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2007年01月の記事一覧

2006年12月23日 くりでん日帰り強行軍6 石越で暇つぶし  

石越に戻ってきました。
たまたま0キロポストを発見したので、車止めと一緒に撮っておきました。

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くりでんの石越は有人駅であったことから、改札口が残されていました。

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さて、石越から一ノ関行きに乗り換えるのですが、接続が悪くて細倉から戻ってきた時には既に出発して行った後なので、1時間近く待たされることになります。

この時間を利用して遅めの昼食とするため、歩いて数分程度の距離にあるコンビニで調達してきたのですが、近くにある道路の分岐の手前にある道路標識に石ノ森章太郎ふるさと記念館まであと9kmいう標識が取り付けられていました。
上記の記念館があるのは石ノ森章太郎氏が登米郡石森町(現在は登米市)出身であるからだそうです。

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石越にはバス路線が乗り入れており、地元の登米市のコミュニティーバスと宮交栗原バス(2007年1月1日付でミヤコーバスへ譲渡)に停留所があるもののいずれも駅前には乗り入れることが出来ず、近くの公道上か駐車場のようなバスのりばから発車しています。

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宮交栗原バスののりばに来訪した時にはバスが1台お休みしていました。

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さて、駅に戻り調達した昼食を頂くことにし、しばらく待つことにしました。

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到着まであと5分という段で、案内放送で遅れているというアナウンスが・・・。
先に貨物列車が通過、おそらくこれが遅れたようで後続の一ノ関行きを抑えていたのだろうと思われます。

程なくして、一ノ関行きが到着。
車両は往路と同じく701系ですが、往路で乗った1500番台ではなく1000番台でした。

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これに乗って一ノ関に戻ります。

→次に続く。

#2007.2.1 1:00UP
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category: 東北地方遠征

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2006年12月23日 くりでん日帰り強行軍5 くりでんを後から展望・・・  

細倉マインパーク前から再び乗車し石越へと戻ります。

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ここで後ろの方に座っていたのですが、後は誰もいなかったことから後方から撮影することにしました。

くりでんはディーゼルカーでの運行としているため、電化設備については必要がなく撤去されているのですが、一部区間には架線が残されています。
また、現在は3駅しかない行き違い設備ですが、電鉄時代には他にも行き違いの設備があり、その名残が今でも見ることが出来ます。

鴬沢駅は1面1線ですが電鉄時代には2面2線であり、写真右側にそのホームが見ることが出来ます。

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鴬沢駅の構内

栗駒駅は旧栗駒町の拠点駅であり、ここから地元の宮交栗原バス(2007年1月1日付でミヤコーバスへ譲渡)が栗駒山の登山口など周辺各地域を結んでいます。
また駅自体がミヤコーバスの車庫(2007年1月1日付でミヤコー栗駒営業所)となったいることから同バスの拠点ともなっています。

駅は1面2線+側線となっています。

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栗駒駅の構内

津久毛(つくも)駅も行き違いが出来る駅でしたが、撤去されて使用されなくなったホームが残されています。
駅舎自体も残されていますが、現在は地元の住民に貸し出されているそうです。

沢辺駅は行き違いできる駅で、2面3線となっていますが、普段は駅本屋側の2線を使用しています。
また、一ノ関や仙台へ向かうバスが駅前に乗り入れています。

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沢辺駅の構内

大岡小学校前駅を出るとしばらくして東北新幹線と交差します。

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大岡小学校前駅停車中に撮影

交差先に大岡駅があるのですが、東北新幹線の計画にはくりでんと交差した所に駅を設置する予定だったのですが、旧築館町・旧若柳町との確執で、最終的に交差した場所からやや離れた場所にくりこま高原駅を設置する経緯があります。

沢辺駅とくりこま高原駅をシャトルバス「栗夢号しゃとる」で結んでいましたが2006年10月で廃止されたため、代替として東日本急行の仙台~金成線に対し、停車する停留所の追加と全ての停留所間の乗降を可能にするなどした対処しているとのことです。

その大岡駅は行き違いできる駅でしたが、ここも1面1線となっていて、使用されなくなったホームが残されています。
また石越側で東北自動車道とも交差します。

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大岡駅の構内

若柳駅はくりでんの拠点駅で、配線は図面を流用した沢辺と同じですが、北側に車庫を有しています。

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若柳駅の構内

くりでんには元名鉄の車両があると聞いていたのですが、来訪した時には車庫の奥に引っ込んでいたのか?姿を見ることが出来ませんでした。

もっとも、数年前なら運用についていないという話も聞くので残っているかどうかも疑問ですが・・・。

1面1線の荒町駅を通り、しばらくして右はカーブすると石越駅到着です。
ここから一ノ関に戻るのですが、1時間近くも空いてしまうのでちょっと時間をつぶすことにします。

→次に続く。

#2007.1.31 1:30 Last Update

category: 東北地方遠征

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2006年12月23日 くりでん日帰り強行軍4 細倉マインパーク前駅  

細倉マインパーク前までやってきました。

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折り返しまでには数分程度しか持ち時間がなく、これを逃すと1時間以上ロスを食らうので大急ぎで撮影します。

細倉マインパーク前駅はその名の通り細倉マインパークの最寄り駅ですが、旧細倉駅から伸びていた細倉鉱山への貨物線を利用して現在の場所に移転し、駅名も同時期に細倉から改称されました。

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駅は石越同様に1面1線とシンプルで駅舎があるもののそこを通らずに直接ホームに行くことが出来る構造です。

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くりはら田園鉄道はかつて細倉鉱山の貨物輸送を担ってきたことから、細倉マインパーク前駅には電気機関車のED20形(202号機)と貨車ワフ7形(71号車)が静態保存されていました。

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また、細倉マインパーク前の石越方には旧細倉駅があり、当時の駅舎や構内がそのまま残されています。

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旧駅舎は現在、いくつかの会社の事務所として利用されています。

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時間がなくなってきたので、車内に戻ることにします。
最後に細倉マインパーク前と表示されたの整理券です。

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後ろの方に陣取って、石越まで車内から撮影します。

→次に続く。

category: 東北地方遠征

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週末日記 2007年1月28日  

1月28日は先週末に見てきた久宝寺駅を市営地下鉄千日前線の残りを乗りつぶしてきました。

まずは久宝寺駅の工事を見てきたのですが、ついでに先週末捉えたウグイス色の201系を編成写真として昼間に捉えようというちょっとした欲望を滾られます(笑)

近鉄八尾から近鉄バスにのりJR八尾で大和路線に乗り継いできました。
先週末は夜間だったのでよく分からなかったのですが、今回は昼間に確認できたので状況が分かりました。

奈良方にある引上げ線は軌道が敷設されているものの、所定の場所に敷いただけで車止めさえ無い状況だったことから、引き上げ線としての整備されるのはまだこれからといった段階。

20070128_kyuhoji-02.jpg

天王寺方は内側を外環状線が通るようで軌道が敷設されて、分岐器が挿入されていました。
久宝寺駅側に関しては信号関連と電気工事をするだけの状態ですが、加美駅付近にある高架橋の方が軌道の敷設が始まった段階です。

20070128_kyuhoji-01.jpg

肝心のウグイス色の201系ですが、JR八尾から久宝寺まで乗ろうと思ってやってきたのが201系だったので、いきなり引き当ててしまったのですが、このタイミングではアイコンゲットになってしまいますので意味ありません。

編成写真は久宝寺で捉えるのが都合が良いので、外環状線の工事の様子を撮りながら折り返し戻ってくるのを待つことにしました。

この間に他の201系が運用についてて出くわせば良いのですが、JR難波からやってくるのは103系ばかり・・・。
柏原(かしわら)・王寺からやってくるのも103系ばかりで、結局乗ってきた車両の折り返しを編成写真に収めました。

20070128_jrwest_ec_201-01.jpg
デビュー以来初となるウグイス色となった奈良電車区の201系
2007.1.28 久宝寺にて

201系は国鉄時代に山手線に投入される車両ででてくる計画があったそうですが、制御装置が高価だった事もあり財政状況の厳しかった国鉄の事情も絡み結局は制御装置のコスト安い205系の開発・投入に至ったそうです。

これが実現していれば、首都圏でよりはやくウグイス色の201系が見られていたことになりますね。

ウグイス色の201系をゲットした後は大和路快速に乗り大阪駅は向かいました。

改良工事中の大阪駅は旧7番・8番のりばを新9番・10番のりばとするために現在使用を停止して工事が進められていますが、これまでの工事とは違い中線を挟んだ3線だったところを2線になります。

今回確認した時は、ホームが南側に仮設で伸ばされ1線塞がれていました。

20070128_osaka-01.jpg

ここでおやつタイムとしようと思ったのですが、目ぼしいお店が混んでたので、新大阪で頂くことにしました。
今回はパフェではなく小倉ホットケーキセットです。

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梅田へ戻り、今度は千日前線の残りを乗り潰しをする為、四つ橋線に乗り難波へ向かったのですが、いつもなら住之江公園行きオンリーですが、やってきたのがなんと北加賀屋行きではありませんか!
土・休日ダイヤでも夕方に3本しかない列車なので、思わず撮ってしまいました(笑)

20070128_osaka_subway_23.jpg

難波から千日前線に乗り換えて未乗の残り区間を乗りつぶします。

野田阪神~新深江までは既に乗車済みで、南巽までは行ったことがなかったのですが、如何せん南巽が中途半端な場所なのでほったらかしにしてました。
しかし、昨年末の時に今里筋線の乗ったことから大阪市営地下鉄で未乗区間が新深江~南巽だけとなったので「あ、次いだなら乗ってしまおうか?」という気まぐれで乗ってきました。

20070128_osaka_subway_25.jpg

南巽まで乗った後は、市バスに乗ってJR平野駅へ移動しました。
南巽のバス停は階段を上がったところのすぐ近くにあったのですが、1時間に2本しかなく十数分待ち。

20070128_minami_tatsumi.jpg

2分遅れでやってきたのは、グリーンラインではなく低公害車のブルーラインのノンステップバスでした。
平野から大和路線に乗りJR八尾へ移動し、再び近鉄バスに乗り帰宅しました。

20070128_jryao-01.jpg
八尾市内にいくつかあるロケーションシステム
写真は近鉄バス・JR八尾駅前停留所

#2007.1.29 1:15UP

category: 日記

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サイト更新情報 2007年1月28日  

1月28日のサイト更新情報です。

今回はサイトのトップページと万博来訪記のトップページのタイトル画像を2007年仕様に更新したほか、万博来訪記の本文の追加も行いました。

サイトトップページ
http://dkkawachi.web.fc2.com/
万博来訪記トップページ
http://dkkawachi.web.fc2.com/visit_expo2005/expo_index.html

万博来訪記本文の更新は以下の通り
遠征5回目(2005年8月21日来訪分)のVol.2~Vol.4を再編集・公開

・Vol.2 テーマシアター「めざめの方舟」
http://dkkawachi.web.fc2.com/visit_expo2005/report/20050821_02.html
・Vol.3 キッコロ・ゴンドラと外国館巡り
http://dkkawachi.web.fc2.com/visit_expo2005/report/20050821_03.html
・Vol.4 4時間待ち覚悟で挑む日立グループ館
http://dkkawachi.web.fc2.com/visit_expo2005/report/20050821_04.html

以上です。

category: サイト更新情報とお知らせ

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2006年12月23日 くりでん日帰り強行軍3 くりでん乗車へ  

石越から今遠征の目的である「くりでん」こと「くりはら田園鉄道」に乗り換えます。

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JR石越駅とくりでん石越駅とはほぼ隣接していますが、片やみどりの窓口のある有人駅、片や無人駅と対照的です。

両者の間はタクシーが待機していますが、バスが乗り入れていません。
バス乗り場はここから離れた場所にあるのですが、これは後ほど書くことにします。

20061223_ishikoshi-02.jpg

くりはら田園鉄道は栗原電鉄の親会社である三菱マテリアルから沿線自治体へ全株式が1993年に譲渡されて第3セクター化したもので、くりでんという愛称は電鉄時代の名残からといわれています。
現在の「くりはら田園鉄道」に変更されたのは、それから2年後の1995年です。

第3セクターかされるのに際し非電化とすることになり、それまでの電車からディーゼルカーに変更されたのですが、架線は撤去されているものの架線柱が今でも残されていて電鉄当時面影が残っています。

さて、くりでんの石越駅は下の写真ですが、JRの石越駅よりもちょっと良い感じの駅舎です。

20061223_ishikoshi-03.jpg

くりでん石越駅は1面1線の大変シンプルな配線です。
細倉マインパーク前から帰ってからも写真を撮ってますので詳細は後日紹介します。

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石越にやってきた時には既に入線して出発待ちをしていたので、早速乗車します。
車両としてはパッと見た感じだとありふれたものですが、前照灯がカンテラを模したものになっているのが特徴です。

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車内は宮城県産の木材が使用された内装が特徴で、都市圏ではあまり見られないので思わず「!」でした。

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クリスマスシーズンなのか、石越方にはクリスマスツリーが置かれていました。

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10人足らず状態で定刻通り出発しました。
細かい写真などは復路で撮影しているため、ここでは利用状況のみとします。

下りの利用状況は典型的なローカル線で行き違いのできる若柳、沢辺、栗原で利用が多く他の駅では乗降すらない駅もありました。

来訪時には趣味人の方たちが沿線各所や車内で見かけましたが、神岡鉄道のときとは違い廃止までにはまだ期間があるため10数人程度しか見かけませんでした。

お次は細倉マインパークのレポです。

→次に続く。

category: 東北地方遠征

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2006年12月23日 くりでん日帰り強行軍2 はやて11号と2つの701系  

東京からはやて11号に乗り換えます。

栗鉄の乗換駅である石越へは一ノ関乗換えのほうが近く、経路検索ソフトでものぞみ102号からだと11号の1本前のはやてに乗ることが出来ます。
しかし、これは一ノ関に停車しないためどうしても仙台乗換えが噛んでしまうことから一ノ関に停車する後発の11号を選択したわけです。

はやては盛岡以北へ向かう唯一の列車であること、全席指定であるため3連休以上となる大型連休になると発売日に即満席と言うこともあると知っていたのですが、通常の土日の休みは同なのかな?と思ったのですがサイバーステーションで調べてたところ、1週間前でも空席ありであることを知り北新地の駅で押さえておきました。

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結局、当日の空席情報でも併結のこまち11号は空席わずかでしたが、はやて11号のほうは普通車は十分空席があるようです。
東北新幹線のホームは混んではいますが余裕がある感じで、普段の休日はこんな感じなのかなと・・・。

9:00過ぎに入線。車両はE2系1000番台。
上野か田端で整備が行われたようですぐ乗車でき、北海道遠征のときに引き続きグリーン車へ・・・。

20061223_jreast_tec_e2_1000-02.jpg

JR東の普通車で多く採用されている座面スライド式は、私には合わないのではやてに関しては往復ともグリーン車にしました。
東海道新幹線に比べたら追加投資が少ない・・・といっても東京~一ノ関往復で8,000円もしてしまいますが、大阪市内から石越までの距離だと往復割引が有効になるので、その分をグリーン車指定するのにまわしたわけです。

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定刻通り東京を出発。
地下駅の上野を出て再び地上に出た辺りからお絞りとドリンクのサービスを受けます。

携行しているKawachiPC5号機「Let's note」を取り出してブログの下書きなどをしているといつの間にか仙台に到着していました・・・。
この途中から雨模様となり現地の天候が気になる所ですが、結局小雨の一ノ関に到着となってしまいました。

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一ノ関から東北本線に乗り換えて石越へ向かいます。
在来線は東北本線と大船渡線に接続ですが、乗り場自体は2面3線とシンプルなもので在来線乗り場と新幹線乗り場の間には貨物用待避線と留置線が挟まる配線となっています。

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丁度、接続待ちで盛岡色の701系とキハ100形が停車していたのでアイコンと編成写真をゲットしました。
滅多に来れない東北地方で、しかもパープル帯の盛岡地区の701系となれば、捉える機会も少ないということもあり限れれたチャンスを有効に活かします。

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一ノ関から石越までは小牛田行きに乗車します。
車両は仙台地区の701系1500番台です。

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ロングシートですが、半自動扱いが通年実施されていることから、車内でヌクヌクとします。
吐く息が白かったですからね・・・。

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先ほどゲットした701系の盛岡行きと入れ違いに到着した列車の接続をとってから出発です。

2両編成の列車内は40p~60pで推移します。
周囲の大半は田園地帯延々と続き、住宅地も駅周辺に僅かにある程度ということもあってか無人駅が多く見られますが、宅地化が進んでいる駅は有人駅で利用もそこそこある感じです。

20分程で石越に到着。
ここから今遠征の目的であるくりでんに乗車します。

→次に続く。

category: 東北地方遠征

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2006年12月23日 くりでん日帰り強行軍1 久しぶりの早朝出発!  

去年12月下旬のことですが、今年3月いっぱいで廃止となるくりはら田園鉄道に乗るために東北地方へ日帰りを強行しました。

なぜこの時期かというと、ブログのアーカイブを見ていただければ分かるように、ここまでの時点で遠征が立て込んだことと、如何せん場所が東北地方であることから大阪からだと遠いので二の足を踏んでしまいがちなのです。

ただ、くりでんの運転が2007年3月までであり、このさき2月・3月となると雪に見舞われる可能性もあるためそれだけは避けたいこと思ったのと、この先にある他の遠征の絡みもあるのでこの時しかなかったわけです。

また、丁度土日休みでしかも1週間前でもはやて号の指定が空いている(サイバーステーションで検索)ことを分かったのも決行を後押しした理由でもあります。

ただし年末は私自身の家の諸事情もあるため今回の行程の条件としては・・・。
・東京から一ノ関または仙台までは乗り換えなし
・現地での滞在は日中のみ
・大阪へは日付が変わる前に帰宅(つまり日帰りである)
と言う感じで絞った結果。

往路が、新大阪→のぞみ102号→東京→はやて・こまち11号→一ノ関
復路が、一ノ関→はやて22号→東京→のぞみ153号→新大阪

以上のようになり、1週間前に指定を押さえてきました。
それでは詳細に入ります。

朝6:00過ぎの新大阪駅に立ってますが、いつもなら上り最終のぞみに乗って東京で前泊というパターンが多くなっていたことから、早朝に大阪を出るのは久しぶりです。

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朝一番の新大阪6:00発ののぞみ100号には間に合わないため、最寄駅から初電乗って来て新大阪から乗れるのはいつも後発ののぞみ102号なんです。

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車両はいつものごとく700系です。

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乗車前に朝食を調達しておいて、車内で頂きながら東京へ向かいます。
新大阪始発なので、名古屋辺りまではそれほど混んでなく、名古屋から続々と乗り込んできて6割程度が埋める感じです。

名古屋を出てウトウトと寝てしまい、気が付けば熱海を通過してました。
東京には8:46に到着。
ここから乗継先のはやて11号の発車には30分ほど時間がありますのでのんびりと乗り換えです。

→次に続く。

category: 東北地方遠征

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2006年12月3日 モリコロパーク詣と名古屋遠征11 リニモ編その2と帰阪  

愛・地球博記念公園からリニモに乗り名駅へ向かいます。

やってきた藤が丘行きには数名しか乗ってません。
そして、乗車するのは私を含めて十数名だけと言う状態です。

この一帯は前の記事にあった観覧車からの様子からも分かるように、大学や陶磁資料館などの公共施設がある以外には住宅地も少なく大半が森林や田畑に囲まれた場所にあるため利用が少ないというのが実情です。

また、道路網が整備されていることも利用が伸び悩む原因で、モリコロパークへの来訪者の大半は自家用車を利用していると感じでした。

長久手古戦場以西では宅地化が進んでいるものの、長久手古戦場と杁ケ池公園(いりがいけこうえん)で数名ほど乗車してようやく20p程度。
はなみずき通で纏まった乗車があったものの30p程度にとどまったまま藤が丘へという感じでした。

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1年ぶりに藤が丘は万博期間中に会った滞留施設「リニモ広場」があった場所に商業ビルの「藤が丘effe(エフ)」が建ってビックリしました。
他はあまり変わった様子もなくといった感じです。

20061203_fujigaoka-01.jpg

藤が丘から東山線に乗り換えて名駅へ向かいます。
相変わらず東山線の混み具合は際立ちますね~。

郊外区間は40p~60p程度ですが、丘陵部を抜けて地下へ入ると続々と乗り込んできて中心部の栄や名駅まで来ると140p~160pにまで達します。

何度も触れるようですが、東山線は16m級の小型車の6両編成(東京メトロの浅草線クラスの車両と思っていただければ分かるかと・・・)のため、1列車単位の輸送力が小さい過ぎます。
(名城線ぐらいの中型車でやっとマシになるかなと言う感じにも思えますが・・・)

名駅に到着し地上に出ると、期間限定モノらしく電飾が灯されていました。

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ここで近くにある「テルミナ」の上階にある喫茶店で軽く夕食とすることにし、食後のデザートは定番化した感のあるパフェという事で・・・。

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食後は名駅からのぞみ139号で帰阪しましたが、2ヶ月ぶりの300系でした。

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21:30ごろに帰宅。
この名古屋遠征の前日は滋賀県の湖北町へ編成写真ゲットのお出かけをし、その足で職場の忘年会へいってますから、タフな週末となってしまいました。

最後に・・・。
モリコロパークへ来訪した際、園内でモリコロパークショップなるものを発見し入ったところ、愛・地球博公式記録映像を収めたDVDが置いてあったので、モリコロのメモ帳と共にゲットしました。

証拠として写真を提示しておきます。

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#「2006年12月3日 モリコロパーク詣と名古屋遠征」 おわり。

category: 愛知万博の足跡を巡るお出かけ

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2006年12月3日 モリコロパーク詣と名古屋遠征10 愛・地球博記念公園駅  

名古屋市内に戻る前に愛・地球博記念公園駅の周辺を見てみました。

拡張された仮設備が撤去されて本設だけなった万博会場駅はモリコローパーク開園時に現在の「愛・地球博記念公園」と改称されました。

改札口などは前回来訪時に縮小されてますが、従来どおり有人駅のままです。
まずはここを通り過ぎて歩道橋を越えた先にあるバス乗り場へ向かいました。

このバスのりばは万博期間中に長久手会場と瀬戸会場を結んだ会場間燃料電池バス(FCHV-BUS)の発着場として利用されていた場所で、閉幕後しばらくはそのままだったようですが、モリコロパーク整備時に路線バスの停留所として再整備されています。

20061203_moricoro_park-31.jpg

ここへは、名鉄バスと長久手町コミュニティバス「Nバス」が乗り入れていますが、本数は極めて少なめです・・・。

20061203_moricoro_park-32.jpg 20061203_moricoro_park-33.jpg

駅北側に回ると前回来訪時には利用できた駅北口が、モリコロパーク開園後は一旦閉鎖して仮設備の撤去後、本設の整備工事が行われていました。

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ホーム階は拡張設備が撤去されたためすっきりとした感じですが、2面3線の規模は変わらないため他駅に比べてまだ大きいです。
駅名板はちゃんと「愛・地球博記念公園」となっていました。

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日没を過ぎた愛・地球博記念公園駅には車両入替のために回送電車が中線に入り車両基地の方に入庫していきました。

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最後に愛・地球博記念公園駅の乗り場から夕暮れの藤が丘方の1ショットを・・・。

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→次に続く。

category: 愛知万博の足跡を巡るお出かけ

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サイト更新情報 2007年1月23日  

1月24日のサイト更新情報です。

今回は2ヶ月ぶりに万博来訪記を更新しました。
万博来訪記トップページ
http://dkkawachi.web.fc2.com/visit_expo2005/expo_index.html

内容は遠征5回目となる2005年8月21日分のページの追加です。
2005年8月21日来訪分記事一覧ページ
http://dkkawachi.web.fc2.com/visit_expo2005/20050821.html

5回目来訪分はブログ投稿時で4記事ありますが、サイト化に際しグローバルトラムとめざめの方舟を纏めた最初の記事を加筆並びに写真追加により分割し、グローバルトラム編とめざめの方舟編としました。

今回はそのうちのVol.1となるグローバルトラム編の記事をサイト化しました。

2005年8月21日 Vol.1 グローバル・トラム初乗車
http://dkkawachi.web.fc2.com/visit_expo2005/report/20050821_01.html

万博来訪記は今週中に5回目分の残りの記事をアップする予定です。

以上です。

category: サイト更新情報とお知らせ

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2006年12月3日 モリコロパーク詣と名古屋遠征9 モリコロパーク・レポ編~その4  

観覧車に乗った後はリニモに乗るため戻ってきます。

総合案内所に隣接した場所に、かつて万博の長久手会場で活躍した自転車タクシーやオフィシャルカートが展示されていました。

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企業パビリオンゾーンBの辺りに地球市民交流センターが設置されるそうです。
愛知県側から提示された資料によるとセンター内にはモリコロらしきものがいましたが、果たしてどうなるのか・・・。

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また、総合案内所の前には長久手会場内で展示されていたモリコロが添乗されていますが、来訪時には電飾を施されて11月24日から12月24日まで行われていました。

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最後にモリコロパークの北入口とそのゲートの様子を・・・。
ゲートにはちゃんと「愛・地球博記念公園 モリコロパーク」と表記されていました。

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→次に続く。

category: 愛知万博の足跡を巡るお出かけ

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サイト更新情報 2007年1月22日  

1月22日未明のサイト更新情報です。

前回に引き続き今回も鉄道写真館を更新しました。

今回更新されたページ。

JR東日本E231系(通勤タイプ)800番台
旧サイトから移設・リニューアル
http://dkkawachi.web.fc2.com/rail_photograph/jreast/ec_e231_c800.html

JR東日本E231系(通勤タイプ)500番台
旧サイトから移設・リニューアル
http://dkkawachi.web.fc2.com/rail_photograph/jreast/ec_e231_c500.html

JR東日本E217系
旧サイトから移設・リニューアル
http://dkkawachi.web.fc2.com/rail_photograph/jreast/ec_e217.html

阪急電鉄 9000系
主要諸元表更新
http://dkkawachi.web.fc2.com/rail_photograph/hankyu-group/hankyu_9000.html

以上です。

category: サイト更新情報とお知らせ

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週末日記 2007年1月21日  

2007年1月21日(

この日は昼過ぎに梅田へ出向き、旭屋書店で鉄道写真館の資料集め。
何冊か購入して、遅めの昼食タイムとしました。

いつのも喫茶店に寄り、グラタンセット+食後のパフェを・・・。

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20070121_pafe.jpg

食後はヨドバシ梅田で、昨年末に発売されたauのW44Sを見てきました。
縦横に開けるデュアルオープンスタイルという触れ込みですが、従来の折りたたみスタイルで慣れてしまうと扱いにくい面があり、個人的にややマイナスポイントが付くといった感じです。

また、デュアルオープンスタイルを実現するため横側にヒンジが付いているため扱いにくさを助長している点で、このスタイルに対し支持できませんね。

ヨドバシ梅田を出て大阪駅から大和路快速で久宝寺へ。

改良工事中の大阪駅は9番・10番線の工事が進められており、改札口のフロアの段差の解消箇所が拡大されていました。

新今宮~天王寺では外環状線の関連工事が進められていますが、新今宮では天王寺方に分岐器を挿入する工事が進められ、天王寺では進捗中の大和路線~阪和線の下り連絡線の高架の橋脚が現れてここまで進んでいるというのを実感します。

久宝寺では奈良方に引上げ線が敷設され、JR難波方は外環状線の軌道敷設と分岐器の挿入がほぼ終っている段階。

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これらが完成し外環状線が開業すると南大阪を中心とした地域の運転系統が大きく変る可能性があり、外環状線と近い時期に相互乗り入れを行う阪神西大阪線~近鉄奈良線を意識した列車も設定されるそうですが、どうなるのか・・・。

久宝寺からの帰りにウグイス色の201系に遭遇。
車両転用の計画が変更されたために登場したもので、予定されている車両数が奈良電車区に配置されると、103系6連口の全編成が丁度置き換えられることが出来るらしく、去年冬から営業運転についている模様。

この日見ただけでも3本確認しました。
これを終点のJR難波まで乗り、アイコンをゲットしました。

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乗り換え先の近鉄難波では阪神西大阪線の難波延伸に関連した改良工事が進められていますが、エスカレーターの更新工事が順次行われ、下りホームへのエスカレーターもスリムタイプ(本体幅が狭いだけで通路幅自体は従来と同じ)に置き換えられていました。

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この後、近鉄難波から上本町乗換で帰宅しました。

category: 日記

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サイト更新情報 2007年1月20日  

元旦更新以外では今年最初のサイト更新です。
個人的ですが、今回は管理人からのある報告もここで行います。

今回のサイト更新はJR東日本写真館の移設を開始しました。
JR東日本写真館
http://dkkawachi.web.fc2.com/rail_photograph/jreast_photo.html

移設された形式は今回新規公開するE721系とE233系を除く2形式。

旧サイトから移設・リニューアル
E531系
http://dkkawachi.web.fc2.com/rail_photograph/jreast/ec_e531.html
E231系(通勤タイプ)0番台
http://dkkawachi.web.fc2.com/rail_photograph/jreast/ec_e231c_0.html

新規公開
E721系0番台
http://dkkawachi.web.fc2.com/rail_photograph/jreast/ec_e721_0.html
E233系
http://dkkawachi.web.fc2.com/rail_photograph/jreast/ec_e233_c0.html

サイト更新は以上です。
-- 続きを読む --

category: サイト更新情報とお知らせ

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2006年12月3日 モリコロパーク詣と名古屋遠征8 モリコロパーク・レポ編~その3  

さて、万博期間中には乗ったことがなかった大観覧車に乗ってみました。

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夕方だったので、待ち時間無し。
という事は私一人ということで、寂しく?乗りました。

いざ乗ったものの、眼下に広がる光景よりも地に足が着いていないと不安です。
高い所苦手なんです・・・汗。

と言いつつ、写真を撮ってきました。

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遊びと参加ゾーンと企業パビリオンゾーンの跡地

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写真中央がセンターゾーンや日本ゾーンなどがあった場所
写真右手が西ゲートがあった場所で、現在は田畑に戻されている

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写真中央は休憩所や飲食店があった場所。
現在も当時と雰囲気は変らないが休憩所は縮小され、飲食店はモスバーガーが入居している

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公園西駅
西ターミナルの北端にあった場所ですが、ここも西ゲート周辺同様に田畑に戻されている。

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西ゲートと西ターミナルの跡地
上に同じく田畑に戻されている。

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3つ目の写真を拡大したもの
写真中央は日本ゾーンで上側の池に手前に通算8回も入館した長久手愛知県館や中部千年共生村がありました。
写真右上はグローバル・コモン4があった場所で、その斜め手前にある証明設備のあるのがグローバル・コモン3の跡地です。

約十数分程度の乗車を終えて最後は夕暮れを背景にした大観覧車の全景を撮っておきました。

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→次に続く。

category: 愛知万博の足跡を巡るお出かけ

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2006年12月3日 モリコロパーク詣と名古屋遠征7 モリコロパーク・レポ編~その2  

モリコロパーク・レポの続きです。

整備中の園内にはサイクリングロードも整備される予定で、写真の看板はその中にあるトンネル工事のPR看板です。

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万博来訪時の定番ショットでおなじみだったグローバル・コモン6も更地となっていましたが、物販店などが入っていた建物だけが残されておるものの何に使われるのか分からないままです・・・。

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遊びと参加ゾーンは殆んどの施設がそのまま残されることになったため、第1期オープンのときは早々に利用が開始されています。

わんパク宝島は「愛知県児童総合センター」に、地球市民村のセンターハウスは「愛知国際児童年記念館」としてそれぞれ使用されています。

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園内最西端にあるのは、万博期間中にファミリー愛ランドとして使用されていた遊戯施設です。

遊戯施設の隣には各種展示や催しが行われていた「モリゾーキッコロメッセ」がありましたが、閉幕後に解体・撤去されファミリー愛ランドだけが愛知県の手による管理運営により数年間は残されることになりました。
もちろん、ランドマークの一つであった大観覧車も電光掲示板を撤去された以外は当時のまま残れていました。

20050923_expo_dai_kanransha.jpg 20061203_moricoro_park-15.jpg
万博のランドマークの一つであった大観覧車。
左:2005年9月23日撮影 右:2006年12月3日撮影

さて、今度はその観覧車に乗ることにします。

→次に続く。

#2007年1月20日 0:20UP

category: 愛知万博の足跡を巡るお出かけ

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2006年12月3日 モリコロパーク詣と名古屋遠征6 モリコロパーク・レポ編~その1  

愛地球博記念公園駅に到着しました。
眼下にモリコロパークの入口が一望できますが、2005年7月からの暫定開業のため、園内の殆んどは整備工事中のままです。

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仮設により拡張されていた駅は改修工事によって、すっきりした感じになっていますが、反対側は改修工事が完了されていないため閉鎖中です。

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そして、ついにモリコロパークこと愛・地球博記念公園に入ります。
といっても駅南口を出ると敷地内に入ってますが・・・汗。

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案内図には公園の全体が掴めるので、フルオープンとなる2007年3月以降に来訪するのがが楽しみです。

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リニモの出口を出た辺りは万博当時の長久手会場北ゲートがあったのですが、現在は送迎用ロータリー?と総合案内所と駐車場となっています。
総合案内所はモリコロパークの窓口と事務所を兼ねているようですが、意外とこじんまりとした建物となっています。

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モリコロパークの総合案内所

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駐車場となった長久手会場北ゲート跡地

さてここから、万博開催期間中と今回来訪した2006年12月3日現在との比較です。
また、当時の雰囲気と共に楽しみにいただければ幸いです。

都合上、若干アングルが異なりますが、時間がない中での遠征のため事前調査不足で撮影ポジションがつかめなかったのでご了承ください。
-- 続きを読む --

category: 愛知万博の足跡を巡るお出かけ

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2006年12月3日 モリコロパーク詣と名古屋遠征5 リニモ編その1  

愛環線の後はリニモに乗り換えます。

万博期間中にあった仮設の拡張設備などは2005年中に全て撤去されて、当初の計画の状態に改修されていました。

良く見るとその時に片鱗が残っている部分があるためか、構造物のデザインが若干雑な印象を受けます。

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本設部分として残されているのは、万博期間中に出口として使用されていたところですが、改修後は券売機や改札機の台数も減らされています。

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ホームに上がると丁度正面に整備工事中の八草駅前が一望できます。
前回来訪した時は仮乗車ホームの撤去工事が行われている途中で、乗り換え口の滞留設備も撤去工事でフェンスが立てられていましたが、現在はご覧の通りです。

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八草駅は1面2線で、引上げ線を有しています。
引上げ線自体は開業当初からのいわば本設でして、万博終了後もそのまま使用されています。

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八草から乗車し、愛・地球博記念公園駅へ向かいます。
途中にある陶磁資料館南駅の近くにあった愛知万博長久手会場・東ターミナルは前回来訪時と変らず更地ですが、前回来訪時には建物が残されていた東ゲートも撤去されていました。

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これらは現在の更地のままですが、万博での余剰金を活用し、万博の理念と科学技術を継承・発展させる施設が建設される予定です。

科学技術交流財団による構想紹介のページ
http://www.astf.or.jp/soumu/foundation.html

この後はモリコロパークこと愛・地球博記念公園のレポです。

→次に続く。

category: 愛知万博の足跡を巡るお出かけ

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2006年12月3日 モリコロパーク詣と名古屋遠征4 八草駅レポ編  

1年ぶりに八草駅の降り立ちました。

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2005年12月下旬来訪時の八草駅は、愛知万博終了から数日たった2005年10月から行われていた仮設備の撤去と縮小改修工事の最中でしたが、今回来訪した時にはホームと駅舎の改修工事は終了してました。

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八草にも運行情報表示装置が設置されていました。

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万博期間中はあれほど混雑していた八草(当時は万博八草)駅は、今や4連長のホームしかない小さな駅となってしまいました。
といっても、これがこの地域における普段の姿なのですが・・・。

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前回来訪時は改修工事の関係で無人駅化していた改札口は、台数が少なくなったものの自動改札機が再設置が行われ、駅員の再配置も実施されていました。

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こうしてすっかり変ってしまった八草駅ですが、最も変った場所があったので下りてみることにしました。

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最も変った場所は東側にあったシャトルバスのりばがあった場所が、田畑になったていたのです。
確か、万博関連で拡張された設備などや元に戻すという条件だったらしく、ここも元々そういった場所だったということですね。

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西側に回ると、万博会場への乗り換えのため拡張されていた設備はすっかりなくなり、ロータリーの整備工事が進められていました。
次回来訪したときには改修工事を終えた八草駅で見られるわけですね。

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さて、ここからリニモに乗り換えて愛・地球博記念公園駅へと向かいます。

→次に続く。

category: 愛知万博の足跡を巡るお出かけ

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2006年12月3日 モリコロパーク詣と名古屋遠征3 愛知環状鉄道  

名鉄瀬戸線を新瀬戸まで乗った後は瀬戸市駅へ向かい、愛環線を八草まで乗車します。
前回来訪時は八草から高蔵寺でしたが、逆方向は2005年9月以来1年3ヶ月ぶりです。

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久しぶりにやってきて驚いたのは、運行情報を表示するモニタが設置されているということです。

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この記事の執筆時に調べたところ、それは運行情報表示装置だそうで、中岡崎、三河豊田、新豊田、八草、瀬戸市の5駅に設置され、2006年7月14日からしようを開始されています。
表示内容としては公式サイトにある運行情報と同じですが、右側に広告表示が出来るようになっています。

参考:愛知環状鉄道 運行情報
http://www.aikanrailway.co.jp/AikanJsp/ZaisenInformation.jsp

エキスポシャトルで活況を呈した直通運転は本数は減ったものの万博終了後も残されています。

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高蔵寺行きを見送ったあとに岡崎行きが到着。
車両は愛環線の主力である2000系。

当時の主役であった100形・200形・300形はえちぜん鉄道へ転用されて、愛環所有車は2000系のみとなっています。

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瀬戸口を出ると進行方向右手に瀬戸デジタルタワー(正式名称:瀬戸デジタルテレビ放送所)が見えてきます。

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山口付近では愛知万博瀬戸会場の跡地が見えてきます。

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写真中央の山手にある建物の辺りが瀬戸会場があった場所。
丁度、建物のすぐ手前に天水皿n(n乗)がかろうじて見えるかと・・・。

八草駅に到着し、リニモに乗り換える前に駅周辺の様子と見てきます。

→次に続く。

category: 愛知万博の足跡を巡るお出かけ

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週末日記 2007年1月14日  

2007年1月14日(

遠征2日目であるこの日は広島をベースに乗り潰しです。
まずはこだま629号に乗り徳山へ向かいます。

乗ったのは0系ですが、東海道では見ることがなくなったものの、山陽ではまだ現役。
ウエストひかりの座席を転用した2+2列となっていて快適ですが、やはり古さは否めない感があり、トンネル内ですれ違う時はギシギシと悲鳴をあげています・・・。

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徳山から岩徳線に乗車。
キハ40形の単行ですが、広島支社管内の在籍しているキハ40・47形には側面にLED式の行先表示装置を設置されています。

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岩国まで通しで乗車しましたが、岩徳線の中間辺りにある周防高森と玖珂からの利用が多いようで、ここから岩国までは120pに達しました。

岩国から横川へ移動し、可部線を未乗区間の大町~可部を含めて乗り通しました。

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可部まで乗りとおした後は大町へ戻り、アストラムラインに乗り換えて広域公園まで乗車。
(大町~本通までは乗車済み)

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編成写真も撮ってなかったので一応撮っておいたのですが、後で2形式あったということに気付き、次回来訪時に撮ることに・・・。

未乗区間のある安佐南区は山間部を通りますが、想像以上に宅地化されているのには驚きです。

20070114_koikikoenn_mae-01.jpg

広島に戻って、広電の編成写真をゲットタイム。

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最新鋭のグリーンムーバーMAXにまんまと逃げられてしまったものの、5形式はゲットしました。
ここから帰阪ですが、真っ直ぐ新幹線ではなく未乗だった呉線に乗車。
ロングシート車の比率が多い路線だったものの、この時は115系+113系の併結編成の乗れました。

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海田市から呉線に入ると夕日を見ながら海沿いを進みますが、平野部が少ないため山側の中腹まで宅地化されている箇所が多く見られました。

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三原からこだま666号に乗り換え、朝乗った0系同様何年か振りの100系に乗車。

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福山からひかりレールスター476号に乗り換え、新大阪へ。
去年5月の九州遠征以来のレールスターですが快適です。

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新大阪で夕食とるため構内の喫茶店に入り、食後はパフェをいつもどおり頂いてから帰宅しました。

category: 日記

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週末日記 2007年1月12日~1月13日  

2007年1月12日(金)

山陽道横断のりつぶしの旅で現地に前日入りするため、この日の夜に大阪を出ました。
先週に引き続きまた遠征ですが、前回とは逆方向へ向かうことになります。

新大阪からのぞみ75号に乗車し岡山へ向かいます。

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22時台にこの場所にいるのは、大抵東京方面から帰ってくる時なので、珍しいのです。
まあ、大阪から岡山まで行くのは名古屋へ行くのと大きな差は無いですから…。

のぞみ75号は、東海道からの直通列車で広島方面最終ということもあり、まあまあ乗ってますが、それでも東海道区間に比べると若干少ない印象です。

23:30頃にホテルにチェックインし、翌日の活動に備えます。

2007年1月13日(

初日となるこの日は岡電乗車からスタートしました。
もともと予定には無かったのを無理やり挿入させたため、予定より1時間ほど早くチェックアウトしました。

岡山駅前電停から清輝橋線に乗車。

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終点の清輝橋から東山本線の東山へ徒歩で向かいましたが、予定外に遠かったものの何とか予定通りに東山本線に乗車できました。

岡山からマリンライナーに乗り茶屋町へ。
茶屋町から宇野線の盲腸区間となっている宇野まで乗車。

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かつてメインルートだったこの区間もずいぶんと寂しくなった感じです。
到着した宇野駅も今やその面影も無く、シンプルな構造となっているもののフェリーの発着地としてはいまだ機能していました。

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宇野で玉野~岡山を結ぶ特急バス(両備バス)が30分おきに出ていることから、そのまま折り返すのはもったいないと思い岡山まで乗ってくるという18きっぷを使っているとは思えないような本末転倒なことをやってきました…汗。

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ルート的には児島湖の東側(宇野線は西側)を通り児島湾の真ん中を橋で渡り、岡山市外の南から清輝橋を経由すると言う感じです。
宇野線利用より割高(宇野線:570円 両備の特急バス:640円)になるようですが、玉野市の市街地を通るため7割~8割ほどの利用があり、特急バスがやや有利な状況でした。

昼食をはさんで午後は吉備線に乗車し、総社乗換えで清音へ向かいます。

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清音から井原鉄道の乗り神辺乗換えで福山へ向かいました。

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井原鉄道は平成11年開業の路線ですが、大半の区間が高架で高い建物が無いということもあり見晴らしは良好でした。

福山から倉敷へ移動し、倉敷から水島臨海鉄道に乗車します。

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夕方の時間帯ですが、これは終点の三菱自工前まで行く列車がデータイムに無いため早朝か夕方以降しか乗れないためで、この日は土曜と言うこともあり三菱自工前行きが朝時間では少ないと言うことと、この時間に岡電と宇野線の予定を入れていたので夕方と言うことになったわけです。
水島までは利用があるのですが、最後の1区間は工場関係者以外の利用者は乗りつぶし組み以外はさっぱりいないと言う感じで、実際に最後まで乗っていたのは3人だけでした。
終点の三菱自工前は周囲が工場に囲まれているため無機質な印象を受けます。

このあと岡山に戻り夕食を調達し、こだま673号に乗り翌日予定している広島へ移動しこの日は終了しました。

#2007年1月14日 1:05 Last Update

category: 日記

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2006年12月3日 モリコロパーク詣と名古屋遠征2 名鉄瀬戸線  

名古屋駅で313系3次車の編成写真をゲットしたあとは、名鉄瀬戸線の編成写真のゲットです。

市営地下鉄東山線で栄へ向かいます。

相変わらず混んでいる路線と言う印象で、大阪で言う御堂筋線のような存在でしょうか・・・。
とはいえ、列車単位の輸送量自体が比べ物にならない上に、建設当時の車両規格が追々影響を及ぼしているのは間違いないかと・・・。

いっその事、名古屋市営東山線を1から作り直したいくらいです。
(無理ですけど・・・)

さて、栄から名鉄瀬戸線に乗り換えます。
万博来訪中の後期では名駅シャトルバスが混雑したときの代替ルートとしてずいぶんお世話になったのですが、2006年はこの日まで利用することがありませんでした。

名鉄瀬戸線は輸送改善に向けた工事が各所で行われ、その一環として喜多山にある車庫も尾張旭に移設されるのですが、尾張旭に建設される車両基地には塗装設備を有しておらず、現在在籍している車両の動向が気になるところでした。

2006年に発表された公式リリースによると、瀬戸線には本線系の3300・3150系や小牧線の300系をベースとした新型車両を投入するし、数年に掛けて全車置き換えるとのこと。

本線から転用されてきた6000系は瀬戸線から撤退しても本線に復帰と言う道が残されていると思われるのですが、事実上瀬戸線専用になっている6600系や6750系が引退する可能性が出でくる事になります。

今回は引退間際の混乱で撮るより、落ち着いている今の間に狙ったほうが労せず済むので、このときに実行に移すことにしたわけです。

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早速撮影ですが、ここ栄町ではアイコンのみです。

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6000系 栄町にて

瀬戸線は駅撮りにおける撮影ポイントが少ない感じですが、地道に進めることにしました。

まずは東大手から地上に出て最初の駅である清水。

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ホーム長はやや余裕があり、停車位置的は最後部がホーム端部に合わせているようで、上り列車を捕らえる場合、栄町方から捉えるのがセオリーのようですが、撮影した位置にあるホームの幅が狭いので要注意です。

ここでは6750系2次車をゲット。

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6750系 清水にて

清水の隣である尼ヶ坂は上下線がすれ違うためアイコンショットとなってしまいます。
次の森下は停車位置がホーム端部に先頭を合わせるという感じで、上り列車は尾張瀬戸方から捕らえることが出来ます。

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ここでも6750系2次車をゲット。

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6750系 森下にて

森下から一気に進みます。
喜多山で捕らえる方が苦労しないかと思い、ここで一度降車します。

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喜多山は配線と構内踏切がある関係上、栄町方がスロープ上になっていて先の2駅よりも比較的捉えやすい感じです。
ここでは6600系の編成写真をゲット。
6600系の編成写真は一切無かったので、少ないチャンスをものにしました。

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6600系 喜多山にて

喜多山から大森・金城学院前へ移動。

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瀬戸線では「トランパス」導入に伴い各駅の自動改札機の設置や駅集中管理システムの導入などが進められていて、ここ大森・金城学院前でも導入されていますが、裏口に相当する北口にも自動改札機が設置されていました。

20061203_omori-02.jpg

さて曲線上にあるため編成写真は厳しかったのですが、ここで6750系1次車をゲット。
事実上、1編成しかないためようやく撮れた感じです…汗。

20061203_meitetsu_6750-03.jpg
6750系 大森・金城学院前にて

これで、編成写真ゲットの目的は終了。
今度は瀬戸市から愛環線に乗り八草へ向かいます。

→次に続く。

category: 愛知万博の足跡を巡るお出かけ

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2006年12月3日 モリコロパーク詣と名古屋遠征1 1年ぶりの名古屋訪問  

去年の12月3日は名古屋へ行ってまいりました。

前回の2005年12月以来1年ぶりとなる今回の名古屋来訪の目的は…。

・3300系ベースの新型車両への置き換えが予定されている名鉄瀬戸線と313系3次車が投入された東海道線・中央西線の編成写真のゲット。
・2005年7月中旬から9月下旬の閉幕まで都合16回来場した愛知万博の跡地である愛・地球博記念公園ことモリコロパークへの来訪。
以上3つ。

名古屋への往復は新幹線を利用しましたが、ここ最近としては珍しく自由席を利用します。

20061203_shinkansen_tickets.jpg

名古屋の到着。
2006年の名古屋は、乗換えなどで利用することがあったものの、本格的に来訪するのは1年ぶりです。

20061203_nagoya-01.jpg

降り立つと早速、編成写真のゲットを開始。
この場所でのターゲットは2006年秋に投入された313系3次車グループのひとつである東海道線の5000番台と中央西線1600番台です。

まずは5000番台を狙うつもりで、東海道線下りホームへ出向いたのですが、隣のホームに1600番台が停まっていたのですが、岐阜行きがすぐとなりに停車していたので、先にアイコンをゲットしておきます。

20061203_jrcentral_ec_313_1600-01.jpg
中央西線名古屋口の増備車 313系1600番台(1100番台グループ)

アイコンをゲットして戻ってくると、岐阜行きが丁度発車していったので、編成写真をゲットします。

20061203_jrcentral_ec_313_1600-02.jpg
こちらは1600番台の編成写真。

電光掲示板を確認すると、次の東海道線のぼりが来るまでにはちょっと時間があるため、他形式の編成写真もゲットしておきます。

20061203_jrcentral_ec_211_5000-01.jpg
211系5000番台4連

20061203_jrcentral_dc_85-01.jpg
キハ85系「南紀」

到着する時間を見計らって、東海道線の優等列車・折り返し列車用ホームへやってくると丁度いい具合に遮る列車が無く都合の良い状況に…。

しばらくして岐阜方から3次車の特徴である青白いライトを照らした車両が見えたことから、5000番台であることがすぐ判別できました。
そして、編成写真をゲット。

20061203_jrcentral_ec_313_5000-01.jpg
実質、基本番台の増備車である313系5000番台

雲天という若干不利な条件ですが、見事に成功です。

5000番台を捕らえたことからここでの目的は終了。
次なる獲物を追うため、市営地下鉄に乗り栄(栄町)へ向かいました。

→次に続く。

#2007年1月13日 1:30UP

category: 愛知万博の足跡を巡るお出かけ

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2006年11月19日 東武ファンフェスタ遠征6 編成写真ゲット編その3 千葉  

最後は千葉駅で撮影をしました。
千葉駅は扇状配置されているため、総武本線(成田・銚子方面)と外房線・内房線(蘇我方面)ののりばが郊外方に向かうにつれ離れてゆく配置になっています。

今回は未撮影だったE257系500番台の編成写真とE231系・113系1000番台の編成写真をゲットしました。

20061119_jreast_ec_e257_500-01.jpg
E257系500番台

20061119_jreast_ec_e231_c0-01.jpg
E231系(通勤仕様)0番台

20061119_jreast_ec_113_1000-01.jpg
113系1000番台

撮影を追えて、しばらく外房線・内房線の利用状況を見てました。
休日の夕方ですが、総武線快速直通以外は基本的に6連ないし8連メインです。

20061119_chiba-01.jpg

利用状況としては蘇我方が比較的混んでいて120p、東京方が60p~80p程度。
総武線快速直通列車は100p~120p程度の利用で、利用の半数近くはここ千葉で入れ替ります。

見た感じでは積み残しが無いので、問題が無いと言えばないのですが、如何せん千葉地区は枝分かれしてゆく路線網なので路線単位で見ると少なくなってしまうようなので、ここはもう1本欲しいところですね。

見聞を終えると千葉始発の快速に乗り東京へ向かいます。

20061119_green_suica-01.jpg

グリーン車Suicaシステムを利用して、快適に東京へと戻ります。
利用状況的には2階席しか分かってませんが、4割程度の利用でした。

20061119_green_suica-02.jpg

東京からのぞみ151号に乗り帰阪しました。

20061119_tokyo.jpg

2006年最後の関東遠征はこれで終了です。

#「2006年11月18日~11月19日 東武ファンフェスタ遠征」終わり。

category: 未分類

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2006年11月19日 東武ファンフェスタ遠征5 編成写真ゲット編その2 四街道  

錦糸町から総武線快速に乗り千葉方面へとやってきました。
目的は高崎線・東北本線から転用されてきた211系3000番台を写真に収めるためです。

千葉地区に転用された211系はグリーン車組込の対象から外されたグループで、当時の計画では高崎線・東北本線上野口に何本か残されるグリーン車非連結の列車に就く予定だったのですが、全列車グリーン車を連結する方針に変更されたことによりE231系が追加投入されることになり、余剰となった車両を塩害で車体に傷みが激しい車両が多い千葉地区へ転用されることとなったのです。

今回それを狙うのですが、如何せん撮影ポイント分からないまま出たとこ勝負で挑むことにしました。

事前の調査では総武本線と成田線で主に使用されるとの事でエアポート成田に乗って千葉から成田方面へと向かいましたが、時間が16:00を回り、周りが暗くなってきたため駅撮りを基本とするため停車する駅を確認しながら移動です。

まずは東千葉ですが、島式1面のみでダメでした。
続く都賀も同じく・・・。
次の四街道が2面3線で本線が内側にある配線だったので、ここで降りる事にしました。

20061119_yotsukaido-03.jpg

捉えることが出来るチャンスが多いので、しばらく待っていると「エアポート成田」の後追いで到着した列車が211系だったので、まずはアイコン素材としてゲット。

20061119_jreast_ec_211_3000-01.jpg

引き続き、成田方面から到着した列車も211系ということで。今度は編成写真としてゲットしました。

20061119_jreast_ec_211_3000-03.jpg

駅の時刻表には車両の変更により列車の編成が短くなるという旨の掲示が行われていました。

20061119_chiba_211_info.jpg

一度改札を出て戻る体制ととっておきます。
四街道駅はメインの出口となる側にはロータリーがありますが、反対側は特にこれといったものがなく、目の前に自転車置き場が設けられていました。

20061119_yotsukaido-01.jpg

20061119_yotsukaido-02.jpg

反対側の先頭車も撮っておきたかったので、後で乗車した千葉行きが到着する前の段で撮っておきました。

20061119_jreast_ec_211_3000-02.jpg

これで主な目的は果たしたので戻る事にしました。

→次に続く。

category: 鉄道イベントなお出かけ

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2006年11月19日 東武ファンフェスタ遠征4 編成写真ゲット編その1 せんげん台  

南栗橋から中央林間行きに乗りJR東日本千葉支社管内に転用された211系3000番台を捉えに行くのですが、その前に昼食をとるためせんげん台で下車しました。

20061119_lunchi-01.jpg

食後は例によってパフェです。

20061119_coffee_pafe.jpg

昼食を終えるとせんげん台の駅で編成写真をゲットすることにしたのですが、改札口へ向かっている途中で50050系が到着してしまい、あわてて追いかけたものの結果はご覧の通り・・・。

20061119_tobu_50050-01.jpg

データイムで捉えられないという屈辱を味わうことになってしまいました(泣)
気をとり直し編成写真の撮影、と言っても既に撮っている形式ばかりですが、理想を追求するための撮り直しといったところで、30000系と東急5000系の撮り直しが出来ました。

20061119_tobu_30000-01.jpg
30000系

20061119_tokyu_5000-01.jpg
東急5000系(6ドア車組込編成)

ここではサイトの写真館向けにアイコンも撮っておきました。

20061119_tobu_8000-01.jpg
8000系

20061119_tobu_20050-01.jpg
20050系

20061119_tobu_20000-01.jpg
20000系

一通りの撮影を終えて、中央林間行きに乗り錦糸町乗換で千葉へと向かいました。

→次に続く。

category: 鉄道イベントなお出かけ

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週末日記 2007年1月8日  

2007年1月8日(

遠征2日目であるこの日は両毛線と烏山線に乗ってきました。

都市圏に近かったため詳細な行程を組んでなかったことから、ちょっと寝坊してしまいました。
一旦、東京駅へ向かい大きい方の鞄をロッカーに預けて、とき361号で高崎へ向かいました。

20070108_jreast_tec_200-01.jpg

上越新幹線は初乗車でしたが、高崎までだったのであっと言う間でした・・・。

高崎から両毛線小山行きに乗り換えました。
107系は2004年9月に撮影した増したが、乗車自体は今回が初めて。

20070108_jreast_ec_107_100-01.jpg

利用的には本数の少ない小山口の方が混んでいる感じ。
(高崎~伊勢崎:40p~60p 伊勢崎~桐生:60p 桐生~佐野:80p 佐野~小山:80p~100p)

小山からなすの257号に乗り宇都宮へ、この時は烏山までを在来線で通すより1時間早く行けることからあえて選択。

20070108_jreast_tec_e2_1000-01.jpg

宇都宮から烏山行きに乗り換え。
烏山線は東北本線から分岐する宝積寺乗換がデフォルトですが、入出庫のためか宇都宮直通列車が数本程度設定されているようで、今回はそれに乗ることに・・・。

20070108_jreast_dc_40_1000-01.jpg

終点の烏山はJRバス関東のバスや烏山のコミュニティーバスが乗りいれているものの駅前は閑散としていました・・・。

20070108_karasuyama-01.jpg

烏山までを往復した後は、宝積寺・宇都宮乗換で都心へ。
宇都宮~大宮をつばさ188号で移動し埼京線に乗り換えて1時間ほど早く新宿へ。

20070108_utsunomiya-01.jpg

新宿で中央線に新たに入った新型車両E233系を捉えようと思い待ち構えていたのですが、なかなか来ず諦めようと思った時にやってきてアイコンをゲットできました。

20070108_jreast_ec_e233_0-01.jpg

やってきたのはトップナンバーのクハ233-1。

これを東京まで乗車し、もう一度東京駅で撮っておきました。
感想は詳細版で行います。

20070108_jreast_ec_e233_0-02.jpg

東京駅で一度下車して夕食。
今年最初の食後のパフェです。

20070108_diner.jpg

20070108_pafe.jpg

この後はのぞみ155号に乗って帰阪しました。

#Last Update 2007.1.9 23:25

category: 日記

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週末日記 2007年1月6日~1月7日  

2007年1月6日(

関東遠征を明日に控えたこの日に現地入りするため、上り最終のぞみに乗って上京しました。

20070106_shinosaka-01.jpg

今年最初の遠征は最終のぞみからスタートすることになりましたが、今年はこれに何回乗るのだろうと思わずにはいられません・・・。

2007年1月7日(
7日は関東遠征初日。
ある友人のお誘いにより、今年3月末で廃止される鹿島鉄道に乗ってきました。

上野から常磐線快速(中電)に乗り石岡へ。

20070107_jreast_ec_415_1500-01.jpg

石岡から一日乗車券を購入し鹿島鉄道の乗って鉾田へ。
現在、鹿島鉄道では構内での撮影が禁止されているとの事だったので、敷地外から撮影する事に徹しました。

20070107_hokoata-01.jpg

利用状況的には100p~80pをキープしながらというまずまずな利用状況ですが、鉄道趣味人や試乗組みなどをあることを勘案すると、普段は40p~20pしかいないのかと思われます。

鉾田で折り返し常陸小川で1本落とし石岡へ戻りました。
石岡から水戸へ移動し、ここで昼食としました。

20070107_lunchi.jpg

昼食後は水郡線に乗り盲腸線の常陸太田までを往復。

20070107_jreast_dc_110_100-01.jpg

常陸太田で短時間の折り返しの間に撮影を済ませ、発車時間ギリギリで戻るという無謀なことを強行し、幹事さんと某さんを焦らせます・・・汗。

20070107_hitachiota-01.jpg

再び水戸に戻り水戸線に乗り小山へ向かい、小山からフェアウェーに乗り換える予定でしたが、栗橋~古河の風速計が規制値を変えたため宇都宮線が運転を見合わせてしまい、最終的に新幹線への振り替え輸送となりました。

20070107_oyama-01.jpg

ホームを埋め尽くす利用者の目の前に来たのは200系。
満々としている中で何とか席にありつき上野まで乗車。

20070107_furikae.jpg

上野から新宿へ移動し、ミロードで夕食。

20070107_diner.jpg

ピリッと辛い料理であったものの美味しく頂きました。

夕食後は新宿駅のサザンテラス口を見学。

20070107_shinjuku-01.jpg

なにやら仮設然としているという感じです・・・。

このあと、HiSEで帰られる方を見送り。

残る二人で新宿から秋葉原まで移動したのですが、新宿と千駄ヶ谷付近で営業運転に入ったばかりのE233系とすれ違い、ちょっと悔しい思いを・・・苦笑。
都内の宿に連泊する私は錦糸町でスカ色の電車に乗る方と秋葉原でお別れとなりこの日は解散となりました。

#Last Update 2007.1.9 23:10

category: 日記

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