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2007年11月の記事一覧

2007年10月21日 中京圏プチ遠征10 金公園のモ510形と岐阜市内線の跡を見る  

美濃赤坂から岐阜へ戻ってくると、岐阜市内にある金(こがね)公園へ向かいます。

金公園へ行ったのは、2005年3月に廃止された岐阜600V区間で活躍したモ510形が同公園の敷地内に静態保存されているからです。

岐阜の600V区間は廃止2ヶ月前に来訪して主要な形式は撮影していたのですが、札幌から譲渡されたモ870形と今回のモ510形だけは現役時代の写真はなく、モ510形に至ってはまともな写真さえ所有していませんでした。

JR岐阜駅から金華橋通り(県道54号線)を北へ進み岐阜市文化センターの前を通り過ぎた辺りの右手に公園の入口があります。

そして、公園の北東側にあるモ510形とご対面。
これまでは遠目に見ることがありましたが、実車を目の前で見るのは今回が初めてです。

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普段は写真のように柵で仕切られた中で保存されていますが、年に数回ほど催されるイベントの時には柵から引き出されるそうで、保存場所に敷設されているレールは柵の外(南側)へ1両分出せるように敷設されています。

名鉄のモ510形は岐阜600V区間の前身の一つである美濃電気軌道時代から活躍した車両で、全面形状と窓に特徴があり、足回りや室内に手が加えられながら1926年の登場から2005年までの79年間現役で活躍しました。

現役当時は5両在籍していましたが、1988年に511号車と515号車が廃車・解体され、2000年には512号車が廃車されたものの、前年の1999年に廃止された美濃駅に静態保存され、路線が廃止されるまで現役だったのは513号車と514号車の2両だけでした。
その2両も路線が廃止と同時に用途廃車されることとなり、その動向が注目されたのですが、2両とも保存されることとなり現在に至ってます。

保存されているモ510形は金公園の513号車の他に、旧谷汲駅に514号車が、旧美濃駅に512号車がそれぞれ保存されています。
機会があれば谷汲と美濃の方にも来訪したいところですが、乗りつぶしの旅を優先しているため、当分は無理かも知れません・・・。

金公園での撮影後は岐阜市内線があった場所を歩いてみました。
今回は公園の隣接した金神社の北側から徹明通りに沿って進み、神田町5丁目交差点から長良橋通りを岐阜駅へと歩くことにしました。

かつて、モ770形やモ780形が車と一緒に走っていた併用軌道は見る影もなく、まるで路面電車は存在しなかったと言わんばかりに綺麗に舗装されていました。

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下の3枚は徹明町停留所があった神田町5丁目交差点付近。
徹明通を挟んで2棟ある名鉄系列のメルサがある場所ですが、2006年から2007年にかけて軌道の撤去と道路の舗装が行われすっきりしています。
比較として廃止前の写真を1枚提示しておきます。

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軌道が撤去され痕跡さえない神田町5丁目交差点
写真は今回来訪時の2007年10月20日撮影

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こちらは廃止前の写真。
「名鉄三昧」で来訪した2005年2月13日撮影

交差点の東側にある美濃町線のりばも同じく軌道の撤去と舗装が行われて、すっきりしています。

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交差点の反対側にあった美濃町線のりばの跡地

そして、3つ前の記事で提示した長良橋通り。
この場所には新岐阜駅前電停があったのですが、2006年末までに見事な片側三車線道路になっていました。

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改めてみてみると、都市規模や交通量の割りには道路が狭いと言う印象を受け「こんなところを路面電車が走っていたのか」と考えると、一部市民団体によるLRT計画も実現する可能性が著しく低いように思えます。

もっとも、状況が変われば可能性はあるのですが、現在の行政サイドにそのような姿勢は一切見られないことから、その段階で支援などを申し込まれても門前払いされるというオチが付くのは言うまでもありません。
(実際に難色を示す発言があったそうです)

現地での滞在はこれで終了とし、大阪へ帰ることにしました。

→次に続く。
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2007年10月21日 中京圏プチ遠征9 美濃赤坂駅レポ  

大垣への折り返し待ちの間に美濃赤坂駅の周辺を撮影します。

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東海道線美濃赤坂支線の終点である美濃赤坂は旅客ホームこそ1面1線ときわめてシンプルですが、東側に貨物専用のホームを有し、ここから周辺に石灰石輸送のための路線網を有する西濃鉄道の起点でもあります。

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東側にある貨物専用ホーム

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北側から旅客ホームと貨物専用ホームを見渡す

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貨物専用ホームの東側

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北に延びる西濃鉄道の貨物専用線

駅舎は木造の建物で開業当時から使われているらしいとか・・・。
貨物駅であることから西濃鉄道の係員が常駐しているものの、窓口業務など旅客向け業務は一切行われないことから基本的に無人駅です。

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美濃赤坂駅舎

駅事務室側は西濃鉄道の事務室で、発券業務が廃止されたことから有人駅時代に改札口側にあった窓口が板で塞がれています。

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駅前広場側

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改札口側

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データイムの一部に列車が来ない空白時間帯があるのが時刻表から読み取れる

撮影終了後は再び117系に乗り込み、大垣乗換えで岐阜へ戻りました。

→次に続く。

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2007年10月21日 中京圏プチ遠征8 美濃赤坂支線  

岐阜から東海道線に乗り大垣へ移動します。

岐阜から大垣・米原方面へは快速・新快速が各駅に停車するようになってからも数年経過います。
昔は大垣まで通過駅が設定されて、普通電車も走っていたことから毎時8本と多く設定されていましたが、現行のダイヤ構成になった時点で普通電車を岐阜止めにして優等列車だけの毎時4本に削減されました。
もっとも、途中駅が穂積・西岐阜しかない大垣~岐阜は普通電車と優等列車が接近した感じで、本数削減によって無駄を省いたと言う見方になっていますが、微妙なやな~と思えてしまうのは気のせいではなさそうです。

待ち時間の間、折り返し待ちをしている211系0番台を発見し、編成写真をゲットしました。

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アイコンショットなら何度も撮れているのですが、編成写真だけが撮れなかったので、運が良かったとしか言いようがないです。

やって来た快速米原行きに乗り大垣向かいましたが、車両が今回3度目となる313系5000番台。
利用状況としては100p程度で、西岐阜ではそれほど動きが無く、穂積や大垣での降車が多い印象です。
また大垣から先、垂井や近江長岡・米原方面へ乗り通し利用も多く見られました。

大垣で降車し、美濃赤坂行きに乗り換えます。

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美濃赤坂支線は路線図上では大垣から分岐となっていますが、実際は大垣から米原方へ約3.1kmの場所にある南荒尾信号所から分岐します。

やって来た車両は117系。
かつては東海ライナーとして活躍していましたが、2ドアというのがネックになり、現在は大垣~米原のローカル輸送や朝夕ラッシュ時で主に使われているだけです。
京阪神地区の117系も同じであったように、混雑時の使い勝手の悪さから隅に追いやられて感があります。

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短い折り返し時間が過ぎ大垣を出発します。
支線内にある荒尾と美濃赤坂の両駅は無人駅であることから、大垣を出て程なく案内放送と車内改札を行われます。

南荒尾信号所から本線と分かれます。
この信号所は下り線の勾配緩和線である新垂井経由下り本線と垂井経由の通称垂井線との分岐点でもあります。

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信号所を過ぎてすぐ荒尾に到着します。
駅正面に公立の小学校があるこの駅は1面1線の無人駅で、ここで10名ほどが下車していきました。

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荒尾を出ると北に進路が変わり、まっすぐ北へ向かうと程なく右手に貨物ヤードが広がり、美濃赤坂に到着です。

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終点である美濃赤坂で下りていったのは、目測で50~60人ほど。
支線全体だと100人にも満たない感じです。

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さて、折り返しの時間までは美濃赤坂駅の撮影タイムです。

→次に続く。

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2007年10月21日 中京圏プチ遠征7 新駅舎となった名鉄岐阜駅へ  

刈谷から乗り継いで名鉄岐阜駅へやって来ました。

兼ねたから噂のあった新駅舎に切り替えられたとのことで来訪してきたのですが、薄暗かった旧駅舎時代に比べれば格段に明るくなり、あの頃のイメージが吹っ飛んでしまいます。

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新駅舎になったのはこれまで中央口として使用されてきた駅ビルが新岐阜百貨店の閉店を期に建替えが行われることとなり、一度解体されて今年7月に北側に位置する新駅舎が先に完成し、残りの南側は現在も解体作業中で完成は2008年末の予定だそうです。

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名鉄岐阜駅の新駅舎

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新駅舎の南側は現在も解体作業中で

なお、名鉄名古屋本線の境川橋梁(岐南~茶所間)~名鉄岐阜を高架にする計画があり、新駅舎などの建物はそれまでの暫定的なものになるそうですが、それまでには十数年~二十年掛かるかも知れません・・・。

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この後、未乗路線となる美濃赤坂支線を往復するため、岐阜から東海道線に乗り大垣へ移動します。

→次に続く。

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2007年10月21日 中京圏プチ遠征6 なぜか名鉄  

刈谷から名鉄に乗り換えます。
青空フリーパスを使っているのに関わらずなのですが、目的があって。

先ずは1600系を狙うこと。
二つ目は4連化された2000系の編成写真をゲット。
三つ目は2200系の2次車を確認すること。
四つ目は駅舎が新しくなった名鉄岐阜駅を確認。

この四つのため名鉄に乗り換えた次第です。

刈谷で出迎えたのは7700系。
名鉄三河線の顔という感のあるこの車両は、デビューは1973年ともはや34年選手。
ワンマン改造されて活躍していますが、内装に古さが隠しきれません。

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三河線は改良工事が行われてる様子で、刈谷の付近でも真新しい構造物が出来ているのが見受けられました。

連立事業が計画されている知立から特急に乗換えて神宮前へ。
全席指定で名古屋行きと言えば西尾線直通系統の特急ということで、やって来たのは狙い通り1600系。
1000系も運用されているので、運かもしれません・・・。

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1600系は過去乗ったことがなく、今回が初めて。
印象としては1000系よりも普通の特急車と言ったところ。

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神宮前で4連化された2000系の編成写真をゲット。
3連時代の編成写真は撮っていますが、4連化されて以降は撮ったことがなく今回が初めて。

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神宮前から本線の特急に乗り換えて、国府宮へ。

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ここで編成写真の撮影。
6800系などを撮ったいたところ、3150系の2次車に遭遇。
私のいる岐阜方面行きホームに入線してきたので、編成写真はゲット出来なかったものの、アイコンショットだけは撮っておきました。
2次車が登場してしばらくしますが、名鉄自体ご無沙汰と言うこともあって実車にお目にかかれたのは初めてで、話に聞いていた通り座席の配置はオールロングシートでした。

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これの後追いで到着した特急に乗り名鉄岐阜へむかうことにし待っていたところ、やって来たのは2200系2次車。
中部国際空港開業に合わせて投入された1次車のクロスシートが2+2列であったのに対し、2次車2+1列に変更され、座席定員が若干少なくなってました。

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→次に続く。

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三連休日記 2007年11月25日  

2007年11月25日(

遠征最終日であるこの日は秋田から乗り継ぎながら奥羽本線を走破しました。

秋田から院内行きに乗り湯沢へ。

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朝の時間帯で2両ワンマンであったのですが、横手辺りまで100p~80pをキープ。
ちょっと混んでるやん!

湯沢で途中下車。
1時間ほどありましたが、好天とはいえ雪が残っていることから、周辺の散策は諦めて待合所で暇を持て余しました。

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新庄行きに乗り県境を越えて山形県の新庄へ。
秋田市内の方は前日中に除雪されて殆ど残ってませんでしたが、横手~新庄辺りまでは残雪が見られました。

新庄で昼食を挟み、つばさ188号でさくらんぼ東根へ。

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引退が決定した400系に4度目の乗車になるのですが、次回はいつのことになるやら・・・。

さくらんぼの産地として知られる東根市の顔となっているこの駅には、東根市の観光センター・図書館・物産店兼レストランが併設されています。

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山形へ移動して、つばさ122号に乗り換えて東京へ。
ここで初めてE3系1000番台に初乗車を果たし、大いに満足です。

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東京で夕食を挟んで、帰阪のデフォルト列車であるのぞみ157号に乗り大阪へ帰りました。

category: 日記

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三連休日記 2007年11月24日  

2007年11月24日(

北東北遠征2日目となる24日は弘前市街地を起点に路線網を有する弘南鉄道からスタートしました。

手始めに、弘南線を弘前から黒石まで乗り通し。
元東急7000系が出迎えしてくれました。

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弘南線は盆地の真ん中を郊外に向かって進む路線で、駅間は田園地帯であるものの駅周辺は古くからある住宅地があったりして、概ね40p~60pほどの利用が見られました。

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黒石から単純に戻るのもアレなので、弘南バスを利用して弘前バスターミナルへ。
トップドアの車両ですが、床が昔からあるような板張りであったのには目が点になってしまいました。

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イトーヨーカドーに併設される形で建っている弘前バスターミナルから徒歩で弘前駅へ向かい、奥羽本線を大鰐温泉へ。

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大きな鰐のモニュメントに出迎えられた大鰐温泉から弘南鉄道大鰐線に乗り換えて大鰐から中央弘前へ。
またしても元東急7000系ですが、弘南線の同型車とは電装品のメーカーが異なるそうです。

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30分間隔である弘南線と違い運転間隔がやや長い45分。
利用状況的にも20p~40p程度と、住宅地のど真ん中を通る割には少ないのではないかと・・・。

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中央弘前から弘前までは、途中で昼食を挟みながら徒歩で。

弘前からかもしか4号に乗り秋田へ。
乗った車両が485系の3両編成で、昔ながらの簡易リクライニングシートと「まだあったんか」と言うレベルだったのには閉口してしまいます。

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秋田から坂田行きに乗って羽後本荘へ向かう予定だったのですが、先行するいなほ12号が折り返し列車の遅れが発生し、坂田行きもその余波を受けて12分遅れで出発するとのこと。
そのままだと羽後本荘で由利高原鉄道に乗り換えるのがタイトになることから、急遽いなほ12号に変更して羽後本荘まで先行。

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羽後本荘から由利高原鉄道を往復。
往路の矢島行きは20人ほど乗ってましたが、ほとんどが途中駅で降車し、最後まで残ったのは3人だけでした。

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羽後本荘に戻り、24日の予定は終了。
このあと秋田市内の宿へ直行し、翌日の遠征最終日を迎えます。

category: 日記

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三連休日記 2007年11月23日  

2007年11月23日(

23日から25日の三連休を利用して北東北遠征をしてきました。
前回同様、はやて71号からスタートするため、東京まではのぞみ56号+ムーンライトながらの組み合わせで22日に大阪出発としました。

東京からこの日満席となったはやて71号に乗り盛岡へ。

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前日まで荒天だったため、岩手県に入ると積もった雪を跳ね上げてるのが、車内からでも良く分かりました。
200km/h超で床下からカンカン行ってましたからね・・・。

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盛岡からIGRいわて銀河鉄道と青い森鉄道を乗り通し。

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元は東北本線に一部で東北新幹線が盛岡から八戸に延伸された時に第三セクター化されたのですが、この区間は三連休パスのフリー区間に含まれていることから、一気に乗り通しておきました。

個人的には青い森鉄道の編成写真がほしかったのですが、今回はすれ違っただけで撮れませんでした。
結局、新幹線が新青森まで延伸した時でないと無理なのかと思いつつ悔しい思いをしました。

八戸から「き・ら・き・ら みちのく」に乗り野辺地から分岐ている大湊線を乗り通し。
この車両は臨時の快速で自由席に設定があったので、ある意味儲けものでした。

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大湊線の終点である大湊での折り返し待ちに間に津軽三味線の生演奏が行われ、暫し鑑賞して時間を過ごしました。

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野辺地からスーパー白鳥に乗り三沢へ向かい、三沢から十和田観光電鉄を往復。
元東急7700系ですが、譲渡車両の中では珍しくインバータ制御の車両。

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終点の十和田市はバスターミナルが併設された大型CSの建物と一体化されていたのですが、中核のテナントが撤退したため建物のほとんどが空っぽの状態で、その周りに郊外型家電量販店やCSが林立する秩序のない状態・・・。

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三沢に戻り、701系普通で青森まで乗り通し。
2両編成でしたが、平均でも60p~80p程度で瞬間的に100pと言う状況。
座れてしまうと言う点では問題なしですが、如何せん寒いです。

青森駅に初めて下車。
駅を跨ぐように大きな橋が架けられていて橋の上まで行けるのですが、時間がなくて行くことが出来ずに終わってしまいます。

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青森からつがる23号で弘前へ向かい初日は終了。

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冒頭に触れたとおり、現地では遠征する週の前半から大雪に見舞われていたので、当日は覚悟して出向いたのですが、現地に来るまでに天候が回復してました・・・。

とは言え、天候が良くても数日に亘って積もった雪が数時間で解けるわけではなく、慣れない雪道は大阪在住である私には歩き難かったです。

category: 日記

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2007年10月21日 中京圏プチ遠征5 蒲郡駅  

愛知御津から蒲郡へ移動しました。
前回来訪したときは、完全に切り替えが終わっていませんでしたが、全面切り替えが終わったことから今回来訪してくることにしたわけです。

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配線は切り替え前と同じ2面4線。

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米原方

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豊橋方

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前回来訪時には乗換え通路があった東海道線と名鉄西尾線の改札口が完全に分離し、南北の自由通路を介して乗換えをするように変更されています。
要は乗換えの距離が遠くなったと言うことです。

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JR東海道線側の北口

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名鉄西尾線側の南口

撮影を終えて再び新快速に乗り刈谷へ向かいました。

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→次に続く。

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2007年10月21日 中京圏プチ遠征4 三河大塚駅~愛知御津駅  

豊橋での展示イベントの後は三河大塚駅へやって来ました。
元は海水浴客のため夏期営業のみの仮停車場として1953年に開業したのを、地元の要請により1960年に常設駅に昇格し現在に至ってます。

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山の斜面上にある三河大塚駅は2面2線の配線で、朝と夕方以降に運転される区間快速とムーンライトながらが停車します。

来訪当日はホーム上屋の延伸工事が行われていました。

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改札口は南側に1ヶ所で自動改札機はTOICA対応の簡易型改札機があります。
現在の駅舎は2005年7月20日に完成したものです。

駅前には規模が小さいながらロータリーがあり、ここから近くにあるラグーナ蒲郡などを結ぶ名鉄東部観光バス(サンライズバス)の路線バスが乗り入れています。

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ロータリーの真ん中に気になる石碑があるので、近づいてみると「三河大塚駅 開駅三十周年記念碑」と書かれており、その下には蒲郡市民憲章三つの誓いが記されていました。

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三河大塚から豊橋方面に一駅戻り、愛知御津駅へ。

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駅名は所在地である御津町が由来ですが、1888年に開業した当時は御油(ごゆ)として開業し、1948年に現在の駅名に改称されています。

ちなみに、駅名を改称するに際し「御津」では茨城県の水戸と混同されることから、旧国名である三河を冠することも検討されたものの、三河大塚を挟んだ名古屋寄りにある三河三谷駅と混同する恐れがあることから、現在の愛知を冠することで落ち着いた経緯があります。

のりばは2面3線と南側に貨物用の待避線が1線となっています。

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駅舎はちょっと洒落た建物で、窓口と改札口はこの中にあります。
ここも三河大塚駅同様、TOICA対応の自動改札機が設置されています。

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この後は高架切り替えが完了した蒲郡駅へ向かいます。

→次に続く。

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2007年10月21日 中京圏プチ遠征3 313系5000番台の車内へ  

313系5000番台の車内へ入ります。
車内のレポは2006年10月遠征の時に書いたのですが、今回はその時の補足と展示車両に掲示されていたものを中心に再度レポします。

展示車両への入口は1ヶ所設けられ、最初にアンケート用紙と記念TOICAの販売の案内の2枚が配布されて、それを受け取ると車内に入ります。

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入口となっている熱海方3両目と隣の4両目の車両には、展示車両である3次車の導入された技術と1次車との快適さなどの比較をグラフまたは数値化したデータが提示されています。

以下は掲示されていたデータなどを撮影したモノですが、パネルの合計が20枚ほど(都合撮影数は15枚)あるのをサイズ圧縮して並べているので雑になっていますがご了承ください。

初めは快適性向上技術。
セミアクティブサスペンション・車体間ダンパ・防音対策が行われた床敷物・全列転換クロスシートが導入されていることが紹介されています。

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二つ目は乗心地向上。
先の車体間ダンパの導入によるヨーイングの低減、セミアクティブサスペンションによる車体振動の低減効果を解説しています。

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三つ目は5000番台の乗り心地を1次車と比較したもの。
左が1次車、右が3次車5000番台のデータ。

名古屋から豊橋を乗りと押した印象ですが、曲線区間でも大きな揺れが少なく、直線区間でも安定していました。
223系との比較だとこちらの方が明らかに上です。

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上のデータを3段階に分けてグラフ化したもの。

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最後は車内の静粛性。
防音製の高さを表しているのですが、実際に乗った感じではちょっと低減された程度。
とは言え、700系新幹線に肉薄するレベルだそうです。

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パネルを見た後は車内の撮影へ。
まずはおなじみのショットを・・・。

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次は車端部の座席。
下の写真は実際に転換して背中合わせにした状態ですが、足下が窮屈であるのは事実です。
後ほど大垣から岐阜まで座りましたが、166cmである私でも足下に余裕がない感覚でしたので、大柄の人が座るには少し厳しいかもしれません。

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最後に3次車共通に導入された車椅子対応のトイレ。
近年の車両に導入されている標準的タイプで、JR東海の在来線車両としては初めてかもしれません。
)客室面積に対する専有面積の大きいタイプの導入は新幹線除いては初めてという意味です。
このタイプの導入により1次車・2次車ではボックスシートとなっていた反対側は車椅子スペースに変更されています。
これは同じタイプのトイレを導入した車両共通であると言えます。

20071020_jrcentral_ec_313_5000-06.jpg

さて、先程のアンケート用紙を記入して乗換え通路の一角にある場所へ向かい、記入した用紙を回収箱に入れると抽選で景品が貰えるそうなので、私のやってみましたが見事にハズレ・・・。
結局、粗品を一点ゲットしただけとなりました。

→次に続く。

category: 鉄道イベントなお出かけ

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2007年10月21日 中京圏プチ遠征2 豊橋駅での一コマ  

豊橋駅に到着後、展示車両が入線するまでのしばらくの間は、他の車両の撮影タイムとしました。

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下の写真は名古屋から乗った313系5000番台・B102編成。

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お次は隣に停まっていた211系。
写真の車両は名古屋地区唯一の基本番台で現在は大垣車両区に在籍。
国鉄末期に4両編成2本が投入され、この編成はその第1編成であるC1編成です。

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改札外に出て南口を撮影。
過去何度か来訪してますが、ここを出るのは初めてです。

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北口へまわり、豊鉄の車両を撮影。
岐阜からやって来た800形は、ここ豊橋で元気にしてます。

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豊橋駅の東側は整備工事が進められています。

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さて、駅の方に戻ってしばらくすると展示車両が入線。
展示車両は大垣車両区のB106編成。

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この後、4番のりばへ向かい車内を見て回ることにします。

→次に続く。

category: 鉄道イベントなお出かけ

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週末日記 2007年11月17日~11月18日  

2007年11月17日(

17日は梅田へ買い物。
22日から25日までの遠征に必要なものと、今週帰宅途上で買えなかった雑誌を買うのが目的

Kawachiデジカメ4号機用のSDカード(レキサーの高速タイプ2GB)を購入。
遠征での撮影は私の場合だと日数にもより300枚~1200枚と幅がありますが、3日程度の遠征の場合は400枚前後。

4号機はJPEG記録の最高画質1ファイルが約3MB程度で、2GBのカードだと約510枚であることからカメラと当時購入した2GBのカード1枚で十分なのですが、予備がないのは不安があるので、保険という意味合いからもう1枚買っておいたかったのです。

5日間というのが最大なので、来年のGW遠征までには3枚確保しておくのが理想なのですが、今回は取り急ぎのもう1枚と言う意味も兼ねてます。
(現行のKawachiデジカメ4号機はSDHCの4GBにも対応しているのですが、手持ちの資金の問題と動作確認の不安もあることから今回は避けました)

メモリーカードを買った後は旭屋書店本店でDJ最新号を購入。
その中に小田急の60000形MSEの記事が掲載されていましたが、掲載されている写真群を見て、MSEはVSEよりもさらに練られた車両であると言う印象です。

梅田ので用はこの二つだけ。
後は暇になるので、気まぐれで西宮名塩と武田尾を巡ってきました。

西宮名塩は福知山線の複線区間が新三田まで伸びたときに開業した駅で、生瀬~道場付近を付け替えた新線区間の設けられてのですが、高台にある新興住宅地とは対照的に谷底ような場所駅があり、東側の住宅地とは専用のエスカレーターで結び、西側にはバスターミナルが設けられ、ここから周辺の住宅地や神鉄岡場を結んでいます。

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武田尾は新線の切り替え時に武庫川を跨いだ上にある駅で、ホームの半分は三田方のトンネルにあります。

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旧線の跡は駅周辺が道路となっていて、ホームから見るとその痕跡が把握できます。

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ちなみに生瀬から武田尾までは旧線跡は武庫川の渓谷が見られるハイキングコースとして知られ、私も15年ほど前に2回ほど歩いたことがあります。

ただし、入口には「事故が起きても当社(JR西日本)は一切責任を負いません」という看板が立てられていることから、本来は立ち入り禁止の場所である廃線跡が口コミでハイキングコース化したことに対し、旧線跡の通行は黙認するもののケガなどのトラブルはハイカーの自己責任であることを明記したものと思われます。
また、長いトンネルもあるため懐中電灯は必携で、整備されていない場所であることから初心者が気軽のゆけるようなものではないのでお勧めは出来ません。

武田尾駅を撮影して帰宅。
なんか、締まりのない一日だったのは否めませんでした・・・。


2007年11月18日(

朝起きてブログを確認すると、記事の順番が古い記事から出ていたのにビックリ。
どうやら不具合があるらしく、FC2フォーラム内の不具合報告のスレッドに対処法があったので対策をとって元に戻しましたが、凍り付きました・・・。

さて、寒かった18日は京都は金閣寺へ行ってきました。

往路は日本橋から市営地下鉄堺筋線に乗り、淡路乗換えで阪急京都線を烏丸へ。
途中、長岡天神で9300系の編成写真をゲット。
このショットは前のデジカメとの比較を兼ねて撮ったのですが、どちらかと言えば発色はあっさりした感じ。
ただし、3号機に比べてレンズの径が大きくなった分、露光補正に苦慮します。

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烏丸から京都市営地下鉄烏丸線に乗り北大路へ向かい、北大路バスターミナルから市バスに乗り換えて金閣寺道停留場へ向かいます。
今回乗ったのは204系統で北大路通り~西大路通り~丸太町通り~白川通り~北大路通りを循環する路線。
金閣寺道停留所で降車し、金閣寺通りを西へ上った先に金閣寺があります。

通りの正面で最初に目にするのは黒門。
基本的にはここが唯一の出入口となっていて、ここから入り右手に売店や茶屋を横目に見て総門を通ります。

20071118_kinkakuji-04.jpg

唐門脇にある受付で参拝志納料(拝観料と同じで大人で400円)を払い拝観券ならぬ札を受け取ります。

ちなみに札は「金閣舎利殿御守護」と書かれた御札は、持ち帰って守護札として使えますが、諸般の事情で持ち帰れない人のために境内には「御札入れ」が数ヵ所設置されています。
(これはお寺に納めると言う意味があり、捨てた訳ではないとのことです)

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受付の左手にある入口で札を提示しパンフレットを受け取ると中へ。

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鏡湖池に面して建つ舎利殿である金閣を目にします。

あいにく風があるため水面が波打っているので、今回は水面に映る金閣は無理でした。
#パンフレットに写っている構図で撮ることは出来ません。
それは通常立入禁止であるためで、写真はこのパンフレットのためにその場所から撮影されたものだそうです。


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一般的に知られる金閣寺というのは舎利殿である金閣が由来ですがこれは通称であり、正式には鹿苑寺(北山鹿苑寺とも言います)と言う臨済宗相国寺派の寺院です。

→参考:金閣寺・北山鹿苑寺公式サイト
http://www.shokoku-ji.or.jp/kinkakuji/index.html

一通り見た後、再び市バスに乗り北野白梅町へ。
北野白梅町から嵐電に乗り、帷子ノ辻乗換えで蚕ノ社へ。

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三条通を東へ歩いたところに来年1月中旬に開業する嵐電天神川が予定地を見てきました。
公式発表から読み取るには市営地下鉄太秦天神川駅西側に面する三条通を拡張する形で設けられる感じですが、現地で見る限りはまだ形になっていない様子。

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来年1月16日に市営地下鉄の太秦天神川延伸するのですが、それには間に合わず3月末開業だそうなので、なんか微妙だなを思えてしまいます・・・。

ここから三条通を西大路三条まで延々歩いて、そこから市バスに乗り四条河原町へ。
四条河原町から阪急京都線に乗り帰宅しました。

次の週末は北東北遠征が待ってます。

category: 日記

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2007年10月21日 中京圏プチ遠征1 日帰り遠征決行  

JR豊橋駅が開業120周年を迎えるに際するプレイベントとして、東海道線名古屋口の快速系統に使用されている最新鋭の313系5000番台を10月21日の同駅において公開されることをを前日の20日にネットで知り、急遽名古屋へ出向くことにしました。

名古屋遠征のデフォルトは近鉄特急としていることから、早朝自宅を出て高安で準急に乗換え大和八木へ。

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大和八木で降車し、名阪甲特急に乗り換えて近鉄名古屋へ向かいます。

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やって来たのは伊勢志摩ライナー用23000系。
DXカーの連結位置がアーバンライナーとは逆の近鉄難波方に有るため、撮影してすぐ乗り込んだ後、最後尾の車両へと延々と歩かされました・・・苦笑

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大阪線内は軽快に進んだのですが、伊勢中川から名古屋線に入ってからは名伊乙特急に押さえられ徐行の連発。
何とかならんか~と思うのですが、近鉄特急は一部単線区間が残されている志摩線や大阪・名古屋・伊勢志摩発着の特急との接続の兼ね合いから一筋縄には行かないようで・・・。

名古屋から東海道線に乗り換えて豊橋へ。

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今回は豊橋の撮影後、三河大塚と愛知御津で途中下車した後、未乗区間である大垣から美濃赤坂を往復する事から、ここでは土・休日発売される「青空フリーパス」を使います。

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やって来た快速列車が313系5000番台だったこともあり、初めて乗る車両を豊橋まで味わってきました。

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実車の座席に座って気づいたのは、シートピッチ以外に有ることに気づきます。

313系の座面は同じ転換クロスを装備している他形式比べて座面が前後方向に短く、それは握り拳1個分の差がありました。
これは、910mmである標準となっている他形式より35mm短い875mmピッチを採用していることから、視覚的に短いという印象を緩和する観点から座面が短いと言うことが考えられます。

さて、途中で東京メトロ10000系を見かけたのですが、これは山口県にある日立製作所笠戸事業所からの甲種輸送のようでした。
西小坂井で展示されるであろう車両が待避しているのを横目に豊橋に到着。

西小坂井から展示車両が到着するのを待つことにします。

→次に続く。

category: 鉄道イベントなお出かけ

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2007年10月8日 三連休パスで巡る北東北乗りつぶしの旅13 いなほ10号で羽越本線走破!  

由利高原鉄道の車両写真を撮影後、いなほ10号に乗って羽越本線を走破します。
羽後本荘駅は羽越本線と由利高原鉄道の駅です。

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ホームは2面4線で、駅本屋側にはホームがなく各ホームを跨線橋で結んでいます。

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羽後本荘駅のホーム。
写真は羽越本線上りホーム(待避線)と由利高原鉄道のりば
写真左側が秋田方面、右奥が酒田・新津方面

ここから13:26発「いなほ10号」に乗ります。
案内放送によると定刻通りとのこと。

20071008_ugohonjo-04.jpg20071008_ugohonjo-05.jpg

やって来た列車は485系3000番台。
2004年夏遠征以来3年ぶり。

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内装と座席などは大幅にリニューアルされた車両ですが、如何せん種車が30年選手と言うこともあり、どうにかならないモノかと思います。
10年程度の先を見た場合、東北新幹線の新青森延伸により車両の異動の兼ね合いがあるのか?当面そのままという可能性が高いと言う考え方も出来ます。

指定されたのが山側の席と言うこともあり、日本海を望めないまま南へと進みますが、雨模様であるのには変わりなく、海が荒れています。
当日のこの列車は満席と言うことですが、羽後本荘を出た時点では2割ほどしか埋まってません。
ところが、山形県に入り酒田・鶴岡での纏まった乗車により7割ほどに席が埋まります。

新潟県に入った辺りで天候が回復したものの、まだ曇り空。
車内の利用状況は村上まで来るとほぼ埋まってしまい、新発田で立席まで出てしまいます。

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今年3月に初来訪して以来3度目の新潟に到着。
ここからMaxとき338号に乗り換えて上越新幹線を東京へ向かいます。

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今回は2階席が指定席を取った時点で空席僅かだったため、初めて1階席にしました。

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毎度の事ながら、ツアーの団体客に囲まれ約2時間。
1階席窓の位置が高いのですが、景色を楽しめるわけではないのでここは割り切ることにします。

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東京に到着。
今年何回この場所に立ったことでしょう?
(答えは6回です。 1月・3月・6月・7月・8月・10月の各遠征にて)

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東海道新幹線に乗り換える前に、八重洲の地下街で夕食をとることにしました。

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東京からはいつもののぞみ157号に乗り大阪へ帰ります。

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今回は1E席が指定されたため、折りたたみのテーブルと壁とご対面しながら2時間半を過ごしました。

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日付が変わる頃に自宅に帰り、今回の遠征が終了しました。

~今回の行程~
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category: 東北地方遠征

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2007年10月8日 三連休パスで巡る北東北乗りつぶしの旅12 高速バス「湯沢~秋田線」・羽越本線その1(秋田~羽後本荘)  

2日目の泊まったホテルは「ホテルプラザアネックス横手」
横手駅から奥羽本線に沿って南へ徒歩2分ほど場所にあります。

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本当は秋田市内にしたかったのですが、来訪中は秋田国体の開催期間であったため、軒並み満室。
空室がある最も近いホテルがここだったわけです。
とは言え、ここも国体の参加者や関係者などが多く泊まっていて、この状況でよく取れたな~と言ったところです。

室内は最近見られる段差のない一般的なモノですが、最初に入って目に付いたのはマッサージチェアが置かれていることです。
ごく一般的なビジネスホテルではまず置かれることがないモノなので、深々と座り体験しましたが、結構凝っているようで体の彼方此方が痛かったです・・・。

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また、ここにはベランダが設けられています。

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さて、明けて最終日は横手から高速バス「湯沢~秋田線」で秋田へ向かい、秋田から酒田行きに乗り羽後本荘へ向かい由利高原鉄道の写真撮影。
羽後本荘から新潟経由で東京に戻るルートにしました。

ホテルをチェックアウトし雨の中を横手バスターミナルへ向かいます。

地元の羽後交通のターミナルである横手バスターミナルは、JR横手駅の正面に通じる駅前通りを東へ進み北側にあるマックスバリューの角を曲がった所にあります。
要はここの1階を間借りしていると言ったところです。

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ターミナルの規模は通りに面して3つのりばがあるだけのこぢんまりとした程度で、湯沢~秋田線は1番のりばから着発します。

20071008_yokote-01.jpg

2番のりばに辺りに待合所と券売窓口があり、しばらくの間ここで待つことにして発車時間前にのりばへ向かいます。

程なくやってきたのは、ピンクとパープル色の秋田中央交通のバス。
湯沢~秋田線は羽後交通と秋田中央交通との共同運行となっていて、秋田中央交通の車両は古めかしいのですが、実は観光バスから路線バス用に転用されたものだそうです。

20071008_akita_chuokotsu-01.jpg
横手~秋田を結ぶ秋田中央交通の高速バス
車種は日野ブルーリボンRU63系観光バス(P-RU638BB)

ここから乗ったのは私も含めて10人ほど。

横手バスターミナルを出発し、奥羽本線を跨いで横手市街地の西側に出ると、国道13号線を南へと進みます。
途中、渋滞に嵌り横手ICから秋田道に入れたのは出発から10分後。

秋田道に入ってからは大曲ICまで横手盆地の田園地帯を縦断し、大曲ICからは矢向峠をかすめて秋田平野の南端を北に進みます。
この路線のバスにはトイレがないことから、途中の西仙北SAに寄ることになっていますが、その際は降車ボタンで知らせてくださいとのこと。

20071008_akita_chuokotsu-02.jpg

この間の乗降が結構激しく、5人~10人程度ほど入れ替りつつ30人ほどに増えてきます。
日本海東北道の合流点である河辺JCTを経て奥羽本線を跨いて秋田南ICで国道13号線に下ります。

ロードサイドショップが建ち並ぶ中、もう一度奥羽本線を跨いだあと秋田の市街地へと入ってさらに羽越本線跨ぎます。
ここからは住宅地の中を延々と進みますが、交通量が多く信号で引っかかると、なかなか動きません。

市内にある長崎屋バスターミナルで纏まった降車があり、残ったのは15人ほど。
秋田市の中心部を進み秋田駅の西口に到着。

ここから奥羽本線に乗り換えますが、丁度昼頃なのでここで昼食タイムとしました。

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昼食後は酒田行きに乗り、日本海に沿って羽後本荘へ向かいます。

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秋田の市街地を抜けて桂根を出た辺りから日本海が見られるのですが、あいにくの荒れ模様。
岩城みなとから内陸寄りを進み、大きな市街地が見えてくると羽後本荘に到着します。

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ここで一旦降車し隣のホームに停車している由利高原鉄道のアイコンショットを頂きました。

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今回は乗車が出来ず、またの機会に持ち越しとなったので、車両の撮影だけで我慢です・・・。
この後いなほ10号に乗り、羽越本線の残り未乗区間である羽後本荘~坂町を一気に乗りつぶします。

→次に続く。

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2007年10月7日 三連休パスで巡る北東北乗りつぶしの旅11 横手へ  

角館から大曲乗換えで横手へ向かいます。

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その前に、乗換え待ちの間を利用して夕食を調達しようかと思っていたのですが、駅に隣接したホテルにレストランが併設されているのを見つけてここで頂くことにしました。

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食事を済ませて駅に戻ると、駅舎内にあるコンビニが店じまいをしてました。
時間は20:00頃。人通りも殆どないことから、都心に比べて営業時間も短めです。

角館駅は発車時間の数分前まで改札が行われないので、しばらく時間をつぶします。
駅の時刻表を見ると、この時間は上りこまち号の東京行きは終了し、最終の仙台行きであることローカル列車は下りが夕食前の時間に出た列車が最終で、上りが全て田沢湖行きだそうです。

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ここから大曲まではこまち27号に乗りますが、20:00を回って角館から大曲へ行くには「こまち号」だけしかない訳です。
とは言え、実際にここから乗ったのは私を含めて5人しかいませんでしたが・・・。

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車内はほぼ満席でしたが、私が座った席の隣は誰も座ってませんでした。

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大曲で降車。
新庄方にある在来線乗換え口には「そこまで乗ってたか」と言うほど多くの人でごった返してました。

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大曲からは奥羽本線上り院内行きに乗り換えて横手へ向かいます。

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やって来た701系電車に乗り込み横手へ。
車内は40p程度。

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そして、横手に今遠征2度目の下車。

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これで2日目が終了し、翌日の最終日を迎えるのでした。

→次に続く。

category: 東北地方遠征

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2007年10月7日 三連休パスで巡る北東北乗りつぶしの旅10 秋田内陸縦貫鉄道  

大館から奥羽本線上り列車に乗り、鷹ノ巣へ向かいます。
乗った車両は701系の中でも数少ない100番台。

大館での乗換え時間が少なかったので、鷹ノ巣に到着したときに撮りました。
う~ん。アイコンだけゲットした感じです。

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改札を出て駅の外へと出ます。
鷹ノ巣はこれから乗る秋田内陸縦貫鉄道の乗換駅で、駅舎はそれぞれ別の建物が隣り合った形で建っていますが、ホーム自体は繋がっています。

駅名は「鷹ノ巣」「鷹巣」と若干異なりますが、基本的に同じ場所にあります。

秋田内陸縦貫鉄道は鷹巣~比立内の旧阿仁合線と松葉~角館の旧角館線を第3セクターに転換された路線で、転換当初は旧阿仁合線を秋田内陸北線、旧角館線を南線と称し縦貫鉄道とは名ばかり状態でしたが、1989年に北線を延伸する形で比立内~松葉を開業と同時に南線を吸収して名実共に縦貫鉄道となり現在に至ってます。

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JR鷹ノ巣駅

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JRの左側に隣接する秋田内陸縦貫鉄道鷹巣駅

さて、私が鷹巣駅やってきたときには、タッチの差で逃げられたらしく数十分間待つことになりました。
入線時間が近づくと、地元の方らしい人たちが数人ほど改札口の前で待っています。

角館からやって来た列車から降車してきた人たちを改札口に通した後、ようやく乗り込めます。
先に触れた通りホーム自体は繋がっているので、JRへの乗換えの関しては中間改札口がないことから簡単に乗り換えられます。

秋田内陸縦貫鉄道ののりばは奥羽本線上りホームの秋田方の端の方にあり、今回はAN8800形単行がちょこんと停まっていました。

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ここでは角館まで乗り通しですが、この時点で日没を迎える時間帯であったので、編成写真は締めてここはアイコンショットだけとしました。

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鷹巣での折り返しは10分程度。
この間に続々と乗り込みがあり、60pになった時点で出発時間となり鷹巣を出ます。

鷹巣を出ると鷹巣盆地の真っ直中をひたすら進みますが、鷹巣のある北秋田市の市街地はここから遠くに見えるだけです。

米代川を渡り、相川で列車の交換が行われたのですが、2両繋がれていた向こう側の列車は前の車両が団体用のイベント対応車AN2000形で、車内は団体客が乗っていてなにやら宴会が催されていました。
後の車両はAN8800形で、こちらには一般利用者が乗り降りするため車掌が乗務されていました。

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この辺りから暗くなり、非常に単調な時間が流れだし、本日3度目の爆睡タイムに入りました。
阿仁合の手前で気がつくと、鷹巣を出たときには60p程だった車内はこの時20pもない状態。

秋田内陸縦貫鉄道の車両基地がある阿仁合で長時間停車。
ここで纏まった降車があり、この時残っていたのは私も含め3人だけとなってしまいました。

阿仁合の長時間停車は角館から来る阿仁合止め列車の絡みでしたが、定刻を過ぎてもやって来ません・・・。
2分ほど遅れたやって来た列車は急行「もりよし」で使われるAN8900形。
鷹巣方が非貫通型先頭車で、角館方が貫通型先頭車でしたが、私が乗っている列車が阿仁合止めの到着後すぐ出発したので、撮れませんでした・・・。

比立内でも列車交換で数分ほど停車。
やって来た列車は誰も乗ってませんでした。

比立内までが旧阿仁合線、ここからは1989年に延伸された区間を進みます。
西を出羽山地、東を奥羽山脈に挟まれるこの区間は十二段トンネルをサミットにする大覚野峠越えがあり勾配もきつくなります。
また9月の豪雨の影響で地盤が緩んでいるらしく、途中何度か徐行を強いられた区間では斜面にブルーシートが張られていました。

松葉からは旧角館線を通り、横手盆地へ下りていきます。
周囲に明かりが見られないようなので、田園地帯を進んでいるようですが、山間部を行く新線区間では見られなかった民家の明かりがちらほら見られるようになってきます。

左手に田沢湖線が寄り添い、右手に車庫が見えてくると角館に到着です。

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これで今遠征で面倒だった花輪線・秋田内陸縦貫鉄道を乗りつぶしました。
2日目の予定はこれで終了なので、この日の宿泊場所である横手へ向かうことにしました。

→次に続く。

category: 東北地方遠征

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2007年10月7日 三連休パスで巡る北東北乗りつぶしの旅9 花輪線  

盛岡から花輪線に乗り大館を目指します。

花輪線は9月の豪雨により被害を受けて一部区間がバス代行となっていましたが、この遠征直前で全線復旧されました。
最悪の場合、花輪線と競合する高速バス「みちのく号」で対応することまで考えていたのですが、本数が少なくルート的にも後々面倒になることから、ここでの全線復旧にすくわれた感があります。

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花輪線は好摩が起点となりますが、全列車がいわて銀河鉄道(以下IGR)を経て盛岡まで直通することから、のりばはJRから分離されたIGRのりばから発着しています。

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乗り場に着いたときにはまだ入線しておらず、先にIGRの列車が入った後しばらく経った12:35に入線。

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早速乗り込んで1人掛けのボックスを確保して、先頭車を撮影。
考えてみればこの車両、何度見たことか・・・。

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丁度、昼過ぎと言うこともあり、帰宅する学生が多く占められ40p程度になり2:50に盛岡を出発。
好摩まではIGRを進むことから何気なく盛岡~好摩を乗りつぶせます。

この辺りは盛岡の市街地を過ぎると、北上高地と奥羽山脈に挟まる格好で上り勾配を延々と上っていきます。
この間に入れ替りも見られますが、乗り込みが若干多く60pに達します。
丁度登り切った辺りにある好摩でIGRと分かれ、盛岡盆地の北部を八幡平に向かっていきます。

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延々と続く田園地帯に退屈してしまい、思わず寝てしまいます・・・。
気がつくと大場谷峠を越えて安比高原の中を進んでいて、しばらくすると荒屋新町に到着。ここで乗っていた大半が降車し、残っているのは20人ほどしか乗ってません。

この規模と利用状況だと真っ先にワンマン化されてしまうところを車掌乗務できるのが、首都圏という莫大な収入源を抱え込むJR東日本だから出来るわけですが・・・。

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荒屋新町を過ぎると田園地帯を進みしばらくしてもう一つ峠を越えますが、ここから鹿角花輪までは9月の豪雨の被害をもっとも受けた区間で、来訪当日も復旧されたとは言えでも河岸が崩壊している場所や水浸しになった田畑があり大きな爪痕が残されていました。

途中、頭上に大きく聳える東北自動車道をアンダークロスしますが、実は花輪線のルート上に並走する形となっていて、ここを通る高速バスが冒頭でちょっと触れた「みちのく号」であり、線形的に厳しい花輪線は為す術なく惨敗した要因の一つとされています。

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安比高原を抜けて秋田県に入ってしばらくすると湯瀬温泉に到着します。
ここで数名ほど乗り込みますが、あまり変化がありません・・・。

ここから花輪盆地へと下りていきます。

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花輪盆地の中心部である鹿角花輪で盛岡行きと行き違いさらに北へ向かいます。
十和田南でスイッチバックしますが、勾配途上でもない場所にあるのは、かつてここから北進して大湯温泉までを結ぶ構想があった名残だとか。

南十和田から白神山地の南端と出羽山地の北端に挟まれながら米代川に沿って進みます。
車窓に広がる田園地帯では稲刈りが行われている様子を目にすることが出来ます。

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大館盆地に出て右手に市街地見ながら奥羽本線をオーバークロスすると右にカーブし奥羽本線に合流し、盛岡から4時間50分掛けて大館に到着します。

大館に到着すると、すぐ奥羽本線秋田行きに乗り換えます。
2分しかないため、跨線橋を渡っている間に入線しており、慌ただしく駅名票を撮ると乗り込み鷹ノ巣へ向かいました。

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→次に続く。

category: 東北地方遠征

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週末日記 2007年11月10日~11月11日  

2007年11月10日(

今週末も土曜が仕事休みと言うことで、この日は住之江区にある大阪市交通局緑木検車場において市電保存館・車両保存館の一般公開が行われることから、住之江へ出向いてきました。

最寄りの住之江公園駅から無料のシャトルバスが出ていたのですが、思わず歩いてしまいました・・・。
約10分ほどで会場に到着。

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緑木検車場の一角にある車両保存館では開業時に使われた100形電車や初代ニュートラム車両の展示の他、30系ステンレス車両(非冷房)の展示等が行われていました。

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また、バス車両の展示もあって、ノンステップバス(日野ブルーリボンシティ)や昭和30年代に活躍したゼブラバス(日野BT11・1964年式)が展示され、実際に車内に入りましたが広告や路線図が当時のままであるで、当時の運賃が50円だったとか・・・。

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テント内で行われていた模型走行展示の横に1970年万国博の幕と当時の駅時刻表が展示されていました。

万博と言えば2005年に通算16回入場して征した愛知万博もそうでしたが、国際的な長期開催形イベントでの輸送は凄いな~と思いますが、1970年の万博はいろんな意味で愛知万博を凌駕しているとその場にあるもの一端を垣間見ました。
(なにせアクセス手段・輸送量・会場の規模も桁違いです)

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車両保存館から離れた場所にある市電保存館では6形式の車両が展示され、一通り車内を見てきました。

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帰りはシャトルバスで住之江公園駅に戻り、そのまま帰宅。
この日はこのためだけに出掛けたようなもので、帰宅後はサイトの更新とブログの北東北遠征の記事をアップして終わりました。


2007年11月11日(

11日は名古屋市営地下鉄開業50周年を記念して、同交通局藤が丘工場にてイベントが催され、そのイベントに合わせて日本車輌から納入されたばかりの最新鋭のN1000形が展示されると言うことから、名古屋へ出向いてきました。

当初、近鉄特急で現地入りする予定をしていたのですが、高安駅構内で作業車が脱線し、弥刀~河内国分が運転を見合わせたことから、とりあえず往路を新幹線に切り替えることにしました。

普段は設定がないことから弥刀行きの幕が用意されていないため、手書きで「普通 弥刀行き」と助手席側にバンと貼り付けられた下り列車を見ながら、大幅に遅れて弥刀から折り返してきた上本町行きに乗り鶴橋で環状線に乗り換え。

ここで指定券を買ってのですが、たまたまとったのぞみ110号がN700系を引き当てました。
不幸中の幸いというのでしょうか?初めて乗ることになりました。

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名古屋に到着したのは8:09。
イベントの開始時間には早かったことから高蔵寺・八草乗換えでモリコロパークに寄り道。

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開園して1時間ほど経過してなかったため、園内は閑散として11:00オープンのパークショップもしまっている状態。
今回は万博期間中にあったIMTSのメッセ前停留所~西ゲート駅のルートを徒歩で通って来ました。

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こいの池周辺とコモン5の跡地は整備工事が進められ、工事に関する掲示を見たところ植栽するとのこと。
また園内を周回する愛知駅伝が12月上旬に行われることから、参加する選手と関係者が下見をしていました。

11:00頃にリニモに乗り藤が丘へ向かい、イベント会場である藤が丘工場へ。
会場入口を見た途端「昨日も見たような構図が・・・」

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目的はN1000形を撮るただそれだけと言いつつ一通り見てきたのですが、今回は久しぶりに大型クレーンによる車体の吊り上げを見てきました。

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そして目的のN1000形。
先日搬入・組成されてまだ間もない車両を展示するのですが、浜松のイベントで展示されたN700系でさえ外側しか見ることが出来ませんでしたが、ここでは先頭車だけですが車内にはいることが出来ました。

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この後、5000形を使用して検査ピットには入り下から見る体験をしてきました。
こちらは2004年の近鉄のイベント以来です。

会場を後にして名古屋に戻った後、遅めの昼食を頂き、通常に戻った近鉄特急で帰りました。

category: 日記

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サイト更新情報 2007年11月10日  

今回は鉄道写真館リンク集を更新しました。

2007年11月10日更新分

鉄道写真館
阪神電鉄 9300系 移設公開
http://dkkawachi.web.fc2.com/rail_photograph/hanshin/hanshin_9300.html
JR西日本223系5000番台 2両→3両編成化に伴う概要文・主要諸元表・基本組成表更新および写真追加
http://dkkawachi.web.fc2.com/rail_photograph/jrwest/ec_223_5000.html

リンク集
URL変更およびサイト名変更1件

以上です。

category: サイト更新情報とお知らせ

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2007年10月7日 三連休パスで巡る北東北乗りつぶしの旅8 山田線3(「快速リアス」で茂市~盛岡)  

岩泉から茂市へ戻ってきました。

茂市からは快速リアス号に乗り盛岡へ向かいますが、しかし待ち時間が40分。
そのまま宮古まで向かって折り返し快速リアスに乗ると言うのも出来なくはないのですが、1分もないことが分っていたので、そのまま待つことにしました。

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茂市は駅本屋側に岩泉線のりばがあり、跨線橋を渡った島式ホームに山田線のりばがあり、基本的に運転系統によりのりばが分かれています。

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出発10分前になり、駅舎内の待合所を出て山田線のりばへ。
茂市駅ではみどりの窓口がありますが、改札業務は行われていないのでそのまま通ります。

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のりばには待合所と併設して売店らしきものがありますが、店じまいをして年数が経過しているようでした。
待つこと10分。キハ54形100番台(149号+146号車)2両の列車は定刻よりちょっと遅れての到着です。

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早速乗り込んだところ、ボックスが全て埋まってる・・・。
仕方なく2人掛けのロングに身を預けて盛岡を目指します。

茂市を出てすぐ左にカーブして岩泉線と分かれ、トンネルに入ります。
トンネルを抜けると国道106号線と閉伊川と並走しながら西へ進みます。

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曲線は緩やかですが、北上高地を横断するため勾配区間が多く、線路の規格もそれほど高くなく、区界から盛岡までは国道106号線が一直線であるのに対し、同線は迂回する形になっています。

乗車当日は通し利用も見られるのですが、外地からの行楽客や私のような趣味的旅行者などが殆どで、地元の利用者があまり見られないという感じから、閑散期の利用は厳しいのではと言う見方も出来ます。
また、同線自体も本数が少ないことから、同線と競合して且つ国道106号線を通る路線バス「106急行」に本数・所要時間・設備の全ての面で大きく水を空けられている状況です。

結局のところ観光面で活路を乱すしか方法が無く、現実にそれらをターゲットとした臨時列車が運行されていると言うことがそれを証明しています。

今回乗った快速リアスでも車両はキハ52形やキハ58・28形と旧態然としていますが、今年冬に向けて水郡線から転用されるキハ110形によって車両面は改善されるようです。
もっとも、こういったことは20年以上前から手を打っておかないと行けなかったわけで、遅すぎたという感は否めません。

さて、区界でジョイフルトレイン「Kenji」と行き違ったのですが、外に出て編成写真をゲットするまでの時間がなく逃してしまいました・・・。

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区界峠を越えて上米内でも列車の行き違いがあるようで、時刻表によると盛岡から来る快速と判り、今乗っている列車の編成写真と一緒に狙ってくることにしました。

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まずは今乗っているキハ52形100番台の編成写真を。
同系が使われている大糸線や米坂線で使われている車両とは異なり、窓が1枚上昇式となっています。

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そして、定刻より数分遅れて到着した列車はキハ58形・28形。
しかも旧国鉄色編成。
もはや捉えることがないと思われるため、貴重なチャンスをモノにしました。

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上米内から山間部を下り、しばらくすると盛岡の市街地に入ります。
ここからは盛岡までの短区間利用があるようで、先程まで60pだった車内は一気に100pにまで達します。

茂市から約3時間して盛岡に到着。
長かったです。

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次に乗車する花輪線に乗る前に、昼食をとることにしました。
前回来訪時は時間がなかったので立ち食いで済ませましたが、今回は駅ビル地下にあるお店で頂くことにしました。

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→次に続く。

category: 東北地方遠征

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2007年10月7日 三連休パスで巡る北東北乗りつぶしの旅7 岩泉駅  

一日3本しか列車が来ない岩泉駅にやってきました。
折り返しまでの約8分の間に撮影を済ませます。

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時刻表には7:53着の8:01発と記されていて、慌ただしい中での撮影となりました。

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1972年に開業された岩泉駅は岩泉線の終点ですが、かつては三陸鉄道の小本まで結ぶ計画だったそうで、岩泉駅も途中駅の構造になっています。
結局、海側をショートカットするルートになったことから、盲腸線のような形となり現在に至ります。

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駅周辺は岩泉町の主要施設である町役場などがあり、町の中心部であります。

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駅前のロータリーにはここを起点とする路線バス我は着していますが、これらはJRバスからの廃止代替であり、現在は岩泉町民バスとして運行されていて、小本の他に日本三大鍾乳洞に一つである龍泉洞など岩泉町の各地域を結んでいます。

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さて、折り返しの宮古行きの発車が迫ってきたので、車内に戻り茂市へ向かいました。
岩泉方に繋がっていたのはキハ54形100番台の141号車。2両とも赤帯の盛岡色でした。

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茂市まで乗った後は、再び山田線に乗り換えて盛岡を目指します。

→次に続く。

category: 東北地方遠征

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2007年10月7日 三連休パスで巡る北東北乗りつぶしの旅6 山田線2(宮古~茂市)~岩泉線  

初日は「ビジネスホテル・宮古ステーション古窯」に泊まりました。
一般的に見られるホテルとは異なり机が設置されておらず、代用として折りたたみ式のものが用意されていました。

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ここにノートPCを置いてブログの更新などを進めていたのですが、隅っこに置いていたデジカメを落としてしまいました。
結構高さがあったので、派手に落ちた結果、スライド式のレンズカバーが斜めにズレ、電源投入後が全てに表示類が点灯し、電源が切れない以上状態・・・。
一度バッテリーを外して、ずれたレンズカバーを直し再度電源を入れ直すと通常に動いたので、ホッと一安心・・・。

しかし、ロックが効かなくなったレンズカバーは不安定で、ちょっと触れただけでも電源が落ちてしまうため、この後の撮影は何とか騙し騙しで持たせてものの難儀しました。

さて、この騒動から明けて2日目は宮古からスタートします。
まずは岩泉に向かうため、5:30に起きて6:00過ぎにチェックアウトします。

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朝食にありつけないため宮古駅のキオスクで調達します。

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昨日とは違い通常の改札口を通り盛岡行きの1番列車に乗り込みます。

車両は今年度をもって引退するキハ52形100番台(145号車)
同地区向けに仕切を設け、足回りにも手が入っていることから、大糸線の同系に比べて走行性能の面や接客設備の面で上をいきます。

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地元の人と思われる人と同系の趣味人に方達が何人か乗り込むと定刻通りに宮古を出発します。
宮古を出てからは三陸鉄道北リアス線と並走し、しばらくすると三陸海岸に沿って進む北リアス線は右へと分かれます。

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ここからは閉伊川に沿って北上高地の東部を進みます。

山田線はほぼ全区間を国道106号線に並走される形なのですが、山田線自体の線形が厳しく勾配も介在することから宮古から106号線経由で盛岡まで結ぶ路線バス「106急行」に対し運転本数・設備・所要時間の全てにおいて大きく水を空けられる状況となっています。

これは後で茂市~盛岡まで乗ったときにしておきます。

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山間部に入って程なく茂市に到着。ここから岩泉線に乗り換えます。
岩泉線の列車は駅本屋側のホームを使うため跨線橋を渡り岩泉線のりばへ。

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岩泉線のりばで待っていたのは、またまたキハ52形100番台。
今度は147号車で、ここも近いうちにキハ110形に置換えられるそうなので、最初で最後のショットかも知れません。

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山田線の上下列車の接続を受けて、茂市を出発。
普段は単行なのですが、当日は岩泉から団体客が乗車するため2両繋いでいるとのこと。

岩手和井内まではごく普通に小規模の住宅地と農家が点在する感じ。

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岩手和井内を出ると民家も何もない山林に囲まれた中を進みますが、この辺りから上り勾配が続きます。
近くに養殖場の建物があるだけの秘境駅・押角は1両分しかホームがなく、後の1両は締め切り扱い。

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押角を出て押角峠を越えると下り勾配となり、岩手大川辺りで再び農地が点在するようになりますが、斜面の急な山に囲まれているため平地が狭い所を進みます。

橋梁をいくつか渡ると岩泉に到着。
案内されていた通りホームにはツアーの団体客が待受けていましたが、40人ほどだったので大人数で乗り込まれるのかと思っていたところだったのでホッとしました(汗)

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この後、折り返しの8分間で周辺の撮影を済ませます。

→次に続く。

category: 東北地方遠征

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2007年10月6日 三連休パスで巡る北東北乗りつぶしの旅5 釜石線~山田線1(釜石~宮古)  

初日の最後は花巻から釜石線に乗り北上高地を越えて太平洋側の釜石へ向かい、釜石から山田の最終に乗り宿泊地である宮古へ向かいます。

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まずは、花巻へ向かうため東北本線下り盛岡行きに乗ります。
例によって盛岡車両センターの701系1000番台ですが、秋田の基本番台とは異なりパープル系の帯が巻かれています。

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夕ラッシュ時に当たるため2連2本が繋がれていますが、当該時間帯は帰宅する学生などが多く60p~80pを行ったり来たりするほどの混み具合です。
北上から2つ目が花巻で、ここで降車。
ここでも4分1ほどが入れ替わって出発していきました。

花巻から釜石線の乗るため、改札口側にある釜石線のりばへと行ったところ、停まっていたキハ100形は留置線への回送車・・・。

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乗車予定の18:42発の釜石行きは盛岡直通ということであり、しばらく待つことになりました。

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ここで駅舎の撮影と夕食の調達をしてホームのベンチで待つこと30分。
盛岡方からキハ100形が3両繋いで到着しましたが、先まで先頭に立っていた1両がここ花巻で切り離されて2両で釜石へ向かうとのこと。

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ボックス席は1つ確保できたものの、出発前に40pほどとなり最終的に私だけだったのが相席になってしまいました・・・。

定刻通り花巻を出発。
外はすっかり真っ暗となりどんな場所を走っているのかさっぱり分らないまま、ひたすら東へと向かいます。
(以下、付け加え程度の書かれている事柄は執筆時に際し調べたものです)

東北新幹線との乗換駅である新花巻は乗り換えに際し改札外の連絡通路を挟んで新幹線改札口へ向かう形で、燕三条でも見かけた方式。

この先から降車が続きます。
土沢で纏まった降車があり、ここでは帰宅する学生が多く降りていき、各々が迎えに来た車に乗っていきました。
地方ではよく見かける光景で、中心部から離れれば離れるほどその傾向が強いです。

一つ隣の晴山から上り勾配となり、北上高地を横断します。
旧式のディーゼルカーだとエンジンが非力なので喘ぐようにノロノロと上っていきますが、キハ100形はキハ130系ほどでないにしろ比較的新しい技術が導入されていることもあって、軽々と上っていきます。

釜石線の中間に位置する遠野に到着。
ここで10人ほど入れ替わりますが、この時点で2両で20人足らずしかいません・・・。

遠野は北上高地の中にあり、早池峰山(はやちねさん)の麓にある市街地は四方を山に囲まれた場所にあります。

遠野市の市街地から離れると仙人峠越えとなりますが、ここで爆睡モード全開となり、気がつくと仙人峠を越えて釜石市に入っていました・・・。

左手に山田線が合流し広い構内が見えてくると釜石に到着です。

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新日本製鐵釜石製鐵所を沿線に抱える釜石には、このあと乗車する山田線の他、第3セクターの三陸鉄道南リアス線が乗り入れています。

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三陸鉄道とはのりばも駅舎も別となっていますが、連絡通路にJR線から三陸鉄道への乗り換え改札口があります。
時間は21:00を回っていることから、駅前はタクシーが止まっているだけで、ひっそりとしていました。

初日最後は釜石から山田線に乗り、宿泊地である宮古を目指します。

これは釜石宿泊だと、全線通し運転列車が一日3本しかない岩泉線に翌朝乗車するのですが、午前中唯一の列車である茂市7:01発を逃すと夕方までないのでダメなので、宮古宿泊だと山田線盛岡行きの1番列車に乗れば岩泉線の列車に乗れることから、今回の行程はここを基準に組むことにして訳です。

さて、今回釜石から乗った宮古行きは21:13発なのですが、この列車が山田線の最終なのです。
これを逃すとタクシーしか手段がなくなります。

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再び改札口を通り、キハ100形2両編成の宮古行きに乗り込みます。
車内には5人ほどしかいません。

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宮古までは海岸に沿って進みますが、リアス式海岸であるためトンネルで抜けるところが多く、海が見えるのもごく一部しか有りません。
とは言え、真っ暗と言うこともあり、また爆睡してましたが・・・。

右手に広がる構内に留置されている車両を横目に見ながら宮古に到着します。
宮古に到着する最終列車と言うこともあって案内放送の「本日の接続列車は終了いたしました」という文言が新鮮に感じてしまいます。
(あまり聞いたことがないためです)

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結局、宮古まで乗っていたのは、私と中年女性の2人だけでした。
最終列車から降りると駅舎の改札口ではなく臨時の改札口に通され、当日最後の利用者である私が改札口を出ると、待合所を兼ねた駅舎は早々に店じまいされました。

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客待ちのタクシーが停まっているだけの宮古駅前はひっそりとして、街頭以外に明かりもなく薄暗い中を5分ほどの距離にあるホテルへと向かい22:40にチェックインしてこの日は終了しました。

→次に続く。

category: 東北地方遠征

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2007年10月6日 三連休パスで巡る北東北乗りつぶしの旅4 奥羽本線~横手~北上線  

奥羽本線に乗り換えて大曲を経て横手に向かい、横手から北上線で奥羽山脈を横断して岩手県に入って北上へと向かいます。

先ずは、奥羽本線上り新庄行きに乗り横手へ向かいます。

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奥羽本線は新庄を境に南側を山形新幹線が、北側がこれまでの在来線となっていることから運転系統が分離されています。

新庄~秋田で運用されているのはピンクの帯である秋田車両センターの701系。

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701系の中では一番最初に投入された地域で、これまでの50系客車のボックスシート(クロス)からオールロングシートにした鳴り物入りでの登場であったことから、地元では批判を浴びたエピソードがあり、2両編成3本の新庄方先頭車に対しセミクロス化改造が2000年に実施されたものの、あくまで試験的な要素であった感があり、残りはロングシートのまま現在に至ってます。

乗った時間帯は昼過ぎであることから、20p程度に留まっています。
大曲で奥羽本線下り列車の交換と秋田新幹線下りこまち号との接続が行われます。
ここからは単線となり、だだっ広い田園地帯の中を南に向けて進みます。

市街地に入って横手に到着。

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一帯は中層のビルならいくつか見られるのですが、市街地全体が広範囲に散らばっていると言う地方都市の典型をここで垣間見るようで、駅前は寂れていると言う雰囲気でした・・・。

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秋田からはここからは北上線に乗り換えて奥羽山脈を横断します。

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改札口側のホームが北上線ののりばなのですが、最初にホームのたどり着いて時点では、これから乗るであろう車両が秋田方の端に留置されていてドアが閉ざされていました。

たまたま、それがキハ100形のトップナンバーであったので写真は撮っておきました。
このあと、これに乗るのですが・・・。

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駅舎を撮影した戻ってきた頃には乗車位置に移動されて、客扱いをはじめていました。

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奥羽本線の下り列車の接続を受けて、横手を出発します。
奥羽本線を右手に見ながら、山手の方に分かれます。
この時点で40pほど。

横手を出て秋田県側は奥羽山脈に迫られながら、山間を縫うように走り、岩手県には入りホッと湯田を出ると錦秋湖畔に沿って進みます。

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この路線は全区間を秋田道に並走されているため、2両繋いでいるとは言えでも全線通しでの利用は厳しいかなと言う印象があるのですが、連休中であることから岩手県側は沿線に点在する温泉を利用する人や登山客で60pほどになっていました。

錦秋湖を過ぎて北上川水系の和賀川に沿って勾配を下り、横川目辺りから北上盆地の中を進みます。

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盆地に下りて北上に向けての利用が見られ、最終的に80pほどに。
北上の市街地に入り、左手に東北新幹線と東北本線が合流してくると北上の到着します。

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これで北上線が終了。

北上線や奥羽本線など横手を中心とする区間は、土日きっぷのフリーエリアより少し北側にあることと2度通る必要があることから、今回はここ秋田新幹線と北上線を乗り潰しておけば、次回は奥羽本線を単純に縦断すれば良いだけなのでこれで少しは楽になりました。

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改札口を出て駅舎を撮影。
写真では駅舎だけですが、この左隣にJR東日本系列のホテルが建っています。

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さて、北上線の後は花巻へ移動して釜石線に乗り太平洋側に抜けます。

→次に続く。

category: 東北地方遠征

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2007年10月6日 三連休パスで巡る北東北乗りつぶしの旅3 男鹿線  

秋田の初めて降り立ちました。
これで、唯一未踏なのは沖縄県だけになりました。

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秋田新幹線開業に伴う駅改良工事により橋上駅舎となった秋田駅は東西両側にロータリーがあるのですが、メインは西口の方で、こちら側に高速バスなどのターミナルを抱えています。
写真は反対側の東口です。

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さて、秋田から男鹿線に乗り換えますが、乗るまでには待ち時間があるので、丁度良いタイミングで停まっていたリゾートしらかみの「くまげら」編成の編成写真をゲット。

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5番線へ向かい男鹿行きに乗り込みます。

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男鹿線は追分から八郎潟に南を通り、男鹿半島へ通じる路線で、基本的に全ての列車が秋田まで直通されています。
運用される車両はキハ40形・48形がメインで使用され、男鹿線専用塗装された車両の戸袋には男鹿の民俗行事「なまはげ」のイラストが描かれています。

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羽越本線下りや奥羽本線下り列車の接続を受けて、60pで秋田を出発。
右手に秋田総合車両センター(土崎工場)を見ながら北へと進みます。

車両センターを過ぎた辺りに土崎があります。
大抵の地方都市の拠点駅からこの辺りぐらいになると広がるのですが、市街地はずっと北へと延びています。

追分で奥羽本線上り列車に接続。
男鹿線の下り列車は2面3線の中線に入線します。

追分から奥羽本線を右手に見ながら分かれて男鹿半島へと進みます。
この時点で80p程度。

八郎潟に通じる大きな用水路を渡り、男鹿市へと入ります。
脇本までで続々と降車し、男鹿に到着した時点で20pしか残っていませんでした。

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男鹿駅は1面2線とのりば自体はシンプルですが、2002年まであった船川港までの貨物輸送の名残から複数の側線を有しています。

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駅自体は男鹿半島の南側にあることから、駅前からは秋田中央交通の路線バスが半島の各地を結んでいます。

そのまま折り返しで秋田へ戻ります。
男鹿行きの車内とは異なり、男鹿で10pが秋田到着時点で120pにまで達します。

ここで、またまたリゾートしらかみを見かけたのですが、今度は「青池」編成。

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この列車群で残るは「橅(ブナ)」編成だけですが、この2編成をとることが出来たもんです。
実は乗る予定ではなかったことから、何も調べずたまたま撮れただけです。

さて、次は北上線を乗り通すため秋田から横手へ向かいます。

→次に続く。

category: 東北地方遠征

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サイト更新情報 2007年11月5日  

5ヶ月ぶりに万博来訪記を更新しました。
「まだやってるのか?」と言われそうですが、ブログの鉄道旅行記のアップなどでなかなか手が回らず、時間があるときに限ってやっている状態です・・・。

今回は8回目の遠征分(来場10回目・11回目)のうち最初の2記事をアップしました。

万博来訪記遠征8回目(2日間のうち今回は2005年9月10日来場分)
http://dkkawachi.web.fc2.com/visit_expo2005/20050910_11.html
・Vol.1 千年の森へ
http://dkkawachi.web.fc2.com/visit_expo2005/report/20050910_01.html
・Vol.2 難関パビリオン 赤十字・赤新月館
http://dkkawachi.web.fc2.com/visit_expo2005/report/20050910_02.html

以上です。

category: サイト更新情報とお知らせ

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週末日記 2007年11月4日  

2007年11月4日(

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日曜日であるこの日は、神戸市交通局名谷車両基地において「交通フェスティバルin名谷車両基地」が催されることから、神戸へ出向いてきました。

車両基地に最寄り駅である名谷駅からは徒歩で15分~20分ほどかかるため、バスで最も近い医療センター下停留所までの1区間だけ乗車して、ここから5分ほど歩いて会場へたどり着きます。
なにせ西神地区の丘陵地帯にあるので起伏が激しく、駅から徒歩だと大変ですからね。

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会場では車両の撮影はありませんでしたが、運転席見学や工場見学、軌道検測車の体験乗車、洗車体験、市バスの車両展示などがありました。

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今回は車両撮影が目的でなく、足回り。

つまり台車や電動機などを見るためで、これはサイトの鉄道写真館の諸元表のデータとして現物を見るのが最も確実で手っ取り早いためで、普段では見られない足回りの機器を生で知るためにこういった機会が貴重なんです。

工場見学の後は市バスの車両展示。
最新鋭のノンステップバスも展示され、小学生を対象とした福祉体験授業も行われる中、保存されているボンネットバスも展示・運転台見学などが行われていました。

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基地の隅の方に軌道検測車の体験乗車があり整理券はなかったものの乗ることが出来ました。

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この軌道検測車は年4回全線通しで検測するそうで、人力で数日要するところをたった一晩で終わるそうです。

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最後は3000系を使用した洗車体験。

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過去見てきたイベントでは体験出来なかったので、行ってきました。
証拠として写真を撮ってきました。

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イベント会場を後にして梅田へ戻り、ここで軽く食事。

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食事を済ませたあと、ヨドバシ梅田に寄って色々と見てきました。

現在サイト構成で使っているホームページビルダー(以下HPB)から乗り換えようかと思い、目星をつけたソフトを見てきたからです。
目星をつけたソフトは、単体ではものではなく用途に応じて複数纏めたパッケージと言うこともあり、HPBより桁が1個多い価格・・・(高いです)

まあ、12月の賞与を期待するしかないが・・・。

梅田を後にして帰宅。
鉄道イベントに明け暮れる11月最初の週末が終わります。

category: 日記

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週末日記 2007年11月3日  

2007年11月3日(

鉄道イベント真っ盛りの週末を迎える11月のスタートです。

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この日は高松琴平電鉄・仏生山工場において旧型車両の展示などのイベントが催される知り、コトデンの乗りつぶしも絡めて高松へ急遽遠征してきました。

ひかり361号+マリンライナー25号で現地入りしたのですが、実はちょっと起きるのが遅かったため、現地入りしたのが昼過ぎになってしまいました。

高松築港からコトデンに乗り、会場である仏生山へ。

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2004年8月以来、3年ぶりに乗りましたが、以前は今回展示される旧型車も活躍していたのが、もはや元京急・元京王・元名古屋市営地下鉄の車両だけしか見られません。

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さて、イベント会場の仏生山工場では、5形式有る旧型車両の展示のほか、自社路線バス車両の展示、洗車体験や工場内の見学などが行われていました。

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一通り見終わると、瓦町へ戻って長尾線と志度線を乗りつぶし。
本線系統である琴平線は2004年8月に乗り通しているため、今回は残っているこの2路線だけで完了。

いずれも古くから有る郊外の市街地と田園地帯が混在した場所を進み、長尾線は高松から讃岐平野南東部に延びる路線で、沿線のイメージ的には近鉄生駒線の元山上口~竜田川を連想させますが、途中の水田(みずた)が高架駅であるのも驚いてしまいます。

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志度線は長尾線同様、讃岐平野の北東部に延びる路線ですが、いわゆる地元の足である意外にも矢島への観光としての顔を持っています。
また、志度湾沿いに進む塩屋~原の車窓もなかなか良いものです。

志度線は狭隘かつ急曲線が多く、車両置換えに際して名古屋市営地下鉄東山線の車両が抜擢されるのも頷けます。

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志度で軽く食事をしようと思ったのですが、めぼしいお店がなく徒歩で10分ほど離れたマクドナルドということに・・・。
この目の前にさぬき市のコミュニティバス(さぬき市から大川バスへの委託で、運賃は100円均一)の停留所があり、たまたまタイミング良くやってきたので志度駅まで乗ってしまいました。

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大橋停留所からJR志度駅前の1区間だけ乗車した。さぬき市のコミュニティバス
車種は日野・レインボー(シャーシ・ボディとも日野製で型式はKC-RR1JJAA)

後で調べたところ、長尾駅(最寄りは大川バス本社前)と志度駅を結ぶ路線もあることが判り、しかも長尾に来訪していた時間だと数分で乗れることも判り、もし乗ってたら時間ロスが少なくて済んだのにと思っても後の祭りでした・・・。

高松へ戻った後は、マリンライナー52号+ひかり474号を乗り継いで帰阪。

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今回は21:00頃に帰宅。
この日は高松・4日も関西圏ですが、これも鉄道イベントなので、この週末はこれで埋まりそうです・・・。

category: 日記

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