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2010年5月2日 日本100名城を巡る四国の旅23 観音寺の銭形砂絵  

丸亀から予讃線快速サンポート号に乗って、折り返し西へ向かいます。
次の目的地は観音寺ですが、丸亀を先にしたのは順方向で巡ってしまうと丸亀城天守の入城時間に間に合わなくなる恐れがあったためです。

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ここでやってきたのは113系。
と言ってもこちらは老朽化が著しい111系を置き換えるためにJR東日本から譲渡・改造されたもので、座席がロングとボックスシートの組み合わせからJR西日本の体質改善車アーバン仕様と同じく転換クロスシートに変えられています。

流石に丸亀では座れませんでしたが、多度津でまとまった降車があったため、観音寺までは腰を落ち着けることができました。

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観音寺に到着。
変則の3面4線である観音寺は旧国鉄末期に予讃線が部分電化されたときの西端でしたが、JRへ移行してからさらに西へ電化されて現在は高松~伊予市が予讃線の電化区間となっています。

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観音寺へ来たのは寛永通寶と言う古銭を型どった大きな砂絵がこの地にあることを以前から知っていて、一度行ってみようと思っていたところ、今回の城巡りに組み込んだ次第です。

観音寺にある寛永通寶の砂絵は琴弾公園にある銭形砂絵だそうで、歴史的にも古くからある砂絵だそうです。

琴弾公園は観音寺駅からやや遠くにあるため、まずは駅前広場から川を挟んだ場所にある観光案内所で地図を頂いてから砂絵のある琴弾公園を目指します。

市街地を北へ歩くこと約20分ほどで到着。
琴弾公園は財田川を挟んで北側に位置する公園で西側は有明浜に面しています。

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公園名に由来でもある琴弾山には琴弾八幡宮があり、三架橋を渡ってすぐの場所には鳥居があります。

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砂絵が見られる展望台は有明浜側と琴弾八幡宮の参道の2通りですが、公園入りした場所の関係から後者の方から登って、前者の方へ下りる形にしました、

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琴弾八幡宮への参道

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琴弾八幡宮の横を通って石段を降りると琴弾山の展望台に到着。
素で撮ると迫力ありませんね。

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では最望遠で…。

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銭形砂絵に関する由来を記したもの。
実はこれについての異論もあるそうです。

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山から降りて有明浜に面した砂絵を間近に見てきます。
と言ってもこれではわかりませんが…。

まずは「永」が記されている東側。

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「通」が記されている北側。

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「寶」が記されている西側がこちら側が有明浜に面しています。

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「寛」が記されている南側。

写真にチラチラと警告札が見えますが、この銭形砂絵は観音寺市の文化財であるため、砂絵内への立ち入りが禁止されています。
ちなみに、台風などで崩れた時や定期的に行われる化粧直しの時には地元総出で補修するそうですが、間近で見るとかなりの大きさであることが実感出来ます。

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有明浜。

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これで2日目の予定はこれで終了。
この後は観音寺駅へ戻って高松へ向かいました。

→次に続く。
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category: 四国地方遠征

tag: JR四国  観音寺  琴弾公園  銭形砂絵 
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黄金週間日記 2010年5月2日  

2010年5月2日(

遠征2日目である5月2日は今治城・丸亀城を巡り、観音寺の琴弾公園にある銭形砂絵を見てきました。

朝、松山を立つ前に伊予鉄郊外線の編成写真撮影。
短時間だったため大手町の踏切で待ち構えることに。

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狙いは京王から転用されてきた3000系なのですが、やってきたのは既存の800系と700系。
まあ、3000系自体は今後主力になることや、700系・800系も銚子電鉄に行ったり廃車される系列なので今回は由としておきます。

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松山から今治へ向かったのですが、今回単行の7000系に初めて乗車しました。
実は過去何度か行った四国遠征でJR四国の電車となると「しおかぜ・いしづち」の8000系や「マリンライナー」の5000系121系に乗ることがあっても、この系列は写真こそ収めていてもこれまで乗ったことがなかったのです。

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今治では今治城を観覧。
今治駅から約2kmも離れているため移動と観覧時間が心配されましたが、まあなんとかなりました。

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今治城は鉄御門が近年復元され天守と櫓などの半数が復元されていますが、現在建っている天守は再建されたものとなっているものの諸説あるため実際に存在していたかどうかが確定されていないようです。

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今治からしおかぜ16号に乗って丸亀へ移動。

丸亀では現存天守がある丸亀城を観覧。

遠くから見るとビルの合間から見えるだけなのですが、標高66mの亀山を利用した平山城なので実際近くから見ると想像以上に高い場所にあり、幾重もある高石垣の上に天守が小さく建っているのに驚きます。

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先に内堀の周りを回ってから城内へ入り。

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城内は亀山公園として整備されているため天守への道のりはまま楽でしたが、いかんせん急な坂道は勘弁して~と思いつつ石段よりマシかとも思わざるを得ません…。

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今回の2つ目の現存天守(初日の伊予大洲城と2日目の今治城は再建もしくは模擬天守)である丸亀城の天守は小規模なものであっという間に最上階へ行ってしまいました。

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下山して丸亀から予讃線を西へ向かい観音寺へ。
丸亀から乗った快速サンポート号はJR東日本からJR四国へ渡ってリニュアルされた113系で実はこちらも初乗車。

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観音寺では琴弾公園にある銭形砂絵を見てきましたが、順方向でなかったのは時間的制約ある丸亀城を優先したため、こちらは日没と言うリミットがあるぐらいなのであとにしたわけです。

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1630年代に造られたものある銭形砂絵は文化財に指定されているらしく、砂絵自体へは立ち入ることが禁じられていますが、台風などで砂が流れた場合や定期的に行われる化粧直しがある時は地元総出で補修するそうで、近くによるとその大きさが分かります。

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撮影後は日没を迎えた観音寺から本日2本目の6000系に乗って高松へ向かいこの日は終了しました。

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category: 日記

tag: JR四国  日本100名城  今治城  丸亀城  銭形砂絵  寛永通寶 
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