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2009年11月の記事一覧

2009年9月19日 東海地方の城郭と鉄道を巡る旅8 夜の岐阜城・その1  

豊橋から岐阜へ移動するのですが、その前に名古屋駅のコインロッカーに預けている鞄を回収するため一度名古屋へ向かいます。

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鞄を回収して名古屋から新快速で東海道本線を北上。

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名鉄岐阜市内線が廃止されてから4年が経過した岐阜駅周辺はバスターミナルのロータリーの整備が完了し中高層ビルが数棟建っているなどの変化が見られ、名鉄岐阜駅は建替えなどで元の姿が判らなくなってしまってます。


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ここからは岐阜城へ向かうのですが、当日は特別に夜間観覧できる期間中であることから夜の天守と岐阜市内の夜景を拝むことにしました。
名鉄岐阜駅前の通りは岐阜市内線の電停がありましたが、廃止後は軌道も撤去されて車が通りやすくなっています。

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名鉄岐阜駅前のバスのりばは駅ビル側のターミナル以外に通りに面する側にものりばがあります。
JR岐阜駅から発着または経由する路線バスは主に通りに面した側ののりばに横付けされます。

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バスに乗って岐阜城の建つ岐阜公園に到着。
岐阜城は公園内にある金華山の頂上付近にあり、山頂へはロープウェーを利用します。

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のりばへ行く途中に冠木門があり、その奥に岐阜城への登山道がありますが、夜間なのでスルーします。

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ロープウェーのりばは公園の中程にあり、路線は岐阜観光索道が運営する金華山ロープウェーです。

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今回はナイター特別乗車券で、ロープウェーのナイター営業時の最終は22:30。

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山頂駅に到着すると早速岐阜城天守を目指します。
まず最初に目に入るのは天下第一の門。

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天守への道のりは階段が続く急な道です。
続いて二ノ丸門跡。

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二ノ丸門の先にある石段を登りますが、この石段を登り切ると天守が見えてきます。

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石段を登り切りようやく岐阜城の天守とご対面を果たします。

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→次に続く。
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category: 東海地方遠征

tag: JR東海  日本100名城  岐阜城 
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週末日記 2009年11月29日  

2009年11月29日(

今月最後の週末は日曜の29日のみお休み。

来週日曜は結婚式に出席するため、午前中は礼装用の諸々を準備。
その際、近くの「はるやま」へ出向いて礼装用の靴下を買いに行った序でにマクドナルドにも寄って昼食を調達。

「クォーターパウンダー」日本上陸1周年記念の期間限定メニューが出ているとのことで、期間後半のメニューに「クォーターパウンダー・レタス&トマト」がありますとのことで、思わず買ってしまいました・・・。

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昼食後は枚岡公園に出向いて紅葉の撮影。
紅葉を撮るのは2005年以来。

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常葉樹との半々なので撮るのに難儀しました・・・。

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枚岡から大和西大寺乗換えで新田辺へ向かおうと思ったところ、祝園の工事が進んでいることに気づいたものの、降り損ねてしまい新田辺駅から徒歩圏にある京田辺から学研都市線に乗り換えたところ、切離し作業を終えて列車交換・出発待ちをしていた同志社前行きが京田辺で運転打ち切りとなり篠山口行き変更。
列車交換の相手となる篠山口行きが後発の宝塚行きに変更、列車が到着すると木津方面から乗ってきた人がドッと押し寄せてきました。

肝心の木津方面行きは同志社前行きが打ち切りになった上に普段はラッシュ時に使用される3番のりばに変更、イレギュラーな事態に右往左往する人が見られました。
影響が小さかったのと、数分遅れと言うこともあって公式の運行情報では上がってきません。

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遅れてきた木津行きに乗って祝園へ。
すっかり暗くなってしまいましたが、撮影は続けました。

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7両編成への対応工事に関連して祝園駅の改修工事が進められているのですが、11月21日の始発から木津方面行きのりばが60m京橋寄りに変更、旧ホームと接する側が仮設で拡張されていますが、末端は阪急の中津や春日野道並に狭くなっています。

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交換設備が延長される側も新設された軌道に切り替えられていました。
今後、分岐器が挿入される予定から京橋寄りの場所には信号機が設置(移設?)されています。

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撮影後は帰宅してこの日は終わりです。

category: 日記

tag: 枚岡公園  輸送力増強工事  学研都市線 
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2009年9月19日 東海地方の城郭と鉄道を巡る旅7 設楽原決戦場・その2  

設楽原歴史資料館に到着しました。

ここでは長篠設楽原の戦い前後に関する資料が展示されていますが、特に長篠城から新城城へ代わって以降に関するものが中心となっています。

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資料館を跡にして古戦場巡りと進めます。
時間の都合上、主な場所に絞りましたが・・・。

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まずは馬防柵。
この戦いにおいて用いられる馬防柵は織田信長軍が用いたものですが、一見無防備なものの印象を受けますが、実際には鉄砲隊を多重に敷いて、武田勝頼軍の騎馬隊を撃退する事に成功したとされています。

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続いて徳川家康本陣跡。
現在は八剱神社が建っています。

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徳川家康本陣跡を裏山に控えた東郷中学校の東側にある古戦場碑。

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決戦の場であった場所。

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この間、あるものに遭遇したのですが、それは後ほど触れます。
設楽原古戦場を後にして三河東郷駅に戻ってきます。

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ここから豊橋行きに乗車。
313系の1次車で東海道本線系統の増結用2両編成である300番台。

当日は写真の1編成が豊橋口で運用されていました。

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この後名古屋で鞄を回収して岐阜を目指します。

→次に続く。

category: 東海地方遠征

tag: 長篠設楽原の戦い  設楽原古戦場 
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2009年9月19日 東海地方の城郭と鉄道を巡る旅6 設楽原決戦場・その1  

長篠の古戦場の次は決戦の場となった設楽原へ向かいます。

長篠城駅はかつて2面2線であったと書きましたが、その証明として撮っておきます。
現状は軌道が撤去されてホームだけが残されています。

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設楽原古戦場に位置する設楽原歴史資料館の最寄り駅である三河東郷へは、313系1700番台で移動。
この列車は上諏訪から来る列車で前回の佐久間レールパーク遠征の復路で乗っていますが、元は115系が充てられていた運用を313系1700番台に置換えられたのかと思われます。

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三河東郷に到着。

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ここからは設楽原古戦場を巡っていきます。

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三河東郷駅の様子。

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まずは設楽原歴史資料館へ向かいます。

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豊橋方の踏切を渡ると、そのまま真っ直ぐ北へ進みます。

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駅付近は道幅が狭く車同士の対向が難しい感じとなっています。

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しばらくして工事中新城バイパスとの交差点と近接している橋梁から道幅が広くなります。
ここから資料館の途中には写真のようなものが法面に作られています。

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右手に駐車場が見えて来るとすぐ背後に資料館への坂道があります。

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坂道を登った先に設楽原歴史資料館があります。

→次に続く。

category: 東海地方遠征

tag: JR東海  飯田線  長篠設楽原の戦い  設楽原古戦場 
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2009年9月19日 東海地方の城郭と鉄道を巡る旅5 長篠古戦場  

長篠城の次は古戦場巡りです。

長篠設楽原の戦いにおいて織田信長・徳川家康の援軍が来るまで武田勝頼軍と対峙した場所で、西側には武田軍の本陣があったとされています。

長篠城西方へ進むと大きな飲食店があり、その角を北東へと進みます。

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T字路から少し入ったところに神社があります。

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傾斜のきつい石段を登って行くと、天神山陣所に到着。
ここは武田軍の陣跡で、後年は三河の守護だった一色氏縁の神社が移設されています。
この神社には長篠茌柄大自在天神が祀られていることから、後に天神山と言う名称の由来となっているようです。

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神社から東へ歩いて数分の場所に医王寺があります。
この寺院の裏山に武田勝頼の本陣跡があります。

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寺院の東側にある登り口から登ること約6分で到着。

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本陣は櫓が置かれていた本曲輪と東西両側に東曲輪・西曲輪があったとされています。

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来訪当時は櫓が安全上の理由により立入禁止になっていたため、上がることが出来ませんでした。

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櫓からは長篠・設楽原が一望出来るのですが、上れないためこの程度の写真が限度でした・・・。

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本曲輪の西側にある西曲輪。
写真で見る限りでは狭く感じますが、実際はこれで十分だったらしいです。

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長篠の古戦場の方はこれで打ち切り。

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長篠城駅へ戻って次の目的である設楽原決戦場跡へ進むことにしました。

→次に続く。

category: 東海地方遠征

tag: 長篠設楽原の戦い  長篠古戦場 
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2009年9月19日 東海地方の城郭と鉄道を巡る旅4 長篠城・その3  

長篠城本丸を囲む土塁です。

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土塁の上にある長篠城址の石碑。

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南側にある鳥居は城藪稲荷が祀られていた場所。

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城跡が文化財として保存されることを受け、現在は近くにある大通寺の境内へ移設されています。

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土塁から見る飯田線。
写真の場所も長篠城跡なのですが、鉄道線が城跡を突っ切っているのが判ります。

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飯田線を挟んだ南側に野牛曲輪があります。

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古城跡踏切を渡ると本丸と野牛曲輪の境界を豊橋方へ歩いていきます。

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下りてくる途中にある野牛曲輪の石碑。

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やや広い場所へ出てきます。
ここも野牛曲輪の一部ですが、この辺りは2つほどの段差が設けられています。

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野牛曲輪から本丸跡と飯田線側を撮ったもの。

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野牛曲輪から川の方へ下りることが出来ます。
曲輪の隅にある細い坂道を下りていきます。

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たどり着いた場所は断崖と言うほどではありませんでしたが、当時の様子だと現在のように草木がないものと想定されることから、川側からも攻めにくい感じのようです。

この場所からは豊川に架かる飯田線の橋梁を見上げる形で見ることが出来ます。

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長篠城観覧はこれで終了。
次は長篠設楽原の戦いに纏わる場所を巡ってきます。

→次に続く。

category: 東海地方遠征

tag: 日本100名城  長篠城 
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2009年9月19日 東海地方の城郭と鉄道を巡る旅3 長篠城・その2  

渡合から長篠城本丸跡へ移動してきました。

長篠城は長篠設楽原の戦いで大きく損傷したことから、豊川に沿った下流に新城城を築城されたため廃城されました。
廃城後は本丸より南側は断崖であったことから遺構がよい状態で残されていますが、北側は開墾などで埋没・破壊されて、現在は耕作地と住宅地となっています。

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帯曲輪跡は駐車場と新城市長篠城址史跡保存館があり、史跡保存館は長篠城の歴史と長篠設楽原の戦いに纏わる史料などが展示・紹介されています。

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帯曲輪から本丸側を望む。

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本丸手前にある空堀などは長篠設楽原の戦いの数年前に徳川家康が武田軍から奪取して以降に改修されたものだそうです。

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帯曲輪側から見た本丸跡。
奥に見える架線柱は本丸跡の隅を縦断する飯田線のもの。

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飯田線の線路脇から見た本丸跡。

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本丸跡と弾正曲輪跡の間にある不忍の滝。

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本丸跡から豊川を挟んだ対岸に鳥居強右衛門が磔刑(たっけい)に処された場所がある。

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本丸南端は飯田線が横断する形で敷設されています。

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宇連川の挟んで対岸は渡合へ向かうために通った道路がありますが、その背後の山々は長篠設楽原の戦いで武田軍が敷いた陣跡が点在します。

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→次に続く。

category: 東海地方遠征

tag: 日本100名城  長篠城 
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三連休日記 2009年11月23日  

2009年11月23日(

遠征最終日である23日は秩父鉄道が創業110周年を記念するイベントを同鉄道の三峰口駅構内で催されたことから、乗り潰しと絡めて秩父鉄道へ行ってきました。

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朝起きたのが遅かったため、初っ端からしくじりましたが、池袋から西武レッドアロー「ちちぶ9号」でロスを最小限としました。

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西武秩父から徒歩圏内にある秩父鉄道御花畑から三峰口へは旧国鉄101系から転用した1000系のオレンジ塗装の編成。
元東急8500系からの転用である7000系の進出で引導を渡されることになりそうな気配で、1000系のリバイバルカラーはオレンジの他・ウグイス・カナリヤ・スカイブルーの旧国鉄塗装が4色と秩父鉄道転用時の塗装と旧型車両の塗装というバリエーションが用意されています。

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三峰口の会場は駅構内にある側線を利用したもので、先に触れていた1000系のリバイバルカラー2編成と休憩車両として元西武101系から転用されてきた6000系が展示されていました。

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また、併設の秩父鉄道車両公園にも入ってきました。
こちらは秩父鉄道で活躍した車両と機関車が静態保存されていますが、イベント開催とSL「パレオエクスプレス」の運転日だったため人出が多かったです・・・。

イベント会場を離れて今度は三峰口から折り返して羽生までの未乗区間を乗りつぶしてきます。
途中、パレオエクスプレスとの列車交換の時はカメラを抱えた一団以外の人も注目するという一種の見せ物的様相を呈していました。

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秩父鉄道で目に付いたのはワンマン運転なのですが基本的に有人駅であることで、運賃授受を駅で行う都市型ワンマンの形態が採られています。

石原で途中下車して2本ほど編成写真を捉えました。

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石原から再び羽生へ向かいましたが、またしても1000系で今度は現行の秩父鉄道オリジナル塗装。
これで3本連続して同形式を引き当ててしまいました(1本目と2本目は同じ編成)

羽生では後追いでやって来た7000系の編成写真をゲット。
ただし、今回は乗れず終いでしたが・・・。

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羽生から東武伊勢崎線で久喜まで移動します。

ここへ来たのは車内写真の撮影が出来るかどうかを確認するためで、今回確認した限りでは押上の折り返しほどの本数ではないのの撮影自体は出来そうです。
(つまり、人気がない車両があると言うことです)

遅めの昼食と言うよりは夕食に近い食事をとったあとは再び羽生に戻って、秩父鉄道を熊谷まで乗車。
ここでは、1000系の導入時の塗装を纏った1007編成。

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熊谷からは赤羽乗換えで池袋へ向かい、ここで着替えの入った鞄を回収して池袋から山手線に乗って東京へ向かっていたところ、「山手線」の命名100周年を記念して昭和30年代に運転されていた旧型国電カラーリングを模した編成に遭遇。

乗っていた列車と逆方向であったことから、中央線快速でショートカットして、該当の編成を待ち伏せて東京から乗車。
品川で降車して先頭と側面を撮っておきました。

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これで今回の遠征はこれで終了。
東京駅からのぞみ403号で帰阪しました。

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category: 日記

tag: 秩父鉄道  JR東日本 
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三連休日記 2009年11月22日  

2009年11月22日(

遠征2日目は午前中を京王電鉄の編成写真の撮影。
午後からは武蔵野線・つくばエクスプレス・常磐線の編成写真撮影をしてきました。

京王電鉄の撮影は桜上水で。ホテルを出た時には小雨が降っていましたが、現地に着いた時には止んでました。

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桜上水で上り列車を捉えるのはちょっとしんどいですね。
やはり幅のある上りホームから下り列車を捉える方が楽かも知れません。

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分倍河原へ移動して南武線に乗換え、府中本町から武蔵野線で越谷レイクタウンへ移動。
近年出来た駅ですが、駅撮り撮としては良い場所なので、ここで2本捉えました。

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南流山からつくばエクスプレスに乗換え。

つくばエクスプレスでは運用増加により2000系2次車が導入されたのですが、導入された車両には帯が追加されていることから新たに捉えることにしました。

今回は撮影ポイントの検索ですが、駅撮りだと難儀します。

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流山おおたかの森から東武野田線に乗換え柏へ移動し、常磐線の編成写真撮影へ。

常磐線では、E223系2000番台の導入により形式消滅が確実になった203系・207系900番台がターゲットですが、近々さよなら運転が行なわれる207系900番台は運用に就いてなく203系のみとしました。

撮影は松戸の緩行線上りホームの綾瀬方で。
標識が少しうるさいですが、撮影隊の一団に巻き込まれるよりかはマシです。

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この後は新京成線のりばへ。

ここでは折り返しの間に人気が無いのを利用して各形式の車内写真を撮影しました。
これはサイトの素材集めの一環としてのものです。

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撮影後は8900系に乗り込んでそのまま京成津田沼まで乗り通し、さらに京成千葉線へ乗り継いで千葉へ。
千葉では113系・211系3000番台に代わり京浜東北線から転用された209系に遭遇。

今回は4+4の8両編成。
あとは6両編成バージョンを捉えるだけです。

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ここで今日の撮影は終了しホテルへ戻りました。

category: 日記

tag: 京王電鉄  JR東日本  つくばエクスプレス  京成電鉄  東京メトロ 
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三連休日記 2009年11月21日(土)  

2009年11月21日(

今週末の三連休を利用して首都圏遠征をしてきました。

初日である21日は午前中を東急池上線・多摩川線で編成写真のゲットを。

2代目7000系の進出によって置換えが進められているため以前撮影をしたのですが、一眼レフ導入でサイト用の画像を2:3にするのと、前回撮影した画像の出来がイマイチだったことから今回撮り直しすることにしました。

池上線での撮影は前回と同じ洗足池で。

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洗足池での撮影を終えると蒲田まで乗り通しながら撮影ポイント検索。

蒲田からは東急多摩川線に乗り換え。
当日の東急池上線は7700系などの改造車の運用が多かったのに対し東急多摩川線は1000系の運用が多かった感じです。

東急多摩川線での撮影は鵜の木で。
丁度順光だったこともあり、そこそこ成果を得ました。

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多摩川へ移動し、午後からは東横線と並走する目黒線の編成写真ゲットをしたのですが、今年から運用に入っている東京メトロ9000系の最新グループの編成が来ず当てが外れました。

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横浜へ移動し、京急本線で編成写真の撮影をしようとしたのですが、良い場所は撮影隊に押さえられていて、しかも長く占有しそうな気配。

さらに都営浅草線を経た京成押上線も同じ。

この時点で日没を迎えてしまい、この日の編成写真撮影は終了し、京成高砂へ移動し金町線に乗り換えて柴又へ。

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一度下りてみたかった場所でしたが、なかなか機会に恵まれず、ようやく実現した次第です。

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柴又の界隈を散策したあとは金町・北千住乗換えで清澄白河へ向い、歯抜け状態に未乗区間が残っていた都営大江戸線の乗りつぶしてこの日は終了しました。

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category: 日記

tag: 東京急行電鉄  東京メトロ  埼玉高速鉄道  京成電鉄  柴又  柴又帝釈天  東京都交通局  都営大江戸線 
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2009年9月19日 東海地方の城郭と鉄道を巡る旅2 長篠城・その1  

長篠城駅に到着しました。

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駅名に由来となる長篠城が徒歩圏内にあり、今遠征の最初の目的地であることから、ここで下車します。

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長篠城駅は1面1線となっていますが、かつては2面2線だったようです。

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無人駅であることから駅舎は待合所としての機能のみ。
城跡に由来して駅舎もそれに合わせられている感じです。

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駅前はロータリーは整備されていませんが、飯田方は自転車置場、豊橋方は近年建てられたと思われる公衆便所と駐車場があります。

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長篠城は城跡として残されているのは本丸など城の中心部だけが残されているのですが、豊川と宇連川の合流点に面する渡合は鳳来峡から続く渓谷となっています。

渡合は本丸南側の野牛曲輪の先端にあるのですが、ここを見るためには川を挟んだ対岸側からしか見れません。
ところが、長篠城周辺には宇連川に架かる橋が少なく大回りを強いられます。

長篠城駅の飯田方にある踏切を渡り、その先にある下り坂を下りていきます。
宇連川に架かる文化橋を渡ると正面に見える道路を豊橋方へ向かい、田畑が広がる集落を進んで行くと、広い道が途切れる辺りで十字路を右手にある牛渕橋の方へ進むと、橋の中間点が渡合の見渡せる場所となっています。

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渡合を見ると飯田線が城跡を串刺しする形で通っています。

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牛渕橋を渡ると飯田線の篠原踏切があり、ここから長篠の戦いにおいて重要な活躍をした鳥居強右衛門が武田勝頼により磔にして処刑された場所へ行く道があります。

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鳥居強右衛門が磔刑の処された場所は豊川を挟んだ長篠城内を見渡せる場所に位置していますが、現在は石碑の背後は植樹されているため、当時に状況を想像しきれません。

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このあとは長篠城本丸跡へ向かうのですが、この場所からは直接向かうことが出来ないため、来た道を戻って行くことにしました。

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→次に続く。

category: 東海地方遠征

tag: JR東海  飯田線  日本100名城  長篠城 
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2009年9月19日 東海地方の城郭と鉄道を巡る旅1 奥三河への道のり  

今年から新たに加わった大型連休である「シルバーウィーク」が9月19日~23日となるのに合わせて岐阜県内の城郭めぐりと乗りつぶしのを中心とした東海地方の旅をすることにしました。

当日は早朝出発だったのですが、前日まで仕事でバタバタしてあまり余裕が無く、準備が深夜まで掛かってしまったため仮眠したものの、気がつくと6:30を回っておりました。

新大阪からのぞみ310号に乗って名古屋入り。

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名古屋からは東海道線新快速に乗り豊橋へ。

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今回は313系の基本番台。
豊橋到着後に折り返し待ちの隙を狙って人気のない車内を捉えました。
これでサイト用の素材がまた出来ました。

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豊橋から飯田線に乗り換え。

先月末の佐久間レールパークへの来場に際して乗ったところでしたが、日本100名城の一つが飯田線の沿線にあるのと、そこを行程に組んだのがぎりぎりの段階だったため、3週間ぶりに再び乗るとは考えてませんでした。

ここでは新城行きに乗車。
車両は119系の単行5100番台。

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新城に到着。

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新城は2面3線と側線と言う配線で、豊橋方面への折り返し列車は駅本屋から一番奥の3番線から発着する形のようです。

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新城駅の駅舎。

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駅舎内にある長篠・設楽原の戦いにおける両軍の配置を示す「長篠戦図」

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本長篠方面へ向かう列車までには30分ほど時間があるため、新城から隣の東新町まで歩くことにしました。
複数の私鉄を買収した経緯から都心の鉄道並みに駅間が短い飯田線なら出来ることです。

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新城から約10分ほどで東新町駅に到着。

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東新町駅は1面1線の棒線。
かつては2面2線でしたが、交換設備と線路1本が撤去されてホームが遺構として残された姿になっています。

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ここから天竜峡行きに乗って最初の目的地である長篠城へ向かいました。

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→次に続く。

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2009年8月29日 佐久間レールパーク来訪記7 117系と119系の撮影会  

佐久間から歩いて中部天竜駅へ戻って来ると、117系と119系の展示・撮影会が開始されていました。

撮影会場は中部天竜駅のホームで行われ、列車がやって来ない空白の2時間を利用する形で設定されています。
狭いホーム上での撮影なので10人おきに一定時間の撮影をさせる方式が撮られており、鉄道イベントでよくあるような餌に集る蟻状態にならないようになっています。

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撮影を終えると再び佐久間レールパークに入り、昼食タイム。

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昼食を終えてしばらく園内をウロウロ。

再び中部天竜駅ホームへ戻る頃には撮影会は終了し、117系は臨時上り列車として客扱いが始まっていました。
もちろん、満席でしたが・・・。

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私はこれには乗車せず見送ります。

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臨時快速の1時間後に来る豊橋行きに乗車します。
ここで乗った列車は上諏訪から来た列車で車両は313系1700番台でした。

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豊橋から313系5000番台の新快速に乗り換えて名古屋へ移動。
東海道本線名古屋口の快速系統は6両が基本となりましたが、区間や時間帯によっては全員着座と言うわけには至らないようです。

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名古屋に到着すると東海道新幹線へ乗り換えるのですが、新快速に接続している普通列車が211系0番台だったため、反対側のホームへ向かい編成写真を捉えました。

当地での211系0番台は本数が少ないので、貴重なショットです。

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名古屋からはこだま665号に乗って帰阪。

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一番前の車両に乗ったので名古屋出発の時点で既に数名しか乗ってませんでしたが、京都を出たところで人の気配がなかったので車内を見渡すと私だけしかいませんでした。

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#「2009年8月29日 佐久間レールパーク来訪記」 おわり。

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2009年8月29日 佐久間レールパーク来訪記6 天竜川を渡り佐久間駅へ  

さて、「伊那路」の列車交換と構内入替作業にため117系と119系の展示時間までには時間があるため、373系伊那路号を狙ったり、天竜川を渡って対岸の佐久間駅を往復するなどの時間つぶしをしてきました。

中部天竜駅前は写真の通り南北に長い広場になっていて、駅入口側らに浜松市の自主運行バスが乗り入れています。

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中部天竜駅がある旧佐久間町へ乗り入れる浜松市自主運行バスは遠鉄バスに委託されています。
中部天竜駅発着のバスは終点の西渡で水窪町~西鹿島駅を結ぶ遠鉄バス北遠本線に接続しています。

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間もなくやってくる373系「伊那路」を狙うため、豊橋方にある宮上トンネルの手前にある宮上踏切へ向かいます。

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先に下り列車が到着し、入れ違いで上り列車たこちらへやってくるところを捉えました。

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373系を捉えた後は中部天竜駅の裏手へ回ってみます。

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展示される119系はこちら側からも捉えることが出来ます。

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そうしているうちに伊那路の列車交換のために側線に待避していた119系が再入線、写真の119系は豊橋行きとして出発していきました。
この列車が出た後は2時間ほど列車が来ないことから、117系の入替作業が行われた後に展示・撮影会が行われるようです。

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それまでの間に天竜川橋梁を渡り佐久間駅まで往復してきます。
天竜川を挟んで対岸にある佐久間駅へは天竜川橋梁に併設されている歩道を通りますが、中部天竜川駅構内の北側にあるガード付近に天竜川橋梁への道があります。
(下の写真で言うと右側の細い坂道)

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飯田線の線路の側らまで登る中部天竜駅の引き上げ線の末端が近くにあります。
ここから飯田線に沿って進むと天竜川橋梁へと差し掛かります。

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橋梁のすぐ近くに電源開発の佐久間発電所があり、佐久間駅側は発電所に隣接する佐久間開閉所から出ている送電線(佐久間東幹線と佐久間西幹線だそうです)の直下を通ります。

この付近でパチパチという音が聞こえるのですが、これは開閉所から発生する音です。
また、高圧の送電線の直下になのか静電気が発生しているようで、生毛が逆立っている感覚を覚えます。

写真は発電所を経た放水路で、佐久間発電所で使用された水は天竜川へは直接放出されずに放水路で天竜川の下を潜り、対岸にある佐久間第二発電所で再利用されたあと天竜川に放出されます。

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佐久間駅側の電源踏切から撮影。

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佐久間地区の集落側から電源踏切と天竜川橋梁を見渡す。

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電源踏切から集落を数分ほど歩いた場所に佐久間駅があります。
佐久間駅は1989年に旧駅舎が撤去されて、現在は浜松市立図書館の分館である佐久間図書館となり、待合所が間借りする形で同居しています。

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かつては1面2線と側線という配線でしたが、2008年頃に1面1線に縮小されています。

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佐久間駅を見たあとは、再び天竜川橋梁を渡って中部天竜駅へ戻りました。

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→次に続く。

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2009年8月29日 佐久間レールパーク来訪記5 ED11形電気機関車の運転室と屋内展示物  

さて、来訪当日はED11形電気機関車の運転室が公開されていたことから、展示車両を一通り見た後で見てきました。

佐久間レールパークに保存されているのは2号機。

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ED11 2の銘板

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運転室内は狭いため、見学の際は2人ずつに制限されていました。

待つこと10分で運転室へ
運転室へは前頭部のデッキから入ることになります。

ED11形の運転室はともかく狭いです。

まずは運転台。

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運転席は簡易な座席。

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運転室から見た機関室内。
流石に入れませんでした。

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運転室見学の後は屋内展示の方へ。
駅本屋に近い側は鉄道模型の実演や運転シミュレータなどが置かれ、駅を模した側にはきっぷ類の展示や旧型のマルス端末が置かれていました。

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隣の部屋は飯田線に関連した品々が展示されていました。

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写真の操作盤は中部天竜駅の物です。

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→次に続く。

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週末日記 2009年11月15日  

2009年11月15日(

15日は午前中を山陽電鉄の編成写真撮影、午後は姫新線に導入されたキハ122系・127系の初乗車と編成写真撮影、夕方は日本100名城の1つである赤穂城への来訪という流れです。

山陽電鉄へのアクセスは阪神なんば線経由で、早さならJRの方が上なのですが、乗換えの負担は同一ホーム上の乗換えが主軸となるこちらの方が軽いのです。

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撮影場所への移動途中に西新町駅周辺が高架化されるようで、この見ただけだと仮線の工事が進められていました。

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山陽電鉄での撮影場所として選んだのは別府駅(「べっぷ」じゃなくて「べふ」と読みます)
基本的に地上区間を行く山陽明石以西では数少ない高架駅で丁度良い感じで捉えられそうと思ってこの場所なのです。

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ターゲットを特定しないままの撮影でしたが、ここではなかなか捉えられない阪神9300系を捉えることが出来ました。

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姫路まで移動して、昼からは姫新線。
撮影ポイントが良く分からないのでひとまず播磨新宮まで乗りましたが、ここで遭遇したのはキハ40形。
キハ122系・127系が導入されてもまだ残るわけで、高速化完了後も増発用として3両ほどが残されることになっています。

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播磨新宮までは35分ほどで到着。

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折り返しは単行のキハ122系ですが、こちらは同系が2本繋がれていました。
(姫路から乗ったのは佐用行き)

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ちゃっかり車内も撮っておきましたが、先客がいるので支障のないアングルでしか撮れませんでした。
姫新線で車両の車内写真を撮るとなると、今回の播磨新宮・佐用・上月でしか出来ないようですが、それはタイミング次第、本竜野は折り返し時間短く、ある程度の人数が乗るため無理、主要ターミナルである姫路はもっとダメなので、以下にチャンスをモノにするかですが・・・。

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本竜野では一旦降車(駅の外へは出ず)して、編成写真をゲット。
今回はキハ122系だけでしたので、今度は2両編成のキハ127系を狙いたいです。

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本竜野から姫路乗換えで播州赤穂へ。

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ここでは日本100名城の1つである赤穂城跡へ来訪。

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現在の赤穂城は大手門などを含めた城壁や櫓などが復元されていますが、周辺が市街地化されている上に、資料が乏しいため思うように復元されていないと言うのが実情で、現在復元工事が進められているのも二の丸庭園で城門や櫓以外の建物の復元はないようです。

城の中核となる本丸は本丸門が復元されていますが、肝心の本丸御殿は復元出来ずに原寸大の間取をモニュメントで再現されている状態です。

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ここには天守台もありますが、天守自体は建てられることはなかったそうです。

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赤穂城を観覧した後はJRで帰宅しました。

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category: 日記

tag: 山陽電気鉄道  連続立体交差事業  山陽電鉄本線  阪神電気鉄道  JR西日本  姫新線  日本100名城  赤穂城 
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週末日記 2009年11月14日  

2009年11月14日(

14日は午後から外出。

来月上旬に結婚式に出席するのですが、来週末は首都圏遠征が控えているため、時間的に余裕があるうちに体制を整えるべく御用達の理髪店に寄って分刈りにしてもらい、頭をスッキリしてきました。

頭をスッキリした後は梅田へ出向いて、ヨドバシカメラでMicroSDCardを購入。
序でに大阪駅の改良工事の様子を見てきました。

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新北ビルの工事進捗により中央口~御堂筋口側の通路が新北ビル側に切り替えられたので、撮っておいたのですが、帰宅後確認するとピンボケ状態であったことが発覚してしまいました・・・汗。

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JR神戸線快速で住吉へ移動し、六甲ライナーに乗り換えて魚崎へ。

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ここからは阪神本線の神戸市内連立事業の状況を見てきました。
上り線が仮線に切り替えられた現在は下り仮線の工事が着手され、旧上り線の軌道・ホーム撤去が完了し下り仮線の土木工事が進められていました。

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芦屋から尼崎と上本町乗換えで帰宅してこの日は終わりです。

category: 日記

tag: JR西日本  駅改良工事  大阪駅  阪神電気鉄道  連続立体交差事業  阪神本線 
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2009年8月29日 佐久間レールパーク来訪記4 パーク内の展示車両・その2  

佐久間レールパークの展示車両の続きです。
ここからは一番奥の列に展示されている車両です。

ED62形電気機関車。

元はED61形で、中央本線の貨物列車で使用されたのですが、回生ブレーキなどの不具合で扱いにくい機関車としてみられ、後年EF64の製作によって飯田線へ転用されてきました。
転用に際しては線路規格低い飯田線で使用するには15tの軸重では重すぎることから、回生ブレーキ関連機器や中間1軸台車を追加するなどの改造によって13tに軽減させて、ED62形に改番されていきました。

現在、3両が保存車両として存在し、佐久間レールパークには14号機が静態保存されていますが、この車両は同パークの後継施設となるJR東海博物館(仮称)には引き継がれない模様です。

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10系客車。
1950年代当時ではその先端を進んでいたスイス連邦鉄道の軽量客車の設計思想を用いた車両で、旧型客車から革新的変化を遂げたものの、後年12系客車・20系客車や50系客車などにその座を追われていきました。

大量に製作された10系客車は座席車・寝台車など多数のバリエーションが存在しましたが、佐久間レールパークに保存されているのは寝台車オロネ10形の27号車で、ディーゼル発電機が装備されているため、重量が増加していることから1ランク重い車両の「オ」となっています(同系の発電機非装備車は「ナロネ」)

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スニ30形荷物車。

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国鉄ソ80形貨車。

クレーンを装備した貨車である躁重車で、国内では最後の事故救援用操重車だそうです。
操重車は基本的に控車として長物車を伴う必要があり、佐久間レールパークにあるソ80形(180号車)にはチキ6000形(6132号車)が次位で伴っています。

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一番奥に展示されているのはキハ181形気動車。
写真の車両は先頭車のキハ181-1で、当日はヘッドマークを掲示する撮影会が行われていました。

ヘッドマークは当時の雰囲気を再現するためのようで、元は「しなの」が掲示されているものに別の物を貼り付ける方式が採られていました。

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→次に続く。

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2009年8月29日 佐久間レールパーク来訪記3 パーク内の展示車両・その1  

さて、佐久間レールパークへ入ります。

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佐久間レールパークは中部天竜駅の構内扱いとなることから、中部天竜駅まで有効な乗車券などがあれば無料で入ることが出来ます。
中部天竜駅へ来るまで来訪した場合は同駅の窓口で駅入場券を購入すれば入れます。

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屋内展示物の方は後にして先に屋外に展示されている車両を・・・。

まずは111系。
浜松にあった中間電動車ユニットに対し、こちらは先頭車のクハ111-1が静態保存されています。

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モハ12形電車。

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クヤ165形。
名古屋鉄道管理局時代にサハシ153-15から改造された教習用車両で、写真のクヤ165-1はそのとき改造された珍車。

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モハ52形。
晩年は飯田線で使用されていた車両で、同型で保存されているのは写真のクモハ52004以外にはJR西日本の吹田工場玄関前にクモハ52001が存在します。

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キハ11形気動車。
現行のキハ11形ではなく国鉄時代製作されたもので、当時はキハ48000形と称し形式称号付与変更のためキハ11形に改称されたものです。

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ED11形電気機関車。
来訪当時は運転室が公開されていた車両で、こちらは別途記事に紹介します。

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オヤ31形。
建築限界測定車で、その姿から「おいらん車」とも呼ばされいましたが、近年はレーザー測定が用いされるよういなり、活躍の場が少なくなりました。
写真のオヤ31-12はJR東海に継承された車両で、1995年12月25日付けで除籍されています。

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長いのでここで分割します。

→次に続く。

category: 東海地方遠征

tag: JR東海  鉄道イベント  佐久間レールパーク 
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2009年8月29日 佐久間レールパーク来訪記2 中部天竜駅  

中部天竜に到着しました。

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既に人垣が出来ている状態なのですが、これは119系のリバイバル塗装車が側線に留置されているため。

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中京圏来訪は社会人になってからなので、その時の119系は湘南色の帯を纏っていたため、登場時の塗装は雑誌の写真ぐらいでしか見たことがありませんでした。
今回は、グレー塗装の足回りに冷房装置が付いているという点では登場時と異なるものの、滅多にない対面となるかと思われます。

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さて、中部天竜駅は機関区も置かれていた歴史があることから側線を有しています。
ホーム自体は1面2線とシンプルなものとなっています。

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佐久間レールパークは駅構内西側にあります。

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豊橋方。

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後追いでやって来た臨時快速「佐久間レールパーク号」は名古屋からの利用者を降ろした後、飯田方へ引き上げられ西側の側線へ入換えられていきました。
また、同じ時間帯には飯田方から来た中部天竜止めが到着後飯田方へ引き上げて行ってます。
これは、後刻入線予定の伊那路号同志の列車交換のために明けておくためです。

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さて、展示までには時間があるため佐久間レールパークへ向かいます。

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→次に続く。

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2009年8月29日 佐久間レールパーク来訪記1 中部天竜までの道のり  

313系電車4次車の導入によりJR東海管内からの引退が確実視されている117系と119系が登場時のリバイバルカラーを纏って8月29日と30日に佐久間レールパークのイベントにおいて展示されることになったことから、日程的に都合が良かった8月29日に佐久間レールパークがある飯田線中部天竜へ出向くことにしました。

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まずは大阪から中部天竜までの道のりを簡単に纏めておきます。
今回は新大阪~(のぞみ204号)~名古屋~(東海道線)~豊橋~(飯田線)~中部天竜という形で乗り継いでいます。

新大阪からのぞみ204号。

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ここでは自由席で。

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新大阪を出発後に乗車前に買っておいた弁当を開いて朝食タイムです。

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名古屋から7:17発の東海道線特別快速に乗り換えて豊橋へ向かいましたが、特別快速の3分後に出る臨時快速・佐久間レールパーク号が入線する隣のホームには長蛇の列が・・・。

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豊橋からは8:12発の天竜峡行きに乗り換えますが、中部天竜駅での117系と119系の展示時間は同駅に在線する車両のない時間帯に限定されているため、この列車を逃すと次は特急伊那路1号となってしまいます。

また、飯田線は本長篠までは1時間に1本設定されていますが、愛知県・静岡県・長野県の3県の境目を通る本長篠~天竜峡は本数が減ってしまうため、ローカル列車ベースだと2時間~3時間ほど開いてしまい、今回のケースだと10:43発の519M天竜峡行きまで本長篠以北へ行くローカル列車はありません。

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乗り込んだ時には満席状態。
やむなく立席状態で中部天竜までの2時間を耐えるしかありませんが、この手のケースは慣れているのでそこまで苦行ほどでもなかったりします。

三河槙原で列車交換のため10分ほど停車。

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同業の趣味者や家族連れが車外へ出て、撮影や気分転換をしていました。

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三河槙原を出て23分経過した10:18に中部天竜に到着しました。

→次に続く。

category: 鉄道イベントなお出かけ

tag: JR東海  鉄道イベント 
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2009年8月16日 東北地方の名城と鉄道を巡る旅40 帰阪  

さて、現地での予定は終了したので、仙台から大阪に向けて帰ることにします。

家と職場へのお土産として萩の月を買い、ロッカーに預けていた鞄を回収してMaxやまびこ124号に乗って東京へ向かいます。

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Uターンラッシュで満席となりましたが、通路に人が溢れるという状態にならない感じでした。

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東京に到着後に夕食タイム。

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東京からはのぞみ135号に乗って大阪へ。

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こちらはラッシュの逆方向なので、そこそこ埋まっているという感じ。

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大阪に帰って自宅へ戻った頃には日付が変り、現実の世界に引き戻されることになります・・・。
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category: 東北地方遠征

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2009年8月16日 東北地方の名城と鉄道を巡る旅39 仙台城・その4  

さて、先に紹介した昭忠塔に関連してますが、戦没者を祀る宮城縣護國神社があります。

西の丸全体と本丸の一部の敷地を有する宮城縣護國神社は、明治以降の戦没者と殉職者が祀るために建てられたのですが、戊辰戦争に敗戦して賊軍となった仙台藩関係者は祀られていないそうで、それらは伊達政宗の霊廟「瑞鳳殿」に建てられた弔魂碑に祀られています。

このような形になっているのは、宮城縣護國神社が明治以降の「天皇・朝廷・政府側の立場で命を捧げた者」を祭神と言う位置付けで建てられた招魂社が起源であるためで、その成り立ちから旧藩士を祀ることが出来ないためなのだそうです。

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奥の方へ進むと土産物屋と飲食店と並んで青葉城資料展示館があります。

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ここには青葉城に関する歴史や資料が展示されているほか、青葉城を再現したCGの上映などが行われています。

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さらに奥にある狸門跡。
この付近は駐車場となっています。

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本丸・西の丸跡を出て下山します。
先程通った場所ですが、カラーコーンから手前側にるーぷる仙台の停留所があります。

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丁度良いところでバスが登ってきています。

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沢門跡を通りすぎてさらに下りて行くと、中門跡にたどり着きます。

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さらに下っていき平坦になった辺りに大手門脇櫓があります。
戦災による被害がありましたが、1967年に復元されています。
今後、大手門そのものを復元する動きがあるそうで、現在建設中の地下鉄が開業後から着手されるとも言われています。

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現状は片側2車線の道路が通っていて、大手門跡西側に位置する二の丸跡は東北大学の川内キャンパスとなっています。

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これで仙台城巡りは終了。
後は帰阪するだけとなりました。

category: 東北地方遠征

tag: 日本100名城  仙台城 
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2009年11月8日 大阪駅改良工事見聞9  

4ヶ月ぶりの大阪駅改良工事のレポです。
今回は土木工事が終わり建築工事の段階に入った新11番のりばのレポです。

外装やホームの工事・電気工事などはほぼ終わり、付帯設備の工事などが着々と進められています。

先ずは京都方ホーム端部から撮影。
御堂筋口側になりますが、階段やエスカレータなど基本的なレイアウトは他のホームと同じです。
上方に迫り出しているのは新北ビルの上階のようです。

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ホーム中程から京都方を撮影。

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新設される橋上駅舎への階段・エスカレータなどがこの付近に設けられています。

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同じくホーム中程から神戸方を撮影。

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神戸方には売店と待合所が設けられることになります。

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今回のレポは以上です。

category: 大阪駅改良工事の話題

tag: JR西日本  駅改良工事  大阪駅 
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2009年8月16日 東北地方の名城と鉄道を巡る旅38 仙台城・その3  

仙台城本丸跡へたどり着きました。

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まずは仙台城見聞館。
仙台城の発掘調査などに関するガイダンス施設です。

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現在の本丸跡は、建物の遺構は残されてなく広場の的要素しての感じでしかありませんが、築城当時の本丸の様子をCGで再現したものが、青葉城資料展示館で上映されています。

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仙台城石垣のモデル。
まずは築城当初の石垣モデル。

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続いて本丸北壁の石垣モデル。

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本丸跡は植林がなされていますが、開けている箇所は石垣の修復工事が行われた関係で真新しくなっています。

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この場所には伊達政宗の騎馬像が建てられています。

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戦没者慰霊碑である昭忠塔。

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本丸北壁側から見た仙台市街地。

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広瀬川を挟んで南側にある断崖。

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→次に続く。

category: 東北地方遠征

tag: 日本100名城  仙台城 
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週末日記 2009年11月8日  

2009年11月8日(

今週末唯一のお休みである8日は神戸方面へ撮影のお出かけ。

現地へ出向く前に改良工事中の大阪駅へ。
新北ビルの南側直下にある新11番線の工事は「ここまで進んでいるか」と言うところまで進んでいました。

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新快速で三ノ宮へ移動し、JR三ノ宮駅の高架下東側にある神姫バス・三ノ宮バスターミナルへ。

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高架下というロケーションであるため一般的なロータリー式ではなく、車両が横並びで、車両はバックで乗り入れる方式となっています。

下の写真はきっぷ売り場・待合所側から撮影したもので通常の場合、バスは右側(道路側)に待機している車両がのりば側、左側は続行便や回送車などの待機場所となっています。

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三ノ宮BTからは神姫バスの恵比須快速線に乗って神戸市西区の栄へ。
前回2007年4月に乗った時は古めのエアロバスでしたが、今回は比較的年式が新しいエアロエースに乗れました。

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栄駅前停留所は県道22号線上にあり、歩道は整備されていないものの、停留所の部分だけ拡張されています。

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神鉄栄駅はコンビニを挟んだ北側にあり、県道からだとコンビニの裏側に駅入口があります。

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5両編成対応の2面2線で、小野・粟生方に構内踏切があります。
実はここへ来るのは2001年7月以来8年ぶりのことです。

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1100系グループの最終増備車である1500形。
2000系の予備車として導入されたもので、1991年に建造
1:阪急と同じく車両を新造することを「建造」と表現する)

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車体をモデルチェンジした2000系。
3両編成・4両編成の2バージョンあり、後に登場する5000系のベース車両となります。

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その、2000系をベースとした5000系。
抵抗制御からインバータ制御に変更されたこの車両は神鉄の最大勢力となっています。

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1100系グループの初期車である2ドア車1100形。

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1970年代から1980年代にかけて増備された3000系。
神鉄では5000系に次ぐ勢力を持つこの車両は前期形と後期形があり、写真の車両は前期形である3001編成。

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栄から新開地経由で梅田へ戻って、ちょっと買い物。

ヨドバシカメラで先月から発売されたEOS7Dに触れてきましたが、使用感はEOS50Dよりも良い感じ。
それよりも今はボディより広角レンズか望遠レンズが欲しいところです。

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序でに今月の三連休遠征で利用する列車の指定席を押えてきました。
次の遠征は首都圏遠征で、未乗の2路線を軸にという感じですが、行程の大枠さえ出来ていないのが実情です・・・。

帰ろうと思って改札へ向かうと大阪環状線のダイヤが乱れているようで・・・。
ここは御堂筋線経由で帰宅しました。

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category: 日記

tag: JR西日本  駅改良工事  大阪駅  神鉄バス  恵比須快速線  神戸電鉄 
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2009年8月16日 東北地方の名城と鉄道を巡る旅37 仙台城・その2  

三の丸跡から本丸跡の方へ登っていきます。

まずは巽門脇の登り口から上がってすぐの場所にある清水門跡。

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続いて、本丸との中間点に位置する沢門跡。

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沢門跡から歩道に沿って登っていきます。
見たところ、この歩道は近年整備されたか、元からあったものを再整備したもののようですが・・・。

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しばらくすると本丸北壁石垣が見えてきます。
本丸の石垣は2回ほど改修されていて、現在ある石垣は第3期ものであることが発掘調査で判明しています。
なお、この石垣は老朽化で崩壊する可能性があったため、近年修復工事が施工されています。

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先の石垣に沿って上った先の左手に鳥居が見えてくるとそこが本丸跡入口となります。
この側らにはるーぷる仙台の停留所があり、バス待ちの行列が続いていました。

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石段を登った先にある詰ノ門跡。

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この先を進んでようやく本丸跡となります。

→次に続く。

category: 東北地方遠征

tag: 日本100名城  仙台城 
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2009年8月16日 東北地方の名城と鉄道を巡る旅36 仙台城・その1  

午後からは仙台城へ。

伊達政宗が青葉山に築いた仙台城は青葉城という別名を持つ平山城で、廃城後は大手門などが残されていたものの戦災で消失してしまい、現在は一部遺構が復元されている以外に本丸跡が青葉山公園として整備され、二の丸跡は東北大学のキャンパスとして、三ノ丸跡は青葉山公園内にある仙台市博物館が建てられています。

仙台駅から青葉山公園へはやや距離があるため市バスを利用することにします。
往路はるーぷる仙台という循環バスを利用しましたが、1回乗車250円と割高であるため、るーぷる仙台専用の一日乗車券が仙台市内の主要施設で買うことが出来ます。
市バス一日乗車券は利用不可、仙台まるごとパス利用の場合は追加料金無しで利用可能)

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博物館・国際センター前停留所で降車。
次の仙台城跡停留所は本丸跡の最寄りで、ここで下りた停留所は三の丸・二の丸跡に位置します。

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まずは三の丸跡から。
ここは仙台市博物館と茶室「残月亭」があります。

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片倉小十郎邸跡。
伊達政宗の重臣の住居跡で、青葉山公園の長沼と広瀬川に挟まれるこの場所は川内追廻地区と呼ばれています。

この地区は青葉城公園の一部として整備される計画だったのですが、仙台空襲以降の経緯から現在に至るまで仙台市の戦後処理案件として残されている場所だそうです。
・川内追廻地区の詳細は以下を参照
http://ja.wikipedia.org/wiki/川内追廻

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三の丸にある長沼。

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子門(ねのもん)跡

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三の丸の中心部にある仙台市博物館。

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旧姉歯家茶室「残月亭」

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島野武の胸像。
第19代目~第25代目の仙台市長務めた人物で「微笑みの市長」と言う愛称を持ち、仙台市を立て直しに尽力を務めたが、7期目在任中の1984年に死去されています。

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伊達政宗の胸像。

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三の丸巽門跡。
こちらは仙台空襲により焼失するまでは現存として残されていた城門の1つです。

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ここから本丸跡に向けて登っていきます。

→次に続く。

category: 東北地方遠征

tag: 日本100名城  仙台城 
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2009年8月16日 東北地方の名城と鉄道を巡る旅35 多賀城政庁跡  

さて、メインの多賀城政庁跡へ向かいます。
多賀城政庁跡は道路を挟んだ丘陵地に位置し、中心部の正殿へ向かう石段がある城前地区が南側にあります。

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来訪当時はこの付近で発掘調査が実施されていました。

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城前地区。
正面の石段を登ると政庁南門跡があります。

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石段から外郭の南門側を望む。

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石段を登って正面側。

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多賀城政庁の模型。
政庁跡にあるこの模型は第2期のもの。

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現在の南門は基礎の部分のみ復元されています。

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正殿前の石敷広場。

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正殿跡。

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政庁東殿跡。

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整備工事中の政庁西殿跡。
両側にあるのは城壁としての築地でと呼ばれるものです。

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第四期に建てられた後殿。
復元はされていないが石碑が置かれています。

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北門跡付近にある石碑。

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北側から政庁跡への入口。
整備工事中なので、フェンスが張られています。

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多賀城跡巡りはこれで終わり。
仙台駅へ戻って午後からは仙台城跡を巡ります。

→次に続く。

category: 東北地方遠征

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2009年8月16日 東北地方の名城と鉄道を巡る旅34 多賀城外郭  

さて、東北歴史博物館~多賀所廃寺跡と多賀城関連のものを見た跡は本体の多賀城政庁跡へ出向きます。

史跡として残されている多賀城は政庁跡を含めた周辺に数ヵ所点在していますが、範囲的には東北本線~多賀城政庁跡にかけての広範囲となっています。

国府多賀城駅北口すぐの場所にある建前遺跡。

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多賀城に赴任した国司の邸宅か、城に関連する役所であったとされていますが、詳細は不明だそうです。

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多賀城南辺に位置する外郭南辺築地跡。
低湿地帯であった場所の地盤沈下を防ぐために盛土をしたり排水設備が設けられていたとされています。

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城郭の南東側になる外郭南東隅。

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外郭南東隅から反対側にある外郭南門へ向かいます。

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急な上り道を登った当たりが南門の周辺。

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数段程度の石段と踊り場のような場所が南門跡。

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多賀城碑がある御堂。

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このあと、道路を挟んだ場所にある坂道と石段を登った先にある多賀城政庁跡へ向かいます。

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→次に続く。

category: 東北地方遠征

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