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週末日記 2011年10月30日  

2011年10月30日(

30日は午前中を熊本市電乗車と撮影に充て、昼前に熊本総合車両所のイベントを見て、熊本市内へ戻ってからは熊本城の一部再撮影と旧細川刑部邸を巡ってきました。

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ホテルをチェックアウトして直ぐ熊本駅前で市電の撮影。
撮影終了後に0800形が入線し、これに乗って新水前寺へ移動。

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何かと物議を醸しているらしい新水前寺の電停と跨線橋を見てきましたが、豊肥本線自体はかなり厳しい条件で高架橋を構築した模様で道路の直上にホーム・改札口を設けるのは工期的にも難しかったかなと・・・。

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熊本駅へ戻ってキハ183系「あそぼ~い」とキハ185系「A列車で行こう」をお見送り。

A列車の方は列車の走行距離と車内設備のマッチングが宜しくなくコンセプト倒れ。
設備的なら三角線のような短い路線ではなく、もう少し足の長い列車に向いているのでは?

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813系に乗って宇土へ移動。
宇土でイベント会場へのシャトルバスに乗って熊本総合車両所へ。

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イベント会場は九州新幹線全線開業に合わせて新設された熊本総合車両所は、これまで川内にあった機能を移した形となっていることから、実質上車両工場としての機能がなく、内容的には淡泊なものだった事から早々に撤収。

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なんとなく八代へ出向いたが、取って返すように熊本へ。

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熊本へ戻ってからは熊本城へ再登城。

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前回バッテリー切りのため形態で対処した箇所を再撮影するためのものでしたが、前回来訪時にはあった天守台横のスロープが撤去されていました。

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天守脇のスロープはバリアフリーの観点で仮設されたものでしたが、史跡であるため遺構を大きく改変しないことが前提とする国側が撤去を求めたため行われたもので、現状は本丸御殿直下の穴蔵を経由して本丸に出る必要があるのですが、急な坂道があるため、この撤去については賛否分かれているらしいです。

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熊本城をあとにして旧細川刑部邸へ。
これは明治初期に下屋敷を本邸とするために移り住んでいたものを三の丸跡に移築したものだそうです。

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熊本城関連を見終えた後は健軍町へ。
ここへ来たのは初めて熊本へ来訪したとき以来。

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折返し熊本駅へ。

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この時点で帰阪予定の5分前。急いで鞄を改修して新幹線乗り場へ急ぐと程なく入線してきたので、危うく乗りそびれるところでした。

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熊本からはみずほ604号で帰阪し、この週末遠征は終わりました。

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category: 日記

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2009年6月20日 熊電イベントと城廻で綴る九州の旅10 熊本城・その4  

天守の後は城内の各曲輪を見てゆくのですが、その段になってKawachiデジカメ5号機EOS50Dのバッテリーが切れてしまいました。
しかも予備のバッテリーが鞄に入っておらず、やむを得ず携帯の写メで対処します。
(あとで確かめるともう一つの鞄にも入っておらず、自宅に帰ると机の上に予備のバッテリーが置いてありました。要は持って行くのを失念していただけなのです・・・汗)

先ずは飯田丸の梅林。
この奥に飯田丸五階櫓があるのですが、全く気づかずに通り過ぎてしまいました・・・。

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竹の丸五階櫓跡。
この付近は連続外枡形虎口と呼ばれる虎口群がS字クランク状に配されていて、この場所に軍勢をためる狙いがあるそうです。

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竹の丸。

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東竹の丸にある櫓群。
まずは北側にある五間櫓・北十八間櫓・東十八間櫓。

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御門櫓を過ぎた場所にある不開門

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東竹の丸の南側にある櫓群。
ここには源之進櫓・四間櫓・十四間櫓・七間櫓・田子櫓があります。

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そして先程通り過ぎてしまった飯田丸五階櫓。
こちらは木造で復元された建物です。

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近年建てられたものらしく柱が白くて綺麗です。

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先程の西出丸へ出て長塀を撮影。
堀を挟んで左側が二の丸ですが、ここには駐車場と広場しかないため撮影してません。

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奉行丸側の西出丸長塀に沿って南へ歩いていきます。

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奉行丸南西側の角に建つ未申櫓。

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炎天下を延々と歩いて行くためヘロヘロでした。
時間的にチェックインする予定だったので、ここで初日は終了。

熊本駅へ向かい鞄を回収してホテルへ向かいました。

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→次に続く。

#2009.8.8 2:55 LastUpdate

category: 九州・沖縄地方遠征

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2009年6月20日 熊電イベントと城廻で綴る九州の旅9 熊本城・その3  

ようやく熊本城の天守に入ります。

熊本城の天守は大天守と小天守で構成され、往時の天守は西南戦争で焼失。
現在の天守は戦後に建てられた鉄筋コンクリート造りです。

まずは宇土櫓がある平左衛門丸側から。

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続いて本丸側から。

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大小の天守内は熊本市立博物館の分館として各種展示品が置かれています。
来訪時は普段公開されていない小天守の最上階が公開されていました。

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下の写真は熊本城の総構えと城下町の模型。
規模としてはかなりの広さだったのが窺えます。

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このあとは他の曲輪群を見てくるのですが、その段になって大きなミスに気づくことになります・・・。

→次に続く。

#2009.8.8 2:10 LastUpdate

category: 九州・沖縄地方遠征

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2009年6月20日 熊電イベントと城廻で綴る九州の旅8 熊本城・その2  

正面入口となる頬当御門から城の中心部に入ります。
頬当御門を入って右手が数寄屋丸五階櫓、左手に宇土櫓があります。

まずは宇土櫓。
宇土櫓は西南戦争での火災から逃れ、建設当時から現在に至るまで残った現存の櫓です。

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内部は簡単な展示品が置かれていますが、最初に見るのは宇土櫓の模型です。

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内部の様子から明らかに復元されたものとは異なる雰囲気を醸し出しています。

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続いて数寄屋丸五階櫓。
パンフレットによっては単に数奇屋丸との紹介されています。

主に接客用として使用されたものですが、南側は防衛に関わる狭間や石落しが用意されています。
明治時代には陸軍司令部に相当する鎮台が置かれたため建物が撤去されたのですが、その中でも数奇屋丸は早い段階で撤去された建物だったそうです。

現在の数奇屋丸は1998年に復元されたものです。

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接客用として使用された御広間。

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次は復元された建物で最も新しい建物である本丸御殿に入ります。

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当時の本丸御殿は藩主の居間、対面所(接客の場)や台所等の機能が備わっていたのですが、今回復元された本丸御殿は、そのうちの大広間、数寄屋と大御台所を復元したそうです。
それでも発掘調査も含めて54億円の事業費が掛ったそうです。

一部展示品を除いて撮影は可能で、大広間を見通せる場所では人集りが・・・。
この大広間は60畳もある「鶴之間」から奥へ向かって「梅之間」「櫻之間」「桐之間」「若松之間」で、写真は鶴之間から撮影したもの。

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大広間の南側はある檜板を用いた縁側で、「広縁」「落ち縁」「濡れ縁」の3段構成となっています。

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大広間で最も奥にある「若松之間」
こことさらに奥の昭君之間(しょうくんのま)も含めてフラッシュを使用した撮影は禁止(通常のフラッシュ無しの撮影は可能)

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昭君之間(しょうくんのま)は藩主の今として使われていたとされています。
書院造りの室内には中国の前漢の時代の匈奴(現在のモンゴル)に嫁がされた悲劇の美女である王昭君の物語が壁と天井に描かれています。

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本丸御殿のあとはようやく天守へ向かいます。

→次に続く。

#2009.8.8 1:45 LastUpdate

category: 九州・沖縄地方遠征

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2009年6月20日 熊電イベントと城廻で綴る九州の旅7 熊本城・その1  

熊電イベントの後は熊本城に登城します。

最寄りの熊本城電停は健軍町側が交差点で、電停側だけ横断歩道で他の三辺が歩道橋となっています。

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電停から西へ歩き、最初の交差点を北へ向かうと熊本城の城域に入ります。

熊本城は復元工事を地元自治体が積極的に行ってきている城郭の1つで、現存の曲輪に加えて天守など20以上の建造物が復元され、最近では本丸御殿の一部が復元されました。
これらは復元予想図からも分るようになっています。

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行幸橋に側らにある加藤清正像。
現在の熊本城の城郭を作り上げ人物で、荒廃した土地を開拓した農業行政と人物像から「清正公(せいしょこ)さん」として崇拝されたそうで、後に城主となる細川氏が清正の祀る廟所がある本妙寺へ拝跪したと言われています。

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備前堀に建つ飯田丸五階櫓。
2005年に復元された建物で、内部が公開されているのですが、ここへ入るに至るまで1度しくじりました(それは後のその4で明らかにします)

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まずは南大手門へ向かうべく備前堀の西側を登っていきます。

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下の写真は奉行丸の南端付近。

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左側の道を登って行くと南大手門にたどり着きます。

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南大手門は2002年に復元された城門です。

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南大手門を潜ると西出丸が出迎えてくれます。
西出丸は北半分を西の御蔵と呼ばれる広大な米倉が、南半分は奉行所がおかれていました。

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南半分を占める奉行所は奉行丸とも呼ばれています。
ここは通常立ち入ることが出来ないようです。

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西大手門は2003年に復元された城門。

1632年に加藤家に代わり肥後国入りした細川忠利は、この西大手門の前で衣冠束帯(いかんそくたい)のまま駕籠を降りて、敷居を押しいただくようにして「謹んで肥後54万石を拝領仕ります」と深々と頭をたれたと言われています。

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このあとは城の中心部に入ります。

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→次に続く。

#2009.8.8 0:20 LastUpdate

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週末日記 2009年6月20日  

2009年6月20日(

今年で100周年を迎えた熊本電鉄が、自社が所有する最古の車両である71形電車を北熊本の車庫においてデモ走行などのイベントが5月と6月の2回開催されたのですが、そのうちの6月開催の方が20日であることから、熊本城登城もかねて熊本まで遠征してきました。

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2007年以来の来訪となった熊本は市電に新しい車両が導入されていたり、九州新幹線の工事が着々と進んで撮るネタが沢山あって困ってしまいます・・・。

北熊本のイベントは目玉の71形が車庫内でデモ走行と車内展示がされているほか、元東急の青ガエルこと5000系(移籍後の同じ形式)と元南海の22000系(移籍後は200系)の展示が行われていました。

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5000系は現在2両が在籍していますが、全て単行での運行ができるように両運化されています。
このため車両によって運転台の顔が異なるそうで、当日展示されていた5102A号車は北熊本方がオリジナル、運用についていた5101A号車は上熊本方がオリジナルとなっています。
いずれも反対側が運転台が後付の切妻方の顔で趣味者の間から「平面ガエル」と呼ばれているそうです。

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同じく展示されていた200系はドア位置の変更と増設と方向幕の移設と前照灯・尾灯の位置変更ですが南海時代の面影は残っている感じです。

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北熊本のイベントを見た後は熊本城へ。

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熊本城は熊本市が一般からの募金を行うことまでして積極的に復元工事を行っている城郭であるため、近年では飯田丸五階櫓や本末御殿大広間が復元されて一般公開されています。

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内部は展示品の一部を除いて撮影は出来るようなので、バシバシと撮りたかったところなのでしたが、ここで手持ちのカメラがバッテリー切れ。
しかも予備をうっかり忘れるという失態を犯し、残りは携帯の写メで凌ぎました・・・苦笑。

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この日は炎天下の中をひたすら歩いていったため、熊本城本体を巡るまででもう限界。
熊本城を後にすると一旦熊本駅へ戻って鞄を回収し、市内のホテルへ直行してこの日は終わりました。

#2009.6.22 2:30 LastUpdate

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