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2011年1月9日 信越の城を巡る旅6 信濃愛宕城  

飯田城址めぐりの後は当地の締めくくりとして飯坂城こと信濃愛宕城跡へ。

信濃愛宕城は飯田城の前身で、飯田城址の台地に近い場所にあります。

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写真のSLのある場所近くから分かれる道から扇町公園へ下りて行きます。

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細くなってゆく道をしばらく下りてゆくと・・・。

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愛宕城址の台地と扇町公園が見えてきます。

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公園を横切って台地側に階段を登っていきます。

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台地上にたどり着くと愛宕城址跡に到着です。
現在この場所は愛宕神社となっています。

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信濃愛宕城の別名でもある飯坂城と記された石碑。

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飯田での活動はこれで終了。
飯田駅へ戻って飯田線を北上します。

→次に続く。
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category: 甲信越地方遠征

tag: 日本の城郭  信濃飯坂城  信濃愛宕城 
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三連休日記 2011年1月9日  

2011年1月9日(

遠征2日目である9日は名古屋を出発し飯田城址を巡ることにしました。

長野県南部に位置する飯田へ出るには高速バスが最速なのですが、飯田線を日のあるうちに乗ったことがなかったため、豊橋から飯田線で飯田入りをすることにしました。

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鉄道利用だと一番早い時間で豊橋6:00発。
これだと飯田に9時台到着なのですが、最近朝早いのはきついので、その次となると豊橋8:12発になるものの、後発の10:08発の伊那路1号が先着することから、ここの照準を合わせることにしました。

豊橋までは東海道線の新快速で移動。
6両編成で100p(座席が全て埋まり立ち客が各ドア付近に10名弱)で、京阪神地区の新快速が8両編成でも120p(座席が埋まり、各ドア付近に10名以上20名弱)前後であることを考えると都市圏のパイの大きさに違いがあるということだけは間違いなさそうです。

豊橋では313系4次車に遭遇。
ここでは大垣在籍車では初の1100番台ですが、バリアフリー対策が強化されていることから3次車とは若干仕様が異なります。

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豊橋からは伊那路1号に乗って飯田へ。

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特急としての伊那路号は頑張っているようですが、建設年代の古さや歴史的経緯による影響が大きい飯田線の線路規格自体がよろしくなく、山間部も曲線と狭小トンネルに泣かされるうえに、伊那盆地南部の河岸段丘を行く区間はこれよりノロノロ。
結論から言うと川島令三氏の振り子電車投入論は飯田線では破綻しているということです。

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飯田到着後は雪が舞う中で飯田城址巡り。
下伊那地域の要衝となっていた飯田城は廃城後、本丸が旅館と神社となり、他は官庁街と市街地化されたため、遺構が皆無に近いほど残されていないため、現状はそこに城があったことを示す石碑と飯田市立図書館の傍らに残されている赤門があるだけ。
他は一部の城門が移築されたたけなのだそうです。

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飯田では飯田城の前身となる信濃愛宕城(現地では飯坂城とも呼ばれている)へも行ってきました。
こちらは現在、愛宕神社の境内になっていました。

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飯田を離れ北上。

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伊那盆地南部の河岸段丘は思っている以上の高低差のある段丘で、飯田線もそれに沿ってゆくため急曲線と勾配の連続。
土木技術が進んだ頃に建設された高速道路とのインフラの差にはどうにもならないと言うところを思い知らされました。

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飯田線を走破した後は岡谷で乗り換えて松本入りし2日目は終了。

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松本市内のホテルにチェックインし最終日を迎えることにしました。

category: 日記

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