱える駅であるため、工事としては大掛かりとなるために唯一仮線方式がとられています。
高架後の下りホームも島式1面2線となっていて、仮駅ではLED式だった発車案内表示器が他の主要駅と同じワイド液晶式(2列車表示仕様)となっています。

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近鉄奈良方ホーム端部。

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入出庫線がある関係で分岐器がギリギリにまで迫っています。

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写真奥が工事終点ですが、切替直前まで上り線への出庫線が使用されていた関係からこれらが交差する箇所は仮の桁を組んで暫定的に共用されています。
切替の過程で本設の工事も進められる模様ですが、現状ではなんとも言えません。

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近鉄奈良方ホーム端部から西方向を撮影。
ホーム端部が極端にすぼめられているのがよくわかりますが、これは何らかの制約が絡んでいると考えた方が良いでしょう。

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大阪難波方ホーム端部から東方向を撮影。
ホーム中程は地上駅→地上仮駅の時よりも幅員が大きくとられています。

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大阪難波方ホーム端部。
東花園駅のホーム長自体は定期列車自体は8両編成が最大であるものの、特急車両の送り込みがある関係から21m車10両編成対応となっています。
このため乗車位置案内は8両対応であるが、停車位置標識や停止限界線は近鉄奈良・大阪難波側とも10両の表記が用意されています。

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ホーム端部から大阪難波方。

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同じ箇所から東方向を撮影。
近鉄奈良方と同じくホーム両端が絞られているのがわかります。

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改札階へ。

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東階段にはエスカレータが併設されています。

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西階段と改札口。

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西階段付近から撮影した改札内コンコース。
写真左の男性用トイレは仮設で上り線の高架の完成後に移設されるものと思われます(女性用トイレは本設)

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改札口。
位置関係では本設となりますが、写真左側の有人改札や切符売り場は仮設のようで、上り線の高架の完成後は南側に移る模様です。

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切符売り場は自動券売機が2台設けられています。

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ラグビーボールのモニュメントが特徴の駅入口。

20100530_higashi_hanazono-02.jpg

今回のレポは以上です。

category: 近鉄奈良線高架工事の話題

tag: 近畿日本鉄道  連続立体交差事業  近鉄奈良線 
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2010年5月2日 日本100名城を巡る四国の旅20 丸亀城・その3  

さて、丸亀城の三ノ丸・二ノ丸へ向かいます。
三段の石垣に守られている丸亀城の中核部を大手門側から行くにはこの見返り坂を登っていきます。

写真ではわかりにくいのですが急な坂道です。

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帯曲輪まで登ったあたりで三ノ丸の高石垣が見えてくると南側に入り坂虎口を通り抜けます。

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写真の坂道の中間点あたりに虎口があったとされています。

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三ノ丸に到着。
北向きに突き出ているのは三ノ丸東石垣と櫓台で近年修復されたものです。

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櫓台から見る丸亀市街地。

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ここからは本四備讃線・予讃線とのデルタ形のジャンクションと宇多津駅が確認できます。

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三ノ丸跡。

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三ノ丸南東側にある月見櫓跡。

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月見櫓跡から見る丸亀市街地南側。

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三の丸跡にある勤王碑。
丸亀出身の勤王の志士、土居大作(実光)と村岡宗四郎を記念したものだそうです。

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延寿閣別館。
麻布に建てられていた旧藩主京極家の江戸屋敷をこの場所に移築したものです。

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この後は二ノ丸へ移動します。

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→次に続く。

category: 四国地方遠征

tag: 日本100名城  丸亀城 
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2010年5月30日 近鉄奈良線連続立体交差事業見聞 13-3 河内花園駅  

近鉄奈良線高架工事レポ。
続いては河内花園駅の様子です。

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近鉄奈良方ホーム端部。

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若江岩田と同じくホーム端部には展望スペース的要素が…。

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河内花園から東花園の間は若干曲線区間となっています。

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近鉄奈良方ホーム端部から西方を撮影。
ホーム上屋の形状がドーム状の若江岩田とは異なり直線的。

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下りホーム東階段と待合所。

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待合所。

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大阪難波方からホーム中程を撮影。
こちらは西階段がありエスカレータが併設されています。

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今回切り替えられた各駅に設置されている液晶式発車案内表示器。
優等通過駅に設置されたのはあまり例がないようです。

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大阪難波方ホーム端部。

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東階段の踊り場。
階段の取り付け位置が偏っていますが、上り線切替後には中央部になるようになっています。

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改札階コンコース。
旧下りホームをむす通路は閉鎖されてしまいました。

20100530_kawachi_hanazono-12.jpg

西階段方から改札口を撮影。

20100530_kawachi_hanazono-14.jpg

では改札口を出て外へ。
高架下を行く上り列車。

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切り替えられた真新しい高架橋を行く下り列車。

20100530_kawachi_hanazono-16.jpg

ここから東花園へ移動します。

→次に続く。

category: 近鉄奈良線高架工事の話題

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