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2010年10月9日 常陸・越後の城と会津の鉄道巡りの旅6 水戸城・その5  

続いては水戸城の二ノ丸と本丸跡を見てきます。
まずは大手門跡から二ノ丸跡へ。

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二の丸跡は文教地区で御殿などがあった場所は幼稚園から高校があります。

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杉山門があった辺り。
写真左側のグラウンド辺りに門があったそうです。

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本丸へ向かいます本丸には修復移設された薬医門があり、弘道館と並んで水戸城址の現存建造物となっています。

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本丸跡は県立水戸第一高等学校の敷地となっており、一般的には学校関係者以外は立入禁止ですが、ここでは薬医門の見学に限り一般の立ち入りが許可されています。

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校門を入ってすぐの場所に薬医門があります。

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水戸城薬医門。
水戸城址には戦前まで御三階櫓などが現存で存在していましたが、水戸空襲により焼失してしまったため、現存建造物が弘道館とこの薬医門だけとなっています。

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本丸と二の丸の間にある空堀。
現在この場所をJR水郡線が利用していますが、現在那珂川の橋梁架け替えのため北側が手狭になっています。

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二の丸伝いに南側へ。
写真正面には本丸隅櫓が存在していました。

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柵町坂下門跡付近から空堀跡を撮影。

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柵町坂下門跡周辺。

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二ノ丸南面。

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城址外にある水戸黄門神社。
ここは徳川光圀公誕生の地です。

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水戸駅北口のペデストリアンデッキ上にある「水戸黄門 助さん格さん」像

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水戸城跡めぐりはこれで終了です。

→次に続く。
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2010年10月9日 常陸・越後の城と会津の鉄道巡りの旅5 水戸城・その4  

弘道館を離れて水戸城址の遺構を見てきます。
水戸城の三の丸は3つで構成されていて、まず弘道館があった中三の丸、出先機関など官庁がある北三の丸、そして南三の丸に分かれます。

まずは中三の丸の北面土塁。
手前の道路は空堀跡。

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右手が北三の丸跡。

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中三の丸跡の弘道館公園の土塁。

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弘道館公園西側にある鹿島神社への入口。

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中三の丸西側にある茨城県庁三の丸庁舎。

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同じく西側の裁判所東交差点から。

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中三の丸西側に残されている空堀跡と土塁。
南北に3ヶ所残されていますが、それぞれの規模が大きいことが分かります。

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中三の丸南西側から見た茨城県庁。

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中三の丸南西側にある茨城県立図書館。
もとは県議会議事堂だったのを改修したもの。

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中三の丸と南三の丸の境目。
左手が中三の丸跡で白壁の向こう側は水戸市立三の丸小学校となっています。

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→次に続く。

category: 未分類

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2010年10月9日 常陸・越後の城と会津の鉄道巡りの旅4 水戸城・その3  

今度は弘道館至善堂へ。
ここは正庁至善堂を結ぶ十間畳廊下。

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至善堂内部へ。

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入側(南面)

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三の間。
藩主の諸公子の勉学所。

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二の間。
三の間と同じく藩主の諸公子の勉学所として使用されていました。

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御座の間。
藩主の御座所(居間・休憩所)で、明治元年に徳川慶喜が謹慎した部屋でもあります。

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弘道館で使用されている畳には徳川家の家紋である葵の紋が入った畳縁が使用されています。

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至善堂西面。
この外側にある復元された板廊下があります。

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至善堂北西側に位置する便所。
こちらも復元されたものです。

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四の間。
二の間・三の間と同じく藩主の諸公子の勉学所として使用されていました。
現在はご覧の通り弘道館に関する展示物が置かれています。

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徳川慶喜ゆかりの長持。

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和歌の拓本。

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雲龍水。
弘道館に常備されていた消防用ポンプ。

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梅花詩。

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至善堂北東側に位置する溜。

正面右手にある木彫りの農人形は1931年に挙行された茨城県農業祭 徳川斉昭の遺徳顕彰のために製作・展示されたもので、これは徳川斉昭が農民への感謝の意を表すため最初の一箸を初穂として小さな農人形に供えたから食事をとったことから、これ以降の水戸藩における尊農精神となったことによるものだそうです。

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桜の歌碑拓本。
これは弘道館玄関前に咲く左近桜の由緒が記されているのだそうです。

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種梅記碑拓本。

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再び十軒畳廊下。

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正庁の畳廊下・番頭詰所と十間畳廊下に囲まれた中庭。

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大番頭詰所。

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大番頭詰所から庭を挟んだ反対側に位置する国老詰所。
復元された建物ですが、資料展示室であるため内部は撮影できません。

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弘道館はここで終了。
この後は水戸城跡の遺構などを見てきます。

→次に続く。

category: 大阪駅改良工事の話題

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2010年10月9日 常陸・越後の城と会津の鉄道巡りの旅3 水戸城・その2  

ここからは弘道館正庁の内部を巡ります。
正庁の観覧は国老詰所との廊下にある出入口から入ります。

正庁内は順路に従って進みます。
まずは玄関。

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玄関に掲げられている弘道館の鳥瞰図。

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徳川斉昭公と七郎麻呂(後の15代将軍・徳川慶喜)像

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諸役会所。
来館者控えの間として使用されていました。

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弘道館の全体図。
これによると現存する弘道館正庁は一部建物がない状態で、資料展示室となっている国老詰所は復元されたものだそうです。

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三の間。

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二の間。

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対試場。
この対試場を挟んだ反対側には弘道館の武館などの建物があったそうですが、現在は三の丸小学校の敷地となっています。

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正庁南側。

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正庁正席の間。
藩主が臨席して試験や儀式を行う場所として使用されていました。

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正席の間にある掛け軸。

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正庁西側。

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正庁北西側にある畳廊下。番頭詰所と共に中庭を囲むように配されている。

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復元された湯殿と便所。
まずは便所の方を・・・。

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湯殿跡。

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お次は十間畳廊下を通じて正庁に連結されている至善堂を見てきます。

→次に続く。

category: 関東地方遠征

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2010年10月9日 常陸・越後の城と会津の鉄道巡りの旅2 水戸城・その1  

ここからは水戸城跡を巡ります。

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現在の水戸城跡は市街地化されていますが、空堀などが何らかの形で残されているなどの城の縄張りがどのようなものだったかは把握できるような形になっています。

北東側に位置する写真の道路は二ノ丸と三ノ丸との間にある空堀跡に造られたもの。

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空堀跡の歩道と歩くと旧二ノ丸と三ノ丸の間に架かる橋の手前にある階段を上ります。
登った先にあるのが大手門跡で、旧三ノ丸へ通じる橋は大手橋です。

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大手橋から見る空堀跡。

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大手橋を渡って。

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弘道館へ。

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水戸藩の弘道館は徳川斉昭によって水戸城三ノ丸内に1841年創立されたもので、敷地内は弘道館公園として残され、旧弘道館の正庁周辺は有料施設として一般公開されています。

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正面にあるのが弘道館の正門。
藩主来訪や儀式を行うとき以外には使用されなかったこの門は現在も平時では使用されていません。
(通用門が工事の場合は使用されたことがあるそうです)

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通常の出入りで利用される通用門。
左側にあるのは番所。

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弘道館の観覧券、偕楽園との共通のパンフレット、弘道館正庁の平面図。

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文明夫人の歌碑がある庭園。

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正門の裏側。

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弘道館正庁。
正庁自体は右側の資料展示室がある国老詰所(展示室内部は撮影禁止)、奥側の至善堂と連結されています。

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正庁の玄関。
観覧出入口はここではなく国老詰所とを結ぶ廊下側にあります。

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玄関正面にある左近桜。
仁孝天皇から賜れた鉢植えの桜を植えたものです。

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この後は弘道館の正庁へ入ります。

→次に続く。

category: 未分類

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三連休日記 2010年10月9日  

2010年10月9日(

10月9日から11日の三連休を利用して城廻と乗りつぶしの旅をすることにしました。

初日である9日は水戸城。

出発は新大阪からのぞみ204号東京へ、東京から京浜東北線を乗り継いで上野でフレッシュひたち13号に乗り換えて水戸を目指すという流れとしました。

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ここで乗ったフレッシュひたち号はE653系ではなくスーパーひたちで使用される651系。
実は2002年頃からのフレッシュひたちでは列車によって651系が用いられることがあるのだそうです。

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水戸に到着すると水戸城址を巡ってきました。
廃城後の水戸城は弘道館以外は県庁などの官庁街や学校になっています。

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先に弘道館へ入館。
弘道館は水戸藩の藩校として三の丸に建てられたもので、こちらは現存建造物です。

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弘道館以外の三の丸跡は官庁街や小学校などになっていますが、県庁側にある大規模な三の丸掘りの深さは少々驚かされます。

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二ノ丸と本丸は文教地区になっていて特に本丸跡に建つ県立水戸第一高等学校の敷地内には薬医門が移築されています。

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堀は三の丸と二ノ丸の間は道路に、二ノ丸と本丸の間はJR水郡線の線路となっています。

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水戸城址を巡って水戸駅に戻ってくると雨が激しくなり、偕楽園への来訪は取りやめ。
昼食を挟んでからは水戸駅の折り返しの車内写真などをとって時間つぶしをしていましたが、常磐線の中間部に追いやられたE501系の車内写真が撮れたのが何よりの成果でした。

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夕方からは水郡線・磐越西線を乗り継いで会津方面へ。
3度目の乗車となる水郡線は常陸大子から単行。

水戸では3両編成で立ち客が出る程だったのが、常陸大子から先は単行で一時たった2人だけという寂しい状況もありました。

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郡山での乗り換え時間の合間に夕食タイムとし、夕食後はあかべぇの719系に乗って会津若松へ。
こちらも2両編成でしたが、立ち客が数名出る程度と十分の乗り具合。

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会津若松に到着しこの日は終了。
駅近くのホテルにチェックインして2日目を迎えることにしました。

category: 日記

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