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2008年11月の記事一覧

週末日記 2008年11月30日  

2008年11月30日(

先週末とは打って変わって今週末は30日だけがお休みとなり、この日は阪神なんば線関連工事の見聞をしてきました。

主に阪神本線側のホーム延伸工事と発車案内板の整備工事をメインで・・・。

西大阪線のホーム延伸工事がラストスパート状態で、千鳥橋はホーム上屋の工事が済み、点字タイルの設置工事が開始されています。
伝法と福は上屋の設置はされず伝法は点字タイルの設置工事が、福は改札口などの移設が済んで尼崎側のホーム延伸工事が着手されていました。
今回はこれらの工事は撮影しませんでしたので、報告のみとして次の週末にでも撮影してきます。

阪神本線は武庫川・甲子園・今津・魚崎・岩屋と現行ダイヤ上における阪神の快速急行の停車駅を主に急曲線上のホームがある御影も合わせて見てきました。

武庫川は武庫川線・西出口への連絡通路にある柵を一部撤去して有効長を伸ばす手法が採られているため、工事そのものは比較的短期間で済まされています。
また、これまで整備されていなかった発車案内板が整備されています。

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甲子園駅はホーム長が厳しいのではと思ったのですが、実際は6両編成の進行方向の最後部がホーム端部に寄せられた形で停車位置が設定されているため、現地で確認したところメインで使用されているホームでは近鉄車の停車には大きな問題はありませんでした。
ただし降車用の臨時ホームについては若干問題があるようなのですが、これについては稿を改めて報告します。

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今津は高架化した時点でホーム有効長が阪神車の8両編成対応していることから時に工事が行われていませんが、武庫川駅と同様にこれまで整備されてなかった発車案内板がこの度整備されています。

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魚崎は連立事業の関係でホーム延伸工事は梅田方よりも三宮方の方がホーム延伸させて長さが長いようです。
こちらも今津駅同様にこれまで整備されてなかった発車案内板が整備されています。

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御影には快速急行は停車しませんが、急曲線上にホームがあるため図面上では支障がないものの、減車を持ち込んだ試運転で、オーバーハングが原因による問題が発覚したのか?ホームの削る工事を施行した痕跡がいくつか見られ、これから行われる箇所も存在します。

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岩屋は一応停車駅になっているのですが、近鉄車が停車するためにはホーム長には問題はなくものの転落防止のホーム柵が支障を来たすため、現行通りの停車駅を維持するためにはこれを撤去する以外に方法が無く、出来なければ来春の乗入れ開始後の快速急行は通過になる可能性が高くなります。

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三宮は折り返し専用の3番線の延伸が終了しており、大規模な改良工事が済むまでの間は暫定的にこの状態となる感じです。

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三宮から一端日本橋へ向かって買い物を済ませたあと、梅田へ向かいここでも買い物をしてから帰宅したのですが、大阪駅の通路が先月下旬から変更になった模様で、遠征が続いていたことからここは見落としていました。

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梅田から上本町へ向かって、稼働開始となった液晶式の発車案内板を見聞してから帰宅しました。

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#2008.12.1 1:25 Update
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category: 日記

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2008年9月15日 信州回廊の旅19 長野電鉄長野線・その1  

最終日となった3日目は長野線長野線の須坂~湯田中の乗りつぶしのやり直しです。

ホテルをチェックアウトして最寄りの市役所前駅へ向かったのですが、最も近い南口が営業時間外と言うことで改札口のシャッターが閉ざされていました。

これは事前に知らなかったため、慌てて北口へダッシュして事なきを得たのですが、ギリギリだったのでやばかったです・・・。

信州中野までは3700系に乗って移動し、信州中野からは2000系に乗車。
湯田中から折り返すB特急の運用のために送り込まれる感じで、この車両に乗るのは今回が初めてです。

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湯田中に到着後、折り返しの間に撮影タイム。

20080915_yudanaka-01.jpg

湯田中は数年前までは2面2線で終端側が引き上げ線としてさらに奥に伸びていたのですが、近年施行された改良工事で1面1線となり、引き上げ線が撤去されています。

湯田中駅は地形と交差道路の制約で、2面2線時代は信州中野方にある分岐器と終端側にある県道までの有効長の関係から、3両編成の2000系は勾配を登り切ってすぐの湯田中駅を通過し、さらに県道との踏切を越えた所で停車し分岐器が切り替わるのを確認後にホームに横付けされるスイッチバック方式が採られていました。

しかし、元小田急10000形HiSEである1000系を導入するのに際し、同車の運転台高さと車体構造上からスイッチバック方式が困難と言うことで現在の配線に改められました。

前回来訪時は残り工事が進められていましたが、今回訪れたときには完了していました。

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写真のある横断歩道の部分が引き上げ線があった場所で、さらに奥に線路跡が残されています。

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現在の駅舎は2代目でですが、初代の駅舎が反対側に残されており、こちらは日帰り温泉施設である「湯田中駅前温泉 楓の湯」として再利用されているほか、駅舎の前には足湯を楽しむ施設があります。

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現在の駅舎の天井にはこのような絵が描かれています。

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折り返しはB特急ですが、B特急は信州中野まで無料なので、これを逃すと次の列車が有料のA特急となることから、撮影後はさっさと戻ります。

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湯田中から信州中野までは延々と下り勾配が続きます。
沿線は長閑な田園風景が広がるのですが、山の麓を行くため見た目では緩やかに下りている感じにも思えます。

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→次に続く。

#2008.11.30 0:25 Update

category: 甲信越地方遠征

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2008年9月14日 信州回廊の旅18 長野電鉄屋代線  

屋代へ移動し、長野電鉄の乗りつぶしのやり直しを始めます。

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屋代駅はしなの鉄道が2面3線+側線、長野電鉄屋代線が1面1線で、しなの鉄道の検修基地が併設され、ここでの検修作業は長野電鉄系列の子会社に委託されています。

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各ホームは軽井沢方にある跨線橋で結ばれており、しなの鉄道側は一般的な構造なのですが、長野電鉄側の方は古めかしい木造となっています。

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ここからは元営団3000系の3500系。

写真のO編成は車内運賃収受対応のため運賃箱と運賃表示器が設置されたもので、本線格の長野線で使用される編成が冷房改造されているのに対し、こちらは非冷房となっています。
このため、東急から譲渡された8500系の進出により状態の良いものを除いて廃車される模様です。

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屋代出発時は5人だけ。
しなの鉄道と分かれてほどなく長野新幹線を交差して北へ進みますが、千曲川と山の裾に挟まれるため、右へ左へクネクネと進んで行く感じとなります。
松代で10人近くとなり、この辺りから上信越自動車道と絡みながら北進します。

屋代線の全般的な利用状況は混んでいても40p程度で、今回乗車した列車でも20pに達するか否か程度しか乗っていませんでした。

信濃川田から住宅地の中を進み、綿内を出てしばらくすると上信越自動車道と交差します。
井上を過ぎてしばらくすると左手から長野線と合流して須坂に到着です。

須坂は2面4線で、東側1線が屋代線専用、それ以外は長野線のりばとして使用されています。

20080914_suzaka-02.jpg

駅舎は橋上駅舎で駅前広場を挟んだビルと直結しています。
駅前広場は長野電鉄の路線バスが乗り入れており、改札階の階下はファーストフードのお店とバス案内所らしきものがあったのですが、バス案内所の方は廃止されて便所だけ残されている形となっています。

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ここで編成写真のゲットタイムを設けました。
後日撮影するのですが、オマケ的に撮っておきます。

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須坂駅構内に留置されている10系「OSカー」

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8500系

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3500系N編成

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2000系

撮影を終了し長野へ。

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ここで夕食をとってホテルへ戻り2日目は終了しました。

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→次に続く。

#2008.11.28 0:50 LastUpdate

category: 甲信越地方遠征

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2008年9月14日 信州回廊の旅17 小諸城跡・懐古園その6  

さて、懐古園へ戻りって、最後に残している懐古館を見てきます。

さて、懐古園の駐車場にはC56形蒸気機関車が静態保存されていますが、主に支線区で導入されたためここ信州では小海線・飯山線・大糸線で使用されていました。

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さて、懐古館は小諸城の歴代藩主の武具などが展示されています。
こちらも館内は撮影禁止です。

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懐古館を後にして小諸城の大手門へ向かいました。
大手門はしなの鉄道の線路を挟んで北側にあり、小諸城跡が鉄道線により分断されていると言う感じとなっています。

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しなの鉄道の直下を通る地下道を通って真っ直ぐ進むと左手に倉造りの建物があるのですが、これはくらしかる浪漫館というもので、現在は閉館されています。

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大手門はこの奥にあり、2005年から2008年春まで修復工事が行われていました。
大手門の内部が公開されているそうなのですが、今回は公開時間外と言うことでまたの機会と言うことで・・・。

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これで小諸城跡関連は観覧終了。
次は長野電鉄の乗りつぶしをするため小諸からしなの鉄道の乗って屋代へ向かいます。

→次に続く。

#2008.11.28 23:30 LastUpdate

category: 甲信越地方遠征

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2008年9月14日 信州回廊の旅16 小諸城跡・懐古園その5  

懐古館を残して周辺の見所を見てくることにしました。

まずは小山敬三美術館郷土博物館
この二つは建物こそ別々ですが、いずれも小諸市により建てられたものであり同じ敷地内にあることから、入口はこのように併記される形となっています。

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小山敬三美術館には記念館があり、こちらは晩年を過ごした茅ヶ崎にあった建物の一部をこの場所へ移設したもので居住兼アトリエとして使用されていた当時を再現・展示されています。

なお、記念館の方は入館無料なのですが、日曜祝日などの休日に開館されるのが基本なので、観覧する場合は小諸市公式サイトの記念館のページで確認するか、小山敬三美術館に直接問い合わせせることをお勧めします。。

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肝心の美術館は庭園に囲まれた場所にあり、建物全体を撮るにはこのような感じになってしまいます。

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建物自体は橿原神宮前駅舎や現在の阿部野橋ターミナルビル(大阪阿部野橋駅)などを設計した村野藤吾氏によるもので、館内は小山敬三氏の代表作が収蔵・展示されています。

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最後は渥美清こもろ寅さん会館へ。
映画「男はつらいよ」に関わる映画関係者(主役である渥美清氏・同シリーズの監督である山田洋次氏や製作・配給会社である松竹など)や寅さんファンなどにより、シリーズ第40作目のロケ地である小諸における記念事業として建てられたものです。

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会館はシリーズの生みの親である山田洋次氏のコーナー(中2階)があり、「山田洋次の世界」として同氏が監督した映画のポスターなどが展示されていました。
寅さん関連のものは2階の展示室にあり、こちらにはシリーズ全てのポスターなどが展示されているのですが、圧巻なのは10分の1スケールの「くるまや」の模型で、松竹の美術スタッフの手により製作されたものだそうです。

20080914_komoro_torasan-03.jpg

ここで訪れたものは館内撮影禁止なので、建物の画像のみとしています。
この後は懐古館と小諸城大手門を訪れます。

→次に続く。

#2008.11.28 1:10 LastUpdate

category: 甲信越地方遠征

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2008年11月15日~11月16日 阪神なんば線工事見聞14-5 千鳥橋駅  

14回目の最後は千鳥橋駅のレポです。
こちらは上屋の構築が進められ支柱が組まれて、後は上屋が付くのを待つのみとなっています。

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ホーム自体はまだ仕上がっていない状態ですが、近日中にも施行されるのではないかと思われます。

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・本記事アップ現在(2008.11.27)の状況を把捉しますと、福駅はホーム延伸部の基礎工事が完了して足の部分となる支柱などの設置工事が進められており、他駅でのホーム延伸工事同様グリーン塗装された鋼材が組まれていました。

西九条駅では尼崎方にある両渡しの分岐器が片渡しに変更されています。
新たに設けられる南口?の工事はエスカレーターらしき機材が持ち込まれ設置されているらしいです。

以上で14回目のレポを終わります。

category: 阪神なんば線工事の話題

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2008年9月14日 信州回廊の旅15 小諸城跡・懐古園その4  

次は藤村記念館です。

ここは島崎藤村の縁の地である小諸における同氏の作品などが展示されています。
(記念館内部は撮影禁止です)
1958年に建設された記念館の建物は昭和初期における建築家の代表である谷口吉郎氏による設計だそうです。

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記念館前にある島崎藤村像。

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記念館を後にして、園内を散策します。
写真の荒神井戸は小諸城内では唯一の井戸で、寛保の大洪水を期に掘られたものだそうです。

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写真の欅は樹齢500年と言われるもので、幹周りは6.5m。

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懐古館を後回しにして、周辺の小諸市立郷土博物館・小山敬三美術館・渥美清こもろ寅さん会館を巡ります。

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→次に続く。

#2008.11.28 0:00 LastUpdate

category: 甲信越地方遠征

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三連休日記 2008年11月24日  

2008年11月24日(

遠征最終日であるこの日は午後から雨と言うことで、午前中は前日調べておいた京浜東北線のE233系1000番台の編成写真のゲットを、午後からは東武東上線で編成写真のゲットをしてきました。

E233系1000番台の編成写真撮影に入る前に着替えの入った鞄が移動の支障になるため東京駅のコインロッカーに預けて身軽になると先ずは横浜駅へ移動。

横浜では前日に見かけたE233系3000番台を捉えようと思って1時間ほど粘りましたが、やってくるのは211系かE231系ばかり・・・。
その代わり、リゾート踊り子号を捉えることが出来たので結果良しです。

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横浜からE233系を捉えるべく根岸線へ。
東側の半数が相対式ホームである中で山手を撮影場所として選択、ホーム長の余裕がちょっと厳しいのですが、まあまあ無難に撮れたと言うところです。

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撮影後一端大船へ向かい、大船から湘南新宿ラインで池袋へ移動。
ここからは50000系グループ3形式が投入されている東武東上本線の撮影することにしましたが、初っ端からは50000系第1・第2編成に遭遇。
まず池袋で第2編成を捉え、続いて和光市で第1編成を捉えました(いずれもアイコンショットですが・・・)

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和光市ではおなじみの東京メトロ10000系の他、7000系副都心線対応車・西武6000系副都心線対応車を捉え、最後に50070系を初めて捉えることが出来ました。

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和光市からふじみ野へ移動し、ここで50000系第1編成の編成写真をゲット。
2005年6月以来2度目ですが、思っている以上に捉えにくい車両です。

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川越へ移動して、川越市の市内散策。
本当は川越城の本丸御殿を見たかったのですが、改修工事のため2011年3月まで観覧できないため、今回は降り出した雨の中を蔵造りの街並み「川越一番街」を散策して終わりました。

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川越市内の散策を終えると本川越から所沢経由で西武池袋線へ乗り継いで、さらに東京メトロ副都心線を渋谷まで乗車してきました。
開業して間もなかった頃に乗ったときに比べてかなりスムーズに動いてる感じでした。

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これでこの日の予定は終了。
東京からのぞみ153号に乗って帰阪しました。

#2008.11.27 0:50 LastUpdate

category: 日記

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三連休日記 2008年11月23日  

2008年11月23日(

遠征2日目であるこの日は編成写真ゲットを軸に首都圏を回ってきました。

手始めに京王井の頭線。

ここでは高井戸で撮影しましたが、お目当ての1000系の最新編成がこの日運用についておらず、当てが外れてしまいました。
しかし、徐々に勢力を縮めつつある3000系がこの日2本運用についていたを捉えたので結果良しです。

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渋谷経由で東京東横線に乗って目黒線の編成写真を捉えるため新丸子で撮影を行いましたが、思っているほど成果が上がりませんでした。

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武蔵小杉から南武線経由で武蔵溝ノ口へ向かい東急田園都市線の工事を見聞。

溝の口駅は線路切り替えにより下り線ののりばが変更され、使用停止となった側は柵で仕切られていました。

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上り新ホームへの切り替えが終わった高津は内側線の工事が進められ、先の溝の口駅との間も軌道工事が続けられていましたが、高津駅の中央林間方には外側線から内側線への分岐機が挿入されていました。

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再び渋谷へ戻って昼食をはさみ、渋谷からは品川へ移動して前日アイコンショットで捉えたE233系1000番台の編成写真をゲット。

ここ品川は橋上駅舎が大規模のものなのである故、編成の大半が橋上駅舎の直下になってしまうことから、後ほど乗車する根岸線に乗ったときに見かけた相対式ホームの高架駅で捉える方が無難のようです。

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根岸線を乗りつぶすため、品川から東海道線に乗り換えたのですが、やってきたのが総武快速・横須賀線から3本転用されてきた1E217系であったので、大船で降車する予定を変更してこの列車の終点である平塚まで乗車して、折り返し待ちのところを編成写真とアイコンゲットをゲットしました。

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大船からは根岸線の乗りつぶしするため、発車待ちの列車内で待っているときに、東海道線では10+5両が1本のみ在籍しているE233系(3000番台)を発見。
東京へ向かう列車であったことから根岸線を乗り通した後で横浜にて待ち構えることにして、先に根岸線を乗り通しました。

根岸線では編成写真ゲットの撮影ポイント確認のため新杉田で一段落とすことにしましたが、前半は209系500番台、後半がE233系1000番台に乗車しました。

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横浜では東海道線上りホームの両端に人垣ができていたのですが、どうやら来春廃止される寝台特急「はやぶさ・富士」を捉えようとする一団であったと言うことを該当の列車が来て判明。

該当の列車が去ったあとその一団はさっさと撤収していきました。
寝台特急の類は私の目的とは全く無関係なので軽く流しておいて、肝心のE233系3000番台がこの後到着したのですが、今回は夜間であることから日中で捉えるための参考程度として撮っておきます。

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横浜から大崎乗換えで目黒へ移動し、目黒から大岡山へ向かいました。

あるものを確かめるためだったのですが、大岡山から乗り換えた大井町線の列車がたまたま田園都市線直通の急行長津田行きだったので、予定を変更して長津田まで乗ってしまいました(笑)

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長津田から乗り継いで中央林間へ移動しここで夕食をはさみ、中央林間から小田急江ノ島線に乗り換えて相模大野まで移動しました。
いつも120pが平均値であるため、この時余裕で座れる江ノ島線に乗れたのは新鮮でした。

相模大野からは「えのしま・はこね48号」に乗って新宿へ向かいこの日は終了しました。

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写真は「ホームウェイ」として折り返しをするときに撮影したもの。

1:当初は15両(11+4)×3編成が国府津車両センターへ転籍したのですが、E217系の制御装置などの電装品更新による予備車確保のため15両×1編成が鎌倉車両センターに戻されたことから現在は各2本となっています。
なお、その代用としてE233系が15両(10+5)×1編成を製作されているため、国府津車両センターに在籍する車両数に増減はありません。


#2008.11.26 2:15 LastUpdate

category: 日記

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三連休日記 2008年11月22日  

2008年11月22日(

11月22日に東北本線尾久駅に隣接した尾久車両センターにおいてイベントが催されることから、運良く三連休となったこの週末を利用して上京することにしました。

初日にこの日はイベント当日。
近年の関東遠征は前日入りがデフォルトだったのですが、今回は仕事の都合があって当日ののぞみ102号で出発となりました。

三連休の初日と言うことで新大阪駅はTDR目的の家族連れが半数を占めたため、いつもなら6割分程度しか埋まらないのぞみ102号は名古屋から満席となりました。

イベントが開始されるまでには時間があることから、東京到着すると東京メトロ丸ノ内線の東京~荻窪と中野坂上から分岐する方南町支線1を乗りつぶしてきました。

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パターン的に線内折り返しは面白くないので、荻窪まで乗り通した後は中央線各駅停車で東中野へ向かい、さらに都営大江戸線に乗り換えて中野坂上へ向かって方南町支線を乗り通しました。

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方南町から京王バスに乗って永福町へ移動。
毎時6本と大阪近郊に住んでいる私から見るとうらやましいほどの本数があるものの、乗っているのは高齢者ばかり・・・。

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永福町から明大前経由で新宿へ向かい、さらに御茶ノ水・秋葉原・上野で乗り継いで尾久へ向かったのですが、上野で京浜東北線への投入が続いているE233系1000番台を捉えました(アイコンショットだけですが・・・)

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ようやくイベント会場の尾久車両センターに到着。
ここでは展示車両のE655系「なごみ」ほかを撮影しましたが、「なごみ」の方は検査ピット上での展示となりました。

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ほかにはEF81形によるターンテーブルの実演も実施されましたが、実際に稼動するところを見るのは今回が初めてでした。

イベント会場を後にすると常磐線に乗って我孫子へ向かい、成田線の支線である我孫子~成田(我孫子支線)と成田~成田空港(空港線)を片付けたのですが、京成東成田線・芝山鉄道と京成本線も纏めて片付けるため、我孫子支線を乗り通した後は先に京成東成田線・芝山鉄道を乗り通し、次に京成本線を乗り通し、成田空港の見学を挟んでから空港支線を片付けると言う流れにしました。

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芝山鉄道は成田空港の設備に近接しているため、東成田~芝山千代田を走行しているときは千葉県警の警察官が常時巡回しているのですが、その様子は成田空港の成り立ちがどういったものであったかを物語っています。

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芝山千代田駅自体はシンプルな棒線駅なのですが、線路自体はさらに延伸されるような構造となっている感じです。
ただ、PASMOが使えない2と言うのは事前の調べで分かっているのですが、ちょっと困りますね・・・。

京成成田に戻って京成本線の未乗区間である京成成田~成田空港を乗り通し。
スーツケースやキャリアカートが目立つ中、私一人が軽装なので違和感ありまくりです。

20081122_narita_airport-01.jpg

改札を出で関門であるセキュリティーエリアでのチェックを受けると、成田空港の見学。
今回は第1ターミナルだけですが、展望台から2~3分おきに離着陸する様子を見るに「これじゃ関空は永遠に勝てんな」と思ってしまいました・・・。

20081122_narita_airport-02.jpg
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成田空港の見学を終えてからは快速エアポート成田に乗って空港支線を纏めて片付けて東京へ向かいこの日は終了。
東京で夕食を挟んでから今回取った宿へ直行しました。

1:正式には丸ノ内線の分岐線で鉄道要覧では4号線丸ノ内線分岐線とされている。
2:芝山鉄道では現在使用停止となったパスネットも使用できません。


#2008.11.26 1:30 LastUpdate

category: 日記

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2008年9月14日 信州回廊の旅14 小諸城跡・懐古園その3  

懐古園観覧その3です。

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桜の名所である馬場は単に往復するだけの鉄砲馬場だったそうです。

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ここには石碑がいくつかあるのですが、内容はは俳句や詩が書かれています。

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写真の武器庫は廃城後移設されていたのですが、何年か前に現在の場所に戻されて復元されています。

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藤村の詩碑の近くには水の手展望台があり、ここから千曲川とその周辺を望むことができます。

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20080914_kaikoen-32.jpg

→次に続く。

#2008.11.24 1:10 LastUpdate

category: 甲信越地方遠征

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2008年11月15日~11月16日 阪神なんば線工事見聞14-4 福駅  

福駅のレポです。
提示されている写真は記事作成時に分かりやすく並べなおしているため、実際の撮影した順とは異なりますのでご了承ください。

ホーム延伸に伴い、駅舎や駅業務関連の機器の移設が進められ、下りホームでは自動精算機が移設され、次は自動改札機が移設されるのですが、これには駅舎の改築が必要なので、それが終わるまではそのままになる模様です。

現在は清算機が有った場所の解体工事が進められているため、今月か来月までには新たな建物が構築されると思われます。

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尼崎側にもホームが伸ばされるため、駅前の駐輪場の一部が撤去されている模様です。

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工事開始当初から気になっていたコンクリートの基礎はキュービクル形の変電設備を置くためのものでした。

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西九条方のホーム延伸工事は基礎工事が進められています。

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上りホーム側にある駅舎がホーム延伸の際に支障ときたすことから、移設する工事が進められているのですが、新たに上り駅舎となる建物が建てられていました。

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共用が開始されるのはもう少し先なので、動きがあり次第報告します。

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→14-5に続く。

#2008.11.23 1:35 LastUpdate

category: 阪神なんば線工事の話題

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2008年9月14日 信州回廊の旅13 小諸城跡・懐古園その2  

その1に引き続き懐古園観覧です。

黒門橋。
一の門の手前にある橋。

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黒門跡。
一の門が建っていた場所。

20080914_kaikoen-13.jpg
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本丸跡に建つ懐古神社。

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小諸城は城としては山本勘助と馬場美濃守によって築城されたもので、その後はそのときの世情に則って何人かが城主を勤めた後、1871年の廃藩置県により廃城となり、1880年に本丸跡に神社を祀ったのが懐古神社であり、その周辺の城跡をを整備して現在の懐古園となったそうです。

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懐古園の碑。
1881年に懐古園が作られたときに建てられたもので、石碑の題字は勝海舟の筆によるもの。

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社務所の前にある庭園。

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続いて天主台へ。

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小諸城の天守閣が有った場所で1626年の落雷により消失して以降、再建されなかったそうです。

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次は桜の名所である馬場から観て来ます。

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→次に続く。

#2008.11.24 1:00 LastUpdate

category: 甲信越地方遠征

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2008年11月15日~11月16日 阪神なんば線工事見聞14-3 伝法駅  

伝法駅のレポです。

盛土高架である同駅の工事は法面にホームの基礎を打って構築するのですが、現在はホーム本体の工事が進められています。

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現在進められているのはホームの土台となる鋼材の上にホームのベースとなるものを乗せるようで、これが終わると、残るは上屋の構築とホームの仕上げと電気工事が残されているぐらいです。

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→14-4に続く。

#2008.11.23 1:10 LastUpdate

category: 阪神なんば線工事の話題

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2008年9月14日 信州回廊の旅12 小諸城跡・懐古園その1  

小諸へやってきました。

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小諸では小諸城跡・懐古園を軸に藤村記念館・小諸市立郷土博物館・小山敬三美術館・渥美清こもろ寅さん会館を巡る事にしました。
まずは小諸城跡・懐古園から。

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懐古園は小諸駅の裏口に位置し駅西側の自由通路を通り、そのまま案内にしたがって行くと三の門が出迎えてくれます。

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三の門をくぐると左手に小諸城ゆかりの武具や古文書が展示されている懐古館があり、右手には入場券券売機があります。
正面は三の門料金所で手売りのものはこの窓口で販売されます。

また、懐古園には動物園と遊園地が隣接されており、懐古園本体とは独立した形となっています。

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観覧券は懐古園単独のものと周辺の懐古園内にある藤村記念館+懐古館+小諸市立の郷土博物館・小山敬三美術館のセット観覧があり、今回はセット観覧券を購入しました。

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まずは二の門跡。
二の丸の入口でもあったそうです。

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二の丸跡。

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二の丸跡から黒門橋を見るとこのような感じです。

20080914_kaikoen-07.jpg

北の丸(弓道場)。
来訪当時は復元工事たけなわだったため観ることができませんでした。

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20080914_kaikoen-09.jpg

南丸跡。
ここは武器庫が有った場所とされています。

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この先にある黒門橋を渡って懐古神社と本丸・天主台跡を観て来ます。

→次に続く。

#2008.11.24 0:45 LastUpdate

category: 甲信越地方遠征

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2008年11月15日~11月16日 阪神なんば線工事見聞14-2 阪神尼崎駅  

お次は尼崎駅のレポです。

尼崎駅の工事は使用停止中のホームの延伸・改修工事が進み、ホーム上屋の工事も完了し、この時点では仕上げ工事の一歩手前といったところです。

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さて気になる部分ですが、ホーム上屋が一段低い箇所があるのですが、これは架線が交差するための措置だそうで、上屋が接触および絶縁距離を確保することが目的になっている感じです。

写真は阪神本線下りホームからの撮影で、なんばせんホーム側が柵で仕切られているのは、5番線に停車するのが既知どおり阪神本線の列車のみとなるため使用されない部分を仕切るようです。

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既存のホームも新ホームに合わせてかさ上げされており、5・6番線ホームの打ち上げ工事が完了したことから、阪神尼崎駅の全ホームの高さが統一されました。

20081115_amagasaki-04.jpg

次は上りホームから撮った物ですが、当初の図面となことなりなんば線側の私が両渡しではなく、片渡しとなっています。
設置箇所も本線からの合流地点から乗り場に寄った場所に設けられていることから、なんば線上り出発と同下り線到着が同時にできるような配線になっています。

これにより下り線側の制約が厳しい条件を緩和しようとしているかもしれません。

20081116_amagasaki-01.jpg

上り線ホームの側には下りホームに有った柵がないことから、2番線には本線~なんば線直通列車が入線できるようになっています。

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お次は伝法駅のレポです。

→14-3に続く。

category: 阪神なんば線工事の話題

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2008年9月14日 信州回廊の旅11 169系「リバイバル信州号」を捉える  

戸倉へ移動したら169系を捉えることにします。

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2面3線の戸倉駅はしなの鉄道の車両基地があり、乗り場に隣接している側線のほかに駅から若干はなれた場所にも車両を留置する場所を有しています。

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さて、急行形直流電車として後期に活躍した車両としては165系・167系・169系が存在しましたが、現在はパノラマエクスプレスとして改造された車両が後年譲渡されていった車両が富士急行のフジサン特急として使用されているほかには、ここしなの鉄道に在籍する169系だけとなっています。

しなの鉄道の169系は元のボックスではなくJR東日本時代に交換されたリクライニングシートであり、車体は同社のオリジナル塗装が施されています。

同社に移籍していこうは朝夕のラッシュ時のほか休日の快速などにも使用されてきたのですが、ここへ来てもとの湘南色に戻されることになり、その初陣として臨時快速「リバイバル信州号」として運行されることになったのです。

今回はこれを捉えるために信州遠征をしたのですが、基本は駅撮りなので撮影場所としては難しかったのですが、観光する都合もあることから無難に捉えようとするとここしか残されていなかったのです。

20080914_shinano_rail_169-03.jpg

一度改札を出て戸倉駅の駅舎を撮影。

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しばらくすると軽井沢から「リバイバル信州号」が戻ってきました。
空かさず編成写真をゲット。

逆光なのでちょっと厳しかったです・・・。

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リバイバル信州号を見送った後はオリジナルの169系快速に乗って小諸へ向かいました。

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→次に続く。

#2008.11.23 0:50 LastUpdate

category: 甲信越地方遠征

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2008年11月15日~11月16日 阪神なんば線工事見聞14-1 西九条駅  

さて、この間の週末に阪神西大阪線の工事の進捗状況を見てきましたので報告します。

西九条駅の工事はホーム延伸部分の外壁が取り付けられて表から見ると、完成かと思うのですが、難波方の工事が終わっておらずちょっと不格好な感じになっています。

20081115_nishikujo-01.jpg

のりばの方へ行きますと、架線と軌道の工事はほぼ終わっている状態ですが、架線の方は既存のものとは離しているため、電路的にはまだ繋がっていないという感じです。

ホーム延伸部分は外壁の工事自体は済んでいる模様ですが、こちら側の内装の方はこれからと段階である上にホーム自体も仕上げが済んでいないことから、12月下旬か1月上旬ぐらいに見たらもうちょっと進んでいると思われますが、試運転は年明け頃から始まるらしいのでそれまでにはホームの部分は完成しているものと思われます。

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→次(14-2)に続く

#2008.11.20 1:30 LastUpdate

category: 阪神なんば線工事の話題

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2008年9月14日 信州回廊の旅10 池波正太郎真田太平記館  

上田城跡公園の次は池波正太郎太平記館へ行ってきました。

「真田太平記」は「鬼平犯科帳」「剣客商売」の原作者である池波正太郎(1923年~1990年)が1974年~1982年に掛けて週刊朝日(朝日新聞社刊)において449回連載された作品で、上田城を築城した真田昌幸とその息子である伸之・幸村を中心に1582年~1622年に起きた出来事を描いた小説です。

この記念館は上田市が池波氏の遺族などの協力により1998年に建てられたものです。

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2階建ての本館と倉を模したシアターとギャラリーの2棟で構成され、本館1階は受付窓口と喫茶点があり、ここには池波正太郎著の書籍やグッズが販売されているほか、本館奥には特別展示のための多目的ホールがあり、来訪当時は開館10周年記念として「大坂の陣(夏)~池波正太郎「真田太平記」の背景~」が催されていました。

ギャラリーは「真田太平記」で使用された風間完の挿絵絵画が、シアターは真田太平記にまつわる映像が上映されていたのですが、時間の都合でシアターの方はパスしました。

本館2階は常設展示室で階段を上がって右側を「真田太平記」の関係のものが、左側を池波正太郎に纏わるものが展示されていました。

ちなみに記念館内部は撮影禁止なので、冒頭の建物外観とチケット類のみ撮っておきました。

20080914_ikenami_sanada-03.jpg

この後、オリジナルの湘南色を纏った169系「リバイバル信州号」を捉えるべく戸倉へ移動しました。

20080914_jreast_ec_115_1000-01.jpg

・参考
池波正太郎太平記館
http://www.city.ueda.nagano.jp/hp/ht/taihei/index.html

→次に続く

#2008.11.20 1:20 LastUpdate

category: 甲信越地方遠征

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2008年11月15日 近鉄鶴橋駅のワイド液晶式発車案内板  

先日、阪神西大阪線の工事の様子を確認する途上、鶴橋駅で奈良線上りのりば(3番のりば)設置済みであった発車案内板が稼働しているのを確認しましたが、乗換え改札口と1番のりばの一部も稼働しているため、今回纏めてレポします。

20081115_turuhashi-01.jpg

奈良線上り・3番のりばは現行ダイヤ上では難波行きのみであることから、これまで設置されていなかったのですが、来年3月20日から開始される阪神なんば線・阪神本線との相互乗入れによる運転系統の増加により新規で設置されたもので、11月上旬までには4ヶ所(両面にワイドLCDモニタがあるため、モニタの台数基準だと8台)設けられ、先日の週末までには稼働開始となっています。

こちらにあるのはこれまで設けられているものと同じ一般的なタイプとなっています。

20081115_turuhashi-02.jpg

乗換え口は既存の機器を更新により交換されていますが、こちらには大阪線と特急専用の案内板も更新されているほか、難波方面の案内板が新たに設けられています。

設置位置は外回り・内回り乗換え口で異なり、外回り側にあるものは同一ヶ所に一列に並べているのに対し、内回り側にあるものは難波方面ものもがスペースの関係からか?「奈良線・大阪線下り」と「特急専用」とはそれぞれ独立した場所に設けられています。

20081115_turuhashi-03.jpg
内回り乗換え口にある発車案内板

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外回り乗換え口にある発車案内板

奈良線・大阪線の下り用のものは、6列車表示仕様である京都駅改札口にある4台使用したものの半分の2台使用した3列車表示ものもで、左側に発車時刻・種別・行先・発車番線が、右側に停車駅などが表示されています。

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奈良線の案内表示

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大阪線の案内表示

特急列車専用のものは3列車表示で、種別・行先・発車番線が表示するだけのシンプルなものです

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特急列車専用の案内表示

また、奈良線下りのりば(1番のりば)の発車案内板も反転フラップ式から液晶式に更新されていました。

こちらは乗換え口と同じ2台並べて3列車分の情報を表示させるタイプで3ヶ所が更新されていますが、一番難波寄りにある案内板が未だ反転フラップ式のままとなっていますが、こちらも更新のための準備が進められていることから、近いうちに同駅の奈良線関係の案内板は全て液晶式となるもようです。

20081115_turuhashi-08.jpg

ここ以外には改札内コンコース通路の階段の上り口辺りも新たに発車案内板が設置されていることから、こちらも近日中には稼働するかとおもわれます。

以上で今回のレポは終わりますが、上本町・日本橋・難波の各駅の上りホームに設置されている発車案内板は今のところ未稼働で、これらがいつ稼働するかは分かりませんが、確認でき次第報告します。

#2008.11.18 21:30 LastUpdate

category: 関西地区の鉄道

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2008年9月14日 信州回廊の旅9 上田城・その2  

上田城の堀は一般的なものとは違い素堀のままとなっています。

一般的に見られるものは掘った後は石垣で築くのですが、上田城では素堀で掘り上げた土を利用して土塁を構築されています。

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上田城跡公園には山本鼎記念館と市立博物館があるので、一緒に見てきます。

まずは山本鼎記念館。
版画家である山本鼎は愛知県岡崎市出身ですが、16歳の時に現在の上田市に移住したことから、縁の地と言うことになります。

この記念館は山本鼎が死去した後に日本農民美術研究所の出身者を始めとする有志と長野県内の小中学校などの寄付と長野県の補助金によって建設され、上田市に寄贈されたもので、個人の記念館としては大規模なものとされています。

ここには生前作成された作品などが展示されています。

20080914_ueda_castle-15.jpg

もう一つは上田市立博物館。

ここは中世以降の上田の歴史に関する資料などが展示されています。

20080914_ueda_castle-16.jpg

上田城跡公園を後にして池波正太郎真田太平記館へ向かいます。

→次に続く。

category: 甲信越地方遠征

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週末日記 2008年11月15日~11月16日  

2008年11月15日(

土曜休みとなった15日は軽くお出かけ。

鶴橋駅ではちょっと前に設置された発車案内板が稼働していました。
ワイド液晶となった案内板は奈良線のりば(上下線とも)と乗換え口も稼働しています。

20081115_turuhashi-01.jpg

西九条では阪神なんば線の工事が目まぐるしく進んでいて、延伸されたホームも内外壁面の工事が進められて、徐々に完成に近づいてきています。

20081115_nishikujo-01.jpg

西九条から尼崎まではホーム延伸工事を車内から確認し、阪神尼崎の工事は軌道の敷設が進められていますが、翌16日に再確認してますのでこれらも絡めて休み明けからレポを順次公開します。

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尼崎から福島へ移動。
京阪中之島駅が徒歩圏にあるので、福島から歩いていきます。

下の写真は中之島駅付近のワンショットですが、昼間のワンショットも悪くはありません・・・。

20081115_nakanoshima-01.jpg

中之島から京阪線に乗って守口市へ移動しながら、京阪の編成写真のゲットしていきました。
中之島線開業の余韻と塗装変更の過渡期であることから、複々線区間では撮影者が各駅に最低一人いる感じで見かけました。

そして守口市で3000系の編成写真をゲット。
撮影場所を選ばないといけません(またやり直しです)

20081115_keihan_3000_2g-01.jpg

このあとは島本へ向かってから梅田へ戻って、買い物を済ませてから帰宅しました。


2008年11月16日(

16日は15日に引き続き工事の見聞のためお出かけしてきました。

駅ビル建替え工事と改良工事が進行している大阪駅では橋上駅舎の工事が始まっていて、この日の時点までには7番・8番のりばの辺りまで構築済みとなっていました。
こちらのレポは今週中に公開します。

20081116_osaka-01.jpg

尼崎へ向かい、前日の再確認。

出来上がっている配線を見て気づいたのは、当初計画されていたのとは若干異なるようで、計画図面にあった両渡しがない代わりにホーム側に挿入されている片渡しはなんば線下り本線から3番線に入線する際、2番線からなんば線上り本線に入るのに支障がないようにしていますが、実運用に入ったときにどう扱われるか気になるところです。

でもこうしてみてみると上手く配された感じですね。

20081116_amagasaki-01.jpg

続いてホーム延伸工事が進められている3駅の様子を確認。
伝法と千鳥橋の方は順調に進んでいるようで、福の方はホーム延伸の支障となる改札口などの移設工事が進められているほか、西九条方は基礎工事が進められていました。

20081116_denpo-01.jpg
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西九条から梅田へ戻ると旭屋書店に寄って買い物を済ませて帰宅してこの日は終わりました。

category: 日記

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2008年9月14日 信州回廊の旅8 上田城・その1  

上田電鉄の編成写真をゲットした後は、上田城跡へ行ってきました。

上田城は1583年真田昌幸によって築城された城で、千曲川の河岸段丘に位置していることから、1585年と1600年の2度に戦われた上田合戦では自身の数倍~十数倍の兵力で攻める徳川軍を撃退しています。

今回は上田電鉄の編成写真ゲットとリバイバルカラーとなっている169系を捉える合間を利用するため、ここ上田城も含めて上田市街地の観光スポットをつまみ食いする形となります。

上田城へ入るメインは二の丸橋。

20080914_ueda_castle-02.jpg

二の丸橋を渡ってすぐ二の丸跡を右手に見ながら城内を進んでいきます。

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城跡全体は上田城跡公園として周辺に陸上競技場・野球場が整備されています。

20080914_ueda_castle-03.jpg

東虎口櫓門。

両側にある櫓は、1874年に廃城となり土地建物を民間へ払い下げとなった際、西虎口櫓門にある西櫓以外の7棟の払い下げになったときに消滅していたのですが、昭和に入った頃に市民運動によって上田市内の遊郭から買い戻したものです。

現在の場所に移築復元後は永らく城門が無いままだったそうですが、1994年に古写真を元に復元されています。

20080914_ueda_castle-04.jpg
東虎口櫓門
櫓の間に建つある城門は1994年に復元されたもの。

櫓門をくぐると正面には真田神社があり、明治時代に建てられた神社には歴代の上田城主が祀られています。
廃城時の城主が松平忠礼(ただなり)であったことから、建設当初は松平神社と呼ばれていたそうです。

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さて、先程通った東虎口櫓門・南櫓・北櫓を観覧します。

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観覧券はここと城跡公園内の山本鼎記念館・上田市立博物館を共通で観覧できるのですが、ここ東虎口櫓門から観覧する場合は先の写真の場所から上がったところにある南櫓で観覧券を購入します。

20080914_ueda_castle-07.jpg

南櫓を皮切りに櫓門・北櫓の順で巡ります。
ちなみに南北両櫓と櫓門とも土足厳禁です。

20080914_ueda_castle-08.jpg

続いて本丸跡。

通常、藩政を執り行う場所として使用されるのですが、関ヶ原の戦いで豊臣側についた昌幸が紀伊国九度山に配流1されたため、昌幸の長男で徳川側であった真田伸之が継承する際、破却し三の丸跡地に居館2を構え、以降は上田藩を継いだ仙石氏・松平氏といった歴代の藩主が廃藩置県が行われるまでの藩政を居館で執り行われていました。

このことから上田城は天守のない未完成3のまま廃城となっています。

20080914_ueda_castle-09.jpg
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西虎口櫓門に残る西櫓は3棟ある櫓の中で払い下げ以前から残されているもので、櫓門自体は残されていないものの櫓だけが残っている状態です。

20080914_ueda_castle-11.jpg

ちょっと長いので記事を分割します。

1:罪人を辺地や離島に送ると言う意味。流刑とも呼ばれます。
2:上田藩主居館。
現在は長野県立上田高校が建っており、同校の正門は上田藩主居館表御門を継承しいるほか、堀と塀も残されており、門と共に上田市の文化財に指定されている。
3:上田城の天守の有無に関しては諸説色々あるようで、上田市の公式サイトでは存在したとされているものの、決定的な存在の有無を確定する資料が乏しいと言われています。
仮に建設しようとしたものの未完のまま取り壊されたり、建設する意志がないと言ういずれかの可能性もあるわけですから、実際にどうだったかは明確でないと言うことです。


→次に続く。

#2008.11.16 3:25 Update

category: 甲信越地方遠征

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2008年9月14日 信州回廊の旅7 上田電鉄の編成写真を追う  

あけて2日目は信州北回廊パスを使ってしなの鉄道沿線を巡ります。

このきっぷを使うことにしたのは、乗りつぶしのメインの長電と観光ベースで使うしなの鉄道沿線を巡るのに都合が良く、有効日数が2日間であることから今遠征では都合が良く、エリア外への追加(精算)料金を考えても費用が掛からないことからチョイスしたわけです。

このきっぷはJR東日本長野支社のフリーエリア内で発売されているのですが、指定券券売機をはじめとする自動券売機では買えず、みどりの窓口で購入することになります。
ご覧の通り、横方向に長いきっぷであるこから、18きっぷ同様に有人改札を利用することになります。

20080914_shinshukita_kairo_pass-01.jpg

まずは上田電鉄の車両を撮影するため、長野から小諸行きに乗って上田へ向かいます。

20080914_nagano-01.jpg

ホームで待っていたのはしなの鉄道の115系。
しなの鉄道にはJR東日本長野総合車両所の115系も入線しますが、長野車は車掌も乗務するのに対し、しなの鉄道車は一部列車および区間を除きワンマン運転となっていて、写真の車両には自動放送装置などのワンマン対応機器が搭載されています。

20080914_shinano_rail_115_1000-01.jpg

約30分ほどで上田に到着するとすぐ上田電鉄に乗り換えます。

上田電鉄は2006年10月遠征で乗りつぶしを済ませていますが、編成写真としてはまだなので、今遠征において撮影することにしました。
また、同鉄道を傘下に治めている東急から東急多摩川線・池上線で使用されていた1000系が、上田の地へ活躍の場を移してきていることから、置き換えの対象となっている7200系を早い段階で捉える必要に迫られていました。

切符を買ってホームへ向かったところ、1発目から1000系に当たります。
来訪当時は2両編成が2本在籍しているだけで、写真の編成は第2編成です。

20080914_uetetsu_1000-01.jpg

1000系に乗って一区間だけ移動。
千曲川を渡った先にある城下は2面2線で、ホーム長的には厳しいのですが、駅の前後を踏切が挟んでいるため上手くいけば捉えることが出来ます。

20080914_shiroshita-01.jpg
20080914_shiroshita-03.jpg
20080914_shiroshita-04.jpg

来訪した時間帯は9時台~10時台でしたが、下之郷までの区間列車があることから比較的本数の多い時間帯であることから、後行程を考えるとこの時間帯を外してしまった場合、少々面倒なことになってしまいます。

時刻表で確認したところ、列車交換は十数分の差でずれるようなので、シメシメと言ったところです。

20080914_shiroshita-02.jpg

そして20分後、上田から乗って列車と城下で行き違った列車が折り返してきました。

20080914_uetetsu_7200-02.jpg

車両は7200系「まるまどりーむ」で、まんまと捉えることに成功します。

20080914_uetetsu_7200-01.jpg

「まるまどりーむ」を見送って、10分後に上田行きがやって来たのですが、こちらは1000系第1編成。
何とも都合がよい展開で2形式纏めて捉えることが出来ました。

20080914_uetetsu_1000-02.jpg

上田へ向けて走り去る1000系を見送り、この後は上田城へ向かいました。

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→次に続く。

category: 甲信越地方遠征

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2008年9月13日 信州回廊の旅6 川中島古戦場~八幡原史跡公園・その2  

八幡原史跡公園の敷地内には先に紹介した八幡社の他に長野市立博物館があります。

20080913_kawanakajima_kosenjo-02.jpg

博物館にはプラネタリウムが隣接されていますが、入口は博物館とは異なり建物の東側にあります。

20080913_kawanakajima_kosenjo-08.jpg

博物館の展示内容は長野盆地における歴史や生活をテーマにしたもので、実際の農家を移築したものが展示されていたり、川中島の戦いで使用された武具の他、各年代ごとに因んだものが展示されていました。

今回は常設展示の他に特別展示のものも見てきました。

こちらは川中島の戦いにまつわるものを中心にNHKの大河ドラマで使用されたものなども展示されていました。
時に気になったのが第4次合戦における武田・上杉両軍の動向を再現した動画でしばらくの間、時間を忘れてしまいました・・・。

・その動画の元
http://www.furin-kazan.jp/nagano/tatakai/zukai4.html

20080913_kawanakajima_kosenjo-09.jpg

博物館を跡にして松代へ向かうことにしました。

20080913_kawanakajima_kosenjo-07.jpg

古戦場停留所からバスを待っていたのですが、当日は古戦場まつりが開催されている関係から臨時駐車場を往復するシャトルバスが頻繁にやってくるものの、肝心の松代行きが全くやって来ず、仕方なく歩いていきました。

この間、松代橋を歩いている途中で松代行きに追い抜かれてしまい、呆然・・・。
この後、追い抜くバスもなく淡々と歩いていきました。

20080913_matsushiro-01.jpg

1時間ほど歩いてようやく松代駅に到着。
すぐ近くに松代城(海津城)があるのですが、時間が過ぎた模様で門が閉ざされていました。
時既に遅しです・・・。

20080913_matsushiro-02.jpg

ここから長電に乗るか折り返しでやってくる川中島バスに乗るか迷ったのですが、先に川中島バスの長野方面県庁前行きがやってきたので、これに乗り込んで長野駅へ戻ることにしました。

20080913_kawanakajima_bus-01.jpg

長野駅に隣接した駅ビルで夕食をとってからロッカーに預けた荷物を回収してホテルへ向かいました。

20080913_diner.jpg

→次に続く。

category: 甲信越地方遠征

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2008年9月13日 信州回廊の旅5 川中島古戦場~八幡原史跡公園・その1  

長野に到着するとロッカーに鞄を預けて、川中島の戦いにおける伝説として知られる武田信玄と上杉謙信の一騎討像がある八幡原史跡公園へ向かいます。

八幡原史跡公園へは長野駅善光寺口側のバスのりばから出る川中島バスの古戦場経由松代行きに乗って移動します。
写真の3番のりばは某御方が知ったら行きたくなるような停留所を経由する路線もあったりします。

20080913_nagano-01.jpg
20080913_kawanakajima_bus-02.jpg

川中島古戦場停留所で降車。
停留所の正面に八幡原史跡公園の入口があります。

20080913_kawanakajima_kosenjo-03.jpg
20080913_kawanakajima_kosenjo-04.jpg

この史跡公園は合戦後、武田軍が討ち取った敵将兵の首実検を行って勝鬨を上げたとされる八幡社と、武田側によって葬られた敵将兵の首塚が2基、大正時代に建碑された三太刀七太刀の石碑があった場所で、1972年にこの一体を公園として整備したものだそうです。

まずは一騎討像のある八幡社へ。
ここは武田信玄の本陣が置かれた場所であり、武田信玄と上杉謙信による両将一騎討ちの地でもあります。

20080913_kawanakajima_kosenjo-05.jpg

ここの掲げられているのは12年間の間に5回行われた川中島の戦いで合戦のうち最も激戦であった第4次合戦のものです。ちなみに両軍が激突した最前線はここから西に2~3km離れた南長野運動公園野球場(通称:長野オリンピックスタジアム)とされています。

20080913_kawanakajima_kosenjo-06.jpg

一騎討像は川中島の戦いの第4次合戦における両将一騎討ちを表したものであるのですが、これにまつわる説には色々とあるらしく、この像が史実に沿ったものかどうかは謎とも言われています。

20080913_kawanakajima_kosenjo-01.jpg

この後は長野市立博物館へ行きます。

→次に続く。

category: 甲信越地方遠征

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2008年9月13日 信州回廊の旅4 国宝松本城・その3  

さて、松本城黒門の脇には写真のようなレリーフが建てられています。

これは松本城天守の保存に尽力した功労者である市川量造と小林有也を顕彰したもので、市川氏は1872年に競売に掛けられ落札後解体の危機に晒された松本城の天守を買い戻すための活動の先頭に立ち、小林氏は軟弱な地盤上にある基礎の老朽化により傾いた天守を修理するため設立した天守保存会発起人であることからです。

20080913_matsumoto_castle-15.jpg

同じく黒門脇にある宇宙ツツジがあります。

宇宙ツツジは1994年に打ち上げられたスペースシャトル「コロンビア」のミッションに日本人女性初の宇宙飛行士として参加した向井千秋さんの出身地である館林市の要請で持ち込まれたツツジ種子から育ったものです。
松本城にある宇宙ツツジは松本市が花いっぱい運動発祥の地であることから、2000年に館林市で「第43回全日本花いっぱい大会」において同市から松本市へ寄贈された苗だそうです。

20080913_matsumoto_castle-16.jpg

松本城の黒門は本丸に入る正門として位置づけられています。

20080913_matsumoto_castle-18.jpg

天守と本丸の観覧を終えると次は松本市立博物館へ向かいます。

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大鼓門の近くにある博物館は松本城関連の資料や松本市民から寄贈された民俗資料などが展示されています。

20080913_matsumoto_city_museum-01.jpg

来訪当時は松本市がソルトレイクシティーとの姉妹都市提携を結んで50周辺を記念した特別展が催されていました。

20080913_matsumoto_city_museum-02.jpg
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常設展示と特別展の両方を観覧して博物館を後にすると松本駅までは徒歩で戻ることにしました。
市内中心部を通りましたが、松本城の南側に位置する辺りはオフィス街で松本駅付近は商業地となっています。

松本駅に戻るとしなの9号で長野へ向かいます。
松本駅のホームにある案内表示板は表示字数の制限で種別・列車名と発車時刻・行先が切替表示となっていますが、どう見ても乗換え案内然という印象を受けます。

20080913_matsumoto-03.jpg
20080913_matsumoto-04.jpg

やって来たしなの9号は非貫通の0番台グリーン車が先頭。

20080913_jrcentral_ec_383-02.jpg

ここでは普通車で移動します。

20080913_shinano9-02.jpg
20080913_shinano9-03.jpg

聖高原を越えて姨捨から見る善光寺平は霞んでしまってます。

20080913_shinano9-01.jpg

長野からは川中島バスに乗って長野市立八幡原史跡公園へ向かいます

→次に続く。

#2008.11.12 0:50 LastUpdate

category: 甲信越地方遠征

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2008年9月13日 信州回廊の旅3 国宝松本城・その2  

さて、松本城の天守へ入ります。
松本城の天守は建設当初から現在に至るまで残されている現存天守と呼ばれるもので、国内には姫路城・宇和島城を含めて12城ある現存天守のなかでは唯一の平城(平地に建つ城を差す)だそうです。

写真は中央にある天守を中心に左側に乾小天守、右側に辰巳附櫓・月見櫓で構成されています。

20080913_matsumoto_castle-01.jpg

入口は天守と乾小天守を結ぶ渡櫓にある大手口にあり、内部は土足厳禁ということで係員から渡されるビニール袋に靴を入れて内部に入ります。

20080913_matsumoto_castle-07.jpg

次に写真は石落と狭間で、挾間は矢挾間と鉄砲狭間があり、挾間は25ヶ所、石落は石垣から攻める敵を討つため鉄砲が撃てるような作りとなっています。

20080913_matsumoto_castle-08.jpg
石落と狭間
間口が下に広いのが石落、壁面に開けられた挾間は開口部が大きいのが矢挾間、小さいのが鉄砲挾間です。

20080913_matsumoto_castle-10.jpg
こちらは内部から撮った石落と狭間

20080913_matsumoto_castle-09.jpg
松本城天守の構造のイメージ

天守への順路は大手口から入ると渡櫓→乾小天守→天守→辰巳附櫓→月見櫓と言う順で巡り月見櫓へ出ますが乾小天守の上階へは狭いため多いときは制限がかかります。
天守の最上階への道は急な階段が続き、上階へ行けば行くほど急になり、最上階はそれに狭くなると言い要素が加わります・・・。

ようやくたどり着いた最上階からは松本の市街地が一望できますが、当日は小雨がぱらつく天候です。

20080913_matsumoto_castle-13.jpg
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松本城天守から俯瞰する松本市街地
(上から東西南北と言う順です)

月見櫓から出ると天守の見学は終わりです。

→次に続く。

category: 甲信越地方遠征

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週末日記 2008年11月9日  

2008年11月9日(

今週末唯一のお休みである9日は全線開通から80周年を迎えた上毛電鉄のイベントが開催されたのですが、これに前後してデハ100形が運転・公開されることから、日帰りで群馬へ遠征してきました。

20081109_jouden_80ht_event-01.jpg

当日は10月~11月の土休日に使えるにワンデーフリーパスが発売されていたのですが、中央前橋駅では在庫が無くなってしまったため、乗車証明をもらって下車する大胡で購入と言うことになりました・・・。

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前回来訪時は静かだった大胡はこの日趣味人と家族連れであふれかえっていました。

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2つあるイベント会場のうち大胡会場は大胡駅に隣接する大胡電車庫。
車両基地としては小規模なものですが、車庫自体が登録有形文化財として登録されています。

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車庫の前には上毛電鉄で使用されている車両が展示されていたのですが、群馬県近代化遺産に登録され動態保存状態となっているデハ100形は本線で運転していて留守のため、700形だけが展示されていました。

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1時間後、デハ100形が午前中の運転から戻ってきて、降車後入庫してきました。

20081109_joden_deha100-03.jpg

電車庫に入ったところで、車内の公開が行われました。

20081109_joden_deha100-01.jpg

今年行われた全般検査で竣工当時のイメージに復元された車内は、各々が掛け心地を体験したり撮影するなどのされていましたが、公開は短時間であるため見学は出来るだけ手短にと言うお願いがなされていました。

20081109_jouden_80ht_event-04.jpg

この後、車庫外へ引き出されて700形と並んだ3ショットで撮影タイムとなった後、再び午後の運転に戻っていきました。

20081109_jouden_80ht_event-06.jpg
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グッズ販売で車両形式図を納めた手製の本を購入して中央前橋へ戻り、JR前橋とを結ぶシャトルバスに乗車。
写真の専用車両が使われているのですが、このシャトルバスに乗るのは今回が初めてでした。

20081109_mabashi_city_shuttle_bus-01.jpg

前橋で軽く食事を済ませた後、新幹線を乗り継いで帰阪しました。

20081109_jreast_tec_n700-01.jpg
20081109_jouden_80ht_event-05.jpg
今回購入した「在籍車両 車両形式図・車両竣功図表」

#2008.11.10 21:00 LastUpdate

category: 日記

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2008年9月13日 信州回廊の旅2 国宝松本城・その1  

松本電鉄の編成写真をゲットし終えたのですが、このまま長野へ行くには勿体ないので、市内にある松本城へ行くことにしました。
駅東口(お城口)から100円循環バスのタウンスニーカー(北コース)に乗って移動しますが、一応徒歩でも行ける距離なので松本駅への帰りに歩いてみましたのでそれは後ほど・・・。

黒門前に面する入口正面は交差点であるため、バス停はここから少し西側の松本城黒門に位置しています。

20080913_matsumoto_castle-02.jpg

敷地内は松本城公園として整備されていますが、まずは内堀から見る松本城天守を。

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20080913_matsumoto_castle-04.jpg

天守や本丸御殿跡へは有料と言うことで、もう一つある埋の橋から入ります。

20080913_matsumoto_castle-05.jpg

ここでは松本市立博物館との共通観覧券を購入します。

20080913_matsumoto_castle-06.jpg

入ってすぐの場所に本丸御殿跡があります。

ここは城主の住居や藩の政を行う場所で、いわば城の中核をなす施設でなのですが、松本城では天守が完成した後で建設されたそうです。
建物自体は1727年に火災で焼失したため跡地だけが残されている1ということですが、全国各地にある城または城跡で本丸御殿が残されている例は非常に少なく、あったも一部が残されているだけだったりするそうで、本丸が完全に残されているのは全国でも高知城だけ2だそうです。

20080913_matsumoto_castle-17.jpg

この後は松本城の天守へ入ります。

→次に続く。

1:本丸焼失以降の藩政は二の丸において行われています。
2:現在は懐徳館という資料館として使用されています。


#2008.11.10 1:40 LastUpdate

category: 甲信越地方遠征

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