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黄金週間日記 2016年4月30日  

2016年4月30日(

遠征2日目は数年ぶりに宇和島へ来訪しました。

その宇和島へ行く前に、伊予市駅前で撮影。

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目的は市内電車とバス車両ですが、伊予鉄グループでは市内電車と路線バスのオレンジ一色塗装に変更されるとのことで、現行と新塗装の過渡期にあるこの時期は貴重と言えます。

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伊予鉄の市内電車も古いですが、路線バスも負けておらず、結構古いメーカーのロゴを出した車両がリムジンバスに充てられていると思ったら割と新しい車両が入っていたりして退屈しませんでしたが、もう少し機材を整えてから撮りたいものです。

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伊予市から宇和島自動車の宇和島・松山線に乗車。
城辺・宇和島~松山線は特急および急行の種別がある一般路線バスに分類されますが、伊予市~大洲市および西予市までは松山道を経由するため高速バス車両が充てられています。

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圧倒的早さがあるJR特急に対し、松山市の中心部と大洲・卯之町・宇和島を格安で直接結ぶことをアピールしていることや、予讃線の末端部はローカル列車の本数が少ないこともあって利用は概ね良好と言ったところ。

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1時間50分ほどで宇和島に到着。
前回来訪したときは曇っていましたが、今回は天候も良い感じ。

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昼食を挟んで午後からは宇和島城へ登城。

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前回は予土線へ乗り継ぎ待ちの間に来訪したため天守のみでしたが、今回はじっくりと回れるので本丸および天守以外も巡ってきました。
一部の曲輪が修復工事のため入れないところがありましたが・・・。

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宇和島市立伊達博物館へ。
こちらは江戸時代から宇和島藩を治めていた宇和島伊達家が所蔵していた史料や宇和島に関する文化遺産が展示されています。

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伊達博物館から1分ほど歩いて天赦園へ。
2代藩主の伊達宗利が海を埋め立てて造成した浜御殿の一部を7代目藩主の伊達宗紀が築庭したものです。

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天赦園から市街地の反対側(北側)に位置する歴史資料館へ。
この洋風の建物はその昔、宇和島警察署として宇和島広小路に建設されたもので、戦災を免れた後、西海町役場として移築されました。
その後、新庁舎建設に際して現在の場所に再移築されて現在に至ります。

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歴史資料館の向かい側には樺崎砲台跡があり、黒船を迎え撃つために構築された砲台の一部が保存されています。

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宇和島での活動はここまでとし、帰りは宇和海22号を利用しましたが、それに充てられていたのは2000系の試作編成+量産車1両の4両編成だったことをここで記しておきます。

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松山へ戻って遠征2日目は終了です。
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category: 日記

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黄金週間日記 2016年4月28日~4月29日  

2019年4月28日(木)

2016年のゴールデンウィークは事業者によっては10連休になるところもありますが、世の中そうでないところも当然あるわけで、私の場合は暦通りに基づいた職場カレンダーにより3-3-2の飛び石連休になってしまいました。

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2015年は5連休の中3日を使って人生初の沖縄遠征へ行ってきましたが、今年は日勤と夜勤が跨がることと宿泊先の確保と予算の関係から前半の3連休と中盤の3連休にそれぞれ遠征をすることにし、前半となる4月29日から5月1日は愛媛をメインに日程を組むことにしました。

四国遠征の時はGW初日の混雑を避けるため、前日入りをすることを前提としています。
今回は職場の予定の都合から前日となるこの日はのぞみ131号で岡山入りして一泊、翌朝に四国入りをすることにしました。

予定通りのぞみ131号に乗って岡山を目指すところでしたが、急病人発生によって姫路で思わぬ足止めを喰らことに・・・。
急病人の件は車掌と同乗していた医師による救護活動によって事なきを得たものの、これによって14分の遅れとなり、西明石で追い抜いたこだま773号に追いつかれるという珍事に見舞われてしまいます。

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どうも今回は前途多難な遠征になりそうです。



2016年4月29日(

岡山で迎えた遠征当日は、マリンライナー11号で高松へ移動します。
この日は城廻と琴電をメインに据えて最終目的地を宿泊地である松山という予定にしたのと、8600系を狙うため高松で鞄を預けて軽装で現地を飛び回ることにしていたのです。

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ところが、到着した高松では当日からサミット開催によるセキュリティー強化のためコインロッカーが使えなくなると言う事態に遭い、ここから予定が狂ってしまいます。

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この日の城廻に関しては川之江城のみでしたので琴電関連の予定を放棄すれば何とやりくりできますが、問題は鞄をどうするかです。
川之江城の最寄りの川之江駅自体が決して大きな駅ではなく、コインロッカーがなさそうな予感がしていたのと、大きな鞄を抱えながら徒歩で移動するのは過去の経験からあまりやりたくないため、川之江へ向かう途中に停車する列車が比較的多い駅でコインロッカーがありそうな坂出へ出向けば何とかなりそうと考えて引き返すことに・・・。

その前に高松駅での撮影。

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ここで8600系の車内写真を撮影することに成功。
2両編成の方ですが・・・。

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引き返した先の坂出で鞄を預けてようやく身軽になったところでいざ川之江を目指します。

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途中の多度津で観音寺行きを待つ間に編成写真の撮影。

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なかなか撮影できないJR四国の編成写真を撮りまくりました。

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やって来た観音寺行きは本数が少ない6000系。

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観音寺に到着後は2時間後の岡山行きとして折り返すため降車扱い後、消灯して閉ざされてしまい、車内写真は撮れず編成写真は撮れたと言う結果に終わりました。

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観音寺乗り換えで川之江へ。

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川之江は隣の伊予三島と同じく製紙業の街であることから、特急の停車駅であるものの、駅舎はパン屋が同居した小さなもので、案の定コインロッカーはありませんでした・・・。

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川之江駅から徒歩圏内にある川之江城は伊予・讃岐・土佐・阿波への交通の要衝で当地ある鷲尾山に築城されたお城で、江戸時代初期に廃城されています。

そのため、現在ある天守などは旧川之江市制30周年記念事業の一環として再建されたもので、史実に基づいたものではなく模擬天守なのだそうです。

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川之江から多度津乗り換えで琴平へ。

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目的は121系未更新車の車内写真撮影でしたが、たまたま乗ったのが岡山の115で、しかも坂出へ戻って鞄を回収することも考えると30分ほどしか粘れずやむなく撤退・・・。

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鞄を回収して高松へ。
今日あちこちで改札を出たり短時間で再入場と忙しいのですが、それだけ今回は細部まで練り込んでなかったとも言えます・・・。

高松から多度津までは8600系で。
2両編成の最後尾が8号車だったのですが、ここで早く気づきべきでした。

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多度津に到着して乗り換えたしおかぜ23号は8600系7両編成ではなく8000系8両編成・・・。
後で調べると今回のGW期間中のしおかぜ23号は繁忙期の輸送力の関係で最大で7両編成である8600系ではなく8両編成の8000系を充てないとのことで、これは迂闊でした。

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定刻通り松山に到着し、遠征初日はここで終了。
松山から市電に乗り換えてホテルへ向かいました。

category: 日記

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年末日記 2013年12月28日  

2013年12月28日(

28日は瀬戸大橋を渡り四国へ出向いて来ました。

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今回の目的は高松近辺の鉄道撮影なので、まずはマリンライナー用の223系5000番台・5000系の撮影。

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設備やダイヤ構成上により折返しの条件が厳しい岡山では撮影出来ないので、高松での撮影となりました。

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続いてキハ185系。

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こうして車内写真を撮影するのは今回が初めて。

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そしてリニューアル後の121系。

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リニューアル前ではなくリニューアル後の車内を先に撮るとは思いませんでしたが、リニューアル前の車両もまだ残っているため早めに手を打っておきたいところです。

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車内写真撮影後は何となく高徳線に乗り三本松へ・・・。

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あまり進みすぎると帰阪するのが遅くなるので、三本松に到着すると取って返したように高松へ戻ってきました。
今回は18きっぷだから良いものの、すぐ折り返してくるのはちょっと恥ずかしいです・・・。

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この後はそのままマリンライナーとみずほ628号を乗り継いで帰阪しました。

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2011年5月1日 吉備国の城を巡る旅35 足を伸ばして宇野線へ・・・  

岡山駅へ戻ってきたのですが、帰阪までには時間があることから宇野線へ足を伸ばして編成写真の撮影をすることにしました。

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大元に到着。

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大元駅は相対式ホーム2面2線と言う配線ですが、2001年に高架化されたのと同時に行き違い設備の延長が伸ばされて、あたかも複線のようです。

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ここで編成写真撮影と言うことにしたのですが、まともに撮れたのはこれだけ・・・。
マリンライナーは微妙。特急列車は完全のに被るため無理でした。

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もう少し足を伸ばします。
ここで乗車したのはJR東日本からJR四国へ譲渡された113系。

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何度か乗っていますが、車内写真はなかなか撮れません・・・。

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備中箕島で下車。

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単式ホームが1面だけの無人駅である備中箕島駅はホーム幅も狭いことから、簡易形自動改札機と券売機が所狭しには位置されています。
ちなみにICOCAエリア内なのでICカード対応。

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折り返し岡山へ戻って現地での活動は終了です。

→次に続く。

category: 中国地方遠征

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黄金週間日記 2011年5月1日  

2011年5月1日(

前半戦遠征最終日である1日は岡山城を中心に巡りました。
今遠征で巡った日本100名城選定の城郭の中では唯一平山城で、初日・2日目の山城に比べれば優しい方です。

ホテルをチェックアウトして駅のコインロッカーに荷物を預けて岡電に乗車。

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城下停留所で下車。
「しろちか」と呼ばれる自由通路兼コミュニティスペースを経て岡山城へ。

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総構えはかなりの規模であった岡山城は廃城後に堀を埋め立てて市街地化されたため、烏城公園として整備されているのは本丸(中の壇・本壇)と言った主郭部と大名庭園であった後楽園だけとなっています。

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岡山城を撮影しているとカードの残り撮影可能枚数が30ほどになったものの、予備のカードを携行してなかったことに気づきました。
しかし岡山城主郭部の撮影は何とか持ち堪えたので、岡山城撮影を終えてから慌てて予備のSDHCカードを購入するため岡山駅前のビックカメラに駆け込むという事態に・・・。

改めて岡電に乗って城下へ。
ちょうど良いタイミングで「MOMO」に乗車できました。

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烏城公園に戻ってきて、今度は後楽園へ。
日本三名園の一つである後楽園は大名庭園としてだけではなく的が攻めてきたときの出城としての役割もあったそうです。

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後楽園を見て回ったあとはももくんの像を見て、林原美術館へ入り、現存の建物としては唯一城址公園外にある西の丸西手櫓も見てきました。

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このあとは岡電に乗って中納言停留所へ移動。
ここでは岡電の撮影タイム

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岡山駅へ戻って宇野線に乗車。
宇野線では大元で編成写真の撮影をしましたが、なかなか厳しい・・・。

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これで現地の活動は終了。
さくら572号で帰阪しました。

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2010年5月4日 日本100名城を巡る四国の旅36 高知へ  

中村からは南風24号に乗って高知へ向かいます。

予定では1本あとに乗る予定でしたが、足摺岬からのバスが予定通りに到着したため、近くのコンビニに寄って昼食を買ってきたも余裕で乗り込むことができました。
これで、高知市内での土佐電撮影タイムが確保出来ます。

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土佐くろしお鉄道の中村線と宿毛線は前回夜間だったため今遠征ではじっくりと車窓を楽しみます。

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ループ線となる第一川奥トンネルを抜けて宇和島からの予土線に合流。

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合流地点の川奥信号所の真下から先程通った線路が顔を覗かせています。

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窪川から土讃線を東へ進みます。
この途中には高速道路の工事が進められています。

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土讃線の高知以西もこれまでは夜間だったためじっくりと車窓を眺めてました。

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高知に到着。

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前回来訪時は地上駅でしたが、その後高架駅となってから初めて降り立った高知駅は2面4線で、窪川側に引き上げ線を有しています。

高松方。

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窪川方。

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出発待ちのキハ54形。

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高架切替後は自動改札機が導入されています。

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高知駅南口から撮影。

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1本早めに列車に乗ったことからホテルにチェックインするまでの時間を利用して土佐電の撮影。

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ここでは偶然にも元名鉄の590形に遭遇出来ました。

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撮影終了後はホテルへ向かいました。

→次に続く。

category: 四国地方遠征

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2010年5月3日 日本100名城を巡る四国の旅31 宿毛へ。  

徳島から遠征3日目の宿泊先である宿毛へ移動します。
宿毛にしているのは4日目に足摺岬への来訪を設定している関係と土佐くろしお鉄道のローカル列車に乗るためも兼ねています。

徳島地区は1500形の導入が進められていますが、写真のキハ47形などが勢力を縮めています。

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写真のようにリバイバルカラーで登場するあたりはあと数年でなくなりますよ~と言っているようなものです。

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徳島からは徳島線に乗って阿波池田を目指します。

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ここでは進出著しい1500形に乗車。

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この1500形自体は以前にも一度乗っていますが、徳島線を全線乗り通しのようなに長時間乗る自体は今回が初めて。
ボックスシートやロングシートがメインになりがちな中で転換クロスであるのが特徴ですが、いまのところ徳島運転所に在籍している関係で高徳線・徳島線・牟岐線といった徳島を中心に使用されているだけです。

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阿波池田での乗り換えは3分程度の短時間でしたが、ここでも編成写真の撮影。
乗り継ぎが別のホームだったのもあって撮影自体は慌ただしかったです。

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阿波池田から南風17号に乗り換えて宿毛を目指します。

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県境の渓谷を突っ切り高知県入りします。

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2007年以来となる高知に到着。

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この南風17号は後にしまんと7号の2両を繋いだ6両編成でしたが、ここ高知で後ろ2両切り離し。
実は阿波池田で何も考えずに乗り込んでしまったのですが、幸い座ったのが南風17号の最後尾だった難を逃れましたが、危うく尻切れとんぼにされてしまうところでした…汗。

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高知を出ると19:00過ぎ。
真っ暗になり暗闇の中を延々と西へ進んで行きます。
宿毛に到着は21:00過ぎとなりました。

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3日目の宿泊先はホテルアバン宿毛。
宿毛では数少ないビジネスホテルで、今回はシングル。

ビジネスホテルとしては標準的な広さ。

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ベット周り。

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デスクトップ周り。

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エントランス。

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ユニットバス。

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ここで一晩過ごして4日目を迎えます。

→次に続く。

category: 四国地方遠征

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2010年5月3日 日本100名城を巡る四国の旅27 讃岐高松城・その3  

月見櫓を出て残りの櫓跡などを見てきます。
下の写真は北の丸跡。

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北の丸鹿櫓跡。

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再び桜の馬場を通り、最初に入ってきた方の反対側から出ます。
写真は玉藻公園東口になる旭門側に立つ艮櫓(うしとらやぐら)で、元は東の丸にあったものを太鼓櫓跡に移築したもの。

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旭門跡。
桝形虎口形式のもんですが現在は高麗門があるのみです。

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東の丸から移設復元された艮櫓。

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香川県民ホールの敷地内に復元された旧東の丸艮櫓跡。
上物の建物自体は先程触れたとおり桜の馬場にある太鼓櫓跡へ移築され、この石垣は県民ホール建設時の発掘調査を基に復元されたものです。

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玉藻緑地に建つ報時鐘。
この報時鐘は松平氏が藩主であった時代に外堀南西側の土手に時を告げるために建てられていたもので、2度にわたる移転ののち、現在の玉藻公園の北隣にある玉藻緑地に建てられた櫓を模した建物内に移転され現在に至ります。

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これで高松城巡りは終了。

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高松駅へ戻ると鞄を回収してうずしお7号に乗って徳島へ移動します。

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2007年遠征の時を同じN2000系気動車。

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前回、高徳線を通しで乗ったのは夜間だったため、今回は初めて日中時の走破となります。
高松市街地を延々と進み志度を過ぎてしばらくすると水田が幅をきかせてきますが、北側には播磨灘が時折顔をのぞかせながら東へ進みます。

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讃岐相生を抜けると程なく徳島県に入り、大坂峠を越えます。

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山越えを終えて鳴門市の平野部に入ると池谷までは東へ進みます。

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池谷から鳴門線と合流して南へ向きを変えて進み、しばらくすると吉野川を渡ります。

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吉野川を渡ると徳島線が合流。

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徳島線と合流してすぐの佐古を通過すると右手に眉山(びざん)が見えると地上へ下りて徳島に到着です。

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この後は徳島城へ登城します。

→次に続く。

category: 四国地方遠征

tag: 日本100名城  讃岐高松城  JR四国 
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2010年5月2日 日本100名城を巡る四国の旅24 2日目終了。  

2日目の宿泊先である高松へ移動しました。
丁度いい具合に折り返し待ちの7000系電車の車内が無人になったため、車内写真の撮影タイムとしました。

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1000形気動車と同じくセミクロスとロングが点対称で配置されている特徴的な座席配置。

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すごく違和感ありますが、これは超広角レンズの最広角で撮影しているためです。

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横軸のマスコンと縦軸回転のブレーキの運転台。

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7000系の撮影はこれで終了、改札を出ます。
高松駅の改札口が自動改札化されたのはここ数年ぐらい。

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改めて夜の高松駅。

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3日目の午前中に登城する予定の高松城。

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高松の市街地を進みホテルに到着。
2日目の宿泊先は2007年遠征で泊まったホテル川六。

予約した部屋はシングル。

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ベット周り。

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デスクトップ周り。

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デスクトップ側壁面にあるインターネット対応LAN端子と4個口のコンセント。

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エントランス。

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ユニットバス。

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ここで一泊し3日目を迎えます。

→次に続く。

category: 未分類

tag: JR四国 
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2010年5月2日 日本100名城を巡る四国の旅23 観音寺の銭形砂絵  

丸亀から予讃線快速サンポート号に乗って、折り返し西へ向かいます。
次の目的地は観音寺ですが、丸亀を先にしたのは順方向で巡ってしまうと丸亀城天守の入城時間に間に合わなくなる恐れがあったためです。

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ここでやってきたのは113系。
と言ってもこちらは老朽化が著しい111系を置き換えるためにJR東日本から譲渡・改造されたもので、座席がロングとボックスシートの組み合わせからJR西日本の体質改善車アーバン仕様と同じく転換クロスシートに変えられています。

流石に丸亀では座れませんでしたが、多度津でまとまった降車があったため、観音寺までは腰を落ち着けることができました。

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観音寺に到着。
変則の3面4線である観音寺は旧国鉄末期に予讃線が部分電化されたときの西端でしたが、JRへ移行してからさらに西へ電化されて現在は高松~伊予市が予讃線の電化区間となっています。

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観音寺へ来たのは寛永通寶と言う古銭を型どった大きな砂絵がこの地にあることを以前から知っていて、一度行ってみようと思っていたところ、今回の城巡りに組み込んだ次第です。

観音寺にある寛永通寶の砂絵は琴弾公園にある銭形砂絵だそうで、歴史的にも古くからある砂絵だそうです。

琴弾公園は観音寺駅からやや遠くにあるため、まずは駅前広場から川を挟んだ場所にある観光案内所で地図を頂いてから砂絵のある琴弾公園を目指します。

市街地を北へ歩くこと約20分ほどで到着。
琴弾公園は財田川を挟んで北側に位置する公園で西側は有明浜に面しています。

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公園名に由来でもある琴弾山には琴弾八幡宮があり、三架橋を渡ってすぐの場所には鳥居があります。

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砂絵が見られる展望台は有明浜側と琴弾八幡宮の参道の2通りですが、公園入りした場所の関係から後者の方から登って、前者の方へ下りる形にしました、

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琴弾八幡宮への参道

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琴弾八幡宮の横を通って石段を降りると琴弾山の展望台に到着。
素で撮ると迫力ありませんね。

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では最望遠で…。

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銭形砂絵に関する由来を記したもの。
実はこれについての異論もあるそうです。

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山から降りて有明浜に面した砂絵を間近に見てきます。
と言ってもこれではわかりませんが…。

まずは「永」が記されている東側。

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「通」が記されている北側。

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「寶」が記されている西側がこちら側が有明浜に面しています。

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「寛」が記されている南側。

写真にチラチラと警告札が見えますが、この銭形砂絵は観音寺市の文化財であるため、砂絵内への立ち入りが禁止されています。
ちなみに、台風などで崩れた時や定期的に行われる化粧直しの時には地元総出で補修するそうですが、間近で見るとかなりの大きさであることが実感出来ます。

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有明浜。

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これで2日目の予定はこれで終了。
この後は観音寺駅へ戻って高松へ向かいました。

→次に続く。

category: 四国地方遠征

tag: JR四国  観音寺  琴弾公園  銭形砂絵 
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