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2009年06月の記事一覧

2009年5月5日 日本100名城と未乗路線を巡る東海道の旅36 八王子城・その1  

遠征4日目は八王子城跡巡りからスタートします。

八王子城跡へ行くにはJR中央線か京王線で高尾へ向かい、高尾駅北口から京王バス系列の西東京バスで霊園前停留所へ向かい、バス停から徒歩20分に管理事務所があります。

今回は新宿から京王線で高尾へ。
ここではフルカラーLEDに交換された7000系ですが、京王は井の頭線の車両は比較的多く捉えてますが、本線格の京王線の方は手持ちの画像が少なく「捉えないといかんな~」と・・・。

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高尾駅から出るバスは北口からなので、自由通路がない高尾駅で京王線から北口へ出るにはJR線の構内を通り抜ける必要があることから、連絡改札口に黄色い改札機を通ります。
(中央線への乗換えは緑の改札機を利用で、北口~京王線通り抜け用とは区別されている)

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高尾駅を出て武蔵陵墓地の側らを通り霊園前停留所に到着。

この停留所を通るバス路線は複数あるため1時間に6本以上と多く設定されていることから、ここまでは比較的アクセスしやすいです。

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この付近にある八王子城跡入口交差点から西へ。
付近には都営墓地などがあるため、交差点から城跡入口に相当する八王子城跡管理事務所までの上り坂は寺院や石材店が見られます。

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八王子城はかつて深沢山とよばれた八王子城山(445.5m)に広がる城郭で、北条氏照によって1587年に築城されたのですが、小田原の役の一環として豊臣軍により築城途上で一日で落城。

その後は徳川家の領地、明治以降は国有林となったため、結果的に落城当時のまま残されることになり、国の史跡に指定されてからは八王子市の手による発掘調査と整備が行われ現在に至ります。

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霊園前停留所から20分ほど歩いて八王子城跡管理事務所に到着。

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早速パンフレットをゲットして城跡巡りへ。

まずは山城川に架かる橋を渡った先にある広場のような場所は大手門があったそうで、発掘調査後は埋め戻されて、解説の看板が掲示されています。

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ここから続く大手道を歩いて本丸跡へ向かいます。

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→次に続く。
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2009年5月4日 日本100名城と未乗路線を巡る東海道の旅35 モケットが交換された211系の座席とゲットしたパンフレット  

小田原城巡りを終えて東京へ向かったのですが、その時乗った211系の座席に変化が・・・。

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ここでは町田車両センターの0番台ですが、モケットの色が赤系の蘇芳色(すおういろ)から青緑に替えられていました。

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これは初期車が登場して20年を超えて劣化してきたことを受けてのことだそうです。

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大崎に宿を取っていたため品川で降車。
これで3日目は終了。

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さて、3日目に巡ってきた城跡などのパンフレットです。

まずは三島市観光協会発行の小冊子など。

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続いて楽寿園のパンフレットと入場券。

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山中城跡を整備した山中城跡公園のパンフレット。

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3日目最後に巡った小田原城と小田原市郷土文化館のパンフレット

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4日目は八王子城跡を巡ります。

→次に続く。

category: 関東地方遠征

tag: JR東日本  211系  楽寿園  日本100名城  箱根山中城  相州小田原城 
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週末日記 2009年6月28日  

2009年6月28日(

6月最後のお休みである28日は浜大津と湖西線へ撮影のお出かけです。

現地へ向かう前に大阪駅の改良工事を・・・。
新北ビル建設で使用停止となっていた旧9番線には今後北陸本線特急系統のりばとなる新11番線とするための工事が進められ、軌道の再敷設やホームの整備が行われていました。

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浜大津ではおなじみの800系などの京津線・石山坂本線の車両を撮影したのですが、この場所において一眼レフでの撮影は初めてです。

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皇子山(大津京)乗換えで湖西線へ。

まずはおごと温泉駅での撮影ですが、順光となる下りホーム近江塩津側に撮影隊が集まっていたため、逆エンドの山科・京都方から撮ることにしました(ホームは入ってしまいますが・・・)

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撮影している中、珍客が・・・。
これは岡山電車区の223系5000番台で、普段は瀬戸大橋線快速「マリンライナー」の付属編成として使用されているのですが、今月に入って湖西線を中心に試験走行が実施されている中を捉えたようです。
2両編成がえらい早さで抜けていく姿には少々驚きました。

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撮影隊は順光となる上り列車を捉えた後、撤退していったようなので近江塩津方を確認してみると、9両まで捉えるには「まあ何とか」と言うところですが、12両になると無理です。
おごと温泉駅は両側をトンネルに挟まれているのですが、ホームが近江塩津方に偏っているため山科方は余裕があることから、順光となる午前中ならいけるかも知れません。

さて、683系4000番台の投入でついに引導を渡されることになった485系は設定し忘れで1本目をしくじり、写真にあるのは2本目で、大阪発の下り列車。

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こちらは681系。

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ようやく3本目。
先頭は普通車から改造されたグリーン車。

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1時間以上粘って堅田へ移動。
一旦改札を出て折り返し戻る序でにもう一粘りします。

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京阪神地区に残った117系は登場当時のオリジナルとグリーン帯である福知山色の2種があるのですが、最近になって区番台問わずオリジナル塗装に戻された編成もあり、写真のS4編成は300番台ですが、オリジナルの塗装となっています。

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117系の後を追って485系が入線。
堅田停車の雷鳥は先頭がパノラマグリーン車のA2編成。

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撮影はこれで終了。
117系に乗って帰宅しました。

#2009.6.29 1:55 LastUpdate

category: 日記

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週末日記 2009年6月27日  

2009年6月27日(

27日は南海の最新鋭8000系(2代目)とパイオニアP-III台車からSUミンデン台車への換装による改番で近日中に型式消滅することになった6100系のゲットを絡めて南海と阪和線の編成写真撮影のお出かけをしてきました。

まずは天下茶屋で南海の編成写真を。

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この時は撮影隊の姿もなく快調に撮影を進めていましたが、ここで南海本線の7000系・7100系を置換えるために導入された8000系(2代目)に遭遇。

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逆エンドを撮ろうと思ったのですが、先に腹ごしらえをしたかったので堺で昼食をとってから羽衣まで先回りして、逆エンドの方も撮っておきました。

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羽衣では連立事業に伴う仮線工事が進められていますが、ようやく上り仮線の姿が見えてきたのですが、後は電気や信号系の工事が残っているようですが、和歌山方の高石駅の様子を確認していないので、いつ切り替わるのはまだ分っていません。

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東羽衣から久しぶりの羽衣線に乗って阪和線入り。

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ここでは津久野で阪和線の編成写真の撮影。

背後の周辺を堀割や集合住宅に囲まれているため、晴天下の順光時間帯が厳しいものの、当日のような雲天時には比較的捉えやすい感じです。

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南海高野線の編成写真三国ヶ丘乗換えで堺東へ移動。

ここでは6100系を捉えるため粘っていたのですが、なかなか捉えられず、暫くは31000系や泉北高速の5000系・7000系などでお茶を濁すことに・・・。

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ようやく難波行きでやって来た6100系に乗り再び天下茶屋へ。

難波から折り返してきたところを難なく捉えることになりましたが、これは準急の運用だったためこの構図で捉えられることが出来たわけで、区急や各駅停車だったら上り列車に被ってしまうため思うように行かなかったと思います。

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この間、8000系(2代目)が難波に向けて通っていったため、和歌山市行きで折り返して来たところを再度捉えました。

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この日はこれで終了し帰宅しました。

category: 日記

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2009年5月4日 日本100名城と未乗路線を巡る東海道の旅34 小田原城・その3  

小田原城跡巡り3回目です。

下の写真は銅門(あかがねもん)の土壁模型です。
これは小田原市建築協同組合から寄贈されたものです。

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二の丸の中程に歴史見聞館があるのですが、今回はタイムアップのため入館出来ずでした。

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これは二の丸隅櫓。
現在のものは予算の関係で実物の半分の大きさでしか再建出来なかったそうです。

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二の丸堀。

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同じく南側を撮影したもの。
中央にある小さな櫓が二の丸隅櫓で、その奥にあるものが馬出門(うまだしもん)。

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馬出門は小田原城の中で再建された時期が最も新しく、2009年3月29日から一般開放された門です。

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枡形形式である門は二の丸堀側が馬出門(文献により御馬出門・冠木門とも呼ばれている)、馬屋曲輪側が内冠木門の2つの門で構成されています。

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これで小田原城跡巡りは終了。
あとは東京都内へ向かうだけです。

→次に続く。

#2009.6.28 2:20 LastUpdate

category: 関東地方遠征

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2009年5月4日 日本100名城と未乗路線を巡る東海道の旅33 小田原城・その2  

小田原城跡レポの2回目です。
ここからは天守以外の曲輪類を見てきます。

まずは常磐木門。
小田原城本丸の正門で、市制施行30周年事業で再建されたもの。
常磐木とは常盤樹の意味で、門の側らにあった末に擬えて名付けられたものだそうです。

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常磐木橋から見る本丸東堀跡。
現在は植木と盛土で表現されていますが、当時は二ノ丸堀と水路で繋がっていたそうです。

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南曲輪跡に建つ小田原市郷土文化館。
2階建て館内は5ブロックに分れていて、小田原の歴史・文化・考古・民俗・自然科学に関する使用が展示されています。
(入場料は無料です)

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裏手は小田原城の堀となっています。

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南曲輪の東側にある御茶壺曲輪。

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御茶壺曲輪の東側の馬屋曲輪にある銅門。
二の丸の正門であるこの門は内仕切門と渡櫓門で構成されています。

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二の丸側の渡櫓門
同門の名の由来である銅の装飾が施された門扉があります。

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馬屋曲輪側にある内仕切門。

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渡櫓門のアップ。
内仕切門側から。

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同じく二の丸側から。

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→次に続く。

#2009.6.28 2:00 LastUpdate

category: 関東地方遠征

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2009年5月4日 日本100名城と未乗路線を巡る東海道の旅32 小田原城・その1  

山中城のあとは小田原城へ向かいます。

山中城址の三島駅行きのバス停は案内所とは別の場所にあることから、箱根旧街道を下りていきます。

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街道から右手に駐車場へ通じる道があり、ここに架かる北条橋を通り駐車場へ出ます。
案内所からだと下の位置にある駐車場は山中城跡公園の駐車場で、三島行きバスのりば、この出入口付近にあります。

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さてさて、私がここへたどり着いて時には後数分でバスが到着する予定なのですが、当日はGW。
当然のことながら箱根付近は渋滞しているため遅れているためやって来ません・・・。

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歩いて下りるには2時間ほどかかることから、このまま待つことにします。
バス停に寄りかかって箱根側を見るとこんな感じで、写真右側にあるのが山中城跡公園の駐車場入口で、うねるように登っている国道1号線沿いに進むと案内所と本城への入口があります。

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結局30分遅れでバスが到着。
次の小田原城へのタイムリミットを気にしながら三島駅へ向かったのですが、東海道線が遅れているようで、三島駅に到着した時には本来なら既に出ているはずの踊り子号が待っていたので、躊躇わず乗り込みました。

こちらは人身事故で遅れた影響を受けて20分遅れとなっているようでしたが、これによって小田原城へのタイムリミットまでマージンを稼ぐ結果となりました。

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小田原に到着。
この写真を撮っている時にある人とニアミスしたことを翌日の東京滞在中に知ったのですが、そんな余裕もなく小田原城へ急ぎます。

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駅から見ると至近距離なのですが、歩くと10分ほどかかります。

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予定より30分ほど遅れて小田原城に到着。

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天守内は土産物店や休憩所となっている最上階が撮影可能であるものの、その他の階は展示室である関係から撮影は禁止となっています。

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最上階からは丹沢や箱根の他、遠くは伊豆半島や三浦半島、相模灘を一望出来ます。

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→次に続く。

#2009.6.27 1:10 LastUpdate

category: 関東地方遠征

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2009年5月4日 日本100名城と未乗路線を巡る東海道の旅31 山中城・その4  

山中城跡巡り4回目です。
箱根街道(国道1号線)を挟んで南側にある曲輪を見てきます。

南側の出丸は岱崎出丸(だいさきでまる)とよばれ、豊臣軍の小田原征伐に備えて急遽構築されたのですが、結局間に合わず総攻撃を受けました。

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まずは後馬場曲輪。

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ここには時に何もなく南端に擂鉢曲輪(すりばちくるわ)、一ノ堀側に見張り台があります。
また、この付近に構築途中の曲輪がありますが、完成することなく総攻撃を受けたため無名のまま現在に至ります。

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一ノ堀は擂鉢曲輪から出丸の中腹に掛けて掘られた南北に長い堀で畝堀を長くしたもので、現在は遺構保護のため芝生が敷詰められていますが、当時はローム層剥き出しの所を豊臣軍が攻め込んだとされています。

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南端に擂鉢曲輪見張り台があり、ここから田方平野や富士山が見ることが出来ます。

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擂鉢曲輪は岱崎出丸の南端にある曲輪で、武者だまりであったとされています。

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山中城址巡りはこれで終了。
石畳の箱根旧街道を通ってバス停へ向かいます。

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#2009.6.28 0:45 LastUpdate

category: 東海地方遠征

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2009年5月4日 日本100名城と未乗路線を巡る東海道の旅30 山中城・その3  

山中城跡巡り3回目です。

西櫓から障子堀を挟んだ場所に写真のようなものが置かれています。
この場所から富士山などが見ることが出来ることから、何が見られるかを示したものです。

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冬期の晴天なら富士山がスッキリと見えるのですが、流石に暖かくなってきたこの時期は霞んで見えないです。

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本丸などを含む城郭北側の周りは帯曲輪というもので囲われていますが、実際は急な斜面で、当時は地肌が露出していたため、普通の人が登るにはほぼ不可能だったと言われています。

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元西櫓は西ノ丸と二ノ丸の間にある小さな曲輪で、周囲を深い彫りに囲まれた曲輪は名称が不明であったため無名曲輪と称されていたのですが、発掘調査の結果から元西櫓と命名されたという経緯があります。

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二ノ丸虎口から撮影した土塁です。
侵入する敵をここで迎え撃つらしいです。

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二ノ丸は北条丸とも言われていますが、ご覧のようにそのままの地形で整地されてないまま攻め込まれたと言うのが容易に想像されます。

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本丸二ノ丸の北側に位置、この場所には本丸御殿が建っていました。
発掘調査後は埋め戻されて整備されましたが、御殿は藤棚の辺りにあったそうです。

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本丸の北側にある天守台。
本来なら天守(現地解説では天守櫓と称されています)があったのですが、廃城後は植樹されるなど攪乱されていたため、発掘調査では確認出来なかったそうです。

なお、山中城の天守は2層程度の小規模のものだったされています。

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木製の架橋を渡ってさらに北側の北ノ丸へ。

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北ノ丸は北条軍と豊臣軍との戦いで最後の攻防の舞台となった場所で、この戦いで奮戦した城将・松田康長が戦死した場所と言われています。

北ノ丸の規模は本丸以上に大きいというのが写真でも分ります。

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本丸の南側にある兵糧庫・弾薬庫跡へ。

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この場所は現在休憩所が設けられているのですが、当時は山中城の武器弾薬や食料を納めた倉があったとされています。

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旧街道に出て北側は終了。
お次は城郭の南側を巡ります。

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→次に続く。

#2009.6.24 1:35 Update

category: 東海地方遠征

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2009年5月4日 日本100名城と未乗路線を巡る東海道の旅29 山中城・その2  

さて、山中城跡を巡ってきます。

箱根十城一つである山中城は北条氏康のよって1560年代に築城された小田原城の支城ですが、後に豊臣秀吉側との関係が悪化した際、急遽改修・増築されることになったものの、それらが未完成のまま豊臣軍の攻撃を受けたため半日で落城したそうです。

その後廃城したものの、三島市の発掘調査が行われ、その結果を基に行われた復元作業により400年前の遺構をほぼ忠実に再現されています。
建造物こそありませんが、遺構自体がここまで復元されているのは全国的にも珍しく、2006年に日本100名城の一つに選定されています。

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まずは三ノ丸堀。
三ノ丸の西側を南北に通る堀で、他の堀は自然の地形を活用しているのに対し、ここは自然の谷を活用したもので、中央に畝を設けて西側を空堀、東側を田尻の池と箱井戸からの排水の処理用として使用されていたそうです。

画像からだと丁度園路の部分が畝と思われ堀はその両側にあったものと想像されます。
写真にあるのは空堀として利用されていたもの。

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三ノ丸堀を登った先にある田尻の池。
ここは主に馬の飲料水などに使用されていたもので、隣にある箱井戸とは一つの池であったのを土塁によって分離したものです。

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田尻の池から西の丸の方へ登ってみます。

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西ノ丸と帯曲輪との分岐点付近に堀があります。

この北側にある斜面上部に元西櫓があることから、元西櫓下の堀と称されるこの堀は人工的に深く掘ったもので現在はご覧の通り緑で覆われているのですが、当時はローム層が露出してもっと急斜面だったそうです。

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土橋の解説掲示がある場所から右手に登った先にあるのが西ノ丸。

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その西端にある西ノ丸物見台は防御上より強固補強するためにロームブロックと黒色土を交互に積み上げたそうです。

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西ノ丸の手前まで戻ります。

西ノ丸と西櫓の周囲には堀がありますが、ここのある堀は後北条の特徴として見られる堀で、障子の桟の形から障子堀と呼ばれているそうで、本来は防御と用水池を兼ねたものだったそうです。

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西櫓。
この場所には掘っ立て式の建物があったそうですが、遺構自体は埋め戻されています。

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山中城跡巡りは続きます。

→次に続く。

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週末日記 2009年6月21日  

2009年6月21日(

21日は吉野ヶ里遺跡の観覧のみとしました。

前日は熊本泊まりということで、朝は9時過ぎに出発。

熊本市電で近年導入された最新鋭の0800形を熊本駅前でゲット。
本数が少なく前日も車庫入りしている編成も確認していたことから、まあ何とか撮れたと言うところでしょうか?
いずれにせよ、熊本の市電は次の熊本観光で来訪する時に捉えないと・・・。

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熊本からは813系ワンマン列車に乗って鳥栖へ。
まるで都市型電車のようなオールロングシートですが、車中では寝てしまうのであまり気にしません。

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鳥栖から817系電車に乗り換えて吉野ヶ里公園へ。

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吉野ヶ里公園駅は地域のコミュニティーセンターも併設されたもの。

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吉野ヶ里公園駅から徒歩で15分の場所にある吉野ヶ里遺跡は発掘調査後は吉野ヶ里歴史公園として整備されていますが、現在も発掘調査が進められいます。
6月は発掘調査現場が見られるかもしれなかったのですが、あいにくの天候で中止となっていました。

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史跡公園としてはかなり広大ですが、現在も北側へ拡張される計画となっているそうで、発掘調査は該当する辺りで行われているそうです。
結局、環濠集落ゾーンだけでも2時間弱かかりました。

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吉野ヶ里遺跡を後にして博多へ。
この途上、南福岡で813系1100番台の編成写真をゲット。
あのデカい表示器の車両はなかなか捕らえにくいのでここで捉えたのは運次第でした。

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博多からは市営地下鉄に乗って2000系の編成写真をゲット。
こちらもアイコンショットのみだったため、ようやくゲットといったところで、今回は車内の写真もセットで。

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このあと博多へ戻り夕食を挟んだ後、N700系のぞみに乗って帰阪しました。

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#2009.6.23 22:00 LastUpdate

category: 日記

tag: 熊本市交通局  日本100名城  吉野ヶ里遺跡  JR九州  福岡市営地下鉄 
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週末日記 2009年6月20日  

2009年6月20日(

今年で100周年を迎えた熊本電鉄が、自社が所有する最古の車両である71形電車を北熊本の車庫においてデモ走行などのイベントが5月と6月の2回開催されたのですが、そのうちの6月開催の方が20日であることから、熊本城登城もかねて熊本まで遠征してきました。

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2007年以来の来訪となった熊本は市電に新しい車両が導入されていたり、九州新幹線の工事が着々と進んで撮るネタが沢山あって困ってしまいます・・・。

北熊本のイベントは目玉の71形が車庫内でデモ走行と車内展示がされているほか、元東急の青ガエルこと5000系(移籍後の同じ形式)と元南海の22000系(移籍後は200系)の展示が行われていました。

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5000系は現在2両が在籍していますが、全て単行での運行ができるように両運化されています。
このため車両によって運転台の顔が異なるそうで、当日展示されていた5102A号車は北熊本方がオリジナル、運用についていた5101A号車は上熊本方がオリジナルとなっています。
いずれも反対側が運転台が後付の切妻方の顔で趣味者の間から「平面ガエル」と呼ばれているそうです。

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同じく展示されていた200系はドア位置の変更と増設と方向幕の移設と前照灯・尾灯の位置変更ですが南海時代の面影は残っている感じです。

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北熊本のイベントを見た後は熊本城へ。

20090620_kumamoto_castle-04.jpg

熊本城は熊本市が一般からの募金を行うことまでして積極的に復元工事を行っている城郭であるため、近年では飯田丸五階櫓や本末御殿大広間が復元されて一般公開されています。

20090620_kumamoto_castle-01.jpg

内部は展示品の一部を除いて撮影は出来るようなので、バシバシと撮りたかったところなのでしたが、ここで手持ちのカメラがバッテリー切れ。
しかも予備をうっかり忘れるという失態を犯し、残りは携帯の写メで凌ぎました・・・苦笑。

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20090620_kumamoto_castle-03.jpg

この日は炎天下の中をひたすら歩いていったため、熊本城本体を巡るまででもう限界。
熊本城を後にすると一旦熊本駅へ戻って鞄を回収し、市内のホテルへ直行してこの日は終わりました。

#2009.6.22 2:30 LastUpdate

category: 日記

tag: 熊本電気鉄道  北熊本駅  鉄道イベント  日本100名城  熊本城 
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2009年5月4日 日本100名城と未乗路線を巡る東海道の旅28 山中城・その1  

ようやく三島から山中城へ向かいます。
山中城へは三島駅南口から沼津登山東海バスの元箱根港行きに乗り、三島市街地と箱根越えの中ほどにある山中城址停留所で降車してすぐの場所となっています。

まずは三島駅からバスに乗って山中城址へ。
ここでは沼津登山東海バスのトップドア車。

20090504_numazu_tozan_tokai_bus-01.jpg

バスの揺られて、箱根街道を延々と登ること約30分。
山中城址停留所に到着。

20090504_yamanaka_castle-01.jpg

元箱根港行きの停留所は山中城の入口と案内所兼食堂にあるのですが、三島行きはここから下の方にある駐車場付近に停留所があります。
下の写真は案内所兼食堂側から撮影したもので、右(東)へ行くと箱根。左(西)へ行くと三島市街地へ向かいます。

20090504_yamanaka_castle-04.jpg

案内所兼食堂でパンフレットをゲットし山中城を巡ってきます。

20090504_yamanaka_castle-05.jpg

旧街道だと三島宿と箱根関所とはほぼ中間に位置するようです。

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箱根街道は石畳の旧街道が要所要所に残っていて、徒歩での登頂コースまで存在します。
ここ山中城址付近を挟んで旧街道と新街道が交差します。

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さて、ここから山中城内へを進みます。

20090504_yamanaka_castle-08.jpg

→次に続く。

category: 東海地方遠征

tag: 日本100名城    箱根山中城 
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2009年5月4日 日本100名城と未乗路線を巡る東海道の旅27 三島市立公園「楽寿園」その2  

楽寿園観覧の続きです。

写真の灯籠は「楽寿灯籠」と呼ばれるもので、見た感じでは大きさは分りませんが、実物は思っている以上に大きいです。

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三島には富士の湧水を水源とする河川がいくつかあり、楽寿園にある小浜池なども富士の湧水を水源としています。
三島市内を流れる源兵衛川と蓮沼川はこの小浜池を水源としています。

20090504_rakujuen-10.jpg

楽寿園のメインでもある小浜池は地下水の汲み上げの増加により数十年前から下の写真の状態となっている事が多く、豪雨などがあった翌日以外には満水になることがないそうで、近年では2004年に満水になった記録があります。

これでは、ここを水源とする源兵衛川と蓮沼川が枯渇してしまうのですが、実際は三島駅北方に位置する東レ三島工場で冷却水として使用された「温調水」によって水源を確保している状態なのだそうです1・2

20090504_rakujuen-11.jpg

小浜池の畔に立つ楽寿館は接客のために使われていた建物で、主に使用されていた「楽寿の間」から名付けられたものだそうで、1974年に三島市の文化財として指定されています。
内部は一日2回一般公開されているそうですが、楽寿館内部の撮影は禁止されています。

20090504_rakujuen-13.jpg

梅御殿は楽寿館と共に建てられたもので、当時は住居として使用され、園路を挟んで向かい側にある楽寿館と繋がっていたのですが、戦後に分断されて現在に至ります。
梅御殿は一般公開はされていないようで、楽寿園のパンフレットにも記載されていません。

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最後に三島溶岩流を。
これは富士山噴火により流れ出た溶岩流で園内には下の提示した楽寿館付近の他にも数ヵ所あります。

20090504_rakujuen-14.jpg

楽寿園観覧はここまで。
この後は山中城址へ向かいます。

→次に続く。

1:http://www2.tokai.or.jp/yamaneko/data/r_genpeikawa_001.htm
2:http://www2.tokai.or.jp/yamaneko/data/r_hasumumakawa.htm

category: 東海地方遠征

tag: 三島市立公園  楽寿園  小浜池  蓮沼川  源兵衛川 
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2009年5月4日 日本100名城と未乗路線を巡る東海道の旅26 三島市立公園「楽寿園」その1  

三島に到着したものの、山中城址へ行く元箱根港行きバスをタッチの差で逃してしまいました。

次の便は1時間後ということで、時間つぶしに何処か適当なところをと思ったところ、三島駅に近い場所に楽寿園というのがあることから行ってみることにしました。

20090504_rakujuen-01.jpg

楽寿園は小松宮彰仁親王の別邸として1890年に造営されました。
その後は1911年に韓国皇太子であった李垠の別邸となり、さらに1927年に伊豆出身の資産家・緒明圭造へ売却されました。
終戦後しばらく経過した1952年に三島市が購入し、市立公園として整備され現在に至ります。

20090504_rakujuen-02.jpg

旧皇族の別邸であったこともあり、自然保護が行き届いた公園内は三島大社と共に市街地における緑の場所を提供しています。

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園内には三島市郷土資料館があります。

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資料館には伊豆の国の国府が置かれていた三島に関する歴史などが紹介・展示されています。
(資料館内部は撮影禁止です)

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次は楽寿園内の名勝でもある小浜池と楽寿園を紹介します。

→次に続く。

#2009.6.17 23:45 LastUpdate

category: 東海地方遠征

tag: 三島市立公園  楽寿園 
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2009年5月4日 日本100名城と未乗路線を巡る東海道の旅25 牧之郷駅で編成写真撮影  

修善寺から折り返し牧之郷へやって来ました。

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牧之郷駅は無人駅で、上りホームには自動券売機が、下りホームには整理券発行機が設置されています。

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上りホームにある自動券売機の前には同駅の発車時刻表と三島での乗換え時刻表が掲示されています。

20090504_makinoko-08.jpg

ホームの配置が上下でずれた形となっていて編成写真の撮影には好都合。
位置的には午後で上りホームの修善寺方から撮るのが順光になる感じですが、午後は山中城と小田原城への登場が控えているため午前中の撮影です。

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まずは3000系。
写真の車両は初期に造られた普通鋼製の車体で、運転席後部に戸袋窓がなく独特の窓配置が特徴です。


20090504_izuhakone_3000-03.jpg

7000系は伊豆箱根鉄道に在籍する現役車両としては最もグレードが高く、転換クロスシートとなっています。
当時は一部座席指定の快速などで使用されてきたのですが、踊り子号以外が各駅停車となったため、現在は他形式と同じ普通列車で使用されています。
また、この車両はJR東海への乗入れ構想があった時に造られたことから、マスコンが横軸ツインレバー形となっていますが、結局実現されることなく現在に至ります。

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3000系の初期車では運転席後部に座席がないため、この場所に座席をと言う要望の答えたのが後期に造られたステンレス車で、窓配置が211系と同じとなったことから平凡な印象となったものの、これにより運転席後部に座席が設置出来るようになったそうです。

20090504_izuhakone_3000-04.jpg

最後は1100系。
元西武701系で当時在籍していた吊り掛駆動車を置換えるために導入されたのですが、1300系の導入により置換え対象車となり、3本あった車両も1本が廃車となっています。

20090504_izuhakone_1300-02.jpg

撮影はこれで終了。
このあと、山中城址へのバスに間に合わせるべく、急ぎ三島へ戻ったのですが・・・。

→次に続く

#2009.6.17 23:30 LastUpdate

category: 東海地方遠征

tag: 伊豆箱根鉄道  駿豆線  牧之郷駅 
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2009年5月4日 日本100名城と未乗路線を巡る東海道の旅24 修善寺駅  

修善寺駅に到着しました。

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ホームは2面4線ですが、普段は改札口よりのホームのみ使用されているようです。
駅構内西側には留置用の側線があります。

20090504_shuzenji-03.jpg
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駅舎は見た感じでは簡素な印象を持つ建物ですが、内部は土産物屋や待合所ああるため比較的広い感じです。

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駅正面はタクシーや送迎用スペース、その北隣は東海自動車系列のバスターミナルがあります。

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バスターミナルの北側にあるバス待機場にはボンネットバスが停まっているのですが、今回はパスしました。

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撮影もそこそこ済ませて、折り返し三島行きに乗車しましたが、ここで最近導入された元西武101系に遭遇。
伊豆箱根鉄道では正式型式がまだ定められていないらしいのですが、現車登場を紹介した趣味誌や同公式サイトなどでは1300系と称されているようです。

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→次に続く。

#2009.6.17 23:05 LastUpdate

category: 東海地方遠征

tag: 伊豆箱根鉄道  駿豆線  修善寺駅 
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週末日記 2009年6月14日  

2009年6月14日(

6月14日は日本100名城のうち犬山城と岡崎城を巡ってきました。

今回は往復とも近鉄を利用。
大阪方の初電に乗り、大和八木で名阪特急に乗り換えて名古屋へ。

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向かい、名古屋から名鉄に乗り換えて犬山入りとしました。
その途中、布袋で7000系が疎開留置されているのを発見。

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犬山遊園から木曽川沿いに歩いて犬山城へ。

犬山城は4月29日に来訪した丸岡城と並び、古い時期に築城された現存天守だそうです。
ここも丸岡城ほどではないものの階段が急でした・・・。

入城に際しては4館共通の「ワン丸手形」を利用しました。

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犬山城は犬山藩の藩主成瀬家とその子孫が2004年まで代々城主となっていて言わば個人が所有する城で、天守の最上階には成瀬家が藩主になって以降の歴代城主の写真などが展示されています。
2004年以降は12代目城主であった成瀬正俊(1930~2008)の長女が理事長を務める財団法人犬山城白帝文庫が所有しています。

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犬山城天守の後は「犬山市文化史料館(犬山城白帝文庫 歴史文化館も同居)」とその別館である「からくり展示館」を見てきました。

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犬山観光の最後に入館した「どんでん館」は犬山祭に関する車両などが展示されていて、実際に使用されている山車も展示されています。

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犬山から東岡崎へ移動。
この時乗ったのが1600系から転じた1700系と一緒に繋がっている2300系。

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岡崎城は中心となる本丸・二の丸跡が岡崎公園として整備されていますが、天守自体は戦後復興により再建された復興天守で、鉄筋コンクリート造りの天守内は展示品があることから撮影は禁止されています。

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公園内には「三河武士のやかた 家康館」があり、こちらもセットで入館してきました。

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名古屋へ戻る途中、7000系白帯車が豊明に留置されているのを発見し撮ったのですが、留置されている場所がアレなのでイマイチなものになってしまいました・・・。

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名古屋からは近鉄に乗り換えて戻ったのですが、近鉄富吉車庫の名古屋方を流れる日光川の堤防にあるモリゾーとキッコロのオブジェを撮影。
その存在を万博開催期間中に知ってから4年越しの対面となりましたが、閉幕して3年半近く経過しても定期的に手入れされていたようです。

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富吉から乗り継い帰宅。
河内国分に着いた頃には真っ暗になっていました。

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#2009.6.16 2:45 LastUpdate

category: 日記

tag: 日本100名城  尾張犬山城  岡崎城  近畿日本鉄道  名古屋鉄道  モリゾーとキッコロ  愛知万博 
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週末日記 2009年6月13日  

2009年6月13日(

6月13日土曜日は仕事休み。
この日は近鉄と京阪の編成写真の撮影をしてきました。

まずは鶴橋で。
上りホームの奈良・伊勢方から撮影。

9020系を2両×3本繋いだ列車で、趣味者の間からは「ブツ6」とも言われるものです。

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近鉄9020系

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近鉄8810系

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近鉄8000系

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近鉄1026系(阪神乗入れ対応車)

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阪神9000系

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阪神1000系

続いて京阪本線撮影の有名所、森小路へ移動。

20090613_keihan_2600_30-01.jpg
京阪2600系0番台(新塗装)

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京阪8000系(旧塗装)

そんな中、試運転中の2600系に遭遇。
昨年のダイヤ改正後は5両編成の走行が珍しかったので撮っていると、車内からホースが車輪の前まで伸ばされて散水しているようでした。

20090613_keihan_2600_0-01.jpg
ブレーキ試験中の京阪2600系0番台(旧塗装)

このあと森小路を過ぎた辺りで停車していたことから、ブレーキの試験が行われているようでした。

しばらくして2+2+3の7両編成の2600系0番台準急が通過。
徐々に活躍の範囲が狭くなってきているのですが、先程のような新塗装に衣替えした車両も現れています。

20090613_keihan_2600_0-02.jpg
京阪2600系0番台(旧塗装)

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京阪3000系(2代目)

20090613_keihan_8000-02.jpg
京阪8000系(新塗装)

20090613_keihan_2600_0-03.jpg
京阪2600系0番台(新塗装)

この後丹波橋へ移動。
ここでは近鉄京都線の編成写真を。

20090613_kintetsu_23000-01.jpg
近鉄23000系「伊勢志摩ライナー」

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近鉄3200系(京都市営地下鉄乗入れ対応車)

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京都市営地下鉄10系(後期車)

他にも撮っていますが、主なものだけピックアップしてみました。

#2009.6.14 4:40 LastUpdate

category: 日記

tag: 近畿日本鉄道  阪神電気鉄道  京阪電気鉄道  鶴橋駅  森小路駅  近鉄丹波橋駅 
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2009年5月4日 日本100名城と未乗路線を巡る東海道の旅23 伊豆箱根鉄道駿豆線  

GW遠征3日目となりました。
この日は伊豆箱根鉄道駿豆線の乗りつぶしからスタートです。

西武鉄道グループの伊豆箱根鉄道は小田原を起点とする大雄山線と三島を起点とする駿豆線があり、前者は2005年GW遠征で乗車済みでしたが、後者は起点の三島が大阪からアクセスするには少々億劫な場所であることと、わざわざこのためだけに遠征するのも面倒と言うこともあってこの段階まで手が出ませんでした。

大阪在住者の私にとって今遠征で乗車した大井川鐵道と駿豆線はいずれも乗りつぶしするには面倒な路線でした。

さて、宿泊先の沼津を離れて一駅隣の三島へ。
本来なら三島を宿泊先にすれば良かったのですが、あいにく空きがなかったので・・・。

JRと駿豆線の駅である三島は駅舎・改札口とも別々にありますが、乗換え改札口が設けられています。
と言っても連絡切符がないと利用出来ないので、一度JR改札を出て駿豆線の駅舎へ。

改札口は自動改札機が導入されていましたが、主要駅しか導入されていないためPASMOやSuicaと言ったICカード乗車券には対応されていません。

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駿豆線三島駅構内は2面3線で、基本的に使用されているのは北側の2線だけです。

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駿豆線はJRの踊り子号が乗り入れているのですが、三島駅構内を下の写真にある渡り線を利用するのですが、この場所だけなので踊り子号は上下列車とも東海道線1番線から発着します。

20090504_mishima-04.jpg

三島から8:20発の修善寺行きに。

20090504_mishima-06.jpg

ここで乗った3000系は普通鋼製の1次車とステンレス製の2次車があり、写真にある2次車は前面形状以外はJR211系と同じ構造です。

20090504_izuhakone_3000-01.jpg

車内設備は雰囲気としては211系と言うよりもJR四国の121系と同じ感じです。
(ボックスシートの形状や材質から見て)

20090504_izuhakone_3000-02.jpg

三島を出発するとJRとの渡り線と合流してから市街地を回り込むようにして進みます。

曲線を過ぎた所にある三島広小路を出で次の三島田町は三島市役所の最寄り駅。
三島田町で纏まった降車があり、三島出発時で100p程度だったのが60p程度に空いてきます。

1面1線の三島二日町を過ぎて横浜ゴムの工場を過ぎると住宅街と水田が混在した場所を南へと進みます。
三島市と函南町の境界に近い大場は伊豆箱根鉄道の本社と大場工場があり、大雄山線の車両もここで検査されるため、検査の際は東海道線を介した甲種輸送により送り込まれます。

駿豆線で唯一函南町内にある伊豆仁田は函南町役場の最寄り駅。
伊豆の国市に入った所にある原木からは狩野川と並行し、伊豆葛城山に近い伊豆長岡からは東西両側を山に挟まれて平地が三島側よりも狭くなってきます。

牧之郷で丁度良い撮影場所を見付けたので、後ほどこの場所で撮影することにしました。
三島から30分ほどで修善寺に到着。

20090504_shuzenji-02.jpg

折り返しの合間に修善寺駅の撮影タイムです。

→次に続く。

#2009.6.13 1:25 Update

category: 東海地方遠征

tag: 伊豆箱根鉄道  駿豆線 
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2009年5月3日 日本100名城と未乗路線を巡る東海道の旅22 2日目の宿  

2日目の宿は「三交イン沼津駅前」
沼津駅連立事業と合わせて駅周辺で行われている再開発事業により新設されたもので、2005年に来訪した時はまだ無く、去年開業したものだそうです。

窓にあるのはカーテンはなく引戸タイプ。
カーテンでないのはメンテナンス面よりもコスト面の理由の方が大きいように思われます。

ビジネスホテルでカーテンか引戸なのかはある程度の傾向があるようで、価格帯が高めのホテルだとカーテンであるのがデフォルトですが、価格帯が低めのホテルの場合は大凡半々という感じです。

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ベット廻りはオーソドックスな構成で、コンセントがないタイプ。

20090503_sanco_in_numazu-02.jpg

デスクトップ周り。

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ユニットバスは若干狭め。

20090503_sanco_in_numazu-04.jpg

玄関周り。
ここもオーソドックスな構成ですが、床面の材質がベット廻りと異なっています。

20090503_sanco_in_numazu-05.jpg

ホテルの外観(チェックアウト後に撮影)

20090504_sanco_in_numazu-01.jpg

ここで一泊し、3日目は伊豆箱根鉄道への乗車からスタートです。

→次に続く。

category: 東海地方遠征

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2009年5月3日 日本100名城と未乗路線を巡る東海道の旅21 金谷駅  

新金谷から金谷までは歩きました。

金谷周辺は牧之原台地があるため、大井川本線は金谷の市街地をUの時にカーブしながら金谷付近で東海道線に並走します。
写真は牧之原台地に沿って登って行く大井川本線と東海道線を撮ったものなのですが、やや遠くから撮っているため分りにくいのですが・・・。

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金谷駅付近には東海道の宿場町「金谷宿」一里塚跡を示した碑があり、東は島田宿、西は日坂宿となっています。

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金谷駅前はロータリーが整備されています。
台地の斜面に位置しているのですが、比較的なだらかであるからとも言えます。

駅周辺にはお茶の郷や近日開業の富士山・静岡空港があり、空港へは路線バスが設定されるらしいです。

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朝、金谷から大井川本線に乗車する時の記事で連絡通路があることを触れていましたが、ここでは東海道線側を撮っておきました。
こちら側には簡易型の自動改札機が設けられています。

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東海道線金谷駅の配線は2面2線と中線2線で、東海道線の駅としては少し変った配線となっています。
中線は元々、大井川鐵道との貨物輸送などで使用されていたもので、静岡方は急曲線と勾配が、浜松方に牧之原トンネルがある関係で、スイッチバックする形入線するのに使われていたとされています。

近年は東海道線の車両留置に使われたり、大井川鐵道の車両搬入などに使われることが多いようです。

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時間帯は夕方となっていることから、データイムでは3両の列車も5~6両に増結されています。

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静岡へ戻って鞄を回収すると駅ビル内で夕食。
その後は沼津へ向かい2日目は終了。

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3日目は伊豆箱根鉄道の乗車と山中城と小田原城への登城です。

→次に続く。

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tag: JR東海  金谷駅 
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2009年5月3日 日本100名城と未乗路線を巡る東海道の旅20 新金谷駅  

新金谷駅で降車しました。

牧之原台地の麓に位置する新金谷駅は島式ホームの1面1線とシンプルな構造。
金谷駅が棒線であるため列車交換はここで行われます。

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駅構内の金谷方に大井川本線の車両基地である新金谷車両区がある関係で、両側に側線があります。
長編成となるSL急行は金谷から引き上げると直接側線へ入線してきます。

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駅舎と改札口は千頭方にあり、大井川鐵道の本社もこの駅にあります。

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車で来訪してSL急行などを利用する人のために駐車場があるのですが、始発の金谷ではなく新金谷にあるのかというと、台地の中腹に位置する金谷にはスペースがないため、ここにある野田を考えられます。

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その駐車場に近接する留置線には元近鉄の420系が留置されています。

近鉄時代の末期は養老線で過ごしたこの車両は1990年代中頃にこの地へやって来たのですが、近年行われた車両の近代化が進められた結果、専ら新金谷車両区で留置されていることが多いようです。

ワンマン化されているため、予備車的扱いと他形式が検査の時に駆り出されることがあるようです。

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車庫側には元京阪3000系が留置されていました。
こちらは足回りこそ営団5000系の機器に変えられていますが、車体や車内設備に大きな変更も少なく使われていますが、来訪時はたまたま運用に入っていなかっただけかも知れません。

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新金谷車両区付近にある跨線橋の手前から分岐する線路があり、現在は引き込み線だそうですが、大井川左岸への砂利運搬線として使われていたらしいです。

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新金谷駅と道路を挟んだ反対側にあるプラザ・ロコへ行ってきました。
ここには休憩広場やお土産コーナーなどがあるほか、「SLいすも」とC「スロフ1形客車」が展示されています。

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新金谷から歩いて金谷駅まで向かいます。

→次に続く。

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2009年5月3日 日本100名城と未乗路線を巡る東海道の旅19 井川から・・・  

井川からの戻りを画像と共に軽く報告します。
折り返しは7割ほどの乗車率で戻っていきますが、その後立席まで出る状態まで混んできます。

関の沢橋梁を再び渡り、秘境駅の尾盛で男女二人連れが降車した入れ替りに趣味者を一人乗せ。

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接阻峡温泉を過ぎてレインボーブリッジを渡りました。
ここでは大井川左岸よりに席を確保したので、隣接する歩道と共に奥大井湖上駅へ。

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長島ダム駅で電気機関車に繋がれてアプト区間を下っていきます。

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少しアングルを変えて長島ダムを再撮影。
ここでは周辺の様子も一緒に・・・。

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奥泉で列車交換するもほぼ満席状態で乗降に手間取り数分ほど遅れます。

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井川線の車両基地がある川根両国を過ぎると井川に到着。

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井川ではSL急行が出発待ち。
金谷側に繋がっているSLが撮れないため、最後尾の電気機関車をお慰め・・・。

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井川からは元近鉄の16000系。
譲渡元の近鉄では現在も吉野特急の主役として使用されているのですが、26000系や16400系の進出によって数編成のみこの地へやってきました。

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当初は電車急行として使用されていたのですが、現在はワンマン運転対応の機器を搭載し各駅停車として使用されています。
元々特急車である16000系は出入口が狭く、行楽シーズンなどの多客期はその構造が仇となっている感じです。

このまま金谷まで乗ってしまうとフリー区間外で降車することになるため回収されることから一つ手前の新金谷まで乗りました。

→次に続く。

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2009年5月3日 日本100名城と未乗路線を巡る東海道の旅18 井川ダム・その2  

井川ダムの管理事務所側に戻って隣接する井川展示館へ向かいます。

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井川展示館はここ井川ダムの概要の他、大井川水系電源開発の歴史や水力発電などを紹介する展示内容となっています。
ちなみに入館は無料です。

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管理事務所の直下にある井川ダムの水利使用標識。
水利権の許可は国土交通大臣名により出されていますが、基本的には管轄の河川事務所に権限があるようです。

水力発電所を多く抱えている大井川は信濃川などと並び日本屈指の水力発電地帯である河川で、取水量の多さから下流側の水量が枯渇寸前にまで追い込まれたことがあり、地元の運動家・静岡県・中部電力・東京電力などの協議により現在は試験的に放水量を増加させるところまでこぎ着けています。

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ダム湖側から撮影したもの。
中央にある3つゲートは通常閉ざされているようで、満水時には開かれているようです。

発電所へ導く取水口はこのゲートの水中にあるそうです。

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管理事務所の下を通り抜けた所にある駐車場と井川渡船の発着場付近からダム湖を撮影。
(上から順に右岸(南)・左岸(北)の順に提示)

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井川ダムを見るのはここまでとし、折り返し戻ることにしました。

→次に続く。
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週末日記 2009年6月7日  

2009年6月7日(

6月7日は全面切り替えが終了した姫路駅へ行ってきました。

切替直前までは来訪して確認していたのですが、切替完了後は一度も来訪していなかったということでこの日訪れたわけです。

切替前の駅ビル内にあった中央口は、高架橋の下に移転。
この出入口の開設により改札外コンコースを介した南北自由通路に。

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東改札口と共に新設された東口は高架下に。

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最後に切替えられたホームの姫新線側には高速化に向けて導入されたキハ127系が・・・。
今回初対面となるので、後ほど遭遇するキハ122系と共に撮っておきました。

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新幹線のホームへ上がり、山陽新幹線の編成写真のゲット。
夕方に撮影したため、ちょっと厳しいようで、やはりここで撮影するのは午前中が良いかも知れません。

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再び姫新線のりばへ向かい単行のキハ122系をゲット。
時間の関係でいずれも乗れませんでしたが・・・。

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姫路からは直通特急~快速急行を乗り継いで帰宅しました。

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category: 日記

tag: 連続立体交差事業  JR西日本  姫路駅  姫新線  キハ127系  キハ122系 
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週末日記 2009年6月6日  

2009年6月6日(

6月最初の週末は土日休み。
土曜日である6日は鶴橋での編成写真撮影と明石城への登城をしてきました。

鶴橋駅では近鉄奈良線の編成写真がメイン。
丁度、阪神車が来なかったため近鉄車のみでしたが、21020系「アーバンライナー・plus」の編成写真をゲット出来ました。

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9820系(運転台側にある蝶のマークは阪神電鉄相互乗入れ対応車であることを示している)

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21020系

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8000系3両編成の重連

大阪難波で22600系の編成写真をゲット。
この車両は2度目ですが、編成写真として撮るのは今回が初めて。

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22600系

尼崎で阪神本線に乗換え。
特急を待っている間に数少ない5311形に遭遇。

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直通特急で山陽明石へ向かい、この日の目的である明石城へ。
現在の明石城跡は県立の明石公園としてスポーツ施設や図書館が整備されています。

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明石城は廃城後に殆どの建物が解体されたため、現在残されているのは巽櫓と坤櫓(ひつじさつやぐら)がある程度です。

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南東側にある巽櫓

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南西側にある坤櫓(ひつじさるやぐら)

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両者の間には展望台が整備されていて、ここから明石海峡大橋や明石市の市街地を一望出来ます。

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天守台は坤櫓の北側にあるのですが、天守自体は建てられることはありませんでした。

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この後は日本橋で買い物をして帰宅しました。

#2009.6.7 3:10 LastUpdate

category: 日記

tag: 近畿日本鉄道  阪神電気鉄道  鶴橋駅  日本100名城  明石城 
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2009年5月3日 日本100名城と未乗路線を巡る東海道の旅17 井川ダム・その1  

さて、井川からの折り返し列車は十数分後に出るのですが、1本後の列車にして井川ダムへ向かいました。

井川は南アルプス(赤石山脈)の登山口でもあります。

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井川ダムで出来た人造湖である井川ダムには静岡市井川支所のある井川本村へのアクセスとして井川渡船があり、井川ダムの管理事務所東方にあるのりばから出る渡船は基本的に井川線のダイヤにリンクする形で設定されています。

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大井川水系にはこれから行く井川ダムの他に複数のダムと発電所があり、最も上流口にあるのは二軒小屋発電所がある田代ダム(東京電力)だそうです。

ちなみに畑薙第1ダムから先は南アルプス国立公園の区域内となることからマイカー規制があり一般車の通行は、発電所のある二軒小屋周辺の山小屋やロッジを管理する東海フォレストの送迎バスが畑薙第1ダムから二軒小屋までを1往復~3往復運行されているそうです。

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井川駅から階段で下りると土産物屋や飲食店があります。

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この前にある坂道を下っていけばいいのですが、すぐ近くには2008年夏に崩壊した法面があり、来訪当時は復旧工事の進捗に伴い時間帯限定で通行が出来るようになっていました。

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坂道を下ってほどなく井川ダムが見えてきます。

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来訪時は放流されておらず、ダム湖の水は発電所経由の導水管だけ通っているようでした。

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ダムサイトを渡って対岸へ。
ここには県道60号線の井川トンネルがあり、この先は県道60号線南アルプス線と途中の笹張峠で分岐する県道189号三ツ峰落合線により静岡市街地と結ばれていますが、路線バスのルートとなる後者は狭隘であるため要所要所で拡張工事が行われているそうです。

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折り返し列車が千頭へ向けて出発していきました。

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→次に続く。

#2009.6.7 2:50 LastUpdate

category: 東海地方遠征

tag: 井川ダム  大井川 
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2009年5月3日 日本100名城と未乗路線を巡る東海道の旅16 井川駅  

井川駅に到着しました。

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井川駅は井川線の終点ですが、もとは井川駅よりも東にある堂平(どうだいら)と言う貨物駅まで路線がありました。

堂平駅は中部電力専用鉄道の一部として1954年に大井川ダム~堂平の運行開始時に開業。
当時は井川駅が開業されておらず、中部電力から大井川鐵道に移管され井川線として運行された1959年に開業しました。

畑薙ダム完成後は電力開発事業が一段落したことによるダム建設の資材搬送の終焉と自家用車普及による利用減により経営が悪化したため1971年に井川~堂平が一度廃止されたものの、赤石ダム建設のため1988年に側線として復活し、ダム建設工事竣功6年後の1996年に廃止されました1

その後は一部区間と堂平駅周辺は長らく放置されていたようですが、2008年夏の豪雨により井川駅前を通る県道60号線が土砂崩れのため通行止めとなった際、迂回路として暫定的に自動車が通れるように整備されたそうです。
その迂回路も2009年5月下旬に通行止めが全面解除されたことから、その役目を終えたため通行止めとなったとのことです。

一方、下の写真のトンネルとその手前にある西山沢橋梁を引き上げ線として利用していて、西山沢橋梁はホームの一部しても利用されていますが、殆どは先程降車したホームがメインとなっているようです。

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メインのホームは曲線上にあるため、下の写真のような構図で撮ることが出来ます。

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改札口前はすぐトンネルとなっていて、写真のホームで5両編成の列車が客扱いする時はホーム長の関係からディーゼル機関車がトンネルに突っ込む形で停車するようになります。

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小さな木造の駅舎は待合所をかねたものとなっていて、改札は安全上の理由から列車別改札となっています。
駅前は山間部の観光拠点にもなっているようで、来訪時はオンシーズンであるため混んでいますが、冬のオフシーズンとなると駅前は寂しいものとなっているそうです。

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井川駅前には井川地区自主運行バスが乗り入れているのですが、来訪当時は一部時間帯で通行止めが実施されているため、駅前に乗り入れることが出来ず、北側の駐車場側に暫定の停留所が設けられていました。
5月下旬に通行止めが解除されていることから、現在は駅前に戻されていると思われます。
この自主運行バスは

また、駅前には静鉄ジャストラインの静岡井川線も乗り入れていたのですが、県道60号線の山間部区間は狭隘であるためツーマン運転が必要あることから、人件費が嵩む割りには通年通しての利用が少なく2井川地区対静岡市中心部の交通としては利用しにくい面があったことから2008年5月末で廃止され、現在は井川地区自主運行バスと静鉄ジャストラインの安倍線が横沢で接続する形態に変わっています。

これ以外には登山シーズンの夏期限定で静岡駅~畑薙第一ダムを結ぶ南アルプス線が静岡駅行きの降車扱いのみで乗り入れています。

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駐車場付近からホームを撮影したもの。

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この構図からみると、側線が途中から分岐しているのが分ります。

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同じ場所から末端部を撮影したもの。
3線が合流した先に車止めがあります。

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この後は井川ダムへ向かいます。

参考
・「大井川鐵道井川線の写真」 - のりもののページ
http://www.d1.dion.ne.jp/~htlth/ikawa/syasin1.htm
・井川の渡船と廃線跡(静岡県静岡市) - A氏の旅行生活
http://fwga5977.cocolog-nifty.com/donburi/2008/08/post_817d.html
・大井川鐵道井川貨物線 - 東高円寺写真館
http://homepage3.nifty.com/ha2002/70kasiki/06cyubu/ooikawa/ooiguakamo.html
・井川駅前災害個所通行止め解除のおしらせ - 井川情報ステーション
>2008.9.11付けリリース
http://ikawa.ooi-alps.jp/aspsrv/asp_news/news.asp?DATE=20080911&ID=118&ct=
>2009.5.26付けリリース
http://ikawa.ooi-alps.jp/aspsrv/asp_news/news.asp?DATE=20090526&ID=151&ct=

1:書類上は1971年に休止となっているそうですが、実質は廃止としたため、1988年に復活した時は手続きが煩雑なるためか?井川駅構内の側線として扱われていたかも知れません。
2:畑薙ロッジを含んだ井川地区は南アルプスの登山口であることから登山シーズン期は利用が多いもののオフシーズンとなるとガラガラで、運行ダイヤもそれに合わせて午前便静岡発、午後便井川発となっていることから井川地区から静岡市街地へは利用しにくいことも要因となっている。
また該当路線は大型バスが使用されていたこともツーマン運用を強いられた要因とも言える。


→次に続く。

#2009.6.6 5:00 Update

category: 東海地方遠征

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2009年5月3日 日本100名城と未乗路線を巡る東海道の旅15 大井川鐵道井川線・その3  

長島ダム駅に到着しました。
アプトいちしろ駅で繋いだ電気機関車はここで切り離されます。

下の写真は長島ダム駅から急勾配区間を撮ったものですが、鉄道線にしてはかなり急な勾配であることが分ります。

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長島ダム駅を出発し2つトンネルを抜け、ひらんだ(平田)駅とトンネル1つ抜けると長島ダムによって出来た人造湖「接阻湖」に架かるレインボーブリッジを渡ります。
このレインボーブリッジはダム湖の対岸にある奥大井湖上駅を挟んで、左岸→奥大井湖上駅(右岸)→左岸を渡る形となっています。

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その眼下にはダム建設により放棄された旧線がダム湖水面際を行くのが見えてきます。
旧線のルートは写真のように残されている区間と長島ダム建設で水没した区間があり、アプトいちしろ~長島ダム付近までは遊歩道として利用出来るようになっています。

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右岸に位置する奥大井湖駅はレインボーブリッジの中央部に位置し、ここから接阻峡温泉駅へのハイキングコースが設定されています。

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そのため奥大井湖上駅から井川側の橋梁に歩行者専用の通路が設けられているのですが、下の写真はその反対側を写したものなので井川から戻ってくる時に改めて撮ることにしました。

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接阻峡温泉を過ぎて次の駅である尾盛駅は周辺に民家などがなく、一部の趣味者には理想の秘境駅とも言われています。
この駅はかつて送水管を建設するに際し出来た駅で、当時はダム建設関係者の居住区として宿舎があったほか学校まであり、医師も常駐していたそうです。

当初の目的を果たした無人となったものの、現在に至るまで廃止されないのは尾盛駅が中部電力の補填により造られた経緯があるからと言われています。

尾盛駅を過ぎてしばらくすると関ノ沢川に架かる関の沢橋梁を渡ります。
この橋は川底からの高さが100mあり、JRや第3セクター線を除くと国内で最も高い橋なのだそうです。

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この橋梁からは中部電力の送水管が通っているのが確認出来ます。

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関の沢橋梁からいくつかトンネルを抜ける閑蔵駅に到着。
この駅を最後に井川駅までは列車交換が出来ません。

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閑蔵駅を出発し、第二栃窪トンネルを抜けると奇妙な空きスペースがあり、そこが1971年に廃止された亀久保信号場だそうです。
60番目のトンネルを抜けると右手に井川ダムが見えてきます。

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井川ダムを横目に61番目のトンネルを抜けると井川駅に到着です。

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金谷から約3時間掛けて井川に到着しました。
井川駅の標高は636m。

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これで大井川鐵道は完乗。

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後は折り返し金谷へ戻るだけですが、折角なので1本見送って井川ダムへ行くことにしました。

→次に続く。

#2009.6.5 1:40 Update

category: 東海地方遠征

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