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2009年5月5日 日本100名城と未乗路線を巡る東海道の旅39 八王子城・その4  

八王子城山山頂に到着しました。
山頂の石碑が置かれている場所は中曲輪のと呼ばれる場所の下段に当たり、現在は屋根付きの休憩所が設けられ、八王子城の本丸・松木曲輪・小宮曲輪はさらに奥にあるようです。

休憩所の先にある石段を登った先には中曲輪の上段となりここには八王子神社があります。
スサノオの八柱の御子神(八王子権現)を祀る神社で、全国的には同じものが八王子神社と八柱神社の名で各地に点在するそうです。

滝山城からこの地に移った城の名称はここに祀られる八王子権現とその伝説に由来し、市名の八王子市はこの城の名前に由来しています。
また、北浅川支流の城山川流域に沿って出来た城下町は現在の元八王子町(もとはちおうじまち)となっています。

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神社の南側に位置する松木曲輪。
山頂付近の休憩所と展望ポイントとなっていて、すぐ側らには大きな石碑が建てられています。

この曲輪は中山家範(文献により中山勘解由家範とも勘解由左衛門呼ばれていた)が守っていました。
小田原の役で豊臣側の前田利家軍に攻め込まれてた時には奮戦したものの、圧倒的な兵力に敵わず討ち死にしたとされています。

その勇猛ぶりを知った徳川家康が家範の子息である照守(兄)と信吉(弟)を召抱えることになり、照守は大身旗本、信良は水戸徳川家の家老にまでなったそうです。
(ちなみに父子共に高麗八条流馬術の名手であった)

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本丸跡は神社の裏手にあります。
神社の側らにある登り口から細い道を登っていきます。

神社の左右とも登り口があり、いずれの方から上がることが出来ますが、基本的には神社の南西方向にあると思えておいた方がよいでしょう。
(北東側は小宮曲輪があります)

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本丸跡は石碑と社があるだけですが思っている以上に小規模もので、そんなに大きな建物が建ていなかったことから、通常は御主殿が執務と居住場所とし、ここは守備的役割をしていたと思われます。

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本丸跡から神社裏手の腰曲輪沿いに歩くのですが、殆ど獣道状態・・・。
背丈ほどある草をかき分けて進んだ先に小宮曲輪があります。

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小宮曲輪は狩野一庵が守っていた曲輪で一庵曲輪とも呼ばれています。
小田原の役の時は上杉景勝軍の奇襲によってここを落とされたことが落城のきっかけになっととも言われています。

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小宮曲輪から獣道を戻っていったのですが途中左手に分れるところがあり、そこから下りると中の丸に出て、さらに進むと八王子神社の(左)北側に出てきます。

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建物の右側が中の丸で獣道のような登山道を通った先に小宮曲輪が、左手の階段を上ってさらに神社の裏手を通ると本丸跡へ行くことが出来ます。

神社の側らにある小さな社は八王子城の本丸を守っていた横地監物吉信が祀られていて、本来は落城後に落ち延びた奥多摩にあったのですが、ダム建設により今場所へ移されたそうです。

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八王子神社とその周辺。
先程の写真とは反対側を撮影したもの、神社の左側にある小さな社は本丸を守っていた横地監物吉信が祀られている。

今回は御主殿を中心とした居館地区と山頂付近を中心とした要害地区だけを見てきたのですが、八王子城の構想は壮大な物で他にも詰城の大天主などもあるそうで、全て見るには今回の装備的にも無理があるため機会があればと言うことで、高尾駅へ戻ることにしました。

→次に続く。
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category: 関東地方遠征

tag: 日本100名城  八王子城 
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2009年5月5日 日本100名城と未乗路線を巡る東海道の旅38 八王子城・その3  

居館地区にある御主殿跡の次は八王子城山の山頂を中心とする要害地区を巡ります。

管理棟まで戻って、先程とは違い橋を渡ります。

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上り口周辺はあしだ曲輪と呼ばれる場所。

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ここは兵器庫があったとされる場所で、写真の場所から奥へ行くと御主殿へ通じるます。

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この上には福善寺のお堂があります。

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ここから本格的に山道を進みます。
八王子城山は高尾山など周辺の山を含めてハイキングコースがあり、城郭跡内もコースの一部となっています。

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鳥居から10分ほどで金子丸に到着。
金子三郎左右衛門家重が守っていた曲輪です。

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柵門台が近くにある8合目。
休憩場所となっているこの場所は登城口から上げって来る旧道と管理棟・福善寺から上がってくる新道との交点となっています。
(写真は右側が旧道、階段が見える左側は八王子神社と城山山頂および本丸、新道は手前側)

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登り始めて20分で9合目に到着。

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この先に見晴ポイントがありますが、八王子城山ではここと山頂付近にある松木曲輪にしかこういった場所はありません。

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9合目からさらに10分ほど歩いて八王子城山山頂に到着です。

→次に続く。

#2009.7.3 1:30 LastUpdate

category: 関東地方遠征

tag: 日本100名城  八王子城 
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2009年5月5日 日本100名城と未乗路線を巡る東海道の旅37 八王子城・その2  

八王子城跡巡り2回目です。

大手道(古道)の突き当たりに御主殿へ渡る橋があります。
これは曳橋と呼ばれ、当時はこれを破壊することによって敵の侵入を防ぐ役割を果たしていたとされています。

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古道側から見た御主殿虎口と石垣。

復元当時、橋台石垣に関する資料しか存在しなかったことから不明のままとされ、当時の工事担当者の想定に基づいて復元された言わば推定復元といわれるもので、橋自体は2007年に一度改修され、現代の技術を用いて史跡に合わせて再現されたものだそうです。

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このため、架けられた橋の位置もずれている可能性があるそうで橋が架けられた西側に石垣の切れ目があり、実際はそこに橋が架かっていたとも言われています。
八王子城関連のブログにある御主殿側から見た曳橋の俯瞰写真を見たところ、現行のものは不自然に見えます。

・参考(該当記事中の画像を参照)
http://blogs.yahoo.co.jp/kanezane/51103637.html

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曳橋を渡って御主殿虎口へ。

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この中段に位置する場所には櫓門があったそうで、現在はそれを示す礎石が残されています。

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冠木門(かぶきもん)を通り御主殿跡へ。

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発掘調査によると御主殿は比較的大きなものだったそうで、建物の礎石の他に水路跡などが多数出土されました。
現在は遺構ほどのために埋め戻されて広場として利用されています。

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ここで、管理棟前でゲットした八王子方跡のパンフレットを・・・。

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→次に続く。

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2009年5月5日 日本100名城と未乗路線を巡る東海道の旅36 八王子城・その1  

遠征4日目は八王子城跡巡りからスタートします。

八王子城跡へ行くにはJR中央線か京王線で高尾へ向かい、高尾駅北口から京王バス系列の西東京バスで霊園前停留所へ向かい、バス停から徒歩20分に管理事務所があります。

今回は新宿から京王線で高尾へ。
ここではフルカラーLEDに交換された7000系ですが、京王は井の頭線の車両は比較的多く捉えてますが、本線格の京王線の方は手持ちの画像が少なく「捉えないといかんな~」と・・・。

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高尾駅から出るバスは北口からなので、自由通路がない高尾駅で京王線から北口へ出るにはJR線の構内を通り抜ける必要があることから、連絡改札口に黄色い改札機を通ります。
(中央線への乗換えは緑の改札機を利用で、北口~京王線通り抜け用とは区別されている)

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高尾駅を出て武蔵陵墓地の側らを通り霊園前停留所に到着。

この停留所を通るバス路線は複数あるため1時間に6本以上と多く設定されていることから、ここまでは比較的アクセスしやすいです。

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この付近にある八王子城跡入口交差点から西へ。
付近には都営墓地などがあるため、交差点から城跡入口に相当する八王子城跡管理事務所までの上り坂は寺院や石材店が見られます。

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八王子城はかつて深沢山とよばれた八王子城山(445.5m)に広がる城郭で、北条氏照によって1587年に築城されたのですが、小田原の役の一環として豊臣軍により築城途上で一日で落城。

その後は徳川家の領地、明治以降は国有林となったため、結果的に落城当時のまま残されることになり、国の史跡に指定されてからは八王子市の手による発掘調査と整備が行われ現在に至ります。

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霊園前停留所から20分ほど歩いて八王子城跡管理事務所に到着。

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早速パンフレットをゲットして城跡巡りへ。

まずは山城川に架かる橋を渡った先にある広場のような場所は大手門があったそうで、発掘調査後は埋め戻されて、解説の看板が掲示されています。

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ここから続く大手道を歩いて本丸跡へ向かいます。

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→次に続く。

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