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2011年5月5日 筑肥の城を巡る旅35 肥前唐津城・その2  

櫓門を通り本丸へ入ります。

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工事用フェンスに描かれている唐津神祭行列図。

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石垣修復工事のためご覧の通り手狭・・・。

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修復工事の様子。

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本丸内にある石碑。

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本丸の隅にある櫓をもして休憩所・売店。

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唐津城天守。
史実の唐津城には天守が存在してなかった事から写真の天守は模擬天守と言う事になります。

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では天守内へ。

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天守内は唐津城に関する歴史、武具などが紹介・展示されています。

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最上階は展望室になっていて、ここから虹の松原や唐津の市街地、唐津湾に浮かぶ島などが一望できます。

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ヨットの練習?

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唐津城の天守をあとにして、旧城下町を見てきます。

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→次に続く。
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tag: 日本の城趾  肥前唐津城 
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2011年5月4日 筑肥の城を巡る旅23 筑前岩屋城  

大宰府政庁跡からの登山道との合流地点周辺は岩屋城跡で写真の登り口が本丸跡となります。

岩屋城は宝満城の支城として築城されたのもで、1586年に豊臣秀吉の九州来襲を阻もう筑前一帯を平定し九州制覇を画策しようした島津氏が5万の軍勢を率いて攻め込み、城主である高橋紹運が600で迎え撃った岩屋城の戦いで知られています。

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現在は四王寺林道を挟んで上段に本丸、下段に二の丸が残されています。
まずは本丸跡へ。

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本丸への道は九州自然歩道の一部でご覧の通りの登山道です・・・。

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案内に従って。

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細い道を登っていくと。

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岩屋城本丸跡に到着。

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本丸跡に建てられた石碑。

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本丸跡から大宰府政庁跡を眺める。

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同じく太宰府天満宮側。

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四王寺山の一角を成す岩屋山山頂。

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山頂から本丸跡を見る。

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下に見えるのは二の丸跡。

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と言うことで下りていきます。

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登山道と林道との位置関係。
左手奥が岩屋城本丸跡と大野城跡・県民の森センター、右手が二の丸跡と大宰府政庁跡へ通じる。

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右手の道を下りていきます。

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下りた先で広い場所に出てくる所が岩屋城二の丸跡。
この場所には岩屋城の戦いにおいて最終的に自害した城主・高橋紹運の墓があります。

城自体は落城しましたが、高橋紹運の活躍により島津氏の側も3000人とも言われる死傷者を出したため体勢を立て直しに手間取り、その結果として豊臣秀吉に九州上陸を許すことになったそうです。

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二の丸跡から見る本丸跡。
右上方に見えるのが本丸跡。

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再び林道へ戻って登ります。

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先ほどの九州自然歩道の分岐点はこの場所で合流します。

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この少し先に再び分岐点があり、その先に岩屋城の馬攻めという曲輪があります。

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林道を右手に見ながら分岐点から登り。

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しばらくすると岩屋城馬攻め跡に到着。

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馬攻めとは馬の訓練の場と言う意味で、いわゆる馬場の事を指します。
岩屋城の馬場は土手に囲まれた場所にあるのですが、その土手とは大野城の土塁跡を活用したものだそうです。

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大野城跡を目指すため、岩屋城跡を離れてさらに上へ登ります。

→次に続く。

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tag: 日本の城趾  筑前岩屋城 
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2011年5月4日 筑肥の城を巡る旅22 浦ノ城跡と四王寺山へ  

さて、太宰府天満宮を訪れた後は大野城跡がある四王寺山を登っていきます。

現在は福岡県立四王寺県民の森として遊歩道などが整備されていて、同県民の森センターへは大宰府また宇美の双方から自動車で来園することが出来ます。

今回は大宰府側から登ることにしました。

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太宰府駅前から北へ延びる道をまっすぐ進んだ突き当たりに「県民の森」へ通じる登り口があります。
写真だと中腹にあるホテルへの看板が目立っているため分かりにくいですが・・・。

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標識に従い登り口から西へ向かって登ります。
しばらくするとY字の分岐にたどり着きます。

左手は県民の森センターへ、右手は浦ノ城跡へ通じるとされています。

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折角なので行ってみることにしました。

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道なりに進むとしばらくは住宅街の中を歩いて行くことになりますが、突き当たりの角に公園があり、園内に浦ノ城跡の石碑がありました。

浦ノ城は筑前国の守護である少弍氏の居城だったそうですが、城の構えの詳細は不明であるものの、周辺地域の宅地造成による1969年に行われた発掘調査で御笠川と山の斜面を活用した天然の要害であったことが判明しています。

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現在はその場所に浦ノ城公園という小さな公園にその名を残しているだけです。

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再び四王寺山を目指します。
写真は原八坊跡で、原山無量寺というお寺があった場所だそうです。

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このまましばらくは住宅街の中を登っていきます。

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大願寺というお寺を過ぎると周囲は住宅街から山林へを変わっていきます。

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各所にはこのような監視カメラがありますが、この辺りが不法投棄の絶えない場所であることを言ってるようなものです。

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やがて県民の森へ入ります。
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くねくねと曲がる道をひたすら登り・・・。

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登り口から登ること約1時間経過した辺りで、大宰府政庁跡からの登山道との合流点が見えてきましたが、そこから別の登り口が見えてきました。

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それが岩屋城本丸跡へ通じる道らしく、後ほど登ることになります。

→次に続く。

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