2009年8月16日 東北地方の名城と鉄道を巡る旅36 仙台城・その1
Posted on 2009.11.06 Fri 23:59:19 edit
伊達政宗が青葉山に築いた仙台城は青葉城という別名を持つ平山城で、廃城後は大手門などが残されていたものの戦災で消失してしまい、現在は一部遺構が復元されている以外に本丸跡が青葉山公園として整備され、二の丸跡は東北大学のキャンパスとして、三ノ丸跡は青葉山公園内にある仙台市博物館が建てられています。
仙台駅から青葉山公園へはやや距離があるため市バスを利用することにします。
往路はるーぷる仙台という循環バスを利用しましたが、1回乗車250円と割高であるため、るーぷる仙台専用の一日乗車券が仙台市内の主要施設で買うことが出来ます。
(※:市バス一日乗車券は利用不可、仙台まるごとパス利用の場合は追加料金無しで利用可能)


博物館・国際センター前停留所で降車。
次の仙台城跡停留所は本丸跡の最寄りで、ここで下りた停留所は三の丸・二の丸跡に位置します。

まずは三の丸跡から。
ここは仙台市博物館と茶室「残月亭」があります。


片倉小十郎邸跡。
伊達政宗の重臣の住居跡で、青葉山公園の長沼と広瀬川に挟まれるこの場所は川内追廻地区と呼ばれています。
この地区は青葉城公園の一部として整備される計画だったのですが、仙台空襲以降の経緯から現在に至るまで仙台市の戦後処理案件として残されている場所だそうです。
・川内追廻地区の詳細は以下を参照
http://ja.wikipedia.org/wiki/川内追廻

三の丸にある長沼。

子門(ねのもん)跡

三の丸の中心部にある仙台市博物館。

旧姉歯家茶室「残月亭」

島野武の胸像。
第19代目〜第25代目の仙台市長務めた人物で「微笑みの市長」と言う愛称を持ち、仙台市を立て直しに尽力を務めたが、7期目在任中の1984年に死去されています。

伊達政宗の胸像。

三の丸巽門跡。
こちらは仙台空襲により焼失するまでは現存として残されていた城門の1つです。



ここから本丸跡に向けて登っていきます。
→次に続く。
2009年8月16日 東北地方の名城と鉄道を巡る旅35 多賀城政庁跡
Posted on 2009.11.05 Thu 23:09:56 edit
多賀城政庁跡は道路を挟んだ丘陵地に位置し、中心部の正殿へ向かう石段がある城前地区が南側にあります。

来訪当時はこの付近で発掘調査が実施されていました。

城前地区。
正面の石段を登ると政庁南門跡があります。


石段から外郭の南門側を望む。

石段を登って正面側。

多賀城政庁の模型。
政庁跡にあるこの模型は第2期のもの。

現在の南門は基礎の部分のみ復元されています。


正殿前の石敷広場。

正殿跡。

政庁東殿跡。

整備工事中の政庁西殿跡。
両側にあるのは城壁としての築地でと呼ばれるものです。

第四期に建てられた後殿。
復元はされていないが石碑が置かれています。


北門跡付近にある石碑。

北側から政庁跡への入口。
整備工事中なので、フェンスが張られています。

多賀城跡巡りはこれで終わり。
仙台駅へ戻って午後からは仙台城跡を巡ります。
→次に続く。
2009年8月16日 東北地方の名城と鉄道を巡る旅34 多賀城外郭
Posted on 2009.11.04 Wed 23:23:35 edit
史跡として残されている多賀城は政庁跡を含めた周辺に数ヵ所点在していますが、範囲的には東北本線〜多賀城政庁跡にかけての広範囲となっています。
国府多賀城駅北口すぐの場所にある建前遺跡。

多賀城に赴任した国司の邸宅か、城に関連する役所であったとされていますが、詳細は不明だそうです。

多賀城南辺に位置する外郭南辺築地跡。
低湿地帯であった場所の地盤沈下を防ぐために盛土をしたり排水設備が設けられていたとされています。


城郭の南東側になる外郭南東隅。

外郭南東隅から反対側にある外郭南門へ向かいます。

急な上り道を登った当たりが南門の周辺。

数段程度の石段と踊り場のような場所が南門跡。

多賀城碑がある御堂。

このあと、道路を挟んだ場所にある坂道と石段を登った先にある多賀城政庁跡へ向かいます。

→次に続く。
週末日記 2009年11月3日
Posted on 2009.11.03 Tue 23:59:19 edit
祝日であるこの日は仕事休みと言うことで、午後から神戸電鉄へ乗ってきました。
主な目的は編成写真撮影のためですが、神戸電鉄の写真は一通り撮っていますが、弊サイトの旧フォーマットの4:3が殆どである上に手数が少ないため、現行フォーマットの3:2に撮り直しも兼ねているからです。
その途上、鵯越(ひよどりごえ)で途中下車。
六甲山系の尾根に囲まれた谷間にある駅ですが、尾根1つ越えると住宅街であるロケーションで、下の写真を撮るために立った場所はすぐ近くに集合住宅があったりします。

2面4線の鈴蘭台はバリアフリー化の一環としてエレベータ設置工事が進められていました。

ここで1300系(1350形)が入線。
現状の鈴蘭台駅は停止位置の関係から新開地側の撮影は難しいため、下り方(粟生・三田側)から捉える方が撮影しやすいようですが、逆光になるかも知れません。

鈴蘭台から東へ移動していると、有馬口で神鉄の最新鋭である6000系が有馬温泉のシャトル列車運用に就いているのを目撃し、急遽乗り換えて有馬温泉駅で折り返した時に色々と撮っておきました。

建った1編成しか無く、当面増備の予定が無さそうと言うこともあって、この時の撮っておかないと・・・。

6000系を撮影後は有馬温泉から谷上・三宮経由で帰宅しました。
2009年8月16日 東北地方の名城と鉄道を巡る旅33 多賀城廃寺跡
Posted on 2009.11.03 Tue 23:45:44 edit


多賀城廃寺跡は奈良時代に多賀城の付属寺院として建てられたもので、国情の安定と順調な経営を願ったもので、建物の配置などは福岡県大宰府の付属寺院として建てられた観世音寺に類似していのだそうです。
現在は発掘調査を終了後遺構保護のため埋められています。
まずは、正面の中門と両側にある塔(右側)と金堂(左側)跡。

東側の塔跡。

西側の金堂跡。

講堂跡。

東倉跡。

西倉跡。

僧学跡。

鐘楼跡。

経蔵跡。

多賀城廃寺の模型の写真が東北歴史博物館の公式サイト内にありますので、こちらを参考に。
http://www.thm.pref.miyagi.jp/tagajyo/map05_zoom03.html
お次は本来の目的である多賀城政庁跡へ向かいます。
→次に続く。
2009年8月16日 東北地方の名城と鉄道を巡る旅32 東北歴史博物館
Posted on 2009.11.02 Mon 22:29:10 edit
現在史跡として残されている多賀城は東北本線の国府多賀城駅が最寄りです。
国府多賀城駅には東北歴史博物館が隣接されています。

駅側からだと裏手にある北門から入場することになります。
博物館に入る前に敷地内に併設されている今野家住宅へ行ってきました。

今野家住宅は石巻市北上町橋浦から移設した日本家屋です。
元の建物が建てられたのは1769年。

入口となる冠木門。

宮城県の有形文化財の1つである中門。

この小さな建物は便所。

住居としての本屋。
こちらも中門と同じく県の重要文化財。


さて、博物館へ。
博物館は常設展の他に特別展として「むかしをたんけん!こどもの世界」が催されていて、展示物の中には幼少の頃に見たものがあり、個人的にはとても懐かしかったです。

特別展は撮影禁止でしたが、常設展は特記されている以外は撮影出来る、多賀城政庁の模型と撮っておきました。
写真の多賀城の模型は第二期政庁時代のものですが、意外と建物が少ないです。

博物館の観覧はこれで終わりとし、近くにある多賀城寺跡へ向かいます。

→次に続く。
週末日記 2009年11月1日
Posted on 2009.11.01 Sun 23:59:09 edit

あいにく午後から雨に見舞われた11月1日は前日から来ている甥と姪の相手をしておりました。
3人兄弟で、一番上の子でも小学校低学年なので手加減を知りません。全力でやって来ます。
油断したら怪我をしてしまいますので気を緩めません。
散々遊んだ後、夕方に帰ったのでホッと一安心です。
でも、丸一日つぶれたので、何か損をした気分です・・・。
今日の写真はそれを癒すケーキです。
週末日記 2009年10月31日
Posted on 2009.10.31 Sat 23:26:11 edit
10月最後のお休みは祝園駅の工事の進捗状況確認と大津の上栄町で京阪京津線の編成写真ゲットをしてきました。
祝園駅は上り線の工事が一旦終わって、下りホームの基礎工事が着手されていました。

木津からJR奈良線に乗り換えて六地蔵へ。
JR六地蔵駅への下車は京都市営地下鉄東西線が延伸された2004年以来。


六地蔵から京都市営地下鉄と京阪京津線を乗り継いで上栄町へ。
大津市内の併用軌道区間が近くにある上栄町4号踏切から始まるのですが、京都市役所・太秦天神川行きが良い感じで捉えそうと思ったからです。

結果はご覧の通り。
本当ならもうちょっと明るい時間帯が良いかもしれません。


撮影後は梅田に寄って買い物をしてから帰宅しました。


