DK-Kawachiの日記と雑学ノート ホーム »樽見鉄道
このページの記事一覧

2009年9月21日 東海地方の城郭と鉄道を巡る旅23 樽見鉄道・その2  

谷汲口へ戻ってきました。
次の樽見行きまでは40分以上の待ちです。

谷汲口駅は樽見方が旧ホーム、大垣方が延伸された新ホームが1つのホームとして構成されているのですが、かつて1面2線だったことが旧ホームの構造で確認出来ます。

20090921_tanigumiguchi-03.jpg
20090921_tanigumiguchi-04.jpg

旧ホーム側には樽見鉄道で使用されていたオハフ33形が保存されています。

この車両は樽見鉄道開業時に1984年と89年に計4両譲渡され、同鉄道ではオハフ500形と称されていましたが、50系客車と12系客車がJR四国とJR東海から譲渡されると廃車されました。
写真の車両はオハフ502で、国鉄時代はオハフ33 1527です。

20090921_tarutetsu_pc_33-01.jpg

大垣方の様子を撮影したものですが、廃止された名鉄谷汲線は正面の山の麓を走行していました。

20090921_tanigumiguchi-05.jpg

待っている間に大垣行きが先に入線。
お遊び程度にワンショット。

20090921_tanigumiguchi-06.jpg

30分後、樽見行きが到着。
これに乗って終点まで一気に乗りつぶします。

20090921_tarutetsu_him_230-02.jpg

木曽川水系根尾川に沿って北上します。

利用状況はロングシートが満席という状態で沿線は集落単位に駅がある感じですが、中には駅前に集合住宅がある駅まであり若干名ほどの乗降が見られます。
根尾川の渓谷を見つつ終始のんびりモードで進み、根尾谷断層が走る水鳥駅を過ぎ、板所トンネルを抜けて市街地が広がると主点の樽見に到着。

20090921_tarumi-01.jpg

末端部は十数mほどあり客車列車の機関車の付け替えで使用されていました。

20090921_tarumi-03.jpg

旧根尾村の中心である樽見地区に位置する樽見駅は2007年4月に発生した不審火による火災で古民家風の屋根を持つ駅舎が全焼し、2008年4月に現在の「うすずみふれあいプラザ」が建てられています。

20090921_tarumi-04.jpg
20090921_tarumi-02.jpg

折り返し大垣行きに乗車したのですが、これも本巣で乗換え・・・。

大垣に到着後、降車時に樽見鉄道内の運賃収受済みであることを証明する降車駅証明が手渡されます。
樽見鉄道の降車駅証明は自動改札機対応のものとなっています。

20090921_tarutetsu-01.jpg

この後は大垣城へ向かいます。

→次に続く。
スポンサーサイト

category: 東海地方遠征

tag: 樽見鉄道 
tb: 0   cm: 0

2009年9月21日 東海地方の城郭と鉄道を巡る旅19 樽見鉄道・その1  

3日目は樽見鉄道の乗りつぶしから始めます。
今回は旧名鉄の谷汲駅来訪も絡めながらとなります。

先ずは大垣へ向かいますが、現行ダイヤは基本的に各駅停車が岐阜折り返しで、優等系統のみ大垣へ直通する形になっています。

20090921_gifu-01.jpg

樽見鉄道はTOICA未対応なので、同鉄道から乗り換える際には大垣駅で一旦改札を出て樽見鉄道の乗車券を窓口が買うか、改札内コンコースにある樽見鉄道の窓口で現金精算する必要があります。

樽見鉄道の窓口は7番のりばにあるのですが、来訪当時は駅自由通路の設置工事の関係でのりばが米原寄りに変更されていました。

20090921_ogaki-01.jpg

ここで乗るのはハイモ230形。
樽見鉄道では2世代目に相当する車両です。

20090921_tarutetsu_him_230-01.jpg

ロングシートの座席が全て埋まり、立ち客も出だた状態で大垣を出発。
長良川橋梁までは東海道本線と並走します。

長良川橋梁を渡ると北へ向きを変えていきます。

北方真桑の手前で旧名鉄揖斐線と交差。
廃止となった名鉄の路線は架線柱も残されている状態であるものの、橋梁などは撤去工事が着々と進められてその痕跡さえ消して行く状態らしいという話を聞いています。

近年出来たSCに合わせて新設したレモラ岐阜駅で纏まった降車が見られました。
ここで立ち客が数名程度になった感じです。

樽見鉄道の拠点である本巣で車両交換も兼ねての乗換え。

本巣を出ると田園地帯の割合が増えてきます。
織部を過ぎると揖斐川水系の根尾川に沿って北上します。

大垣から40分ほどで谷汲口に到着。

20090921_tanigumiguchi-01.jpg

本巣から乗り換えた車両はハイモ295形315号車。

20090921_tarutetsu_him_295_315-01.jpg

谷汲口駅の駅舎。
事実上待合所のみの機能しかありません。

20090921_tanigumiguchi-02.jpg

ここからは揖斐川町コミュニティバスに乗り換えて谷汲へ向かいます。
このバスは基本的に大垣方面に合わせて設定されている感じで、基本的には谷汲山へ向かう人が多い感じです。

20090921_meihan_kintetsu_bus-01.jpg

谷汲口を出て県道45号線にはいるとに西へ進みます。
ここ先で旧谷汲線と交差する踏切跡を通りますが、廃線跡が農道のような感じなので見落としてしまいそうでした。

この先谷汲までは以外と残されている感じですが軌道などが撤去されているため、実際は築堤が延々と続いてる感じです。

20090921_meihan_kintetsu_bus-02.jpg
20090921_meihan_kintetsu_bus-03.jpg

谷汲に到着。
ここで降りたのは2人だけ、残りの大多数は1つ先の谷汲山まで向かっていきました。

20090921_tanigumi-01.jpg

→次に続く

category: 東海地方遠征

tag: 樽見鉄道  名阪近鉄バス  名古屋鉄道  鉄道遺構 
tb: 0   cm: 0

シルバーウィーク日記 2009年9月21日  

2009年9月21日(

遠征3日目である21日は午前中を樽見鉄道の乗りつぶしに旧名鉄谷汲駅への来訪を絡めて、午後は大垣城への登城と関ヶ原古戦場巡りをすることにしました。

明日以降の遠征後半の宿泊先は名古屋になるため、ホテルをチェックアウトして大垣へ。
大垣から樽見鉄道に乗り換えのですが、南北自由通路の工事に関連した旧跨線橋の撤去工事のため切り欠きの6番線から7番線へ暫定移転していました。

大垣から乗った列車は樽見行きでしたが、途中の本巣で乗り換えに・・・。
車両基地が本巣にあるのと運用の都合もあるのでしょう。

20090921_tarutetsu_him_230-01.jpg

谷汲口で下車。
ここから名阪近鉄バスの揖斐川町コミュニティバス谷汲線に乗り換えて谷汲へ。

20090921_meihan_kintetsu_bus-01.jpg

名鉄谷汲線の黒野~谷汲は廃止されて10年近くしますが、ほとんどが軌道が撤去されているだけで、道床や築堤はそのまま残されている状態。
だたし撤去工事が停滞するのは厳しい予算の中から捻出されるものなのと、撤去後の活用法が見出せない中そのままということも考えられます。

20090921_meihan_kintetsu_bus-02.jpg

現在の旧谷汲駅は昆虫館との併設となっていますが、事実上の展示館状態なので、改札内コンコースはスロープが設けられているなど手が加えられ、待合所は谷汲線で使用されてきた備品などが展示されているなど手が加えられていますが、ある程度は廃止前の状態となっています。

20090921_tanigumi-01.jpg
20090921_tanigumi-02.jpg

展示されている車両はモ510形514号車とモ750形755号車が静態保存されており、モ510形は岐阜市内の金公園や旧美濃駅に残されている車両が蛻の殻状態であるのとは異なり、現役最終仕様の車内がそのまま残されているのが特徴です。

20090921_meitetsu_m750-01.jpg
20090921_meitetsu_m510-01.jpg

バスの都合上30分程度の滞在で谷汲口へ戻り、再び樽見鉄道に乗って終点の樽見まで乗り通しました。

20090921_tarumi-01.jpg

樹齢1500年以上もするエドヒガンザクラの淡墨桜(うすずみざくら)がある淡墨公園の最寄り駅として知られる樽見駅は2年前の不審火により駅舎が全焼し、現在あるのは「うすずみふれあいプラザ」と交流施設が併設される2代目となっています。

20090921_tarumi-02.jpg

折り返し大垣へ戻ると、空きから南へ10分ほどの場所にある大垣城へ。
現在の大垣城は本丸の一部が残されているだけといことで日本100名城からは外されていますが、天守や隅櫓は概観だけ復元されて、天守内部は史料館として利用されています。

20090921_ogaki_castle-01.jpg

大垣城の後は関ヶ原へ移動し、関ヶ原古戦場巡り。
先に町役場近くにある関ヶ原歴史民族資料館に入ってから入手した「ザ・ウォークマップ」を利用して古戦場の各所を巡りました。

20090921_sekigahara-01.jpg
20090921_sekigahara-02.jpg

今回は徳川家康最終陣後~決戦地~石田三成陣跡(笹尾山)~黒田長政・竹中重門陣跡(丸山)~島津義弘陣跡~開戦地~小西行長陣跡~小早川秀秋陣跡(松尾山)という順で巡りました。

20090921_sekigahara-03.jpg

中でも一番最後に訪れた小早川秀秋陣跡がある松尾山が大変で、高さ的には300m程度の山で東海自然歩道の一部なのですが、回りくねっている上にアップダウンが激しく、通常40分程度のところを日没近かったこともあって往路26分・復路20分のハイピッチで駆け抜けてきましたので、結構きつかったです。

20090921_sekigahara-04.jpg
20090921_sekigahara-05.jpg
20090921_sekigahara-06.jpg
20090921_sekigahara-07.jpg

登山口まで戻ったときには薄暗くなっていて、関ケ原駅へ戻った頃には真っ暗になっていました。

関ケ原から岐阜へ戻り、ロッカーに預けていた鞄の回収と夕食をとって名鉄で名古屋入りしてこの日は修了としました。

category: 日記

tag: 樽見鉄道  鉄道遺構  名古屋鉄道  日本の城郭  大垣城  関ヶ原古戦場 
tb: 0   cm: 0

プロフィール

サイト更新情報Twitter

DK-KawachiのTwitter

Facebook

フォト蔵

カレンダー

最近の記事

最近のコメント

最近のトラックバック

月別アーカイブ

カテゴリー

OSAKAあかるクラブ

▲ Pagetop