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2009年9月19日 東海地方の城郭と鉄道を巡る旅4 長篠城・その3  

長篠城本丸を囲む土塁です。

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土塁の上にある長篠城址の石碑。

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南側にある鳥居は城藪稲荷が祀られていた場所。

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城跡が文化財として保存されることを受け、現在は近くにある大通寺の境内へ移設されています。

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土塁から見る飯田線。
写真の場所も長篠城跡なのですが、鉄道線が城跡を突っ切っているのが判ります。

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飯田線を挟んだ南側に野牛曲輪があります。

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古城跡踏切を渡ると本丸と野牛曲輪の境界を豊橋方へ歩いていきます。

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下りてくる途中にある野牛曲輪の石碑。

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やや広い場所へ出てきます。
ここも野牛曲輪の一部ですが、この辺りは2つほどの段差が設けられています。

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野牛曲輪から本丸跡と飯田線側を撮ったもの。

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野牛曲輪から川の方へ下りることが出来ます。
曲輪の隅にある細い坂道を下りていきます。

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たどり着いた場所は断崖と言うほどではありませんでしたが、当時の様子だと現在のように草木がないものと想定されることから、川側からも攻めにくい感じのようです。

この場所からは豊川に架かる飯田線の橋梁を見上げる形で見ることが出来ます。

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長篠城観覧はこれで終了。
次は長篠設楽原の戦いに纏わる場所を巡ってきます。

→次に続く。
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category: 東海地方遠征

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2009年9月19日 東海地方の城郭と鉄道を巡る旅3 長篠城・その2  

渡合から長篠城本丸跡へ移動してきました。

長篠城は長篠設楽原の戦いで大きく損傷したことから、豊川に沿った下流に新城城を築城されたため廃城されました。
廃城後は本丸より南側は断崖であったことから遺構がよい状態で残されていますが、北側は開墾などで埋没・破壊されて、現在は耕作地と住宅地となっています。

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帯曲輪跡は駐車場と新城市長篠城址史跡保存館があり、史跡保存館は長篠城の歴史と長篠設楽原の戦いに纏わる史料などが展示・紹介されています。

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帯曲輪から本丸側を望む。

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本丸手前にある空堀などは長篠設楽原の戦いの数年前に徳川家康が武田軍から奪取して以降に改修されたものだそうです。

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帯曲輪側から見た本丸跡。
奥に見える架線柱は本丸跡の隅を縦断する飯田線のもの。

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飯田線の線路脇から見た本丸跡。

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本丸跡と弾正曲輪跡の間にある不忍の滝。

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本丸跡から豊川を挟んだ対岸に鳥居強右衛門が磔刑(たっけい)に処された場所がある。

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本丸南端は飯田線が横断する形で敷設されています。

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宇連川の挟んで対岸は渡合へ向かうために通った道路がありますが、その背後の山々は長篠設楽原の戦いで武田軍が敷いた陣跡が点在します。

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→次に続く。

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2009年9月19日 東海地方の城郭と鉄道を巡る旅2 長篠城・その1  

長篠城駅に到着しました。

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駅名に由来となる長篠城が徒歩圏内にあり、今遠征の最初の目的地であることから、ここで下車します。

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長篠城駅は1面1線となっていますが、かつては2面2線だったようです。

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無人駅であることから駅舎は待合所としての機能のみ。
城跡に由来して駅舎もそれに合わせられている感じです。

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駅前はロータリーは整備されていませんが、飯田方は自転車置場、豊橋方は近年建てられたと思われる公衆便所と駐車場があります。

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長篠城は城跡として残されているのは本丸など城の中心部だけが残されているのですが、豊川と宇連川の合流点に面する渡合は鳳来峡から続く渓谷となっています。

渡合は本丸南側の野牛曲輪の先端にあるのですが、ここを見るためには川を挟んだ対岸側からしか見れません。
ところが、長篠城周辺には宇連川に架かる橋が少なく大回りを強いられます。

長篠城駅の飯田方にある踏切を渡り、その先にある下り坂を下りていきます。
宇連川に架かる文化橋を渡ると正面に見える道路を豊橋方へ向かい、田畑が広がる集落を進んで行くと、広い道が途切れる辺りで十字路を右手にある牛渕橋の方へ進むと、橋の中間点が渡合の見渡せる場所となっています。

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渡合を見ると飯田線が城跡を串刺しする形で通っています。

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牛渕橋を渡ると飯田線の篠原踏切があり、ここから長篠の戦いにおいて重要な活躍をした鳥居強右衛門が武田勝頼により磔にして処刑された場所へ行く道があります。

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鳥居強右衛門が磔刑の処された場所は豊川を挟んだ長篠城内を見渡せる場所に位置していますが、現在は石碑の背後は植樹されているため、当時に状況を想像しきれません。

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このあとは長篠城本丸跡へ向かうのですが、この場所からは直接向かうことが出来ないため、来た道を戻って行くことにしました。

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→次に続く。

category: 東海地方遠征

tag: JR東海  飯田線  日本100名城  長篠城 
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シルバーウィーク日記 2009年9月19日  

2009年9月19日(

今年の9月から新たに加わった大型連休「シルバーウィーク」に合わせて岐阜県内の城郭めぐりと乗りつぶしの旅をすることにしました。

当日は早朝出発だったのですが、前日まで仕事でバタバタしておりあまり余裕が無く、準備が深夜まで掛かってしまったため仮眠したものの、気がつくと6:30を回っておりました。

新大阪からのぞみ310号に乗って名古屋入り。
手始めは飯田線方面で、前半2泊の宿泊先は名古屋ではないなので、ひとまず鞄をロッカーに預けておきました。

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名古屋からは東海道線新快速に乗り豊橋へ向かい、豊橋から飯田線に乗り換え。
先月末に乗ったところでしたが、日本100名城の一つが飯田線の沿線にあるのと、そこを行程に組んだのがぎりぎりの段階だったため、3週間ぶりに再び乗るとは考えてませんでした。

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対象となったのが長篠城。
武田勝頼と織田信長・徳川家康連合軍による長篠の戦いで知られています。

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城跡として残されているのは本丸など城の中心部だけが残されているのですが、豊川と宇連川の合流点に面する渡合は鳳来峡から続く渓谷となっています。

まずはここを見るためには対岸へ渡ったのですが、長篠城周辺に架かる橋は少なく大回りをする必要があったため、このためだけを見るために1時間余計に掛かってしまいました。

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野牛曲輪側にある渡合を見た後は長篠城本丸の方へ。
手前の帯郭に城跡を管理する新城市長篠城址史跡保存館があり、長篠の戦に関するものが展示されています。

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本丸跡は飯田線が分断する形で通っていて、平城京跡を通る近鉄奈良線に比べれば可愛いレベルです。

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本丸跡を見た後は天神山陣地と医王寺山にある武田勝頼本陣地を巡ってきましたが、1時間内に駆け抜けるのは大変です。

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長篠城から三河東郷へ移動。
ここでは佐久間レールパークへの遠征での復路で乗った313系1700番台に当たったのですが、この列車は上諏訪からの列車で、元は115系が当てられていたのを313系3次車の導入で置き換えられたためにものと考えられます。

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三河東郷では長篠の戦で決戦の場となった設楽原を巡ってきました。
先に設楽原歴史資料館へ。

ここには設楽原の決戦で使われた鉄砲に纏わり、鉄砲に関する展示や武田勝頼軍との攻防で大きく破損した長篠城を棄却して新城城を築城して以降の資料が展示されていました。

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資料館を出て設楽原の決戦に関する主要な場所などを巡ってきました。
ここでは武田軍の騎馬隊に対向するべく構築された場防柵(現行のものは復元されたもの)や徳川家康の本陣跡を見てきました。

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そんな中、愛知万博の長久手愛知県館に展示・使用されていた「踊る指南鉄塔」を目撃。
何年か前に行われた移転先が「踊る指南鉄塔」のサーボシリンダを製作した新東工業の新城製作所の敷地内にあるのは知っていましたが、所在地がこの場所だったのは知らず偶然見つけた次第です。

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三河東郷から名古屋に戻って鞄を回収した後、岐阜へ移動。
ここでは岐阜城を見てきたのですが、岐阜城では夏季の土休日限定で夜間観覧が出来、金華山の頂にある岐阜城から見る夜景を堪能してきました。

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遠征初日はここで終了。
この後ホテルにチェックインして2日目を迎えます。

category: 日記

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