2009年9月19日 東海地方の城郭と鉄道を巡る旅3 長篠城・その2
Posted on 2009.11.24 Tue 23:59:29 edit
長篠城は長篠設楽原の戦いで大きく損傷したことから、豊川に沿った下流に新城城を築城されたため廃城されました。
廃城後は本丸より南側は断崖であったことから遺構がよい状態で残されていますが、北側は開墾などで埋没・破壊されて、現在は耕作地と住宅地となっています。

帯曲輪跡は駐車場と新城市長篠城址史跡保存館があり、史跡保存館は長篠城の歴史と長篠設楽原の戦いに纏わる史料などが展示・紹介されています。

帯曲輪から本丸側を望む。

本丸手前にある空堀などは長篠設楽原の戦いの数年前に徳川家康が武田軍から奪取して以降に改修されたものだそうです。

帯曲輪側から見た本丸跡。
奥に見える架線柱は本丸跡の隅を縦断する飯田線のもの。

飯田線の線路脇から見た本丸跡。


本丸跡と弾正曲輪跡の間にある不忍の滝。

本丸跡から豊川を挟んだ対岸に鳥居強右衛門が磔刑(たっけい)に処された場所がある。

本丸南端は飯田線が横断する形で敷設されています。

宇連川の挟んで対岸は渡合へ向かうために通った道路がありますが、その背後の山々は長篠設楽原の戦いで武田軍が敷いた陣跡が点在します。

→次に続く。
三連休日記 2009年11月23日
Posted on 2009.11.23 Mon 23:59:31 edit
遠征最終日である23日は秩父鉄道が創業110周年を記念するイベントを同鉄道の三峰口駅構内で催されたことから、乗り潰しと絡めて秩父鉄道へ行ってきました。
朝起きたのが遅かったため、初っ端からしくじりましたが、池袋から西武レッドアロー「ちちぶ9号」でロスを最小限としました。
西武秩父から徒歩圏内にある秩父鉄道御花畑から三峰口へは旧国鉄101系から転用した1000系のオレンジ塗装の編成。
元東急8500系からの転用である7000系の進出で引導を渡されることになりそうな気配で、1000系のリバイバルカラーはオレンジの他・ウグイス・カナリヤ・スカイブルーの旧国鉄塗装が4色と秩父鉄道転用時の塗装と旧型車両の塗装というバリエーションが用意されています。
三峰口の会場は駅構内にある側線を利用したもので、先に触れていた1000系のリバイバルカラー2編成と休憩車両として元西武101系から転用されてきた6000系が展示されていました。
また、併設の秩父鉄道車両公園にも入ってきました。
こちらは秩父鉄道で活躍した車両と機関車が静態保存されていますが、イベント開催とSL「パレオエクスプレス」の運転日だったため人出が多かったです・・・。
イベント会場を離れて今度は三峰口から折り返して羽生までの未乗区間を乗りつぶしてきます。
途中、パレオエクスプレスとの列車交換の時はカメラを抱えた一団以外の人も注目するという一種の見せ物的様相を呈していました。
秩父鉄道で目に付いたのはワンマン運転なのですが基本的に有人駅であることで、運賃授受を駅で行う都市型ワンマンの形態が採られています。
石原で途中下車して2本ほど編成写真を捉えました。
石原から再び羽生へ向かいましたが、またしても1000系で今度は現行の秩父鉄道オリジナル塗装。
これで3本連続して同形式を引き当ててしまいました(1本目と2本目は同じ編成)
羽生では後追いでやって来た7000系の編成写真をゲット。
ただし、今回は乗れず終いでしたが・・・。
東武伊勢崎線で久喜まで移動します。
ここへ来たのは車内写真の撮影が出来るかどうかを確認するためで、今回確認した限りでは押上の折り返しほどの本数ではないのの撮影自体は出来そうです。
(つまり、人気がない車両があると言うことです)
遅めの昼食と言うよりは夕食に近い食事をとったあとは再び羽生に戻って、秩父鉄道を熊谷まで乗車。
ここでは、1000系の導入時の塗装を纏った1007編成。
熊谷からは赤羽乗換えで池袋へ向かい、ここで着替えの入った鞄を回収して池袋から山手線に乗って東京へ向かっていたところ、「山手線」の命名100周年を記念して昭和30年代に運転されていた旧型国電カラーリングを模した編成に遭遇。
乗っていた列車と逆方向であったことから、中央線快速でショートカットして、該当の編成を待ち伏せて東京から乗車。
品川で降車して先頭と側面を撮っておきました。
これで今回の遠征はこれで終了。
東京駅へ戻ってから、のぞみ403号で帰阪しました。
#のこ記事は画像無しの暫定版です(画像は後日)
三連休日記 2009年11月22日
Posted on 2009.11.22 Sun 23:35:12 edit
遠征2日目は午前中を京王電鉄の編成写真の撮影。
午後からは武蔵野線・つくばエクスプレス・常磐線の編成写真撮影をしてきました。
京王電鉄の撮影は桜上水で。ホテルを出た時には小雨が降っていましたが、現地に着いた時には止んでました。

桜上水で上り列車を捉えるのはちょっとしんどいですね。
やはり幅のある上りホームから下り列車を捉える方が楽かも知れません。



分倍河原へ移動して南武線に乗換え、府中本町から武蔵野線で越谷レイクタウンへ移動。
近年出来た駅ですが、駅撮り撮としては良い場所なので、ここで2本捉えました。

南流山からつくばエクスプレスに乗換え。
つくばエクスプレスでは運用増加により2000系2次車が導入されたのですが、導入された車両には帯が追加されていることから新たに捉えることにしました。
今回は撮影ポイントの検索ですが、駅撮りだと難儀します。

流山おおたかの森から東武野田線に乗換え柏へ移動し、常磐線の編成写真撮影へ。
常磐線では、E223系2000番台の導入により形式消滅が確実になった203系・207系900番台がターゲットですが、近々さよなら運転が行なわれる207系900番台は運用に就いてなく203系のみとしました。
撮影は松戸の緩行線上りホームの綾瀬方で。
標識が少しうるさいですが、撮影隊の一団に巻き込まれるよりかはマシです。


この後は新京成線のりばへ。
ここでは折り返しの間に人気が無いのを利用して各形式の車内写真を撮影しました。
これはサイトの素材集めの一環としてのものです。




撮影後は8900系に乗り込んでそのまま京成津田沼まで乗り通し、さらに京成千葉線へ乗り継いで千葉へ。
千葉では113系・211系3000番台に代わり京浜東北線から転用された209系に遭遇。
今回は4+4の8両編成。
あとは6両編成バージョンを捉えるだけです。
ここで今日の撮影は終了しホテルへ戻りました。

三連休日記 2009年11月21日(土)
Posted on 2009.11.21 Sat 23:59:32 edit
今週末の三連休を利用して首都圏遠征をしてきました。
初日である21日は午前中を東急池上線・多摩川線で編成写真のゲットを。
2代目7000系の進出によって置換えが進められているため以前撮影をしたのですが、一眼レフ導入でサイト用の画像を2:3にするのと、前回撮影した画像の出来がイマイチだったことから今回撮り直しすることにしました。
池上線での撮影は前回と同じ洗足池で。



洗足池での撮影を終えると蒲田まで乗り通しながら撮影ポイント検索。
蒲田からは東急多摩川線に乗り換え。
当日の東急池上線は7700系などの改造車の運用が多かったのに対し東急多摩川線は1000系の運用が多かった感じです。
東急多摩川線での撮影は鵜の木で。
丁度順光だったこともあり、そこそこ成果を得ました。



多摩川へ移動し、午後からは東横線と並走する目黒線の編成写真ゲットをしたのですが、今年から運用に入っている東京メトロ9000系の最新グループの編成が来ず当てが外れました。



横浜へ移動し、京急本線で編成写真の撮影をしようとしたのですが、良い場所は撮影隊に押さえられていて、しかも長く占有しそうな気配。
さらに都営浅草線を経た京成押上線も同じ。
この時点で日没を迎えてしまい、この日の編成写真撮影は終了し、京成高砂へ移動し金町線に乗り換えて柴又へ。

一度下りてみたかった場所でしたが、なかなか機会に恵まれず、ようやく実現した次第です。


柴又の界隈を散策したあとは金町・北千住乗換えで清澄白河へ向い、歯抜け状態に未乗区間が残っていた都営大江戸線の乗りつぶしてこの日は終了しました。




2009年9月19日 東海地方の城郭と鉄道を巡る旅2 長篠城・その1
Posted on 2009.11.20 Fri 23:34:58 edit

駅名に由来となる長篠城が徒歩圏内にあり、今遠征の最初の目的地であることから、ここで下車します。

長篠城駅は1面1線となっていますが、かつては2面2線だったようです。

無人駅であることから駅舎は待合所としての機能のみ。
城跡に由来して駅舎もそれに合わせられている感じです。

駅前はロータリーは整備されていませんが、飯田方は自転車置場、豊橋方は近年建てられたと思われる公衆便所と駐車場があります。

長篠城は城跡として残されているのは本丸など城の中心部だけが残されているのですが、豊川と宇連川の合流点に面する渡合は鳳来峡から続く渓谷となっています。
渡合は本丸南側の野牛曲輪の先端にあるのですが、ここを見るためには川を挟んだ対岸側からしか見れません。
ところが、長篠城周辺には宇連川に架かる橋が少なく大回りを強いられます。
長篠城駅の飯田方にある踏切を渡り、その先にある下り坂を下りていきます。
宇連川に架かる文化橋を渡ると正面に見える道路を豊橋方へ向かい、田畑が広がる集落を進んで行くと、広い道が途切れる辺りで十字路を右手にある牛渕橋の方へ進むと、橋の中間点が渡合の見渡せる場所となっています。


渡合を見ると飯田線が城跡を串刺しする形で通っています。

牛渕橋を渡ると飯田線の篠原踏切があり、ここから長篠の戦いにおいて重要な活躍をした鳥居強右衛門が武田勝頼により磔にして処刑された場所へ行く道があります。

鳥居強右衛門が磔刑の処された場所は豊川を挟んだ長篠城内を見渡せる場所に位置していますが、現在は石碑の背後は植樹されているため、当時に状況を想像しきれません。

このあとは長篠城本丸跡へ向かうのですが、この場所からは直接向かうことが出来ないため、来た道を戻って行くことにしました。

→次に続く。
2009年9月19日 東海地方の城郭と鉄道を巡る旅1 奥三河への道のり
Posted on 2009.11.19 Thu 23:29:56 edit
当日は早朝出発だったのですが、前日まで仕事でバタバタしてあまり余裕が無く、準備が深夜まで掛かってしまったため仮眠したものの、気がつくと6:30を回っておりました。
新大阪からのぞみ310号に乗って名古屋入り。

名古屋からは東海道線新快速に乗り豊橋へ。

今回は313系の基本番台。
豊橋到着後に折り返し待ちの隙を狙って人気のない車内を捉えました。
これでサイト用の素材がまた出来ました。


豊橋から飯田線に乗り換え。
先月末の佐久間レールパークへの来場に際して乗ったところでしたが、日本100名城の一つが飯田線の沿線にあるのと、そこを行程に組んだのがぎりぎりの段階だったため、3週間ぶりに再び乗るとは考えてませんでした。
ここでは新城行きに乗車。
車両は119系の単行5100番台。

新城に到着。

新城は2面3線と側線と言う配線で、豊橋方面への折り返し列車は駅本屋から一番奥の3番線から発着する形のようです。


新城駅の駅舎。


駅舎内にある長篠・設楽原の戦いにおける両軍の配置を示す「長篠戦図」

本長篠方面へ向かう列車までには30分ほど時間があるため、新城から隣の東新町まで歩くことにしました。
複数の私鉄を買収した経緯から都心の鉄道並みに駅間が短い飯田線なら出来ることです。

新城から約10分ほどで東新町駅に到着。


東新町駅は1面1線の棒線。
かつては2面2線でしたが、交換設備と線路1本が撤去されてホームが遺構として残された姿になっています。


ここから天竜峡行きに乗って最初の目的地である長篠城へ向かいました。

→次に続く。
2009年8月29日 佐久間レールパーク来訪記7 117系と119系の撮影会
Posted on 2009.11.18 Wed 23:59:53 edit
撮影会場は中部天竜駅のホームで行われ、列車がやって来ない空白の2時間を利用する形で設定されています。
狭いホーム上での撮影なので10人おきに一定時間の撮影をさせる方式が撮られており、鉄道イベントでよくあるような餌に集る蟻状態にならないようになっています。



撮影を終えると再び佐久間レールパークに入り、昼食タイム。

昼食を終えてしばらく園内をウロウロ。
再び中部天竜駅ホームへ戻る頃には撮影会は終了し、117系は臨時上り列車として客扱いが始まっていました。
もちろん、満席でしたが・・・。

私はこれには乗車せず見送ります。

臨時快速の1時間後に来る豊橋行きに乗車します。
ここで乗った列車は上諏訪から来た列車で車両は313系1700番台でした。

豊橋から313系5000番台の新快速に乗り換えて名古屋へ移動。
東海道本線名古屋口の快速系統は6両が基本となりましたが、区間や時間帯によっては全員着座と言うわけには至らないようです。

名古屋に到着すると東海道新幹線へ乗り換えるのですが、新快速に接続している普通列車が211系0番台だったため、反対側のホームへ向かい編成写真を捉えました。
当地での211系0番台は本数が少ないので、貴重なショットです。

名古屋からはこだま665号に乗って帰阪。

一番前の車両に乗ったので名古屋出発の時点で既に数名しか乗ってませんでしたが、京都を出たところで人の気配がなかったので車内を見渡すと私だけしかいませんでした。


#「2009年8月29日 佐久間レールパーク来訪記」 おわり。













