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2009年08月の記事一覧

2009年7月18日 首都圏の鉄道を堪能する三連休の旅4 東急大井町線乗り通しと南武線の209系を捉える  

田園都市線内の複々線区間を見た後は大岡山・目黒・品川乗換えで大井町へ向かいます。
大井町からは東急大井町線を延伸された溝の口まで一気に乗り通しすることにします。

大井町に到着した時間は17時台。
この時間帯では各駅停車は二子玉川~溝の口がノンストップの「緑各停」のみとなっています。

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ここで軽く撮影です。

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まずは8090系。

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続いて8500系。
大井町線の8500系は前面の帯が赤・橙・黄のグラデーションとなっています。

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2代目6000系。

20090718_tokyu_6000_2g-03.jpg

撮影後は緑各停に乗って溝の口まで乗り通しです。
大井町から二子玉川までは何度も乗ってきているので省きます。

田園都市線と並走する複々線区間では二子玉川からの乗換えか溝の口までの乗り通す流れが半々ぐらいです。

溝の口から南武線に乗換え。
ここではなかなか捉えられない同線の209系0番台を捉えることにしましたが、偶然にもその209系に乗ることが出来たので、川崎の一つ手前の尻手で降車して折り返してきたところを狙うことにしました。

先に山手線から転用されてきた205系0番台がやってきました。
こちらは先頭車が竣功時からのもので、前面の行先表示器がLED式である先頭車化改造車に対し、字幕式となっています。

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この次に209系が戻ってきました。
いやはや捉えられなくて十数年経ってやっと撮れた感じです・・・。

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尻手からはガラガラの205系に乗って川崎へ。
おそらく途中駅から仕立てられた列車なので貸切状態でした・・・。

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川崎に到着後、夕食を頂くことにしました。

写真がクリアではないのは携帯で撮影したためです。
飲食店で大きな一眼レフをとてもじゃないけど出せないので、この時既に発売されていたE-P1が欲しいなと思ったわけです。

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夕食後は予約したホテルがある目白へ向かい初日は終了しました。

20090718_mejiro-01.jpg

→次に続く。
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category: 関東地方遠征

tag: 東京急行電鉄  JR東日本 
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週末日記 2009年8月30日  

2009年8月30日(

8月最後のお休みはE-P1を連れてまったりとお出かけ。

当日は衆院選の投票日であるため先に投票を済ませてきましたが、投票所から出てくるとあるメディア関係者からの出口調査が待受けていました・・・。

投票を済ませたあとは阪神なんば線を経て甲子園へ。
ここへ来たのは通常のデータイムでは入らない待避線に入る近鉄車を見に来るためですが、ホーム延伸されたとは言えあまり余裕がない感じです。

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今津から阪急に乗り換えて夙川へ。

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神戸線内では駅撮りがし易い場所なので、いくつか編成写真を撮影しましたが、7000系か8000系ばかり・・・。

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梅田へ移動。
建替え工事が進む阪急百貨店は一期工事が完了して9月オープンのための準備が進められていました。

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一方、JR大阪駅の新北ビル工事を北側から撮ってみました。
橋上駅舎・自由通路の工事は大阪環状線のりばに橋脚がいくつか立ち上がっています。

20090830_umeda-02.jpg

梅田では旭屋書店で鉄道関連の書籍を、ヨドバシカメラでiPod関連商品を、コムサで財布をそれぞれ買いました。
財布はこれまでは使ってきたJeepの財布がボロボロになってきたので、今回新たに買うことにしました。

本の方は広岡友紀氏の日本の私鉄シリーズ「西武鉄道」「京王電鉄」。
他は鉄道ピクトリアルの最新号。

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財布の方はKENSHO ABE HOMME(安部兼章~ケンショウ・アベ・オム)のナイロン二つ折り財布(小銭入れあり)

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買い物を済ませた後はチョコパフェを頂いてから帰宅しました。

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category: 日記

tag: 阪神電気鉄道  阪急電鉄  JR西日本  駅改良工事  雑貨  パフェ 
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週末日記 2009年8月29日  

2009年8月29日(

8月最後の週末は土日ともお休み。
29日の土曜日は浜松市天竜区の佐久間レールパークへ行ってきました。

20090829_sakuma_rail_park-01.jpg

目的は夏休み最後の週末である29日と30日に117系と119系が登場時のリバイバルカラーを纏って佐久間レールパークの一環として隣接する中部天竜駅構内で展示されることから、それらを狙うとためです。

名古屋までは新幹線で一気にコマを進めたのですが名古屋からは混雑する在来線を延々と乗り継いで中部天竜に到着。

20090829_chubu_tenryu-01.jpg

東側の側線には119系が登場時の姿で待機していました。

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後追いでやって来た117系は、臨時快速の佐久間レールパーク1号で中部天竜入りした後、「伊那路」同志の列車交換のため入替作業で一旦西側の側線に待機。

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117系と119系の展示自体は両者の並びとなる予定なのですが、先に伊那路と中部天竜止めと豊橋行きの客扱いが終わるまでは開始されないため先に佐久間レールパークへ入場します。
中部天竜駅改札内コンコース扱いとなるようで、同駅発着の乗車券または18きっぷなどフリー乗車券類があれば無料、それ以外の場合は入場料必要です。

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展示・撮影会準備までに通る373系伊那路を中部天竜駅構内の豊橋方にある宮上踏切で捉えました。
被写体右側に被っているものに難有りですが・・・。

20090829_jrcentral_ec_373-01.jpg

その後は天竜川橋梁を渡り佐久間駅まで往復してきました。
すぐ近くには佐久間発電所があり、橋梁を渡りきった先は鉄塔と送電線の直下を歩くため、圧倒されるのですが、僅かに静電気が帯びているのが体で感じ取れます・・・。

20090829_sakuma-02.jpg
20090829_sakuma-01.jpg

中部天竜駅へ戻ってくる頃には117系と119系の並びで展示・撮影会が開始されていました。
狭いホーム上での撮影なので10人おきに一定時間の撮影をさせる方式が撮られており、鉄道イベントでよくあるような餌に集る蟻状態にならないようになっています。

20090829_chubu_tenryu-03.jpg

中部天竜を後にして豊橋へ。
この時たまたま神領車両区の313系1700番台に乗れました。

20090829_jrcentral_ec_313_1700-01.jpg

豊橋から名古屋までは313系5000番台。

20090829_jrcentral_ec_313_5000-01.jpg

名古屋に到着後、接続する普通列車が211系0番台だったため、反対側のホームへ向かい編成写真を捉えました。
当地での211系0番台は本数が少ないので、貴重なショットです。

20090829_jrcentral_ec_211_0-0.jpg

名古屋からはこだま665号に乗って帰阪しました。

20090829_nagoya-01.jpg

#2009.8.30 1:55 Update

category: 日記

tag: JR東海  鉄道イベント  佐久間レールパーク 
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2009年7月18日 東急大井町線・田園都市線改良工事 高津駅・二子新地駅  

続いて高津駅の様子です。

こちらは上りホームの渋谷方へのホーム上屋の設置工事を窺わせる感じなのですが、今のところ設置されるのか分らない様子です。

20090718_takatsu-01.jpg

一方、中央林間方は工事が終わっているようです。

20090718_takatsu-02.jpg
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こちらには二子玉川~溝の口の各駅に停車する大井町線直通の「青各停」のための渡り線が用意されています。

20090718_takatsu-04.jpg

渡り線を通って外側線に入る大井町線「青各停」
写真は8500系。

20090718_tokyu_8500-01.jpg

溝の口を出て二子玉川まで疾走する2代目6000系。

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内側線を通り溝の口へ向かう「緑各停」
写真は9000系。

20090718_tokyu_9000-01.jpg

同じく「緑各停」
写真は8090系。

20090718_tokyu_8090-01.jpg

続いて二子新地へ移動。
高津と違って、こちらは工事は終わった状態となっています。

20090718_futago_shinchi-01.jpg
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渋谷方に架かる多摩川橋梁。

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→「2009年7月18日 首都圏の鉄道を堪能する三連休の旅4」に続く。

category: その他の鉄道工事レポ

tag: 東京急行電鉄    田園都市線  大井町線  輸送力増強工事 
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2009年7月18日 東急大井町線・田園都市線改良工事 溝の口駅  

7月11日に複々線区間の拡大によって溝の口まで延伸された東急大井町線の様子を見るため延伸区間の終端である溝の口までやって来ました。

既に飽和状態である東急田園都市線の救済的な位置付けで行われる形となった今回の工事は長年の工期を経て7月11日に大井町線の溝の口延伸という形でとりあえず完結しました。

今遠征では完工後供用開始となった複々線や実際の利用の流れを見ることにしました。

まずは溝の口駅から。

20090718_mizonokuchi-02.jpg

中央林間または渋谷方双方のホーム端部では趣味者がカメラを構えているのが確認されます。
改正後からあまり日が経っていないためこのような光景が見られるのですが、しばらくしたら落ち着くものと思われます。

20090718_mizonokuchi-03.jpg
20090718_mizonokuchi-04.jpg

中央林間方のトンネルの手前まで複々線となっていますが、内側の2線は大井町線の引き上げ線として利用されています。
写真で見る限りは長津田からの送込みまたは回送する際に田園都市線へ直通する場合は本線として使用されることから、該当時間帯は開けておく必要があるようです。

20090718_mizonokuchi-01.jpg

渋谷方には渡り線がありませんが、隣の高津の手前に渡り線が設けられていますので後ほど紹介します。

20090718_mizonokuchi-05.jpg

大井町線の列車には2種類の各駅停車が登場しています。
二子玉川~溝の口を外側線に転線して各駅に停車するものと、そのまま内側線と走行して同区間をノンストップするものがありますが、それぞれは種別幕が青地と緑地に分れています。

下の写真は緑文字で、これは二子玉川~溝の口をノンストップする列車を意味しています。

20090718_tokyu_8500-02.jpg

旗の台の待避線竣功により登場した急行も緑地各停と同じく二子玉川~溝の口をノンストップとしています。
車両はこれまで通り2代目6000系が使用されています。

20090718_tokyu_6000_2g-02.jpg

次は高津と二子新地を見てきます。

→次に続く。

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2009年7月18日 首都圏の鉄道を堪能する三連休の旅2 編成写真撮影しながら溝の口へ  

和泉多摩川の撮影を終えると隣の登戸へ移動します。

ここで8月遠征で使用する指定席を南武線登戸駅の指定券券売機で押えることにしました。
8月遠征の指定席は往路と五能線「リゾートしらかみ」については押えたのですが、4日目の東北新幹線に関してはまだ押えていなかったため、思い立ったこの段階で押えることにしたわけです。

指定席を押えた後は再び小田急に乗ってさらに新百合ヶ丘乗換えではるひ野へ。
この途中の向ヶ丘遊園において工事状況を確認していたところ、2代目4000形多摩急行が目の前を通過していきます。

はるひ野ではお試しに近い感じでの撮影でしたが、ここで2000系を捉えました。

20090718_odakyu_2000-01.jpg

はるひ野から多摩センターへ向かい、向ヶ丘遊園で目的した2代目4000形が折り返してきたところを捉えました。

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このあと、8000形更新車を捉えました。
ここで捉えた車両は初期に更新された車両とは異なりフルカラーLEDとなっています。

8000形の更新工事は6連口が2002年から先行して行われ、2007年からは4連口も施工の大正となっています。
現状での未更新編成は6連1本と4連13本で、そのうち6連口は今年度中には施工されて未更新編成が消滅することになり、未更新編成が多く残されている4連口を中心に行われる模様です。

20090718_odakyu_8000-02.jpg

多摩センターから京王線で橋本へ移動し、橋本から長津田乗換えで田園都市線へ移動。
目的は溝の口延伸となった大井町線の見聞ですが、その前にあざみ野で編成写真のゲットをしてきました。

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結果は上の2枚ですが、08系でも分るように望遠で捉えると標識や高架橋の高欄が入り込み、手前側がうるさくなってしまうので、ここは気を遣わないとダメなようです・・・汗。

→次に続く。

category: 関東地方遠征

tag: 小田急電鉄  東京急行電鉄  東京メトロ 
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2009年7月18日 首都圏の鉄道を堪能する三連休の旅1 小田急の編成写真撮影  

7月18日から20日までの三連休を利用して首都圏各私鉄の工事見聞とサイト素材としての編成写真ゲットに充てることにしました。

日程的には17日の最終のぞみ東京入り出来そうなのですが、この時は納期に追われる日々で余裕がなかったため、18日早朝から出発となりました。

今回の往路はのぞみ202号。
三連休の初日と言うこともあって満席に近い混雑ぶりとなりましたが、その多くは東京ディズニーリゾートへ向かう人たちなのでしょう。

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東京に到着後、最初の目的は小田急の編成写真なので、コインロッカーに鞄を預けて中央線快速で新宿へ向かい、小田急に乗り換えます。

まずは前回と同様に和泉多摩川での撮影です。
当日の天候が曇りがちなので晴天下特有のスッキリした感じではありませんが、ある程度クリアに撮れればサイトの素材として大きな問題はありません。

5200形は5000形の改良型として導入されましたが、2代目4000形の導入に伴う1000系地下鉄乗入れグループの地上線への転用により廃車が進められています。

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3000形は5年間にわたり製作されてきましたが、最終グループである7次車・8次車は行先表示器がフルカラーLEDに変更されています。

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60000形MSEは東京メトロ千代田線へ乗り入れるロマンスカーで、通常は地下鉄・小田急線内は10両編成、箱根登山鉄道線内は分割されて6両編成で乗り入れますが、臨時列車として小田急線内を6両編成で運行される時があります。

20090718_odakyu_60000-01.jpg

1500形は1000形グループのワイドドア仕様で、竣功当初は2mのドア幅でしたが、後年開口幅を1.6mに改造されています。

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東京メトロ6000系は1968年の1次試作車の登場から1990年までの24年という長期間にわたり増備されてきたため外観・内装に数種類のバリエーションがあり、さらに後年は制御装置の換装などが実施されているため、仕様が多岐に渡ります。

下の写真は量産5次車の第31編成で更新工事施工済み。

20090718_tokyo_metro_6000-03.jpg

50000形VSEは小田急ロマンスカーの新しい顔として導入され、木目調の内装とドーム状の天井が特徴です。

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JR東海371系は御殿場線直通の特急「あさぎり」で使用されいる車両で、1編成のみ存在します。

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こちらは東京メトロ6000系量産1次車の第8編成。
後で捉えた第9編成と同じくインバータ制御装置に換装されているのですが、側窓がオリジナルのままとなっています。

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3000形の3274編成は行先表示器が3色LEDである車両としては最終グループに当たる6次車で、この後の7次車以降がフルカラーLED式に変更されていきました。

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20000形RSEは「あさぎり」で主に使用される他に「はこね」などでも使用されています。

20090718_odakyu_20000-01.jpg

東京メトロ06系は6000系の後継車でしたが、1編成のみ製作されただけで、後年の車両がA-Trainベースとなっているため、今後も増備されることがない車両となってしまいました。
ちなみにこの車両をまともに捉えるのは今回が初めてでした。

20090718_tokyo_metro_06-01.jpg

30000形EXEは小田急ロマンスカーの中では異色の存在で、観光向けとしての評価は今ひとつですが、連接車よりも輸送力が大きいため重宝されている車両でもあります。

20090718_odakyu_30000-01.jpg

和泉多摩川での撮影の最後を飾るのは東京メトロ6000系量産1次車第9編成。
先程の第8編成とは異なり側窓が一段下降式に替えられています。

20090718_tokyo_metro_6000-02.jpg

→次に続く。

category: 関東地方遠征

tag: 小田急電鉄  東京メトロ  JR東海 
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2009年6月21日 熊電イベントと城廻で綴る九州の旅19 サイトの素材集めと帰阪  

吉野ヶ里遺跡を見た後は帰阪するだけなのですが、時間的に余裕があるためひとまず博多へ向かいます。

鳥栖からは811系快速に乗車。

811系は博多・北九州都市圏の輸送サービス改善を目的に導入された車両で同年代としては近鉄5200系・JR西日本221系・JR東海311系・JR北海道721系が存在します。

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1990年代以降の近郊形車両では標準的のレイアウトである3ドア転換クロスシート。
九州島内の転換クロスシート自体は旧国鉄の気動車や西鉄でも存在したのですが、いずれも2ドアであり、3ドアでは初といえるものです。

20090621_jrkyushu_ec_811-in01.jpg

811系の座席は車端部がボックスでドア間はオール転換式が4列となっていましたが、今回乗車した100番台は1列追加した5列となり配置が若干変更されたためドア付近の座席が固定されました。

20090621_jrkyushu_ec_811-in02.jpg

南福岡で降車。
車両基地が隣接している同駅は3面5線でそのうち1線は主に南福岡から仕立て列車用として使用されている感じです。

20090621_minami_fukuoka-01.jpg

ここで編成写真を撮ろうと思ったのですが、丁度良いタイミングで813系1100番台が入線してきたので、空かさず捉えました。
このタイプが増えてきたとは言え、まだ少数派なので楽に捉えるまでには至りません。

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博多から福岡市営地下鉄に乗って貝塚へ。
ここへ来たのは車内撮影をするためで、利用者が多いと撮影に気を遣うため無人になりやすい貝塚の折り返し待ちで捉えることにしました。

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まずは1000N系の車内。
茶系の座席と妻面の化粧板が木目中なので特徴です。

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続いて2000系の車内。
妻面の化粧板も他の箇所と同じベージュ系で、座席のモケットがグリーンになっているのが特徴です。
またドア間の側窓が2分割ではなく1枚窓になっているのもこの車両の特徴となっています。

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姪浜へ移動して2000系の編成写真をゲット。

20090621_fukuoka_subway_2000-01.jpg

姪浜から折り返しとなります。

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下の写真は2000系の後期車と1000N系。
2000系には初期の導入された3編成と後期の導入された3編成とでは行先表示器が異なり、前者は幕式、降車は3色LED式となっています。

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姪浜からは2000系に乗って博多へ。

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博多で夕食をとった後のぞみ96号で大阪へ帰りました。

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#「2009年6月20日~6月21日 熊電イベントと城廻で綴る九州の旅」 おわり

category: 九州・沖縄地方遠征

tag: JR九州  福岡市営地下鉄 
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週末日記 2009年8月23日  

2009年8月23日(

この日は午前中に電話で起こされてしまいました。
電話の主はここ十年近く会っていなかった高校当時の友人で、当日の午後に来訪するとのこと。

終日自宅で引きこもりになることから、午前中にこの間の夏期休暇日記の画像の残りをアップし暫定状態だった記事群をようやく解消。

昼食を挟んで午後に友人が来訪。
ここ十年近く会っていなかったのですが、電話口から聞く声から察するに色々と溜め込んでいるようだったことから、少々の覚悟を持って対面することに・・・。

案の定、友人から発せられた内容は想定通り。
とても公共の場で言えないものだったのですが、人それぞれやな~としか書きようがありません・・・。

溜まっていたものを発せられた後は双方の近況報告と雑談となりました。
結局、6時間ほど歓談でスッキリした表情になった友人を見送りましたが、スッキリさせた私はカウンセラーのよう感じでした・・・。

と言うことで、本日は鉄道ネタおよび画像がありません。
さて、後でサイトの方を更新していきますか。

category: 日記

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2009年6月21日 熊電イベントと城廻で綴る九州の旅18 吉野ヶ里遺跡・その6  

北墳丘墓の次は最も重要な区域である北内郭を見てきます。
ここは農作業や市の日取りなど吉野ヶ里を中心とする国全体に関する重要決定を行う場所で、神聖な場所とされています。

まずは季節ごとの祭が行われた東祭殿。

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写真の中央にある主祭殿は国全体に関する需要決定を行う場所で、2階が会議場で、3階は先祖の霊のお告げを聞く場所とされています。

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高床式住居。
ここには神聖な人の住居とされています。

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最高司祭者に仕える従者の住居として使用されていました。

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主祭殿の祀りの前に身を清めたり、祀りの道具を保管する場所として使われていた斎堂。

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物見櫓から北内郭を俯瞰したもの。

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南側から北内郭を出ます。

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北内郭の環濠は重要区域であったため二重となっています。

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このあとは展示室と弥生くらし館へ立寄り、吉野ヶ里公園駅へ戻ります。

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→次に続く

#2009.8.23 2:10 LastUpdate

category: 九州・沖縄地方遠征

tag: 日本100名城  吉野ヶ里遺跡 
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2009年6月21日 熊電イベントと城廻で綴る九州の旅17 吉野ヶ里遺跡・その5  

吉野ヶ里の環濠集落の防御を担う壕。

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比較的深く掘られていて、一部箇所はこうして壕へ下りることが出来ます。

20090621_yoshinogari_site-38.jpg

続いて中のムラを見てきます。
ここは祭・政治・儀礼を行うための道具を製作する場所です。
また、この区域の周辺に製作者の居住区でもあったと言われています。

写真は機織の家・養蚕の家。

20090621_yoshinogari_site-39.jpg

次に北内郭の外側にある屋根倉群を・・・。

まずは農作業などで使用される道具が収められる道具の倉。

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市と倉にもあった稲穂の倉ですが、中のムラにある倉は祭で特別にお供えする稲穂を収めるためのものだと言われています。

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お供え物のを収める供物倉(くもつくら)

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織物の倉。
ここには祭や儀式でしようされる織物や衣装が収められています。

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続いて甕棺墓列。
この区域は一般の人の墓地だった場所で、遺体を甕棺に入れて埋め戻す方法が採られていました。

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墓列の奥に北墳丘墓があります。

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祠堂の脇を通り、丘墓の北側にある入口から内部に入ります。

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歴代の王が埋葬されている場所で、発掘当時には14基の甕棺が見つかっています。

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→次に続く。

#2009.8.23 1:50 LastUpdate

category: 九州・沖縄地方遠征

tag: 日本100名城  吉野ヶ里遺跡 
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2009年6月21日 熊電イベントと城廻で綴る九州の旅16 吉野ヶ里遺跡・その4  

続いて南内郭(みなみないかく)を見てきます。
この区域は吉野ヶ里の集落の他に各村を治めている王やリーダーと言った上級層の居住区とされています。

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共同炊事場である煮炊屋と王の妻の家。

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祭祀・儀礼を取り仕切る大人(だいじん)とその家族の家。

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王の家。

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王の娘夫婦の家。

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上記の王の家敷地全体の写真。

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集会の館。

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物見櫓。

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南内郭の北側にある物見櫓から見た区域全体。

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→次に続く。

#2009.8.23 1:30 LastUpdat

category: 九州・沖縄地方遠征

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2009年6月21日 熊電イベントと城廻で綴る九州の旅15 吉野ヶ里遺跡・その3  

吉野ヶ里遺跡の環濠集落巡り。
南のムラに続いて倉と市を見てきます。

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倉と市は国内各地や海外から集まった物産品を取引するための区域で、複数の高床式倉庫などが建ち並んでいます。

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市を管理する市長(いちおさ)の住居。

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市の中心。
市楼(いちろう)を中心複数の倉庫群が取り囲んでいます。

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稲籾の倉とよばれる穀物倉庫の内部。

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市を警備する兵士の詰所。

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収穫の時に行われる祭をする建物である祠堂(しどう)

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吉野ヶ里の国内各地から税として集められた稲穂を収める稲穂の倉。

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開口部が狭いのですが、上にずらして手前へ引くと内部を見ることが出来ます。

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物見やぐら。
これまで見てきた城郭と同じく遠方を見渡す守備設備です。

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物見やぐらから見た市と倉の全景。

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→次に続く。

#2009.8.23 1:15 LastUpdate

category: 九州・沖縄地方遠征

tag: 日本100名城  吉野ヶ里遺跡 
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2009年6月21日 熊電イベントと城廻で綴る九州の旅14 吉野ヶ里遺跡・その2  

さて、田手川に架かる天の浮橋を渡り環濠集落遺跡を巡ります。

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橋を渡ると環濠入口広場があり、南側に弥生くらし館と園内バスのりばがあります。

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入口に冠木門に相当する門があり、周囲は逆茂木と呼ばれる防壁群が張り巡らされています。

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パンフレットが推奨する見学ルートでは南内郭からスタートするのですが、熟読せず突き進んでため、先に南のムラからスタートすることになりました。

これから巡る区域とは異なり、壕などの防壁が無いことから、一般的な集落であったとされています。

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竪穴式住居。
農耕集落であったことから、田畑に必要な道具を製作しながら生活を営んでいたとされています。

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遺跡の発掘調査で絹織物が発見されていることから、養蚕の住居再現したもので、内部は蚕を飼う棚や作業台などが再現されています。

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ムラ共同で使用される高床倉庫。

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→次に続く。

#2009.8.23 0:20 LastUpdate

category: 九州・沖縄地方遠征

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2009年6月21日 熊電イベントと城廻で綴る九州の旅13 吉野ヶ里遺跡・その1  

吉野ヶ里公園駅に到着しました。

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吉野ヶ里遺跡がある吉野ヶ里歴史公園は吉野ヶ里公園駅と神埼駅の間にあり、東口は吉野ヶ里公園駅が、西口は神埼駅がそれぞれ最寄り駅となっています。

今回は復元された遺構群を見るのが目的であるので、それが点在するエリアに近い東口から入ることから吉野ヶ里公園駅で下車することにしました。

吉野ヶ里公園の駅舎はコミュニティーセンターも併設されたもので、出口側の屋根が円錐の形となっています。

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駅と公園の間は遊歩道が整備されていて約10分ほど歩くと公園の東門が出迎えてくれます。

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東門の南側が駐車場となっているため、この場所からは実際の園内まではまだ遠くにあります。

大きなたどり着いた建物の一角に入園券券売機があります。

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入園券を購入してゲートをくぐり復元された遺跡群を見てきます。

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→次に続く。

category: 九州・沖縄地方遠征

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夏期休暇日記 2009年8月16日  

2009年8月16日(

遠征最終日であるこの日は午前中に多賀城跡を、午後に仙台城(青葉城)を巡ったあと帰阪する行程としました。

ホテルをチェックアウトして鞄と携行品をロッカーに預けて身軽にしてから多賀城へ。
多賀城跡は東北本線の国府多賀城駅が最寄りで、東北歴史博物館が駅に隣接していることからこちらを先に入館してきました。

撮影禁止で出来ませんでしたが特別展示の「むかしをたんけん!こどもの世界」で展示されているものの中には幼少の頃に見たものがありとても懐かしかったです。

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常設展はフラッシュ撮影だけ禁止で下の写真は多賀城の模型です。

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博物館内には現在の石巻市北上町橋浦から移設した今野家住宅があり、数百年前の日本家屋の内部は公開されています。

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博物館を出て多賀城廃寺跡と多賀城政庁跡を巡ってきました。
いずれも発掘後は埋め戻された状態で整備されていますが、雑草が生い茂っている状態。

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それでも多賀城政庁跡は環境整備の工事が進められているほか、一部箇所で発掘調査も行われているところでした。

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午後からは仙台へ戻り、伊達政宗が築城した仙台城へ。
築城した場所が青葉山丘陵であることから青葉城とも呼ばれる仙台城跡は青葉城公園内にあり、仙台駅からやや離れた場所に位置することからバスでアクセスしました。

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先に三の丸跡に建つ仙台市博物館に入ってから、各曲輪跡を巡ってきました。
本丸を除く各城門は現在道路になっているため、あっても石垣だけが残されて状態でした。

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本丸跡は宮城県護国神社があるほか、仙台城見聞館と青葉城資料展示館があります。

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三ノ丸と二の丸の間辺りに大手門があるのですが、現在は櫓と城壁などが残されているだけで、これらの間を片側2車線の道路が通っています。

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仙台城を巡ったあとは、やまびこ124号とのぞみ135号で帰阪して今回の遠征は終了としました。

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#2009.8.23 13:05 LastUpdate

category: 日記

tag: 日本100名城  多賀城  仙台城 
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夏期休暇日記 2009年8月15日  

2009年8月15日(

遠征4日目であるこの日は午前中に根城と八戸博物館を巡り、午後は気仙沼線と大船渡線の気仙沼~一ノ関の乗りつぶしをしてきました。

根城は鉄道線から離れた場所にある上、お互いに離れている八戸駅と八戸市街地の中間点に位置することから、両者を結ぶ路線バスを利用することになりました。

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根城は八戸博物館に隣接していることから、まずは八戸博物館を先に見ることにし、根城跡である史跡・根城の広場とのセット入館券を購入しました。

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博物館の方は八戸に関わる歴史や文化などが紹介されているほか、根城の歴史や城主であった南部氏に関する解説が行われています。

次に隣接する史跡・根城の広場へ。
有料なのは本丸の区画だけで、ここには復元された主殿や馬屋などがあり、ほとんどの建物の内部を見ることができます。

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午後からは八戸を後にして一ノ関乗換えで小牛田へ。
新幹線の方は予約状況から仙台辺りまでは余裕だったので楽チンでしたが、一ノ関から乗り換えた東北本線は短い2両編成と言うことで、出発前の段階で120p。結局大きな鞄を2つを抱えたまま小牛田までの苦行となりました・・・。

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小牛田からは気仙沼行きに乗り換え。
ここでは石巻線と同じくキハ48形ですが、座席配置が2+1列。

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前谷地から気仙沼線へ進みますが、途中から三陸のリアス式海岸を進むため、太平洋が見え隠れ。
本数自体が少ないためことから、ダイヤが地元の通勤通学や行楽に都合が良い設定絞っている感じで、基本的には列車の時間に人が合わせているようです。

20090815_kesennuma_line-01.jpg

気仙沼からは大船渡線に乗り換えて一ノ関へ。
気仙沼で分岐する2路線のように三叉路的なものを個人的に乗りつぶすには面倒です。

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一ノ関に到着することにはすっかり真っ暗。
一ノ関からは仙台行きに乗ってこの日は修了としました。

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#2009.8.22 0:15 LastUpdate

category: 日記

tag: 日本100名城  八戸根城  JR東日本 
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夏期休暇日記 2009年8月14日  

2009年8月14日(金)

遠征3日目であるこの日は午前中に久保田城を巡り、午後に五能線の乗りつぶしと八甲田丸の見学をしてきました。

朝8時に秋田駅近くのホテルをチェックアウトし、まずは久保田城へ。
復元公開されている御隅櫓や佐竹史料館は9時からなので先に本丸表門などを見てからとなりました。

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本来は9時ごろからのんびりと見る予定でしたが、五能線「リゾートしらかみ3号」しか空席が残されておらずその影響で、予定が前倒しになっているためです。

御隅櫓は鉄筋コンクリートで復元されたため内部はエレベータまで用意されていました。
ここには佐竹氏が藩主となった久保田藩の歴史が紹介されています。

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佐竹史料館は二の丸跡の一画にあり、佐竹氏に纏わる武具や衣装などが展示されています。

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お次は五能線なのですが、リゾートしらかみを指定券完売器「みどりの券売機」で購入しようとしたところ、券売機のプログラム上の理由から融通が聞かなかず東能代~弘前でしか指定が取れず、やむを得ず奥羽本線下り列車た東能代へ先行し、1時間のインターバルを置いて後追いのリゾートしらかみ3号に乗ることになりました。

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私の最寄にはみどりの券売機までしかなく、みどりの窓口となると布施の近畿日本ツーリストまたはJTBか放出・徳庵・鴻池新田まででないとだめで前者は仕事帰りだと営業時間外という有様なのでJRの指定席を押さえるには何かと不便です。

金銭感覚が失われる理由からクレジットカードは持たないと決めているので、これはあえて目を瞑るしかありません。

さて、今回乗ったリゾートしらかみ3号はぶな編成。
この列車は6本設定されているリゾートしらかみの中では唯一千畳敷に停車するため、私も10分間の停車中に千畳敷海岸に出てきましたが、あわただしく撮影して戻りと言う有様でした・・・。

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弘前から奥羽本線に乗り換えて青森へ。
前倒しとなって余裕が出来たことからかつて青函連絡船で使用されていた八甲田丸が展示されていることから、さらっと見てきました。

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ついでなので青森ベイブリッジまで出向いて青森駅構内を撮ってきましたが、末端は機回しや入換用としての引上げ線となっているようです。
まあ、本数が少ないことからこれでも十分なのでしょうけど。

青森からつがる98号に乗ってこの日は終了しました。

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category: 日記

tag: 日本100名城  久保田城  五能線  リゾートしらかみ  八甲田丸 
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夏期休暇日記 2009年8月13日  

2009年8月13日(木)

遠征2日目であるこの日は米沢城跡(上杉神社)と山形城跡を巡り、奥羽本線を乗り継いで秋田へ抜ける予定としました。

午前中は先に山形城跡としていたのですが、行程が苦しくなるので米沢城を先にしました。
このため朝出発が1時間ほど繰り上がってしまいましたが・・・。

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米沢から米沢城跡の立つ上杉神社までの往復は徒歩としましたが、市内循環のシャトルバスの方が早いのですが、如何せん本数が少ないので・・・。

上杉神社に近接する伝国の社では特別展として「天地人博」が開催されており、先にこちらの方へ入ってきました。
天地人博は「天地人」のテレビドラマ化に合わせて開催されているもので、ドラマで使用されている衣装や直江兼続の関連する歴史などが紹介されています。

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常設展のほうは会津討伐の一環として戦われた長谷堂城の役から厳封後の米沢藩に関する流れなどが紹介されています。
基本的に撮影は禁止されていたのですが、展示場出口付近にある鉄砲の射撃シュミレーションと兜だけは撮影OKとのことでした。

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上杉神社へ向かい、宝物殿である稽照殿に入ってきました。
流石に神社内にあることから、観覧券とともに参拝のご案内が添えられていました。

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稽照殿を観た後は二の丸跡にある上杉記念館へ。
こちらは上杉伯爵邸を利用したもので、記念館になる前は公民館としても使用されていました。

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山形へ戻って山形城跡を巡ってきました。
山形城は復元のための整備事業が進められていて、近年復元された東大手門では櫓の内部が公開されていました。

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また、整備事業自体は本丸跡の整備も進められていて、現状はこれからと言う状況で復元された橋と門跡から先は立ち入れませんでしたが、建物を復元するのではなく広場として整備され、建物が有った場所をモニュメントに反映すると言う形となるようです。

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ほかの箇所も整備される予定で現在野球場などある場所はそれらを移転させるなどして整備されるそうですが、掲示されていたものによると平成40年と記されている箇所があることから、整備が終わることには動けるのだろうかと考えてしまいます・・・。

このあと山形から奥羽本線を701系で北上してこの日は終了しました。

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#2009.8.19 2:20 LastUpdate

category: 日記

tag: 米沢城  日本100名城  山形城 
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夏季休暇日記 2009年8月11日~8月12日  

2009年8月11日(火)

12日から始まる連休を利用して東北地方の日本100名城めぐりと乗りつぶしの旅に出ることにしました。

今回は行程の都合で11日夜から出発することにしたのですが、当日早朝に発生した静岡地震の影響で東海道新幹線が初電から運行見合わせとなってしまいました。

最悪の場合「終日不通」も覚悟しましたが、8時過ぎには運転再開となりほっと一安心。
昼頃は最大数時間の遅れもありましたが、私が乗る予定の21時ごろには十数分の遅れと言うことだけは分かったのでとりあえず新大阪へ向かいました。

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例によって東京行き最終「のぞみ58号」ですが、前を行く2本ののぞみ号の遅れに引きずられて、20分の遅れとなり、その後牧之原台地を徐行で通過したため、最終的に35分の遅れで品川に到着。

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品川から山手線内回りの乗り換えてホテルへ直行。
初っ端に胃の痛い思いをした遠征は糸魚川のホテルに深夜2時チェックインの時以来です。


2009年8月12日(水)

遠征初日は東京を出発し福島県内にある日本100名城の白河小峰城と二本松城(霞ヶ城)を巡った後、福島経由で山形へ向かう予定としました。

東京からはやまびこ205号で新白河へ。
車両はMaxではなくE2系+E3系の16両編成で指定席は満席ではあったのですが、高速1000円政策の影響なのでしょうか?ここ数年では余裕のある感じにも見受けられます。

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新白河からE721系に乗り換えて白河までの1区間だけ乗車。
このときは立ち客もそこそこで100p程度と言ったところでしたが・・・。

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映画「武士の一分」のロケ地としても知られる白河小峰城は白河駅の北側に隣接しており、南側にある駅舎とは福島方にある自由通路を利用することで遠回りせず行くことが出来ます。

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天守は三重櫓と称する建物で、現在あるものは復元されたもので、木造で建てられたものです。

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白河から再びE721系に乗り郡山へ移動したのですが、乗った列車が終点の郡山で臨時快速の「夏休み東北縦貫号」に接続するため当地では激混みの140p。
これにより郡山着が3分遅れとなったため、40分間ガチガチ状態にされられることになり、更なる乗り込みで160pに達してしまいました・・・。

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郡山で待っていた臨時快速は583系でしたが、想定していた通り混み込みということで私の予定は定期の福島行き。

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本日3度目のE721系に乗って二本松へ向かいました。

20090812_jreast_ec_e721_0-03.jpg

地元では霞ヶ城とも呼ばれる二本松城は丘陵を越え場所にあるため二本松駅前からだと直接見ることができません。
城山公園として残されている最初の門である箕輪門まで行くのも大変ですが、そこから標高標高345mの天主台まで炎天下でゆくのも大変で汗だくになってしまいました・・・。

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二本松城から戻って再び東北本線を北上。
この日4度目となるE721系に乗って福島へ向かったのですが、ここまで東北本線で乗った4本全てにE721系に当たりました。

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福島からは奥羽本線を719系5000番台2本乗りついで山形へ向かい初日は終了です。

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#2009.8.18 1:20 LastUpdate

category: 日記

tag: JR東海  東海道新幹線  JR東日本  日本100名城  白河小峰城  二本松城 
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2009年6月21日 熊電イベントと城廻で綴る九州の旅12 鳥栖へ  

2日目は吉野ヶ里遺跡を巡ります。

熊本駅へ向かう途中に熊本市電の最新鋭0800形に乗ることが出来ました。

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熊本駅は九州新幹線受け入れのため工事が続けられています。

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待っている間にキハ28形気動車を改造した「ASO1962」に遭遇。

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熊本からは鳥栖行きに乗車。
車両は815系電車。

20090621_jrkyushu_ec_815-01.jpg

途中で追い抜かれることから後追いの快速に乗り換え。
ここでの車両は811系+813系。

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鳥栖で長崎本線に乗り換えます。
吉野ヶ里遺跡の最寄り駅は長崎本線の吉野ヶ里公園駅。

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鳥栖からは肥前山口行きに乗車。
ここでは長崎本線の主力である817系0番台。

20090621_jrkyushu_ec_817-01.jpg

鳥栖から10分ほどで吉野ヶ里公園駅に到着。
ここからは吉野ヶ里遺跡がある吉野ヶ里公園を巡ります。

→次に続く。

#2009.8.12 2:25 LastUpdate

category: 九州・沖縄地方遠征

tag: 熊本市交通局  JR九州 
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2009年8月9日 学研都市線ホーム延伸工事2 同志社前駅  

さて、先週末の見聞した学研都市線ホーム延伸工事で見落とした同志社前駅を見てきました。

10年ほど前までは簡易な建物だった駅舎が一般的なものに代わっていました。

20090809_doshishamae-01.jpg

ホーム延伸工事は先に京橋方が着手され、来訪当時はホームが形作られていました。
あとは点字ブロックと柵の設置工事のみであるものの、写真から判断するとここのままでは7両編成対応とは言えるほどの長さではありません

20090809_doshishamae-02.jpg

反対側の木津方は信号室や電気設備の設置工事が行われていますが、現時点ではホーム延伸工事は行われていません。
京橋方が先の写真の状態ならばこちらも延伸されると考えられますが、それには現在一部時間帯で使用されている2番線の完全閉鎖する必要があります。

20090809_doshishamae-03.jpg

今回のレポは以上です。

#2009.8.11 20:00 LastUpdate

category: 学研都市線ホーム延伸工事の話題

tag: JR西日本    輸送力増強工事  学研都市線 
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2009年6月20日 熊電イベントと城廻で綴る九州の旅11 今回の宿泊先  

今回の宿泊先は熊本市の繁華街に近い場所にある「リッチモンドホテル熊本新市街」

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例によってシングルを予約。
ダイワロイネットホテルも含めた旧ロイネットホテル系での標準的な室内で、ホテルごとに異なる色調は熊本ではやや明るめのものを採用しています。

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昨年開業したこともあって、テレビは地デジ対応の液晶テレビが置かれています。

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近年開業した同系のホテルでは標準的なものとなっているミニテーブルと一人掛けのソファ。

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ベット廻り。

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目覚まし時計はビルトインではなく一般的なものとなっていますが、これも時折見られるものです。

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エントランス。

上部にある穴はエアコンの吹出し口で埋め込み式と言われるもの。
室温や風量調整はリモコンを使用します。

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旧ロイネットホテル系では標準的な広めのユニットバス。

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翌日は吉野ヶ里遺跡を巡ります。

→次に続く。

#2009.8.11 19:50 LastUpdate

category: 九州・沖縄地方遠征

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週末日記 2009年8月9日  

2009年8月9日(

今週末唯一のお休みである9日は近鉄宮津で配線調査と編成写真のゲットを行い、先週末見逃した同志社前駅の工事を見たあと、梅田へ出向いて10日夜から出発する遠征に向けて買い物をしてきました。

先に理髪店へ寄って五分刈りにしてもらって頭をスッキリとしてから、現地へ向かいました。
途中によって大和西大寺駅は駅改良工事で橋上駅舎がこれまでの倍以上に拡張され、大阪難波・京都方の半分が建物の下に隠れることになりました。

肝心の拡張部分の供用開始まではまだのようで、これらは駅ナカ用のテナントスペースとして使われるらしいです。

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近鉄宮津は東花園車庫の分所である宮津車庫があり、所属車両がないため基本的には留置のために用意されたものです。

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結果は時折雨が降る不安定な天候で、何とか撮ってきたと言うところです。

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近鉄宮津から北へ延々と歩いて同志社前駅へ。
先週末に調査漏れがあった同駅のホーム延伸工事を見聞してきました。

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同志社前から京橋経由で梅田へ。
改良工事中の大阪駅は新北ビルの骨格が東の方へ構築されてきているほか、アクティー大阪の増床工事も着々と進められています。

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ヨドバシ梅田へ寄って遠征に必要なアイテムと家に頼まれていたエアコンのカタログを調達してきました。
エアコンのカタログを調達したのは、13年選手となったエアコンがこのところ不調で冷房の効きが悪くなってきているため、コスト上においても買い換えが妥当と判断されたためです。

梅田の所用を済ませると西九条経由で帰宅しました。

category: 日記

tag: 近畿日本鉄道  JR西日本  駅改良工事  大阪駅 
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2009年6月20日 熊電イベントと城廻で綴る九州の旅10 熊本城・その4  

天守の後は城内の各曲輪を見てゆくのですが、その段になってKawachiデジカメ5号機EOS50Dのバッテリーが切れてしまいました。
しかも予備のバッテリーが鞄に入っておらず、やむを得ず携帯の写メで対処します。
(あとで確かめるともう一つの鞄にも入っておらず、自宅に帰ると机の上に予備のバッテリーが置いてありました。要は持って行くのを失念していただけなのです・・・汗)

先ずは飯田丸の梅林。
この奥に飯田丸五階櫓があるのですが、全く気づかずに通り過ぎてしまいました・・・。

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竹の丸五階櫓跡。
この付近は連続外枡形虎口と呼ばれる虎口群がS字クランク状に配されていて、この場所に軍勢をためる狙いがあるそうです。

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竹の丸。

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東竹の丸にある櫓群。
まずは北側にある五間櫓・北十八間櫓・東十八間櫓。

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御門櫓を過ぎた場所にある不開門

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東竹の丸の南側にある櫓群。
ここには源之進櫓・四間櫓・十四間櫓・七間櫓・田子櫓があります。

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そして先程通り過ぎてしまった飯田丸五階櫓。
こちらは木造で復元された建物です。

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近年建てられたものらしく柱が白くて綺麗です。

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先程の西出丸へ出て長塀を撮影。
堀を挟んで左側が二の丸ですが、ここには駐車場と広場しかないため撮影してません。

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奉行丸側の西出丸長塀に沿って南へ歩いていきます。

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奉行丸南西側の角に建つ未申櫓。

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炎天下を延々と歩いて行くためヘロヘロでした。
時間的にチェックインする予定だったので、ここで初日は終了。

熊本駅へ向かい鞄を回収してホテルへ向かいました。

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→次に続く。

#2009.8.8 2:55 LastUpdate

category: 九州・沖縄地方遠征

tag: 日本100名城  熊本城 
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2009年6月20日 熊電イベントと城廻で綴る九州の旅9 熊本城・その3  

ようやく熊本城の天守に入ります。

熊本城の天守は大天守と小天守で構成され、往時の天守は西南戦争で焼失。
現在の天守は戦後に建てられた鉄筋コンクリート造りです。

まずは宇土櫓がある平左衛門丸側から。

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続いて本丸側から。

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大小の天守内は熊本市立博物館の分館として各種展示品が置かれています。
来訪時は普段公開されていない小天守の最上階が公開されていました。

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下の写真は熊本城の総構えと城下町の模型。
規模としてはかなりの広さだったのが窺えます。

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このあとは他の曲輪群を見てくるのですが、その段になって大きなミスに気づくことになります・・・。

→次に続く。

#2009.8.8 2:10 LastUpdate

category: 九州・沖縄地方遠征

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2009年6月20日 熊電イベントと城廻で綴る九州の旅8 熊本城・その2  

正面入口となる頬当御門から城の中心部に入ります。
頬当御門を入って右手が数寄屋丸五階櫓、左手に宇土櫓があります。

まずは宇土櫓。
宇土櫓は西南戦争での火災から逃れ、建設当時から現在に至るまで残った現存の櫓です。

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内部は簡単な展示品が置かれていますが、最初に見るのは宇土櫓の模型です。

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内部の様子から明らかに復元されたものとは異なる雰囲気を醸し出しています。

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続いて数寄屋丸五階櫓。
パンフレットによっては単に数奇屋丸との紹介されています。

主に接客用として使用されたものですが、南側は防衛に関わる狭間や石落しが用意されています。
明治時代には陸軍司令部に相当する鎮台が置かれたため建物が撤去されたのですが、その中でも数奇屋丸は早い段階で撤去された建物だったそうです。

現在の数奇屋丸は1998年に復元されたものです。

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接客用として使用された御広間。

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次は復元された建物で最も新しい建物である本丸御殿に入ります。

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当時の本丸御殿は藩主の居間、対面所(接客の場)や台所等の機能が備わっていたのですが、今回復元された本丸御殿は、そのうちの大広間、数寄屋と大御台所を復元したそうです。
それでも発掘調査も含めて54億円の事業費が掛ったそうです。

一部展示品を除いて撮影は可能で、大広間を見通せる場所では人集りが・・・。
この大広間は60畳もある「鶴之間」から奥へ向かって「梅之間」「櫻之間」「桐之間」「若松之間」で、写真は鶴之間から撮影したもの。

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大広間の南側はある檜板を用いた縁側で、「広縁」「落ち縁」「濡れ縁」の3段構成となっています。

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大広間で最も奥にある「若松之間」
こことさらに奥の昭君之間(しょうくんのま)も含めてフラッシュを使用した撮影は禁止(通常のフラッシュ無しの撮影は可能)

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昭君之間(しょうくんのま)は藩主の今として使われていたとされています。
書院造りの室内には中国の前漢の時代の匈奴(現在のモンゴル)に嫁がされた悲劇の美女である王昭君の物語が壁と天井に描かれています。

20090620_kumamoto_castle-25.jpg

本丸御殿のあとはようやく天守へ向かいます。

→次に続く。

#2009.8.8 1:45 LastUpdate

category: 九州・沖縄地方遠征

tag: 日本100名城  熊本城 
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2009年6月20日 熊電イベントと城廻で綴る九州の旅7 熊本城・その1  

熊電イベントの後は熊本城に登城します。

最寄りの熊本城電停は健軍町側が交差点で、電停側だけ横断歩道で他の三辺が歩道橋となっています。

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電停から西へ歩き、最初の交差点を北へ向かうと熊本城の城域に入ります。

熊本城は復元工事を地元自治体が積極的に行ってきている城郭の1つで、現存の曲輪に加えて天守など20以上の建造物が復元され、最近では本丸御殿の一部が復元されました。
これらは復元予想図からも分るようになっています。

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行幸橋に側らにある加藤清正像。
現在の熊本城の城郭を作り上げ人物で、荒廃した土地を開拓した農業行政と人物像から「清正公(せいしょこ)さん」として崇拝されたそうで、後に城主となる細川氏が清正の祀る廟所がある本妙寺へ拝跪したと言われています。

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備前堀に建つ飯田丸五階櫓。
2005年に復元された建物で、内部が公開されているのですが、ここへ入るに至るまで1度しくじりました(それは後のその4で明らかにします)

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まずは南大手門へ向かうべく備前堀の西側を登っていきます。

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下の写真は奉行丸の南端付近。

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左側の道を登って行くと南大手門にたどり着きます。

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南大手門は2002年に復元された城門です。

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南大手門を潜ると西出丸が出迎えてくれます。
西出丸は北半分を西の御蔵と呼ばれる広大な米倉が、南半分は奉行所がおかれていました。

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南半分を占める奉行所は奉行丸とも呼ばれています。
ここは通常立ち入ることが出来ないようです。

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西大手門は2003年に復元された城門。

1632年に加藤家に代わり肥後国入りした細川忠利は、この西大手門の前で衣冠束帯(いかんそくたい)のまま駕籠を降りて、敷居を押しいただくようにして「謹んで肥後54万石を拝領仕ります」と深々と頭をたれたと言われています。

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このあとは城の中心部に入ります。

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→次に続く。

#2009.8.8 0:20 LastUpdate

category: 九州・沖縄地方遠征

tag: 日本100名城  熊本城 
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2009年8月2日 JR奈良駅高架工事レポ4  

ほぼ1年ぶりとなるJR奈良駅の高架工事レポです。
今回は桜井線ホーム構築工事の進捗状況を見てきました。

大和路線高架切替後の去年から桜井線のりばの構築が着手されているのですが、1年経過して段階では工事用のフェンスが取り払われことにより様子が確認出来るようになっています。

この段階でホーム上屋構築まで進んでいます。

まずは木津方。
第2ホームの東側に分岐器を挿入する準備が進められています。

20090802_jr_nara-02.jpg

以前にも触れたとおり、2番線の京都方2両分の柵が設けられています。
そこが分岐器が挿入される箇所となっているからです。

20090802_jr_nara-01.jpg

写真から見る限りでは1番線から下り線へは出られないようです。

20090802_jr_nara-03.jpg

完成模型と完成予想の断面図の通り2番線は両側がホームになるようです。
写真はホーム中程。

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天王寺方から撮影。

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軌道の敷設も進められていますが、架線柱の設置が暫定的な形となっている箇所があります。

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車両の入出庫などの関係から桜井線の高架も先に構築済みで、仮線の関係からのりばだけあとになったようです。

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今回のレポは以上ですが、完成予想としての配線略図を後日作成してみます。

#2009.8.7 2:50 LastUpdate

category: その他の鉄道工事レポ

tag: JR西日本  連続立体交差事業  JR奈良駅 
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2009年6月20日 熊電イベントと城廻で綴る九州の旅6 北熊本駅  

イベント会場である北熊本駅は市街地から北側に外れた場所に位置し、木造造りの駅舎の横には青果店が間借りする形で隣接しています。

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定期券・回数券などを発券する窓口を有する有人駅ですが、改札口は一般的な改札柵がない簡素のもので、下の写真は改札内コンコースから撮影したもので運賃表が掲示されている反対側は整理券発行機が設けられています。

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ホームは2面3線で西側にイベント会場である車両基地が併設されています。

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駅舎に面する東側2線を藤崎宮前~御代志系統の列車が、西側1線を北熊本~上熊本系統の列車が使用するのですが、両線の分岐側となる南側には渡り線が用意されていません。

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ダイヤ上は両系統の列車が接続するようになっていて、どちらか一方の列車が在線すると言う状況は基本的には見られません。

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下の画像は北熊本駅の配線略図です。
今回撮影した画像をベースに作成してみました。

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イベント会場である北熊本をあとにして青ガエルで上熊本へ移動します。

20090620_kami_kumamoto-01.jpg

上熊本は前回来訪した時とそれほど回りませんが、JRの方は新幹線の高架橋が姿を現して様子が変っています。

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上熊本から熊本市電に乗り換えて次の目的地である熊本城を目指します。

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→次に続く。

#2009.8.7 2:05 LastUpdate

category: 九州・沖縄地方遠征

tag: 熊本電気鉄道  鉄道イベント 
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