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2008年02月の記事一覧

2008年1月14日 広電で巡る乗りつぶしの旅11 宮島松大汽船で宮島へ  

明けて2日目は基本的にフリーと言うことで過去に一度行った宮島へ行くことにしました。

宮島は2002年夏に来訪しているのですが、その時は宮島桟橋から厳島神社の手前のみだったことから今回は厳島神社と宮島の霊山である弥山を絡めてみることにしました。

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一旦広島駅へ。
お分りのように宿泊先は稲荷町ですが、ここだとその日のスタートのネタとして乏しいのもあるのですが、何よりも一日乗車・乗船カードの購入というのがあるのでここがスタート地点なのです。

丁度、5100形が3本続けてやって来たので、そのうち2本が並んでいるのを撮っておきました。
そのあと、その一つに乗ることになります。

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宮島口への車中は相変わらず100p前後をキープしていますが、この日は成人式と言うことでやや上乗せで紙屋町を過ぎた時点で120pに達してしまいました。

東広島を過ぎて宮島線に入っても100pをキープしたものの、商工センター入口で纏まった降車がありここあたりに成人式の会場かと思われ、午後に宮島口から帰った時に式から帰る人たちが同駅から乗り込んできました。

1時間弱で宮島口に到着。
ここから宮島へ船に乗換えますが、前回はJR西日本の宮島航路を利用していることから、今回は広電の一日乗車カードを持っているため、広電グループの宮島松大汽船を利用します。

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宮島松大汽船の宮島口側ののりばはJRの宮島航路の右側に位置していますが、ローカル駅な雰囲気のJRに比べてこちらは随分立派な建物となっています。

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船が到着するまでは入口が閉められているため、乗船待ちの列に並んで待つこと10分。
下船が終わると乗船が開始。

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オープンデッキもあるのですが、寒いのでとりあえず中に入り座席に腰を下ろして温めます。
宮島口の桟橋を離れてから数分間は客室内のモニターには宮島観光の案内が行われています。

広島を出発して1時間半で宮島桟橋に到着。

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ここからは宮島の島内を散策します。

→次に続く。

#2008.3.1 0:10 LastUpdate
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2008年1月13日 広電で巡る乗りつぶしの旅10 廿日市市役所前駅  

廿日市市役所前駅に降立ちました。

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廿日市市役所前駅は以前は平良という駅名でしたが、2006年6月に現在の駅名に改称される前の同年の1月にホームの移設と駅前広場の整備が行われ、富山の岩瀬浜のような雰囲気だったので宮島口から帰ってくるときによってみようと思った次第です。

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のりばはこれまであった高床用ホームとの併用を廃止して低床ホームのみとし、広島駅方面のりばは西広島方に移設されて両ホームは構内踏切を境に宮島口方と西広島方にそれぞれ別れています。

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宮島口行きのりばの方は駅前広場に面しており、路線バスとは対面で乗り換えることが出来るようになっています。
この方式は富山ライトレールの岩瀬浜でも見かけたもので、いわゆるバリアフリー化やユニバーサルデザインの類になるのですが、国内ではあまり例がないと思われます。

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これで、初日の予定は終了。
広島市内に戻って夕食を挟んだあとホテルに戻りもう一泊しました。

→次に続く。

#2008.2.29 22:55 LastUpdate

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2008年1月13日 広電で巡る乗りつぶしの旅9 阿品東  

阿品東に降立ちました。

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ここは道路を隔てて広島湾に面し、その場所では牡蠣と思われる養殖場が見られます。

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のりばは2面2線の相対式ホームで、各ホームにはカードリーダーと整理券発行機が置かれています。
これらの機器は区間制を採用している宮島線の各駅に必ず設置され、同線に直通する連接車にも整理券発行機が設置されています。

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さて、鉄道線である宮島線の歴史を象徴として高床ホームが残されたままとなっていて、阿品東も例に漏れず残されています。

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現在、宮島線に乗り入れる車両は3700形などの「GreenLiner」と5000形などを代表する「GREEN MOVER」「Green mover max」といった低床車・超低床車を使用して市内線から直通運転を行っていますが、かつては宮島線専用車として高床車が運行されていました。

高床車は市内線に乗り入れることが出来ないため、広電西広島(己斐)で市内線の電車に乗り換えことになっていましたが、1962年から市内線である広電本線から直通運転が開始。
直通運転開始当初は廿日市まででしたが、翌年の1963年に広電宮島(現在の広電宮島口)まで直通運転区間が伸ばされ現在の2号線となる運転系統が形成されました。
その後、1991年に市内線の連接車(低床車)に統一され、宮津線専用車は全ては廃車され現在に至ります。

高床式ホームが残されているのはその名残であるわけですが、現在も西広島や宮島口など改修・改築された一部の駅を除く宮島線の各駅に高床式ホームが残されています。

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阿品東駅にある行灯式案内表示板
宮島線専用車ともに使用されていた時代を示すもので、同じものが残されている駅がいくつかある

撮影終了後、再び移動します。

→次に続く。

#画像が挿入できない不具合があったため投稿予定が遅れました。
 2008.2.28 0:45 LastUpdate

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2008年1月13日 広電で巡る乗りつぶしの旅8 2号線(広島駅~宮島口)  

広島駅に戻ってきました。
当日の朝見かけた移動式の運賃箱を見つけたので撮っておきました。

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さて、広島駅からは宮島線直通の2号線に乗り、鉄道線である宮島線を一気に走破します。

ここで乗車したのは5000形「GREEN MOVER」
国内の低床車としては比較的早い時期に導入された車両で、当時は国内に低床車を製作する技術が確立されていなかったことから、ドイツ・シーメンツ社のコンビーノシリーズが採用されることになり、導入されたのがこれから乗車する5000形です。

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乗った感想ですが、国内製の車両にはない形状の座席は近年導入されている低床車両にも通じる掛け心地で、いわゆる短時間着座には適した硬さと言ったところです、
車内の照明は間接照明であり、普通鉄道の特急車両ならそれでも良いのですが、広電のような路線には薄暗いと言う印象を与えてしまうことから良くてグローブ付き照明が無難だったかも知れません。

それ以外は概ね快適と言うこともあり、グリーンライナー3形式と比べると良くも悪くもかなと言うのが一番の感想です。

広島駅を出た時点で80p。
土休日の広電の市内線の利用状況はこんなもんかなと思いつつ相生通を西へと進みます。

繁華街を抱える八丁堀・紙屋町(東・西)で目まぐるしく入れ替り、100pに達します。
やはりメインルートである1号線・2号線は利用が多く、連接車を導入するのも理解できます。

十日市町で横川線に合流し土橋で江波線と別れます。
土橋からは観音町までは全線複線である本線にしては隘路となる区間で途中の小網町電停は安全地帯のない電停、隣の天満町電停は安全地帯があるものの狭い道路であるためこれ以上拡張できずバリアフリー化の妨げになっています。

商工会議所の提言ではこの区間を南側にある平和大通りに付け替える案が挙げられているのも上記の理由が大きいようです。
小網町電停に関しては翌日の宮島からの帰りに寄ってきてますので、後日レポをお送りします。

観音町から中広通りを南に進み、西観音町交差点から平和大通りを西へ進みます。
太田川放水路の掛かる新甲斐橋を渡ると本線の主点である広電西広島に到着。ここから鉄道線である宮島線に入ります。

西広島で分ほど停車後に出発。この時点で120p。
専用軌道に入ってからは快調に飛ばしていきますが、宮島線の沿線はどちらかというと古くからある市街地を進んでいる感じです。

商工センターで入口で纏まった降車があり60p程度に落ち着きます。
ここからは各駅で降車が続き宮島口に近づくにつれて40p程度にまで空いてきます。

地御前からは広島湾を挟んで宮島を横目に進みます。
宮島競艇場を通り過ぎ、両側から留置線が見えてくると宮島口に到着です。

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宮島口は2面3線の頭端式で、基本的に3線ともフルに使われています。

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駅前は宮島への玄関口として東側に広電グループの松大観光汽船のりばが、西側にJR西日本の宮島航路のりばがあります。

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JR宮島口駅とは離れているものの徒歩圏内にあり、松大・JR両乗船場から広電・JR駅が見えています。

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宮島航路のりば前から撮影
左奥に見えるのがJR宮島口駅、右に見えるのが広電宮島口駅

さて、宮島観光は翌日にするとして再び広電に乗ります。

広電宮島口駅には鉄道線の駅らしく券売機と改札口がありますが、改札口には運賃箱とカードリーダーが置かれ乗車券を持っている場合はそのまま通り、一日乗車カードやパセオカードなどは改札口か車内のカードリーダーを通ることになっています。

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宮島線走破で広電の各路線を完乗した私を待受けていたのは3700形。

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これに乗り、気になる駅を巡ることにしました。

→次に続く。

#2008.2.27 0:30 LastUpdate

category: 中国地方遠征

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2008年1月13日 広電で巡る乗りつぶしの旅7 江波皿山  

江波車庫の南側に見える小さな山が気になったので、ちょっと行ってみることにしました。
山の麓にある公園には江波皿山公園と記されており、背後の山が江波皿山という名称であるが分りました。

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後日調べたところ、現在は広島市中区にある江波地区は牡蠣の養殖が盛んな所として知られていますが、その昔は今のような陸地ではなく江波島と言う島だったそうです。

江波島は上山と呼ばれていた江波皿山と下山と呼ばれていた江波山があり、地名は島であった当時、餌が越えていたことから「餌場(えば)」と呼ばれていたことに由来しているのだそうです。
その後、江戸時代から進められていた埋め立てにより陸続きとなり、現在の地形となったのは戦後になったからだそうです。

江波皿山の皿山の由来ですが、これは戦後直後までは上山(かみやま)と呼ばれていた山の麓で当地伝統の焼き物である江波焼といわれる皿を焼いていたことに由来しているそうです。

さて、江波皿山からは南側からだけですが、広島湾に面した埋め立て地に広がる市街地を一望できます。
西は西広島飛行場を東は江波山を見ることが出来ます。

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公園からの上り口側からは広電の江波車庫と広電バスの江波営業所が一望できます。

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下山後、8号線に乗り紙屋町で降りて繁華街を散策後、紙屋町シャレオにあるお店で昼食としました。

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このあと、広島駅に一旦戻ります。

→次に続く。

category: 中国地方遠征

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週末日記 2008年2月24日  

2008年2月24日(

今週に入って風邪をひいた上、週中頃の出勤途上で右足をケガをしたため、この日は終日自宅で大人しくしてました。

とは言え床に伏すと言うほど重傷でないことから、前日の帰宅途中で買った大型時刻表に掲載されているおおさか東線の時刻表とにらめっこしたり、万博来訪記で燃え尽きてしまって放置していたローカルサイトの更新準備をしました。

おおさか東線の方は別途書くとして、サイトの方は万博来訪記を一括アップして以降は全く気が向かず2ヶ月近くも放置しておりましたが、ここ数日は風邪ひいたいたのとは別に仕事上谷間に入って余裕があったことから帰宅時間が早かったこともあり、ブログの更新の合間にやっておくことにしたわけです。

今回アップする予定のものは今年度に新たに2形式登場している東急ですが、旧サイト公開時は主要諸元が半数あることから、それらの形式を纏めるのが面倒かも知れません。
ここ数年登場した形式は詳細版でアップしていたので、近年の状況を加味して再編集だけで済みそうですが、それでも1形式纏めるのに2~3時間掛かってしまいます・・・。

やはり難問は画像関係の素材が東急の車両だけ不足しているからです。
特に東急多摩川線と池上線が・・・。
あの路線は過去一度しか撮影に行ってないので、必然的に手持ちの素材(画像)が少ないのは言うまでもありませんが、意外と撮影が面倒なので敬遠していました。
そころが、ここ数年内に新7000系に置換えられることから早急に手を打っておかないと不味い状況になってきています。

数年と言えば楽と思われそうですが、遠隔地に住んでいる私には結構プレッシャーです。
日程的には日帰りで済みそうですが、編成写真だと駅撮りを行うには基本的に難しい路線なので走行写真で撮るしか手段はなさそうです。

さて、ケガをした足は幸い軽傷で済んでので、今は通常に歩けるぐらいまで回復していますが、階段の上り下りには少々難儀していることから、完治するにはもう数日掛かりそうです。

ということで本日は画像無しです。

#2008.2.25 Update

category: 日記

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2008年1月13日 広電で巡る乗りつぶしの旅6 8号線(横川駅~江波)   

横川駅にやってきました。

横川駅は広電横川線とJR山陽本線・可部線の駅で、広電のりばは南側、JRは北側に位置しています。

広電の横川駅電停は2面2線の頭端式で、通常は島式1面を使用することが基本となっているようです。
ここへ乗り入れている系統は7号線(広島駅~紙屋町~横川駅)と8号線(江波~横川駅)の2系統が乗り入れ、2線あるのりばを共有しています。

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広電とJR駅との間は大屋根で覆われているため、雨に濡れずに行くことが出来るようになっています。

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さて、やって来たのは今回2度目となる900形。

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横川駅を出発すると、寺町通りを南へと進みます。
この時点で座席が半分程度埋まっている感じです。

相生通と交差する十日市交差点で、東から本線が合流するとすぐ十日市町電停。
ここまでは江波線で十日市町から隣の土橋までは本線です。
ここで入れ替りがあり、幾分寂しくなった車内を今度は入舟通りを南へと進みます。

土橋で本線と別れ、ここから江波線へ入り南へと進みます。
小網町交差点で平和大通りと交差しますが、白島線のレポで触れた広島商工会議所の提言には土橋から西観音町の狭隘なルートを廃止して小網町交差点から平和大通りを経由するルートに付け替案があります。

このあたりは天満川と旧太田川(本川)に挟まれた所を進みますが、周辺は住宅街となっています。
この時点で乗っているのは10人にも満たない状況です。

中学校の敷地が右手に見え、入舟通りから少し外れて江波に到着です。
江波電停は2面2線で乗降分離方式が採られています。

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降車場で乗客を降ろした電車は末端部の先にある江波車庫へ一度引き上げていきます。

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さて、写真の背後にある小さな山が気になるので、ちょっと行ってみることにしました。

→次に続く。

#2008.2.24 16:20 LastUpdate

category: 中国地方遠征

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2008年1月13日 広電で巡る乗りつぶしの旅5 7号線(紙屋町西~横川駅)  

白島から城北通りをアストラムラインの城北駅へ向かいました。

白島線が盲腸線であるためですが、面倒やな~と思いつつ城北通りを西へと歩いていきます。
城北通りから少し北に離れたところを山陽本線が通っていますが、この近辺には駅がありません。

国道54号線と交差する城北駅前交差点より南東側の広島市立基町高校に近接する形で城北駅があります。
城北駅ののりば自体は地下にあるのですが、きっぷうりばや改札口は地上側にあることから、地下駅に関わらず駅舎があります。

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アストラムラインの乗車券は発駅と着駅が表示されて方式で他ではあまり見られないもので、たとえば同一料金であったも券面に表示されている着駅でない場合は自動改札口のゲートが閉められます。
この場合自動精算機を利用して0円精算で精算券が発行され、それを自動改札機に通せば出場できるそうです。

城北からアストラムラインに乗り、リーガロイヤルホテルと広島県庁に挟まれた地下にある県庁前で降車。
県庁前駅から地下街の紙屋町シャレオを通じて紙屋町西停留所へ向かいます。

紙屋町シャレオは国土交通省の事業であったことから、同地下街の通路は法律上歩道として扱われています。
また、この地下街の完成をもって紙屋町交差点の横断歩道が廃止されています。

紙屋町西停留所は紙屋町交差点の西側にあり、地下街が出来るまでは交差点に東側にある紙屋町東停留所と共に「紙屋町」と名乗っていましたが、地下街完成後は東と西に別れるようになっています。
ただし乗り継ぎ扱いは東西に分離されて以降も一つの停留所として扱われているようです。

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現在の紙屋町西停留所は地下街の完成に合わせてリニューアルされています。
東停留所も同じくリニューアルされています。
のりば自体は複数系統の電車が集結する所であることもあって、同時に2つの電車が客扱いが出来るようにホーム長が長く造られています。

また、東西両方の紙屋町停留所とも紙屋町交差点側のアクセスは地下街からとなり、その逆は横断歩道からアクセスするようになっています。

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紙屋町西からは7号線に乗り横川駅を目指します。
やって来たのは700形。
写真の714号車は後期に造られた車両で、前期車では足回りを旧型車両の発生品を流用しているのに対し、後期車の足回りは全て新たに製作された機器類が使われており、駆動装置も前期車が吊り掛け式、後期車がガルタン式で車体が同じでも仕様が全く異なるものとなっています。

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紙屋町西から広島市民球場を横目に過ぎると原爆ドームを有する平和記念公園がある原爆ドーム前。
相生橋を渡り西へ進むと十日市交差点を右へ曲がり横川線に入ります。
横川線に入ると北上し、横川新橋を渡るとほどなく横川駅に到着します。

利用状況的には全区間通して乗り降りがあり60p~80p程度に安定していました。

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横川から8号線に乗り、江波へ向かいます。

→次に続く。

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2008年1月13日 広電で巡る乗りつぶしの旅4 9号線(白島線 八丁堀~白島)   

八丁堀で降車すると、今度は広電唯一の独立系統路線である白島線(9号線)に乗り換えます。

八丁堀電停は三越・天満屋・福屋が軒を並べる八丁堀交差点を中心に、広島駅行きは西側、紙屋町方面は東側にそれぞれのりばがあります。

白島線の沿線には車庫がないことから、車両の送り込みのために本線への渡し線が紙屋町方面を結ばれています。

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白島線のりばは八丁堀交差点の北側にあり、複線である同線の東側に乗降場所として単式1面有るだけとなっていますが、電車の本数からしてもこれで十分対応できるようです。

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先に触れた三越・天満屋・福屋は3店とも交差点の南側、相生通に面した場所に位置し、交差点から南側は中央通りを主軸とした歓楽街である流山が近くにあります。

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白島線は7分間隔で発着していることから、ちょっとだけ待ったらやってくる感じです。

同線で使用される車両は旧型車に限定されているようで、ここでやってきたのは900形。

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この車両は元大阪市電の2601形で、1955年~1961年にかけて114両が製作されました。
大阪市電時代での最後は都島近辺で運行されている23系統に使用され、1968年に同系統が廃止されると広島へ移籍して現在に至ってます。

電車が到着すると十数人程度いると思われる人たちが続々と降車していき、続いて中扉が開くと車内へと進みました。

白島線は八丁堀を起点に京橋川西岸と広島城の中間点にある白島通りを北上する路線で、広島女学院(中学・高校)を広島法務合同庁舎などを代表する法務関係の官庁街が沿線に所在します。

乗車した時間帯は10時頃で、メインの流れとしては逆方向であったため車内は5人ほどしか乗っておらずガラガラであったのに対し、八丁堀行きは軒並み立席が見られる程度に乗ってました。
また、後刻八丁堀付近を通ったときには、両方向とも60p~80p程度の利用が見られました。

終点の白島は末端部が単線となる1面1線で、到着直後の安全地帯には十数人ほどの列が出来てました。

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アストラムラインの白島駅とは北へ1kmほど離れていることから白島線の延伸が度々浮上していたのですが、昨年に入って広島商工会議所から廃止を提言したことが地元メディア取り上げられて話題になりました。

結局は広島市側から存続の意思表明をしたことから事態は収束しましたが、気になったのでこの記事を執筆するに際し商工会議所の公式サイトから該当の文献に目を通してきました。

参考:広島地域における総合交通体系のあり方 - 広島商工会議所(PDF)
http://www.hiroshimacci.or.jp/youbou/sougoukoutuutaikei_teigen.pdf
該当する記述は上記の文献中の23/31ページ目から25/31ページに当る「4.州都内交通の円滑化に関する基本戦略」にあります。

内容は道州制をにらんだものとなっていますが、州都を広島と設定を前提とした交通体系の問題点と解決への提言と言ったところです。

問題の白島線のある白島通りは広電の本線が通る相生通りなどに比べて道路の幅員が狭く、さらに軌道内進入禁止となっていることから混雑時における渋滞の原因にもなっているという指摘がなされています。
また、広島市の中心部から郊外の住宅地がある安佐南区や安佐北区を結ぶ幹線道路が少なく、白島通りも重要な道路であると総合交通系に詳しいブログなどで指摘されています。
確かに広島市の北部から中心部へ行くのには鉄道系では不便というのは去年・今年の2回の遠征で良く分かります。

このことから白島線は北へ延伸せず現状のままなら廃止して、白島通りを幹線道路として整備した方が交通体系に寄与すると言う趣旨であると理解できます。
この文献には軌道交通として可能性があるものなら平和大通り線や駅前大橋線を新設するべきという提言もあり、現状における問題点を把握し今後の交通体系をどうするべきかと言う点では評価できるものと思われます。

こういったものは文献を見て、現地で見聞してと言う積み重ねがないと判らないのですが、鉄道趣味人としては鉄道という視点から外れて見るのも大事かと思った次第です・・・。

さて、白島からは城北通りをアストラムラインの城北駅に向けて歩いていきました。

→次に続く。

#2008.2.22 0:25 Update

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2008年1月13日 広電で巡る乗りつぶしの旅3 1号線(広島港・宇品~紙屋町~八丁堀)   

広島港から1号線に乗り本通・紙屋町を経て八丁堀へ向かいます。

乗り込むまでの時間ちょっと撮影タイム。
ここでは750形を捉えることが出来ました。

20080113_hiroden_750-01.jpg

撮影終了後、八丁堀へ向かうため1号線の電車に乗り込みます。
ここで運良く5100形「Green mover max」に乗ることが出来ました。

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皆実町六丁目までは来た道を戻っていき、皆実町六丁目から西へ曲がり千田通りへ入ります。
ここ系統の利用はやはり多いのかこの段階で座席の3分の1が埋まります。

京橋川に架かる御幸橋を渡り、大きな本社ビルの足下にある広電本社前を通ります。
この段階で座席の半分ほど埋まります。

鷹野橋からは広島市の中心部を突っ切る鯉城通りを北へと進み、中電本社前・本通へと進みます。
繁華街を抱える本通まで来るとさらに混雑し、立席まで出て100pに達します。

紙屋町東で宇品線から本線に入り、ここで大きな入れ替りがあり90p程度の落ち着きます。
紙屋町東から相生通を東へと進み、繁華街に東端にある八丁堀に到着します。

20080113_hatchobori-01.jpg

さて、この5100形は三菱重工業・近畿車輛・東洋電機製造の3社と広島電鉄の共同開発により造られ車両ですが、5100形が開発された経緯はシーメンツ社やボンバルディアなどの外国特許の回避を目的とする国内技術による超低床電車の確立や先に登場した5000形「GREEN MOVER」(シーメンツ社製)の欠点の克服といった様々な理由があり、2004年に第1編成が登場することになりました。

実車に乗るのは今回が初めてですが、印象としては富山ライトレールや万葉線のボンバルディア製などの超低床電車特有の乗り心地で、半間接照明である5000系に比べると明るい車内となっています。

この車両の難点は転倒防止のための通路中央部に立てられている握り棒が利用者の流れを阻害していると言う点で、実際に本通での乗り込みや紙屋町東での入れ替りなどの場面ではスムーズに流れていないな~という印象が見られました。

八丁堀で降車して、お次は広電で唯一独立路線である9号線の白島線を乗り通すべく交差点へと足を進めます。

→次に続く。

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2008年1月13日 広電で巡る乗りつぶしの旅2 5号線(広島駅~比治山下~広島港・宇品)  

現地入りから明けて13日から広電乗りつぶしを本格的に進めます。

ホテルのある稲荷町から広島駅までは電停で3つほどですが、実際は広電自体があけぼの通りを通り荒神橋へ向かうことから若干遠回りになるのに対し、稲荷町交差点から駅前へ真っ直ぐ伸びる駅前通りを歩いていった方が距離的に近いと言うことで広島駅まで歩いてみることにしました。

駅前通りは主に広島駅前を発着する路線バスのルート上であり、片側4車線の大通です。
通りに面したところにはJRAのウィンズ広島があり、当日は競馬開催日と言うことで警備員が立っていました。

猿猴川に架かる駅前大橋の手前で横道に逸れて、東側の猿猴橋へ向かいます。
この場所は南側に架かる荒神橋を通る広電の車両を橋とセットで撮ることが出来ますが、如何せん川自体がお世辞にも綺麗とは言い難いのが難点ですが・・・汗。

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猿猴橋町電停を通り過ぎて広島駅前東交差点の向こう側に広電広島駅があります。
広電の広島駅はJR広島駅南口の東側にあり、複数系統が発着する上に単車・連接車などが混在することから、配線的に扇状に広がる形となっています。

扇状の先端となる部分は南側2線を紙屋町経由の電車の降車専用とし到着時の運賃精算などスムーズに行うための移動式運賃箱が用意されています。
同じく先端の北側1線にはこれから乗車する比治山下・広島港系統の5号線が発着場として使われています。

渡り線を挟んで窓口のある東側は紙屋町経由の電車ののりばとなっていて、乗車口に近い場所にはカードリーダーが単体で設置されています。

20080113_hiroshima-01.jpg

窓口近くには各種一日乗車カードやパセオカードなどを販売するカード販売機が置かれていることから早速購入することにします。
ここでは電車一日乗車カードを購入。

20080113_hiroden_1day_card-01.jpg

乗りつぶしのトップバターは5号線。

紙屋町経由とは異なり比治山下を経て広島港へ向かう系統で、ここで乗った車両は800形。
写真の車両である811号車は後期型であり、前面窓下のある灯具の形状が角形になっているのが特徴です。(初期型は丸形)

20080113_hiroden_800-01.jpg

座席の7割を埋めた電車は広島駅前を出発して広島東交差点から併用軌道に出ます。

交差点を出てすぐの猿猴橋町電停は人通りの少ない道にある電停のまわりには駅前の流れで商店があるもののやや草臥れた感じ。

荒神三差路交差点からあけぼの通りにはいるとすぐ荒神橋を渡り、橋を渡ってすぐ紙屋町経由の本線と別れて左へと曲がったところにある的場町電停へ。

的場町は本線と皆実線ののりばが別々であり、乗り継ぎ制度対象となっています。
ここから何人か乗り込みがあり座席が埋まった状態で比治山通りを通る皆実線へに入ります。

比治山下は比治山公園の玄関口であり、公園内には現代美術館やまんが図書館、放射線影響研究所があります。
比治山下から南区役所前までは京橋川に沿って進みます。

この段階で半分ほどが降車していきました。

南区役所前からそのまま宇品通りに入り、皆実町二丁目からゆめタウン広島の予定地を横目に見て皆実町六丁目から西側から紙屋町を起点とする宇品線が合流してきます。
皆実町六丁目電停も皆実線・宇品線とものりばが別々で、配線自体は運転系統として使われるの紙屋町~広島港(宇品)方面と今乗っている5号線の比治山下方面~広島港(宇品)方面以外に紙屋町方面~比治山下方面へ乗り入れることが出来る配線となっています。

宇品線に入ると広島港までは殆ど降車が多く、県病院前から海岸通りを通るまでに延々と降車が続き、海岸通りを出た時点では4~5人が残るだけとなっていました。

海岸通りから宇品通りに付く辺りに当たる広島海上ビルを西に曲がります。
ここから元宇品口までは軌道が真新しくなっていたのですが、これは宇島線のすぐ北側で建設されている広島高速3号線の工事のよるもので、建設に際し支障となる宇品線の軌道を移設したためのようです。

元宇品電停も新しくなったものの、案内板などがまだ無いのか?仮の張り紙で対処するなど整備をし終えているとは言えない段階でした。

広島南公園を回り込むんで広島港に到着。

20080113_hiroshima_port-01.jpg

広島港電停は2面3線の櫛形ホームの配線で、併設されているバスのりばから広島港宇品旅客ターミナルに掛けて大屋根に覆われていて、ターミナルビルからバス・電車まで雨に濡れずに移動できるように配慮されています。

20080113_hiroshima_port-02.jpg

広島港から1号線に乗り宇品線を経て八丁堀へ向かいます。

→次に続く。

#2008.2.20 21:10 LastUpdate

category: 中国地方遠征

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2008年2月17日 近鉄河内小阪駅の発車案内表示機更新  

先日、河内小阪駅の発車案内表示機が更新されたという情報を近鉄系ファンサイトで知り、2月17日に現地へ出向いてきました。

これまで同駅の発車案内表示機は1980年代以降・・・
・上り:行灯式→反転フラップ式
・下り:字幕式→反転フラップ式
・改札口付近:3色LED式(設置時期不明)
へと更新されてきましたが、今年1月26日~28にかけてそれら全てがワイド液晶式に一斉更新されました。

近鉄の発車案内表示機は反転フラップ式が主に採用されていますが、一部の主要駅ではCRT式、LED式(3色またはカラー)も採用されていますが、液晶式はここ数年前から採用されてきているものの基本的に乗換え案内用のみであり、今回のような各のりばの発車案内用としての採用されたのは河内小阪駅が第一号となり、ワイドタイプの液晶となると近鉄史上初となります。

表示内容は従来の反転フラップ式と同じ内容を表示されているのに加え、通過列車も含めた後続列車の表示や発車時刻の表示、車接近時の注意喚起の表示が出来るようになっています。

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20080217_kawachikosaka-02.jpg

今回の更新は2009年春から予定されている阪神電鉄との相互乗り入れをにらんだものらしく、今後他駅に普及するかどうかが注目していきたいところです。

#上の写真はいずれも河内小阪駅1番(下り)のりばにて(DK-Kawachi撮影)

category: 関西地区の鉄道

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2008年1月12日 広電で巡る乗りつぶしの旅1 広島へ  

毎年1月から3月までは、年度末モードで祝日を挟む時以外は基本的に連休が無くなり、日曜しかお休みがなく遠征の日程に関しては厳しくなるのですが、1月13日から14日までがお休みであることから、数少ないこの連休を生かすべく遠征する計画を立てることにしました。

昨年の同時期は岡山・広島に掛けて山陽路の各路線を乗りつぶしてきましたが、今回は広島電鉄一本に絞り乗りつぶしを主軸に車両写真ゲットと宮島観光を絡めることにしました。

往路は前日の12日夜にひかり489号に乗り現地入りする方向で固め、帰阪までの行程を組んでおいて当日を迎えることにしました。

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21:40頃に新大阪の新幹線のりばへと上がったところ、丁度タイミング良く入線してきたのですが、折り返し整備作業のためそのままホームで待つことに・・・。

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この間、向かい側のホームに700系が入線。
東京からのぞみ73号のようで、今回乗るひかり489号はのぞみ73号を追う形で広島へ向かうことになります。

20080112_hikari489-01.jpg

のぞみ73号が新大阪から離れたあと、ドアが開き車内へと入ると数分後に出発。
車内は3~4割埋まる程度で、途中の新神戸や姫路では数人ほどが乗り込んだものの岡山や福山で半数が降車していきました。

20080112_hikari489-02.jpg

実は2006年・2007年そして今年2008年と三年連続して1月遠征でひかりレールスターにお世話になってますが、この車両の指定席はお得感があって良しです。

23:30を回った広島駅前に降立ったものの、広電の運転は20分ほど前に既に終了。
予約したホテルのある稲荷町へ人気がない大通を歩いていきました。

今遠征の宿泊先は昨年1月遠征同様、稲荷町の「広島インテリジェントホテルアネックス」
建築年代的には古い部類に入り、重厚な雰囲気のフロントやエレベータはそれなりの年季が入っているものの、部屋自体は近年改装されてインターネット対応となっています。

今回泊まった部屋自体はシングルにしては広めで良いのですが、建物の構造上か改装前の部屋の構成上からなのか?無理にシングルルームにした感じで、デスクとセミダブルのベットの間が妙に広いようです。

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予約した部屋はゆったりしたバスルームとしたので、広く取られたユニットバスの浴槽は大きめのものとなっています。

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衣類を収納するスペースが若干狭いため、多い場合には多少困りますが、今回のように短期間の宿泊なら十分かと思います。

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ここでも朝食付きのプランで予約しておいたので、チェックイン時に翌日の朝食券を受取りました。
ちなみに連泊の際には夕方以降に外出先から戻ってきた時に鍵と一緒に受取ることになります。

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さて翌日は本格的に広電乗りつぶしてきます。

→次に続く。

category: 中国地方遠征

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週末日記 2008年2月17日  

2008年2月17日(

長久手のモリコロパーク内の愛・地球博記念館において「私の思いで愛・地球博展」が2月24日まで開催されていることから、名古屋へ出向くことにしました。

20080217_moricoro_park-01.jpg

今回は往路を新幹線としたのですが、2005年2月の名鉄三昧の時に改札を出ずにそのまま折り返した新羽島駅を見るためだけにひかり号で岐阜羽島へ向かうことに。

この日は滋賀県北部から関ヶ原付近にかけて大雪に見舞われ、徐行運転となり岐阜羽島到着が7分遅れ。
この時乗ったひかり370号はN700系の進出により押し出されてきた700系。

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岐阜羽島駅には初めて降立ちました。
一昔なら何もない場所にドンと建てられた感じだったそうですが、現在はビジネスホテルが建つなど若干様子が異なるようで・・・。

20080217_gifuhashima-01.jpg

隣接する新羽島から名鉄に乗り、笠松乗換えで名古屋へ。

新羽島から笠松までは名鉄の最新鋭である3150系2次車で、ロング・クロスが混在した1次車から一転し、オールロングシートに変えられていました。
この2次車が出た辺りから2200系の増結車両として岐阜方に繋がれて特急運用にも就くことが見られるようになり、東京へ向かう新幹線の車中から時折見かけることがあります。

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名古屋から東山線に乗り換えて藤が丘からリニモに乗り換えて愛・地球博記念公園駅へ。
昨年11月に来訪して以来3ヶ月ぶりですが、最近のパターンとしては短い方だと・・・。

記念館の前では10時から16までの毎時0分から15分までの間、モリコロとの記念撮影が行われていました。

20080217_moricoro_park-04.jpg

さて、記念館の展示物を一通り見て、館内奥にあるシアターで長久手愛知県館で上演された「地球タイヘン大公演会」のビデオ上映を見てきました。

上映されていたのは5月23日の1000回目公演のもので、愛知県が公式記録としてDVDに集力されたものが上映されていました。
流石に生の舞台で見るのと違って迫力に欠け、県の公式記録映像と言うことで時折挟まるアドリブや場面の変わり目に相当する部分はカットされていましたが、まあ良しとしておきましょう。

その時の裏話がここに↓

参考:7色博士と妖精達の17分の1の異常な愛情
(「地球タイヘン大公演会」の博士役・妖精役の人たちによるブログ)
http://blog.livedoor.jp/gekiza/archives/22836122.html

記念館をあとにして、モリコロパークの整備工事の様子を見聞。
グローバル・コモン6と長久手日本館があった場所は植栽工事が進められ、昨年7月来訪時には盛土だけ置かれていたのが整地され、植え込みや植林の準備が行われていました。

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また、グローバル・コモン3があった場所には軟式野球やサッカー・陸上競技が行える「多目的広場」が整備され今年4月1日から供用が開始されるそうです。

20080217_moricoro_park-03.jpg

モリコロパークをあとにして八草へ。
整備工事中の八草駅前は新たに駐車場・駐輪場・トイレが整備中で、先に駐車場の方がほど完成している段階でした。

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八草から愛環線を新豊田へ。
今年で開業20周年を迎える愛環線は豊田市側の複線化工事が着々と進められ、篠原と新豊田には新たに引き上げ線が敷設されていました。

新豊田の近くにある豊田市駅から名鉄に乗って知立乗換えで名古屋へ。
知立から乗った特急は、特急系統の施策見直しによる増備で岐阜~豊橋系統にも進出している2200系に乗車。

3割ほどしか埋まっていない特別車に対し100pに達する一般車の状態では全席指定も見直されるわけかも知れません・・・。

20080217_meitetsu_2200-01.jpg

名古屋からは近鉄特急60周年を記念した大きなロゴが描かれた21020系に乗り帰阪。
6割ほど埋まったDX車ですが、相変わらず一人掛け席が全て埋まってます。

20080217_kintetsu_21020-01.jpg

大阪に戻って自宅に帰る前に河内小阪駅へ寄り道。

わざわざここへ来たのは案内表示板が更新されたためですが、従来の反転フラップ式からハイビジョン液晶式に更新されいます。

20080217_kawachikosaka-01.jpg

この河内小阪駅の案内表示板のレポ後日アップします。

この案内表示板を確認後に帰宅しました。

category: 日記

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2007年12月24日 島原半島を巡る乗りつぶしの旅10 885系と500系のグリーン車で帰阪する  

諫早に戻って遅めの昼食です。

20071224_lunchi.jpg

食事を済ませるとロッカーに預けていた鞄を回収しかもめ28号で博多へ向かいます。

やって来たのは885系なのですが、車両は「白いかもめ」ならぬ「白いソニック」編成。
予備車が少ないJR九州ならではなのですが・・・。

20071224_jrkyushu_ec_885-02.jpg

復路のかもめはグリーン車を指定。
885系は長崎・大分方が半室グリーン車なので、たった12名分のうちの1人席を確保しました。

20071224_kamome28-01.jpg

諫早を出発して右手に見える島原半島に別れを告げます。

20071224_kamome28-02.jpg

ほどなく、おしぼりをフリードリンクのサービスを受けます。
おしぼりは今時の簡易な使い捨てのもので、フリードリンクはホットコーヒーとしました。

フリードリンクの容器には「かこめ」と「ソニック」のロゴが描かれていました。

20071224_kamome28-03.jpg

20071224_kamome28-04.jpg

グリーン車は座席の掛け心地は悪くないのですが、座席から独立している立っている折りたたみ式テーブルの使い勝手が良くなく、前列の座席が倒されるとテーブルに干渉して開けなくなるというのが難点で、肘掛収納型のテーブルである普通車に比べて劣ってしまいます。

博多からはのぞみ42号に乗り換えて大阪へ戻ります。
この列車にしたのは500系狙いで、N700系の進出でのぞみ運用からは順次撤退していることから今のうちに乗っておくことにしたのです。

20071224_hakata-01.jpg

ここでもグリーン車を指定。

20071224_nozomi42-01.jpg

500系のグリーン車は2006年1月遠征以来2度目となります。
N700系の進出で博多のぞみ運用から撤退した500系は今後こだま号に転用される予定で、既に撤退した編成は博多総合車両所にて8両編成に短縮するための改造工事を受けているそうです。

20071224_nozomi42-02.jpg

新大阪には18:51着。
今年の遠征としては早い部類に入る19:30頃に帰宅し、今遠征は終了しました。

~今回の行程~
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category: 九州・沖縄地方遠征

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2007年12月24日 島原半島を巡る乗りつぶしの旅9 キハ2500形で北目線を行く  

南島原から車両交換のため前方のキハ2500形に乗り換えます。

本来この列車は加津佐発諫早行きなのですが、南目線の廃止と同時に引退するキハ20形のために一部列車を南島原で運用を分離して南目線に閉じこめる形で運行されているからです。

20071224_minamishimabara-01.jpg

南島原を出発して多比良町までは北へと進みます。
途中にある大三東は有明海に面した場所にあり、ホーム上から有明海を望めます。

20071224_shimatetsu-05.jpg

多以良町から西へと進みます。
途中、何所の駅か忘れましたがベンチで日向ぼっこをしている猫を見つけたので撮っておきました。

猫はその場所に一番快適な場所を体験的に分っているそうで、写真にある日の当たる場所が気持ちよかったのでしょうか?

20071224_shimatetsu-06.jpg

神代町を過ぎてほどなく国営諫早湾干拓事業の象徴でもある潮受け堤防が見えてきます。
この堤防は雲仙市吾妻町と対岸の諫早市高城町に渡って1989年から建設され、1997年に潮受け堤防が閉じられ、その10年後の2007年に堤防上を行く諫早湾干拓堤防道路が開通し現在に至ってます。

湾や湖を仕切って行われた干拓事業の代表的なものとしてはここ諫早湾の他、秋田県の八郎潟や岡山県の児島湾があります。
諫早湾にある潮受け堤防の場所の最寄り駅は、北の諫早市側が長崎本線湯江駅、南の雲仙市側が島原鉄道吾妻駅です。

20071224_shimatetsu-07.jpg

吾妻からは右手に干拓事業によって造られた水田を横目に西へと進みますが、愛野の前後で南に振られ、諫早市に入って最初の駅となる諫早東高校前で再び西へと進みます。
この時点で車内は100pにも達しますが、如何せん単行である故に列車単位の輸送人員が少ないというのを証明してしまってます。

小野本町を過ぎてから諫早市の市街地に入り本諫早駅に到着し、この駅で降車します。
本諫早駅は諫早市の中心部に近く、諫早市役所や図書館など市の官公庁の施設への最寄り駅となっています。
ちなみに諫早駅は諫早総合病院・諫早区検察庁・税務署への最寄り駅となっています。

20071224_honisahaya-01.jpg

駅構内は2面2線で北側に駅舎があり、駅舎には系列の旅行会社や観光案内所などが入居し、西側の諫早側に留置線を有しています。

20071224_honisahaya-02.jpg

このあと、本諫早から諫早駅まで歩いていきました。

→次に続く。

#2008.2.16 0:56 LastUpdate

category: 九州・沖縄地方遠征

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2007年12月24日 島原半島を巡る乗りつぶしの旅8 キハ20形で南目線を行く  

加津佐駅に到着しました。

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今遠征では2回目の来訪で、ここから南島原行きに乗り換えることにしたのですが、バスの到着と列車の出発のタイミングが合わず、1分差で逃げられてしまいました。
しかし、定刻ベースで行程を組んでも実に合わないと言うことは予め織り込んでいましたので、大きな問題はなく、この合間にコンビニへ出向いて飲み物の調達をしておきます。

次の折り返し列車が来るの35分間、駅には誰もおらず私一人だけベンチで座っていて、列車到着前に親子連れがやって来た程度でした。
コンビニから戻ってホームの撮影していたとき、猫に擦り寄られたというのはここだけの話です(汗)

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10:20頃にやってきた列車はキハ20形2連での到着。
前日同様、多くの趣味人の方達が乗っていて、到着後は折り返し出発まで撮影会となっていました。

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このキハ20形は3月の島原外港~加津佐の廃止と同時に引退することになっているそうで、人気が少ないときに車内の写真を撮っておくことにしました。

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各ボックスに1人~2人ほど埋まって加津佐を出発。

国道251号線と絡みながら海岸線に沿って進みますが、途中で徐行区間を挟んで瀬詰岬がある半島の付け根を横断し口之津に到着。
口之津は島鉄バスの口之津営業所があり、加津佐駅が無人化となった代替の窓口はここで行われています。

20071224_shimatetsu-01.jpg

口之津からは島原半島の東に入り、徐々に北東に向きを変えながら進みます。
この辺りでは海岸よりも内陸寄りを進み、途中には田園地帯と住宅地などが見られます。

20071224_shimatetsu-02.jpg

島原鉄道はほど全線で系列の島鉄バスの路線が並走して、かつ本数も鉄道線に負けないことから、先の部分廃止されたも地域の足としての機能が代替できる条件が揃っているようです。

堂崎から北へ向きが変わり、布津を過ぎて大鼻岬を通ると正面右手に雲仙岳が見えてきます。

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1990年代の噴火活動による土石流で被害を受けた深江川を渡り、災害復旧により高架駅となった深江駅を通ります。
この辺りは災害普及により造成された住宅街があり、見た目でも建築年が沿線の他の場所で見た建物よりも新しいことがそれを証明しています。

20071224_shimatetsu-04.jpg

右手に車庫が見えてくると南島原に到着。
ここで車両交換によりキハ2500形に乗り換えて北目線区間を北上します。

→次に続く。

#2008.2.15 22:26 LastUpdate

category: 九州・沖縄地方遠征

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2007年12月24日 島原半島を巡る乗りつぶしの旅7 島鉄バス諫早・口之津線   

23日の宿泊先は22日に泊まったRNTホテルズ系列の「リッチモンドホテル長崎思案橋」です。

場所としては長崎市内の繁華街の一角にある思案橋電停から脇道に入った場所にあり、その雑然とした通りにドカッと建っている姿は2005年10月の時に泊まった静岡のホテルにも似た感じでした。

チェックインを済ませて部屋へ。
内装はモノトーンを基調としたもので、殺風景な印象を和らげるためにカーテンはワインレッドとなっています。

20071224_richmond_hotel_nagasaki-01.jpg

写真の部屋は2人用の部屋ですが、ここで泊まったホテルにはシングルが無くダブルかツインルームが主体となっているものの、シングルユースの宿泊プランが用意されているからです。

ただ、シングル利用出来るとは言え、枕などが2人分用意されているを見つけるとある意味寂しくなってしまいます・・・。

20071224_richmond_hotel_nagasaki-02.jpg

この手のホテルにしては大型の部類に入るサイズのデスクが用意され、テレビも地デジが見られる液晶ハイビジョンが置かれていました。

20071224_richmond_hotel_nagasaki-03.jpg

明けて24日は5:30に起床。
6:30から開いているお店を利用してホテルの朝食サービスが利用できるプランを選んでおいたので、出発時間の兼ね合いで早めに済ませてきました。

6:50頃にチェックアウト。
思案橋電停から赤迫行きに乗り長崎駅へと向かいました。

思案橋からだと赤迫へ向かう1号系統だけが長崎駅へ向かうのですが、桜町経由に比べて遠回りであるもののメインルートとなる出島・大波止を経由します。

長崎駅からかもめ6号に乗り、島原半島への玄関口である諫早へ向かいます。

20071224_nagasaki-01.jpg

今遠征では最初となる885系白いかもめですが、運用の都合などで同系の白いソニックがかもめ号の運用に入ってきます。

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883系から続く革製の座席は他社の振り子電車の座席に比べて若干大きめであるため、体がすっぽりと収まる感じである掛け心地に満足してしまいます。

20071224_kamome6-01.jpg

諫早からは島鉄を乗り歩きする予定でしたが、気が向かず前日の逆ルートで島原半島を廻ることに変更し、まずはバスターミナルへ向かいました。

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諫早バスターミナルの建物は2階建てとなっていて、上階に飲食店などがあり、下階に乗車券販売窓口・待合所・バスのりばがあります。

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諫早から乗るバスは8:05発の諫早・口之津線大屋行きですが、定刻を過ぎてもやって来ず、5分ほど遅れて到着しました。
待ちかまえていた10人ほどが乗り込んですぐ出発しました。

諫早の中心部を通り国道55号線を東へと進み、半造停留所を出ると島原鉄道南目線を渡り、長野町交差点から国道57号線に入ると雲仙市愛野町まで南目線と並走しながら東へと向かいます。

20071224_shimatetsubus-01.jpg

ここで通った国道57号線は島原半島と諫早市・長崎市や長崎空港を結ぶ幹線道路で、起点は大分市の大道陸橋交差点なのですが、ここから九州を横断して熊本県宇城市三角町から長崎県島原市湊町までは国道としては30ほどの例がある海上区間を経由する道路です。

20071224_shimatetsubus-02.jpg

この道路の長崎県側にある雲仙市愛野町から諫早市長野町を中心に渋滞が激しいことから片側2車線にするための拡幅工事が進められています。

参考文献
・直轄国道の整備 一般国道57号森山拡幅 - 長崎県
http://www.pref.nagasaki.jp/new_naga/html/sec2_4/10.html
・海上国道 - Wikipedia 
http://ja.wikipedia.org/wiki/海上国道

前日に見た怪しいモニュメントがある愛野交差点から愛野町の中心部へ向かうため一旦57号線から国道251号線に入り、雲仙市愛野総合支所の近くにある愛野停留所をを通ると南へ向きを変えて丘陵部に向かって登っていきます。

坂道を上り始めてほどなくすると国道57号線に再び合流し、坂を登り切った先に愛野展望台があります。
橘湾に面した高台にある展望台の正面には「愛のベルハウス」と書かれた怪しい立て看板が、あり展望台の傍らには境界らしき建物がありました。

20071224_shimatetsubus-03.jpg

愛野展望台から坂を下っていき、橘湾に沿って千々石町(ちぢわちょう)を進みます。
集落の中心部を通り過ぎると猿葉山の東側を通るため峠越えとなります。

20071224_shimatetsubus-04.jpg

山を越えると温泉街を構える小浜バスターミナルに到着します。
ここは長崎県営バスが管理していたのですが、同バスが島原半島から撤退したことから、島鉄バスに引き継がれています。

小浜バスターミナルを出発し、温泉街を通り過ぎた辺りにある雲仙登山口交差点から国道251号線を南へと進みます。
この辺りまで来ると橘湾の海岸線に沿って進み、途中には小さな漁村が点在し、ここの間での利用が見られました。

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小津波付近で南西から南へと向きが変わり、しばらくして落石防止用のシェルターを過ぎると南島原市に入ります。
この時点で車内には6人ほど乗っていましたが、ここまでで乗り通しているのは私だけとなり、残りは千々石や小浜など途中から乗ってきた人たちばかりでした。

山が迫っていた左側が開け始め、住宅地が見られるとほどなく加津佐駅前停留所に到着します。
諫早から乗って掛かった時間は1時間と40分。

加津佐から若干間をおいて南島原行きに乗ります。

→次に続く。

#2008.2.14 0:52 Update

category: 九州・沖縄地方遠征

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週末日記 2008年2月11日  

2008年2月11日(

月曜であるこの日は祝日と言うことで、10日に引き続き首都圏各地の工事を見てきました。

先に連立事業で高架化された京成船橋駅へ。
のりばと改札階は完成し、残りはこれまで本線が走っていた部分の工事だけのようです。

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新鎌ヶ谷へ行く前に京成津田沼で新京成と京成の相互乗り入れに関して施行されたヶ所を確認。
データイムの基本は20分に1本を直通させているということで、1面2線中の1線だけ京成千葉線と繋げただけと言ったところで、肝心の千葉線が6両までしかは入れないことから新京成側の車両が一部6連化されていました。

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津田沼から新京成に乗り新鎌ヶ谷へ。

北総鉄道と並走する形となっている新鎌ヶ谷は仮線に移されているのは2005年6月来訪時と同じですが、今回来訪したときは北総鉄道線との間に歯抜け状態ながら高架橋が構築されて来ていました。

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新鎌ヶ谷からは成田新高速鉄道関係で改良工事が行われている北総鉄道に乗り換えて、改良工事の様子を見るため一旦印旛日本医大へ向かってから東松戸に向かって見てきました。

印旛日本医大へ行く前に見た新鎌ヶ谷はこれまで準備工事のみとなっていたホームが整備されて先月から新たに上りホームとし使用されていました。
今のところ外側の待避線は使用されず、暫定的に2面2線で使用されています。

20080211_shinkamagaya-06.jpg

印旛日本医大には引き上げ線が用意されていましたが、外側に将来成田空港へ向かう本線を敷設するための路盤の準備されていました。

20080211_imba_nihonidai-01.jpg

小室は現行の1面2線の西線側に単式ホーム1面が設けられ、将来的には2面3線になる感じで、工事の様子から見て4線化されない感じでした。

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東松戸は一部準備工事で歯抜け状態となっている上り線の高架橋の構築中で、準備工事で構築されていた箇所にはホームを構築する工事が始められていました。

20080211_higashimatsudo-01.jpg

ここで工事見聞から離れて、東松戸から新松戸乗換えで馬橋へ向かい、これまで未乗だった総武流山電鉄に乗ってきました。

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流山からTXの流山セントラルパーク駅までの約1kmを徒歩で・・・。
思っている以上に遠かったというのが主な感想です。

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20080211_nagareyama_cintralpark-01.jpg

TXを北千住まで乗り、北千住から押上乗換えで半蔵門線を経て中央林間へ。
本数が多い田園都市線ですが、はっきり言って沿線人口多すぎです。

中央林間から大和乗換えで星川へ。
連立事業による高架工事が行われている星川では上り待避線が仮線に移設されていましたが、現駅舎の二俣川方に仮通路の工事が進められていました。

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横浜から東横線に乗り換えて日吉~武蔵小杉で行われている改良工事の見聞。
日吉はこれまで待避線であった内側線が使用停止され、目黒線乗り入れを受け入れるための工事が進められていました。

元住吉は内側線に軌道が敷設されるのと同時に電気関連の工事も始められていました。

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これで工事見聞は終了。
元住吉から武蔵小杉・大岡山・大井町で乗り継ぎ東京へ戻り、夕食を挟んだ後にのぞみ157号で帰阪しました。

#2008.2.15 0:35 Last Update

category: 日記

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週末日記 2008年2月9日~2月10日  

本文に入る前に・・・。
今週中ごろである7日の仕事中、腰に激痛が走り一瞬動けなくなりました。

なったのは腰痛のひとつである急性腰痛症。
いわゆるぎっくり腰と言うもので、幸い歩くことは出来るため軽症で済んだものの、この週末に上京する予定を組んでいたため、酷かったら立てなかっただけにかなりやばかったです。

今、これを書いている段階では8割ほど回復していますが、完治したら再発を防ぐために腰周りを鍛えないといけません。

さて本題へ。
2月10日から11日に掛けて首都圏各路線の工事見聞と編成写真のゲットのため、その前日である9日夜から上京してきました。

2008年2月9日(

年度末体制であるため日曜祝日以外はお仕事と言うことで、この日は当然朝からお仕事。
数日前に痛めた腰は回復傾向にあるものの、まだ痛いので「いたわりながら」というつらい中、何とかこなし夕方に帰宅。

当日は9時ごろから雪が降り始め、昼前には積もってしまいましたが、雪質がベタベタであるため、人や車が通った後の道路は非常に汚かったです・・・。

このような荒天であることから、東海道新幹線も当然のごとくダイヤが乱れ、私が乗ったのぞみ52号は京都から徐行が始まり豊橋まで一度解除されたものの、厚木を過ぎた辺りで再び徐行となり最終的に30分ほど遅れる結果に・・・。

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当日、東京駅には遅延で首都圏近郊の各地へ乗り継ぐことが出来なかった人たちのために休憩列車(列車ホテル)を用意したとのことですが、私は品川で乗り換えて都内のホテルへと向かったのであります。


2008年2月10日(

現地での初日となる10日は京急蒲田駅の高架工事を皮切りに東京から西側を中心に見聞してきました。

京急蒲田駅は何度か行われた切り替え工事により空港線・京急本線とも仮線へ移設されていました。
本線の直上で行われている高架工事は高架橋本体が至る所に出来上がって、前回の来訪からずいぶん進んでいる感じでした。

20080210_keikyukamata-01.jpg

大井町線の改良工事は旗の台・自由が丘・上野毛の3駅を見聞。

緩急接続を行うための2面4線化の工事を行っている旗の台は島式ホームが2面構築されており、現在は将来待避線となる外側の線路が使用され、本線となる予定の内側2線の工事に取り掛かっていました。

20080210_hatanodai-01.jpg

自由が丘はホームの延伸がメインで二子玉川行きホームは数m分、大井町行きホームはほぼ一両分二子玉川方に伸ばされている感じで、今はホームの形だけが出来た段階で、実際に完成するのはもうちょっと先のようでした。

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上野毛は大井町方面に通過線が追加された感じでホームと駅舎の工事は現在進捗中と言ったところでほぼ全面に渡り仮設状態でした。

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二子玉川から田園都市線の工事を見聞。
二子新地で大井町線で使用される予定の新6000系が引き上げ線の先端で留置されているところに遭遇し編成写真をゲット。
駅自体は内側線の工事が行われているところでした。

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高津は中央林間方面のホームがほぼ完成した段階で渋谷方面ホームがすぐ隣で仮ホームとなっており、元有った場所では上り線の高架橋の構築が行われていました。

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溝の口は下りホームにあった店舗が撤去されて本格的に軌道の敷設が始まり、中央林間方でも工事が進められていました。

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梶が谷では留置線の整備工事が進められ、中央林間方に6~7両編成?が入る程のものが4線用意される模様です。

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このあと梶が谷と宮崎台で東武50050系の編成写真をゲット。
これまでは夕方か夜間で撮っていましたが、昼間時で撮れるチャンスに恵まれず今回が初めて。

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長津田から横浜線・相模線と乗り継ぎ厚木へ。
ここでは海老名~厚木の高架工事を見てきました。

この高架工事自体は都市計画道のためなのかどうかは分かりませんが、高架橋にはそういった道路が通るためのスペースが確保されていました。
写真には収められませんでしたが、現在は下り線だけが切り替えられているものの、厚木方は仮線のままでした。
また、改良工事が行われている海老名では新宿方の階段が撤去されているほか、改札外コンコースにも変更が行われていることから相鉄との乗換えが分りにくくなっています。

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本厚木から伊勢原へ移動。
ここは自由通路を整備するための駅舎改良工事が進められていて、新たに小田原方に増築される形で拡張されるようです。

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伊勢原から小田原へ移動。
ここで乗った小田原行きは新松田まで10両編成でしたが、平均で90p~100p、最も混んでいる場所で120pでした。

本厚木以西は時間帯により混み方にバラつきがある感じで、需給のバランスがマッチし辛い面も抱えれいるのが悩みどころですね。
本当なら小田原まで10両にしたいところですが、新松田から小田原までの中間駅が6両しか入れないのがネックなんでしょう・・・。

小田原から東海道線に乗り換えて都内へと戻りもう一泊しました。

#2008.2.14 23:50 Last Update

category: 日記

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2007年12月23日 島原半島を巡る乗りつぶしの旅6 島鉄バス~諫早~愛野  

加津佐に到着後の折り返し待ちの間、駅構内は撮影会場化してしまいました。

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私はその人たちをよそに近くにあるバス停へと向かいました。

おととし5月の遠征で島鉄を行程に組んだ際、口之津から出発する島鉄バスが橘湾沿いに加津佐と小浜温泉を経由し諫早へ向かう事を知っていたのですが、そのときは新幹線の遅延で落とさざるを得ず、今回まで見送っていました。

島鉄バス諫早・口之津線が通る加津佐駅前停留所は加津佐駅の西側にある国道251号線上にあり、以前は同区間を長崎県営バスも運行されていたのですが、2007年3月に島原半島エリアから撤退したことから同地区に路線網を有する島鉄バスに引き継がれ現在に至ってます。
しかし、かんぜんな継承ではなかったことから、便数自体は2社運行時代よりも少なくなってしまったそうです。

バスの到着まで間があることから加津佐駅から北に1分ほどの場所にファミリーマートがあることから、飲み物を調達し水分補給です。

加津佐駅で折り返し待ちをしていた列車はしばらくして南島原を目指して出発していきました。
列車が去ったあとはもぬけの殻で、私のような乗り終いも兼ねてる人たちが多かったのでしょう?

列車が去ったあと、数分後に諫早駅行きバスが到着。
実は私の友人が2007年3月にこの路線バスに乗っていたそうで、そのときはトップドア車両だったそうですが、今回私が乗ったのは口之津営業所所属の日野レインボーHR(ノンステップ)でした。
3分ほど遅れての到着のバスに乗り込んで諫早は向かいます。

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加津佐駅から諫早駅まで乗った島鉄バス諫早・口之津線
(車両は日野レインボーHRノンステップ)

諫早湾を進む鉄道線とは違い、橘湾に沿って進む諫早・口之津線は小浜温泉を経由し半島に付け根近くの愛野展望台付近では山岳路を延々と進みます。

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愛野展望台から諫早湾の干拓地に下りて愛野駅付近を過ぎた辺りで何やら怪しいモニュメントを発見しました。
愛野駅へはそのあと来る予定だったので、ひとまず諫早へと向かいました。

終点の諫早駅前バスターミナルは県営バスが参入していたことは島鉄と隣接する別々のターミナルだったのですが、県営バスが島原半島から撤退後は一ヶ所に統合され、隣接するホテルの1階に設けられていた島鉄バス諫早ターミナルは県営バスターミナルにその機能を移転させています。

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諫早駅前のターミナルは写真の建物に統合されました。
建物自体は県営バスのもので、現在は県営バスの長距離路線のほか島鉄バスなどが乗入れています。

諫早から再び島鉄北目線に乗り愛野へと向かいました。

愛野駅は2面2線の有人駅で、駅舎の脇に愛野村駅跡地を示すモニュメントが建っています。

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また、駅前には島鉄バスの諫早・口之津線が乗入れていますが、諫早駅前ターミナル発着の便はこの愛野駅前停留所には乗入れず、同駅前から口之津方面に向かう便のみ乗入れます。
このため、愛野駅前に乗入れる便は鉄道線と接続の上で諫早へ行けるように設定されています。

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例のモニュメントは駅から徒歩15分の所にある橋の手前にあり、町名である愛野にちなんで「愛のまち」とか「ときめきの○」と書かれています。

ちなみに、この付近は雲仙市愛野町ですが、それ以前は愛野町という独立した自治体であり、さらにその前身には2つの村があり、その当時存在した愛津村と野井村が合併して愛野町になった際、それぞれの村名からとって「愛野」としたもので、いわゆる合成地名ともいわれています。

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愛野駅から再び島鉄に乗り諫早へ戻り、諫早から783系かもめに乗り、当日の宿である長崎へ。

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長崎から長崎電軌に乗り思案橋にあるホテルへ向かい初日は終了しました。

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→次に続く。

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2007年12月23日 島原半島を巡る乗りつぶしの旅5 島原鉄道2(南目線:島原~加津佐)  

島原駅から再び加津佐行きに乗り換えて、今春に廃止される南目線区間を走破します。

島原駅の駅舎は島原城を模したデザインで、加津佐側に鉄道線およびバス路線の窓口があり、中央が改札口、諫早側に待合所と売店があります。

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改札口は通常は閉鎖されていて、列車到着5分前から開始される列車別方式。
のりばは2面2線で、諫早方に保守用の側線がありますが、したの写真を見ると雰囲気的に貨物駅か思ってしまいました。

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先に加津佐方から諫早行きが到着。

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数分ほどして急行加津佐行きが到着。
キハ2500形の単行。

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早速乗り込み加津佐を目指します。
島原鉄道の本社の最寄り駅となっている島鉄本社前は1面1線のシンプルな配線。
続く南島原は島原鉄道の車両基地がある運行上重要な拠点ですが、ここで乗換えをはどこす案内があり、駅本屋側に面するホームの目の前にはキハ20形の姿が・・・。

実は南目線が廃止されるまでの間、通常諫早~加津佐乗り換えなしの所を南島原で運用を切って南島原から加津佐までをキハ20形を日替わりで運用することになっていたからです。

南島原で乗り換え後、程なく出発。
南目線区間へと進みます。

途中、雲仙普賢岳の噴火により被害を受けた区間を走行します。

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原城で列車の行き違いがあり、この間撮影タイム。
私もキハ20形の編成写真をゲットしました。

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南島原から70分ほどで終点加津佐へ到着。

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乗りつぶし自体はここで終了。
加津佐からは島鉄バスに乗り諫早へ向かいます。

→次に続く。

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2007年12月23日 島原半島を巡る乗りつぶしの旅4 島原城へ行く  

島原に降車後、次の加津佐行きまでには1時間20分ほどあることから、この合間を利用して島原城へ行くことにしました。

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島原城自体は駅前正面に見えるのですが、城への入口が山側に面していることから見えた以上に時間が掛かり15分~20分ほどかかります。

駅正面の通りをお堀手前まで進み、突き当たりお堀に沿ってを左へ進むと土産物店が軒を連ねている通りに面した場所に入口があります。

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城の敷地内に駐車場があるため入口は舗装された急斜面となっています。

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急斜面を登り切りると駐車場を挟んで南側に島原城の天守閣があります。

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島原城天守閣

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天守閣の入口で共通入場券を購入します。
写真の入場券では天守閣の他に、西望記念館と観光復興記念館に入場できます。

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天守閣はキリシタン資料・藩政時代の資料を展示する歴史資料館があり、下層から順にキリシタン史料・郷土史料・民俗史料にまつわるものが展示されていて、上層2層は展望所・休憩所となっています。

南東部に位置する西望記念館は島原出身の彫刻家・北村西望の米寿を記念して巽櫓の中に同氏にまつわるものを展示されています。

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西望記念館

西望記念館の北側には丑寅櫓を利用した民具史料館(入館無料)があり、当地で使用されていた道具などが展示されています。

先程の駐車場に面した場所に観光復興記念館があり、1989年の橘湾群発地震を契機に始まった雲仙普賢岳噴火災害を伝えるために建てられたもので、噴火活動や島原の歴史・文化・観光名所を史料・映像として展示されています。

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観光復興記念館

島原城の背後には雲仙岳山系の一つである眉山があり、現在の雲仙岳の最高峰となっている平成新山が形成される過程で発生した噴火活動により崩壊の懸念があったものの、最終的にはこの眉山の存在が災害から島原市中心部を守る形となったそうです。

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雲仙岳山系の一つである眉山
1990年代発生した噴火活動の主役とも言える雲仙岳の主峰普賢岳や現在の最高峰となった平成新山は眉山の向こう側にある

一通り見終えた後は島原駅に戻り加津佐を目指します。

→次に続く。

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tag: 日本100名城  島原城 
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弊ブログのアクセス数が20000件を突破しました!  

ブログ「DK-Kawachiの日記と雑学ノート」(三代目)のアクセス数が、2008年2月4日で20,000件を突破しました!

10000件を突破したのが2007年4月11日。
私のブログは内容が薄いのもあって日平均が33件程度。
年平均だと約12000件のアクセスがあります。

このペースで進むと2008年12月下旬から2009年1月辺りで30000件を突破と言うことになるのかなと思ってますが、最近再開した阪神なんば線や大阪駅改良工事などの鉄道工事ネタの影響でアクセス数に変化が出ているようなので、結局ネタ次第で前後するのかなという考えです。

★参考:10000件突破の時の記事

さて、20000件突破と言うことで今回は小田急20000形「RSE」の編成写真を提示します。
(本当は近鉄の20000系「楽」を出したいところですが、手持ちの写真がないので・・・汗)

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小田急20000形「RSE」
2005.4.30 小田急小田原線伊勢原にて

category: 未分類

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2007年12月23日 島原半島を巡る乗りつぶしの旅3 島原鉄道1(北目線:諫早~島原)  

諫早に到着しました。
ここからは同駅を起点としている島原鉄道に乗り換えます。

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諫早駅の島原鉄道のりばは駅本屋に面する1番のりばの長崎方にある切り欠けの0番のりばから発着していて、その手前には中間改札口が用意されています。

中間改札口では列車が滞在しているときに限り集改札が行われ、同鉄道の乗車券なども手売りされています。
なお、島原鉄道の乗車券は改札外にある自動券売機でも買うことも出来ます。

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駅名票を見ると駅数が多いなと感心していたのですが、脇に掲げられている島原半島の地図によると44駅あるとのこと。

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駅舎撮影の時に予め一日乗車券を買っておいたのですが、島原鉄道の一日乗車券は複数種類があり、以下の乗車券はいずれも島鉄の鉄道・バス・フェリーが発売当日に限り自由に利用できます。

1回分入浴券が付いた「島原半島遊湯券」(通年発売)
第四日曜日限定の「島鉄のんびり1500(いこ~)」
中高生限定「スクール1000」(土曜休日と春・夏・冬休みのみ発売)

当日は第四日曜日であったことから「島鉄のんびり1500」を券売機で購入。
でも写真撮っておくのを忘れました・・・。

のりばで待っていたのは新潟鉄工(現:新潟トランシス)のNDCシリーズの一員であるキハ2500形の単行。
JR九州のキハ125形と同じ構造ですが、トイレのないキハ125形(後年改造にて取付)に対してこちらは新造当初からトイレが設置されています。

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車内にはいると既に立席が見られるほど乗り込んでいて100pに達していました。
言うまでもなく座れなかったのは当然ですけど・・・。

下りかもめ号と大村線の接続を受けて出発。

トンネルを一つ抜けて最初の駅である本諫早に到着。
本諫早は諫早市の官公庁街に比較的近く、交換設備と留置線を有する同駅は手狭な諫早よりも構内に余裕があります。

列車は諫早市辺りから雲仙市にかけては島原半島の有明海側を東に向けて進み、島原市に入る辺りで南へ向きが変わります。
利用状況的には小駅で5~10人単位での入れ替りが見られるのですが、交換設備を有する駅で纏まった乗車があることから島原到着時点で120pに達しました。

島原駅は長いホームの2面2線で私が乗った加津佐行きは改札口に面したホームに停車したのですが、長いホームにポツンと停車している様子はちょっと寂しいです。

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停車時間がちょっと長いこともあって反対側のホームから撮影する人たちがいたので私もその中に入って車両の写真をゲットしました。

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列車が南島原へと走り去った後、ここで下車して島原城を目指すことにしました。

→次に続く。

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2007年12月23日 島原半島を巡る乗りつぶしの旅2 諫早へ  

山陽新幹線のぞみ51号で博多に到着すると改札を出て宿へ直行するのですが、大阪市内~長崎までの乗車券で通るため自動改札ではなく有人改札を通ります。

これはJR西日本管内では自動改札機の設置駅で途中下車をする際は有人改札へ案内されるようになっていて、投入するとそのまま回収されてしまうか、ケートが閉まり有人改札へ向かうようにと言う旨の表示がなされます。
博多駅に新幹線改札口にはその旨が書かれた案内がデカデカと掲示されています。

途中下車の場合、改札口で途中下車印を捺印するように規則で定められているのですが、JR東海やJR東日本の自動改札は途中下車でも通せるようになっています。
ただし券面には何も印字されないことから不正乗車の恐れもあるため、JR西日本では一部例外を除き規則通り途中下車印を捺印するようなっています。

たとえ面倒であっても事業者・利用者双方にとって後々で発生する可能性があるトラブルを予め回避するのも重要なわけです。
とはいえ、自動改札機に印字機能があれば出来ないわけではありませんが、高機能機種なら1台当たり1500万円することから、導入時のコストを考えると二の足を踏むのも致し方がないかもしれません。

さて、22日の宿泊先はリッチモンドホテル博多駅前。
ここは2006年1月遠征で泊まったロイネットホテル博多駅前をダイワロイヤルとの提携解消により2007年秋に改称したもので、運営事業者はこれまでと変わらずアールエヌティホテルズが引き続き行っているため、基本的には前回泊まったときと変わりませんでした。

ただしポイントカード制度が変わってカードも変わることから、翌日も長崎で同系列ホテルに泊まることを考慮してチェックインに際し変更しておくことにしました。

この系列のホテルはシングルが7,000円~10,000円クラスの価格帯でビジネスホテルでは上位に位置しているのですが、このクラスに慣れると価格が安くても狭い部屋に押し込まれるのは個人的に好きではないんです。

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明けて23日は5:00に起きて、6:30過ぎにホテルに併設されている「いねや」で朝食を頂きます。

今回は朝食付きのプランで泊まっているため、チェックインの時にもらった朝食券を利用することになります。
「いねや」は準個室ベースの居酒屋形式であることからビュッフェスタイルではなく、2~3種類の日替わりメニューから選ぶ方式となっています。

朝食を頂いた後、7:00過ぎにチェックアウトして博多駅へと向かいました。

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中央口の改札から乗換え通路に上がると目の前にLCD式の発車案内板があり、あくまで在来線の案内であり、山陽新幹線は時刻は表示されていませんでした。

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九州新幹線の博多乗り入れに向けて改良工事が進められている同駅では、在来線のりばの上部に鋼材が組み立てられ、結構大がかりな工事になる模様です。

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博多から諫早まではかもめ3号に乗車。

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6時台に出発するかもめ1号が885系であるのに対し、こちらは783系ハイパーサルーン。

1988年3月のデビュー以降、1994年と2000年の2回に渡るリニューアルを経て長崎本線・佐世保線系統の特急と日豊本線系統の特急を中心に使用されています。
JR九州になってからのデビューなのですが、こうして見ると国鉄の雰囲気が残っています。

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過去2度にわたるリニューアルが施工されているとはいえ、デビューから20年(リニューアルから8~14年)を経た車内は草臥れている感が否めなくなってきています。
もう一回リニューアルされそうな気がするのですが、今のところそう言った発表がないことから、個人的な妄想としては九州新幹線の全通して以降に注目かもしれません。

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途中、その九州新幹線の工事と横目に見ることが出来たのですが、土木工事が順調に進んでいる感じで、2011年春の開業が楽しみです。
長崎本線に入った頃に爆睡し、気がつくと諫早の一つ手前の東諌早を通過していました。

博多を出て約1時間50分で諫早に到着。
ようやく今遠征の目的である島原鉄道に乗ってきます。

→次に続く。

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2008年2月3日 阪神なんば線工事見聞9 切替工事後の尼崎駅   

西大阪線(延伸後はなんば線)の難波延伸に関連工事が施工されている阪神尼崎駅において、新2・3番線ホームの延伸・改良により3回目の切替工事が2月2日に行われたことから、翌日の2月3日に出向いてきました。

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まずは神戸方。
こちらはホーム長が1両分だけ延伸されています。

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神戸方を撮影

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神戸方端部からホーム中程を撮影

これまで使われてきた旧3番線ホームは切替と同時に使用停止となり、近日中に改良工事が着手されるものと思われます。

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使用停止となった旧3番線ホーム

お次は梅田・西九条方。
こちらは3両分+α伸ばされていて、双方合わせて近鉄車21m級車体の10両編成に対応出来るようになりました。

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1・2番線の端部に相当する位置から梅田・西九条方を撮影

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梅田・西九条方端部からホーム中程を撮影

新3番線の使用開始に伴い、西大阪線の線路が切り替えられていています。

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真新しい軌道の西大阪線の線路
使用停止となった旧線はホームの延伸・改良と平行に軌道の移設などの工事が行われる

取り付けられるであろう発車案内板は旧3番線からのものを移設・再利用したため新3番線に1ヶ所だけとなり、2番線側には大阪(梅田)方面と書かれた案内板だけとなっていたので、当てが外れました・・・。

9回目のレポは以上です。

category: 阪神なんば線工事の話題

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2007年12月22日 島原半島を巡る乗りつぶしの旅1 N700系のぞみのグリーン車  

2007年最後の遠征として2008年春に末端区間が廃止される島原鉄道に乗るため長崎へ遠征してきました。

長崎県の諫早を起点とする島原鉄道の乗りつぶしなら日帰りで十分なのですが、大阪から諫早までの往復を考えると、現地での滞在時間が昨年12月のくりはら田園鉄道の時よりも短いため早朝早く出て夜遅く帰阪する割りにはネタ的に乏しい。

飛行機を利用する手がもっとも最速で且つ時間も有効に使えますが、私自身が飛行機を大の苦手であり極力避けたいとから、今回は前日の22日の博多行き最終で九州入りし、明けて当日23日の朝から諫早へ向かい長崎市内で1泊して翌日24日の午後に現地を離れて帰阪することとし、その間は実質島原半島を一周するような感じの行程としました。

22日出発の往路は新大阪から博多行きのぞみ最終で九州入りします。

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新大阪駅の新幹線のりばにやって来たのは21:15過ぎ。
通常この時間なら東京行き最終に乗ってと言うのが定番なのですが、今回は逆方向の博多行きで南側の21番のりばに立っています。

新大阪から博多まではのぞみ51号。
この列車は2007年夏のダイヤ改正から最新鋭のN700系になっています。

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21:27頃に入線し今回で2度目となるN700系の車内へ。
今回は奮発してグリーン車を指定。

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N700系の重厚なグリーン車の座席に座り博多まで時間を過ごします。

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新大阪を出発してほどなくグリーン車のサービスとしておしぼりを頂くのですが、紙製のおしぼりが多数派である中、昔からあるおしぼりであるのが特徴で、JRグループでも西日本だけかも知れません。

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座席自体は「シンクロナイズド・コンフォートシート」は電動式が採用されていて、掛け心地は300系に比べれば若干柔らかい感じで、500系に比べれば硬い感じです。

座席上部には白色LEDライトが埋め込まれ、これまで手元を灯すために荷棚に取り付けられたものがN700系から座席に変えられています。
これは近鉄の21020系「アーバンラーナーnext」のDXシートも座席上部に白色LEDライトが埋め込まれています

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これまでグリーン車は肘掛収納だったテーブルが、このN700系から座席背面に変更されています。
グリーン車のテーブルは普通車と同じ大きさですが、PCでの作業を考慮してテーブル自体が手前に引き出すことが出来るようになっています。

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中央の肘掛は各種スイッチが設けられていて、その前方にはPC用のコンセントが用意されています。

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フットレストは高さが調整できる仕様になっていて、右側のペダルを踏みながら調整します。

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新大阪から2時間28分で博多の到着。
この後、駅近くのホテルの直行して1泊することにしました。

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→次に続く。

category: 九州・沖縄地方遠征

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週末日記 2008年2月3日  

2008年2月3日(

3日は時折小雨がぱらつく天気の中、改良工事中の阪神尼崎駅等を見てきました。

まずは須磨海浜公園の工事を見るため大阪から須磨へ。

今春開業する須磨海浜公園駅はこれまで見てなかったので、今回初めて見てきたのですが、須磨と鷹取の間に出来る同駅はやや鷹取寄りに造られています。
工事自体はほぼ終わっていて、各種案内板が取付られ初めている段階となっています。

次は阪神尼崎駅を見るため山陽須磨から直通特急で尼崎へ。
たまたまやってきたのが直通特急の運用に入っていた1000系。

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改良工事中の尼崎駅は西大阪線のりばが前日に3番線に切り替えられたばかりで、近鉄の21m級車両が10両編成対応のホームに西大阪線の4両編成と本線の6両編成がポツンと停まっている様子に違和感があります。

相互乗り入れ自体は来年の2009年春なので、当分この違和感のある光景のままとなるのですけど・・・。

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尼崎から梅田乗換えで天王寺へ。

天王寺駅では阪和線との連絡線の複線化完成による今春のダイヤ改正で阪和線~大阪環状線直通列車の増加するため発車案内表示器が更新されることになり既存の表示器に近接して設置されました。

表示器自体は既存のものに比べて小型化されている感じで、阪和線・関西空港線と大和路線と別れて表示されるようになっています。

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天王寺駅に設置された案内表示器

ちなみに写真の表示器の他にスペースの関係で路線毎の並べたタイプがあり、こちらは15番線側が大和路線・16番線が阪和線に割り振られているのですが、改正後は阪和線が15番線となることから逆になるように予め案内表記にマスキングがされているようです。

天王寺から八尾まで向かい、八尾から近鉄バスを乗り継ぎ若江岩田へ。
奈良線の連立事業真っ直中にある同駅は駅部分に高架橋が一部構築され、奈良方面の改札口がここへ移設されています。

この後は先週と同じ3番目に近い駅からバスで帰宅しました。

category: 日記

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2007年11月25日 三連休パスで巡る雪の北東北遠征15 E3系「つばさ」と700系「のぞみ」で帰阪  

奥羽本線を完乗させた後は、つばさ122号に乗って福島を経て東京を目指します。

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山形駅の山形新幹線のりばは1面2線の配線。
東側1番線が行き止まりであり新庄方面に抜けることが出来るのは西側2番線のみであるため、ダイヤ上のネックの一つでもあります。

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山形からは乗車する122号は16:10発

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さくらんぼ東根から到着したときにはまだ入線していなかったのですが、15:55頃に山形車両センターから入線。

やって来たのはE3系1000番台。
3度目の遭遇で前回は2007年1月に初乗車しているのですが満席で座ることが出来ず、今回初めてこの車両の座席に座ることが出来ます。

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当日は満席。
8割ほど埋まった状態で山形を出発。
日が傾いた頃に米沢で満席となり、板谷峠を越えに入ります。

峠に差し掛かったことにはすっかり暗くなり、福島県にはいると左手に街の明かりが遠くに見えてきます。
福島でやまびこ号の後に連結される間に立席していた人たちは一斉に大移動。
福島からやまびこ号を一緒に東京を目指します。

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東京に着くといつものごとく八重洲の地下街で夕食をとり、のぞみ157号で帰阪。

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今回は大雪の後で現地入りし出来たので良かったのですが、大雪の真っ直中だったら「嫌やな~」と思ったのは言うまでもありません。

~今回の行程~
-- 続きを読む --

category: 東北地方遠征

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