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2011年5月4日 筑肥の城を巡る旅29 筑前大野城・その6  

百間石垣から大宰府口城門へ移動してきました。

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焼米ヶ原付近の土塁近くまで戻ってくると林道側に駐車場があります。
写真右側は大野城跡の最初の方で見てきた増長天礎石群などへ通じてます。

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左側の駐車場が焼米ヶ原と大宰府口城門跡の駐車場。

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石碑。

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左側が焼米ヶ原へ、右側が大宰府口城門跡。
今度は城門を見るため右側へ。

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土塁に沿って下りていきます。

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土塁先端部にある石碑。

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石碑側から焼米ヶ原側を撮影。

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土塁に沿って窪んだ場所が大宰府口城門跡。

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城内側から。

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城外側から。

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城門礎石。

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城門はここまでとし下山します。
城門跡からさっきとは反対側の林道へ登っていきます。

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西側から見る大宰府口城門跡。

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焼米ヶ原とは反対側は林道の大宰府側に出てきます。

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ここから岩屋城跡を抜けて大宰府政庁跡に向けてへ下山します。

→次に続く。
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2011年5月4日 筑肥の城を巡る旅28 筑前大野城・その5  

四王寺地区集落まで出てくると、今度は百間石垣などを見てきます。

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集落側に広がる耕作地は県民の森センターの裏手に当たります。

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しばらく林道を進んで行くと県民の森センターの出入口前に出てきます。
そのまま狭い道を行くと八ッ葉礎石群や毘沙門天へ行く事ができますが、日没まで時間がないのでパスして百間石垣へ向かいます。

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うぐいす谷。

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林道には各礎石群などへの遊歩道が分岐される形で整備されています。

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百間石垣に到着。
宇美口に隣接する形で構築されたこの石垣は全長150mという壮大な石垣で、二度にわたる災害で崩壊しているものの、修復されて現在に至ります。

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宇美側。

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大宰府側。
この付近に北側の城門である宇美口とよばれています。

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百間石垣はこれで終り。

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元の道を戻って大宰府口城門跡を見てきます。

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2011年5月4日 筑肥の城を巡る旅27 筑前大野城・その4  

焼米ヶ原から土塁に沿って北へ進みます。

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少しすると九州自然歩道との分岐点に出てきます。
こちらは写真右手へ下りると麓側の四王寺林道との分岐点より北側に出られるそうです。

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遊歩道は全てが土塁上に整備されているのではなく、城趾内側に少し寄って整備されている場合もあります。

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土塁自体は山の稜線に沿って構築されている事が多いため、土塁上ゆく遊歩道だとこのようにアップダウンが激しいものになります。

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鬼の腰掛に出てきます。

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この裏手に遠見場跡があります。
遠見場とはいわゆる遠方の監視施設のような場所。

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遠見場からの眺め。

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ここから土塁上を行くと大原山(持国天)や小石垣は土へ行く事ができますが、先に村上礎石群を見てきます。
写真で言うと左の道を下りていきます。

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殆ど感覚で下りていきましたが、県民の森センターで入手した史跡地図と道中にある案内に従って進んでます。

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村上礎石群跡。

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現地の案内板は説明文が退色して消えかかっているため、辛うじて礎石群跡であると分かりましたが、山城内にある案内表示類は一度整備されるとなかなかお手入れするのが大変なようで、思うように手が回っていないようです。

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礎石跡から下へ下りていきます。

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四王寺集落の耕作地などを抜けてしばらく歩いて行くと主城原礎石群からの道と合流します。

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このまま主城原礎石群へ言っても良いのですが、城趾自体が広大な上に日没までの時間を考えると全て廻るのは無理なので、取捨選択で百間石垣へ向かう事にしました。

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道なりに下りて行くと四王寺集落の居住地を通り抜けて四王寺林道へ出てきます。
場所的には山の尾根を挟んで県民の森センターの裏手にあります。

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ここからは百間石垣を目指します。

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→次に続く。

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2011年5月4日 筑肥の城を巡る旅26 筑前大野城・その3  

続いては焼米ヶ原へ向かいます。

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子供の国広場から案内に従って登って行くと四王寺林道に出てきます。

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林道から太宰府天満宮方へ少し歩いて行くと礎石群への入口が見えてきます。

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入口から登って行くとやや広い場所に出てきます。
ここは尾花礎石群で食料の倉庫などがあった場所です。

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尾花礎石は複数の段があり、各段に建物が建てられていたようです。

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尾花礎石群を登った先に焼米ヶ原があります。
ここは火災で焼失したとされ、実際に火災で炭化した米が発掘調査で検出されています。

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南側から。

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北側から。

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焼米ヶ原から見る眺め。

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焼米ヶ原から土塁に沿って北にある遺構を見てきます。

→次に続く。

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2011年5月4日 筑肥の城を巡る旅25 筑前大野城・その2  

県民の森センターの脇から遺構群を巡ります。

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土塁へ出てきました。
ここは大石垣や猫坂礎石に近い場所ですが、現在何らかの資材搬入のための通路が整備されています。

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東へ進むと猫坂礎石と大石垣との分岐点に出ます。

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まずは大石垣の方へ。

数年前の豪雨で崩落している箇所があるため通行止めになっていますが、復旧作業の進捗により来訪時は大石垣まで行くことができます。

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急な下り道をひたすら下りて・・・。

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数分で大石垣に到着。

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災害発生時はこの場所も崩落してしまったそうですが、ご覧の通り復旧されています。

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続いて猫坂礎石。
子供の国を挟んで西側にある礎石群。

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次の曲輪を目指して一旦県民の森センターへ下りていきます。

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→次に続く。

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2011年5月4日 筑肥の城を巡る旅24 筑前大野城・その1  

岩屋城馬攻め跡から九州自然歩道をさらに奥へ進みます。

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程なく礎石群が見えてきます。
ここは大野城の増長天跡で、傾斜地に4棟の倉庫が建っていました。

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小窪池。
増長天跡にある水源で、どんな時でも絶えることがなかったため、大野城の井戸という説があります。

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建物は上下段2棟ずつ建てられていたそうです。

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このまま九州自然歩道を進むと焼米ヶ原跡と大宰府口城門跡へ行けますが、この下に県民の森センターがあるようなので、下りてみます。

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しばらくすると遊具施設を抱えた広場が見えてきます。

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ここは四王寺県民の森内にある子供の国という広場。

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県民の森センターの建物に向けて歩いて行きます。

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県民の森センター。
写真は2棟あるうちに一つで学習研修館。

史跡のパンフレットはここで入手。

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隣が学習展示館。

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展示館内にある大野城跡の模型。

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階下は自販機が置かれた休憩施設があり、ここには大野城の再現イラストが掲示されています。
大宰府政庁の防衛施設として築城された大野城は万が一攻め込まれたときに大宰府政庁の機能を当地へ移すために広大な敷地が確保されたため、土塁の周回が8kmにも及ぶ壮大な史跡であったとされています。

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県民の森センターの前にある駐車場。
写真左手が出入口側、右手が子供の国と増長天・焼米ヶ原への登り口へ通じます。

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駐車場脇に展示されている大野城宇美口城門礎石。

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出入口側の駐車場。

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県民の森センターと駐車場の出入口。

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このあとは残りの遺構群を見てきます。

→次に続く。

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2011年5月4日 筑肥の城を巡る旅22 浦ノ城跡と四王寺山へ  

さて、太宰府天満宮を訪れた後は大野城跡がある四王寺山を登っていきます。

現在は福岡県立四王寺県民の森として遊歩道などが整備されていて、同県民の森センターへは大宰府また宇美の双方から自動車で来園することが出来ます。

今回は大宰府側から登ることにしました。

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太宰府駅前から北へ延びる道をまっすぐ進んだ突き当たりに「県民の森」へ通じる登り口があります。
写真だと中腹にあるホテルへの看板が目立っているため分かりにくいですが・・・。

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標識に従い登り口から西へ向かって登ります。
しばらくするとY字の分岐にたどり着きます。

左手は県民の森センターへ、右手は浦ノ城跡へ通じるとされています。

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折角なので行ってみることにしました。

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道なりに進むとしばらくは住宅街の中を歩いて行くことになりますが、突き当たりの角に公園があり、園内に浦ノ城跡の石碑がありました。

浦ノ城は筑前国の守護である少弍氏の居城だったそうですが、城の構えの詳細は不明であるものの、周辺地域の宅地造成による1969年に行われた発掘調査で御笠川と山の斜面を活用した天然の要害であったことが判明しています。

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現在はその場所に浦ノ城公園という小さな公園にその名を残しているだけです。

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再び四王寺山を目指します。
写真は原八坊跡で、原山無量寺というお寺があった場所だそうです。

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このまましばらくは住宅街の中を登っていきます。

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大願寺というお寺を過ぎると周囲は住宅街から山林へを変わっていきます。

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各所にはこのような監視カメラがありますが、この辺りが不法投棄の絶えない場所であることを言ってるようなものです。

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やがて県民の森へ入ります。
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くねくねと曲がる道をひたすら登り・・・。

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登り口から登ること約1時間経過した辺りで、大宰府政庁跡からの登山道との合流点が見えてきましたが、そこから別の登り口が見えてきました。

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それが岩屋城本丸跡へ通じる道らしく、後ほど登ることになります。

→次に続く。

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黄金週間日記 2011年5月4日  

2011年5月4日(

後半遠征2日目は史実として残されている城郭としては国内最古である大野城と関連する大宰府政庁跡と防衛の要である水城大堤跡を巡ってきました。

大野城址へ行く前に大宰府政庁へ向かうため、西鉄に乗って都府楼前へ。
西鉄はここ何年か遠退いていたため、久しぶりの乗車。

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都府楼前から大野城を有した四王寺山の麓にある大宰府政庁跡へ歩いて移動。

大宰府は西海道9国と隠岐・対馬・大隈諸島(当時は多禰)を所轄するし外交・防衛と担う地方行政機関が置かれていた場所です。

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現在は中心部である政庁の礎石が復元・整備されている状態で、隣接する大宰府展示館に展示されている模型から推定されるのは建造物が宮城の多賀城や奈良の平城京のようなものが建てられていたようです。

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大宰府政庁跡からバスに乗って太宰府天満宮へ。
大野城に登城する前に昼食もかねて寄り道をしてきました。

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午後からは大野城へ登城。
四王寺山の山頂を中心に史跡がある大野城へは九州自然歩道などいくつかルートがあるのですが、往路は太宰府天満宮の近くから林道を延々と登る事にしました。

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四王寺山の中腹には室町時代から戦国時代に掛けて存在した岩屋城へも寄って来ました。

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登山口から上ること1時間以上掛かって福岡県立四王寺山県民の森の中核施設である県民の森センターにようやくたどり着き、配布されているパンフレットを手に巡り始めたのは14時前。

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大城山を主峰に4つの山で構成される四王子山は四王寺地区の集落が山で囲まれるような地形となっていて、大野城はその地形を生かして山頂を中心とする山腹に大規模な土塁を、その内側に主要部を配したものとし、延々と構築した土塁は全長8kmという大規模なもので、結局のところ主要なところのみに絞ってしかなく日没までの数時間ではとても回りきれるものではありませんでした。

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下山後は筑前国分寺跡や水城跡を巡る事に。
水城跡は平野部の防衛として構築されたもので、実際は全長数kmの大規模なもので、現在残されているものでも一部は途切れてしまっていますが、それでも非常に長大な遺構が残されています。

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下大利へ移動して再び西鉄に乗って久留米へ。
ここで夕食タイム。

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JRの久留米駅へ移動して鹿児島本線に乗ってこの日は終了。
ホテルに戻って最終日を迎えます。

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category: 日記

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