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2011年4月30日 吉備国の城を巡る旅13 高梁の城下町・その3  

石火矢町(いしびやちょう)ふるさと村に2軒ある武家屋敷。
先の旧埴原家住宅に引き続き旧折井家住宅へ来訪。

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入館料は一般券が400円で旧埴原家住宅との武家屋敷共通利用、これとは別に郷土資料館と商家資料館との3館共通券が700円(いずれの大人料金の場合)

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先の旧埴原家住宅と違い人形が置かれていて、油断していると玄関で出迎えられる人形にビックリさせられます(実物大の人形があるのは知らなかったので・・・汗)

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次の間。

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奥座敷。

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居間。

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台所と土間。

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物置。

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広敷。

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風呂。

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井戸。

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資料館。

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これで城下町の方を一旦終了し備中松山城に向けて登ります。

→次に続く。
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category: 中国地方遠征

tag: 日本100名城    備中松山城  石火矢町ふるさと村 
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2011年4月30日 吉備国の城を巡る旅12 高梁の城下町・その2  

備中高梁の城下町。
次は武家屋敷の方へ向かいます。

写真は伯備線ですが、実は旧城下町を南北に突き抜けるように敷設されているわけです。

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踏切を渡って北東に県立高梁高等学校がありますが、ここはかつて備中松山藩の藩庁や御殿などがあった御根小屋の跡地なのですが、それは下山後見て回ります。

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武家屋敷通り。

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石火矢町(いしびやちょう)ふるさと村として整備されているこの通りには2軒の武家屋敷があり、まずは旧埴原家住宅。

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屋敷の内部はこんな感じ。

広敷。

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玄関。

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奥座敷。

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次の間。

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居間。

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土間と台所。

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井戸。

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この土倉は非公開らしく閉ざされていました。

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裏側。

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→次に続く。

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