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2009年09月の記事一覧

2009年8月12日 東北地方の名城と鉄道を巡る旅8 二本松城・その3  

庭園の後は、城郭内の遺構を見てきます。
庭園からさらに登ると本丸への登り口がありますが、その前に寄り道・・・。

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登り口を過ぎて土居晩翠歌碑がありますが、この先から安達太良山が見えるそうです。

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ところが、来訪時は雲に覆われて見えませんでした・・・。

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先程の登り口まで戻ります。
左側の水路に流れるのは前の記事で触れた庭園など城内各所へ注ぐ二合田用水。

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登り口から登って最初に見えるのは智恵子抄詞碑。
二本松で聞く智恵子とは彫刻家の高村光太郎の妻である高村智恵子で、彼女の死後、高村光太郎が出版した『智恵子抄』は有名なのだそうです。

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お次は少年隊の丘。
先の二本松少年隊に関連した顕彰碑などがあります。

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その奥には搦手門があります。
現状は石垣と門柱礎石が残されているだけですが、発掘調査時に発見された柱根は二本松歴史資料館に保存されているそうです。

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ここから本丸跡へはもう少し。

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最後の階段を登って本丸跡へ向かいます。

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→次に続く。
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category: 東北地方遠征

tag: 日本100名城  二本松城 
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2009年8月12日 東北地方の名城と鉄道を巡る旅7 二本松城・その2  

お次は三ノ丸の奥にある庭園です。
二本松城の庭園は丹羽光重が二本松藩の藩主であった当時のものだそうです。

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まずは、霞池。
ここを含めて庭園に注がれる池は安達太良山麓から引いた二合田用水を用いていて、ここ霞池は城内で一番下に位置する池となっています。

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以降順番に・・・。
最初は霞ヶ滝。

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上流側になる七ツ滝。

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洗心亭から見た霞池。

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洗心亭は江戸時代から残る茶亭で、当時は「墨絵の御茶屋」と称されていたそうです。

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霞池から上流にある「るり池」
ここは奥にある布袋滝と組み合わせた回遊式庭園となっています。

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るり池の奥にある布袋滝。

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霞ヶ城の傘マツ。
「八千代の松」と言う別名がある巨木で樹齢300年を越えているそうです。

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傘マツの近くにある鶴松。

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庭園の最も上流側にある洗心滝。

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本丸への道のりはまだ続きます。

→次に続く。

category: 東北地方遠征

tag: 日本100名城  二本松城 
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2009年8月12日 東北地方の名城と鉄道を巡る旅6 二本松城・その1  

二本松城に到着しました。
地元では霞ヶ城と呼ばれる現在の二本松城は霞ヶ城公園として整備されています。

最初の写真は旧二本松城戒石銘碑。

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石碑を左手に進むと公園の正門となります。

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箕輪門を背後にあるブロンズ像は二本松少年隊群像で、戊辰戦争の激戦地・大壇口戦場における奮戦する二本松少年隊の姿と出陣する少年達の母の姿を模したものです。

激戦地である二勇士の丘・大壇口古戦場跡は二本松城から南方の二本松市役所に近くの羽石川沿いの丘あります。

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ブロンズ像を横目に箕輪門をくぐります。

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箕輪門を通ると左手に塀重門跡があります。

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上った先にあるのは二ノ丸跡で、当時このスペースを利用して催される菊人形展の準備が進められていました

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→次に続く。

category: 東北地方遠征

tag: 日本100名城  二本松城 
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2009年9月27日 近鉄・伊賀鉄道 860系  

伊賀鉄道では820系として登場した当時のマルーンレッドに銀帯のリバイバル塗装と旧型車両で1950年代まで使用されたダークグリーンのレトロ塗装のそれぞれ1本ずつ登場しています。

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ダークグリーンのレトロ塗装となっている862編成
2009.9.27 上野市にて

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マルーンレッドと銀帯のリバイバル塗装となっている863編成
2009.9.27 上野市にて

このタイミングでの登場は引退間近を意味します。

860系の種車である820系は近鉄奈良線向けとして1961年に登場した以降、48年間にわたり使用されてきた車両で、伊賀線へ転用されるのに際し6800系の台車と主電動機を流用して狭軌化され、現在は伊賀線を分社化した伊賀鉄道に貸与し、車両の所有は近鉄となっています。

しかし48年間使用された来た車体の痛みが激しいため車両更新が行われることが決定し、新たに使用する車両を受け入れるためにホームを削る工事が各駅で進められています。

近鉄ではローカル線区で使用される車両は特殊狭軌の内部線・八王子線と第3軌条方式のけいはんな線を除き幹線区で使用された車両を転用させることで賄ってきたのですが、伊賀鉄道の規格は狭軌で18m級車体までしか入線出来ないため、現在の近鉄では現有の車両が上記の例外を除いて21m級車体で揃えられているため、転用出来る車両がありません。

そこで、狭軌で比較的新しい18m級車体を使用し短編成でかつ先頭車電動車を採用している事業者を探すことになるのですが、関西圏では存在せず首都圏では京王3000系・東急1000系しかありません。

ネット上では東急の1000系が有力とされていますが、現時点では公式なリリースがなく、推測の領域を脱しません。

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譲渡車両として最も有力な東急1000系
2008.6.28 洗足池にて

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地方に幅広く譲渡されている京王3000系
2008.11.23 高井戸にて

category: 関西地区の鉄道

tag: 近畿日本鉄道  伊賀鉄道  東京急行電鉄  京王電鉄 
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週末日記 2009年9月27日  

2009年9月27日(

27日はいつもの週末に早い時間にお出かけですが、特に予定は立てずに出掛けため、以降は思いつきで動くことになりました。

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まずは近鉄奈良線の編成写真の撮影。
ここは午前中での撮影には都合が良く、昼近くまで撮影しました。

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昼食を挟んでから大和西大寺へ。
橋上駅舎の増床工事が行われた大和西大寺駅は拡張された部分は駅ナカ「Time's Place SAIDAIJI」に充てられています。

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大和西大寺から京橿特急に乗って大和八木へ向かい、大和八木から大阪線急行に乗り換えて伊賀神戸へ。
目的は日本100名城の1つである伊賀上野城へ行くため、最寄り駅である上野市駅へ向かうためです。

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伊賀神戸で遭遇したのは忍者列車塗装。

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これに乗って上野市へ移動中、かつて近鉄伊賀線で使用されてきた旧型車両の塗装として1950年代まで使用されていたダークグリーンのレトロ塗装に遭遇したものの撮れず、たどり着いた上野市駅に隣接する上野車庫でマルーンレッドに銀帯のリバイバル塗装車を見かけたものの、こちらも奥に引っ込んでいるため断念。

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上野市駅から地下道を通って伊賀上野城へ。

伊賀上野城の現在ある天守の場所には本来改築による5層の天守が建つ予定だったのですが、竣功を控えた1612年に発生した嵐により倒壊、それ以降は武家諸法度により天守は再建されることなくそうで、現在建っている天守は築城当初と同じ3層なのですが、史的考証などもなされていない模擬天守だそうです。
天守自体は建設費を出資した川崎克氏の純和風への拘りから木造です。

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上野城天守を観覧した後は芭蕉翁記念館と上野歴史民俗資料館へも入館しました。

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上野市駅へ戻ると丁度良いタイミングでレトロ塗装車に遭遇。

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車庫の方ではリバイバル塗装車が伊賀神戸行きとして出庫してきたため1本見送って捉えることが出来ました。

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伊賀鉄道では車体更新が今年の秋か冬から予定されていて、2011年度までに完了する事になっていることから、塗装変更=引退間近と言うことを意味しています。

この日はこれで終了し帰宅しました。

category: 日記

tag: 近畿日本鉄道  駅改良工事  大和西大寺駅  伊賀鉄道  日本100名城  伊賀上野城 
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2009年8月12日 東北地方の名城と鉄道を巡る旅5 二本松城への道のり  

白羽小峰城をあとにして次は二本松城を目指します。

白河から2本目の721系に乗り郡山へ移動しますが、4両編成の車内はローカル列車とは言えないぐらいの混雑ぶりで、18きっぷ利用者が殆どで途中から地元の利用者が加わり140pに達してしまいました。
しかし、その理由が郡山に到着した時に明らかになります。

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郡山に到着すると臨時快速の「夏休み東北縦貫号」が待受けていました。
583系の臨時快速へは郡山止めから吐き出された殆どが乗り換えていき、デッキまで人が溢れていました。

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私はそれを見送り、後発の福島行きに乗換えて二本松へ向かいました。

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二本松に到着。

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二本松駅は二本松城の雰囲気を模した駅舎が建てられています。

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ここから二本松城へは歩いていきますが、現地では霞ヶ城と呼ばれています。
駅から正面の道と交差する国道を進むと和菓子店が集まる辺りに二本松城跡の霞ヶ城公園への案内が記された交差点にたどり着きます。

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ここを右手に曲がると正面にやや急な坂道が待受けています。

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ここを登り切ると谷底のような場所にある交差点を挟んだ丘の上に二本松城の石垣などが確認出来ます。
二本松城が丘陵地にあるためなのですが、道のりは平坦ではありません。

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この先にある交差点を通って、2分ほど歩くと二本松城の箕輪門に到着します。

→次に続く。

category: 東北地方遠征

tag: JR東日本  日本100名城  二本松城 
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2009年8月12日 東北地方の名城と鉄道を巡る旅4 白河小峰城・その2  

白河小峰城の本丸へ入ります。

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まずは二ノ丸と本丸の間にある清水門です。
ここから先は7:00~17:00(11月~3月は7:00~16:00)まで公開されています。

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清水門の両側にある内堀です。

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清水門を通り本丸へ上がりますが、左側の桜門と右側の前御門のどちらでも上がれます。

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先に左側へ。
こちらは桜門跡です。

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桜門を通って広い場所に出るとそこが本丸御殿跡で、写真右側にあるのが多聞櫓跡です。

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天守の南側にあるのが前御門で天守と共に再建されたものです。

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天守は三重櫓と称されています。

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天守は戦後に再建されたのですが当時としては珍しく木造で再建されたものなので、建築基準法では安全上の理由から禁じられているのですが、人が立ち入らない事を前提した建造物として許可を得た後に見学者を内部に入れたことから問題化したそうです。

現在は文化庁から「考古学的遺産の保存管理に関する国際憲章」による適用除外が設けられているため、建築基準法の適応除外や消防法の特例として認可されていることから問題なく見学出来るようになっています。

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内部は無料で公開されていますが、2階より上は5名までとされています。
また、復元のための募金活動が行われているようで、募金箱が置かれていました。

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天守は戊辰戦争の激戦地となった松並稲荷山の杉が使用されているため、実際の弾痕が確認することが出来ます。

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天守側からは阿武隈川を挟んで東北新幹線が走ってゆくのを見ることが出来ます。

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→次に続く。

category: 東北地方遠征

tag: 日本100名城  白河小峰城 
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2009年8月12日 東北地方の名城と鉄道を巡る旅3 白河小峰城・その1  

白河駅に到着しました。

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まずは下りのりばから見える白河小峰城へ向かいます。

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白河駅の駅舎は地方の駅としては中規模なのですが、実は西側半分は壁際に腰掛けがある以外には何も置かれていない状態でした。

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駅本屋は南側にあるため、駅前東側にある自由通路を通って駅北側にある城山公園へ向かいます。

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自由通路を通り城山公園の駐車場東側に出てきますが、築城当初の白河小峰城はの総構えは現在よりも大きいのですが、廃城後は東北本線が横切り、周辺は市街地化されたため、城山公園として残されている城跡は駅北側に二ノ丸と本丸跡が残されているだけとなっています。

ちなみに自由通路を出てすぐの場所は三之丸跡となります。

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築城当初は堀があった公園東側北へ歩くと、公園の門が出迎えてくれます。

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門を通るとすぐに二ノ丸跡となります。
現在この場所は広場となっていて憩いの場として利用されています。

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二ノ丸広場の西側には白河集古苑があり、中世の白河地方を領地としていた結城家と江戸時代の白河藩藩主阿部家に纏わる遺産などを展示保存しています。

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さて、このあとは白河小峰城の本丸跡と天守へ向かいます。

→次に続く。

category: 東北地方遠征

tag: 日本100名城  白河小峰城 
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シルバーウィーク日記 2009年9月23日  

2009年9月23日(

遠征最終日である23日は午前中に名古屋城、午後は徳川園と清洲城を巡ってきました。

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先の4日間と違いホテルから近い場所がメインなので9時過ぎにホテルをチェックアウトし、名古屋駅のコインロッカーに鞄を放り込んで名古屋城を目指しました。

公式な案内によると名古屋城は名城公園よりも市役所駅が最寄りとなっているようで、その通りに市役所駅7番出口から出ると少し歩かされます。
とは言え名城公園から歩くとなるよりかはましかもしれません。

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市役所駅から近いのは二ノ丸東二之門跡。
ここから入場し正面右手にある東門で観覧券を購入しますが、この付近と愛知県体育館を含めた一体が二ノ丸跡となっていて、有料ゾーン側は庭園となっています。

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西之丸を少し入って表二之門をくぐると左手で工事が行われていて、これは本丸御殿の復元工事で、段階的に行われて、全体が完成するのは2018年になるそうです。

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天守は大小2つ在り、南側の小天守が出入口とトイレとなっていて、7階建ての大天守は展示史料館として使用されています。

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天守を出て御深井丸へ。
本丸御殿の工事の関係で大半を工事用フェンスで囲われていましたが、御深井丸西北隅櫓へは行けました。

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西之丸には正門近くに西の丸展示館があり、本丸御殿復元に関連して復元された障壁画の一部が展示されていました。

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名古屋城を後にして午後からは徳川園へ。
地下鉄からだと大曽根が最寄りですが、徒歩でも15分ほどかかります。

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徳川園は一般的な日本庭園ですが、同じ敷地内には徳川美術館と蓬左文庫が別棟として隣接していて、これらは纏めてみてきました。

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昼食を挟んで清洲へ移動し、清洲城に登城しました。

旧清洲町の町制100周年事業として再建された清洲城は御殿と天守のみあるだけとなっていますが、実は城跡自体は周辺の市街地化で大半が消滅している上に東海道線と東海道新幹線によって分断されたため、実際とは異なる場所に再建にたてれているそうです。

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また、名古屋城御深井丸西北隅櫓は清洲城天守の資材を元に建てられたため、再建された天守はこれを参考に建てられたそうです。

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城の正面を流れる五条川を挟んだ対岸には清洲古城跡があり、ここには石碑が建てられていました。

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これで今回の遠征予定は終了したので、こだま661号に乗って帰阪しました。

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category: 日記

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シルバーウィーク日記 2009年9月22日  

2009年9月22日(

遠征4日目である22日は明智鉄道を軸に午前中を明智の日本大正村、午後からは日本100名城であり日本三大山城である岩村城を巡ることにしました。

今回乗車する明智鉄道への乗車時間帯に都合から、前半の3日より早い時間で出発することにしたのですが、当日の名古屋市内は小雨がぱらつく嫌らしい天気で折りたたみの傘を携行することに・・・。

明智鉄道の起点である恵那までは中央西線快速に乗車。
211系5000番台と313系1000番台との8両編成は当地では当たり前のように行われていますが、113系・115系が駆逐されたとは言え、2両~10両まで多彩なのは3大都市圏のJRではあまり例がありません。

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恵那からは明智鉄道に乗り換え。
今回は単純な往復でないため、土休日限定の一日乗車券「極楽フリーきっぷ」が最近出来たことから、1,000円で済んでしまいました。

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まずは明智まで乗り通し。
幾重にも重なる丘陵地帯を行くためアップダウンがありますが、列車なのんびりとした足取りで進みます。
利用の多くは岩村や明智へ向かう観光・行楽利用でそれ以外の途中駅からの利用は地元の学生などのようです。

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終点の明智で降りると日本大正村を巡りました。
日本大正村はテーマパークの類なのですが、一般的なテーマパークのように特定の敷地にあるわけではなく、街全体をテーマパークとして位置づけられているもので、大正時代の雰囲気を保存・復元した建物が旧明智町市街地の各所に点在しています。

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主要4施設が有料である以外は旧明知町役場(昭和32年まで使用)である大正村役場など無料で入館できる施設があり、明知鉄道の明智駅も大正村の一部とされています。

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主要4施設を巡って再び明知鉄道に乗車し岩村へ移動。

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岩村では日本三大山城の一つである岩村城を巡りました。
登城口となる城主居館跡までは重要伝統的建造物群保存地区である岩村本通りを通るのですが、高山にあるような、いかにも景観保存地区然としておらず、メジャーどころで見られるような物販店がずらりと並んでいるわけでもなくそこそこ並んでいる程度です。

下の写真は保存地区でも岩村駅側で、人通りが多い箇所はもう少し登ったところにあります。

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城主居館跡は太鼓櫓などが復元されているほか、岩村歴史資料館と民族資料館が建てられて、今回は歴史資料館だけ入って本丸の方へ登っていきました。

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登城口から土岐門までは石畳の坂道が続き、そこから本丸までは普通の登山道のような感じでしたが、石畳はコケが生えているのと午前中に小雨が降ったため滑りやすくなっていました。
(沿道には滑りやすいとの注意書きがあります)

本丸への道のりとしては5月の八王子城本丸や前日の関ケ原古戦場巡りでの小早川秀秋陣跡(松尾山)への道のりよりも遥かに楽勝レベルと言えるものでした。

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岩村城は復元された櫓を除いて建物自体は残されていませんが、主要郭郡も石垣が一部崩れているものの保存状態が良く、現在は復元に向けた活動も行われています。

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岩村城から下山してこの日は終了。
名古屋市内のホテルに戻って最終日を迎えることにします。

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category: 日記

tag: 明知鉄道  日本大正村  日本100名城  岩村城  重要伝統的建造物群保存地区 
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シルバーウィーク日記 2009年9月21日  

2009年9月21日(

遠征3日目である21日は午前中を樽見鉄道の乗りつぶしに旧名鉄谷汲駅への来訪を絡めて、午後は大垣城への登城と関ヶ原古戦場巡りをすることにしました。

明日以降の遠征後半の宿泊先は名古屋になるため、ホテルをチェックアウトして大垣へ。
大垣から樽見鉄道に乗り換えのですが、南北自由通路の工事に関連した旧跨線橋の撤去工事のため切り欠きの6番線から7番線へ暫定移転していました。

大垣から乗った列車は樽見行きでしたが、途中の本巣で乗り換えに・・・。
車両基地が本巣にあるのと運用の都合もあるのでしょう。

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谷汲口で下車。
ここから名阪近鉄バスの揖斐川町コミュニティバス谷汲線に乗り換えて谷汲へ。

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名鉄谷汲線の黒野~谷汲は廃止されて10年近くしますが、ほとんどが軌道が撤去されているだけで、道床や築堤はそのまま残されている状態。
だたし撤去工事が停滞するのは厳しい予算の中から捻出されるものなのと、撤去後の活用法が見出せない中そのままということも考えられます。

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現在の旧谷汲駅は昆虫館との併設となっていますが、事実上の展示館状態なので、改札内コンコースはスロープが設けられているなど手が加えられ、待合所は谷汲線で使用されてきた備品などが展示されているなど手が加えられていますが、ある程度は廃止前の状態となっています。

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展示されている車両はモ510形514号車とモ750形755号車が静態保存されており、モ510形は岐阜市内の金公園や旧美濃駅に残されている車両が蛻の殻状態であるのとは異なり、現役最終仕様の車内がそのまま残されているのが特徴です。

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バスの都合上30分程度の滞在で谷汲口へ戻り、再び樽見鉄道に乗って終点の樽見まで乗り通しました。

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樹齢1500年以上もするエドヒガンザクラの淡墨桜(うすずみざくら)がある淡墨公園の最寄り駅として知られる樽見駅は2年前の不審火により駅舎が全焼し、現在あるのは「うすずみふれあいプラザ」と交流施設が併設される2代目となっています。

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折り返し大垣へ戻ると、空きから南へ10分ほどの場所にある大垣城へ。
現在の大垣城は本丸の一部が残されているだけといことで日本100名城からは外されていますが、天守や隅櫓は概観だけ復元されて、天守内部は史料館として利用されています。

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大垣城の後は関ヶ原へ移動し、関ヶ原古戦場巡り。
先に町役場近くにある関ヶ原歴史民族資料館に入ってから入手した「ザ・ウォークマップ」を利用して古戦場の各所を巡りました。

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今回は徳川家康最終陣後~決戦地~石田三成陣跡(笹尾山)~黒田長政・竹中重門陣跡(丸山)~島津義弘陣跡~開戦地~小西行長陣跡~小早川秀秋陣跡(松尾山)という順で巡りました。

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中でも一番最後に訪れた小早川秀秋陣跡がある松尾山が大変で、高さ的には300m程度の山で東海自然歩道の一部なのですが、回りくねっている上にアップダウンが激しく、通常40分程度のところを日没近かったこともあって往路26分・復路20分のハイピッチで駆け抜けてきましたので、結構きつかったです。

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登山口まで戻ったときには薄暗くなっていて、関ケ原駅へ戻った頃には真っ暗になっていました。

関ケ原から岐阜へ戻り、ロッカーに預けていた鞄の回収と夕食をとって名鉄で名古屋入りしてこの日は修了としました。

category: 日記

tag: 樽見鉄道  鉄道遺構  名古屋鉄道  日本の城郭  大垣城  関ヶ原古戦場 
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シルバーウィーク日記 2009年9月20日  

2009年9月20日(

遠征2日目である20日は長良川鉄道の乗りつぶしと郡上八幡城を巡ってきました。

長良川鉄道は片道だけでも2千円程度かかる上に、乗りつぶしのついでに名鉄美濃町線の遺構を見るのと、冒頭に触れた郡上八幡城へ登城することから今回は「一日フリーきっぷ」を使いました。

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美濃太田から長良川鉄道に乗り換えるのですが、北濃まで一気に進むのではなく、関と郡上八幡で途中下車しながら北濃へ向かって、北濃から一気に美濃太田へ戻る形としました。

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関では名鉄美濃町線の遺構を。

名鉄美濃町線は段階的に廃止されたのですが、最終的に廃止されたのは2005年3月31日で、廃止後は順次道路の拡幅用として利用されるなど撤去されていったのですが、撤去費用の関係から軌道が撤去されただけの箇所があります。

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新関駅も建物自体はタクシーの営業所が残されているため撤去されずにそのまま残されていました。
駅向かい側が岐阜バスの栄町1丁目停留所であるためあまり大きく触れないようです。

関駅から国道248号線を側道に挟まれた栄町3丁目交差点~新田駅付近もレールは撤去されているものの軌道敷はまだ残されていました。

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再び長良川鉄道に乗って今度は郡上八幡へ。

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郡上八幡駅は市街地の外れにあるため、郡上八幡城の登り口がある城下町プラザまでは郡上八幡コミュニティバス「まめバス」を利用。

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市街地は観光客とその車でごった返しスムーズに動きません。

城下町プラザから郡上八幡城を目指しましたが、それほど登らないだろうと高をくぐっていたところ高低差300m程度ある山道でした・・・。

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NHKの大河ドラマ「功名が辻」で知られる竹内一豊の正室である千代(後年は見性院とも呼ばれている)の故郷である郡上八幡城の天主は大垣城を参考にした模擬天主ですが、木造の天主は思っている以上にコンパクトした。

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下山後は博覧館や古い町並みを巡ってきましたが、メインの通りは人が多かったです。

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三度長良川鉄道に乗って、今度は北濃まで一気に乗りとおし。
北濃は盆地の北端にあるような場所でその先は集落も点在しますが、両側は川と高い山に阻まれています。

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折り返しは美濃太田まで一気に乗り通し。
立席まで見られた昼間とは打って変わって、各ボックスに1~3人座っている程度という空き具合。

この日はこれで終了。
美濃太田から高山線のキハ11系に乗ってホテルへ戻りました。

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category: 日記

tag: 長良川鉄道  名古屋鉄道  鉄道の遺構・廃線跡  日本の城郭  郡上八幡城 
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シルバーウィーク日記 2009年9月19日  

2009年9月19日(

今年の9月から新たに加わった大型連休「シルバーウィーク」に合わせて岐阜県内の城郭めぐりと乗りつぶしの旅をすることにしました。

当日は早朝出発だったのですが、前日まで仕事でバタバタしておりあまり余裕が無く、準備が深夜まで掛かってしまったため仮眠したものの、気がつくと6:30を回っておりました。

新大阪からのぞみ310号に乗って名古屋入り。
手始めは飯田線方面で、前半2泊の宿泊先は名古屋ではないなので、ひとまず鞄をロッカーに預けておきました。

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名古屋からは東海道線新快速に乗り豊橋へ向かい、豊橋から飯田線に乗り換え。
先月末に乗ったところでしたが、日本100名城の一つが飯田線の沿線にあるのと、そこを行程に組んだのがぎりぎりの段階だったため、3週間ぶりに再び乗るとは考えてませんでした。

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対象となったのが長篠城。
武田勝頼と織田信長・徳川家康連合軍による長篠の戦いで知られています。

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城跡として残されているのは本丸など城の中心部だけが残されているのですが、豊川と宇連川の合流点に面する渡合は鳳来峡から続く渓谷となっています。

まずはここを見るためには対岸へ渡ったのですが、長篠城周辺に架かる橋は少なく大回りをする必要があったため、このためだけを見るために1時間余計に掛かってしまいました。

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野牛曲輪側にある渡合を見た後は長篠城本丸の方へ。
手前の帯郭に城跡を管理する新城市長篠城址史跡保存館があり、長篠の戦に関するものが展示されています。

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本丸跡は飯田線が分断する形で通っていて、平城京跡を通る近鉄奈良線に比べれば可愛いレベルです。

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本丸跡を見た後は天神山陣地と医王寺山にある武田勝頼本陣地を巡ってきましたが、1時間内に駆け抜けるのは大変です。

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長篠城から三河東郷へ移動。
ここでは佐久間レールパークへの遠征での復路で乗った313系1700番台に当たったのですが、この列車は上諏訪からの列車で、元は115系が当てられていたのを313系3次車の導入で置き換えられたためにものと考えられます。

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三河東郷では長篠の戦で決戦の場となった設楽原を巡ってきました。
先に設楽原歴史資料館へ。

ここには設楽原の決戦で使われた鉄砲に纏わり、鉄砲に関する展示や武田勝頼軍との攻防で大きく破損した長篠城を棄却して新城城を築城して以降の資料が展示されていました。

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資料館を出て設楽原の決戦に関する主要な場所などを巡ってきました。
ここでは武田軍の騎馬隊に対向するべく構築された場防柵(現行のものは復元されたもの)や徳川家康の本陣跡を見てきました。

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そんな中、愛知万博の長久手愛知県館に展示・使用されていた「踊る指南鉄塔」を目撃。
何年か前に行われた移転先が「踊る指南鉄塔」のサーボシリンダを製作した新東工業の新城製作所の敷地内にあるのは知っていましたが、所在地がこの場所だったのは知らず偶然見つけた次第です。

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三河東郷から名古屋に戻って鞄を回収した後、岐阜へ移動。
ここでは岐阜城を見てきたのですが、岐阜城では夏季の土休日限定で夜間観覧が出来、金華山の頂にある岐阜城から見る夜景を堪能してきました。

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遠征初日はここで終了。
この後ホテルにチェックインして2日目を迎えます。

category: 日記

tag: 日本100名城  長篠城  長篠・設楽原の戦  岐阜城  金華山 
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2009年8月12日 東北地方の名城と鉄道を巡る旅2 白河へ  

混乱した前日とは一変し遠征初日は通常通りに東京駅に立っていました。

当日最初に巡るのは福島県の白河小峰城。
最寄り駅は白河駅ですが、東北新幹線の駅は白河より上野寄りにある新白河なので、まずはやまびこ205号に乗って新白河へ向かいます。

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一昨年に比べて人が若干少ないようにも思えますが、不況と高速道路1回利用上限1,000円政策の影響が見られるようですが果たして・・・。

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東京を定刻どおり出発すると、事前に買っておいた弁当を開いて朝食です。

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上野と大宮で纏まった乗り込みが見られましたが、その先の小山や宇都宮でも乗り込みがあり、那須塩原で纏まった降車が見られました。
那須塩原ではキャリアカートを転がして行く人が多く見受けられました。

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新白河で降車。
時間にして約1時間半です。

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新白河は新幹線側の出口が主役で在来線の乗換え口は申し訳程度に簡易型の自動券売機と自動改札機が1台ずつ設けられていました。
跨線橋を見下ろすとすでに列車が待っているため、そそくさと乗り換えましたが、その車両も100p~120p(通路と出入り口付近に10人~30人立っている状態)の込み具合で、多くは18きっぷ利用者であると容易に判断できます。

新白河から1区間のって白河に到着。
込んでいる列車を後にして、ようやく白河小峰城へと足を進めます。

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category: 東北地方遠征

tag: JR東日本  東北新幹線 
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2009年9月16日 JR西日本 京阪神地区に新型近郊形電車「225系」導入へ  

JR西日本は9月16日、新型近郊形電車225系を導入することを明らかにしました。

参考記事
・JR西日本ニュースリリース「9月定例社長会見」
http://www.westjr.co.jp/news/newslist/article/1174375_799.html
・ホビタスニュース「JR西日本 京阪神エリアに225系直流電車を投入」
http://www.hobidas.com/news/article/106471.html
・MSN産経「JR西が新型車両導入へ」
http://sankei.jp.msn.com/life/trend/090917/trd0909170003000-n1.htm
 >外観イメージ写真
http://sankei.jp.msn.com/photos/life/trend/090917/trd0909170003000-p1.htm
 >内装イメージ写真
http://sankei.jp.msn.com/photos/life/trend/090917/trd0909170003000-p2.htm

JR西日本の近郊形電車としては2006年の521系以来、直流近郊形電車としては1999年の223系2000番台以来の新規設計による車両となります。

主な概要は以下の通り。
・実車の納入時期は2010年5月頃。
・発表時点で予定されている導入車両数は約200両。
・車体構造の見直し(衝撃吸収構造の採用など)
・つり革の増加と配色の変更。
・液晶モニタ式案内表示器の設置。
・側扉の開閉動作表示ランプの設置。
・車椅子対応のトイレのドアの拡大。
・JR東日本を中心に首都圏で採用されている側扉の警戒識別帯の採用。

ニュースリリースから想定される仕様を想定してみます。
・車体構造を321系としながら、衝撃吸収構造の採用などの変更点が加えられる模様。
・内装は223系2000番台ベースであるものの、天井まわりは321系ベースになる模様。
・前面形状は先に発表された「はまかぜ」用の車両に似た感じで、前面強化の関係から客室からの前面展望は大きく後退する事になる模様。
・車内案内表示器は321系に続き19インチLCDの「WESTビジョン(三菱電機製LCDモジュール)」が採用されると思われます。
・座席の配色はこれまでと同じブラウン系となると思われるものの、座席の形状や表地は変更される可能性も想定されます。
・置き換えの対象は網干総合車両所の221系。

なお、足回りは321系がベースになると想定されますが、運転しにくいといわれる0.5M+0.5T方式の走行システムのまま継続されるか、233系や207系と同じく1M方式に戻されるかは不明です。

完成イメージからは現行よりも運転台の高さが大幅に上げられるとものと想定されます。
展望性は現行車種よりも大きく悪化しますが、運転士側にとっては本来の姿に戻って歓迎という声も聞かれます。
(現行でも運転台高さが1段高いのですが、ある元ベテラン運転士によると高速運転する割りには低運転台である酷評がされているからです)

車両の置換え対象を221系と想定したのは、新快速運用を225系に置換えて、捻出された223系1000番台・2000番台を快速運用に転用させると考えられるからです。
また、網干総合車両所に在籍している221系は8両編成13本、6両編成19本、4両編成2本の計220両ですが、225系は約200両導入されることからそうではないかと考えたからです。

そして置き換えによって捻出された221系を京都総合運転所や宮原総合運転所に残存する113系の置換えようとして転用させて、そこで捻出した113系を体質改善車を中心に岡山電車区や広島運転所に残存する103系を置換え、113系と115系の非体質改善車と103系を廃車すると想定されるのですが、あくまでも個人的な想像なので実際にどう転配劇が繰り広げられるかは分りません。

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車体・内装・足回りのベースになると思われる321系
2009.8.1 島本にて

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321系の天井周り
2005.12.11 走行中の車内にて

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225系で採用されると思われる三菱電機製LCD式車内案内表示器「WESTビジョン」
(写真は321系のもの)
2005.12.4 走行中の車内にて

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JR西日本における近郊形直流電車の主力形式223系(写真の車両は2000番台6次車)
2009.7.26 堅田にて

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225系の導入によって網干総合車両所から転出されると思われる221系
2009.8.1 島本にて

category: 関西地区の鉄道

tag: JR西日本  225系  223系  221系  321系 
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2009年9月13日 京阪本線淀駅連続立体交差事業見聞1-4  

京阪淀駅高架工事レポ。
今回のレポの最後は高架駅の外観と一般改札口の様子を報告します。

まず最初の写真は出町柳方から撮影したものです。
こうして見ると臨時出口側がメインのように見えてしまいます。

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普段使用される一般出口(公式には単に「出口」として案内されていますが、臨時出口と区別するため、このレポでは一般出口と記述しています)は淀屋橋方に小ぢんまりとした構えで設けられています。

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入口側を撮影したもの。
階段と上りエスカレータがあるのですが、エスカレータの奥にエレベータが設置されています。

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改札外コンコースから撮影したもの。
ホームへの階段は改札口入ってすぐ、上りエスカレータはその奥という配置となっています。
改札内コンコースには売店も設けられています。

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改札内コンコース。
4通路分ある自動改札機は有人側の1通路が入場専用で、残り3通路は双方向となっています。
また、自動精算機は1台となっています。

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今回のレポは以上です。

category: その他の鉄道工事レポ

tag: 連続立体交差事業  京阪電気鉄道  京阪本線  淀駅 
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2009年8月11日 東北地方の名城と鉄道を巡る旅1 大荒れの出発  

8月11日から8月16日の夏休みを利用して東北地方にある日本100名城の城郭めぐりと未乗路線の乗りつぶしをすることにしました。

乗りつぶしに明け暮れた昨年とは一転して、城郭めぐりをメインに据える遠征としては今年のゴールデンウィーク以来2度目となります。

今年からはムーンライトながらが季節臨時に格下げされて1往復の縮小されたため、初日の前日に東京入りすることになったのですが、出発までには台風と地震のダブルパンチがあり大荒れのスタートを切ることになりました。

当日は台風の直撃は避けられましたが、早朝に地震が発生し東海道新幹線は朝から動いていませんでした。
午後までには運行が再開されたものの、最大で2時間遅れということなので、少々覚悟しながら新大阪へ向かいました。

直前の調査では乗車予定ののそみ58号は10分程度の遅れで済んでいることから、一安心といったところでした。
しかし、新大阪に到着後に見た発車案内板には15分の遅れで、その前後の数本がより遅れていました。

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ホームへ上がると16両から8両に短縮された500系こだまが停まっていました。
チャンスとばかりに撮っておきましたが・・・。

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前を行く列車がさらに遅れているために列車徐々に遅れてきて、のぞみ58号が入線してきたのは20分遅れの21:40.

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列車は掛川辺りまでは20分遅れをキープしてきたのですが、それを過ぎると震源地に近い牧之原台地を70kmとノロノロと通過していきました。
新横浜に到着したときには、車両基地に収容しきれずに駅で夜間滞泊するN700系を発見。
近年のダイヤ改正で発生した副産物のようです。

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結局、品川到着は35分遅れ。
品川からホテルへ向かい現地入り終了とします。

category: 東北地方遠征

tag: 東海旅客鉄道  地震 
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2009年9月13日 京阪本線淀駅連続立体交差事業見聞1-3  

京阪淀駅工事レポ。
今回は臨時出口の状況を報告します。

JRA京都競馬場の最寄り駅である淀駅には臨時の改札口がありますが、今回切り替えられた高架駅にも臨時改札口がありますが、今度は競馬場のステーションゲートに近くなったことからこれを期に独立したコンコースが設けられています。

臨時の改札口にある自動改札機は7通路分ですが、下り線が高架化された暁には増設されるのでしょうか?

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メインレース終了後の利用集中に対応するべく、臨時出口の改札内コンコースはかなり広く取られています。

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臨時出口側の改札内コンコースと一般出口用の改札内コンコースは両者の中間点にエレベータがあるため跨道橋を通じてつながっています。

下の写真の左側が臨時出口側のコンコースとなっていますが、そこにある階段辺りにシャッターがあるらしく、普段はそれで臨時側と仕切りつつエレベータから一般出口への通路も確保するようになっています。

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エレベータ正面にある一般改札口への連絡通路。
写真奥が一般用の改札口・出口となります。

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臨時改札口を抜けるとステーションゲートへの連絡通路となっています。

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連絡通路側出口付近からは仮下り仮ホームを見ることができます。

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連絡通路はペデストリアンデッキとなっていてステーションゲート前までは階段で降りることなく向かうことが出来ます。
また、改札口近くに階段があるのですが、これは競馬場のステーションゲートから西側にあるメインレース終了後に使用される臨時出口殻の利用を考慮したものとなっています。

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ステーションゲートの近くにある臨時バスのりば。
主に京阪バスで、対岸のJR山崎駅や阪急水無瀬駅とを結びます。

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→1-4に続く。

category: その他の鉄道工事レポ

tag: 連続立体交差事業  京阪電気鉄道  京阪本線  淀駅 
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2009年7月20日 首都圏の鉄道を堪能する三連休の旅14 最後は京急の編成写真撮影  

馬喰町から横浜へ移動し、京急に乗り換えて生麦へ移動しました。
ここでは京急の編成写真撮影としました。

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まずは1500形。
8両編成は都営地下鉄浅草線乗入れ列車を中心に急行以上の優等列車に使用されています。

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6両編成は京急線内の普通電車を中心に使用されています。

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800形は京急の現役車両として唯一の4ドア車。
現在は6両固定編成化され普通電車を中心に使用されています。

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2100形は2000形に代わる快速特急専用車として登場し、京急で初めてドイツ・シーメンス製のインバータ制御装置が採用されました。
これまでの快速特急専用車の2000形にはなかった非常扉が左側にオフセットされているため、品川を越えて泉岳寺まで乗入れるようになりました。

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その2100形に置換えられた2000形は3ドアとロングシート化改造を受けて、8両編成はラッシュ時に4両編成は横浜方面~成田空港直通系統の快速特急から普通電車まで幅広く使用されています。

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新1000形にはアルミ車体とステンレス車体があるほかに行先表示器が字幕式とLED式である車両があるなど製造年次によって異なります。

まずはアルミ車体の2次車。
こちらは窓が黒色の大型1枚窓に変更されたグループで5次車までの窓はこの仕様となっています。

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こちらは4両編成。
写真は3次車の1417-1420編成で、このグループからインバータ制御装置のスイッチング素子がGTOからIGBTへ変更されています。

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同じく4両編成ですが、こちらは5次車の1441-1444編成。
アルミ車体では最終増備車になるのですが、この5次車と前年の4次車は行先表示器がフルカラーLED式に変更されています。

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6次車以降のステンレス車体。
写真の4両編成は8次車から登場したもので、全車電動車となっていますが、中間に付随車2両を挿入して6両編成にすることも出来るようになっています。

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ステンレス車体の新1000形第1号である1073-1080編成。
新1000形6次車として製作されたのはこの1本だけですが、インバータ制御装置が2100形から続いたシーメンス製から国内の三菱電機製に変更されています。

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撮影終了する頃にブルー・スカイ・トレインのラッピングを纏った2100形に遭遇しました。

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撮影終了後、東京へ戻って夕食を挟んでからのぞみ135号で帰阪しました。

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:これまでの京急の慣例により東急車輌製造で製作された車両は三菱電機製、川崎重工業車両カンパニーで製作された8次車4両編成は東洋電機製造製とされているそうです。

#「2009年7月18日~7月20日 首都圏の鉄道を堪能する三連休の旅」 おわり

category: 関東地方遠征

tag: 京浜急行電鉄 
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2009年9月13日 京阪本線淀駅連続立体交差事業見聞1-2  

淀駅高架工事レポ。
続いては高架に上がった下りホームを見てきます。

20090913_yodo-13.jpg

まずは淀屋橋・中之島方。
こちらにはメインの出口への階段・エスカレータが設けられています。
このため列車の停止位置は両数に関係なく淀屋橋方に揃えられているようです。

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20090913_yodo-14.jpg

淀屋橋方に淀車庫がある関係から外側に入出庫線が設けられるようになっていますが、現状は暫定状態で下り本線のみ軌道が敷設されています。

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上下本線の間に両渡りの分岐器が挿入されていますが、これも入出庫の関係からだと思われます。

20090913_yodo-16.jpg

出町柳方は臨時出口への階段が設けられていますが、ここにはエスカレータは設けられていません。

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出町柳方は南側に引き上げ線が設けられていて、こちらにも両渡りの分岐器が挿入されています。

20090913_yodo-18.jpg

次は改札内外のコンコースと高架駅の外観を見てきます。

→1-3に続く。

category: その他の鉄道工事レポ

tag: 連続立体交差事業  京阪電気鉄道  京阪本線  淀駅 
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2009年7月20日 首都圏の鉄道を堪能する三連休の旅13  

京成高砂から本八幡へ移動し、都営新宿線に乗り換えます。
ここへ来るのは十年ぶりやったかな・・・。

20090720_motoyawata-01.jpg

新宿寄りは人気が少ないことから折り返しのタイミングで無人となる車内を撮ることにしました。
人がいると気を遣いますから下の車内写真は撮れませんから・・・。

まずは10-000形。
長年製作された車両ですが、今回は最終増備の8次車第27編成。

20090720_toei_10_000-01.jpg
20090720_toei_10_000-in01.jpg

続いて京王9000系。
都営新宿線に乗り入れているのは10両貫通編成の30番台。

20090720_keio_9030-in01.jpg

こちらは車内案内表示器がLCD式となっています。

20090720_keio_9030-in02.jpg

首都圏大手私鉄で近年登場した新型車両の車内案内表示器は東急・京王・小田急・西武・東京メトロがLCD式、東武・京成・京急(一部を除く)が3色LED式と分かれています。
LCD式はインターフェイス性に優れているものの設置面積を要するため、比較的採用例が多いドア鴨居部設置形の場合だと路線図や停車駅案内が犠牲になります。
また、停車駅案内があっても表示領域に制約から局地的なものとなり停車駅案内表示で重要な一覧性は劣ります。

LED式は設置面積が比較的小さいため、停車駅案内の掲示が併用出来ますが、一回に表示される情報量が少ないのが難点です。

さて、本八幡から馬喰横川へ移動。

20090720_bakuro_yokoyama-01.jpg

ここから総武快速線・横須賀線に乗り換えます。

20090720_bakuro_yokoyama-02.jpg

JRの駅は馬喰町で、開業当時は国鉄で一番低い駅として知られていましたが、後に京葉線東京駅や海峡線吉岡海底駅が開業したためその座は失われましたが・・・。

20090720_bakurocho-01.jpg

ホーム端部は開削工法とシールド工法の境界になっていますが、こうして剥き出しになっているのはあまり見られないので撮っておきました。

20090720_bakurocho-02.jpg
20090720_bakurocho-03.jpg

#補足:京急600形の一部編成が更新工事を受けた際、LCD式案内表示器が設置された模様。
これは試験的に設置された以来とのこと。


→次に続く。

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2009年9月13日 京阪本線淀駅連続立体交差事業見聞1-1  

9月12日に淀屋橋方面(上り線)の高架切替が行われた京阪本線淀駅の様子を見てきました。

20090913_keihan-01.jpg

実際に切り替えられた下り線を見る前に現行の上り線側から見ることにします。
まず、下の写真が地上駅のままである上りのりばで、下りのりばは仮ホームへ移転する前までこの場所にありました。

20090913_yodo-10.jpg

下りホームがこの場所にないのは高架橋構築に際して支障を来たすためであり、写真からもそれが良く分かります。

20090913_yodo-12.jpg

先に淀屋橋・中之島側にある工事終点を見てみます。
すぐ西側に淀車庫がある関係から高架~地上~高架~淀川水系の橋梁群~八幡市駅(地上)という感じになります。

20090913_yodo-07.jpg

切り替えられた証拠として下り線を行く列車を撮ってみました。

20090913_yodo-01.jpg

地上駅の改札口は出町柳方にあります。

20090913_yodo-11.jpg

その先に下り仮ホームが小さく見えるのですが、高架後の淀駅はその辺りに移転されます。
そのため現状は上りと下りののりばが400mほど離れています。

20090913_yodo-08.jpg
20090913_yodo-09.jpg

中書島から折り返して本線上を出町柳方から見てみることにします。
写真の辺りから旧下り線と分れ、高架橋はその先に見える跨線橋を過ぎた辺りからとなります。

20090913_keihan-02.jpg
20090913_keihan-03.jpg

引き上げ線がある辺りまでは曲線で、写真左側にはJRA京都競馬場の敷地が広がります。

20090913_keihan-04.jpg

引き上げ線の車止めを過ぎると曲線が終了。

20090913_keihan-05.jpg

引き上げ線と並走して分岐器を過ぎると淀駅下りホームに到着します。

20090913_keihan-06.jpg

→1-2に続く

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2009年7月20日 首都圏の鉄道を堪能する三連休の旅12 北総線と京成高砂でゲットした編成写真   

印旛日本医大から京成高砂までの移動の間に撮影した編成写真です。

まずは小室で捉えた千葉ニュータウン鉄道9100形。
もとは住宅・都市整備公団が所有の車両で、都市整備公団に改組されたのを期に受け皿会社として新設された京成グループの千葉ニュータウン鉄道に譲渡されていきましたが、車両の管理自体は北総開発鉄道→北総鉄道が行っています。

20090720_chiba_newtown_rail_9100-01.jpg

東松戸で捉えた京急新1000形。
写真は偶然にもアルミ車体の1次車トップナンバー編成で、側窓が見えにくいのですがグリーンガラスで2分割になっているのが特徴です。
(2次車~5次車は黒色のUVカットガラスで大型の1枚窓)

20090720_keikyu_n1000-05.jpg

続いて京成高砂で捉えた車両群です。

まずは京成3700形。
京成では浅草線・京急などへ乗り入れるなど幅広く使用されている車両で、写真の編成は最終増尾グループの8次車の3858編成。

20090720_keisei_3700-01.jpg

北総鉄道7500形。
京成2代目3000形・新京成N800形と仕様を共通した京成グループ標準車で、これによって7000形が廃車されています。

20090720_hokuso_7500-01.jpg

都営5300形。
5000系に代わる主力として登場した車両で、運転室を大きく拡大したため後部と第1ドアの間に座席がないのが特徴で、浅草線乗入れ車両としては京急の新1000形6次車が運転室後部に座席がない車両として登場するまでは唯一の車両でした。

20090720_toei_5300-01.jpg

最後は京成2代目3000形。
京成グループ標準車として登場した最初のグループで現行の最新鋭車両。
日車式ブロック工法が用いられているため、京王9000系や名鉄のステンレス車両と同じくドア周辺に継ぎ目があるのが特徴です。

20090720_keisei_3000_2g-01.jpg

このあとは本八幡へ移動して都営・総武快速を乗り継いで横浜へ移動しました。

→次に続く。

category: 関東地方遠征

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週末日記 2009年9月12日~9月13日  

2009年9月12日(

12日は雨と言うことで、終日自宅に引きこもり。

この時を利用して容量が一杯になりつつあったKawachiPC4号機のHDDの整理。
これまで撮影してきた画像が250GBある容量のうち170GBを占めていることから、これを外付けのHDD(500GB)に引っ越しさせることにしました。

撮影した画像ファイル自体はフォトショップエレメンツ(PSE)で管理しているため、WindowsのExplorerで移動させてしまうとリンク設定をし直さなければならないので、PSEで移動させることにしたのですが、約50,000あるデータを移動させる徹夜になりそうだったので寝てしまいました。

2009年9月13日(

13日は連立事業により一部高架化された淀駅の見聞と近鉄京都線での編成写真撮影をしてきました。

20090913_keihan-01.jpg

9月12日に切り替えられたばかりの淀駅で今回高架化されたのは下り線(淀屋橋・中之島方面

20090913_yodo-01.jpg

その前段階で下りのりばが出町柳寄りにある京都競馬場近くに移転しているため、これまである場所にあるのは上り線(出町柳方面)のりばがあるだけとなっています。

20090913_yodo-02.jpg

せっかく来たので駅近くにある淀城跡へ行ってきました。
伏見城の廃城に伴い築城された淀城は淀川水系の桂川・宇治川・木津川が合流する川中島に建てられた城郭で、現在は内堀の一部と本丸跡が淀城跡公園として残されていますが、京阪本線の高架によって東側に移転することから櫓などの復元も含めた再整備構想があるそうです。

参考文献:淀城跡公園再整備基本構想(京都市役所建設局緑政課)
http://www.city.kyoto.lg.jp/kensetu/page/0000020460.html

20090913_yodo_castle-01.jpg
20090913_yodo_castle-02.jpg
20090913_yodo_castle-03.jpg
20090913_yodo_castle-04.jpg

後の行程と京都方のアプローチ箇所の確認のため、一旦中書島へ向かってから折り返し淀へ戻ってきました。
下りのりばが場所にあるので・・・。

高架後の淀駅は2面4線になる予定で、下りホームは島式1面2線となっています。

20090913_yodo-03.jpg
20090913_yodo-04.jpg

改札口は淀屋橋方・出町柳方共に用意され、普段は前者が使用されるため出口とされていますが、後者は競馬場開催時のみの臨時出口となっていますが、明らかに臨時用に充てられているスペースが数倍広いです。

20090913_yodo-05.jpg

出町柳方から撮った写真だと臨時用の方がメインのようにも見えてしまいます。
淀駅のレポは後日アップします。

20090913_yodo-06.jpg

お次は近鉄京都線での撮影。

まずは竹田駅にて。
ここでは京都市営地下鉄烏丸線の車両をメイン。

20090913_kintetsu_3200-01.jpg
20090913_kyoto_subway_10-01.jpg

続いて十条へ移動。
ここでは京都発着の列車をメインに捉えましたが、ここは時折上り特急と下り急行が被るので難儀しました・・・。

20090913_kintetsu_23000-01.jpg
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20090913_kintetsu_8600-01.jpg

撮影はここで終了。

撮影後帰宅したところ、KawachiPC4号機が画像ファイルの引っ越しがようやく終わったと知らせてくれました。

朝起きてまだ終わってなかったため、そのまま出掛けていったのですが、どうやら夕方ぐらいに終わったようで、画像ファイル移動開始から移動元のファイル削除終了までに延べ15時間~18時間かかったようです・・・。

結論は、纏めてやるものではないなと思いましたね・・・苦笑。

category: 日記

tag: 連続立体交差事業  京阪電気鉄道  近畿日本鉄道  京都市交通局  日本の城郭  山城淀城 
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2009年7月20日 首都圏の鉄道を堪能する三連休の旅11 京急新1000形ステンレス車の車内  

北総鉄道の改良工事見聞の途上、印旛日本医大から折り返しに京急の新1000形に乗ったのですが、ステンレス車体の最新グループ(6次車以降)であったため人気が無いこの時に撮っておきました。

20090720_keikyu_n1000-04.jpg

まずは車内全体の写真。
5次車以前のアルミ車体グループではドアの室内側が化粧板であったのが、ステンレス地剥き出しになっているのが目立ちます。

20090720_keikyu_n1000-in01.jpg

車端部はアルミ車体グループのクロスシートからロングシートに変更されています。
京急の新造車両としては1500形以来のオールロングシート車だそうです。

20090720_keikyu_n1000-in02.jpg

ドアの周辺。
ドア自体は東急の5000系の最新グループと共通のものが使用されているようですが、鴨居部にある車内案内表示器はアルミ車体グループと同じLED式となっています。

20090720_keikyu_n1000-in03.jpg

物議を醸しているのが運転室後部に座席が無くなったというもので、これは操作性と安全性の理由から運転室を拡大したことによる影響を受けているため。

20090720_keikyu_n1000-in04.jpg

ワンハンドルマスコンを装備する運転台。
T字・左手操作の違いはあるものの首都圏ではワンハンドルマスコンが標準ですが、関西では京阪8000系と阪急以外は横軸ツインレバー形が標準なので、地域性と伝統の違いは大きいと感じさせられます。

新1000形ステンレス車では運転台の高さが上げられているのが下の写真からでも分ります。

20090720_keikyu_n1000-cab01.jpg

弊サイト「DK-Report」に京急新1000形の項目をアップしています。
http://dkkawachi.web.fc2.com/rail_photograph/keikyu/n1000sus.html

→次に続く。

category: 関東地方遠征

tag: 京浜急行電鉄 
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2009年7月20日 京成高砂駅工事見聞  

北総鉄道に続き京成高砂駅の高架工事も見てきました。

京成高砂駅周辺は連立事業としては検討段階であるものの、それでは列車増加によって踏切遮断時間増加が予想される成田新高速鉄道の開業には間に合わないため、暫定措置として京成本線の高架化を待たず金町線のみ先行して高架化されることになったそうです。

2006年頃から着手された工事は、都道307号線が交差する高砂第1号踏切の上方に高架橋を構築しそこへ金町線専用のりばを設けるようです。
実際に連立事業が竣功した場合は2層高架となるのですが、今回は暫定措置であることから第1階層?だけとなるものと想定される進め方となっています。

20090720_takasago-01.jpg
20090720_takasago-02.jpg

都道307号線が交差する高砂第1号踏切南側から撮ったもの。
この道路は日常的に往来が激しいそうで、来訪時に確認したところでも車・人の往来が多く、さらに路線バスのルートにもなっています。
これは京成高砂駅周辺で南北に抜ける主要道路がここしかないと言うネックがあるようです。

20090720_takasago-04.jpg
20090720_takasago-03.jpg

京成高砂駅自体は橋上駅舎で改札外は自由通路して利用出来るのですが、南口が都道からは分りにくい場所にあります。
(エレベータは踏切すぐの場所にあるのですが・・・)

20090720_takasago-05.jpg

橋上駅舎の自由通路側から見た高架橋。
奥の方に金町線の暫定ホームが構築されています。

20090720_takasago-06.jpg

今回の京成高砂駅のレポは以上です。

→「2009年7月20日 首都圏の鉄道を堪能する三連休の旅11」に続く。

追記:KOYAさんのブログで京成高砂駅の工事の最新レポがアップされていますので該当記事を提示しておきます。

参考:おきらく娯楽工房
「2009年8月29日京成金町線京成高砂駅付近工事調査(1)」
http://okiraku-goraku.com/2009/08/20098291-1.html
「2009年8月29日京成金町線京成高砂駅付近工事調査(2)」
http://okiraku-goraku.com/2009/09/20098292-1.html

追記2:連立事業に関する文献を提示しておきます。

参考文献:葛飾区公式サイト・都市マスタープラン
「第1回勉強会資料3(PDFファイル 749KB)」
http://www.city.katsushika.lg.jp/previews/000/000/179/17937-4.pdf

#2009.9.12 2:25 LastUpdate

category: その他の鉄道工事レポ

tag: 連続立体交差事業  改良工事  京成電鉄  成田新高速鉄道 
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2009年7月20日 北総鉄道改良工事見聞3 東松戸駅  

北総鉄道改良工事レポ。
最後は東松戸駅です。

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東松戸駅の工事はこれまでの1面2線から2面4線に拡張するもので、上り専用として島式ホームを1面2線新設し既存の島式1面2線を下り専用とします。

前回来訪時は新上りホームが構築途上でしたが、今回来訪した時には既に完成し供用が開始されていました。

20090720_higashi_matsudo-02.jpg
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京成高砂方は分岐器の挿入などが完了していますが、副本線に設置されている出発信号機には使用停止中を示す×印が貼り付けられています。

20090720_higashi_matsudo-04.jpg

ホームの各設備は既存の下りホームと同じようなものなのですが、待合所はガラス張りとなっています。

20090720_higashi_matsudo-05.jpg
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防風スクリーンはホーム全長に渡って設置されていますが、下り線側のものとは異なり上部が多数の穴が開けられたタイプが使用されています。

20090720_higashi_matsudo-10.jpg

京成高砂方ホーム端部にはなかったホーム上屋は印旛日本医大側には端部まで設けられています。

20090720_higashi_matsudo-07.jpg
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印旛日本医大方も同じく分岐器の挿入が完了しているものの、下り副本線の出発信号機は使用停止中となっています。

20090720_higashi_matsudo-08.jpg

今回の北総鉄道改良工事レポは以上です。

category: その他の鉄道工事レポ

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2009年7月20日 北総鉄道改良工事見聞2 小室駅  

北総鉄道改良工事レポ。
お次は小室駅です。

20090720_komuro-02.jpg

小室駅の改良工事は既存の1面2線に南側に上りホームを新たに1面新設し、既存のホームを下り線専用にして2面3線に拡張するのが主な内容です。

前回来訪時は上りホームの工事の途中でしたが、今回来訪するまでには完了しています。

20090720_komuro-01.jpg

これまで上り本線として使用されていた線路は下り本線となり、これまで下り本線として使用されていた線路は下り副本線に切り替えられています。

また、工事の竣功により下り線のみ待避が可能な配線となっています。
写真は京成高砂方の様子です。

20090720_komuro-03.jpg

新設された上りホームは階段・エスカレータ・エレベータが集中している中央部の幅員が大きく取られていて両端はその3分の2程度の幅となっています。
パッと見た感じでは2面4線にでも出来そうな感じですが、背後は境界の柵が設けられていることから、このまま2面3線で行くものと考えられます。

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ホーム新設に伴い、橋上駅舎も南側に拡張されています。

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印旛日本医大・成田空港方の様子です。
ホーム上屋は上下ホームとも同じ長さに揃えられているようです。

20090720_komuro-08.jpg
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20090720_komuro-10.jpg

→次に続く。

category: その他の鉄道工事レポ

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2009年7月20日 北総鉄道改良工事見聞1 印旛日本医大駅  

さて、ここからは成田新高速鉄道に関連する北総鉄道の改良工事を印旛日本医大から順に見ていきます。

まず最初は現状の末端となる印旛日本医大駅から。
ここは末端は引き上げ線があり、その両側には本線の路盤が準備されていましたが、その後成田新高速鉄道の計画が実行に移されると軌道の敷設工事などが着手されてきました。

来訪当時は軌道敷設の他に電気・信号設備の工事も着手されています。

20090720_imba_nihonidai-01.jpg

延伸される本線は引き上げ線の東側から曲線区間になるようです。

20090720_imba_nihonidai-02.jpg

その先には跨線橋が架かっていることから、駅から歩いていったのですが、車道は供用されていましたが歩道の未完成のままだったため、あまり立ち入れませんでした。
下の写真はその時のショットです。

20090720_imba_nihonidai-03.jpg

次の2枚は印旛日本医大駅ホームの成田空港方から撮ったものです。
1枚目が下り線側、2枚目が上り線側から撮っています。

20090720_imba_nihonidai-04.jpg
20090720_imba_nihonidai-05.jpg

京成高砂方は特に手が加えられて無さそうと思ったのですが、出発信号機が3灯から4灯に変更される模様で、機器自体の設置は終わっていました。

20090720_imba_nihonidai-06.jpg
20090720_imba_nihonidai-07.jpg

→次に続く。

category: その他の鉄道工事レポ

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2009年9月7日 近鉄奈良線連続立体交差事業見聞11  

近鉄奈良線の連立事業見聞9月7日号です。
工事起点から若江岩田駅までの工区で動きがあったので報告します。

若江岩田駅の工事はホーム上屋の構築が着手されています。
ホーム長自体は現行と同じく6両になるようですが、ホーム自体は1両分だけ大阪難波寄りになります。

20090907_wakae_iwata-01.jpg

架線柱の設置工事も順調に行われているようで、気がつくと工事起点側と若江岩田駅付近を除いて、設置済みとなっています。

20090907_wakae_iwata-02.jpg

工事起点側の行われていた保線用搬入口であるスロープの工事もほぼ終わっています。
あとは舗装関係などが残されている程度かと思われます。

20090907_wakae_iwata-03.jpg

工事起点にある既存と新設の高架橋接続部もほぼ終わっているようで、型枠は8月頃に外されています。

20090907_wakae_iwata-04.jpg

今回のレポは以上です。

category: 近鉄奈良線高架工事の話題

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