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2009年9月22日 東海地方の城郭と鉄道を巡る旅40 岩村城・その5  

岩村城の出丸です。

出丸は東曲輪同様、防衛上重要な曲輪で下の写真左側には二重櫓が2基と多聞が配されていましたが、現在は車で登城されるための駐車場となっています。

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出丸と本丸との間にある帯曲輪。
正面にあるのが本丸の石垣。

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氷餅蔵跡。
戦闘時の籠城に備えて氷餅を貯蔵していた蔵があった場所で、現在は売店「売店蘭丸」があるのですが、来訪時は閉まっていました。

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立身出世の鐘。
力加減をミスッたので大音響の鐘の音が響き渡りました・・・汗。

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南曲輪。
奥にそれらしき移行があるのですが、むやみに藪の中に入るのは避けようと言うことで今回はパス。

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以上で岩村城観覧は終了。
下山してきて藩主館跡付近にある下田歌子勉学所。

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岩村出身である歌人・教育者の下田歌子の勉強部屋を再現したもので、勉強部屋自体は元々彼女の父が使用していた書斎だったそうです。

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勉強所の敷地内にある下田歌子銅像。
こちらは比較的新しく造られたものです。

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石畳の道を挟んだ勉強所の向かい側には下田歌子顕彰碑があります。
この石碑は亡くなる一年前に実践女子学校関係者の善意により、同校の校庭で製作されてから岩村の地に運ばれてきました。

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4日目の来訪予定はこれで終了し岩村駅へ戻ってきました。
岩村駅には2004年まで使用されていた腕木信号機が復元されています。

これら写真のものは基本的には産業遺産としてのモニュメントですが、駅員の指導の下で操作することが出来ます。

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恵那からは中央西線快速に乗り換えたのですが、レジャー利用と部活帰りの学生で混雑していました。

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多治見で混雑した快速から降りてガラガラの各駅停車の乗り換えて名古屋へ向かい遠征4日目を終えました。

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→次に続く。
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category: 東海地方遠征

tag: 日本100名城  岩村城  下田歌子  明知鉄道 
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2009年9月22日 東海地方の城郭と鉄道を巡る旅35 日本大正村・その4  

日本大正村巡りに続きです。

まずは市街地を通る中馬街道にある「うかれ横町」
中馬街道を跨ぐ木造の橋は芸妓置屋から料亭へ移動するためある渡り橋です。

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ギャラリーみたかや。
中馬街道と南北街道との合流点にある施設で、来訪当時は休館中でした。

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有料施設であるおもちゃ資料館
明治~昭和に掛けて流行したおもちゃが展示され、展示物は定期的に入れ替りが行われているそうです。

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天久資料館と大正資料館。
京都の老舗元カフェーを復元した天久資料館は1階が喫茶店・2階が展示室、写真手前の大正資料館は大正時代の明智町の生活をテーマにした資料が展示されています。

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これで日本大正村を一通り巡りましたので、明智駅へ戻ります。

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駅ホームに置かれている植物。

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明智駅到着直後に撮れていなかった写真をこの時撮っておきました。

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恵那から通し乗車した時に乗車したアケチ10形の11号車待受けています。

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お次は日本三大山城である岩村城を目指します。

→次に続く。

category: 東海地方遠征

tag: 日本大正村  明知鉄道 
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2009年9月22日 東海地方の城郭と鉄道を巡る旅32 日本大正村・その1  

明知に到着しました。

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日本大正村の最寄り駅であることから改札口付近には旗が掲げられています。

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線路の末端側は車両基地となっていて、車両を収容する車庫が設けられています。

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明智駅の発車時刻表。
13本(土休日ダイヤはこれより少ない)しか設定されていません。

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日本大正村の一部となっている明智駅の駅舎。

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駅前広場には東濃鉄道の路線バスが乗り入れています。

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では旧明智町の市街地を巡ります。

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交差点を渡りしばらくして路地へ入ると大正時代の雰囲気が漂う場所へ出てきます。

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写真の大正路地は明治末期から大正時代に掛けて年貢米を収めていた米倉と江戸時代からある呉服問屋の庫が連なって手いる場所です。

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大正路地を抜けた場所にある旧交番跡(写真左)

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さらに奥へ進むと大正村役場があります。

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建物自体は明治後期から昭和中期に掛けて明智町役場として使用されたもので、1984年の立村時に無料休憩所「大正村役場」として活用され現在に至ります。

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1階が休憩所となっていますが2階には村長室の他、これまでの大正村に纏わる写真などが展示されています。
ちなみに村長室は明智町役場時代は町長室として使用されていました。
(来訪当時の日本大正村では大正98年と記されており、大正100年となる2011年にはイベントも催されるそうです)

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元小学校跡を利用した絵画館。
側らの門柱には山本芳翠記念館と記されていますが、山本芳翠の作品などは大正ロマン館に展示されているため、現状は他の絵画や書物を展示する企画展示館として利用されているようです。

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絵画館から大正路地を撮影したもの。
この路地の石畳は日本大正村を立村する際し整備したものです。

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このあとはさらに山手にある大正ロマン館などを巡ります。

→次に続く。

category: 東海地方遠征

tag: 明知鉄道  日本大正村 
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2009年9月22日 東海地方の城郭と鉄道を巡る旅31 明知鉄道  

遠征4日目は明知鉄道を軸に日本大正村と岩村城を巡ります。
まずは明知鉄道の起点である恵那へ向かうため中央西線快速に乗車。

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写真の先頭は211系5000番台ですが、後部の編成は313系がつながっています。

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後の方の313系に空席があったので、難なく席を確保し恵那までまったりと過ごします。
途中の勝川で上下線とも高架切替が完了したことをここで知ります。

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名古屋から約70分で恵那に到着。

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JRと明知鉄道の駅である恵那は乗換え口はあるものの、両社とも自前の改札口を有しています。
(写真の駅舎はJR恵那駅)

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駅舎は棟続きではなく別々の建物を利用する形になっています。
ここは恵那峡の玄関口でもあることから写真中の一番奥にある建物に恵那市の観光案内所が入居しています。

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明知鉄道の恵那駅。
シンプルな駅舎は建設年代がいつだったか良く分かります。

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今回の明知鉄道の乗りつぶしは日本大正村と岩村城を巡るため単純往復でないことから「極楽フリーきっぷ」を利用します。
この「極楽フリーきっぷ」は土休日限定の一日乗車券で今回遠征する直前に発売されることが発表されたため、事前に知っていた次第です。

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改札を通るとすぐのりばですが、元は切り欠けホームだったのを閉鎖する形にしているようです。

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車止め側に中央西線との乗換え口がありますが、ここはTOICAカードリーダが設置されていません。
このためTOICAなどで中央西線へ乗り換える際はJRの改札口を利用することになります。

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車両は明知鉄道の主力であるアケチ10形。
このアケチ10形は富士重工業のLE-DCシリーズの中でも後期に登場したもので、車体・足回りなどの仕様を統一化した地方私鉄向けの標準設計化車両の第1号として製作されたものだそうです。

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中央西線の接続を受けて恵那を出発。
駅構内東側すぐの踏切を越えると上り勾配に入り中央西線と別れて南へ向きを変えていきます。

明知鉄道の路線自体は駅間は田園地帯や山間部を行く形で峠越えが2ヶ所あり、途中にある飯沼と野志は急勾配上に駅があり、当時の運輸省特認となっています。

利用状況としては岩村で入れ替りがあるものの、全体的には座席が埋まる程度の利用があります。
ただし単行が基本のようなので実際に数値化すると厳しいと言うのには変りませんが・・・。

恵那から約50分で終点の明智に到着。

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このあとは旧明智町内の日本大正村を巡ります。

→次に続く。

category: 東海地方遠征

tag: JR東海  中央本線  連続立体交差事業  勝川駅  明知鉄道 
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シルバーウィーク日記 2009年9月22日  

2009年9月22日(

遠征4日目である22日は明智鉄道を軸に午前中を明智の日本大正村、午後からは日本100名城であり日本三大山城である岩村城を巡ることにしました。

今回乗車する明智鉄道への乗車時間帯に都合から、前半の3日より早い時間で出発することにしたのですが、当日の名古屋市内は小雨がぱらつく嫌らしい天気で折りたたみの傘を携行することに・・・。

明智鉄道の起点である恵那までは中央西線快速に乗車。
211系5000番台と313系1000番台との8両編成は当地では当たり前のように行われていますが、113系・115系が駆逐されたとは言え、2両~10両まで多彩なのは3大都市圏のJRではあまり例がありません。

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恵那からは明智鉄道に乗り換え。
今回は単純な往復でないため、土休日限定の一日乗車券「極楽フリーきっぷ」が最近出来たことから、1,000円で済んでしまいました。

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まずは明智まで乗り通し。
幾重にも重なる丘陵地帯を行くためアップダウンがありますが、列車なのんびりとした足取りで進みます。
利用の多くは岩村や明智へ向かう観光・行楽利用でそれ以外の途中駅からの利用は地元の学生などのようです。

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終点の明智で降りると日本大正村を巡りました。
日本大正村はテーマパークの類なのですが、一般的なテーマパークのように特定の敷地にあるわけではなく、街全体をテーマパークとして位置づけられているもので、大正時代の雰囲気を保存・復元した建物が旧明智町市街地の各所に点在しています。

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主要4施設が有料である以外は旧明知町役場(昭和32年まで使用)である大正村役場など無料で入館できる施設があり、明知鉄道の明智駅も大正村の一部とされています。

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主要4施設を巡って再び明知鉄道に乗車し岩村へ移動。

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岩村では日本三大山城の一つである岩村城を巡りました。
登城口となる城主居館跡までは重要伝統的建造物群保存地区である岩村本通りを通るのですが、高山にあるような、いかにも景観保存地区然としておらず、メジャーどころで見られるような物販店がずらりと並んでいるわけでもなくそこそこ並んでいる程度です。

下の写真は保存地区でも岩村駅側で、人通りが多い箇所はもう少し登ったところにあります。

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城主居館跡は太鼓櫓などが復元されているほか、岩村歴史資料館と民族資料館が建てられて、今回は歴史資料館だけ入って本丸の方へ登っていきました。

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登城口から土岐門までは石畳の坂道が続き、そこから本丸までは普通の登山道のような感じでしたが、石畳はコケが生えているのと午前中に小雨が降ったため滑りやすくなっていました。
(沿道には滑りやすいとの注意書きがあります)

本丸への道のりとしては5月の八王子城本丸や前日の関ケ原古戦場巡りでの小早川秀秋陣跡(松尾山)への道のりよりも遥かに楽勝レベルと言えるものでした。

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岩村城は復元された櫓を除いて建物自体は残されていませんが、主要郭郡も石垣が一部崩れているものの保存状態が良く、現在は復元に向けた活動も行われています。

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岩村城から下山してこの日は終了。
名古屋市内のホテルに戻って最終日を迎えることにします。

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category: 日記

tag: 明知鉄道  日本大正村  日本100名城  岩村城  重要伝統的建造物群保存地区 
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