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カテゴリー「関西地方」の記事一覧

2009年9月27日 伊賀上野城5  

伊賀上野城を見終えると城址公園内にある芭蕉翁記念館と園外にある上野歴史民俗資料館へ寄ってきました。

ここに松尾芭蕉の記念館があるのは、伊賀上野が誕生の地であるからで、伊賀上野城のある旧上野市の市街地には生家を始めとする史跡がいくつかありますが、今回は上野公園内にある施設のみに絞りました。

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上野公園内にある松尾芭蕉関連ものとしては俳聖殿と言う建物があり、1942年に芭蕉生誕300年を記念して建てられたものです。
俳星殿では芭蕉の命日である10月12日に芭蕉祭が伊賀市の主催で行われ、当日は内部に安置されている大伊賀焼の等身大の芭蕉坐像(川崎克作)が公開などが行われます。

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上野歴史民俗資料館
こちらには旧上野市にまつわる歴史や資料などが紹介されています。

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時間がきたので上野市駅へ戻ってきます。

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ここでダークグリーンのレトロ塗装車に遭遇。
昭和30年代まで使用されていた色で旧型車両では現役で見られたものだそうですが、写真の860系ではそれを再現したものです。

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1本見送って先ほどまで車庫内に引っ込んでいたマルーンレッドのリバイバル塗装車も撮影。
こちらは伊賀線に転用される前の820系時代を再現したもの。

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伊賀鉄道では東急の1000系を転用した200系を2009年から順次導入されていることから、これらのリバイバルカラーがあること自体は数年後に廃車と言うことを意味しています。

これに乗って当日は帰宅しました。

#おわり
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category: 関西地方

tag: 日本100名城  伊賀上野城  松尾芭蕉  近畿日本鉄道  伊賀鉄道 
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2009年9月27日 伊賀上野城4  

今度は伊賀上野城の高石垣を見てきます。

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西に豊臣家の居城である大坂城を睨む形の伊賀上野城は、徳川家の側に立つ藤堂高虎が豊臣家との戦いに備え、城の防備を強化するべく徳川家康が筒井家から没収した領地にあったこの城郭を拡張し、既存の内堀をさらに拡張して濠を掘った時に構築したのがこの高石垣なのですが、実際は西側だけ守りが堅くその他三方は守りが甘い形になっています。

これは豊臣家が大阪の役で滅亡し徳川家が勝利し当初の役目を終えたことから、藤堂高虎が津城を本条に据えてへ移ったため未完成のまま現在に至ったためです。

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南側の見える県立上野高校があるあたりから西面が二の丸跡で、侍屋敷や藤堂家の御殿などがありました。

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この高石垣は大坂城に次ぐ高さだそうです。

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二ノ丸北西側から撮影。
西面。

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同じく北面。
内堀北面辺りは筒井氏時代の濠を活用しています。

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この後は芭蕉翁記念館と上野歴史民俗資料館へ行ってきます。

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→次に続く。

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tag: 日本100名城  伊賀上野城 
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2009年9月27日 伊賀上野城3  

伊賀上野城の天守へ。

現在の伊賀上野城の天守は筒井氏が築城した当初と同じ3層なのですが、藤堂氏による改築では5層の天守が建設されたものの、竣功を控えた1612年に発生した嵐により倒壊し、それ以降は武家諸法度や本城を津に移したこともあり、天守は再建されませんでした。
写真の天守は1935年に建設されたもので、築城当時と時代考証がなされていない模擬天守で、建設費を出資した川崎克氏の純和風への拘りから木造で建設されたものですが、建設年代が古いため現存天守と間違いそうなほど馴染んでしまっています。

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観覧券と冊子。

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伊賀上野城に関する解説と鯱。

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天守自体は伊賀文化産業城と言う名称である通り、内部は当地に関連した資料などが展示されています。

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最上階からの眺め。

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このあとは伊賀上野城の特徴である高石垣を見てきます。

→次に続く。

category: 関西地方

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2009年9月27日 伊賀上野城2  

伊賀上野城へ登城します。

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現在は上野公園(東京の上野ではなく)という城址公園として整備された伊賀上野城は未完の城郭で、豊臣家を迎え撃つため改易された筒石氏に代わり藤堂氏が城の防備を強化や拡張をしていたのですが、完成間近の天守が暴風で倒壊したことと、大阪の役で豊臣家が滅亡したことで防備の強化が不要となったため改修が一部中止となり、交通の便の良好な津城を本城とし伊賀上野城は支城となり明治維新まで天守の再建は行われませんでした。

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明治維新後は三重県の上野支庁が置かれて当地の中心的な役割を果たし、その後城址は現在の公園として整備され現在に至ります。

順路に沿って本丸へ歩いて行くと、本丸よりも一段高い場所があります。

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ここは筒井氏が城主だった時代に天守が建てられていた場所で、改易後入城した藤堂氏の時代は御殿が置かれていました。
来訪当時、この場所では発掘調査が行われていました。

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また、本丸に近接している場所でも発掘調査が行われていました。

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本丸に到着。

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続いては天守内へ入ります。

→次に続く。

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tag: 日本100名城  伊賀上野城 
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2009年9月27日 伊賀上野城1  

3月遠征が無かったことからネタのストックが尽きましたので、当面は未公開だった過去ネタを順次アップします。

2009年9月27日に伊賀上野城へ行ってきました。
日本100名城巡りの一環としてですが・・・。

合併後は伊賀市となった上野市駅に伊賀上野城がありますが、近鉄から伊賀鉄道に転換されてからの伊賀線に乗るのはこのときが初めて。

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別会社になったため、券売機などは伊賀鉄道専用のものになり、食券販売機タイプの機種に変更されてコストダウンを図っているようです。
改札口は近鉄側のみとなったことから自動改札機などが近鉄大阪線寄りに移設され、伊賀鉄道のりばへは直接入って車内または降車時精算か駅で精算という形になっています。

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当時は東急1000系が入線する直前だったことから各駅でのホーム改修工事による運休が行われる告示が掲示されていました。

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伊賀鉄道移管により1面1線化と近鉄の自動改札機移設による既存のスロープ閉鎖と代替のスロープ設置などが施工されました。

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伊賀神戸から上野市へは860系の忍者電車。

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そのまま、まったりと揺られて上野市に到着。

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ここからは伊賀上野城を目指して歩いて行きます。

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→次に続く。

category: 関西地方

tag: 伊賀鉄道  近畿日本鉄道 
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2011年1月8日 紀伊半島巡る旅8 紀州新宮城・その3  

新宮城址巡り。
最後は出丸の方を見てきます。

紀州新宮城の出丸は本丸の北西側に位置しています。

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さっき来た本丸下段側にある虎口脇から本丸上段の石垣に沿って進んだ先に出丸の階段前に出てきます。

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出丸の櫓台上部。
現在は建物が一切ない状態で、ご覧の通り荒れた状態となっています。

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出丸上から周辺を撮影。

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さて、一応これで終了なのですが、紀州新宮城には松ノ丸・鐘ノ丸・本丸・出丸以外に水ノ手と言う曲輪があり、平山の主郭部より下の熊野川の畔に位置しています。
現在も主郭部や熊野川に架かる近隣の橋梁から見ることができます。

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丹鶴公園では水ノ手まで下りれるようになっていて、松ノ丸から熊野川へ下りることができるのですが・・・。

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現状は水ノ手へ下りる通との途中が崖崩れなどで危険であることから松ノ丸から通路自体は立ち入ることができません。

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実は紀州新宮城自体の遺構群は荒廃した箇所が見られるのですが、新宮市では紀州新宮城の修復計画が進められていて、水ノ手では発掘調査と復元工事などが進められている他、主郭部の石垣の修復などが行われる予定です。

参考:新宮市役所公式サイトから紀州新宮城に関する情報
http://www.city.shingu.lg.jp/forms/info/info.aspx?info_id=19157

これで紀州新宮城址巡りは終了。
新宮駅へ戻って初日の宿に向けて移動します。

→次に続く。

category: 関西地方

tag: 日本の城郭  紀州新宮城 
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2011年1月8日 紀伊半島巡る旅7 紀州新宮城・その2  

新宮城址めぐり。
今度は本丸の方へ進みます。

写真は鐘ノ丸と本丸下段の間にある庭園ですが、この場所に城門があったとされています。

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正面の建物は櫓風の外観を持つ便所。
その背後にある石垣は天守台ですが、実は本来の姿の半分の規模に改変されてしまっています。
それは後ほど触れることにします。

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本丸下段から上段の虎口。

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本丸からの眺め。

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本丸上段の様子。

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本丸北東の枡形虎口。
搦め手に当たりますが、現状は閉鎖されています。

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丹鶴姫之碑

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本丸南西側。
本来この背後には天守台があるのですが、廃城後に破壊されてしまったため、随分小さくなってしまっています。

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崩された跡には登城道が整備されていて本来あったもののような雰囲気となっていますが、実は元々存在しないものです。

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この後は出丸を見てきます。

→次に続く。

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tag: 日本の城郭  紀州新宮城 
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2011年1月8日 紀伊半島巡る旅6 紀州新宮城・その1  

新宮に到着しました。

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新宮駅は駅の正面はタクシーの待機場所となっていますが、少し歩いた場所にバス乗り場があります。

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ここからは新宮城へ訪れます。
写真は平山城の直下を通る紀勢本線の線路で、新宮駅構内の留置線から入換作業などで車両がこの場所まで引き上げ来るためこの場所までは電化されています。

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新宮城址入口。
現在の新宮城は主郭部が丹鶴公園として整備されています。

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山城の麓は二ノ丸と武家屋敷がありましたが、廃城後は市街地化などに改変されています。
現在の二ノ丸跡は幼稚園などになっています。

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では城址公園内へ。

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左側の石垣から向こうがは二ノ丸跡。
右側に階段は城址公園となってから整備されたものです。

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整備された遊歩道と城址の遺構の境界。
奥側が本来の遺構ですが、やや崩れています。

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松ノ丸の虎口。

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松ノ丸跡。

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鐘ノ丸の虎口。

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鐘ノ丸跡。

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続いて本丸跡や出丸跡を見てきます。

→次に続く。

category: 関西地方

tag: 日本の城郭  紀州新宮城 
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2011年1月8日 紀伊半島巡る旅5 本州最南端潮岬・その4  

さて、望楼の芝から潮岬観光タワーへ移動します。

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潮岬観光タワーは展望台と飲食店が入居する2棟で構成されている観光施設です。

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串本方面へのバスの出発時間が迫りつつあるため、短時間勝負となりました。
展望タワーへの観覧券の代わりに本州最南端方面証明書が配布されます。

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年代物のエレベータで上層へ上がり、さらに階段を使って屋上の展望台へ。
上から順に東西南北で撮影してます(いずれも合成パノラマ写真でクリックすると元のサイズで表示されます)

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そろそろタイムアップなので潮岬から串本駅へ戻ります。

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串本からはスーパーくろしお7号に乗って新宮へ向かいます。

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串本駅構内の様子。

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くろしお7号では普通車指定席でに座ります。
指定席の利用客層はいわゆる団体客が多く、その次に家族連れと言う感じです。

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最南端から紀伊半島に東側を北上していきます。

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約50分ほどで新宮に到着。

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新宮では3時間ほどバッファがあるため、ここから徒歩圏内にある新宮城を訪れることにしました。

→次に続く。

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tag: 本州最南端  潮岬 
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2011年1月8日 紀伊半島巡る旅4 本州最南端潮岬・その3  

引き続き潮岬観光です。

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この場所は潮岬の中でも知られた場所だと思われます。

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このオブジェは和歌山県朝日夕日百選の一つとして選定された場所にあるもので、潮岬の夕日の写真として出ているものの多くはこの場所から撮影したものらしいです。

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周辺はこんな感じ。

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黒潮前停留所付近から遊歩道に沿ってゆくと・・・。

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その先にあるのは望楼の芝。

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本州最南端の石碑。

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最南端の地に建てられている下村宏の銅像。
ポツダム宣言受諾の実現に尽力した人物として知られ当時は情報局総裁であったが、歌人としても知られ下村海南の名義で作品を著しているのだそうです。

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写真で見る本州最南端。
中央の岩礁が実際の本州最南端であるクレ崎。

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もう一つある本州最南端の石碑。

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顕彰碑。
潮岬の望楼の芝南端に建つこの顕彰碑はオーストラリア北部の産業であった真珠貝、高瀬貝、ナマコの採取漁業の従事者として雇われた日本人移民の霊を慰めるため、移民渡航100周年を記念して建てられたものだそうです。

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望楼の芝の南側から撮影。

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この後は潮岬観光タワーへ向かいます。

→次に続く。

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