DK-Kawachiの日記と雑学ノート ホーム »岩村城
このページの記事一覧

2009年9月22日 東海地方の城郭と鉄道を巡る旅40 岩村城・その5  

岩村城の出丸です。

出丸は東曲輪同様、防衛上重要な曲輪で下の写真左側には二重櫓が2基と多聞が配されていましたが、現在は車で登城されるための駐車場となっています。

20090922_iwamura_castle-54.jpg

出丸と本丸との間にある帯曲輪。
正面にあるのが本丸の石垣。

20090922_iwamura_castle-53.jpg

氷餅蔵跡。
戦闘時の籠城に備えて氷餅を貯蔵していた蔵があった場所で、現在は売店「売店蘭丸」があるのですが、来訪時は閉まっていました。

20090922_iwamura_castle-55.jpg

立身出世の鐘。
力加減をミスッたので大音響の鐘の音が響き渡りました・・・汗。

20090922_iwamura_castle-56.jpg

南曲輪。
奥にそれらしき移行があるのですが、むやみに藪の中に入るのは避けようと言うことで今回はパス。

20090922_iwamura_castle-57.jpg

以上で岩村城観覧は終了。
下山してきて藩主館跡付近にある下田歌子勉学所。

20090922_iwamura-06.jpg

岩村出身である歌人・教育者の下田歌子の勉強部屋を再現したもので、勉強部屋自体は元々彼女の父が使用していた書斎だったそうです。

20090922_iwamura-07.jpg

勉強所の敷地内にある下田歌子銅像。
こちらは比較的新しく造られたものです。

20090922_iwamura-08.jpg

石畳の道を挟んだ勉強所の向かい側には下田歌子顕彰碑があります。
この石碑は亡くなる一年前に実践女子学校関係者の善意により、同校の校庭で製作されてから岩村の地に運ばれてきました。

20090922_iwamura-09.jpg

4日目の来訪予定はこれで終了し岩村駅へ戻ってきました。
岩村駅には2004年まで使用されていた腕木信号機が復元されています。

これら写真のものは基本的には産業遺産としてのモニュメントですが、駅員の指導の下で操作することが出来ます。

20090922_iwamura-10.jpg
20090922_iwamura-11.jpg
20090922_iwamura-12.jpg
20090922_iwamura-13.jpg
20090922_iwamura-14.jpg

恵那からは中央西線快速に乗り換えたのですが、レジャー利用と部活帰りの学生で混雑していました。

20090922_ena-09.jpg

多治見で混雑した快速から降りてガラガラの各駅停車の乗り換えて名古屋へ向かい遠征4日目を終えました。

20090922_jrcentral_ec_211_5000-in01.jpg

→次に続く。
スポンサーサイト

category: 東海地方遠征

tag: 日本100名城  岩村城  下田歌子  明知鉄道 
tb: 0   cm: 0

2009年9月22日 東海地方の城郭と鉄道を巡る旅39 岩村城・その4  

岩村城本丸に到着しました。

20090922_iwamura_castle-35.jpg

本丸全景。

20090922_iwamura_castle-36.jpg

本丸北側の眺め。

20090922_iwamura_castle-37.jpg
20090922_iwamura_castle-38.jpg

六段壁上部の東曲輪。

20090922_iwamura_castle-39.jpg

六段壁から二ノ丸と菱櫓跡を見る。

20090922_iwamura_castle-40.jpg

本丸埋門跡。
本丸裏門として位置づけられていた。

20090922_iwamura_castle-45.jpg

虎口は曲がるくねる構造で、進入を防ぐ門としては狭く造られていることから厄介だったようです。

20090922_iwamura_castle-46.jpg
20090922_iwamura_castle-47.jpg

二ノ丸側から見る本丸埋門跡。

20090922_iwamura_castle-48.jpg

二ノ丸跡。
ここには馬小屋・米倉などがあった。

20090922_iwamura_castle-49.jpg

本丸埋門跡から六段壁側を見る。

20090922_iwamura_castle-50.jpg

上の写真の反対側にある赤時門。
不明門とも呼ばれている。

20090922_iwamura_castle-51.jpg

不明門跡から出丸へ下りてみます。

20090922_iwamura_castle-52.jpg

→次に続く。

category: 東海地方遠征

tag: 日本100名城  岩村城 
tb: 0   cm: 0

2009年9月22日 東海地方の城郭と鉄道を巡る旅38 岩村城・その3  

さて、岩村城跡の中枢となる区域にたどり着きました。

八幡曲輪・三の丸を通ってまず見えてくるのは本丸虎口石垣である六段壁。

20090922_iwamura_castle-04.jpg

東曲輪門跡。

20090922_iwamura_castle-27.jpg

同じく東曲輪門跡で下の写真は東曲輪へ上がる途中にある。
写真左手が二重櫓跡。

20090922_iwamura_castle-28.jpg

二重櫓跡。
水晶山方面からの来る敵を監視するための櫓があった場所。

20090922_iwamura_castle-29.jpg

東曲輪跡。
防備の要である。

20090922_iwamura_castle-30.jpg

長局埋門跡。

20090922_iwamura_castle-31.jpg

本丸南門跡。

20090922_iwamura_castle-33.jpg

本丸平重門跡。

20090922_iwamura_castle-32.jpg
20090922_iwamura_castle-34.jpg

平重門を上がって岩村城本丸に到着です。

20090922_iwamura_castle-05.jpg

→次に続く。

category: 東海地方遠征

tag: 日本100名城  岩村城 
tb: 0   cm: 0

2009年9月22日 東海地方の城郭と鉄道を巡る旅36 岩村城・その1  

岩村に到着しました。

20090922_iwamura-03.jpg

日本三大山城である岩村城を背後に控える旧岩村町の玄関口である岩村駅には「女城主の里」と言う看板が掲げられています。

20090922_iwamura-04.jpg
20090922_iwamura-05.jpg

岩村駅の駅舎。

20090922_iwamura-01.jpg

ここから岩村城に向けて歩いていきます。

岩村城の登城口となる城主居館跡までは重要伝統的建造物群保存地区である岩村本通りを通るのですが、高山にあるような、いかにも景観保存地区然としておらず、メジャーどころで見られるような物販店がずらりと並んでいるわけでもなくそこそこ並んでいる程度です。

ここを訪れる人の殆どは自家用車での来訪で山城の山頂付近にも駐車場があることから、公共交通での来訪という形にはつながりにくい環境です。

20090922_iwamura-02.jpg

旧城下町を過ぎると閑静な住宅地を通ります。

20090922_iwamura_castle-06.jpg

突き当たりに近い場所に城主居館跡があります。
廃城後に破脚されているため、ここに建っている太鼓櫓などは近年復元されたものです。

20090922_iwamura_castle-01.jpg

城主居館跡にある岩村城復元絵図。

20090922_iwamura_castle-07.jpg

城主居館跡の合成パノラマ写真。

20090922_iwamura_castle-10.jpg

旧藩校・知新館正門。
この門は移築されたもの。

20090922_iwamura_castle-08.jpg

太鼓櫓と御殿門。

20090922_iwamura_castle-09.jpg

岩村歴史資料館。
岩村城に関する資料などが展示。

20090922_iwamura_castle-02.jpg

民俗資料館。
民家を移築して資料館として利用されています。

20090922_iwamura_castle-12.jpg

居館跡の片隅にある広島市庁舎被爆礎石。
この藩主居館跡には広島に投下された原爆で被爆した広島市庁舎の礎石です。

20090922_iwamura_castle-13.jpg

お次は山城を登っていきます。

20090922_iwamura_castle-11.jpg

category: 東海地方遠征

tag: 日本100名城  岩村城 
tb: 0   cm: 0

シルバーウィーク日記 2009年9月22日  

2009年9月22日(

遠征4日目である22日は明智鉄道を軸に午前中を明智の日本大正村、午後からは日本100名城であり日本三大山城である岩村城を巡ることにしました。

今回乗車する明智鉄道への乗車時間帯に都合から、前半の3日より早い時間で出発することにしたのですが、当日の名古屋市内は小雨がぱらつく嫌らしい天気で折りたたみの傘を携行することに・・・。

明智鉄道の起点である恵那までは中央西線快速に乗車。
211系5000番台と313系1000番台との8両編成は当地では当たり前のように行われていますが、113系・115系が駆逐されたとは言え、2両~10両まで多彩なのは3大都市圏のJRではあまり例がありません。

20090922_jrcentral_ec_211_5000-01.jpg

恵那からは明智鉄道に乗り換え。
今回は単純な往復でないため、土休日限定の一日乗車券「極楽フリーきっぷ」が最近出来たことから、1,000円で済んでしまいました。

20090922_ena-01.jpg
20090922_aketetsu_1day_tickts-01.jpg

まずは明智まで乗り通し。
幾重にも重なる丘陵地帯を行くためアップダウンがありますが、列車なのんびりとした足取りで進みます。
利用の多くは岩村や明智へ向かう観光・行楽利用でそれ以外の途中駅からの利用は地元の学生などのようです。

20090922_aketetsu_akechi_10-01.jpg
20090922_akechi-01.jpg

終点の明智で降りると日本大正村を巡りました。
日本大正村はテーマパークの類なのですが、一般的なテーマパークのように特定の敷地にあるわけではなく、街全体をテーマパークとして位置づけられているもので、大正時代の雰囲気を保存・復元した建物が旧明智町市街地の各所に点在しています。

20090922_akechi_taisho-01.jpg

主要4施設が有料である以外は旧明知町役場(昭和32年まで使用)である大正村役場など無料で入館できる施設があり、明知鉄道の明智駅も大正村の一部とされています。

20090922_akechi_taisho-02.jpg

主要4施設を巡って再び明知鉄道に乗車し岩村へ移動。

20090922_iwamura-01.jpg

岩村では日本三大山城の一つである岩村城を巡りました。
登城口となる城主居館跡までは重要伝統的建造物群保存地区である岩村本通りを通るのですが、高山にあるような、いかにも景観保存地区然としておらず、メジャーどころで見られるような物販店がずらりと並んでいるわけでもなくそこそこ並んでいる程度です。

下の写真は保存地区でも岩村駅側で、人通りが多い箇所はもう少し登ったところにあります。

20090922_iwamura-02.jpg

城主居館跡は太鼓櫓などが復元されているほか、岩村歴史資料館と民族資料館が建てられて、今回は歴史資料館だけ入って本丸の方へ登っていきました。

20090922_iwamura_castle-01.jpg
20090922_iwamura_castle-02.jpg

登城口から土岐門までは石畳の坂道が続き、そこから本丸までは普通の登山道のような感じでしたが、石畳はコケが生えているのと午前中に小雨が降ったため滑りやすくなっていました。
(沿道には滑りやすいとの注意書きがあります)

本丸への道のりとしては5月の八王子城本丸や前日の関ケ原古戦場巡りでの小早川秀秋陣跡(松尾山)への道のりよりも遥かに楽勝レベルと言えるものでした。

20090922_iwamura_castle-03.jpg

岩村城は復元された櫓を除いて建物自体は残されていませんが、主要郭郡も石垣が一部崩れているものの保存状態が良く、現在は復元に向けた活動も行われています。

20090922_iwamura_castle-04.jpg
20090922_iwamura_castle-05.jpg

岩村城から下山してこの日は終了。
名古屋市内のホテルに戻って最終日を迎えることにします。

20090922_jrcentral_ec_211_5000-in01.jpg

category: 日記

tag: 明知鉄道  日本大正村  日本100名城  岩村城  重要伝統的建造物群保存地区 
tb: 0   cm: 0

プロフィール

サイト更新情報Twitter

DK-KawachiのTwitter

Facebook

フォト蔵

カレンダー

最近の記事

最近のコメント

最近のトラックバック

月別アーカイブ

カテゴリー

OSAKAあかるクラブ

▲ Pagetop