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三連休日記 2017年10月7日  

2017年10月7日(

10月の三連休は新潟の鉄道とバスを中心に撮影の旅に出ることにしましたが、初日である7日だけ世界遺産・富岡製糸場へ来訪するため高崎へ寄り道しました。

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当日は夜勤明けから帰宅後の出発であるため、新大阪を8時台に出発するのぞみ216号で東京に出て、東京からとき393号に乗り換えて昼過ぎに高崎入りとなりました。

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高崎で昼食を挟んだ後、上信電鉄に乗って富岡製糸場の最寄り駅である上州富岡へ。
出発直後にJR東日本から譲渡された107系を見かけるものの、今回は目的が違うので撮りたいのは我慢です・・・。

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上州富岡から徒歩で10分ほどで富岡製糸場に到着。
今回は上信電鉄の高崎駅で入場券付き往復割引きっぷを購入しているので、窓口に並ぶことなく工場内へ。

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富岡製糸場は2014年に世界遺産に登録されていますが、製糸場としての操業は1987年に停止されています。

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しかし、操業停止当時の所有者であった片倉工業が同製糸場を歴史的価値があるとして、一般公開されないまま所有し修復・保存に努め、2005年に富岡市へ寄贈されていますが、もともと戦前からある建物であるため、修復を必要とする段階に来ている建造物も出ているらしく、来訪時には東と西に1棟ずつある繭貯蔵庫のうち西側にある西置繭所の修復工事が進められていました。
(修復工事の様子は見学できますが、撮影禁止となっています)

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富岡製糸場を出て高崎へ戻った頃には日没を迎えたので、この日はここで切り上げ。
高崎からとき335号に乗車し、遠征初日を終えました。

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category: 日記

tag: 世界遺産  富岡製糸場 
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週末日記 2015年5月30日~5月31日  

2015年5月30日(

5月30日は鉄道工事見聞。
まずはリニューアルおよび耐震補強工事が進められている大阪環状線森ノ宮駅の見聞。

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駅の改札階コンコースと外観のリニューアル工事がほぼ終わりました。

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改札階コンコース。

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リニューアル工事がほぼ終わったことで、城見エリアも開放されました。

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城見アエリアから見る大阪城の天守。
やや苦しいか・・・。

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京橋駅ではインフォエーションボード一体形の駅名標の整備が着手されました。

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2015年5月31日(

5月最後のお休みは修復工事が完了した姫路城へ来訪しました。

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天守内はデジカメを所持する以前の20年近く前に入って以来で、前回は修復工事で入れなかったため、ここで撮るのは今回が初めて。

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天守最上階から撮影した写真。
北側だけ撮れませんでしたが・・・。

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最後に姫路城天守を撮影。
やはり修復して間がないので白いですね。

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category: 日記

tag: JR西日本  大阪環状線改造プロジェクト  世界遺産  日本の城郭  日本100名城  播磨姫路城 
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黄金週間日記 2015年5月5日~5月6日  

2015年5月5日(

遠征3日目は今帰仁城への登城をメインに据えるのみとなりました。

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沖縄本島北部にある本部半島の北部に位置する今帰仁城へは名護乗り換えで行く必要があり、朝早くに那覇バスターミナルから高速バスで名護バスターミナルを目指すことになりました。

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沖縄本島でも南北に100km以上もあることから、沖縄本島北部の入口にある名護市までを沖縄自動車道が通されています。
那覇と名護を結ぶ111番系統の高速バスはここを経由するのですが、途中のバスストップやICにも立ち寄る形であり、クローズドドア扱いではなく一般路線バスと同じ停車する前停留所で乗降できると言う扱いのようです。

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名護からは本部半島を周回する路線に乗り換えですが、半島周回路線双方向どういる番号ではなく、半島を時計回りで周回する路線を65番、半島を反時計回りで周回する路線を66番に振り分けて誤乗の無いようにしているのが特徴です。

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ここでは往路を今帰仁村を先に経由する66番を往路に。
最寄りは文字通り今帰仁城跡入口停留所。

今年4月下旬から沖縄本島の路線バス(沖縄バス・琉球バス交通・東陽バス・那覇バス)とゆいレールが利用できるICカード「OKICA(おきか)」が導入されたため、このようなエリアでもICカードが利用できるのはある意味助かります。
ただしSuica・ICOCA・SUGOCAなどの交通系ICカードには対応せず事実上地域限定のローカルカードとなっている点は惜しまれるのですが。

バスを下車した後は今帰仁城跡へ。

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今帰仁城跡は比較的なだらかな場所にあるため、あまり険しいイメージのグスクですが、搦め手側は険しく大手側の守りを固めれば堅固のものだったというのは想像できます。

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今帰仁城を見た後は名護経由で那覇市内へ。
夕方までは那覇空港の施設を見て回りました。

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関空や中部国際空港といった大都市圏の空港とは異なり、若干規模が小さいものの一通りの施設は整っている点では、まま由と言ったところなのでしょう。
ただ、見学者デッキはあまり搭乗口側の建物が突き出した格好のため滑走路の様子がやや見えにくいのが難点です。

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空港を見学した後はゆいレールの那覇空港駅の方へ向かい、ちょうど2本並びになる時間帯での車内写真を撮ることが出来ました。
事前に調べていなかったので、これはある意味得をした気分です。

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これで現地での活動は終了。
ホテルへ戻って、明日は大阪へ戻るだけとなりました。



2015年5月6日(

6日は午前中の関空行きで帰阪するのみです。

6:20頃にホテルをチェックアウトして那覇空港へ。
5日の時点で分かっていたのですが、那覇空港における手荷物預かりは事前にX線検査が入るため混んでいると10分~20分ほど待たされますが、それ以外はすんなりと進み、50分ほど余裕を残して搭乗口前にたどり着きます。
(今後の参考という意味で)

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帰路はANA1732便。
今度は後列なので翼が前に見ながら関空を目指すことになります。

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大阪へ戻りまでの間、眼下の景色は曇りで地上の方は天候は今ひとつのようでした。

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定刻より若干早く関空に到着。

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手荷物を回収した後は大阪上本町駅行きのリムジンバスに乗って帰宅しました。

category: 日記

tag: 世界遺産  日本の城郭  日本100名城  今帰仁城  沖縄都市モノレール  那覇空港  ゆいレール  全日空  ANA 
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黄金週間日記 2015年5月4日  

2015年5月4日(

遠征2日目は旧海軍司令壕からスタート。

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宇栄原団地の近くにある旧海軍司令壕は海軍の司令部が置かれた防空壕で、現在は海軍壕公園として整備されて防空壕の一部が一般公開されています。

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お次は識名園。

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首里城から南にある琉球庭園で中国式と沖縄独自の折半様式で建設され、琉球王国時代には中国皇帝からの使者をもてなすための迎賓館として使われていたそうです。

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午後からは中城城へ。

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那覇バスセンターから東陽バス30番系統に乗って中城小学校停留所へ向かい、停留所から北方にある中城城入口交差点から延々と坂道を上っていった頂点に位置するのですが、不惑の歳を前にして20分ほども坂道を歩かされるのはある意味酷です。

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中城城は海抜200m近くある場所にある丘陵地の稜線に沿って築城された山城で、現在は石門と石垣が残されているだけとなっていますが、周囲の見通しが良く東シナ海と太平洋の両岸が見えることが出来るのが特徴です。

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下山して再び東陽バス30番系統でコザまで乗車し、コザから沖縄バス52番系統に乗り換えて勝連城跡へ。

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勝連半島の付け根にそびえる丘陵に建てられたグスクで市街地からバスで来ると香川県の丸亀城を思い起こさせる程の比高の違いに驚かされます。
城趾自体はそれほど大きくはなく、比較的周囲を見渡せると言う意味では、良い場所に建っているとも言えます。

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これで遠征2日目は終了。
ホテルへ戻って3日目に備えることにしました。

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category: 日記

tag: 旧海軍司令壕  世界遺産  識名園  日本の城郭  日本100名城  中城城  勝連城 
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黄金週間日記 2015年5月3日  

2015年5月3日(

前日に那覇入りをして迎えた遠征初日。

この日は首里城をメインに周辺の史跡群を巡ることにしました。
まずはゆいレールで首里駅へ移動。

首里駅で下車すると首里城よりも先に雨乞嶽(あまごいたき)へ。
読んで字のごとく雨乞いを祈願するための儀式場のようなもので、沖縄の各地に多く見られるそれらの場所は御嶽(うたき)と呼ばれるそうです。

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すぐ近くには御茶屋御殿(うちゃやうどぅん)石像獅子があり、こちらは現在の首里カトリック教会の敷地内に設置されていたものを現地の崖崩れの恐れがあることからこの場所に移設されたのだそうです。

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続いてメインの首里城へ。

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首里城は丘陵地に東西に広がるグスク(城)で、西に隣接する玉陵(たまうどぅん)も含めた周辺の史跡と共に世界遺産「琉球王国のグスク及び関連遺産群」に登録されています。

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首里城の建造物は琉球王国時代に交易のあった明からの影響を受けたものが多いのが特徴です。
ただ、首里城自体は幾度も火災に見舞われた歴史があり、そのたびに建て直されていましたが、明治以降は琉球処分によって政治の中心部の機能が失われ、陸軍の軍営地に、第二次大戦では米軍の砲火に晒されたため、現存として残ったのは石門と石垣だけとなり、現在建っている建物は復元されたものだそうです。

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首里城の後は玉陵(たまうどぅん)へ。

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玉陵は歴代の琉球国王とその家族を葬った墓で、破風墓と呼ばれる沖縄に見られる墓の形式となっています。

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次は首里金城町石畳道へ。
首里城の南側にある石畳の道で、かつては全長4kmに及ぶ琉球国王時代からあった古道でしたが、第二次大戦の沖縄戦でほとんど破壊され、首里金城町にある二百数十mだけが現在まで残されたのです。

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お次は福州園。

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1992年に開園した中国式庭園で、那覇市の市制70周年と明清時代における琉球王国との交易指定港だった現在の中国福建省の省都・福州市との友好都市締結10周年を記念して建設されたもので、福州市との歴史的につながりの多い旧久米村(現:那覇市久米)があった当地に建設した経緯があるのだそうです。

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お次は齋場御嶽(せーふぁうたき)

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齋場(せーふぁ)とは最高位を意味するのだそうで、文字通り琉球王国における最高の御嶽とよばれる場所です。

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近くには知念岬があるので、ついにで来訪してきました。

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那覇市内へ戻って、夜は国際通りへ出向いて夕食。

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観光客相手のため軒並み高いのはある意味困ったものですが・・・。

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遠征初日はここで終了。
ホテルへ戻って2日目に備えます。

category: 日記

tag: 雨乞嶽  日本の城郭  日本100名城  琉球王国  首里城  世界遺産  玉陵  福州園  齋場御嶽 
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黄金週間日記 2014年5月4日  

2014年5月4日(

遠征2日目である4日は高天神城からスタート。

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掛川市南部から広がる山地帯の一つである鶴翁山に築城された高天神城は意外と小ぶりな規模ですが、周囲との比高がそれほどではない割には険しい地形であることと巧みに配置された曲輪群により武田信玄でさえ落とせず、武田勝頼によってようやく開城させたほどの難攻不落の城郭だったそうです。

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現在こそ掛川市に合併される前の大東町によって整備されて登城しやすくなっているものの、時折見せる急な斜面に難攻不落であった面影を垣間見ることができます。

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高天神城を登城したあとはバスを2本乗り継いで御前崎へ。
相良への乗り継ぎの関係から実質上の滞在時間が確保できず現地では灯台に登れただけで終わってしまいました。

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乗り継いで移動した相良は田沼意次のゆかりの地で当地には相良城があったのですが、失脚後に取り壊しとなったため痕跡そのものがなく現在は本丸跡に牧之原市相良庁舎と牧之原市相良史料館の他、公立の小中高があり、相良の主要な公共施設が置かれています。

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相良乗り継ぎで特急バスに乗って静岡へ戻ると、世界遺産となった三保の松原(世界遺産は「三保松原」で登録されている)へ。

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遠州灘に面した三保の松原は松林が生茂る海岸と富士山を組み合わせが拝める場所で、富士山とともに世界遺産に登録されて以降は観光客が押し寄せる状態で、付近の道路は渋滞のためバスが遅れ、現地の駐車場への渋滞で動けなくなるため一つ手前の神の道入り口から歩いく羽目に・・・。

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鳥取砂丘並みに人が押し寄せた羽衣の松付近から清水灯台へ歩きましたが、海岸浸食が激しいため維持するための補修が行われている形跡が見られます。

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静岡県内での滞在はここまで。
このあとは東京へ向かい2日目は終了です。

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category: 日記

tag: 日本の城郭  遠江高天神城  遠江相良城  御前崎  世界遺産  三保の松原 
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三連休日記 2013年10月14日  

2013年10月14日(

遠征最終日は午前中を縮景園、午後は厳島(宮島)へ出向いて来ました。

まず縮景園。

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元は中国の西湖周辺の風景を凝縮させた「泉水屋敷」が始まりで一度大火に見舞われた後に大規模改修され、明治以降は歴代藩主浅野家の別邸として「泉邸」を称されました。
第二次大戦末期の原爆投下により壊滅状態になり、1951年に復元されてから現在の「縮景園」に改称されています。

園内は池泉回遊式庭園です。

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昼食前に広電の車両を撮影。
宮島線直通用と市内線専用の最新鋭を捉えました。

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昼食を挟んで午後からは厳島(宮島)へ。

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帰阪の時間との勝負となりましたが、修学旅行や観光客で混雑する厳島神社を一回り・・・。

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広島へ戻って鞄を回収して、ギリギリのタイミングでのぞみ138号に乗り込んで帰阪しました。

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category: 日記

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2013年8月14日 飛騨国を巡る旅28 白川郷の合掌造り集落・その13  

合掌造り民家園巡りの続き。

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水織音の滝がある池へ。

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色んな角度から池周辺を撮影。

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からうすば。

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高山の「飛騨の里」にあるようなものと同じく、穀物を粉砕するための場所のようです。

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鹿威しと同じ原理で動いてます。

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中野長治郎家住宅。
1階はお休み処として利用されています。

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大家藤重家板倉。

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新称寺本堂。

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売店。

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出入口の建物は新井良造家住宅。

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これで、合掌造り民家園巡りは終り。

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特急バスに乗って白川郷を離れて高山へ戻ります。

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→次に続く。

category: 東海地方遠征

tag: 世界遺産  白川郷の合掌造り集落  重要伝統的建造物群保存地区  合掌造り民家園 
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2013年8月14日 飛騨国を巡る旅27 白川郷の合掌造り集落・その12  

合掌造り民家園巡りの続き。

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鳩谷八幡神社。

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茶室・梅香庵。

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山下陽朗家住宅の裏側。

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火の見櫓。

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山下陽朗家住宅の主屋。

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馬屋。

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土間から撮影。
2階へは上がれません。

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居間。

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台所と居間を結ぶ「ネコの穴」

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台所。

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寝室。

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竹田清次郎家 板倉。

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マタダテ小屋。
古くからあったものではなく、1982年に建てられたものです。

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→次に続く。

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tag: 世界遺産  白川郷の合掌造り集落  重要伝統的建造物群保存地区  合掌造り民家園 
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2013年8月14日 飛騨国を巡る旅26 白川郷の合掌造り集落・その11  

合掌造り民家園巡り。
続いては村瀬忠正家住宅を見てきます。

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居間。
右奥が仏間、左奥が作業場。

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川の向かい側へ。

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東しな家住宅。
加須良集落にあった合掌造りで岐阜県の重要文化財に指定されています。

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土間脇にある階段。

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居間。

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仏間。

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浅野忠一家住宅。

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内部は休憩所などのスペースに改修されています。

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東知齋家稲架小屋。

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→次に続く。

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