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2011年4月30日 吉備国の城を巡る旅11 高梁の城下町・その1  

2日目は備中松山城を目指します。
小松山の山頂に位置する備中松山城へは備中高梁が最寄りとなります。

そこで岡山から伯備線新見行きの乗車。

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こちらは単色化されていない編成で、その配色から趣味者の間ではカフェオレとも呼ばれています。

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備中高梁に到着。

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吉備高原の山間部にある盆地の中心部に位置する備中高梁駅ですが、城趾の名が松山城なのに地名が高梁なのは、江戸時代は伊予松山藩と備中松山藩となっていたが、戊辰戦争において伊予が新政府軍に備中が旧幕府軍に付いたため、後の明治維新での廃藩置県で前者が松山藩に後者が高梁藩に改められた経緯によるもので、近くを流れる高梁川からとったのが藩の名称となり、それが現在の高梁市の前身となったからです。

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ここからは備中松山城の旧城下町を巡ります。

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まずは歴史資料館。
高梁市に関わる歴史を紹介する資料館ですが、元は高梁市尋常高等小学校の本館だったのを保存整備した建物を活用しています(展示室は撮影禁止です)

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紺屋川美観地区にある桜の名所。
来訪時は時季外れでしたが・・・。

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高梁市観光物産館「紺屋川」

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紺屋川美観地区を北へ歩いて・・・。

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商家史料館へ。

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建物は高梁では指折りの豪商であった池上家の邸宅を整備保存したもので、敷地の奥は醤油製造に関わるものが転じされていました。

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→次に続く。
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category: 中国地方遠征

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