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2009年9月21日 東海地方の城郭と鉄道を巡る旅22 旧名鉄谷汲駅・その3  

旧谷汲駅構内に静態保存されている車両を見てきます。

現在谷汲駅に保存されている車両は鉄道線専用車のモ750形と美濃電気軌道時代からある軌道線直通車で丸窓電車のモ510形が1両ずつ保存されています。
当初は車両直上に屋根が無く雨晒し状態でしたが、静態保存でのそれは宜しくなかったらしく後に車両を覆う屋根が設置されています。

まずはモ750形。

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旧・名古屋鉄道時代にデセホ700形の増備車として1928年に日本車輌製造で製作された車両で当初はデセホ750形と称され、当時名古屋市電にも乗り入れるために集電装置が鉄道線用のパンタグラフと市電用のポールを両方搭載した車両でもありました。

その後、名岐鉄道に改称された後、さらに愛知電気鉄道の合併されて再び名古屋鉄道に改称された時にモ750形に改番。しばらくは名古屋本線系統で使用されていましたが後年1500Vへの昇圧が進み始めると支線区へ追いやられ、岐阜へ転用される直前は瀬戸線などで使用されていた車両もありました。

岐阜600V区間へ追いやられた後は鉄道線の揖斐線・谷汲線で使用されていましたが、老朽化によりモ780形が導入され始めると揖斐線の末端区間である黒野~本揖斐と谷汲線に封じられる形で使用され、2002年に同区間が廃止されたのと同時に廃車されました。

谷汲駅に保存されている車両は755号車。
谷汲線廃止後に静態保存された車両で、名岐鉄道に高山本線直通列車としてお座敷仕様に改造された経緯を持っています。

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モ750形755号車の車内です。
晩年当時のものでワンマン運転のため整理券発行機が設置されています。

揖斐線・谷汲線へ転用するに際し車体の改修などが実施されているため、車齢80年以上を考えると綺麗に整備されているのが窺えます。

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名古屋市電乗入れ用として導入された経緯からステップがあります。
揖斐線や谷汲線も鉄道線ですが、ホーム高さが低いためドアステップは必携だったようです。

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運転席背後の仕切に掲示されている新岐阜駅前~揖斐線・谷汲線の旅客運賃表。
岐阜から本揖斐まで610円、同じく谷汲まで710円ですが、これは忠節以東の岐阜市内線が均一運賃でこれを合算する形となっているためで、運賃施策上では不利に働く要因となっていたようです。

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運転台。
やはり路面電車の運転台ですね。

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続いてモ510形。

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美濃電気軌道時代に製作された車両で1926年に日本車輌製造で製作された車両は当初セミボ510形と称し、現在の岐阜~笠松の鉄道線で使用されていました。

岐阜へ路線網を広げていた名岐鉄道に吸収されて以降は美濃町線の転用され、1967年に岐阜市内線~揖斐線の直通運転が開始されると直通列車用の車両として使用されるなどその車齢とは裏腹に急行列車での高速運転もされていました。

車体構造と車齢の高さから非冷房のままであったため、モ770形やモ780形の導入が始まると定期運用から撤退し予備車として残存したものの2005年3月末の岐阜600V区間全廃により廃車となりました。

モ510形はその特徴ある車体から岐阜県内を中心に保存され、旧美濃駅・金(こがね)公園・旧谷汲駅で保存されているものは足回りも残されています。
ただし、旧美濃駅に保存されているものは座席が撤去されてギャラリースペースに、金公園のものは外観のみ見られますが車内はイベント開催時を除いて立ち入ることが出来ないようになっています。

谷汲駅に保存されているモ510形は514号車。

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谷汲駅に保存されている514号車は座席が残されていて、車内も公開されています。
1+2列の座席配置は車両中央部を境に逆転します。

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クロスシートは転換式。

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特徴的な丸窓は戸袋窓にあります。

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運転台背後。
前面形状も特徴があるのが車内側からも確認出来ます。

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最近整備されたのか?車掌スイッチが真新しくなっています。
保存車両の手入れが行き届いている証です。

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運転台。
前面形状の関係が前面のRに沿って機器が配置されています。

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これで谷汲駅の見学は終了。
滞在時間は30分ほどで折り返し谷汲口行きのバスに乗って樽見鉄道の乗りつぶしを再開します。

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→次に続く。
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category: 東海地方遠征

tag: 鉄道遺構    名古屋鉄道  名鉄谷汲線  谷汲駅  保存車両 
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2009年9月21日 東海地方の城郭と鉄道を巡る旅21 旧名鉄谷汲駅・その2  

谷汲駅改札内コンコースへ入ります。

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ホームは廃止当時の状態をほぼ保っているように見受けられるのですが、休憩場所としてベンチが設置されているほか、車椅子が入れるようにスロープが設けられています。

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谷汲駅の駅名標。
廃止当時のものであるかどうかは判りませんが・・・。

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谷汲駅に静態保存されている車両。
鉄道線専用のモ750形(755号車)

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軌道線である岐阜市内線に乗り入れることが出来るモ510形(514号車)

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ホーム端部からの撮影。

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黒野方を撮影。
軌道は駅構内分だけ残されている感じです。

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その先は軌道が途切れて更地化されています。
一部は何らかの形で利用される話があるそうですが、跡地が何に利用されるのかは分りません。

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この後は静態保存されている車両を見てきます。

→次に続く。

category: 東海地方遠征

tag: 鉄道遺構  名古屋鉄道  名鉄谷汲線  谷汲駅 
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2009年9月21日 東海地方の城郭と鉄道を巡る旅20 旧名鉄谷汲駅・その1  

谷汲に到着しました。

旧谷汲駅は2001年10月1日に廃止された名鉄谷汲線の終点で、現在の残されている駅舎は1996年に旧谷汲村が2億円を掛けて建設した物で、現在の谷汲昆虫館を併設する形となっていますが、路線廃止後は駅舎・ホームは残されることになり、ホーム側にはモ510形とモ750形が静態保存されているほか、駅舎内にある待合所は谷汲線資料を展示する「赤い電車小さなミュージアム」として早朝夜間を除いた時間帯で公開されています。

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駅前の様子。
駅前広場が整備されていますが、路線バス自体は県道45号線沿いにある停留所で客扱いするためロータリー内は駐車場化されています。

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旧谷汲駅と記されている横にある西暦年数の記述は開業から廃止されるまでを示していて、谷汲駅の開業は1926年です。

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廃止後に掲示された谷汲線と揖斐線の概略。
ここには2002年にモ750形755号車が谷汲駅に静態保存されるところまでが記述されていますが、2005年に揖斐線・岐阜市内線の全廃まではフォローされていないところを見るとそれ以前に整備された物と見受けられます。

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こちらは旧谷汲村周辺の観光案内図。
地図の記述と先の路線概略を合わせるとこれらが整備されたのが旧谷汲村時代であると推定出来ます。

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改札外コンコース。
写真左手が谷汲昆虫館、右手が「赤い電車小さなミュージアム」

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「赤い電車小さなミュージアム」は本巣市の拠点を置き谷汲駅舎と保存車両の整備・管理を行っている市民団体「赤い電車友の会」が谷汲駅待合所を利用して開館したもので、谷汲線が現役当時使用されていた駅名標や路線案内図・駅時刻表などが展示されています。

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谷汲線のある駅の時刻表ですが「本数少ないですね」
周辺の様子も含めて考えると鉄道線として存続させるには厳しかったようです。

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路線案内図は美濃町線の終点が美濃だったり竹鼻線の終点が大須だった時代の物で、現在の路線網から考えると確実に短くなってきています。
後数年もすれば閑散路線の末端3区間ぐらい消滅しそうですが・・・。

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こちらは実際に使用されていた行先標や車両の銘板などの備品類です。

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その反対側には谷汲線のフォトギャラリー。

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中央に鎮座するのは谷汲線と揖斐線の位置関係とその地形を示す模型。
左下が谷汲、上にある川の模型は揖斐川水系根尾川、右側には揖斐線となっていて、谷汲線が山間部を走行していたのが良く分かります。

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次は実際にホームへ出て静態保存されている車両などを見てきます。

→次に続く。

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