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2006年10月の記事一覧

2006年10月8日 甲信越地方縦断乗り潰しの旅5 飯田線  

岡谷は塩嶺トンネル側の東京方にあり、飯田線へ直通する辰野支線との分岐でもあります。

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東には諏訪湖が少し遠めに見え、中央本線は茅野まで諏訪湖に沿って進んでいますが、その方面へは次の機会とします。

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岡谷でおやつタイムにでもしようかと思ったのですが、ショッピングモールがあったのですが、撮影禁止ということもあり他を当たったものの目ぼしいお店がなく断念。

戻って編成写真をゲットしてました。
この時スーパーあずさE351系と遭遇しチャンスばかりに編成写真をゲットしました。

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丁度スーパーあずさの編成写真がまだだったので丁度よかったです。

ここから豊橋行きに乗車し今遠征最長5時間55分に挑みます。
やってきたのは119系ですが、静岡の「するがシャトル」時代に冷房改造された車両でした。

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40p程度で岡谷を16:36に出発。
先来た辰野線を戻り、辰野から飯田線に入るため辰野線と別れます。
この時点では入れ替わりがあったものの岡谷のときと同じ40p。

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伊那市で部活帰りの学生に遭遇し100pとなり、駒ヶ根までこの状態でした。
このあたりを出るとすっかり真っ暗になり、どのような感じのところを走っているのかさっぱり分かりません。

約3分の1程度まで来たところで飯田に到着です。
この時点で岡谷から2時間20分が経過しています。

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飯田では行き違い電車と後追いの快速みすずに接続するため長時間停車します。
この間にコンビニを見つけて夕食を調達します。
豊橋着が22:30頃になるのでこういったときは助かります。

みすずの接続を受けて40pという状態で豊橋に向けて出発します。
天竜峡でまとまった降車があり、車内は私を含め10人程度しかいません。

飯田で買ったコンビニ弁当を食べながら、もはや一人ボックスを占領できる状況のガラガラの車内を我がiPodで音楽を聴きながら暇を潰していました。

佐久間で半分ほどが降車し、もはや車内は私を含めて3人しかいません。

水力発電所を目の前に川を渡るとすぐ中部天竜ですが、浜松市だったのには驚きます。

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本長篠で何人か乗り込んできましたが、ガラガラなのは変わりません。
この間にすれ違った列車はそれ以上で、空気輸送状態というのもありました。

新城で纏まった乗車があり、40pほどになります。
豊川では若干降車があったもののそれほどではなく小坂井で多くは降りてきました。

ようやく豊橋に到着。
目の前には普段なら特急系統で使用されている1200系パノラマスーパーが珍しく急行で使用されていましたが、流石に特別席は閉鎖されていました。

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ここから新幹線に乗り換えますが、在来線ホームに今月デビューして間がない313系5000番台が折り返し待ちをしているのを発見。
○○写真ゲッター魂が刺激されアイコンをゲット。

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1両だけ誰も乗ってなかったので、車内の写真を撮っておきました。

従来と異なり全席転換できるようになったので、出入り口付近がやや狭くなっていましたが、実際の状況を見てないのでなんとも・・・。
313系5000番台の車内の写真付きレポは次回投稿分で報告します。

豊橋からこだま594号に乗り静岡へ移動。

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静岡には23:22に到着しました。

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8日はこれで終了。
最終日に向けて休むことにします。

→次に続く。
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category: 甲信越地方遠征

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2006年10月8日 甲信越地方縦断乗り潰しの旅4 辰野支線  

塩尻に到着しました。

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塩尻は中央本線新宿方面と名古屋方面の分岐点でここを境に中央西線・同東線とそれぞれ呼ばれることもあります。

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今でこそ松本方面~名古屋・新宿がスイッチバックなしで直通できる構造ですが、かつては新宿方駅があり東西方向でスルーできる構造だったので、名古屋方面~松本方面へはスイッチバックする必要があったそうです。

塩嶺トンネルが出来たからは現在の場所に移されその必要ななくなったとのことです。

塩尻から辰野線に乗り換えます。
ここから乗車する辰野行きは123系の単行「ミニエコー」で、たったJR東日本管内では1両しか在籍してません。
検査などがある場合は115系が代走します。

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14:17に塩尻を出発。
しばらくは本線と並走しながら転線し塩尻駅構内から外れたあたりで別れます。

新線は立派な高架線ですが、こちらカーブを描きながら上り勾配を登っていきます。
高低差があるのか大回りをしながら上っていきます。

辰野線は通称で正式には中央本線の一部でかつては特急などのとおるめいんるルートでしたが、山間部を通過数するため勾配が介在し難所とも呼ばれました。
岡谷から塩尻までを短絡する塩嶺トンネルが開通後は支線的な扱いとなったものの辰野~岡谷間は飯田線の直通列車が乗り入れていることから今で重要な部分も残されています。

小野で半数ほどが降りてしまい数名しかおらず、10名足らずという有様で辰野まで推移する感じで、メインルートから外された悲哀にも思えますが・・・。

飯田線が近づき辰野に到着。

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辰野は本線時代の面影が構内に残っていますが、いまでは2~3両編成の飯田線と単行の辰野線が乗り入れるだけと寂しい限りです・・・。

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ここから岡谷までは飯田線の直通列車に乗ります。
先の塩尻~辰野とは違い100pほど乗ってます。

ほとんどは岡谷まで向かう流れのようで、終点までそのままキープしてました。
岡谷に到着。

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飯田線の折り返しは切り欠けホームの端にあり狭いホームを改札口へと歩いて行きます。
岡谷からは今遠征最長5時間55分となる飯田線を乗り通します。

→次に続く。

category: 甲信越地方遠征

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週末日記 2006年10月29日  

2006年10月29日(

今度の週末に北陸へ遠征するためのきっぷを手配するため、梅田へ出向いてきました。
指定券だけは先週末に確保おいたので、今回は乗車券類のみを購入しました。

発券を終えて昼食。
食後は久しぶりにパフェです。

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昼食後は尼崎の改良工事の様子を見てきました。
その途中、尼崎の車庫に最新鋭の1000系が留置されているのを発見。
増結2連が2本と基本6連1本が全て出揃っていました。

早速撮ったのですが、ご覧のとおりです・・・。

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やはり、営業運転を待つしかないのです。

阪神尼崎は新ホーム・既存ホームの延伸部分も含めて上屋がほぼ完成して、今はエレベーターの設置工事などが行われていました。

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尼崎を見終えると、西宮でアイコンと編成写真を撮ってからJR西ノ宮まで阪神バスで移動しました。

阪神バスは初乗車で今回は西宮市内を循環する路線でしたが、席が埋まる程度の利用がありました。

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JR神戸線で大阪へ戻る途中、あるサイトでお世話になっている方(以下某さんとします。)から「大阪へ寄るので、これから会いませんか?」ということで、市内のある場所で待ち合わせ。
その待ち合わせの時間までに余裕があったので梅田の旭屋へ寄って写真館の資料集めに雑誌を購入。

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大阪駅で見た223系2000番台「新快速・米原経由敦賀行き」

待ち合わせ場所へ向かい、10ヶ月振りに某さんと再会を果たすことになりました。
再開を果たすと近くの喫茶店で色々とお話をしました。
(内容は割愛します)

1時間という短時間でありましたが、ネット上だとテキストベースで微妙なニュアンスや意思が伝わりにくいので、実際に会うのは大事だな~と思いました。

このあと出張先へ向かう某さんをお見送りをしてから帰宅しました。

category: 日記

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2006年10月8日 甲信越地方縦断乗り潰しの旅3 「Highland Rail」松本電鉄上高地線  

南小谷から来た大糸線普通列車は一番西側の6番線に入りますが、松本電車区を構えていることによる配線上の制約があるため、ホームが塩尻方にある階段の方が狭くなっている感じです。

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実は松本駅は改良工事の真っ只中であり、地上駅舎であった西口がバリアフリー化に伴い廃止され自由通路を通じて西側に出れるようになった事に伴うものでかつての西口があった辺りは比較的広くなっているわけです。

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松本から松本電鉄上高地線に乗り換えます。
松本電鉄の乗り場はJR松本駅を間借りしている形で大糸線と同じ西端にあるホームを使ってます。

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12:10発までにはまだ時間があるのでここで昼食としました。
今回は天ぷらそばです。

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昼食を済ませるともう入線していました。

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元京王3000系ですが、車体にはホワイトをベースに「Highland Rail Kamikochi Line」のロゴが書かれていて、運転台は当時のものから6000系の廃車発生品に変えられていました。
80pで松本を出発していきます。

信濃荒井を出ると住宅地の密集度が低くなり、田園地帯をのんびりと通ります。
上高地線のほぼ中間にある新村は車両基地が併設され拠点としたの機能も有しています。

利用状況的には各駅でちょこちょこ降りてゆくのですが、殆んどが上高地などへ行く観光客のようで終点の新島々までで60pでした。

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新島々に到着。
1面2線とシンプルな配線で、データイムは1線だけ使用されている感じで、もう1線には3000系が留置されていました。

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新島々から先はかつて島々まであったものの1983年の台風による土砂災害で運休となり2年後の1985年に廃止されました。
今もその痕跡が残されていてここ新島々も十数mほど線路が残されています。

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駅舎は様々文献で見たことがあったのですが、実際に見ると軽快なイメージ。
重厚なイメージを持っていたので、これは意外でした。

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上高地への観光は駅前のバスターミナルからシャトルバスに乗り換えることになります。

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電車到着時には改札口にバスからの乗り換え客が列をなし、逆は上高地へのバス乗車券などの購入する人たちで精算窓口が混雑。
松本は中間改札口がないためJRからの乗り換えは降車時精算となるためです。
これは紀州鉄道のときでも体験してましたので、それほど驚きません。

上高地は飛騨山脈南部にある梓川上流の景勝地ですが、環境保護の観点から通年一般車両の通行規制も行われていることから、自家用車は長野県側の沢渡か岐阜県側の平湯の駐車場に車を止めてシャトルバスに乗り換えが必携になっています。

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新島々から折り返しで松本へ戻ります。

昼間ということもあってか40p程度で出発していきます。
新島々行きとは違い逆方向は地元の利用者が多く見られ、終点松本の時点で80pとなります。
次は辰野線に乗車するため松本から塩尻へ移動します。

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長野車の115系3連ですが、100pと比較的混んでます。
松本からは複線となり平野部を南下します。
意外と都市圏の様相を呈していてちょこちょこ入れ替りがあり、途中には新駅の設置工事が行われていました。

塩尻に到着。

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ここから岡谷への最短は塩嶺トンネル経由ですが、かつての本線である辰野線(通称大八廻り)を征するため辰野行きに乗り換えます。

→次に続く。

category: 甲信越地方遠征

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2006年10月8日 甲信越地方縦断乗り潰しの旅2 大糸線  

糸魚川市内にあるホテルルートイン糸魚川に深夜2:00と言う前代未聞のチェックインを果たしました。

今遠征初日の宿泊先であるこのホテルは大浴場を抱えているのが特徴です。
1泊朝食付で6,800円はビジネスホテルとしては平均的で、建物自体も比較的年数が経ってましたが、有線LAN接続でネットが出来る点はハズレではなさそうです。
(ただしLANケーブルが自前で用意するか、フロント貸出を利用すると言う点ではちょっと片手落ちかもしれませんが・・・)

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6:00に目覚ましで起こされ、しばらくして風呂に入ります。

なにぶん非常識の遅さでチャックインしたので、入る余裕もなかったのです。
すっきりした後は朝食を頂き、ブログ用の画像などをUPして後で楽できるようにしておきます。

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7:40にチェックアウトし糸魚川駅まで向かったのですが、ホテルの写真を撮ってたら急に雨が降ってきました。
しかもき激しいです。
大阪を出る前に天気を確認しておいたので傘を用意おいたのが幸いし事なきを得ましたが、なかったら大変でした。

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糸魚川スタートなのは大糸線に乗るためですが、先の行程を考えてもこれしかなかったのです。

早速乗り場へ向かうと、初めてお目にする塗装です。

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車両はキハ52形ですが、塗装が登場当時のものに変えられた車両だったのです。
この車両自体は初めて乗るのですが、なんというか新鮮です。

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ワンマン対応などで完全なオリジナルではありませんが悪くはありませんが、実はトイレがありません。

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大糸線で使われているキハ52形は全てトイレが無く駅の案内には「乗車する前に済ませてください」という旨が掲示されていました。
南小谷までは約1時間弱と言うこともあり大きな問題はありませんが・・・。

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さて、8:17に出発ですが、先日に大雨で沿線を流れる姫川が増水しているため、徐行するとのこと。
次の乗り換えである南小谷では定刻で17分程度の余裕がありますが・・・。

車内はガラガラというほどでもなく混んでいるというわけでもなくという感じです。
大糸線は途中までは日本海に注ぐ姫川に沿って進むのですが、この姫川は暴れ川としてもよく知られ、何年か前に豪雨で河川の増水や土石流により大糸線を壊滅状態に追い込んだことがあります。
また、有数の地すべり地帯でもあることから大糸線の西日本区間は災害との戦いの歴史もあるところです。

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頸城大野を出るとそれまで広がっていた平地部が狭くなり、傾斜の急な山が迫り、地すべり対策か雪崩対策かと思われる構造物が設置されていました。

根知で対向列車と行き違いましたが、その車両がタラコ色だったのにはビックリでしたが撮れませんでした。

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根知から狭い谷間を進みますが、途中何回か橋梁でわたる姫川は前日の豪雨による増水で泥水を含みながら荒れています。
行き違い設備を有する平岩を出ると富山県から長野県に入ります。

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約13分遅れで南小谷に到着ここから松本行きに乗り換えます。
4分接続でしたが、駅自体小さいのでたいした事なしです。

南小谷はJR西日本とJR東日本の境界駅ですが、実際の境界は糸魚川方にあることからJR東日本の管理駅となっています。

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運用もここで分割され、大糸線を通しで運転される列車は基本的に現存しません。

南小谷から松本行きの乗り換えましたが、ここで初めてE127系100番台に乗車。
設備的には701系同様簡素ですが、新しいのに越したことはありません。

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南小谷を出てしばらくは姫川沿いを急カーブで進みます。
この時点では40p程度しかいません。

白馬まで来ると視界が開け始めます。ここで一気に増えて100p近くにまで膨れ上がります。
ここからは白馬岳や仁科三湖を見ながら南下し、これらを抜けると盆地らしい風景が展開されます。

立山黒部アルペンルートの東の玄関口である信濃大町は大糸線の拠点駅も一つでもあり駅東側には留置線が用意されており、同駅から松本方面の列車も設定されています。
到着時はホームに人だかりが出来ていて、ドアが開くとあっと言う間に入れ替わり、白馬の時よりも多い120pににまで膨れ上がります。

ここから車掌が乗務することになりワンマンからツーマンとなります。
この先は若干の入れ替りを含みながら松本方面への流れが多くなり、松本到着時には140pとなってました。

昼前の松本に到着。

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私が乗った列車は同駅の隅のほうに停車し、狭いホームを1箇所しかない階段に向かって列車から吐き出された人たちがどっと流れていきました。

→次に続く。

category: 甲信越地方遠征

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2006年10月7日 甲信越地方縦断乗り潰しの旅1 往路は大混乱と前代未聞!  

待ちに待った甲信越地方縦断乗り潰しの旅に出ます。
初日となるこの日は大阪から糸魚川に向かいます。

翌日の目的が大糸線乗車がスタートなのと、後行程の都合で前日入りのほうが得策だからです。

順調に大阪駅に到着したのですが、電光掲示板の案内に私が乗る予定のサンダーバード43号の表示がありません。
(なんか、嫌な予感が・・・)
こういった時は必ずダイヤが乱れていると判断。
携帯で運行状況を確かめると湖西線が強風で運行規制がかかっているため夕方から米原経由となっているため大幅に遅れているとのこと。
嫌な予感的中です(泣)

甲線規格で建設された湖西線は地域性を考慮し雪に対しては強いのですが、比良おろしといわれる強風が吹きつける場所という脆弱性も内包した路線で、堅田以北は障害物も無く吹きさらしの区間が多く防風柵さえなく、規制値を越えると即刻運転取り止めか米原経由となります。

当日は台風の影響も有って、見事に嵌ってしまったわけです。
ホテルの予約をしている関係で当日中に糸魚川まで出ておきたいので非常に心配です。

定刻の18:42を過ぎ18:50頃に入線してきたのですが、車両が485系だったので「おや?」と思ったら、それは雷鳥41号で40分遅れの19:00に出発していきました。

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私が乗る予定だったサンダーバード43号は19:10ごろに入線。
今回はグリーン車を指定したので最後尾の1号車に乗り込みます。
オーシャンアローよりも少し大きな座席に座り発車のときを待ちます。

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19:20に大阪を出発。
40分遅れですが、まだ予断を許されません。

京都に到着後、車内の案内で本日は米原回りルートで行くとのことが伝えられます。
遅れがさらに拡大する可能性を孕んだまま京都を出発。
山科からいつもの湖西線には向かわず、そのまま琵琶湖線(東海道線)を進みます。

ここからグリーン車限定のおしぼりのサービスが・・・。

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JR西日本の特急グリーン車は通算3度目。
おしぼりのサービスはのぞみの時にはありましたが、その時は使い捨てタイプでした。
今回のサンダーバードのグリーン車では、昔ながらのタイプでした。

草津手前で一旦新快速に先行させ、その後追い抜きます。
この先、順調に進むも先行列車に阻まれ南彦根あたりで徐行の目にあいます。
米原では運転停車、左手に東海道新幹線が見えますが、こういった形で見るとは思いもよりませんでした。
となりのホームに163M(敦賀行き)が止まっていました。

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1分停車後20:37に米原を出発します。
ここから北陸本線に入り順調かと思った矢先、大土呂~越前花堂間で人身事故発生。
20:55木ノ本で足止めを食らうことになしました。
(このとき、先行していた雷鳥41号は近江塩津で抑止されていました。)

この間、米原で追い越した敦賀行きが追いつきしばらく2本が停車していました。
程なくして、影響のない敦賀行きが先行することになり、敦賀へ急ぐ人をサンダーバード43号から乗り換えさせて、先行していきました。

この時点で、運転が再開されたのですがさらに先で列車が詰まっているため、21:35に運転を再開。
が、先行列車が詰まってて新疋田で5分ほど停車。窓から見える木が大きく靡いていることから強風であることが容易に想像できます。
この時点で遅れがされに拡大し、敦賀で1時間55分に・・・。

小松を出たあたりで、富山から代替の交通機関を用意すると伝えられます。
糸魚川に着くのは2:00頃となることからホテルにチェックインが遅れる旨を伝えます。

金沢では七尾線最終が定刻を過ぎたものの接続待ち。
ここで前3両が切り離され、後部の6両で富山を目指します。

遅れた影響で幡生から先は普通列車の接続がなくなったのことで石動に臨時停車。
そして、日付が変わり0:00に富山に到着。

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富山から代替交通手段を手配するということで、改札口で申告するとここで「待ってください」とのこと。
あとでタクシーの利用するということで何人かに纏まっていくようでした。
私はサンダーバード43号の接続で糸魚川行き最終に乗る予定でだったことから、途中の泊へ行く親子連れと同乗することになりました。

手配といっても現金が出るわけではなく代替用のタクシーチケットが用意されてました。
そのタクシーチケットを乗ったときに渡すというわけです。

用意されたタクシーチケットは代替が必要な時に備えてタクシー事業者との間で契約(協定かも知れませんが・・・)を結んでいるそうで、基本的に地元の事業者と結んでいるとのことで、利用の際は基本的にどの発駅のどのタクシーでも良いとのことです。

タクシーの運転手氏によると高速代は別途負担する必要からとりあえず一般道利用です。
泊りまでは1時間ほど、ここから糸魚川までは数十キロで途中の親不知は国道利用でもきついそうなので北陸道で糸魚川まで一気に進みます。
運転免許の無い私には北陸道なんか当然利用することが無いので、こういうのは貴重な体験です。

糸魚川ICで一般道へ降り、数分ほどで到着。
この時点で時計は1:55を指していました。

予約した「ホテルルートイン糸魚川」にチェックインこれまでで最も遅いは2:00。
部屋に入り実際に寝たのは3:00過ぎ。

去年の北海道旅行も復路も前代未聞でしたが、今回もそれに次ぐものでした。
さて、翌朝はいよいよ大糸線で始まる甲信越縦断の実質的なスタートです。

→次に続く。

category: 甲信越地方遠征

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サイト更新情報 2006年10月26日  

数週間ぶりにサイト更新です。
今週は2回に分けて万博来訪記と鉄道写真館を更新しました。

万博来訪記
今回は3回目来訪のレポVol.3を追加しました。
次回から来訪4回目のレポを纏めます。

鉄道写真館
今回はJR東海の移設を始めました。
移設したものは313系0番台・1000番台・3000番台・8000番台の4項目です。

万博来訪記は万博閉幕から1年も経過した今も再編集が終っていないほどローペースですが、時折これを編集しているとその時の出来事が昨日のごとく思い出します。

やっぱ病気だな。
いや、十分すぎるほど病気かも・・・(汗)

category: サイト更新情報とお知らせ

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2006年9月17日 週末フリーパスで行く近鉄三昧25 313系5000番台撮影と岐阜駅と・・・  

大垣から東海道線に乗り換えて岐阜を目指します。
ここへ降り立つのは1年半ぶりですが、変り映えしませんね。

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揖斐へ向かう前に見かけた313系5000番台が気になったので、乗り換えの時間の間に撮っておこうと思い南側の留置線以外に北側の留置線にも足を運んだところ「いましたよ!」

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実車を見る機会はあまりないので、じっくりと見てみました。

足回りを見てすぐ気付いたのが、ブレーキ抵抗器を装備していると言う点です。
1次車のうちこれを装備しているのは静岡と神領にある313系3000番台だけなので基本番台の後継となる車両に装備されているのには意外でした。

全席転換で来るようになっているということですが、車端部の座席が背合わせに向いていたことから、実車の車内の様子が気になるところですが、照明が落とされた車内をホーム上から確認するのは難しいので、次の機会で見聞できれば良いと言うことにしました。
(結局10月8日に豊橋へ来訪した際に見る事になったのですが・・・)

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大垣から新快速に乗車し岐阜を目指します。
米原発の4連でしたが、100p~60pと言う感じですが、穂積などの乗り込みで120p~80pまで混みました。

1年ぶりに来訪した岐阜駅はすっかり様子が変ってました。
JR岐阜駅から名鉄岐阜駅前の商店街を周辺のビルを通じるペデストリアンデッキが新設されてます。

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ブルーにライトアップされたペデストリアンデッキはある意味印象的ですが、そこまでする必要があるのかと思ってしまいます。

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JR岐阜駅前は半分が更地状態ですが、かつて市電が通っていた通りはすっかり舗装されて、ここには何もなかったよといわんばかり痕跡は全くなくなってました。

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9月から軌道敷の撤去が開始された名鉄岐阜駅前ですが、今回の来訪時にはまだ撤去されていませんでしたが、架線等の電気設備は撤去済みとなっていました。

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名鉄岐阜駅は本線の側のアプローチであった新岐阜百貨店が閉店・ビル解体に伴い使用出来なくなった事から、各務原線側にある岐阜ロフト(岐阜長住町ビル)から入ることになりやや不便を強いられることになりました。

本線側は駅ビル撤去跡地に新駅舎が建設されるのですが、岐南~茶所間にある境川橋梁~名鉄岐阜までの区間を連続立体交差化する計画があるそうで、新駅舎は暫定的なモノになる可能性になる模様です。

名鉄岐阜から1年ぶりに名鉄快速特急で名古屋へ向かいました。

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名鉄はJR東海道線に対し名豊間は有利なのですが、名岐間は線形の悪さから割を食っている感じで、事実利用されている多くが一宮以南の国府宮などからといった感じです。

10ヶ月ぶりに降り立つ名駅は相変わらず人でごった返しています。
ここはある意味大阪を越えてます。

ここでの乗り換え時間は十数分しかありませんでしたが、万博閉幕1周年ということから今春から販売されているモリコログッズのアイテムが増えたそうなので、名駅のアマノドラッグへ出向きモリコロパークのピンバッジをゲットして、近鉄名古屋へ急ぎました。

20060918_nagoya-01.jpg

特急券券売機で見ると、DXシートは満席。
レギュラーシートも残り僅かでしたが、どうにか確保しました。
この時点で残り1分。

20060918_kintetsu_21020-01.jpg

なんとか乗ることが出来、指定された席に座るともう出発してました。
ここでホッとしたので、しばらくして寝てしまい、気がつけば桜井を通過した所でした。

自宅に帰ったのは22:00前。
3日間続いた近鉄三昧でしたが、充実した3日間でした。

#「2006年9月15日~9月17日 週末フリーパスで行く近鉄三昧」おわり

category: 関西地方

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2006年9月17日 週末フリーパスで行く近鉄三昧24 養老線その4  

揖斐に到着しました。

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揖斐川町にある養老線揖斐駅ですが、中心部が揖斐川を挟んだ北側(旧名鉄本揖斐駅の辺り)にある為こじんまりとした感じですが、駅前は近鉄系の名阪近鉄バスはタクシーの拠点となっています。

20060918_ibi-01.jpg

揖斐駅を出る近鉄名阪バスは揖斐川町の中心部や黒野・谷汲などへ向かう路線が発着しています。
(一部路線は本数が非常に少ないので名阪近鉄バスの公式サイトなどで確認してください)

20060918_meihan_kintetsubus.jpg

だたし、今年10月からこの一帯の路線が揖斐川町のコミュニティーバスに変ることになることから(運営は名阪近鉄バスに委託されると思われます)、運賃体系の変更などが駅に掲示されているポスターで告知されていました。

20060918_ibi-03.jpg

私が来訪した時に発車して行った黒野(大野バスセンター)行きは乗客1人だけと、あきらかに厳しい状況がうかがえます。

揖斐から大垣へ戻ることにしました。
揖斐駅の構内自体は1面1線のほかに側線が2線有しています。

20060918_ibi-04.jpg

620系に乗り込んで大垣へ。
ここも大垣への流れが大きいのですが、途中駅の乗降もみられます。

北大垣を出て東海道線をアンダーパスして、左に大きくカーブした先に西大垣。
1面1線だけの西大垣のすぐ近くには桑名方面の線路がある駅を出てすぐのところに踏切があります。

20060918_ogaki-03.jpg

大垣に到着。
ここから東海道線に乗り換えて岐阜を目指します。

→次に続く。

category: 関西地方

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2006年9月17日 週末フリーパスで行く近鉄三昧23 養老線その3  

駒野で行き違いのため数分ほど停車とのことで、対向列車を捕らえるため降車します。

駒野は2面3線ですが、大垣行きは島式ホームの方に停車。
この島式ホームが狭い・・・。

20060918_komano-01.jpg

構内踏切が鳴り、入線に備え構えるとしばらくしてやってきたのは・・・。

20060918_kintetsu_600-02.jpg

2色の600系601編成でした。
現行のマルーンレッド1色への移行期間中なので、なかなかおいしい獲物ゲットです。
再び乗り込んで大垣を目指します。

養老で再び行き違い列車の待ち合わせで、またもや降車し今度は乗っている大垣行き(614編成)の編成写真をゲットしました。

20060918_kintetsu_610-03.jpg

養老から濃尾平野に向けて進みます。
下野城辺りから傍らにいた養老山地を離れて、住宅地と田園地帯が混在したところを進みます。

烏江は揖斐川の支流である杭瀬川と牧田川にかかる橋梁の付け替えにより高架駅に変った駅で1面1線しかありませんが、大垣への流れはこの辺りから顕著に出て来だし、ここまで10pでガラガラだった車内は大垣までで80pにまで混んできます。

イビデンの大きな建物が見えて、前方にやや広い構内が見えると西大垣です。

20060918_nishiogaki-01.jpg

西大垣は養老線の重要な拠点で車庫を有する他、乗務員の交代もここで行われます。
西大垣を出ると右にカーブし、左から揖斐方面の線路が接近し並走して、西大垣よりも大きいJR東海大垣車両区を左手に見えると大垣に到着です。

20060918_ogaki-01.jpg

大垣は1面2線とシンプルな配線ですが、ここを境に桑名方面と揖斐方面に運転系統が分割されています。
目の前はJR東海大垣駅の留置線で、そこには211系0番台4連と豊川の日本車輌から納入された313系5000番台が留置されていました。

20060918_ogaki-02.jpg

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大垣から揖斐行きに乗車し、終点揖斐を目指します。

→次に続く。

category: 関西地方

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週末日記 2006年10月22日  

2006年10月22日(

昨日(10月21日)のダイヤ改正で新快速が敦賀まで延長したのでちょっと見て来ようと思い出向いてきました。

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12:15発の湖西線経由敦賀行きに乗車。

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京都まで120p~100pであったものの先頭車に乗ったので、人口密度高かったです。
近江今津で特急待避と切り離しで10分停車し、4両編成と身軽になったものの60p程度で全員着座できる状態。

敦賀は米原・福井両方向の折り返し列車がある他に留置車両の入れ換え作業や敦賀港の貨物列車の機関車付け替えがある為、新快速の折り返しは切り欠きホーム一番端にある4番のりばに到着。

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20061022_turuga-02.jpg

敦賀で下車し1本落として湖西線経由の新快速で近江塩津へ。
近江塩津は配線が一部変更され、敦賀方には同駅折り返し用に引き上げ線が設置されていました。

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20061022_omishiotsu-02.jpg

近江塩津から米原経由の新快速に乗り、長浜と米原に立ち寄りながら帰宅することに・・・。
長浜までの各駅は改良工事で様子が一変しており、2面3線だった駅が2面2線や中線を潰して1面2線にしたりと以前どういった駅だったか分からなくなってしまってました。

長浜はダイヤ改正前に旧駅舎が使用停止となり橋上の新駅舎へ。
構内も改良が施されて配線も変更されていましたが、旧跨線橋の撤去など残り工事がこれらなのでしばらくは同駅での乗換が不便な状態が続くみたいです。

米原で313系5000番台の快速に接続しましたが、全車平均で60pと言う状態。
普段の夕刻なら8両では少し過剰で6両で丁度良い感じです。

米原から快速に乗換て山科から後追いの新快速に乗り換えて帰宅しました。

category: 日記

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2006年9月17日 週末フリーパスで行く近鉄三昧22 養老線その2  

美濃松山で降りてみました。

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美濃松山はデータイムに桑名折り返し列車が設定されており、ここを境に1時間間隔と30分間隔に分かれます。

20060918_minomatsuyama-02.jpg

折り返し列車は直進側に停車するため、桑名方は電気転轍器が用いられています。
(大垣方は手動式でスプリングポイントが用いられている)

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美濃松山駅・桑名方

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美濃松山駅・大垣方
折り返し列車が来るのにはまだ時間があったので、近くにあるお店でたこ焼きを買い待合所で頂きました。

20060918_takoyaki-01.jpg

20060918_takoyaki-02.jpg

食べ終えた頃にタイミングよく桑名行きが到着しました。
車両は620系。

20060918_kintetsu_620-01.jpg

ガラガラの状態で桑名に向けて出発しました。
先ほど通った多度を通り過ぎ下野代で再び折り返します。

20060918_shimonoshiro-01.jpg

下野代は古くからある静かな町のようで、住宅が依然としていないのですが、少し先は田園地帯という場所にあります。

20060918_shimonoshiro-02.jpg

やってきたのは美濃松山で下りた時に対向列車で捉えた610系。
これに乗車し大垣を目指します。

20060918_kintetsu_610-02.jpg

多度を出ると山と住宅地が混在した場所を走ります。
石津は折り返し列車が朝晩に設定されていますが1面1線しなく、次の美濃山崎は行き違いが出来ます。

次の菰野で対向列車の待ち合わせという事でしばらく停車します。
ここで捉えることにしたのですがやってきたのは・・・。

→次に続く。

category: 関西地方

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2006年9月17日 週末フリーパスで行く近鉄三昧21 養老線その1  

桑名から養老線に乗り換えます。
養老線は2005年2月以来1年7ヶ月ぶりです。

今回は編成写真のゲットが主なので、ひとまず大垣行きに乗車し北を目指します。

20060918_kuwana-01.jpg

ターゲットとしては3形式(600系・610系・620系)を捉える予定ですが、如何せん養老線の距離が意外と長いことと中間部の美濃松山~大垣の本数が少ないこともあり、ちょっとした工夫が必要になります。

20060918_kintetsu_600-01.jpg

桑名を出て東方信号所と併設されている台車振替場を左手に通過して築堤上にある播磨に到着します。
播磨は1面1線の駅ですが、通学時間帯には学生が多いのが特徴です。

途中の下深谷は行き違いが出来るものの美濃松山までは行き違いはなく、多度は2面3線あり、同駅発の列車も早朝に1本設定されています。

次の美濃松山で行き違いがあったのですが、パッと見て丁度良い場所と判断し降車しました。
この時、610系(614編成)の編成写真をゲットしました。

20060918_kintetsu_610-01.jpg

この駅で、ここまで乗車した大垣行きを見送りして、30分後の折り返し桑名行きが来るまで暫し待ちです。

→次に続く。

category: 関西地方

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2006年9月17日 週末フリーパスで行く近鉄三昧20 伊勢平野を北へ・・・  

養老線に乗るべく宇治山田から桑名へ移動しますが、ここで宇治山田駅の特徴の一つを紹介します。

1番線の側にある下の写真にあるスペースはかつて鳥羽方面を結ぶバスの発着場でホームから直接バスに乗り換えることが出来るようになっていました。

20060918_ujiyamada-02.jpg

発着場の鳥羽方にはターンテーブルが、伊勢中川方には地上へのスロープが設置されています。

20060918_ujiyamada-03.jpg

この設備は鳥羽線が開業後はその役目を終えたものの、しばらくは定期観光バスが乗り入れてました。
現在は使われることが無くなりましたが、そのまま残されている状態です。

宇治山田から桑名を目指すべく、まずは上本町行き急行で松阪へ向かいます。

20060918_kintetsu_1420-02.jpg

ガラガラの車内は私を含め5人しかいません。
松阪から名古屋行く特急に乗り換えるため降車。

しばらくして明星で追い抜いた普通が到着したのですが、1201系だったので編成写真をゲットします。
(前日は夜だったので、編成写真として昼間に捉えるのは初めてだったからですが・・・)

20060918_kintetsu_1201-01.jpg

ホームの窓口で名古屋行きの特急券を買って、待っているとやってきたのは先日に引き続き30000系ビスタEX。

20060918_matsusaka-01.jpg

2度目ですが、高めの視線で眺めるのも良しです。

20060918_vistacar-01.jpg

乗る前に調達しておいた昼食を頂きながら桑名まで40分程の時間を過ごしました。

塩浜を出ると工業地帯が接近してきます。
この一帯はJR貨物の路線がある他、各工場施設への引込み線が存在しているようですが、よく分かりません・・・。

工業地帯をに挟まれて進むJR関西線を跨ぎ新正を通過すると四日市です。

20060918_vistacar-02.jpg

四日市を出ると市街地を快調に飛ばして行きます、途中の減速したかと思えば近鉄富田を通過しJR関西線をS字の急カーブを描きながら跨ぎます。

近鉄朝日を過ぎて、もう一度関西線を跨ぎ右手見ながらしばらくすると関西線が単線になると下り線だけ通過線のある1面3線の益生(ますお)を通過します。

ナローの三岐鉄道北勢線をくぐると同線の西桑名の駅が見えると桑名に到着です。
関西線との共同使用駅ですが、駅の改良計画が予定されていて、それが完成すると離れた場所にある北勢線西桑名駅との乗換が現状よりも楽になるそうです。

桑名からは養老線に乗り換え揖斐まで向かいます。

→次に続く。

#2006.10.20 0:10
加筆しました。

category: 関西地方

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報道公開されたJR西日本521系  

湖西線永原~近江塩津と北陸本線長浜~敦賀の直流化にともない投入される予定のJR西日本の521系が川崎重工・車両カンパニー兵庫工場にて報道公開されました。

今回はダイヤ情報2006年11月号(2006年10月15日発売)に速報として掲載されてましたので、簡単な概要と感想を・・・。

・車両のベースは既にご存知の通り223系5000番台。
・対応電気方式は直流1,500Vと交流20,000V-60Hz。
→東日本エリア乗り入れは考慮されないため2電源対応としている。
・交直両用であることから電気系のシステムは683系と同じタイプ。

リリース時は公表されず、実車公表段階で判明した点は・・・。
・パンタグラフはシングルアーム式
・ワンマン運転対応(ワンマン表示器・運賃表示器・運賃箱を設置)
→投入される予定の近江今津・米原~福井間は北陸本線系統でもローカル利用が少ない区間なので同区間のみ運転の列車はワンマン運転ということになるようです。

既に試運転が行われているという事ですが、10月21日のダイヤ改正には間に合わず。実際の営業運転は11月頃になるとのことです。

編成写真ゲッターとしては是非とも撮っておきたいです。

20040828_jrwest_ec_223_5000-01.jpg
ベースとなった223系5000番台(2004.8.28 岡山にて)

JR西日本521系公開関連の記事一覧
http://www.kobe-np.co.jp/kobenews/sg/0000123568.shtml(神戸新聞)
http://www.asahi.com/kansai/news/OSK200609270040.html(asahi.com)
http://www.kenmin-fukui.co.jp/00/fki/20060928/lcl_____fki_____013.shtml(中日新聞・日刊県民福井)

#一部誤記がありましたので訂正しました。

category: 関西地区の鉄道

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2006年9月17日 週末フリーパスで行く近鉄三昧19 伊勢平野を南へ  

伊勢中川から宇治山田へ向かいますが、その前に・・・。

伊勢中川駅は大阪線と名古屋線・山田線の分岐駅ですが、かつては名古屋線は狭軌であったことから名阪間を直通する列車が無く、ここ伊勢中川で乗り換える必要がありました。

乗り換えの負担を軽減する目的から列車の両面がホームという配置にされました。
現在は名古屋線も大阪線と同じ標準軌化され、さらに中川短絡線が建設されたため名阪特急に関しては乗り換え無しで、行くことが出来るようになっています。

20060918_isenakagawa-01.jpg
上本町・名古屋方を撮影。
(写真左側が大阪線、同右側が名古屋線、そして両線を通る写真中央の線路は中川短絡線)

阪伊・名伊特急を上下それぞれ乗り換えるように設定され、名阪特急に乗れなくても、この駅で乗り換えていけるようになっています。

さて、この伊勢中川から名古屋線急行に乗り換え松阪へと向かいます。

20060918_isenakagawa-02.jpg

伊勢平野の南部を快走。
松阪の手前で伊勢湾寄りを走っていた、JR紀勢本線を跨ぎ松阪に到着します。

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ここまでは2800系ですが、デュアルシート化されL/Cカーとなった編成でした。

20060918_kintetsu_2800-01.jpg

伊勢中川から後発の大阪線急行に乗り換えて宇治山田を目指します。
急行・特急系統はここから伊勢市まではノンストップですが、途中の明星は車庫の構えた駅ですが、規模の大きい車庫に比べて駅自体は小規模です。

20060918_myojo-01.jpg

伊勢市の手前にある宮町は鳥羽・賢島方面からの普通電車の折り返し駅で、この先の伊勢市が折り返し設備が無く、更に先の宇治山田は伊勢中川方面にしか折り返しが出来ないため、ここで折り返しとなっている。
(もっとも、伊勢中川以北までの通し運転の列車が殆んどなので、使われるのは一部の列車のみのようです)

JR参宮線と接続する伊勢市は2面2線の典型的な中間駅。
ここを出るとすぐ高架となり宇治山田に到着です。

20060918_ujiyamada-01.jpg

松阪から宇治山田までは2610系。

20060918_kintetsu_2610-02.jpg

宇治山田から折り返し、松阪乗換で桑名に向かいます。

→次に続く。

category: 関西地方

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2006年9月17日 週末フリーパスで行く近鉄三昧18 青山越え  

伊賀神戸から青山町へ移動しました。
下の写真にある車庫は10年近く前に出来たもので、以前は田畑だったですが・・・。

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青山町は近鉄の大阪方面の通勤圏の最東端で、急行系統以下の列車の大半はここで折り返され、この先の青山越えをするローカル列車は急行と普通が毎時2本だけ設定されています。

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20060918_aoyamacho-02.jpg

かつては1面3線だけのでしたが、引上げ線さえなかったことから榛原や名張車庫などに回送する事態にもなったことから、駅の北側に留置用として青山町車庫を設置され、これまで名張で行われていた増・解結作業がここで行われることになり、大阪線の通勤輸送の重要な拠点として現在に至ります。

20060918_aoyamacho-03.jpg

伊賀神戸から乗った列車が青山町止まりだったので、後発の伊勢中川行きに乗り換えて青山越えです。

20060918_kintetsu_1420-01.jpg

青山町を出ると上り勾配となりますが、それほど山間は深くありません。
次の伊賀上津をでると本格的に青山越えに入ります。

勾配を上りながらいくつものトンネルを抜け無人駅の西青山を出るとすぐ新青山トンネルです。

ここは複線化が最後になった区間で、単線時代に特急同士がトンネル内で正面衝突する大惨事になったことでも知られています。
現在のルートは別線で建設されてもので新青山トンネルはこのとき出来たものです。

20060918_nishi_aoyama-01.jpg

新青山トンネルと抜けて、もう一つトンネルを抜けると東青山に到着します。

20060918_higashi_aoyama-01.jpg

ここは名古屋輸送統括部(旧・名古屋営業局)の管轄となり、ここから伊勢中川までの区間列車も設定されています。

榊原温泉口~伊勢中川間にある大三、伊勢石橋、川合高岡は2両分しかありません。
このため、ここを通る普通電車は全て2両編成となっています。

伊勢石橋を出ると視界が開けると青山越えが終わり、伊勢平野を東に向けて進みます。
左手に急曲線の連絡線が見えると伊勢中川に到着。
ここから宇治山田へ進むため急行に乗り換えます。

→次に続く。

category: 関西地方

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2006年9月17日 週末フリーパスで行く近鉄三昧17 伊賀線860系の編成写真を目指し・・・  

近鉄三昧最終日は編成写真ゲットをメインに据え置きました。
まずは伊賀線の車両を撮るため、伊賀神戸へ向かいました。

前日は上本町から特急でしたが、この日は普通電車に乗り河内国分乗換で行くことにしました。

トップバッターは2410系普通。

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大阪線の現役の中では、最も引退に車両ですが、代替車両と思われるシリーズ21が阪神西大阪線直通用として近鉄奈良線に集中投入されていることから当面は数を減らしながらも活躍すると言った感じです。

これに乗り河内国分へ。
弥刀では急行に抜かれます。この時点で20pもないわけですが、出た時間帯が朝なので、逆方向は60p~80pと言う状態です。

河内山本を出ると0p~10pと言う状態です。
この先は生駒山地が迫り反対側は住宅地と田園地帯が入り混じり、更にその先に大和路線が接近しています。

といっても大和路線も似たような感じなのですが・・・。

河内国分から宇治山田行き急行に乗り換え、伊賀神戸まで向かいます。

20060918_kintetsu_2610-01.jpg

大阪線の急行が河内国分に停車するようになったのはここ数年ほど前ですが、鳴り物入りの停車ということもあってか、ネット上では当時物議を醸した出来事でした。

今ではすっかり定着していますが、準急が大阪市内~八尾市3駅(近鉄八尾、河内山本、高安)しか使えない中途半端な存在となってしまったままです。

まあ、東花園停車以前の奈良線の準急よりかはまだ使えるのは事実ですが・・・。

さて本題に戻り・・・。

五位堂は南側にJRでいう工場に相当する五位堂検修車庫を有していますが、かつては準急・普通しか停車しない小駅のが信じられないほどです。

20060918_goido-01.jpg

この時間帯の急行は上本町行きのほうが120pにも達するほど混んでますが、逆方向であるこの列車は行楽や用務での利用者で60p~80pとそこそこ。

大和高田の乗り込みで80p~100p、大和八木では橿原線との接続で数分ほど停車します。
ここでまとまった降車が見られますが、乗り込みもあり60p。

桜井を出て次の大和朝倉辺りから大和川~吉隠川に沿いながら竜門山地の山裾を榛原まで延々と続く勾配を登って行きます。
途中にある長谷寺は普段は静かな小駅ですが、紅葉や花の開花時期など行楽シーズンの時には急行が臨時停車します。

トンネルを抜けると榛原で、2面4線と折り返し専用の1面1線と規模が大きく、最近合併により市制が施行された宇陀市の中心部でもあります。

20060918_haibara-01.jpg

榛原から笠置山地と宇陀山地に挟まれながら東へ進み、三本松から上野盆地に向けて下りて赤目口から平坦区間を進みます。
淀川水系の一つ名張川を渡り名張に到着します。

名張で特急と接続。
増解結も行われることもあり、伊勢中川方に車両基地として名張検車区名張車庫を有しています。

20060918_nabari-01.jpg

名張を出ると美旗まで近鉄が開発したと思われる住宅地を見ながら進みます。
住宅地が途切れてしばらくして伊賀神戸に到着です。
丁度良いタイミングで860系が停まっています。

20060918_kintetsu_860-01.jpg

すぐさまゲットしました。
860系の上野市行きは宇治山田行きの接続を受けて、程なくして出発して行きました。

このあと、後発の普通に乗り青山町へ向かいました。

→次に続く。

category: 編成写真ゲットなお出かけ

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週末日記 2006年10月15日  

2006年10月15日(

この日は鉄道系オフ会に参加してきました。

目黒集合でしたが、井の頭線の編成写真が撮りたかったので後追いすることにして、中央線に乗り吉祥寺で乗り換えて撮影に挑みました。

20061015_keio_1000-01.jpg

井の頭線は駅撮りのポイントはそこそこあるようで、3編成ほどゲットし渋谷乗換で目黒へ。

目黒から東急目黒線急行を体験乗車。

20061015_tokyu_meguro_line-01.jpg

路線自体の線形が今一つ良くないのと工事中ということあってか、急行を設定した意味があったのかよく分かりませんでした。
(まあ、詳しくは後日詳細版で書くことにします。)

他の参加者とは武蔵小杉で合流。
武蔵小杉の引上げ線は2線使われてますが、横浜方(元住吉方)の2両が下り勾配にかかっていました。

先日高架に切り替えられた元住吉駅は階下に車庫などがある関係上、駅舎自体は更に上の橋上駅舎となっていて、ある意味凄すぎます。

20061015_motosumiyoshi-01.jpg

20061015_motosumiyoshi-02.jpg

元住吉を一通り見て、元町・中華街へ出てここで昼食としました。
中華街自体は初めて行きましたが、人多すぎです。

20061015_yokahama_chinatown-01.jpg

昼食後は横浜から市営地下鉄でセンター北へ。
センター北駅には開業が遅れている4号線の車両が留置されていました。

20061015_center_kita-01.jpg

後で分かったのですが、車庫が完成していないためとのことでした。

20061015_dessert-01.jpg

おやつタイムを挟んで、センター北から中山駅までをバスで乗り継いで3号線の沿線となる場所を見てきました。

20061015_tokyubus-01.jpg

20061015_yokahama_citybus-01.jpg

中山から長津田乗換で田園都市線へ。
溝の口、高津、二子新地、二子玉川で巡りました。

20061015_takatsu-01.jpg

20061015_futagoshinchi-01.jpg

高津はホームを渋谷方へずらす工事が進められ、二子新地は上りホームの完成して旧ホームの撤去が進められていました。

渋谷で夕食をとり、私は帰阪する時間の都合で途中離脱。
離脱後は品川乗換でのぞみ151号で帰阪しました。

category: 日記

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週末日記 2006年10月14日~10月15日  

2006年10月14日(

翌日は東京ですが、前日であるこの日がお休みだったのと「鉄道の日記念」乗り放題きっぷが1日分残っていたので、中央本線を鈍行で走破することにしました。

新大阪からのぞみ106号に乗り名古屋へ。

まずは、前半戦・中央西線。
名古屋から中央線中津川行きに乗り換えたのですが、同線ではあまり見られない311系4連と313系3000番台2連の組み合わせ。

20061014_jrcentral_ec_311-01.jpg

中津川からは長野総合車両所の115系の松本行きに乗り換えて塩尻で、途中の寝覚の床らしきものを撮ったのですが、そうであったかどうかはさっぱり分かりません。

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塩尻で立ち食いそばを頂き、後半戦・中央東線へ。
ここで思わぬ車両に出くわしました。

20061014_jreast_ec_easti_e-01.jpg

塩尻から小淵沢行きに乗り、東へと進みます。

小淵沢から高尾行きに乗り換え大月へ。

20061014_jreast_ec_115_300-01.jpg

ここで乗ったのはあまり目にすることがなかった豊田電車区のスカ色の115系。

大月から富士急行を往復。

20061014_kawaguchiko-01.jpg

往路は元京王5000系で、復路はフジサン特急を・・・。

大月から再び中央東線に。

20061014_jreast_ec_115_1000-03.jpg

高尾から中央特快に乗り換え、都内のホテルへにたどり着きました。

category: 日記

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2006年9月17日 週末フリーパスで行く近鉄三昧16 2日目終了!  

2日目の予定が終了したので、帰宅することにします。
賢島から白塚行き普通電車に乗り、宇治山田を目指します。

賢島駅は、ホームから改札口・出口までに段差がない構造ですが、これは車内販売の搬入を容易にするためのものだったそうで、特段バリアフリーに考慮したというわけではなかったそうです。

結果的にそうなったと言う感じですね。

20060917_kashikojima-06.jpg

志摩線の普通電車は端の方にちょこんと止まる形で待っていました。
ここと鳥羽線・山田線・名古屋線の一部区間はワンマン運転がデフォルトのようで、写真の1200系も運賃箱などを設置し1201系へと変えられています。

20060917_kintetsu_1201-01.jpg

20pに満たない状態で賢島駅を出ます。

先に触れたとおり志摩線系統のワンマン列車は近鉄式ワンマン方式ではなく、車内で運賃の受領が行われる一般的なワンマン方式で無人駅ではドアも先頭車の前後だけしか扱われません。

鳥羽では特急の接続のため、十数分も停車します。
隣のJR参宮線のホームには快速みえが停まっていましたが、こっちよりも燦々たる状態で、3人しか乗ってませんでした・・・。

宇治山田で一旦下車し、窓口で上本町までの特急券を購入します。

20060917_ujiyamada-01.jpg

後発の快速急行でも良かったのですが、台風が接近していることからできるだけ早く帰りたかったので19:28発の上本町行きを指定しました。

20060917_ujiyamada-02.jpg

20060917_kintetsu_l_exp_tickets.jpg

無事に上本町行き特急に乗車。
8割ほど埋まり大阪まで一気に戻りました。

最終日は編成写真をゲットしながら養老線でにも・・・。
と考えてたりします。

→次に続く。

category: 関西地方

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2006年9月17日 週末フリーパスで行く近鉄三昧15 伊勢志摩ライナーで近鉄志摩線を走破!  

三度も四日市に戻ってきたわけですが、今度は賢島へ一気に進みます。
待っている間に2050系が停まっていたので、問答無用でゲットしました。

20060917_kintetsu_2050-01.jpg

さて、ここから賢島までは伊勢志摩ライナーに乗ります。

20060917_kintetsu_23000-01.jpg

伊勢志摩ライナー23000系に乗るのは今回が2度目で、何年か前に名古屋へいたときに乗って以来です。
で、今回はDXシートを指定しました。

20060917_iseshima_liner-01.jpg

23000系のDX車の座席は登場当時の21000系に比べて若干エッジの効いたデザインになっていますが、掛心地としては大差はありません。

20060917_iseshima_liner-02.jpg

車内は3人だけでガラガラですが、津と宇治山田で10人程度でした。

山田線は伊勢平野の南部に位置しているので平坦区間ですが、鳥羽線に入ると車窓が一変し山間部を進みます。

海が見え、JR参宮線が近付くと鳥羽に到着します。
鳥羽は2面4線で、そのうち1線は基本的に鳥羽からの折り返しに使用されています。

ここまでは20年近く前に乗っており、この先の志摩線が未乗区間となっています。
大阪線から来た鳥羽止めの特急と接続をとると、いよいよ志摩線へと進みます。

20060917_iseshima_liner-03.jpg

志摩線は1990年代までに行われた大規模な改良工事で半数の区間が複線化されましたが、中之郷~船津と上之郷~志摩磯部が地形上や並走する道路の事情により単線のままで、未改良の曲線区間も多く残されています。

また志摩線は海沿いを進むイメージがありますが、実際は内陸部を走る山岳路線であるのが実態です。
でもまあ、よく考えれば賢島周辺のリゾート開発に注力する方針だったわけですから、リアス式海岸に沿って建設するよりも内陸部を(ほぼ)真っ直ぐに建設できれば良しとしているかもしれません。

地元利用と観光利用の落差は大きく、すれ違う列車も普通電車は2両ばっかりですが、特急は8両~6両というギャップもあります。

四日市から約2時間弱かけて賢島に到着しました。

20060917_kashikojima-02.jpg

20060917_kashikojima-03.jpg

賢島は鵜方と並び英虞湾観光の拠点であり、近くの港から観光船などがが出航しています。
駅名の通り、島の中にある駅なのですが、対岸を結ぶ橋梁が短いためそれと感じさせません。

ターミナル自体は地方の駅としては大きく、タクシーのりばや観光バスの駐車スペースが広くとられています。

20060917_kashikojima-01.jpg

かつては賢島から先にも線路があったのですが、現在はその痕跡さえ見当たりません。
また、志摩電気鉄道時代のホームを普通電車が使用していたそうで、下の写真の場所がそれであると思われるのですが、なんとなくそうであるかな?と・・・。

20060917_kashikojima-04.jpg

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2日目に予定も無事終了したので、大阪に戻ることにしました。

→次に続く。

category: 関西地方

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サイト更新情報 2006年10月13日  

新サイト設置以降、設置されなかった掲示板を設置しました。
旧掲示板と同じインサイドウェブの「EZBBS.NET」を利用してます。

基本的に「あしあと+雑談掲示板」扱いと言う位置づけなので、書き込みが少ないと思われますが、よろしくお願いします。

アドレスは以下の通りです。
(携帯各社対応 - 掲示板の上部の携帯URL転送を利用してください)
http://www3.ezbbs.net/03/dkkawachi_bbs/

category: サイト更新情報とお知らせ

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2006年9月17日 週末フリーパスで行く近鉄三昧14 三交バス53番(平田町駅~近鉄四日市)  

鈴鹿線をただ単に折り返すのもなんなので、平田町駅からバスを利用することにしました。

20060917_hiratacho-02.jpg

丁度、ここから近鉄四日市へ向かうバス路線があるので、それを利用するのとにしました。

乗車するのは三重交通53番系統(平田町駅~近鉄四日市)
10分程前にやってきたのですが、一旦おろすとそのまま引き上げて言ってしまいました。

程なくして、戻ってきてようやく乗車できました。
これに乗ったのは私の他に誰もいませんでした・・・。

20060917_sanco_bus-01.jpg

私が乗り込んでそれほど待たずに出発。
しばらくは鈴鹿市の市街地を進み、鈴鹿川を渡ると国道1号線を四日市市まで進んで行きます。

途中にはJR関西線の加佐登駅が見えますが、コミュニティバスは乗り入れるものの、このバスは乗り入れはせずに駅から少し離れた国道上にあるバス停(加佐登停留所)を通過します。

20060917_sanco_bus-04.jpg

内部駅前から国道1号線から離れ近鉄内部線に沿って進みます。
内部駅は午前中に来訪済みでしたが、そのとき近鉄四日市へ向かうバスがあるのは知ってました。
しかし、まさか来た所を通るなんで思いもよりませんでした・・・。

四日市の中心部に近付いた辺りで渋滞に嵌りノロノロ運転です。
ここは1片側車線しかないので、途中まではスムーズに進んでいたのでしばらくストレスになります。

中心部に入ると片側2車線~3車線の道路を進み近鉄四日市に到着。
運賃を支払うのですが、通常720円のところをこの日はバス記念日という事で半額の320円で乗れてしまいました。

ちょっと得した気分です。
さて、四日市駅に三度戻ったら志摩線を乗り潰すため特急で一気に走破します。

→次に続く。

category: 関西地方

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2006年9月17日 週末フリーパスで行く近鉄三昧13 近鉄鈴鹿線  

四日市へ再び戻り、次は鈴鹿線です。

宇治山田行き急行に乗り伊勢若松へ向かいます。

20060917_kintetsu_5200-01.jpg

名古屋線急行の主力である5200系が先頭ですが、車内は軒並み100pとJR関西線よりも利用されています。

伊勢若松は鈴鹿線の乗換駅ですが、規模の割にはこじんまりとしています。
ホームもちょっと狭いし・・・。

20060917_isewakamatsu-01.jpg

ここから鈴鹿線平田町行きに乗り換えます。
先の宇治山田行きとの接続は2分ほどなので、撮影しながらの移動は労する所です。

ここで乗る車両はこの日2回目となる2000系。

20060917_kintetsu_2000-01.jpg

宇治山田行きと同時に発車し、平田町行きは右手にカーブし鈴鹿市の中心部へ向かいます。

途中にある高架の伊勢鉄道をくぐった先にある鈴鹿市は行き違いできる配線ですが、他の中間駅は棒線となっています。

利用状況的には終点に向かって減ってゆき、伊勢若松出発時で60pが終点平田町で20p程度という感じです。

終点の平田町は1面2線が可能な感じですが、実際は島式ホームが1面あるものの1線だけしかありません。

20060917_hiratacho-01.jpg

平田町駅からは鈴鹿市のコミュニティーバスが出ている他、三交バスが四日市駅や白子駅などを結んでいます。

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単純に往復するのもアレだし、それだったらいっその事バスで戻ることにしました。

→次に続く。

category: 関西地方

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2006年9月17日 週末フリーパスで行く近鉄三昧12 近鉄湯の山線  

四日市に戻り昼食とします。

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この近辺はあまり目ぼしいお店が無さそうなので、中部近鉄百貨店の上階にあるお店で頂くことにしました。

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昼食を済ませて、次は湯の山線に乗車します。

湯の山線のりばは名古屋線とは別に1面2線用意されており、1線は伊勢中川方が行き止まりで、もう1線は名古屋線に名古屋または伊勢中川両方向から入れるようになっています。

これはかつて、名古屋と近鉄難波から直通列車があった名残で、現在は消滅してしまいローカル路線化しています。

20060917_kintetsu_yokkaichi-04.jpg

12:15発の列車に乗り込み湯の山温泉を目指します。
車両は2000系3両編成ですが、昨今の近鉄の事情からワンマン改造沙汰車両で、湯の山線もワンマン運転されています。

ただし、近鉄ワンマン方式は各駅に係員が配置されているため、無人駅の大羽根園以外は車内の運賃の授受は行われていません。

さて、湯の山線は特急直通時代からの名残からか、大羽根園以外の各駅は全て行き違いできるようになっています。
また菰野は2面3線と少し規模が大き目です。

30分程で湯の山温泉に到着しました。

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終点の湯の山温泉はかつて温泉街の玄関口として、また観光地の玄関口としてにぎわってましたが、近鉄が観光の主力を伊勢志摩に注いだため後年衰退し、今ではすっかり寂れてしまってます。

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駅名が温泉でも肝心の温泉街とは場所が離れていることから、湯の山温泉駅から三交バスが温泉街を結んでいますが、誰も乗ってない状態で出発して行きました。

湯の山温泉からとんぼ返りで四日市に戻ることにし、次の鈴鹿線に乗車するため伊勢若松へと向かいました。

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→次に続く。

category: 関西地方

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甲信越縦断の旅日記 2006年10月9日  

2006年10月9日(

遠征最終日はふじかわ1号乗車からスタートします。
朝、腹痛で静岡の駅でトイレに駆け込んでしまい、結局ギリギリで乗車とヒヤヒヤものです。

20061009_jrcentral_ec_373-01.jpg

ふじかわ1号で身延線を走破し、甲府から小淵沢乗換で小海線へ。

20061009_jreast_dc_110-01.jpg

久しぶりのキハ110形の乗車できたものの、ここも約3時間の長丁場でした。

20061009_nobeyama-01.jpg

JR最高の駅、野辺山も無事通り小諸へ。
小諸から上田乗換で上田電鉄に乗車。
元東急7200系でしたが、丸窓電車風に仕立てられた車両で別所温泉の間を往復。

20061009_uetetsu_7200-01.jpg

上田へ戻り、しなの鉄道の乗車し長野へ。

20061009_jrcentral_ec_383-01.jpg

長野からしなの24号と名古屋乗継でのぞみ151号と乗り継いで帰阪。

途中の名古屋で313系5000番台をまたもや捉えることに・・・。
今度は新快速の表示で捉えることが出来ました。

20061009_jrcentral_ec_313_5000-01.jpg

23:00頃に帰宅。

今回は出だしで大きく躓いた旅だったので疲れちゃいました。
今遠征の詳細は近鉄三昧のあととなります。

category: 日記

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甲信越縦断の旅日記 2006年10月7日~8日  

2006年10月7日(

7日から甲信越地方を縦断する旅に出かけます。
この日はサンダーバード43号に乗って富山乗換えで糸魚川へ向かうのですが、湖西線が強風で雷鳥とサンダーバードが米原経由となたため40分ほど遅れが発生。

乗車予定のサンダーバード43号も約40分遅れの19:20に大阪を出発。

20061007_jrwest_ec_681-01.jpg

米原経由となったのですが、大土呂と越前花堂の間で人身事故が発生してしまい途中の木ノ本で1時間近くも足止めを食らい止めを刺されました。

富山に着いたのは2時間近く遅れて日付が変わってしまいました。
ここから糸魚川まで乗り継ぐことも出来なくなったのですが、代替交通手段を手配するとのことで事なきを得ました。

富山から糸魚川までは手配されたタクシーで移動となり、最終的に糸魚川の宿に着いたのは2:00前となっていました。


2006年10月8日(

甲信越縦断の旅の実質的なスタートです。
糸魚川から大糸線に乗車。

20061008_jrwest_dc_52-01.jpg

登場時のクリーム色と朱色のリバイバルカラー(かな?)の車両に乗って南下、途中に見た姫川は暴れ川といわれるだけあって前日の雨に影響により荒れてました・・・。

南小谷からE127系100番台の松本行きに乗り換え松本へ、主要駅の乗り込みが多く2両編成ということもあって140pに膨れ上がってました。

松本から松本電鉄に乗って新島々までを往復。

20061008_shinshimashima-01.jpg

新島々の駅舎はもっと重厚なイメージを想像したのですが、意外とライトなイメージ。

松本に戻って塩尻乗換えで辰野線に乗車。
ミニエコー123系の単行の車中はまったりした感じですが、行くのは山間に囲まれたルート。

20061008_jreast_ec_123-01.jpg

辰野経由で岡谷へ向かい、岡谷から飯田線に乗り換え豊橋まで向かいます。

20061008_jrcentral_ec_119-01.jpg

1列車としては今回最長乗車時間となる約6時間。
結構きついです。

ようやくついた豊橋で今月デビューした313系5000番台6連が折り返し待ちをしていたので、撮ってきました。

20061008_jrcentral_ec_313_5000-01.jpg

1両だけ誰も乗ってなかったので車内の写真も撮りました。

豊橋から新幹線でこの日の宿泊場所している静岡へ向かいこの日は終了です。

category: 日記

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「甲信越縦断乗り潰しの旅」に向けて・・・  

さて、今度の週末に乗り潰しの旅に行って来ます。

今回は甲信越地方を縦断する2泊3日の強行軍で、信州は横軽区間最後の夏の時と、急行「ちくま」で直江津に抜けるときに来訪して以来。
甲州地方に至っては初来訪となります。

この時期は18きっぷのシーズン外ですが、鉄道の日記念・JR全線乗り放題きっぷがあるので、利用しない手はありません。

20061006_raildays_freepass.jpg

さあ、準備は終りました。
あとは、当日の仕事をすっきり済ませてから現地に出向くだけです。

category: 甲信越地方遠征

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2006年9月17日 週末フリーパスで行く近鉄三昧11 ナロー乗車体験その4 日永駅と編成写真  

ナロー2路線体験の締め括りは編成写真の撮影です。

駅撮りの場所として適当なのが日永しかないので、西日野から戻ってくる時に立ち寄ることにしました。

日永は内部線と八王子線の分岐駅で、内部線のみ行き違いが出来るようになっています。

20060917_hinaga-04.jpg

ただし、昼間は行き違いはなく内部方面~西日野方面との乗り継ぎを考慮したダイヤ構成になっています。

20060917_hinaga-08.jpg

日永も西日野を同様に自動券売機が設置されています。
駅舎自体はここ数年建て替えまたは改修した感じですが、無人化されたしばらく経っているとか・・・。

20060917_hinaga-05.jpg

20060917_hinaga-06.jpg

行き違いが出来る内部線乗り場は上下線で大きくずれています。
編成写真を撮るには非常に都合がよいわけです。

20060917_hinaga-07.jpg

編成写真はこれまでにナロー標準だったものが、パステルカラーに移行したものの両方捕らえました。

20060917_kintetsu_260-07.jpg

20060917_kintetsu_260-08.jpg

以降の過渡期なので、この先貴重になるかも・・・。
撮影を終了したので、このまま四日市へ戻ることにしました。

→次に続く。

category: 関西地方

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