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2010年05月の記事一覧

2010年5月2日 日本100名城を巡る四国の旅17 今治城・その3  

今治城最後は二の丸跡と御金櫓などを見てきます。

伊予ネルの設立者で今治綿業の父である矢野七三郎の石像。

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いわゆる招魂碑で、碑に記されているのは「征清軍人戦歿之碑」

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御金櫓。

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御金櫓から西へ続く石垣上を歩いていきます。

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本丸側は隅櫓と多聞櫓があったそうですが、こちら側には現存していないようです。

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隅櫓跡。

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西面。
かつてはこちらも多聞櫓があったそうです。

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ここにある「皇太子殿下御野立之所」は当時皇太子だった昭和天皇が立ち寄られたことを記念して建てられたらしいです。

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今治城観覧はここまでとし今治駅へ戻ってきました。
今治駅は2面3線の高架駅です。

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今治からしおかぜ16号に乗って丸亀へ向かいます。

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→次に続く。
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category: 四国地方遠征

tag: 日本100名城  今治城  JR四国 
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2010年4月10日・5月30日 平野駅改良工事1  

2010年5月28日深夜から29日早朝にかけて平野駅構内において線路切替工事が実施されました。

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この工事は再開発事業に伴う梅田貨物駅の機能移転に伴う百済駅改良工事の一環として、共有状態にある大和路線上り線と城東貨物線の客貨分離による3線化と平野駅構内の貨物用発着線整備など行わているのもので、今回は工事の進捗に寄り大和路線下り本線が南側に新設される線路に切り替わったたため、今回見聞してきたわけです。

数年前から着手されてきた工事なのですがおおさか東線や阪神なんば線・近鉄奈良線の工事に追われるなどしてボルゴでは補足しきれてなかったのですが、切替前の4月10日と切替後の5月30日見聞してきましたので、今回はこれらを合わせて報告することにします。

まずは切替前の2010年4月10日の平野駅構内の様子から。

写真は平野駅1番乗り場側の北側に隣接する形で新設の軌道が敷設されているようすを撮影したものですが、これが切替後に貨物列車用の発着線となります。

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今回の切替後も本線上り線と共有するため奈良方に分岐器が挿入され、写真中央から左側に分岐している分岐器が新たに挿入されたものです。

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同じく下り線側には切替後に使用される分岐器が組み立てられていました。

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では上り列車に乗って3線化工事区間を。

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下り本線南隣に新たに軌道が敷設されます。
このとおり今回の3線化工事は既存の本線を南へ上下線とも移設させて、空いた1線を貨物専用にする形となります。

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途中にある橋梁は南側に1線分新たに架けられています。

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工事起点側。
左の高架橋はおおさか東線への線路で、これまでは地上を走っていました。

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それでは切替後の5月30日のレポを。

工事起点側。

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橋梁部。
左から順に新下り本線・旧下り本線(使用停止)・上り本線+貨物用となる。

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平野駅構内奈良方。
切替に伴い配線が若干変わるため下り線の分岐器が入れ替わっています。
これは4月10日来訪時に組み立てられていた分岐器です。

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下りホームは3線化により配線が変更される関係で奈良方において改修工事が実施されているため、JR難波方へ仮設で延長させています。

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下りホーム奈良方。
配線変更の影響がある関係で改修工事が実施されています。

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また、切替に伴い上り副本線の使用が停止されています。

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今回平野駅構内改良工事のレポは以上です。

category: その他の鉄道工事レポ

tag: JR西日本  JR貨物  輸送力増強工事  大和路線  平野駅 
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週末日記 2010年5月30日  

2010年5月30日(

今週唯一のお休みで5月最後のお休みでもある30日は、28日深夜~29日早朝にかけて行われたJR大和路線平野駅構内の線路切換工事と、29日深夜から30日早朝にかけて行われた近鉄奈良線八戸ノ里~瓢箪山の下り線の高架切り替え工事を双方を切り替え後のこの日に見てきました。

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まずは平野駅構内の工事。
今回は下り本線(天王寺・JR難波方面)の切り替え工事が実施されました。

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これと同時に上り本線に隣接する貨物用副本線の使用が開始された代わりに2番のりば側の待避線が使用停止となりました。
貨物用は現状非電化のままですが、梅田からの機能移行に合わせて電化されるものと思われます。

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平野駅構内工事のあとはJR難波経由で今度は近鉄奈良線の切り替え後の様子を…。

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今回は下り線が高架に切り替わりましたが、東花園駅を改札外コンコースが整備されていないため、改札口が仮設側のままでした。
また、各駅には液晶式に発車案内板が整備されていました。

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移動の途中、生駒駅にも寄って同じく液晶式に更新された発車案内板を確認。

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続いて学研都市線改良工事関連で工事が続けれている祝園駅と上狛駅の様子を…。
祝園駅は分岐器の挿入などと連動して架空電車線の工事が行われ、列車交換の有効長が少し伸びるようで形になるほか、旧上りホームの撤去工事が完了していました。

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上狛駅では南改札口の設置に続いて北改札口の設置工事が行われ、両端の出入口がスロープ付きとなりました。
また、中央改札口側の階段が一時閉鎖され、以前南改札口の設置工事で使用されていた仮設の階段が再利用されていました。

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これらの詳細は後日報告しますが、事情により若干遅延するかもしれません。

category: 日記

tag: 連続立体交差事業  近鉄奈良線  輸送力増強工事  大和路線  JR平野駅  学研都市線 
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2010年5月2日 日本100名城を巡る四国の旅16 今治城・その2  

再び城内へ戻りました。

まずは今治城天守と藤堂高虎公の像。

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三の丸跡の鉄御門多聞櫓側にある蒼吹の井戸。

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菅原利の銅像。

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それでは本丸へ。
まずは天守につながる付櫓門をくぐり左手にある石段を登ります。

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付櫓門から入ってまず眼に入るのが、吹揚神社。

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天守は吹揚神社側から見て左手(先の写真だと右手)

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天守内は今治城に関連した資料や今治地区に関連する資料などが展示されています。

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天守最上階からの眺め。
まずは西側。

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北側。
写真中央より右側にしまなみ海道が小さく見えてます。

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東側。

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南側。

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三の丸跡。

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下の写真左側が三ノ丸跡、右側が二の丸跡で、現在は広場のようになっていますが、当時は両者の間を壁で仕切っていました。

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吹揚神社。

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この後は天守を出て二ノ丸側の御金櫓などを見てきます。

→次に続く。

category: 四国地方遠征

tag: 日本100名城  今治城 
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2010年5月2日 日本100名城を巡る四国の旅15 今治城・その1  

今治に到着しました。
ここから歩いて今治城へ向かいます。

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駅から歩いて約30分ほどで今治城に到着。
再建されたものですが、外部から見た櫓と城壁までが整備されているのは珍しいです。
たいてい櫓は現存または再建されていても城壁がないというのは割と見受けますから…。

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山里櫓と天守。
下にあるのは高麗門。

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天守に連なるのは多聞櫓

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では入ってみます。

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高麗門形式の門ですが、門としての名称は不明です。

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里山櫓。

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先程の場所から天守を撮影。

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櫓門への階段。

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櫓門。

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三ノ丸側
左側に見えるのは里山櫓。

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武具櫓と鉄御門。

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武具櫓と西多聞櫓。

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東多聞櫓と鉄御門。

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外側から見る鉄御門。

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海水掘である東控堀・西控堀に挟まれる鉄御門への通路。

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東控堀から見る鉄御門と東西の多聞櫓。

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東側から見る今治城。

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その隅にある御金櫓。

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この後は再び城内に戻って二ノ丸・本丸の順で巡ります。

→次に続く。

category: 四国地方遠征

tag: 日本100名城  今治城 
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2010年5月2日 日本100名城を巡る四国の旅14 2日目スタートは今治へ  

初日の宿泊先はホテルJALシティ松山です。
2007年遠征の経験から格安系と松山駅から遠いと言うのは避けたところ、たまたまここに絞り込まれたわけです。

例によってシングルでの予約としました。
客室は比較的広い方です。

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ベット周り。
電話機の下にあるものは目覚まし時計。

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デスクトップ周り。

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客室エントランス。

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ユニットバス。
広さは一般的なもの。

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明けて2日目はホテルで朝食をとり、7:40頃にチェックアウト。
伊予鉄の郊外電車を撮影するため歩いて大手町へ向かいます。

大手町駅は市内電車と郊外電車が平面交差しています。

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大手町での狙いは京王から転用されてきた3000系なのですが、やってきたのは既存の800系と700系。
まあ、3000系自体は今後主力になることや、700系・800系も銚子電鉄に行ったり廃車される系列なので今回は由としておきます。

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2日目は最初は今治城へ登城するため、今治へ向かいます。

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ここでは単行の7000系に乗車しました。

実は過去何度か行った四国遠征でJR四国の電車となると「しおかぜ・いしづち」の8000系や「マリンライナー」の5000系・121系に乗っていますが、この7000系に関しては写真こそ収めていてもこれまで乗ったことがなく初乗車でした。

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1時間ほどで今治に到着。

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ここからは歩いて今治城へ向かいます。

→次に続く。

category: 四国地方遠征

tag: 伊予鉄道  JR四国 
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2010年5月1日 日本100名城を巡る四国の旅13 湯築城・その2  

湯築城の後半は山頂部の本壇へ。
まずは南側から登りますがここには岩崎神社があります。

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中腹に位置する岩崎神社を横目にさらに上へ登ります。

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約3分ほどで山頂にある展望台に到着。
このあたりには建物が建っていたとされている定石が発掘されています。

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湯築城が築城された当初はこの丘陵部が縄張りだったそうで、後に麓の方にまで拡張されたらしいです。

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本壇の規模が小さいのでさっさと下りて北側半分を見てきます。
道後公園の北側半分は一般的な公園然としていてグラウンドや遊具類があり、そこを横目に西側へ回ります。

写真は園内北西側にある湯釜。

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外堀(園内北西側)

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これで湯築城巡りは終了。
道後公園から歩いて道後温泉駅へ。

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丁度いいタイミングで坊っちゃん列車の第2編成が到着。

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当日の運用が終了のようで、一旦引き上げ線へ向かったあと駅前の留置場所へ移動し店じまいされました。

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例の時計台には人だかりが…。

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初日の予定はこれで終了ということで、松山駅へ鞄を回収にし戻ります。

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鞄を回収したついでに夕食。

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この後ホテルにチェックインして2日目を迎えます。

→次に続く。

category: 四国地方遠征

tag: 日本100名城  湯築城  伊予鉄道  坊っちゃん列車 
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2010年5月1日 日本100名城を巡る四国の旅12 湯築城・その1  

日が西へ傾いた夕方になる中、道後温泉に近い場所にある湯築城跡へ向かいました。

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現在は道後公園となっている湯築城跡は、園内の南側半分が復元整備されているほかに外堀・内堀とも一部を除いて現存しています。
写真は公園の表側になるのですが、城郭であった当時は搦手門。つまり裏手と言うことになります。

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搦手門跡近くにある湯築城資料館。
来訪時は閉館時間となってしまったため入館できませんでした。

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では復元区域へ。
この区域は土塁も復元されています。

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家臣団居住区に復元された武家屋敷。

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武家屋敷周辺にある遺構群。

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写真の円形石積遺構は発掘調査時に発見されたのですが、何に使われたのかは不明だそうです。

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上級武士居住区・庭園区へ。

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写真にある定石は武家屋敷跡。

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外堀。

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外堀土塁。
写真右側に見えるのは土塁の断面を見ることができる展示室です。

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比較的良好な状態で残っていた排水溝・外堀土塁居石。

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土坑のゴミ捨て場。

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外堀を利用した借景庭園。

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遮蔽土塁。

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大手門跡側から見た復元区域。

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復元区域の観覧はここまで。
お次は山頂部の本壇跡へ向かいます。

→次に続く。

category: 四国地方遠征

tag: 日本100名城  湯築城 
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2010年5月1日 日本100名城を巡る四国の旅11 伊予松山城・その5  

松山城の最後は二の丸史跡庭園と三ノ丸跡を見てきます。
槻門跡を横目にまずは二ノ丸史跡庭園から。

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松山城の二ノ丸には平時の政務や藩主の住居などに使用する二の丸御殿と庭園がありました。

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写真の建物は多聞櫓の一部で内部は展示室などになっています。

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茶室「聚楽亭」
二ノ丸に3つある茶室の一つで、聚楽亭は松山城天守がよく見える場所にあります。

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二ノ丸御殿跡。
現状は御殿の間取りが再現されているだけです。

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座居間あとから見る庭園。

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観恒亭。

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大井戸遺構。

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二ノ丸の正門である四脚御門の傍らにある番屋。

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黒門口登城道から撮影した四脚御門。

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米蔵。

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本丸の井戸を基に再現された井戸屋形。

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槻門跡。

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黒門跡。

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黒門跡側から見た三ノ丸跡。

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黒門跡から見る三の丸跡。

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三ノ丸跡全体。
写真右奥に三ノ丸御殿があったとされています。

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三の丸跡から撮影した二ノ丸御殿跡と勝山山頂にある天守を絡めた周辺の様子。

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写真右側奥に県庁が建っている。

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三ノ丸の三方を囲うように掘られている水堀。

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松山城観覧はこれで終了。
次は道後温泉に近い場所にある湯築城へ向かいます。

→次に続く。

category: 四国地方遠征

tag: 日本100名城  伊予松山城 
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週末日記 2010年5月22日  

2010年5月22日(

22日は午後から撮影のお出かけ。

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近鉄大阪線を安堂まで乗車。
最初は道明寺線に乗ろうと思ったのですが、安堂から柏原南口に向けて歩いていると、長瀬川築留樋門が目に入ったため、大和川の堤防から下りてしまいました。

淀川水系である長瀬川は江戸時代までは大和川の本流でしたが、大阪平野を出た時点で天井川になるため水害に悩まされたことから、1704年にそれまでの北方向に向かって流れて淀川に合流したのを直接大阪湾に向かう西方向に切り替えられ、旧本流は大和川から水田開発用水路である西用水井路(東用水井路は現在の玉串川)となり現在の長瀬川に改称され現在に至ります。

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そのため長瀬川は柏原市築留で大和川から取水している形がとられています。
写真の築留二番樋は明治40年にあるものです。

もうひとつある築留三番樋は道明寺線の柏原南口駅付近にあります。
ちなみに一番樋・一番水路は現存せず二番水路・三番水路のみ現存します。

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長瀬川の取水口を見たあとは大和路線の撮影。
ここでは志紀・久宝寺で撮影しました。

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撮影後は28日深夜から29日早朝にかけて切り替え工事が行われる平野駅構内の工事を走行中の車中にて確認。

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その後はなんばへ移動。

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写真はなんばパークスですが目的はヤマダ電機とビックカメラに寄ってKawachiPC7号機の候補となるPCを見てきました。

要は実機を見てきたわけですが、フォトショップ・エレメンツとかホームページ・ビルダーとかを扱うときに結構重いのである程度以上のスペック有したものが欲しいですね。
KawachiPC6号機での暫定環境下でこれらを扱うときデスクトップの5号機よりもスペック的に劣るため、作業全体の時間が伸びているのと、最悪OSが落ちて再起動という憂き目にあって難儀です。

何にするかはいくつかに絞っていますが、最終的には6月ぐらいに新しい環境下にする予定です。

category: 日記

tag: 長瀬川  大和川  JR西日本  輸送力増強工事  平野駅 
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2010年5月1日 日本100名城を巡る四国の旅10 伊予松山城・その4  

本壇を出て残りの櫓などを見つつ、二の丸の方へ向かいます。

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紫竹門。
大手と搦手の仕切門として設けられ、門の北側に紫竹が植えられていたことからこの名がつけられているとされています。

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西側から見る北櫓・十間廊下・南櫓。

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野原櫓。
騎馬櫓とも言うこの櫓は城郭北西及び北側の防衛を担ってきた櫓で、現存の建造物です。

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乾門関連の建造物で、3棟とも築城時に正木城から移築されたものだそうです。
左から順に乾門東続櫓・乾門・乾櫓

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古町口東城道側から見る乾門。

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ここから下へ歩くと古町へ続いてますが、写真の石垣は麓の黒門口登城道入り口(二の丸跡付近)までつづいている石垣です。

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さて、本丸を通って大手門へ戻り、今度は黒門口登城道を二の丸の方へ降りていきます。

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ひたすら歩くこと約10分ほどで石垣で見えてきます。

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二ノ丸の北側に出てきます。
二ノ丸跡が史跡庭園として整備されているため、このあたりは比較的整備されています。

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黒門跡を横目に進むと二ノ丸史跡庭園はもうすぐです。

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この後は二ノ丸史跡庭園と三ノ丸跡を巡ります。

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→次に続く。

category: 四国地方遠征

tag: 日本100名城  伊予松山城 
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2010年5月1日 日本100名城を巡る四国の旅9 伊予松山城・その3  

松山城の天守と櫓群内に入ります。
建物内部は展示室になっていますが、以下提示する写真は順路通りに紹介していきます。

まずは内門上部にある続櫓。
写真奥側が玄関と北隅櫓。

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玄関。

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北隅櫓。

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北隅櫓から見る本壇北側。
左から順に乾門東続櫓・乾門・野原櫓。

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十間廊下。

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南隅櫓と小天守の間にある多聞櫓。

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小天守。

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小天守最上階。

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小天守から見る本檀南西側。
左側から時計回りに三ノ門東塀、三ノ門南櫓、二ノ門南櫓、一ノ門東塀、一ノ門南櫓、一ノ門。

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同じく中庭。
左側から順に十間廊下、北隅櫓、玄関多聞(玄関、内門)、大天守。

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麓にある二の丸と三の丸(堀之内)とその手辺を囲む松山市街地。

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大天守最上階。
当日は混雑していて登るのも降りるのも時間がかかりました。

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大天守から見る松山市街地。
(4枚とも合成パノラマ写真でクリックすると元のサイスで表示されます)

東側。
直下に見える独立した櫓は艮門・艮門東続櫓で不浄門とも呼ばれています。
また、ここから道後温泉と湯築城跡(道後公園)を見ることが出来ます。

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西側。

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南側

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北側。

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天守を出て内門の外側に位置する仕切門。

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本壇を出て残りの乾門などを巡ります。

→次に続く。

category: 四国地方遠征

tag: 日本100名城  伊予松山城 
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2010年5月1日 日本100名城を巡る四国の旅8 伊予松山城・その2  

2007年夏遠征でしくじった松山城本壇へ入ります。
松山城では天守曲輪を本壇と呼ぶそうです。

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本檀入り口に立つのは松山城築城400年祭の時に登場した「よしあきくん」
松山城を築城した加藤嘉明をモデルにしたマスコットです。

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松山城天守の観覧券

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紫竹門東塀。
現存建装物ですが、江戸時代に一度焼失し再建されています。

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一の門。

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二の門。
薬医門とも呼ばれています。

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本壇外側にある天神櫓。
ここには菅原道真が祀られています。

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三の門。

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三の門南櫓。

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筋鉄門東塀。

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筋鉄門。

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本団中庭を撮影。

まずは大天守ですが、築城当初は5層天守が建っていました。
しかし本丸自体は勝山山頂の谷を埋め立てているため地盤が弱く、後に3層天守に改修されたものの1784年の落雷で焼失し、現在ある天守は1854年に再建された3代目と言うことだそうです。

幕末である当時なら再建されることがなかった天守が再建できたのは、当時の藩主が親藩大名の松平容保であったからともされています。

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小天守。

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下の写真は小天守(左)と南隅櫓(右)
写真右側に続く建物は南隅櫓と北隅櫓を結ぶ十間廊下。

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内門。
この左側に玄関があるのですが、撮り忘れました。
ただし内部からは撮ってます。

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次は天守を含めた建物内部に入ります。

→次に続く。

category: 四国地方遠征

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2010年5月1日 日本100名城を巡る四国の旅7 伊予松山城・その1  

※:松山城と称する城郭は分かっているだけで8箇所(出羽・武蔵・下総・備中・石見・伊予・豊前・大隅)あることから、今遠征で登城した愛媛県の松山城関連の記事名は旧国名を冠して「伊予松山城」と記します。

大街道電停を降りて松山城へ向かいます。

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2007年GW遠征の時は天守を目前にして入場札止めに遭ったと言う失敗をしているため、今回はリベンジとなりますが、麓側に二の丸跡があるためこれらをまとめて巡ることにしました。

登城は前回と同じく一般的なルートである東雲口から。

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ここからリフトに乗って長者ヶ平へ上がります。
今回は二の丸跡・三の丸跡も見るためリフトは片道のみチケット購入です。

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リフトの終点である長者ヶ原に付くと天守までは歩きです。

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長者ヶ原から歩いてまずは揚木戸門跡。
本丸南東側に位置するもんで南西側の大手門とともに本丸入口としての重要な拠点となっていました。

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筒井門側の石垣に沿って進むと大手門跡があります。
東雲神社に通じる揚木戸門とは異なり、城の中核である二の丸や堀之内と呼ばれた三の丸に通じる門として機能していました(写真左側が大手門跡)

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こちらはこの後入る筒井門・戸無門と大手門跡との位置関係です。
写真左側から順に筒井門、小ぶりな門が戸無門、右側に大手門となっています。

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この背後にあるのが本丸上段にある太鼓櫓。

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高麗門の様式となっている戸無門。

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櫓門の様式である筒井門。
本丸正面を固める門で伊予郡松前町にあった正木城から移設されたと伝えられているが1949年に焼失したため、現在あるこの門は1971年に資料を基に復元されたものです。

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筒井門の石垣に隠れるように設けられている隠門。
筒井門に到達した敵を奇襲するためにあったとされています。

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筒井門と隠門の関係を本丸側から撮影したもの。
両者の上部を東西に続櫓で渡している様式です。

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太鼓門と巽櫓。

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この太鼓門をくぐると天守がある本丸上段に到着します。

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本丸上段に到着。

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巽櫓。

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太鼓門とは続櫓でつながっている太鼓櫓。

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現在は松山城防災施設の操作室である馬具櫓。
こちらは鉄筋コンクリートで再建された二層隅櫓です。

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この後は天守曲輪に当たる本壇へ入ります。

→次に続く。

category: 四国地方遠征

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2010年5月1日 日本100名城を巡る四国の旅6 伊予鉄の市内電車撮影  

伊予大洲から松山へ移動してきました。
初日の宿泊先はここ松山市内としているため、カバンをロッカーに預けます。

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ホテルにチェックインするまでの間は前回遠征時に天守へ入れずにしくじった松山城と未登城の湯築城を巡るのですが、その前に伊予鉄の市内電車の車両写真を捉えます。

松山駅の観光案内所で市内電車の一日乗車券を購入。

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↑市内電車に何度も乗り降りするので…。
早速松山市駅へ。

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ここでは前回遠征した時と同じく伊予鉄市内電車の車両写真撮影タイム。

モハ2000形。

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同じくモハ2000形ですが、市内電車の路線網が松山市駅を盲腸線状態であるのと、市内循環系統がある関係で松山市駅を出発した時と戻ってきた時の向きが異なる場合があり、写真のように逆向きになるケースも有ります。

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モハ50形。
写真の51号車は前期型で昔ながらの路面電車然としている。

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同じくモハ50形ですが、写真の77号車は後期型で前期型とは車体構造が異なる上、屋根の高さも異なる。

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市内電車では最新鋭となるモハ2100形。
アルナ車両の「リトル・ダンサー」シリーズのボギー構造の単車型であるタイプSを採用していますが、従来型のボギー構造を踏襲しているため台車間のみ低床化されているだけで、収容能力的にも在来車に比べて劣るという欠点が露呈されています。

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さて、ここで坊っちゃん列車が入線してきました。

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ここで方向転換するのですが、伊予鉄道では方向転換できるターンテーブルがありません。
そこで、機関車側に方向転換するための方向転換装置とジャッキが装備されています。

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所定の位置に転がされた機関車は底面に取り付けられているジャッキで車体を浮かせ、人力で方向転換します。

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方向転換後はジャッキを下ろして車輪をレールに載せ、自力で南堀端方へ移動。

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機関車の方転が終わるのと同時に客車を車止め側へ人力で移動させます。

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最後尾の車輪が分岐器を通過したことを確認すると今度は転線して機関車に連結。
連結後は直ちに坊っちゃん列車の乗車位置に移動させます。

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この後は大街道へ移動して松山城へ登城します。

→次に続く。

category: 四国地方遠征

tag: 伊予鉄道  坊っちゃん列車 
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週末日記 2010年5月16日  

2010年5月16日(

16日は前日寝る前まで進めていたサイトの更新を午前中に済ませ、午後から神鉄の撮影に出かけてきました。

現地へ向かう途中、阪神三宮駅の改良工事を見聞。
梅田方・神戸方とも内装などが取り外されはじめ梅田方では鋼材を用いた支柱が組み込まれていました。

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三宮から神姫バス恵比須快速で栄へ。
神鉄撮影ではもはや定番コースですが、輸送人員と運転間隔・所要時間だけ見ると似たような感じにも思えますが、やはり住宅街の中に入ると言う点ではこちらが若干有利なようです。

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栄から神鉄粟生線で鈴蘭台へ。
鈴蘭台では1時間ほど撮影タイムとしました。

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そんな中、6000系の第2編成に遭遇し後刻折り返してきた同編成を捉えましたが、どうやら最近竣工した編成のようです。

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撮影後は新開地へ。
ここで折り返しで人気がなくなった3000系の車内写真を撮影。

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新開地から阪急神戸線で梅田へ。

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梅田ではヨドバシカメラへ寄って3代目デスクトップとなるKawachiPC7号機の候補探し。
5号機を買ったのは2003年ですからもう7年も経過したというのをまざまざと感じずに入られないほどでした…。

梅田から帰宅する前に大阪駅改良工事の見聞。
例の大屋根は全容が分かるぐらいの規模まで構築され、アクティ大阪側の増床工事も外側から確認で期すところまで進んできました。

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この後は帰宅して暫定状態のKawachiPC6号機の整備を続けましたが、深夜に及んだためブログをアップすることが出来すにこの日は終わってしまいました…。

category: 日記

tag: 阪神電気鉄道  阪神三宮駅  神戸電鉄  JR西日本  大阪駅  駅改良工事 
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週末日記 2010年5月15日  

2010年5月15日(

先週末からビデオカードの調子が悪かったKawachiPC5号機(2代目デスクトップPC)が使える状態ではなくなってしまったため、遠征用として使用している3代目ノートPCであるKawachiPC6号機を急遽代用するハメになってしまいました。

5号機のビデオカードが動作不安定なため通常に起動できないものの、セーフモードで起動できるためこれまで作成したデータやダウンロードや撮影したデータ、サイト用のデータはすべて外付けのHDDに移したため、最悪の事態だけは避けられました。

以前、私の知り合いがPCが壊れてこれまでのデータがパーになってしまったと言うことを聞いていただけに、データが無事だっただけでも良かった方です。
(後日談でPCに詳しい知人にHDDを預けてデータをサルベージしてもらったそうです)

現状は代用の6号機に当面必要なソフトをインストールしましたが、前日の金曜の夜から含めて丸一日半潰れてしまった格好でした。
おかげでブログが更新出来ませんでしたが…。

category: 日記

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2010年5月1日 日本100名城を巡る四国の旅5 伊予大洲城・その4  

天守を出ました。
ここからは城址公園内の見ていない箇所と園外に有る現存建造物を見ることにします。

まずは北の菱御門跡。
二ノ丸搦手門とも呼ばれています。

写真の正面はもともと内堀がありました。

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内堀跡に整備された内堀菖蒲園側から見た北の菱御門跡。
写真左側へ斜めにある石垣は二の丸から三の丸へ抜ける道でした。

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内堀菖蒲園の全体。

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城址公園を出て現存で有る2つの櫓を見てきます。
まずは三の丸南隅櫓へ。

城址公園から南へ歩いて高校がある場所に三の丸南隅櫓公園があります。

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三の丸南隅櫓は大洲高等学校のグラウンドに隣接する場所にあり、大洲城の現存建造物の一つです。
大洲高等学校のグラウンドは一段低い場所にありますが、これは外堀があった場所だからです。

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三の丸南隅櫓に隣接する加藤家住宅主家は大洲藩藩主と務めた加藤家が大正時代に建てたもので、一般には立ち入りが禁止されていますが、玄関・正門・裏門が映画「男はつらいよ」の撮影で使われました。

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肘川のほとりに出て苧綿櫓へ。

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苧綿櫓は二の丸の東側に位置する場所に建てられましたが、石垣自体は1958年の解体修理のの際、洪水に備えて当時よりも2.6mほど嵩上されています。

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大洲城関連はここまでとし、大洲城とセット観覧できる臥龍山荘へ向かいます。

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臥龍山荘は肘川沿いに有る臥龍淵に建てられた山荘で、1985年に愛媛県指定文化財に登録されました。

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肱川の臥龍淵を利用した借景庭園は紅葉シーズンがおすすめだそうです。

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これで大洲での観光は終にして松山へ向かいます。

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→次に続く。

category: 四国地方遠征

tag: 日本100名城  伊予大洲城  臥龍山荘 
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2010年5月1日 日本100名城を巡る四国の旅4 伊予大洲城・その3  

さて、大洲城の天守へ向かいます。

大洲城の天守は明治維新後も残されていたのですが、構造上の欠陥や老朽化によって隣接する台所櫓と高欄櫓を残して解体されました。
現在建っている天守は大洲市市制施行50周辺記念事業として絵図や天守雛形と呼ばれる軸組模型・画像資料・発掘調査を基に当時の工法を用いて木造で再建されものです。

本来、建築基準法では大洲城規模の天守は木造での再建は認められていないのですが、大洲市による折衝により保存建築物として適用除外されたもので、木造で再建された白河小峰城や掛川城も含めて経緯は三者三様です。

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1階。

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中央に置かれている築城当時を再現した模型。

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1階と2階を結ぶ階段と吹き抜け構造。
この吹き抜けが解体に至った構造上の欠陥とも言われているようです。

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2階。
ここから上階への階段がきつくなっています。

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3階。

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最上階である4階。

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4階にある原寸大の鯱。
この鯱は大洲市立博物館にあるものを基に制作されたもので、大洲ライオンズクラブから寄贈されたものです。

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最上階から見る大洲市街地。

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この後天守を降りて城址公園外にある櫓や臥龍山荘を巡ってきました。

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→次に続く。

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tag: 日本100名城  伊予大洲城 
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2010年5月1日 日本100名城を巡る四国の旅3 伊予大洲城・その2  

本丸上段に到着しました。

ここには御殿はありませんが、天守はじめとする主要な櫓を囲い櫓で本丸外周を囲う形で形となっていました。

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現在は囲い櫓はなく天守を中心とした3つの櫓があるだけです。

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大洲城の台所櫓・天守。
写真では見えませんが天守の左側にある高欄櫓も含めた2つの櫓は現存のもので、中央の天守は絵図などを基にして2004年に木造で復元されたものです。

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台所櫓から入ります。
先に眼に入るのは大洲城天守の模型。

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台所櫓から天守の方向を撮影。
現存の台所櫓と復元された天守との差がよくわかります。

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先に高欄櫓へ。

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階段を上がって2階へ。
櫓では珍しく高欄があるのが特徴です。

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この後は天守の内部へ進みます。

→次に続く。

category: 四国地方遠征

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2010年5月1日 日本100名城を巡る四国の旅2 伊予大洲城・その1  

伊予大洲入りしたので現地活動開始です。

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まずは大洲城へ登城します。
大洲城は大洲盆地を流れる肱川と久米川の合流点にある地蔵ヶ岳に建つ平山城です。

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肱川橋を渡り、大洲市の中心市街地を西へ進むと二の丸跡にたどり着きます。
現在の市街地自体は三の丸や外堀跡で二の丸跡の一部は市民会館などになっています。

写真は二の丸大手門(櫓下御門)跡から見る二の丸跡で、奥に見える住宅地には二の丸表御殿がありました。

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二の丸大手門跡。
写真手前から奥へ向かう道の辺りに外堀に架かる橋があり、背後の商店・住宅街は三の丸跡です。

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二の丸跡にある下台所。
こちらは現存の建物で愛媛県の有形文化財に指定されています。

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下台所と大洲城天守と絡めて。
左に見える坂道は城址公園として整備されたものと思われそうですが、実は築城当時からのものを修復・整備したものだそうです。

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二の丸の中段にある奥御殿。
こちらは城主の住居として使用されたもので、櫓下御門跡の下段側にある表御殿は城主が政務と行う場所として使用されていました。

左側に見える6つ並んでいる礎石は大洲城天守の礎石を原寸大で再現した物で、さらに奥にある3つの礎石は天守発掘調査時に発見され、天守礎石のさらに深いところに発見されたものを天守復元に支障があるため、奥御殿跡へ移設されたものです。

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奥御殿は城址公園として整備されている場所はごく一部で、この奥の西側では発掘作業が着手されているようです。

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奥御殿の反対側(東側)。

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同じく二の丸跡ですが、3段ある二の丸ではここが最上段。

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背後は井戸丸・本丸・天守となります。

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この場所にある御門番屋。
この建物は絵図を元に復元された物です。

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肱川に面する玉櫓跡。

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同じく鉄砲櫓跡。

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本丸井戸。
大洲城の本丸は上段下段で別れていますが、下段の井戸がある曲輪を井戸丸と呼ばれています。

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暗り門跡側から撮影した井戸丸南側。
写真左側にかま櫓跡がありました。

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同じく井戸丸を西側から撮影。

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次は本丸上段と天守です。

→次に続く。

category: 四国地方遠征

tag: 日本100名城  伊予大洲城 
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2010年4月30日~5月1日 日本100名城を巡る四国の旅1 伊予国に入る  

5月1日から5月5日までのGW休みを利用して四国にある日本100名城を巡る旅に出ました。

初日は大洲城を皮切りに松山城、湯築城の順に巡ることにしましたが、これら3城を巡るには伊予大洲には9時頃に入らないとダメという条件から、大阪を早朝出発というわけには行かず前日入りすることにしました。

前日入りは残業時間を考慮してのぞみ127号で岡山入りまでとしました。

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日付が変る前に岡山に到着。

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前日入りの宿泊先はダイワロイネットホテル岡山。
2008年8月遠征で利用しましたが、今回は予約通りシングルとなりました。

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明けて遠征初日となる5月1日は岡山から早朝スタート。
四国入りはマリンライナーですが、今回乗車した1号は早朝にあるグリーン車無しのオールモノクラス列車。

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最短の2両編成ですが、満席になることもなく7割ほどの乗車率。
坂出まで乗車し、降車時に223系5000番台を撮影したのですが、超広角ならではの雰囲気です。

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坂出からいしづち3号に乗り換え。

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このまま松山まで乗車します。

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坂出から2時間20分ほどで松山に到着。

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松山には列車編成表なるものが改札口側に掲示されていて、当日のしおかぜ・いしづち・宇和海の列車編成と乗車内が確認出来るようになっていますが、JR東日本にあるデジタルなモノに対してこちらはいかにもアナログな掲示方法です。

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松山からは宇和海3号に乗り換えて伊予大洲へ向かいます。

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ここでは2000系の試作車に乗ったのですが、2007年のGW遠征にも乗っているため実は2度目なのです。

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松山から伊予大洲までの40分弱を一っ飛びで移動。
9時40頃に到着し、いよいよ現地での行動を開始です。

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→次に続く。

category: 四国地方遠征

tag: JR西日本  JR四国 
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週末日記 2010年5月9日  

2010年5月9日(

GWの影響で今週末唯一のお休みであった9日は近鉄での撮影を中心に午後からお出かけ。

まずは今月29日深夜から30日早朝にかけて下り線の切替が行われる近鉄奈良線の連立事業の見聞。

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今回は写真では収めていませんが、大阪難波方にある工事起点側は軌道・信号・電路の各設備の工事が着々と進められています。
優等通過駅である若江岩田・河内花園の両駅にも主要駅と同じワイド液晶式の発車案内板が取り付けられているようです。

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工事終点側も見るため東花園から瓢箪山まで歩いて確認。
工事終点側が東花園車庫との交差があるため、高架が途切れている箇所があり、これについては切替工事が着手された段階で仮の桁が架けられるような形になると想定されます。

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瓢箪山から鶴橋乗換えで阿部野橋へ。
この途中、鶴橋までの移動は阪神1000系だったのですが、近鉄線内運用に入っていました。
相互直通開始当時は平日ダイヤに阪神車による近鉄線内運用はありましたが、当日見かけただけでも2本ほど見受けられました。

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阿部野橋では26000系「さくらライナー」の車内写真を撮影。

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阿部野橋から道明寺線を経て大和路線入り。

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北梅田地区の再開発事業に関連した百済貨物駅の機能強化の工事が進められている大和路線では今月5月28日深夜~29日の早朝に掛けて平野駅構内切替工事が行われることが予告パンフレットで配布されていました。

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大和路線では奈良デスティネーションキャンペーンの一環として設定されている特急「まほろば」の撮影。
ここでは法隆寺で撮影しましたが、沿線では撮影隊が数名ほど見受けられました。

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法隆寺から奈良へ移動。
奈良では近鉄特急の車内写真の撮影。

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今回は12410系と30000系を撮影しましたが、後者は階下席がリニューアルされるため現段階のモノを撮っておきました。

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撮影後は寄り道せずに帰宅。

メインのKawachiPC5号機を電源を入れるとモニタの表示が乱れ、Windowsが立ち上がらないまま再起動を繰り返す現象に遭遇。

ビデオカードのドライバを読み込み時にエラーが発生しているようなので、差し直すために一度内部を開けみるとホコリが溜まっているのを発見してしまいました・・・。
ビデオカードの方も冷却ファン周りにホコリが溜まっているようだったので、それらを吹き飛ばして差し直してから再起動したところ復旧しました。

念のためMyDocumentのデータをバックアップしてから作業したので合計2時間の格闘になってしまい、おかげで画像の取り込みとブログの更新が遅れてしまいました。

category: 日記

tag: 連続立体交差事業  近畿日本鉄道  近鉄奈良線  輸送力増強工事  JR貨物  JR西日本  大和路線  阪神電気鉄道 
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黄金週間日記 2010年5月5日  

2010年5月5日(

遠征最終日であるこの日は高知城観覧からスタート。

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現在、高知公園として整備されている高知城跡は外周の曲輪は建物がないものの、現存である天守と本丸正殿があり、特に本丸正殿は現存する中でも完全な形で残されている唯一のもので、城の中核が揃って現存なのもここだけといわれています。

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昨年のGW遠征で来訪した掛川城を築城した山内一豊が築城した城は天守が思っている以上に大きいという印象です。
先に追手門・杉の段・三ノ丸・二ノ丸・本丸という順で進み、天守と本丸正殿に入ったあとは梅ノ段・西ノ丸という順で巡ってきました。

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午後からは景勝地である桂浜へ。
GW期間中は交通規制が敷かれているため、高知市内各所にある大型駐車場からシャトルバスが運行されている状態。
こちらは高知県交通の路線バスを使って桂浜入りしましたが…。

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桂浜は東側にある東浜と一般的に知られている本浜があるほか、坂本龍馬記念館などがありますが、今回は本浜のみに絞ってきました。

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桂浜を見てきた後は高知市内へ戻ってきて土佐電の撮影。
はりまや橋で撮影後、朝倉へ移動し狭隘な旧道上にある単線区間を堪能。

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朝倉から再びはりまや橋へ戻って帰阪までのタイムリミットギリギリまで撮影を続けました。

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ここでは前回撮れなかった2000形を捉え、同じくピンボケで失敗したリトルダンサーの100形を最後の最後に捉え、現地での撮影はこれで終了。

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高知駅から南風24号にギリギリのタイミングで乗り込んで、岡山乗り換えで帰阪。
帰宅後日焼けして痛々しい腕をいやしながらGWが終わって行くのでありました…。

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category: 日記

tag: 日本100名城  高知城  桂浜  土佐電氣鐵道 
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黄金週間日記 2010年5月4日  

2010年5月4日(

遠征4日目であるこの日は足摺岬観光でほぼ一日を使いました。

朝は7時前に宿毛市内のホテルをチェックアウト。
中村から乗り換えるバスの都合で朝食にありつけられなかったので、宿毛駅近くのコンビニによって朝食を調達し窪川行に乗り込み。

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土佐くろしお鉄道のロール列車の車両に乗るのは今回が初めて。

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中村から高知西南交通の路線バスに乗って足摺岬へ。
土佐清水市の中心部を抜けて南側の海岸沿いにある中浜地区など集落にある隘路を通ったり、高知県道27号線の未改良区間も隘路をガンガン飛ばしていくものの、自家用車にはかなわず道を譲ることもしばし見られました。

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中村から2時間近くかかって足摺岬に到着ですが、当日は交通規制が敷かれているため手前の足摺岬バスセンターでシャトルバスに乗り換えることになりました。

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足摺岬停留所から東へ歩いたところに観光案内所があり、周辺マップを受け取ると少し歩いたところにある展望台へ。

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晴れてはいたのですが、遠くが霞んでいて状態だったため太平洋をクリアに見ることができませんでした。

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展望台の次に東側に突き出している天狗の鼻へ。

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天狗の鼻のあとはビロー自生地へ行ってから足摺岬灯台へ。

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灯台を見たあとは白山洞門とアロウド浜を巡ってきました。
白山洞門は県の文化財・天然記念物に指定されていて、間近で見ると圧倒させられます。

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午後からはひたすら中村へ戻ります。

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中村からは予定より1本早めの南風24号に乗って高知へ。
中村を出た時点で7割ほどの乗車率で、須崎と佐川の乗り込みで立ち客が出るほど混んでました。

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高知に到着すると土佐電の撮影。
偶然にも元名鉄の590形に遭遇出来ました。

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1時間近く粘ったあとは駅構内の物産店によってお土産を購入・発送の手配をしてからホテルへ。
ホテルにチェックインして荷物をおいてから街へ出てきて夕食タイム。
半年ぶりに1杯だけビールを飲みました。

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この後はホテルへ戻ってこの日は終了。
明日は遠征最終日です。

category: 日記

tag: 土佐くろしお鉄道  高知西南交通  足摺岬  JR四国  土佐電氣鐵道 
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黄金週間日記 2010年5月3日  

2010年5月3日(

遠征3日目であるこの日は高松城観覧からスタート。

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日本三大水城の1つであり今は玉藻公園として整備された高松城は2012年まで天守台の修復工事が行われているためそれ以外のところは凡そ巡ってきました。

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現存で残れている月見櫓・水手御門・渡櫓のうち月見櫓は公開中と言うことで内部に入ってきましたが、松山や丸亀で体験するとこの月見櫓の階段はかわいいものに感じます。

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月見櫓へ登ったときに気になった報時鐘もついでに見てきました。
こちらは玉藻公園に隣接する緑地に移設されたものです。

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高松からはうずしお号に乗って徳島へ。
高徳線は前回夜間に乗ってますが、明るいうちに通るのは初めてでした。

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徳島では徳島駅に近接する徳島城跡へ行ってきました。

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徳島城は平山城ですが、平時の執務で使用する御殿は麓に集約させ、天守などは山城に集約させる形となっていました。
現状は御殿跡は博物館と庭園がありますが、山城の山上にある本丸跡は徳島縣護國神社があったそうですが、徳島市の借地であることと文化財保護の問題などで移転し更地となっていました。

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徳島からは徳島線に乗って阿波池田へ。

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丁度いいテイミングで1500形の最新グループに乗れましたが、この車両に長く乗る自体は今回が初めて。
ボックスシートやロングシートがメインになりがちな中で転換クロスであるのが特徴ですが、いまのところ徳島運転所に在籍している関係で高徳線・徳島線・牟岐線といった徳島を中心に使用されているだけです。

阿波池田での乗り換えは3分程度の短時間であったため、撮影は慌ただしかったです。

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阿波池田から南風17号に乗り換え。

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後にしまんと7号が併結された6両編成でしたが、途中の高知で後ろ2両切り離しになり、危うく尻切れとんぼになってしまうところでした。
幸い切り離される車両の前に号車にいたため難を逃れましたが…汗。

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この日はそのまま宿毛まで乗り通し。

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すっかり暗くなってしまった道を歩いてホテルへ向かいこの日は終了しました。

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category: 日記

tag: 日本100名城  讃岐高松城  徳島城  JR四国 
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黄金週間日記 2010年5月2日  

2010年5月2日(

遠征2日目である5月2日は今治城・丸亀城を巡り、観音寺の琴弾公園にある銭形砂絵を見てきました。

朝、松山を立つ前に伊予鉄郊外線の編成写真撮影。
短時間だったため大手町の踏切で待ち構えることに。

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狙いは京王から転用されてきた3000系なのですが、やってきたのは既存の800系と700系。
まあ、3000系自体は今後主力になることや、700系・800系も銚子電鉄に行ったり廃車される系列なので今回は由としておきます。

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松山から今治へ向かったのですが、今回単行の7000系に初めて乗車しました。
実は過去何度か行った四国遠征でJR四国の電車となると「しおかぜ・いしづち」の8000系や「マリンライナー」の5000系121系に乗ることがあっても、この系列は写真こそ収めていてもこれまで乗ったことがなかったのです。

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今治では今治城を観覧。
今治駅から約2kmも離れているため移動と観覧時間が心配されましたが、まあなんとかなりました。

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今治城は鉄御門が近年復元され天守と櫓などの半数が復元されていますが、現在建っている天守は再建されたものとなっているものの諸説あるため実際に存在していたかどうかが確定されていないようです。

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今治からしおかぜ16号に乗って丸亀へ移動。

丸亀では現存天守がある丸亀城を観覧。

遠くから見るとビルの合間から見えるだけなのですが、標高66mの亀山を利用した平山城なので実際近くから見ると想像以上に高い場所にあり、幾重もある高石垣の上に天守が小さく建っているのに驚きます。

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先に内堀の周りを回ってから城内へ入り。

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城内は亀山公園として整備されているため天守への道のりはまま楽でしたが、いかんせん急な坂道は勘弁して~と思いつつ石段よりマシかとも思わざるを得ません…。

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今回の2つ目の現存天守(初日の伊予大洲城と2日目の今治城は再建もしくは模擬天守)である丸亀城の天守は小規模なものであっという間に最上階へ行ってしまいました。

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下山して丸亀から予讃線を西へ向かい観音寺へ。
丸亀から乗った快速サンポート号はJR東日本からJR四国へ渡ってリニュアルされた113系で実はこちらも初乗車。

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観音寺では琴弾公園にある銭形砂絵を見てきましたが、順方向でなかったのは時間的制約ある丸亀城を優先したため、こちらは日没と言うリミットがあるぐらいなのであとにしたわけです。

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1630年代に造られたものある銭形砂絵は文化財に指定されているらしく、砂絵自体へは立ち入ることが禁じられていますが、台風などで砂が流れた場合や定期的に行われる化粧直しがある時は地元総出で補修するそうで、近くによるとその大きさが分かります。

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撮影後は日没を迎えた観音寺から本日2本目の6000系に乗って高松へ向かいこの日は終了しました。

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category: 日記

tag: JR四国  日本100名城  今治城  丸亀城  銭形砂絵  寛永通寶 
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黄金週間日記 2010年5月1日  

2010年5月1日(

2010年のGWは四国の城巡りをすることにしました。
昨年に引き続き日本城郭協会が認定する日本100名城を主に巡り、初日であるこの日は愛媛県で未登城である4つあるうちの3つをめぐってきました。

混雑を避けるために前日に岡山入りとしたため、この日はマリンライナー1号の乗車から始まります。
この列車はグリーン車なしの2両編成という短編成ですが、さほど混んでいるわけでもなく、ほぼ座れてしまう程度利用状況で、宇野線と瀬戸大橋線の初電扱い的要素ということも考えるとそんなものかなと…。

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坂出からいしづち3号に乗り換え、松山から宇和海3号に乗り換えて伊予大洲へ。
松山から乗った宇和海は2000系試作車。

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2007年遠征の時も乗っているのでこれで2度目ですが、何か縁めいているのか…。

伊予大洲では大洲城をメインに大洲市内観光。

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先ずは大洲城から。
大洲城の天守は復元されたものですが、掛川城や白河小峰城と同じく木造で再建された天守です。

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大洲城関係では城の中核以外はほとんど市街地化したため南隅櫓が大洲高等学校に隣接した場所にあったり、苧綿櫓が市民会館の近くに残っていたりして城関係だけで殆どの時間が潰れてしまいました。

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臥龍山荘は建物内部の撮影が禁止されているため撮れませんでしたが、景勝地である臥龍淵に建つ日本家屋です。

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昼食を挟んでから松山へ戻ったのですが、伊予大洲で乗る予定の宇和海12号に危うく乗りそびれるところでした…。

松山へ移動してしばらくは伊予鉄の市内電車の再撮影。

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前回と同じく松山市駅前で撮影すると言うお手軽撮影スタイルとなりました。

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撮影後は松山城へ。
前回の四国遠征ではタイムアップで札止めとなってしまったためリベンジとなりましたが、麓の二の丸跡も含めてまとめてやっつけてきました。

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松山城を出て夕方になった頃に道後温泉の近くにある湯築城跡にも行ってきました。

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現在は道後公園として整備されている城跡は、併設されている資料館には入れなかったものの、園内の半分は復元されています。

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これでこの日の予定は終了です、最後に道後温泉駅へ足を伸ばして撮影をしてからホテルへ向かい初日を終えました。

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category: 日記

tag: JR西日本  JR四国  伊予鉄道  日本100名城  伊予大洲城  伊予松山城  湯築城 
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